857.魔女の弟子と戦いの行方
「アハハハハハハッ!!さぁ死ね!メグ・ジャバウォック!!」
「くぅ……!」
振り上げられる杖、光り輝くほどに込められた魔力が嵐のように吹き荒れ、倒れ伏す私に向けられる。
『知恵』のコクマーと私の戦いの結果はコクマーの勝利で終わったと言っていい。敗因はない、純粋に力負けした。奴との競り合いに悉く負けて、技量で負け、その上で押し負けた。私一人ではどうにもならず遂に身動きが出来ない程に痛めつけられ……今トドメが刺されようとしている。
打つ手がない、朦朧とする意識では覚醒も使えない。ここまでか……!!
「父の手によってあの世に行けるのだ!!ありがたく思え!!」
父ウィリアムの体を使い、その口を使い、下劣なことを叫ぶコクマーを倒せない事がなによりも口惜しい。この屈辱、是が非でも晴らしたかったが……。
(無念)
静かに目を閉じようと瞼に力込めた瞬間だった。
「あぇ……?」
……高らかに笑っていたコクマーの顔が、ウィリアムの顔がぐにゃりと歪んだ。ゆっくりと右から凹むようにメリメリと音を立てて何かに押し込まれ。
「ぎゃぶぅ!?」
「な、何事!?痛ッ」
そのまま弾き飛ばされるようにポーンと廊下の向こうまで吹っ飛んでいくコクマーを見て体を起こそうとする、が。傷が痛みバランスを崩しかける。
しかし、そんな私を支えるようにそっと手が差し込まれ、抱き止められる……って!
「大丈夫か、メグ」
「ルードヴィヒ将軍!?」
そこには隻腕となったルードヴィヒ将軍が、ああそうか。さっきのはルードヴィヒ将軍の『テンプス・フギット』……時間を飛ばす魔術を使って結果だけをコクマーに叩きつけたのだ。
まさか、助けに来てくれるとは……。
「も、申し訳ありません。ルードヴィヒ将軍、師団長……延いては陛下の直属メイド長としてあるまじき失態」
「構わない、相手が相手だ。セフィラだったな……あれが例の」
将軍は立ち上がり、吹き飛んだコクマーと相対する。かつては安心して見ていられた、将軍は絶対に負けないから。けど今は違う、片腕を失いバシレウスとの戦いで本調子を失い本来の力を発揮出来なくなった将軍では……どこまでセフィラと戦えるか。
「お前は、帝国将軍ルードヴィヒ……いや、元将軍か」
「今はしがない一般人だ。そういうお前はメグの父親……の中に巣食う虫だったか」
コクマーはゆっくりとこちらに歩み寄り、将軍もまた歩み出す。私にとって生みの父であるウィリアム、私にとって育ての父であるルードヴィヒ将軍。正直、見たくもない戦い。だがそれでも私には何も出来ない。
動くこともできない私は、ただそれを見守ることしかできず……。
「片腕か、バシレウスにやられた傷が今も痛むか、ルードヴィヒ将軍」
「そうでもないさ、だが胸は痛む。彼女は私にとって大事な子なんだ、それを傷つけないでもらおうか」
「フッ、そうか、大事か。お前にとって大事ならメグにとってもさぞ大事なんだろうなぁ。だったら」
再びコクマーの魔力がステッキに宿る。混沌を体現するような虹色の魔力、付与魔術が染み込んだあの魔力は杖に浸透し力を与える。あれが強力なんだ、コクマーの魔法と魔術は私の想像を絶するほど強い。
「お前の体を使えばもっとメグを苦しめられそうだ!!」
それを振り上げただけでフリードリス要塞の天井が崩れ──。
「なにか勘違いしているのか?」
ふと、あっけらかんとルードヴィヒ将軍の声が響く。
「私は片腕を失ったが、別に戦えなくなったわけじゃないぞ」
「は?」
ミシミシとコクマーの体がに無数の拳跡が刻まれ──凹んでいく。それはやがて奴の体を破壊していき。
「『テンプス・フギット』」
「げぶぁっ!?な、なんじゃそりゃあ!?」
一瞬の間に、いや時系列で言えば既に叩き込まれていた拳撃がコクマーを再度壁へと叩きつけ、更にそこにルードヴィヒ将軍の蹴りが突き刺さり壁が粉砕される。
テンプス・フギット。それが行動的に可能な範囲なら過程を省略して結果のみを表出させる唯一シリウスの手ではなく陛下の手で生み出された時空魔術。
それは防御も回避も許さない絶対の魔術。バシレウスでさえ攻略出来ずめっちゃ我慢してなんとかするしかなかったと言う絶技。それを前にコクマーは目を白黒させ。
