855.同盟討滅戦その八・『神王』イノケンティウス
今から五十年以上も前────魔女大国は今と変わらず精強で、八大同盟は今よりもずっと弱く、マレフィカルムが消極的だった時代。
それが……イノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエが生まれた時代だった。彼はゴルゴネイオンの神王シクストゥス・ダムナティオ=メモリアエの息子に生まれ、次期神王になる事を生まれながらにして定められていた。
幸いなことにイノケンティウスには才能があった。マレフィカルムトップクラスの実力を持つシクストゥスを遥かに超える才能を持ち、人を惹きつけるカリスマ性を持つイノケンティウスに誰しも期待していた。
だが…………。
「ふざけんじゃねぇよッッ!!」
石畳の上に皿がぶちまけられ、ひっくり返った木の机が砕け、怒号が響き渡る。それを見て周囲のゴルゴネイオン構成員達はワタワタと慌ててどうにかしようとするが、止められるわけがない。
「オレは指図されんのが一番嫌いなんだよ!雑魚共が生意気に意見するんじゃねぇよ!!」
そして、その部屋の中心で暴れる金髪の若者は砕けた木の破片を蹴り飛ばし。壁を蹴って飾られた絵画を落とし、闇雲に暴れる。誰も彼を止められない……その机の前に座っていた大男。神王シクストゥスを除いて。
「やめないか、イノケンティウス!!」
シクストゥスは黒い髭を動かし、目の前で暴れる金髪の若者……イノケンティウスを止める、当時十九歳のイノケンティウスは荒れに荒れていた。
当時のイノケンティウスの評判をそのまま表すなら『暴君』『史上最高の才能と史上最悪の性格を併せ持つ男』『熱した油に垂らされた水みたいに暴れる男』。ちょっとでも周囲の人間がイノケンティウスを注意すれば烈火の如く怒る。気に食わないことがあると癇癪を起こし破壊活動を開始する。
それでいて誰も止められないほどに強いため、文字通り災害のような扱いを受けていたのだ。
「ウルセェな!おい親父、オレぁな!オレの親だからって理由だけで命令されるのが気に食わないって言ってんだ!それをテメェ……やめないかだとぉ?」
「私はな、親としてやめろと言ってるのではない。神王としてやめよと命令しているんだ!」
「同じことだ!クソ阿呆らしい!何が神王だ!神でもなければ王でもねぇ小山の大将の癖してよぉ!」
父シクストゥスに反抗する息子イノケンティウス。これが当時のゴルゴネイオンで毎日のように繰り広げられていた光景だ。若く血気に任せていたイノケンティウスはただひたすら何もかもが気に入らないと悪意を隠すつもりもない。
だが、それでもシクストゥスがイノケンティウスを見捨てることなくここに置いているのは。
「イノケンティウス、今すぐ十天魔神第一の座を引き継げ。実力的にも申し分ない、お前なら私の後を継げるはずだ」
「継いでどうするよ、そこが阿呆らしいってんだよ」
「お前なら!魔女大国との戦争に勝てる!奴等との戦いにおいて必要なのは兵の指揮、口は悪いがお前は若い衆からの指示も大きい!だから!」
全て、イノケンティウスに神王の座を継がせ、魔女大国との戦争をさせるつもりだ。シクストゥスはその生涯をかけてアルクカース陥落を夢見てきた、しかしその戦力差はたかだか数十年で埋まるものでもなく、故にその夢を息子に託そうというのだ。
「勝てるわけねぇだろ!向こうにゃ魔女がいるんだぞ!」
「だが我々はゴルゴネイオン!魔女排斥組織として既に一千年近く活動を続けてきているんだ、我々が矢面に立って戦わねば。最近はクロノスタシスも力を増してきているしこのままでは八大同盟の纏め役としての立場が……」
「けっ、結局立場かよ。そういうのに興味はねぇんだよ、とっとと出てけ!!」
「お前が出ていけ!ここは私の組織だ!」
そしていつものように喧嘩別れ、お互いがお互いを拒絶して部屋を出る。それがいつものお決まりだった……しかし。
