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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!3月30日二巻発売!】  作者: 徒然ナルモ
二十二章 アド・アストラVSマレウス・マレフィカルム
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858.魔女の弟子と死する者、死した者、生きる者


「プッはぁ〜〜」


さながら崩れ落ちるステンドグラスのように、臨界魔力覚醒の景色が崩れていく。崩壊の中で俺は膝に手を突き、息を整える。


イノケンティウスとの戦いは終わった、最後の最後でこちらが競り勝った形だ。一応こっちも第三段階、臨界魔力覚醒中のイノケンティウスに勝てたのは……まぁ僥倖と言えるな。


ともあれ俺は勝った、目の前には大の字で倒れるイノケンティウスが見えるし、少し視線を上に向ければイノケンティウスの世界が崩れて外の景色が覗き込める。


どうやら覚醒者がやられると臨界魔力覚醒は維持出来ずこのように崩壊するようだ。しかし不思議な景色だ、ここは今臨界魔力覚醒の中であり、現実世界でもある、そんな境目の状態なんだろうな。


「……さて」


イノケンティウスにはまだ息があるようだが、意識はもうないだろう。このまま行けば、彼は死ぬ。生かしてやりたいが、そんなことしたら彼の全てを踏み躙ることになるし……なによりもう間に合わないだろう。


エリスが言っていた、信じるのは己の正しさ。倒した相手にも信じた未来があったのだから、その未来の分まで自分の信じる未来を貫き通す。……奇しくもエリスは星が求める答えにかなり近い価値観を持っているように思えるな。


ま、ともあれ俺もそれに倣うとしよう。俺もまた彼の信じた未来を受け継ぎ、魔女様が必要とされない……そんな理想的な世界を作って─────。



「終わったか?全く、言ってる事は高尚じゃがやってる事は幼稚じゃのう」


「ッッ!?」


ハッと顔を上げ、声のした方を見る。ここには誰もいないはず、だが今聞こえた声は……間違いない。


「シリウス!?」


「よう、ラグナぁ。何年ぶりかのう、いつぞやはアジメクで世話んなったわ」


見れば、そこには白い髪、赤い瞳の女……シリウスが座っていた。へし折れた柱の上に膝を立てるように座るアイツを見た瞬間、ゾッとする。

まさか復活を……と思ったが、違う。あの足に仕込まれている魂が表に出てきたのだ。


「お前、足だけでも意識があるのかよ」


「意識とは魂の有無じゃ、星に意識があるのは星にも魂があるから。なら足に魂があれば意識もまたあるじゃろう」


のう?とまるで俺が今さっき星の魂に触れてきたのを知っているかのように笑みを浮かべるシリウスを前に、俺は咄嗟に胸を抑え……一歩引き下がる。その動きを見てシリウスはケラケラ笑い。


「やはり見てきたか。まさか星の魂との接触で先を越されるとはのう!やはり、あの場でお前を殺せなかったのは一番痛かったのう!」


「全部知ってたのか、英雄の本質も何もかも」


「知っとるに決まっとるじゃろうボケナス。ワシを誰じゃと思うとる、星の生殖法など知り得ているわ。まぁじゃが、今更英雄がどうとか次代の星の魂とかどーでもええわ」


「欲しいんじゃなかったのか?」


「星の魂はいらん、なんなら星の魂くらいなら作れるからのう。手に入れたいのはこの星の記憶のみ。この程度の星どうでもええわ」


イマイチ違いがよく分からない、分からないけど……ぶっちゃけどうでもいい。


「……ああそうかい、分からない事は分かったよ」


「んん?なんじゃあつまらんのう、もっとお話ししようや」


「お前はそこの足から滲み出した幻覚だろ?何も出来ないし、こっちから何もする必要もない。お前の声聞いてるだけで不快なんだ、関わらないでくれ」


「酷いのう……まぁ事実じゃが。だがお前に用はなくとも、そっちにはあるんじゃろう?」


「え?」


ふと、視線を下に移すと。イノケンティウスが起き上がっていた、よろよろと立ち上がりシリウスを前にゼェゼェと息を切らしながら鋭い眼光を向けていた。


「お前がッ……シリウスか」


「そうじゃ、魔女狩り王イノケンティウス。まさかワシを殺そうだなどと野心を抱いているとはのう、だから言ったんじゃ……マレフィカルムなどあるだけ邪魔だとな」


「お、おいイノケンティウス」


「止めるな、ラグナ・アルクカース」


イノケンティウスはゆっくりとシリウスの方へと歩いていく、止められない、止められるわけがない。さっきまでの戦いはいわばイノケンティウスが通したかった筋であり、彼なりのケジメでしかなかった。