「お、お前。まだ全然強いじゃないか!!」
「違う、君が弱いんだ。ケテルに比べると随分弱いな」
「あれと比べるなッ……!そうだった。こいつはケテルをほぼ無傷で制圧したんだった、弱体化してもセフィラ級だったか!」
「無論だ、さて。メグに与えた傷の分だけ……もう少し苦しんでもらうか」
片腕でも強い、片腕でも将軍はセフィラよりも強い。だが……分かってしまう、将軍をなによりも側で見続けてきた私は気がついてしまう。
……本来の将軍はあんなもんじゃない。本来ならあんなに拳を叩き込む必要はなかったし、ダメ押しの蹴りも入れなかった。そうするまでもなく倒せていたから。
それでもコクマーを倒し切れない、私との戦いで消耗したコクマーすら倒し切れない。明らかに弱体化しているんだ。
(そして、そんな弱体化した将軍にも……私はまだ届いていない)
第三段階に入って少しは並べたと思っていたけど、これじゃあ全然……。
「む?」
瞬間、将軍の横髪が揺れ何かを気にするように首を上へ傾ける。同時に私も感じる、要塞の上、フォルミカリウスの方から凄まじい魔力を。これは……。
「どうやら決着がついたようだな」
「チッ、イノケンティウスめ……」
そう将軍が呟いた瞬間。同じように戦いの終わりを悟ったコクマーが逃げていく、転身の早さと見切りの素早さ、それはまぁ大したものであっという間に見えなくなっていく。
……逃げられた。
「……将軍」
「追わないさ、あれはお前が倒すべき敵なんだからな。私が助けてやれるのは今回が最後だ」
そういうなりルードヴィヒ将軍は私に向けてポーションを投げ渡してくれる。突然手の中に現れたそれはアジメク製のポーションで、恐らくテンプス・フギットを利用しアジメクまで取りに行く過程を飛ばしたのだろう。
「すみません、ありがとうございます」
「いいさ、偶にはいいところを見せなければだからな」
そう言って軽く笑う将軍を見ていると、ただひたすら悔しくなる。将軍言う通り今回のように戦えるのは最後だ、今はまだ引退から日が浅いからこうして戦えるが、前線を離れて日が長くなればその分衰えていく。
衰えていくルードヴィヒ将軍の代わりに誰かが帝国を支えなければならない。なのに、私は今回なにも……。
(次こそ、必ず倒してみせます。コクマー)
私はポーションの蓋を開けて一気に飲み干す。今回は負けた、だけど次こそは。そう心に誓って……。
「さぁ最後の大詰めだ。メグ、総大将戦は終わったが戦いはまだ終わっていない。決めはお前がやれ」
「はい!将軍!!」
傷を癒し、動き出す。まずは目の前の戦いを終わらせる事だ、……みんなは無事だろうか。いや、きっと無事なはずだ。
だって私の友達ですから。
……………………………………………
「だぁああああああああ!!!」
「メルクリウスぅ!!その程度じゃ私は倒し切れませんよぉ!!」
カロケリ山の一角、巨大な渓谷を挟むように膨大な要塞を作り上げ、その全てから挟み込むように一気に砲撃を行うがホドには当たらない。白い鎧を身に纏い背中に蜻蛉の羽を生やしたアイツの速度は砲弾を遥かに上回っており、錬金術で作り上げた鉄板に乗り空を飛ぶ私に一種で追いついてくる。
「このッ……ぐぶっ!!」
「もう体が限界のようですねぇえ!!」
咄嗟に迎撃しようとするが、瞬間口から漏れた血と激痛に動きが止まる。奴が生命錬金で作り上げたウイルスに侵され、肉体は限界を迎えつつある。
その隙にホドの蹴りが私の腹を打ち、渓谷の底、谷底に落とされ地面を転がる。
「ふぅ〜、絶体絶命!さぁここからどうしますか、メルクリウス」
体を引きずり、なんとか立ち上がる。光のない谷底にて燦然と輝くホドの姿を見上げ、苦笑いが出る。凄まじく強いな、私では到底手に負えそうにない。
今までは精神的な部分で覆せていたが、それも通用しなくなってきた。これは……そろそろか。
「全く、まさか。これほど私が追い詰められるとは……計算外だが、想定内ではあるよ」
「おやぁ?随分余裕ですねぇ、流石はメルクリウス。そう来なくちゃあ!」
私が再び銃を構えればホドは喜色満面とばかりに手を叩いて笑う。こいつ、なんかソニアみたいになってきたな……だが。