今回の別れは、ちょっと異なるものとなった。
……………………………………………………
名乗る時。オレは『イノケンティウス』と名乗る、ダムナティオ=メモリアエを口にする事はない。それはオレを縛る言葉でありゴルゴネイオンという檻にオレを閉じ込める鍵でもあるから。
オレはゴルゴネイオンを継ぐつもりはない。オレは……オレは。
冒険者になりたいんだ。自由に旅をして、自由に戦う冒険者になりたかった。だからオレは親父と喧嘩別れをしたその日もまた最寄りの冒険者協会に立ち寄って、友達に会うことにした。
「よう!エース!」
「イノケンティウス……?」
冒険者協会は半ば酒飲み場のような形になっており、今日もアイツはテーブルに座っていた。黒い長髪に青銀の瞳を持った冒険者。別名『勇者』エース・ザ・ブレイブ。新進気鋭の新人ガンダーマン・ゾディアックに並び現在世界最強の冒険者の一人に数えられている奴だ。
「今日も冒険の話聞かせてくれよ」
「別に聞かせるようなものじゃないんだが」
隣に座りながらそう言えば、エースはそっけなくそう答える。こいつはソフィアフィレインと言うチームを率いており、連日あちこちで戦い冒険を繰り広げているんだ。こいつみたいになりたいとオレはにこやかに挨拶すると。
「あらら、また来ちゃいましたか?イノケンティウスさん」
「ん、ケイト」
向かいに座る黒髪の女『魔術師』ケイト・バルベーローがこっちを見る。こいつもまたソフィアフィレインの一人でやたら世話焼な魔術師だ。
「こんなところに来るよりも、ほらぁ。前言ってたじゃないですか、お父さんがなんかこう……家業を継いで欲しい?的な事言ってましたし、それを継いであげた方がいいんじゃないかなぁと私は思うわけですが」
「お前にゃ関係ないだろ」
「関係ないと言えばまぁ関係ないんですけどぉ」
こいつらにゴルゴネイオンの事は話していない、だから親父のことは伏せているしゴルゴネイオンの事は家業ってことにしてある、まぁ家業だし。ただケイトはやたらとオレに親父の家業を継がせてこようとする。
こいつは関係ないはずなのに、実はこいつマレフィカルムの一員だったりしないよな。
「なぁエース、お前もそう思うだろ?オレ冒険者になりたいんだ」
「好きにしろっていつも言っているだろうに。ただ、好んでなるようなものじゃない」
エースはそう言いながら手元のグラスを揺らして酒を飲む。こいつはなんだか不思議な雰囲気を持っている、いつも楽しそうじゃないし自分の栄誉を誇ることもない。そう言う清廉な姿にオレは惚れ込んでいるんだがな。
「結局、冒険者とは免疫なんだ。人類という巨大な構造が一つの生命だとするなら、冒険者は魔獣と言う異物を排除する為の免疫。誰かがその役目を担わなくてはならないからやっているだけで、やらなくていいならやりたくない」
「なんで嫌々やってんだよ」
「それは……私と彼らが違うからだ。ただ、みんながそう言っているから。けど……実際魔獣と人間の違いってなんなのか、私はまだ分からない。同じ生き物に優劣があるのか、どうなのか」
エースは遠くを見ながら呆然とそう言う。また入っちまったよ、こいつは魔獣の話になると遠い目をする。正直、興味がない、魔獣がどうとか人がどうとか。
「人には権利があって、資格がある?魔獣にはない?ならもしこの星が魔獣の星だったら、我々は……」
「そんな事よりさ、今回の旅の話聞かせてくれよ」
「……そんなに旅が気になるなら、自分ですればいいだろ」
「え?だけど、冒険者にはなれねぇよ」
オレは冒険者になりたい、だがなれない。何故ならゴルゴネイオンの影響が強すぎるからだ、冒険者協会にはマレフィカルムの手勢が大量に潜り込んでいる。そしてそいつらは全員ゴルゴネイオンの傘下だ、そいつらのいる所に入っても……現状は何も変わらない気がするから。
そうオレが言えば、エースは。
「別に冒険者にならなくても旅は出来る。手荷物を持って好きな所に行けばいい」