目的はシリウスを殺す事であり、それを止めると言う段階はフリードリスを奪還された時点で失敗に終わっている。


だから、止められない。


「お前がいるから、時代は魔女の時代となった。お前がいるから、魔女は魔女である事をやめられない」


「哀れじゃのう、時代、世界、社会、そう言った枠組みに支配されるボウフラの如き惰弱な人間達と言うのは。己のあり方を世界のあり方により曲げられる程度の雑魚の理屈など、拾い上げるだけ無駄じゃろうに」


「人間は誰しも強くはあれない、故に、余が代わりに強くある事の出来ない者達の代弁者になる」


「ぬはは!語るに落ちるのう!強き者が弱き者の代行となるのは魔女支配の本質ではないか。結局お前も最も強い魔女が支配するこの世界の欠陥を見抜きつつも、それ以外の道を模索出来なかった愚か者に過ぎんと言うことよ」


「そうだ、愚者だ。愚者だからこそ……余は次の時代に必要はない」


イノケンティウスは手を前に出し、残る力を振り絞り……その手に消えかけの魂を集める。弱々しくも沸る魂の焔、それは白く青く光り輝きシリウスとイノケンティウスの間にて迸る。


「シリウス、お前の魂は余が連れていく。その為に、下準備をしたのだからな」


「ふむ、臨界魔力覚醒を無理矢理展開し寿命を削り命の灯火を消すか。分かっておる、それをワシの魂に打ち込み……生き続けるワシの魂の中に死の概念をもたらすつもりじゃろう?」


「お前の不滅の法は……現状維持だけを行う機構。死の概念をもたらせば『死に続けるシステム』に変わる。そうだろう……」


「ぬはは!よく勉強しておるのう!お見事!正解じゃ!そうすればワシは死ぬ!どうれ、正解した褒美じゃ……やってみるがいい」


そう言ってシリウスは両手を広げる。アイツ何言ってんだ……事実それをされたら自分は死ぬと言っておきながら、受け入れるって?……いや、なんか嫌な予感がする。

こう言う時のシリウスは怖い。アイツは平気でこっちの予想を覆してくる!


「待て!イノケンティウス!シリウスは──」


「無理だ、待てん。待てば余はただ死ぬだけになる……なら、試すだけ試す」


そう言うなり、イノケンティウスはこちらをチラリと見て、フッと口元だけで笑みを作り。


「受け継いてくれるんだろう、ならあとは頼む」


消えかけの魂を使い彼は再び臨界魔力覚醒を再展開する、完全ではないがシリウスの逃げ場を奪うように、外界から邪魔が入らないよう完璧に組み直す。


臨界魔力覚醒を使って死ぬ、死ぬと同時にシリウスを巻き込む。その手法をとったのはこの為か。自分が確実に死ぬ瞬間と他者からの邪魔が入らない状況を作り上げる為。これがイノケンティウスが生涯の終着点として定めた景色。


そして。


「魔女シリウス、余は……魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムは今!!完全なる魔女排斥を成し遂げる!!」


「おう、やってみろ」


イノケンティウスは大きく踏み込み、拳を振り抜くフォームでその手に輝く光をシリウスに打ち込むように投げ放つ。それに対してシリウスは腕を組んだまま体で受け止めて……その光が、奴の体に突き刺さる。


避けない、防がない、当たった、効いた?


「…………」


「…………」


「お、おい」


イノケンティウスもシリウスも黙ってる、効いたのか?上手くいったのか?どうなんだ?どうなった?

シリウスはこれから死ぬのか?それともダメだったのか?黙ってないで教えてくれよ誰か!!


「イノケンティウス……?」


「…………」


咄嗟に俺はイノケンティウスに声をかけると、口を開き、目を見開き、ワナワナと震えるイノケンティウスの顔が目に入る。ダメだった……のか?