「そろそろケリをつけようか、ホド」
「なにを言いますか、そろそろ殺されるの間違いでしょう。肉体を蝕まれた貴方では私には手も足も……」
「問題ない、その為にここへおびき寄せた」
「む……」
左右は壁に覆われ、渓谷は天高く続いている。即ちここは一本道、制限されたフィールドであり、ホドお得意の超速移動もそこまで効果を発揮しない。
ボコボコにされながら、なんとかここにおびき寄せたのだ。ケリをつけるなら、今しかないだろ。
「勝つ為に、強くなったのはお前だけじゃない。私もだ」
クルリと向けた銃が地面に向いて、そのまま落ちていく。銃から手を離した私は魔力を集中させ……展開している極・魔力覚醒に意識を向ける。
宿敵と出会い、倒すべき敵の強大さを知り、強さを求めたのはホドだけじゃない。私もまた強さを求め、そして手に入れた。
「また要塞ですか!ですが砲撃も銃撃も私には当たりませんよ!!」
「それはどうかな」
極・魔力覚醒『オプス・ト・アントローピノン・アガトン』を更に極めていく、その過程で手に入れた更なる戦闘形態。それは要塞を作るのではなく……要塞を纏う事。
そう、エリスの流星旅装を真似て鎧のように要塞を身に纏う。それこそが力を手に入れる近道だと私は考えた。
だが違う、それじゃあ不足だった。あまりにも重たい鎧を纏ってはスピードが死ぬ。ならばどうすればいいか。
それは……これだ!!!
「『着装』!!」
腕を前に出し、拳を胸の前に置き叫ぶ。同時に私の体が光り輝き、周囲に形成された要塞が私に向けて動き出し次々と光の粒子になり吸い込まれていく。巨大な光の螺旋、その中心に立つ私の魔力は……みるみるうちに肥大化していく。
「これは、極・魔力覚醒の収束。まさか……」
ホドでさえ息を呑むほどの膨大な魔力を一点に収束。そうして生み出された光は腕に、足に、体に、頭に取り付き、形を成す。
そう、鎧を身に纏うのではない。私は錬金術師だ、ならば……作り変えればいい!私自身を要塞にッ!
それこそが、この!
「『鉄鬼魔神グリームニル』ッッ!!」
「変身したー!!」
腕は鉄塔、足は鉄壁、胴は城塞、そして頭は鋭く流れるようなデザインの兜になり、全身を覆い同化する。同時に兜の隙間から蒼光が二つ灯り双眸となる。
鎧を身に纏うとスピードが落ちるなら、私自身が要塞になればいい。故にかつて身につけた城塞鎧と異なり流線型の軽やかなデザインへと変貌し、速度を犠牲にする事なく同等のパフォーマンスを得ることが出来る。
人型の要塞、それがこの鉄鬼魔神グリームニル。私が極・魔力覚醒を成長する『過程』で手に入れた進化形態の一つ。その姿は……奇しくも変態を繰り返したホドと同じ鎧を纏うかのような姿であり。
「どこまでも、私と同じ進化をしますか。メルクリウス」
「お前と同じ境地に立ったつもりはない……超えたつもりだ」
腕を払えばデルセクト連盟国旗がマフラー代わりに出現し谷風に靡く。この姿になれば極・魔力覚醒の強化を自身に適用することが出来る。なにより、小さな的を相手にフルで戦うにはこれが一番いい。
「嬉しいですよメルクリウス!私と同じになってくれるなんて!どこまでも貴方は私を楽しませてくれる!!」
「笑っていられるのも今のうちだ、行くぞ!!」
背中から出現したバーニアを点火し一気にホドに突っ込む。奴もまた動くが、遅い!!
「『錬金・蜷局蛇目打』!!」
「ッ腕が変形して!」
私の体は全身が鋼鉄の城塞に変化している、即ち自由に錬金術で形を変えられる。飛び上がり逃げたホドの足を掴むように伸びる右腕、それは蛇の口を作り奴の足に食い込み。
「落ちろ!!」
「ぐっ!?」
一気に腕を戻しその勢いで地面に叩きつける。この狭いフィールドを選んだのは奴に無駄に動き回られないため、あんまり逃げられると時間切れになる。
そうだ、時間切れだ。この姿を現状の体力で維持するのは持って数分が限度。故に一気に短期決戦で決めにかからねば!
「『錬金大砲』!」
「ッッ!?」
左腕が巨大な砲身に変わり、地面に叩きつけられたホドに向く。腕の中に錬金機構を十五個作り上げた、そこから発生するエネルギー……それらを全て放出する!!