「む……」
そこは、そうだな。なんか盲点だった、別に冒険者にならなくても旅は出来る。出来るじゃん……あれ?じゃあやればいいか。
「確かに、じゃあ旅に出てみるか」
「え!?ちょっ!旅にってどこに?今日の晩御飯までに帰りますよね!?」
「だからケイトには関係ないだろって、んー。そうだな、とりあえずディオスクロア文明圏をぐるっと一周してみるか」
「それ帰りいつになるんですか!?」
「さぁ、いつだろうな。……じゃ、行ってくるよ」
「好きにしろ」
「いや私は──ぐぅ、なんて説明したら」
軽く手を上げるエースとなんか頭を抱えているケイトに別れを告げて、オレは旅に出ることにした。ディオスクロア文明圏一周とは言ったが、気に入った国を見つけたらそこに住むつもりだ。もう二度とマレウスに帰るつもりはない。
ああそうだ、オレは自由だ!誰かのためになんか生きたりしない!オレはオレの道のために生きるんだ!それが人生ってものだから!!
───────────────
「フンッ!!」
「どっこいしょ!!」
衝突する、互いに肩をぶつけ合うように突っ込み衝突すると共に魔力が爆炎のように噴き出す。俺の赤い魔力とイノケンティウスの紫の魔力が混じり合い、フォルミカリウス改の最上階にて太陽の如き光が燦然と輝く。
「何故生き返ったか、何故再び現れたのか、そこは問うまい……だがラグナ・アルクカース」
そしてその肩越しにイノケンティウスの視線が俺を射抜き。
「何故、急にここまで強くなった。貴様、英雄として開花したのか」
「まぁ、色々あったのさ」
……俺は今、時代を訣る戦いへ臨んでいる。相手はイノケンティウス、この戦争を引き起こした張本人。戦場での戦況がどうなっているかは分からない、だが少なくとも他で勝とうがここで負けたら終わりだ。
今、俺の肩には魔女大国とその後の未来全てがかかっている、負けられねぇ、負けるわけにはいかない。
「フッ、そうか。だが余もここで折れるわけにはいかんのだ、ここまで来て、終われんよッッ!!」
「そりゃ俺も同じだよ!お互い……総大将は大変だな!」
振るわれるイノケンティウスの一撃を肘で弾き、反撃とばかりに拳を叩き込むがそれは防がれる、奴の腕が的確に打撃を抑え、同時に蹴りが飛び、それを蹴りで弾き、至近距離で回避という眠たい手段を使わず俺とイノケンティウスは削り合う。
(体が軽い、と言うより今までつけていた錘が外れたみたいだ)
俺は先程星の魂に赴き、失われた魂を星の記憶から引き出し、完全なる形で蘇ることが出来た。その際用いられた材料は星の魂そのもの。それを魔力のように俺の魂に変換したのだ。
まさしく神に等しい所業。そのおかげか、あるいはそもそも俺が真に英雄として覚醒したからかは分からないが……今までのコンディションとは文字通り桁違いのパフォーマンスを発揮出来る。……なにより。
「『フレイムストーム』!」
イノケンティウスが手を地面に叩き込み、同時に炎の嵐が吹き荒れる。圧倒的熱の奔流は全てを焼き尽くす威力を持つ、魔術自体はなんの変哲もない属性魔術だが……それを極限まで高めたイノケンティウスの攻撃は文字通り必殺となる。
だが……。
(分かる、今なら。火はこの星が用意した熱の概念、最も古くから存在する事象の一つ……だが俺には効かない)
俺は炎の中を悠然と歩く。星は人を生育するため様々な事象を用意した、それが属性である。星はその魂の力を使い、事象を引き起こしているんだ。
なるほど、そう考えると人が魔力を使って様々な事象を起こしているのは……星がやっていることと同じ。人に元来備わっていた力なんだ。
「最早、足止めにもならんか」
そして俺にそれは効かない。俺は次の時代の星そのもの、星が炎で焼かれるかよ、少なくともこの星の中で完結する規模の自然現象じゃあ俺は傷つかない。
……いや、まぁ多少熱くはあるけどね。完全に温度調整をミスった風呂に入ってるくらいの感覚だが、まぁ我慢出来るし。