「う、上手くいったのか?」


「……上手くいかない可能性は想定していた……しかし、『これ』は想定外だ」


イノケンティウスは信じられないとばかりに顔を手で覆う、その手は震え。驚愕している、ダメだったのか?いや、ただダメだっただけじゃない。


「よもや、こんな事が。ならば、事の本質は魔女ではない?なんて事だ……大いなる厄災は、もっと根本的な問題だったと言うことか。なら人類は……そもそも最初から間違えていたことになるじゃないかッ……!」


「イノケンティウス!何があったんだ!お前……何を見た!」


「ぬふふ、ぬははは、カカカカカカ、ギャハハハハハハハハハ!!!」


震えるイノケンティウス、悪魔のように悪辣に笑うシリウス。そして困惑する俺、何があったか、何が起きたか分からない。だが上手くいかなかった事はわかる、しかもその原因はイノケンティウスが想定していなかった程、もっと本質的な問題。


「確かにッ!イノケンティウス!お前の考察は正しい!ワシの常に無限の再生を行う魂に死の概念を付与すれば、ワシの魂は反転し無限に死に続ける状態へ陥る!それはワシ唯一の弱点じゃろう!じゃがァ……悪いのう、そんなもんなんとでもなるくらいには、ワシってば凄いんじゃ」


「……まさか、こんな事が」


「うはははは!いやぁ気分がええわい!人生を賭けてワシに一矢報いようとするその行いを!根底から覆すと言うのは!八千年前は何度もやったが!これは実に飽きんわい!ギャハハ!!」


こいつ性格悪いな!しかし……唯一の弱点すら克服したと?何が起きたんだ、シリウスはそれをどうやって克服したんだ。これでもダメってなると、もういよいよシリウスを倒す方法は存在しないんじゃ。


「ラグナ・アルクカース……私は失敗した」


するとイノケンティウスは倒れ込むように俺に掴み掛かり、虚になる瞳で血を吐く口を動かす。


「私は、アイツの魂に私の魂を確かに打ち込んだ。これは防がれたわけでも避けられたわけでもない、だが奴の魂に触れた瞬間。それが無駄骨に終わった……私のやり方ではダメだ」


「イノケンティウス……お前、何を見たんだ」


「奴の魂だ、よく聞け。あれを人間だと思うな、シリウスと言う天才が狂ったから大いなる厄災は生まれたのではない。人類が生まれた落ちた瞬間から厄災が起きる事は決定されていた、遅いか早いかの問題で……シリウスはそれを大幅に早めただけに過ぎない。これは、根本的な問題なのだ……」


「何言ってるか分からねーよ!アレを倒す方法はないのか!」


「……ある、識確だ」


イノケンティウスは確かな力で、確かにそう俺に言った。識確だと。


「識確使いだ、シリウスを倒すには識確使い。即ちエリスの力が不可欠だ……彼女の力がなければ、シリウスは絶対に倒せない。八千年前、シリウスを打倒しきれなかったのは魔女の味方に識確使いがいなかったからだ……ッッ!」


「エリス……!?」


エリスが、シリウスを倒す鍵?そう言えばイノケンティウスは俺とエリスに向けて俺達には俺達の方法があると言っていたが、それがエリスの識確を使った方法?


「どうするんだ!」


「それは識確使いが─────」


そう、言いかけた瞬間。イノケンティウスは俺の顔をまじまじと見て、唇を震わせる。


「え、え?何?」


「………すまん」


「は?」


そう言い、イノケンティウスは俯き何も言わなくなってしまう。なんだよ、なんで言わないんだよ!?どうしてそこで黙るんだよ!?お前は今初めて、人類で初めてシリウスを倒せる方法を思いついたんじゃないのかよ!!


「おい!イノケンティウス!!言えよ!!」


「……私は、甘すぎるか」


「いや甘いかどうかは聞かんと判断できん!!」



「ぬははははははは!そう責めてやるな。言えんさ、イノケンティウスは言えん。ワシはそいつの考えている事が分かったぞ?だがイノケンティウス、お前は聡明過ぎた。もう少し愚かなら人類は救われただろうになぁ」


「…………」


イノケンティウスは黙ったまま何も言わない、お前……お前は、それでいいのか。イノケンティウス。


「おっと、そろそろ時間切れのようじゃ」


すると、イノケンティウスが命懸けで展開した臨界魔力覚醒が、崩れていく。それを受けシリウスは踵を返し。


「なにやら、ワシが主題のようじゃったから顔見せにきただけじゃ。最後の最後でおもろいもん見れたからワシを殺す云々は特別に不問にしてやるわ。ワシを殺そうとする無駄な行い、今日までご苦労。悔いて泣いてあの世に行け」