「『ガングレリ・ブラスター』!!!」
「チィッ!!」
砲身から放たれたのは青白い極光。魔力や周囲の元素を一気に熱エネルギーに錬金し放出する大技。ホドも魔力を前方に集中させ防ぐことしか出来ず、奴を前に八つに引き裂かれた光線は両脇の岩壁を破壊し幾多の瓦礫を落とす。
崩落する渓谷の真ん中で、私とホドは共に地面に足をつき……相手を睨む。逃げる気はない、一切。
「最高ぉ……!やはり、最高ですよ!メルクリウスぅうううう!!!」
「喧しい!受けろ、そして倒れ伏せ!我が執念!!」
ホドは背中の羽を使い私に向け、私は背中のバーニアを噴かし加速。一瞬で最高速に至った私とホドは、共に拳を構え。
「『紅女王に懺悔なし(ラ・レイナ・ロハ)』ぁぁああああッッ!!」
右拳を甲殻で覆い、その上で魔力加速を行い叩き込むホドの大技。対する私も右拳に装甲を集中させ、肘から火を噴き加速させる大技……。
「『鉄城拳シグフォズル』!!」
放たれる二つの拳、これが決めの一撃になる、先に当たった方が勝つ、そう確信めいた何かが私達の中で共有される、がしかし。それでもホドの方が速い、ホドの方が勝る。
しかし、同時に。
「ッ!?この魔力!」
「………!」
背後、即ちフリードリスの方向で巨大な魔力が発生する、そこに意識が取られる。そしてその魔力を感じ取ったホドの顔色が変わる。
「イノケンティウスの魔力が潰えている……まさか、負けた!?臨界魔力覚醒が!?」
それはあまりにも衝撃的な情報、イノケンティウスが負けた?ラグナが勝った?この戦いが……終わった?
……などと、惑わされるわけがないだろう、私が!
「ッくっ!」
「あ!しまっ──」
他所に気を取られたホドの拳が私の右頬を掠める、外した、奴が拳を。イノケンティウスが負けたという情報に惑わされたホドの拳が外れた。いいやかわしたのさ、私が。
驚くまでもない、何故なら……信じていたからな。
(お前なら、勝つと思っていたよ。ラグナ……!)
勝つと信じていたから、驚かない。負けないと確信していたから、惑わない。故に……!!
「これが私の!!」
「ぐっ!?」
鉄の拳が、ホドの顔面を捉える。その瞬間右腕から放たれる炎の勢いが増して、加速は最高潮に至り──。
「正義の鉄拳だ!!!」
「がばぁぁあ!?!?」
殴り抜く、同時に右腕が射出され一気にホドを連れていくように吹き飛ばし、谷底の奥。カロケリ山に通ずる岸壁に衝突し……揺れる。
ホドを巻き込む大爆発を起こしカロケリ山そのものが根底から揺れるような巨大な地震が起こり、アルクカースが震撼する。
「グロリアーナ総司令の分は返したぞ、ホド」
「……………」
岩壁に食い込み、白目を剥くホドに左手の指を差す。この戦いが始まってから、ずっと戦ってきた相手へのリベンジ。それを成し遂げた瞬間、私の極・魔力覚醒も解除され……膝を突く。
「くっ、ホドを捕縛したいが……」
先程の戦いで渓谷そののが崩れかけている。本当はホドを捕まえたいが……仕方ない、今は離脱しよう。なにより返したい借りは返せた。
グロリアーナ総司令、貴方の栄光は私が取り戻しました。ホドという巨悪にデルセクトが誇る正義の栄光が……勝利したのです。
「また、戻ってくるからな!」
私は歯噛みしながらその場から走り去る、そうしている間に気絶したホドは降ってくる瓦礫に覆われ……視界から消えたのだった。
………………………………………
そして場所は変わり。
「金糸よ!!」
「はぁあああ!」
「チィッ!!」
アジメクの中央に存在する白銀塔ユグドラシル、その中層にてぶつかり合うのは三つの影。デティフローア、ネレイド、そしてケテルの三人。その趨勢は半ば決していると言ってもいい。
「ああもう!!うざったい!!」
ケテルが地面を引き裂き無数の黒樹の槍を出現させる。その威力と速度は凄まじくネレイドでさえ反応出来ないスピードで次々と殺到し。
「ぐっ!?」
その身に次々と突き刺さる……しかし。
「『リジェネ・ロシェル』」