「イノケンティウス、そう言うのはもうやめにして。臨界魔力覚醒を使えよ、じゃなきゃお互い全力を出した事には……いや、もう使えないのか」
「…………」
若干失言した気がする。イノケンティウスに残された臨界魔力覚醒の回数は残り一回、それを使い終わったら奴は死ぬ。臨界魔力覚醒を使えってのは……つまり死ねって事だ。
そう思うと少し残念ではある、こいつの臨界魔力覚醒を超えられなかったのは……。
「いや、構わん。使ってもいい」
「え?」
「シリウスの足がそこにあり、お前がここにいるなら。どの道全ての目的は達成される……臨界魔力覚醒を使ってもいい」
イノケンティウスは炎を消し去り、息を整える。目的は達成されるって……死ぬ事に関してはいいのかよ。いや、いいんだろうな、じゃなきゃここでこんな事してない。
「いいんだな、イノケンティウス」
「使わなければ勝てそうにない、そしてどうあれ余の臨界魔力覚醒が終わった時点で……シリウスは死ぬ。余の命が尽きる瞬間、燃え尽きる魂をシリウスの魂に打ち込み、余がシリウスを連れていく」
「それで殺せるのか?」
「さぁな、……だがそれしか今取れる方法がないなら、そこに賭けるのは当たり前だろ」
そしてイノケンティウスは魔力を整え始める。燃え上がるように広がる魔力が空間を満たし始める。
「余は、人の世を作るためにこの命を使う。どの道老い先短い命、余は十分に生きた……故に最後の大業として、原初の魔女を打破する。それが余の魔女排斥だ」
「そうか。別れの言葉は必要か?」
俺は最上階の外を指差す。ここから大声で叫べば、下層にいるゴルゴネイオン達に聞こえると思うが……。
「不要」
そう、奴は笑いながら言って退けた。自分の配下に別れの言葉は不要か。潔し、だがだからこそ俺はこいつを打倒しなきゃならねぇ。
配下達を死地に送り込んだ責任を取るつもりだろうが、王の責任ってのは……最後まで生きてその後の責任を取る事だ。そこで意見の食い違いが起きてるから、俺はこいつを倒さなきゃならない。
故に……!
「永劫なりし問い。汝、魔道の極致を何と見る……」
来るか、絶対なる臨界魔力覚醒。本気で使う気だ。
「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして、今答えよう」
最早止める気はない。ここには俺とイノケンティウスしかいない。軍を巻き込むこともなければ、使わせずに倒そうなんて気もない。
ここで決着なんだ。臨界魔力覚醒が終わったその時、次にこの世界に戻ってくる時俺かイノケンティウスのどちらかが勝者として残る。
ならば。
「魔道の極致とは即ち────」
「ありがとう、イノケンティウス」
俺はあんたが臨界魔力覚醒をし終えて死ぬ前にあんたを倒す。あんたが出せる最後の全力を受け止める男になる。俺の求めに答えてくれたあんたに、俺は最大限の力で応える。
「『星海を臨む、飽くなき道程』である」
それはイノケンティウスが、あの星海で出した答え。星の魂に向けて胸を張って己の生涯を証明した言葉。星の魂はそれに応えなかったかもしれない。だがそれでも……。
「臨界魔力覚醒『天楼星蓋菩提扶桑』」
世界が塗り変わる、星がそっぽを向き世界が……イノケンティウスの星が形成される。
「これが、あんたの星なんだな」
広がる天一杯の星の空、風凪ぐ草原と白い木。お前が見たお前の星、綺麗だと思うよ、俺は。
「どうあれ、これで余は死ぬ。シリウスを連れていく、これで余の目的は成った。あとは天に祈るのみ……ならば」
イノケンティウスが構えを取る、臨界魔力覚醒内部にて空が揺れる、大地が軋む。
「後は、魔女排斥組織の王として。魔女の弟子を打倒するのみッ!行くぞラグナ・アルクカース!今度こそあの世へ送ってやろう!!」
「よっしゃ、気ィ入ってきたァ!」
俺は傷ついた上着を脱ぎ捨て拳を打ち鳴らす。この戦争、終わらせるには絶好の景色だ!やってやるぜ、イノケンティウス!!