「シリウス!!」


踵を返そうとするシリウスに、俺は咄嗟に叫ぶ。殺す事は……出来ないかもしれない、こいつを滅する事は出来ないかもしれない。けど、けれど。


「テメェは、絶対に復活させん。お前は永遠に傍観者でいるんだ、永遠にだ」


「…………フッ」


するとシリウスは肩越しにこちらを見て、舌を出す。


「為すがままに為し、成すがままに成す。故にワシは為すが故に成す。結果は決まっておるわ、お前もそこの負け犬のように人生棒に振ることになると思うが……努力は否定せん。人は努力し、結果を出す事で進む生き物じゃからのう」


それだけ言い残し、崩れ落ちてくる臨界魔力覚醒の破片が視界を遮った瞬間。シリウスの姿が消える、アイツの足に戻ったんだろう。

……クソ、勝ったのに勝った気がしない。結局俺達はシリウスと言う大前提の問題に対して双方なんの手立ても打つ事が出来なかったことに変わりはないんだ。


(人類が生まれ落ちたその時から、大いなる厄災が起こる事は決まっていた……か)


口を閉ざし、倒れ伏し今度こそ動かなくなったイノケンティウスに目を向け。俺は考える、イノケンティウスが見たのは……恐らくシリウスの本質。或いはシリウスが狂った原因。

なんでシリウスが厄災になったのか。それはシリウス個人の問題ではない?それともシリウスが招き寄せた何かが原因?


分からない、分からない。シリウスという存在はあまりにもスケールがデカすぎる。


(けど、人類が生まれ落ちた瞬間からって事は。シリウスの存在は星さえ想定していなかった何かって事だよな、だって人類は星の為に生み出されたんだ、それが星に牙を剥くなんてあっていいわけがない、それを許容するほど星は寛大じゃない)


星の意思すら凌駕する存在、それがシリウス。改めて認識するよ、俺達はとんでもない存在を相手にしていると言う事実を。


「なぁ、イノケンティウス……お前は」


「……………」


声をかけるが、答えはない。そうか、時間切れってのはそこまで含めて時間切れか。ならせめて、イノケンティウスの体だけでも埋葬を────。


「うぉおお!?」


瞬間、大轟音が鳴り響き地面が揺れる。一体何事かと周囲を見渡すと足場が、フォルミカリウスが爆発してる!?破壊されてる!?一体何が……いや、それよりも!!


「脱出しないと!」


フォルミカリウスが爆発するかもしれない、すぐに逃げないとやばい。と言うかイノケンティウスの遺体を運ばないとォッ!?うおおお!?


「あ、やばっ!」


グラグラと揺れる足元。どうやら俺が想像していたよりもフォルミカリウスの破損具合は凄まじいらしい。いやそうだよな、さっきまで臨界魔力覚醒の中にいたんだから!破壊になんて気がつけないよな、仕方ない。


「っと!」


軽く瓦礫を蹴って、たまに虚空を蹴って下に降りる。降ってくる瓦礫を拳で軽く払い退けながら俺は下へと降りる。その過程でイノケンティウスの姿は見失ってしまったが……落ちた先はフリードリスの手前。


広大に広がる大地……そこには。


「お前らあああああ!!!走れええええええ!!」


「む」


フリードリスから走るように立ち去っていくゴルゴネイオンの姿が見えた、物凄い数の大軍勢が一気に逃げていく。それを扇動するのは……バティスタだ。


「イノケンティウス様は!!戦いが終わった後!生きろと言った!故に生きろ!お前らぁああ!!」


「……アイツら」


きっと、戦いの終わりを悟ったのだろう。イノケンティウスが負けたと理解したのだろう。故に敬愛する王であろうとも見捨てる。いや、彼らにとって敬愛する王からの最後の命令だから守るのか……ってことは。


(終わったのか、戦争は)