デティフローアが指を鳴らせばそれだけで傷が塞がり、黒い樹木が焼き切れる。極・魔力覚醒を会得したデティフローアのあらゆる事象を引き起こすその力により、治癒力が限界突破しておりいくら傷つけてもネレイドが止まらないのだ。
「貴方達ズルでしょ!いくら傷つけても回復するとか!!」
「お前がッッ!!」
「言うなーーー!!」
「ぎゃーん!?」
そして叩き込まれるネレイドの拳とデティフローアの拳。その二つがケテルを打ち砕き吹き飛ばす。二人の第三段階上位者を相手にしてはいくらセフィラ最強格のケテルとは言え形無し。ボコボコにされ、打ちのめされ、徹底的に打破され続けていた。
「ぐっ、ダメだこれ、勝てません。ジョバンニさんもやられたみたいですし、ああもう。クソ役立たずが、イキリ散らかしたガキはこれだから嫌いなんですよ」
「諦めろケテル、お前の負けだ」
「その通り、私とネレイドさんのコンビって勝率100%なんだよね」
倒れ伏すケテルを前に腕を組む二人の弟子に、ケテルは舌を打つ。屈辱、あまりにも屈辱的。しかし事実、紛れもない事実。
「あーあー嫌ですマジで嫌。よりにもよってクリサンセマムを相手に尻尾を巻くことになるとは」
「逃げるつもり?」
「逃がさないつもりだけどね、こっちは」
「………ああそう、けど。貴方達理解してます?自分達が極・魔力覚醒を使っているのに対して。私、覚醒どころか魔術も一度も使ってないと」
「……む」
ゆらりと起き上がるケテルは杖を捨て、両手を合わせる。それは初めて見せる構え、この戦争において一度も使用しなかった……ケテルの魔術が起動する。
「やばい、ネレイドさん!あれ止めないと!」
「ッッ!分かった!!」
瞬間、二人は動く。デティフローアは魔力中和の魔術を、ネレイドは突っ込みケテルを止めにかかろうとする。しかし……既に遅かった。
「『ケンゲン・アラミタマ』」
その一言が天鼓のように響く。ケテルの口から放たれたその魔術は彼の中で魔力を渦巻かせ……。
黒い光の爆発となって、ユグドラシルの中腹から真っ二つにへし折る程の威力となって放出される。
「ぐっ!?なにそれ!!」
咄嗟に防壁を作り上げ、魔術によって落ちてくるユグドラシルの上層を支えるデティフローアは叫ぶ。一瞬にしてユグドラシルの中腹が消し飛んだ、現代魔術であることは分かるが、それにしたっても威力が高すぎる。
いや、それ以上に……。
(あんな魔術、知らない)
裏社会で生まれた魔術なら知るはずもない、だがそれでもある程度系統は読める。属性魔術なのか、付与魔術なのか、呪術なのか。しかし、ケテルが今放ったそれはそのどれにも該当しない。
古式魔術を由来に作り上げられる現代魔術にあって、現存しない古式魔術を由来に作られているとしか思えない常識はずれの魔術。
それを放ったケテルは……。
「おやおや、これも捌かれるとは。勝ち目なさそうですね、この場では」
「なっ……」
背中に羽根が生まれる、黒い樹木が変形し生み出された悪魔の如き六枚羽根を広げ天に浮かぶケテル。その姿を見たネレイドは言葉を失う。
それはまさしく、神の如き威容だったから。
「……そうか、神降術か!」
「おや、知ってますか」
……それは、マレウス東部のテルモテルス寺院にて秘蔵とされていた魔術書。クルスによって奪い去られこの世から消えた魔術書に記載されていたとされる秘宝。
曰く、八千年前の戦いでシリウスが皇帝トミテの為に作り上げたとされる最強の古式魔術『神降術』。それは事象を神として定義し自らの体に降ろすことで絶対的な力を授ける冒涜的な魔術。
本来、戦いの中で失われたはずのその魔術が何かの間違いでマレウスの遺跡に眠っていた。それが巡り巡ってテルモテルス寺院に収蔵されていたとトラヴィス卿は言っていた。しかし。
「その魔術、なんで貴方が使えるの!!」
テルモテルス寺院から一度として外に出されることはなかった魔術書に記載されている神降術。それを知る由もないはずのケテルがなぜ使えるとデティフローアは叫ぶが……叫ぶと同時に気がつく。
ああそうかと。そのルートがあったかと。
「おや気がつきました、クリサンセマム。ええ、そうですよ、なんせ私は『ネビュラマキュラ』ですから」