「余の生涯、最後にして最大の全力だ!!出し惜しみなく逝かせてもらう!!」
イノケンティウスが激しく手を鳴り響かせた瞬間、大地が二つに割れ一気に迫る。まるで閉じるように俺を挟み込み砕け散る。拳と足で迫る大地を蹴り砕き、崩れ落ちる瓦礫の上に足を突いて。
「さっきまでと同じだって、思うなよ」
駆け抜ける、瓦礫を足場に一気に駆け抜ける。前回までは近づくだけでも精一杯だった、しかし。
「チッ!光よ───」
「遅い!!「?
「ぐっ!?」
刹那の瞬き、俺はイノケンティウスの目前にまで跳躍し同時に蹴り飛ばす。大地が引き裂け土塊が舞い散り奴の体が吹き飛んでいく。クリーンヒットだ、さっきまでとは違うって言っただろ。
色々制限が取っ払われてる、今ならフルで力を使った、更にその先にもいけそうだ。これなら──。
「ぐっ!?」
しかし、油断した瞬間。下から突然突き上げてきた荊の蔦が俺の顎を殴り抜き、一回転する。
「全力だと言ったはず、この程度で終わるわけがないだろう」
吹き飛ばされ、血を吹きながらもイノケンティウスは立ち上がり腕を前に出し荊を操っていた。そりゃそうだ、これくらいで参る奴じゃない。
少なくとも今のアイツは第四段階、誤った答えを出したとは言え星の問いに答えた男。以前格上である事に変わりはない。
「悪い、ちょっといい気になってた」
「そうか、ならその意気込みごと潰してやろう」
来る、イノケンティウスのアレが。
「『罪滅のゲヘナ』」
両手を合わせた瞬間、大地全てが吹き飛び足場が消える。同時に下から大量の荊が吹き出し、無数の塔を作り上げる。鈍色の荊の塔があちこちに表出し世界が一気に地獄と化す、そして、荊により形成された塔はそれぞれ唸るような音を上げ。
「消え落ちろ!!ラグナ・アルクカース!!」
「ッ……」
地面が消えた、吹き飛ばされ落ちる俺に向け荊の塔から次々と荊の鞭が飛んでくる。さながらそれは捕食するため伸ばされる触手のようであり、破壊の雨。逃げ場はなく、逃がすつもりもない全力の攻撃。
しかし……。
「消えねぇよ、まだ死ねないんだ」
足を突く。虚空に、重力という名の法則を破壊し……俺の体は虚空を足場に飛び上がる。
「足場を必要としないのか……!」
轟音が響き渡り、降ってくる荊の一撃を次々と回避し何もない空を駆け抜け走り抜く。まるで空を飛ぶかのように、次第に歩幅が広く広くなっていき跳躍により更に加速する、
「やはり!星の魂に行ったのだな!そこで何を受けた!何をした!」
「あんた、英雄がなんなのか知ってたのか」
こいつどこまで知ってんだと思いつつ、迫る荊を蹴り砕き。虚空に着地し再び駆け出す。
「ああ、知っている。世の裏側を知る過程で……英雄とはなんなのかをな。半ば眉唾と考えていたが。まさかこの目で見る日が来るとは思いもしなかった!」
「なら教えてくれたってよかったろうに!!」
「言ってどうなる!」
宙に浮かぶイノケンティウスを中心に、繰り出される荊の螺旋が嵐のように乱れ打ちを繰り出す。それを避けず、逃げず、真っ向から拳で叩き落として進む、進む、進む。
「お前は成長すればやがて星の魂に焚べられ!個を失うと!言ってどうなる!」
「同情したってか!!」
「……ああそうだ!気の毒で我が口からは言えなかったッッ!!」
「余計なッッ!」
蹴る、迫る荊を蹴って弾くと同時に加速。一気にイノケンティウスに迫り……。
「お世話ッッ!!」
「グッ!?」
叩き抜く、拳がイノケンティウスの頭を叩き下ろし奴の口から血が溢れる。悪いが余計なお世話だ、正直あんな場所に八千年もと思うとゾッとするがそれはそれで仕方ないことだとも思える。なにより、現状とあんま変わらん。世界を守るためにこの身を使っている現状と!