ボーッと敵が逃げていく様を見つめる、するとフリードリスの方から走ってきた足音が。


「ラグナ様!」


「おいラグナ!!」


「ラグナさん!」


「お?」


ふと、後ろを振り向くと……そこにはメルクさん、アマルト、ナリア、いやそれだけじゃない。アジメクに行ったはずのネレイドとデティ、あとメグと……。


「ラグナ、勝ったんですね」


「エリス……ああ」


エリスがいた。最後はダアトと戦っているところで別れたと思うが。彼女がここにいると言うことは、勝ったのか?エリスも。


「ダアトに勝ったのか?」


「それは……いいじゃないですか、今は」


「え?」


なんかエリスは若干紛らわすように笑う。納得のいく終わり方じゃなかったのか、或いは別の終わり方だったのか、少なくとも決着そのものはついたのかもしれないな。

みんなもボロボロだが、一人も欠けることなくここにいる。みんなもみんなの戦いを終えて、無事に帰ってこれたのだ。


「ともあれ、無事でよかったよ」


そう俺が微笑むとアマルトとメルクさんはくわっと顔色を変えて。


「バカっ!何終わった顔してんだ!」


「敵が逃げているぞ!追い打ちをかけなくていいのか───ガフッ!」


「ちょっ!メルクさん大丈夫か!?」


「問題ない……それより、逃げる敵だ」


メルクさん、なんか顔色が悪い。なんかグロリアーナさんみたいな……いやそうか、彼女はホドと戦ったんだったな。しかし、そうか、追い討ちか。


「ラグナ」


「デティ……アジメクは」


「なんとかした、私とネレイドさんがね、けど被害は出た。ユグドラシルに攻め込まれて被害を出すなんて前代未聞だよ、このままアイツら……お咎めなしで逃すの?」


「…………」


デティの言うことは最もだ。二人が行ったとはいえ被害は出た。いやそれ以前に国はめちゃくちゃだ、こんな状態にしたマレフィカルムにはツケを払わさなきゃいけない。イノケンティウスの意志とここは別の問題なのだ。


「ラグナ、やりますか?」


エリスは一歩前に出る。見れば魔女の弟子達の後ろには数々の兵士達が見える。ベオセルク兄さんにマリアニールさん、タリアッテレにクレアさん、そしてアリナ。アルクカースの戦士達が俺の号令を待っている。


(ここで情けをかけるのは違うよな)


俺は王だ、この戦いで死んでいった戦士達のために、奴らにツケを払わせる義務がある。幸い、俺はまだまだ動ける。エリスも動けるし、デティがいるならみんな動ける。とくれば。


「やるか」


俺がギロリとマレフィカルム軍を睨みつければ……その勢いで大地が揺れる。


「ば、バティスタ様!大地が揺れてます!!」


「なんだよ!これ!!」


俺の威圧が大地を震わせ、ゴルゴネイオン達が慄く。俺が軽く手を振るえばそれだけで敵兵を薙ぎ倒せる。故に俺は腕を高く掲げ戦端を開く為息を吸って──────。





「待て、ラグナ・アルクカース」


「っ!?」


ドスン、と音を立てて目の前に着地したのは、俺達の前に立ちはだかるように現れた影は……。


「イノケンティウス!?」


「お前は、言ったな。未来を保証するのが……王と」


傷だらけになり、口から血を流し、髪も髭も血で汚し、荘厳だった鎧すら砕かれ、その精神力を支えていた唯一の目的すら潰えたイノケンティウスが……俺達の前に立ち塞がる。両手を広げ、腰を落とし。立っているのもやっとと言う具合にアド・アストラ軍全員を前にアイツは、立ち続けるのだ。


「なら、私は……余は、最期まで我が子らの為。我が子らの未来のために、戦おう」


「お前、どこまで」


「……ゴルゴネイオン、最初は押し付けられる形で神王を務めたが。あれは余を縛る鎖ではなく、余を余たらしめる存在だったのだ。ならせめて、この場から生かして返すのは、我が使命!……いや!」


寿命は尽きている、魂すら裂かれ、立っている体力もない。だと言うのに、彼はそれでも血混じりの咆哮を響かせ。


「それが!余の答えだ!!星よ!!」


燃え上がる、イノケンティウスの魂が見せる最後の輝きが彼の体に一瞬力を戻し、それは巻き起こる。


「「臨界魔力覚醒『天楼星蓋てんろうせんがい菩提扶桑ぼだいふそう』!!!」


「なっ!?」


それは起こるはずのない事象、あり得るはずのない現象。イノケンティウスの体から発せられた光は確かに臨界魔力覚醒。しかし、彼は既にストックしていた魔力を使い果たしている。四回と言う制限を超えた……五回目の覚醒。