皇帝トミテの側近として支えた冒険家がいたと言う。皇帝カノープスの側にクリサンセマムがいたように、トミテの側にいた男……それがセバストス・ネビュラマキュラ。トミテの使っていた力を最も見てきた男の子孫が、今ここにいるプリンケプス・ネビュラマキュラなのだと。
ケテル……プリンケプスは五百年前に生まれたマレウス建国の王アウグストゥス・ネビュラマキュラの弟。彼の目的はネビュラマキュラの復興、故に先祖の残した神降術の解析に三百年を使い、会得したのだ。
それも独自の方法で改造し、いわば現代神降術として再誕させた。それこそがこの……。
「『邪神魔術』……如何ですか、私の魔術」
「オフュークスの亡霊め……!」
「生き霊の下僕に言われたくないなぁ!クリサンセマムぅ!!」
悪露の力を自らに授け、神となる邪神魔術。それを使ったケテルは暗黒の六枚羽を羽ばたかせ、更に天へと浮上していく。
「ここは勝負を預けます。そのうち、決戦なんでしょう?なら楽しみはとっておきましょうか」
「ッッ!待て!!」
そうネレイドが叫ぶが、既に遅い。ケテルは六枚羽で天を掴み一瞬で彼方まで飛んでいってしまう。デティフローアもまたユグドラシルを支えるので一杯一杯、追いかける余力はない。
そう、つまり取り逃したのだ。
「ッッ……クソッ!」
「ね、ネレイドさん。ごめん、ユグドラシル支えるの手伝って」
「あ!ごめん!」
そんな中、ネレイドは悔しさに歯噛みする。なんとか撃退は出来た、だが結果だけ見れば敗北もいいところ、職員達は殺され、親友もあわや死ぬところだった。いや或いは自分さえも。
デティフローアが来てくれなければ死んでいただろう、負けていただろう、それが容易に想像出来るからこそ……彼女は憂う。
(あれがセフィラの上位……邪神ケテル、か)
邪神を名乗るあの男、不死身の力を持つあの男、それを倒せるのは……或いは自分しかいないと。神すら侮辱したあの男と言う通り決戦は近いのだ。
ならば……。
(次は、負けない)
もっともっと、強くならなければ……と。
…………………………………………………………
「ソウルビート……ハウリングッッ!!」
「ぐっ!」
放たれる巨大な音波に吹き飛ばされる。傷だらけの体には、疲労に崩れたこの体には、その一撃はあまりにも重く。全身が痺れ膝を突く。
情けない、アルクカース最強と呼ばれた俺が……こんな野郎に。
「ゼェ、ゼェ、やるなぁ……お前よぉ」
「チッ、こんな雑魚に手間取ってる暇はねぇのに」
「流石はアルクカース最強ベオセルク。いや元最強か……最高にクールだぜ」
目の前に立つのは、第七暴神デスペラード。フリードリスでの戦いもまた、煮詰まり始めていた。
「……こりゃあ、もうオレ達もダメかもな」
デスペラードが周囲を見回すように、俺も見回す。フリードリスでの戦いはある意味アド・アストラ側の勝利に終わったと言ってもいい。
既に十天魔神の大半は崩れた、サルニッタと戦ったタリアッテレはその盾を両断し、ブラッドと戦ってきたマリアニールは傷だらけになりながらもブラッドの剣をへし折り。
そして……。
「『ステラ・パンチ』!!」
「ごはぁぁあ!?ば、バカな……こんな若造に、やられるとは」
今、この場で最強だった第四魔神バフォメットが、魔力覚醒したアリナの拳を受け地面に叩きつけられ、気絶する。こっちは第七神に手こずってるってのに、あの小娘めちゃくちゃ強えな。
「バフォメットまでやられちゃ終わりだぜ、けど……こっちだって覚悟決めてやってんだ。一人くらい、持っていかせてもらうぜ!!」
「チッ」
デスペラードがこちらに来る、こっちはもう覚醒する体力も残ってねぇ……クソッ、ここまでか────。
「今だ!姉ちゃん!!」
「は!?」
しかし、次の瞬間。天からデスペラード目掛け降り注ぐのは……巨大な岩を持った、クレー!?
「いけぇえええええ!!」
「って!なんだヨウッ!チェケラァァァ!!」
しかし、そんな小細工デスペラードには通じない。咄嗟に振り向いたデスペラードの拳を受け岩は粉砕され、クレーが吹き飛ばされる。あのバカ!避難してろって言ったのに!!