「俺の生き方は、あり方は、俺が決める!余計な情なんざ寄せるな!!」
「確かに……」
殴り抜かれ、膝をついたイノケンティウスの拳が赤く煌めく、壮絶な魔力が拳に宿り。
「その通りだッッ!!」
「ぐぶっ!?」
拳がマグマを纏い俺の顔面を殴り抜く。同時にマグマが爆発し更に追い打ちを仕掛ける。熱以上に爆裂が効く、自然現象は軽減出来ても衝撃や打撃にまでは及ばない。
そして、今この状態のイノケンティウスの近接戦能力は……俺以上!
(燃えてくるぜ……!)
両手を開き構えを取るイノケンティウスを目の前に俺は顔を自分で叩き気合を入れる。さぁやるかッッ!
「イノケンティウス!!俺はお前の敵だ!!全力で潰せよ!!俺を!!」
「分かって……いるッッ!!」
乱れ飛ぶ拳の乱撃、怒涛の連撃、その応酬。俺の拳が奴の拳を撃ち落とし、俺の攻めを奴の攻めが挫く。連打に次ぐ連打、小細工なしの真剣勝負。老齢の域に差し掛かりこの後死ぬ老人とは思えぬ動きは更に速度を増し。
「フンッ!」
「ガッ!?」
イノケンティウスの手が先に俺を捉える、裏拳が見事に俺の顔面を打ち。態勢が崩れる。
「喰らえ、馳走してやる」
そしてイノケンティウスの腕が俺の胸を掴み……それぞれの指から鋭い魔力波が放たれ俺の体内で爆裂する。それも幾度となく、大量の魔力による連鎖爆発。それは俺の肉体を破壊するには十分過ぎる威力で──。
「足りん!おかわり!!」
「なッッ!?」
振り上げた蹴りでイノケンティウスの顎を打ち上げる。今更痛みや苦しみで止まるわけないだろ、白い湯気をあげる胸を無視して俺は更に踏み込み。
「『熱焃一掌』!!」
打ち込む、紅蓮の一撃。
「『熱焃連掌』!!」
更に振るう連撃、からの。
「『熱焃臨掌』!!」
増大する魔力を一気に腕に送り込み、拳を包む程巨大な光が放たれ。一気にイノケンティウスに叩き込む。それはイノケンティウスの守りを容易く打ち崩し、奴の胸へ返しの一撃となり抉り込まれる。
「ぅぐうぅう!!」
「まだまだぁ!」
更に腕を振るう、吹き飛ぶイノケンティウスを前に俺はその場に留まりブンブン腕を回し続ける。星の魂へと至り、英雄の力の本質を見たおかげで理解した英雄の力の『よくない使い方』。それは──。
「『焃神界砲』!!」
打つ、虚空を。何もない空間を拳で叩けば次の瞬間にはヒビが入る。まるで景色がガラスのように割れ、粉砕する。飛び散る破片、その中心を進むのは世界の壁を粉砕する衝撃波。紅の光がイノケンティウスを更に打ち抜き彼方へと飛ばす。
世界の法則をぶち破り、臨界魔力覚醒ごとアイツを打ち抜く。こんな事絶対しちゃダメだ、しちゃダメだけど……いいよな、こういうことをする奴を星は選んだのだから。自業自得だ。
「ぐぅうう……ガッ……」
血飛沫を上げ吹き飛んでいくイノケンティウス。奴を受け止めるように現れた大地の上を転がり、息を整えるように肩を揺らしている。
「ふぅふぅ、驚いた。まさかこんなに強くなってるとはな」
「そうでもないさ、あんたの方が強い」
「覚醒もせず、よく言う」
「ん……」
ふと、そう言われて気がつく。そーいや使ってねぇな、けど前回までは真・魔力覚醒をしてなければ戦えもしなかったのに……いや、待てよ。
(してる、発動してる……)
ふと手を見て気がつく、無意識的に真・魔力覚醒をしてるんだ。けどマジで無意識だ、ただ戦おうと思っただけで発動した?