それは奇跡か、或いは当然の結末か。イノケンティウスの体から発せられた巨大な魔力はぐるりと渦巻き俺達を再び夜天へと閉じ込める。


「っ!これは!臨界魔力覚醒だと!?」


「嘘……でも、もう回数は……」


「なんで!!」


メルクさんとネレイド、そしてナリアは目を剥き。


「これがイノケンティウスの臨界魔力覚醒……」


「話に聞くより綺麗じゃねぇか」


「しかし何故覚醒を……」


デティとアマルトとメグは天に浮かぶ夜空を見上げる。どちらにしても感想は同じ、本来はあり得ない五回目の臨界魔力覚醒。……けど、エリスは。


「回数じゃありませんよ、もう」


「エリス?」


彼女はゆっくりと、前へと踏み出す。星のように綺麗な白い樹木の真下で、膝を突き両手を広げ……動けずにいるイノケンティウスをしっかり見つめた彼女は、静かに頷き。


「至ったのです、最後の最後で。彼は自力で臨界魔力覚醒が出来る領域に」


「……最後の、最後で」


燃え尽きる寸前の魔力と魂を使い、彼は臨界魔力覚醒の扉を自力で開いた。所謂逆説的進化、ガオケレナが行ったのと同じことをイノケンティウスは死の間際で行ったのだ。それは奇跡じゃない、執念が巻き起こした必然。


彼は目的をへし折られ、俺に敗北し、居城すら失った。しかし、それでも彼には配下がいる。王なんだ、何もかもを失っても彼は神王だ。


配下を守る為命を賭けた王が見せる、最後の光がこの臨界魔力覚醒か。


(すげぇな、あんたは)


俺は夜天を見上げそう心の中で呟く。臨界魔力覚醒を展開された時点で、俺達はもう追撃が出来なくなった、イノケンティウスはその命を配下を守るために使ったのだ。


「イノケンティウス、どうやらエリスの旦那さんに敗れたようですね」


「……エリス、か」


エリスはイノケンティウスの前に立つ。しかし、イノケンティウスは動けない、もう攻撃をする余力すらないのだ。


風が吹く青い平原の上、星に照らされる大地の上で……イノケンティウスとエリスは相対する。


「丁度、あなたに一つ聞きたいことがあったんです。答えてもらってもいいですか?」


「……なんだ」


「あなたは、四回しか臨界魔力覚醒が出来なかった。その使い所は特に考えていたはずです、どこでどう使うか、多少の計算違いはあったでしょうがその使い道は概ね想定通りだったと思います」


「……そうだな」


「なら、何故あの時。あの場でエリスに対して臨界魔力覚醒を使ったのですか?一番最初に出会ったあの時に」


それは、俺達が来る前の話。エリスが獣王の牙を奪還する時の話だ、イノケンティウスはエリスの前に現れ臨界魔力覚醒を使った。しかしその時イノケンティウスは攻撃を仕掛けず、エリスをその場で返した。


戦略的見れば致命的なミスと言える。あの場で臨界魔力覚醒を見せず、一回温存するだけで状況はかなり違ったはずだ。それでもイノケンティウスは使った、あの場で。


「それは、……この命を使うのに、唯一……心残りがあったからだ」


「心残り?」


「余は、いや私は……神王になり、魔女と戦う役目がある。それでも、捨てられなかったのは冒険への未練」


「ああ……」


「もう少し、世界を見ていたかった。もう少し、見たい景色があった。もう少し、語りたいことがあった。行きたいところも、食べたいものも、吸いたい空気もあった。未練だ、未練があった」


イノケンティウスはボロボロと涙を流す。そうだ、彼は鉄人じゃない、神でもなければ悪魔でもない。人間だ、人間なのだ。人の世を作りたいと叫んだ人間に過ぎない。

人間は、そう簡単に自分の命に見切りなんかつけられない。怖かったろうし、嫌だったろうし、他に方法がないか何度も考えたはずだ。


「それを、断ち切りたかった。エリス、私と同じ景色を見た、私と同じ冒険をしたお前となら……この胸の内を明かせると、思ったんだ」


「イノケンティウスさん……」


「その為なら、我が生涯四度の奇跡のうちの一つさえ、使っていいと。お前は私に思わせた、感謝する。エリス」


イノケンティウスはゆっくりと崩れ落ち、頭を下げるように両手をつく。迷いも悲哀も何もかも、断ち切るだけの話がエリスと出来たのだろう。死に向かうその命を、多少なりともエリスは救えた……と信じたいな。