「ああん?ガキ?一体何を……」
「喰らえ!!」
「むがー!?」
しかし、それだけでは終わらなかった。デスペラードが砕いた岩には……リオスがくっついていたのだ。岩が砕かれると同時にリオスがデスペラードの顔にしがみつき、ポカポカと殴り回す。
「リオス、クレー……やめろ!!そいつはお前らの手に負える相手じゃねぇ!!」
「なんだこのガキ!言っとくがよぅ!オレぁアウトロー!ガキでも容赦しねぇぞ!と言うか離れろ!!」
「嫌だ!!!!お父さんをいじめるな!!!」
必死にリオスを引き剥がそうとするデスペラード、しかし抵抗し顔にしがみつくリオスは叫び声を上げて涙を浮かべる。
「お父さんは!!強いんだ!!」
クレーもまた、デスペラードの足にしがみつき噛みつく。アイツら、なんでこんな無茶を……。
「僕たちだって!!アルクカースの戦士!!そして……」
「最強のお父さんの!子供なんだ!!!」
「ッッ!!」
アイツら……そんな、そんな事を。……そうか、そうか。
(なにやってんだベオセルク!ガキこさえて牙が抜けたか!!餓獣と呼ばれた男が……情けねぇ!!)
歯を食い縛り、立ち上がる。もう限界だ、長い戦いに体がついて来れていない……けど、けれど。こんなところで立ちはだかる限界なんざ殴り倒して進め!今俺の子供が!俺のために戦ってんだ!!
アイツらにとっての最強が、こんなところでへばっていいわけがねぇ!!超えろ、乗り越えろ……限界なんか!!
「ぐううう!離れろ!離れねぇとマジで叩くぜメーン!!」
「やってみろ!僕達は約束したんだ!強くなるって!ステュクスと!!」
「へ!?ステュクス!?お前らステュクスを知って……」
瞬間、デスペラードの動きが止まる……その刹那を捉えた時。俺の中の獣が目を覚ます。
「極・魔力覚醒……」
「あっ!?」
一歩が、燃え上がる。体が、震え上がる。無意識のうちに口が吐いた言葉が……形を作る。
全身を紅蓮の魔力が包み込み、その焔の如き魔力が一気に周囲に拡散し一面を赤く染める。その上で放たれる一撃は今。
「『餓獣牙爪連理』!!」
音を超え、切り裂く。腕にまとわりつく硬質化した魔力がデスペラードの胸を裂き、奴を血溜まりに沈める。
────極・魔力覚醒『餓獣牙爪連理』は肉体強化の極致とも言える覚醒の一つ。それは半径30m以内にいる人間全員の反射神経、体感速度、それらを全て三分の一程に落とし、自らの速度を五倍する、単純極まりない、されど肉弾戦に於ける決定権とも言える反射と体感を操る絶技とも呼べるもの。それは戦の国アルクカースを象徴する力の権化ベオセルクが目覚めた新たな領域である─────。
「お前ら、無茶すんな。アスクに叱ってもらうからな」
「お父さん!!!」
「凄い!!」
煙のようにたなびく魔力を残し、ため息を吐く。デスペラードは倒れ、俺の両手には大切な子供達が握られている。……まさか、こんな事で限界を越えちまうとは。
いや、ある意味……俺らしいか。
(なんとか、家族を守れた)
ただ、家族を守りたい。その一心で挑んだこの戦いに……ようやく目処がつく。フリードリスの戦いは終わる、そうすればもう倒すべき奴はいない。
なら、もう一踏ん張りするか……この力で──────。
「ダアトォオオオオオオオオオ!!!」
「大声を出さないでください!!!」
「な、なんだぁ!?」
一瞬、何かが轟音を上げてフリードリスを貫通し右から左へと駆け抜けていく、今の声エリスか?と思うまでもなくエリスはそのままもう一人の影ダアトと殴り合いながら壁を突き破り外へと飛んでいった。
……なんなんだ、あれ。
(エリスの奴、いつの間にかとんでもねぇところまでいっちまったな……)
気がつけば、俺は置いていかれている。だがいい、いいんだ。
なんせ今、この国を背負ってるのは俺じゃなくて……アイツとラグナなんだからな。
(まぁいい、それより残党狩りを……ん?)
残る敵を撃滅する、その為に俺はリオスとクレーを抱えたまま動き出そうとしたその時だった。
「お前らぁぁああ!!!!」
ガンッ!と音を立ててフリードリスの正門が蹴り壊され、何者かが立ち入ってくる。いや、アイツは。
(バティスタか!)