(これ、魔女様達と同じ……)
魔女様達もまた常時覚醒を維持していると言う。カルウェナンがやってる事と同じだ……そうか、俺の覚醒は英雄の力に紐つけられているもの。そして英雄の力ってのはつまり星の魂だ、そいつを体内に入れたから無意識下で発動させられるようになったのか。
凄い、全く消耗がない。普段の戦いと消耗の度合いが変わらない、なるほど。通りで体が軽いわけだ、マジで俺は一段上のステージに来ているようだ。
「ッ……星の魂が、お前に味方した。つまり星はお前の勝利を望んでいると言うことか」
「悲しいこと言うなよイノケンティウス。言っとくが俺は星の魂の話を突っぱねてここに来てるんだぜ?まぁ多少ボーナスはもらった感があるが、それでもここに星の魂の意思は介在してない、と思う」
「そうか、お前がそう言うならそうなんだろうな」
イノケンティウスは静かに立ち上がる。息も絶え絶えと言った様子、だがそれでも奴の力には一抹の衰えも見えない。まだまだ終わらないって感じか。
「……感謝するぞ、ラグナ・アルクカース。お前は最高の対立者だ、お前を選んで正解だった。八大同盟と戦い、勝ち抜き、ここまで至ったお前こそ余の最後の相手に相応しい」
彼は口から流れる血を拭い、どこか清々しい顔つきで己の判断は正しかったと笑みを浮かべる。
「おかげで、出し切れる」
周囲の空間がイノケンティウスに吸い込まれていく、使ったんだ……臨界魔力覚醒中に更に覚醒する絶技『ヴィア・ヴェリタス・ヴィータ』を。前回俺はあれを使われて負けた。じゃあ対策はしてるかって言うと。してないんだなこれが。
「行くぞ、第二ラウンドだ!」
刹那、背後から声がする。咄嗟に振り向く……よりも前にイノケンティウスの裏拳が俺の顔面を打ち、鼻血が飛び出す。
「ぐぅ!」
「どうする、また同じ終わり方をするのか!ラグナ!!」
紫の魔力を全身から放つイノケンティウスが仰け反る俺を追い立てるように更に踏み込み、右、左、幾度となく連撃が繰り出される。防御すら許さない純粋な暴力の雨。それは一気に形成をひっくり返すだけのものがあり。
「ッ!まだまだァッ!!!」
「遅い!!」
咄嗟に蹴りを繰り出すが、真の力を発揮したイノケンティウスには当たらない、それどころか。
「『煉獄壊打』ッッ!!」
刹那、イノケンティウスの両手から放たれた打撃。それが俺の腹を打ち、衝撃が背後に貫通し大地が砕ける。
「グッ……ガハッ」
強い、あまりにも。流石にこいつは超えられてねぇか……!