「そして、すまなかったな、ラグナ・アルクカース。私のわがままに付き合わせて、国をめちゃくちゃにして」


「それに関してはまぁ……許せないけど、受け入れる」


「だが、忘れないでくれ。マレフィカルムはいる、たとえ組織が潰れても救いを与えられなかった者達はいるんだ。せめて魔女のように割り切るのではなく、君の作る世界では彼らにも居場所を与えてやってくれ」


「分かってる、それは約束するよ」


そういえばイノケンティウスは心底ホッとした欲に顔を綻ばせる。本当は……彼の目的はそれだけだったのかもしれない。生まれや、背負っている名前、役目で生き方が縛れることのない世界。


誰もが、風のように草原を駆けられる世を、美しい世を作りたかっただけなのかもしれない。


「……ぐっ、おめでとう。魔女の弟子諸君、君らの戦いは今、八大同盟全てを打倒するに至った」


そしてイノケンティウスは立ち上がる、最後の力を振り絞り、胸を張って俺達の前に立つ、俺たち八人の前に。


「マレフィカルムを支える八本の柱は今落ちた。全ては君達の勝利に終わった、その旅路に……旅を愛する者として称賛を与えよう」


「イノケンティウス。……ああ」


「だが戦いは終わらん、まだ続くぞ。未だセフィラは残っている、なにより……シリウスがいる」


イノケンティウスは俺達一人一人の顔を確かめるようにゆっくりと目を動かして。


「私ではなし得なかった、だが方法はある。その方法は……きっと、君達が進み続ければ、いつかは見えてくるはずだ」


「あんたの口からは言えないのか?」


「……選択を伴う。だがその時感じた事がきっと君達にとって最良だ。故に私の口からは控えさせてくれ」


「分かったよ、あんま納得は出来ないけど」


「悪いな、最期の最期まで」


臨界魔力覚醒の景色が崩れていく、ピシピシと亀裂が入り外の光が差し込んでくる。今終わる、イノケンティウスという男の命が尽きる。彼はゆっくりと後退り、体を支えきれず巨大な白樹、いや光り輝く大樹に体を預け。大きく胸を動かして呼吸を続ける。いつまで続くか分からない呼吸を。


「……エリス、最期に一つ。いいか」


「なんですか」


エリスは答える、こちらに背を向けてイノケンティウスと向き合ったまま。どんな顔をしているかは分からないが、彼女は静かに彼の最後を看取るように目の前に立ち。


「……レグルスとの旅は、楽しかったか?」


それはきっと、神王ではなく。彼個人の言葉、何にも縛られない自由なる風としての言葉、その一言にエリスは肩を軽く跳ねさせた後。大きく首を動かし。


「はい!!」


「……フッ、そうか。それは……よかった」


イノケンティウスの瞼が閉じられている、彼が最後に見たのはきっとエリスの顔だ。自信満々に胸を張って答えるエリスの顔。そして閉じていく世界と視界は。


「お前は……私と同じ、旅好きの目をしている。或いは……また、旅をするなら……お前の、ような……」


「イノケンティウスさん」


「───」


今、彼は逝った。誰よりも旅を愛し、世界を愛し、されど責任を背負い、立場から逃げなかった男が一人。この世を去った。


崩れていく世界はまるでイノケンティウスの魂を表すかのように光の粒子になって消え、最後には跡形も残らなかった。


ゴルゴネイオンは彼方まで消え、彼の意思を受け継ぎ走り去る。彼によりこの場に足止めされた俺達はただただ立ち尽くし、一人の王を見送る。


アルクカースの大地に倒れ、満足そうな顔で逝ったイノケンティウスにより。


今、この戦争が。そして八大同盟達との長く険しい戦いが……終わった。

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― 新着の感想 ―
シリウス召喚獣説、厄災が本来のシリウス説、厄災は幽世の死者達説とか色々考えけどもう訳わかんなくなりました。 レグルスやイノケンティウスがすぐに理解できたところからそんな複雑なものではないと思うんですけ…
イノケンティウスが最後まで王すぎた。 シリウスを倒すには識の力が必要…… シリウスが求めるのは星の記憶…… 識の力で星の記憶を改竄し、シリウスの存在を改変する?それをすると歴史が変わって魔女も弟子たち…
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