「ふぅ、ふぅ、お前ら!!よく聞け!!」
現れたのは、傷だらけで口から大量の血を吐いたバティスタだった。アイツはこの場にいるゴルゴネイオン全員に向けて声を発し─────。
…………………………………………………
「『流星弧転』!!」
「『速の型・切払』!!」
エリスの蹴りと、ダアトの手刀が衝突し魔力の火花が散る。同時にエリスは虚空を蹴って旋回し……。
「『流星一線』!!」
「ぐっ!!!」
爆発するような勢いで蹴りを放ちダアトを吹き飛ばす、そのままアルクカースの荒野に突き刺し……。
「喰らえッッ!!」
「喰らいません!!」
地面に向けて突っ込む。その一撃は大地を砕き、衝撃波で瓦礫を持ち上げ天にもう一つ山が出来る程の大爆発を引き起こすがダアトはそれさえ避けてみせる。
「まだまだ!」
「それはこちらのセリフです!」
持ち上がる瓦礫の上に着地したエリスとダアトはそのまま高速で飛翔し、乱れ飛ぶ瓦礫の隙間を縫うように幾度となくぶつかり空を駆け抜け……そして。
「ここ!!」
「ガッ!?」
エリスのかかと落としが決まり、ダアトの体が再び地面に衝突し……数度バウンドしダアトは蹲る。
「ぐっ、ぅぐぅ……まさか、覚醒を使っても上回られるとは」
「はぁ、はぁ、はぁ」
フォルミカリウスから始まった激戦、それは……エリスの優勢で進んだ。当初は覚醒の力により互角の戦いを繰り広げていたエリス達、しかし。
露呈した、ここで。ダアトの弱点が。
「口惜しい、イノケンティウスの邪魔さえなければ……」
それは、スタミナ切れ。彼女の覚醒は元よりかなり無茶をする覚醒、それなのにイノケンティウスの襲来により彼女は余計な時間を使ってしまった、それが響いた。スタミナ面だとどうやらかなりエリスの方に軍配が上がるようだ。
「立ちなさいダアト、まだケリはついてませんよ」
「ッ……貴方はどんな体してるんですか、全然スタミナ切れ起こさないじゃないですか。私よりも前にイノケンティウスの臨界魔力覚醒とも戦ってるんですよね」
「その前にはジョバンニ達とも戦ってます、まだ腹八分目くらいですね」
「ははは……」
浅く笑うダアトが起き上がるのを待ち、エリスは再び構えを取り────。
「どうやら、向こうはもう直ぐ終わるようですね」
「当たり前だ、エリスが簡単に負けるか」
「のようですね……」
一方、精神世界にて巻き起こる戦いもまた終戦へ向かっていた。力の一部を精神世界に送り込んだダアトとそれを迎え撃つシン、実力差はかなりあったもののダアトは一部のみと言うこともあり……勝負は長引いていた。
「想定外に強くなっていますね、シンさん。まさか私を相手に凌ぎ切るとは」
「フンッ、私もただこの世界で退屈な時間を過ごしていたわけじゃない」
或いは、エリスの方よりも先に決着がつきそうな気配を感じ、シンは組んでいた腕を解き、雷を迸らせる。それを見たダアトは崩れた本棚の上に立ち。
「……こちらもそろそろ決着がつくと思うので。一つ、いや二つ言ってもいいですか?」
「なんだ、手短に済ませろ」
「この場の会話はエリスさんにも聞かれていません、丁度いいので内緒話を一つ」
「それを聞くメリットは」
「あります、貴方にとって有益な情報を与えます」
「………」
シンは考え込む、だが首を払い折角いい情報が聞けるならと受け入れることとした。どの道ダアトは騙し討ちを仕掛けるタイプではないと分かっているから。
「分かった、聞かせろ」
「では……お願いがあります。今はなんのことか理解できずとも構いません、ただ」
すると、ダアトは……顔から笑みを消し去り、至極真面目な顔つきで。
「『リーヴ・メトシェラ』を信用しないでください」
「は……?」
呆気に取られる、知らない言葉が出てきた、名前か?それっぽいが、少なくともエリスの人生においてそんな人物と出会ったことは一度も……いや。
(メトシェラ、そう言えばかつてダアトがそんな事を……)
ダアトが帝都襲撃でエリスと出会った時、そんな名前を口にしていた。メトシェラと……。
「誰だ、それは」
「きっと、そのうち分かります」
「信用するなと言うことは敵か?」
「難しい質問をしないでください」
「そ、そんな難しいか?」
リーヴ・メトシェラ。そんな奴は知らない、少なくともマレフィカルムにはそんな奴はいない、八大同盟にもセフィラにも。だがダアトが態々こんな顔で言うと言うことは……相当。
「……分かった、で?私にとって有益な情報は?」
「ええ、まぁこれはもしかしたら知ってるかもしれませんが」
「なんだ、早く言え」
私は別にこいつと仲良くお話がしたいわけじゃない、だからとっとと話して決着を──。
「貴方の肉体は生きています」
「………は?」
「今はマレウスにいます、今なら……もしかしたら生き返れるかもしれませんよ」
─────なんだって?