(相変わらず、強えな。臨界魔力覚醒の力を完全に扱えないという部分を、力を肉体に集中させることでカバーしてるんだ。これこそ本物の臨界魔力覚醒の力って言っても、過言じゃねぇよな)
撃ち倒され、口から血を吐く俺はどこか冷静に考える。イノケンティウスの戦いの上手さに、どこまでも足りないものを補い続けたあの男の戦いの上手さに簡単する。ただ脱帽はするが、絶望はしない。
だって、今一つの考えが俺の中にあるから。
「フンッッ!!」
「ガハッ!?」
更に引き起こされ鋭いアッパーを受ければ、ただそれだけで空間が歪み波のような衝撃が発生する。絶大な力を前に俺が考えるのは。
本当に、届いていないのか?という話だ。
(まだ、出し切ってねぇだろ。まだやれることがあるだろ)
前回の俺はイノケンティウスに屈していた。最後まで戦ったが心は、魂は屈していた。それでまた同じ終わり方をするって、一番つまりねぇだろ。
出せよ、俺はここで終わるだけの男か。違う、ここまで積み上げてきたもの全てを出し切ってないなら……終われねぇだろ。
今まで、修行してきてんだよ、俺は。こういう時のために!
(いやそれを出さねぇでどうする、どうするよ!おい!俺の魂!!)
ヨロヨロと後ろに歩きながら、俺は必死に歯を食いしばり……拳を握り。
「起きろ、起きろよ」
「む?」
項垂れながら胸を叩く、片腕で胸を叩く。その都度神から血が滴り、口から血が垂れる。それでも叩く。起きろ、そう呟きながら。
叩き続ける、まだ眠っている力を。英雄の力……いや。
『星を生む力』ッ……!!
「何が……」
イノケンティウスは周囲を見る、俺の拳に沿うように世界が揺れる。世界が燃えるように揺らめく、そんな事気にせず俺は叩き続ける。
……ダアトは言った、まだ隆起していないと。真・魔力覚醒している俺を見て、そして今の俺は真・魔力覚醒と同じ状態。なら……俺はまだ完全に隆起していないんじゃないか?
「ッ……させるか、何をしようとしているかは知らないが。ここで終わりにしてやろう!!」
しかしイノケンティウスも黙って見ていない。両手を合わせ……広げる。ただそれだけで凄まじい大きさの光が生み出される。あれは太陽だ、一度目の戦いで俺を下した圧倒的熱量、英雄の力すら突破する世界最強の熱。
「今度こそ消えろ、ラグナ・アルクカース!魔女大国の意思よ!!!」
「ッ……!」
見上げる、天高く昇るイノケンティウスの姿を。あれを受けたら負ける、負けていいのか、よくない。出し切ったか?出し切ってない、だったら。
「今の俺は!仲間と!エリスとの!約束を守るために!ここに戻ってきたんだ!だったら!!」
もう一度、力を込めて……胸を叩く。
「燃えろよ!俺!大事な奴らが笑えない星なんざ!俺が砕く!」
もう一度、叩く。それと共に……変革する。
「そして……作り上げる!俺が!」
燃え上がるように髪が輝き、体に収まらなくなった魂が更に表出し、奥底に眠ってきた星の魂、いや……新たなる星の魂が目覚める。
「この世のみんなが笑える未来を!時代を!星をぉおおおおおおお!!!!」
呼応する、俺の『答え』に魂が。英雄の力、それは新たなる星となる魂であり、そうなるための資格。
その力が表出した今、俺は……一時的にはなれども、変化する。
……次の時代を作る星に。
同時に大地を焼き尽くす太陽が降り注ぎ……。
「ッ!まさか!!」
ヒビ入る、太陽に。更なる『赤』に塗り潰されるように、砕け散る。ガラスのように割れた太陽の奥から昇る星。それを見てイノケンティウスは思わず叫ぶ。
「紅星……!?」
全身から燃え上がるような赤い光を放ち、髪が揺らめき、まるで紅蓮の宇宙を映すように星々が瞬く。
力が漲る、燃え上がる、大地の奥底から溶岩が噴き出すように。拳を握ればそれだけでなんでも出来そうになる。
なるほど、これが隆起か。
「ラグナ・アルクカース。それはなんだ、英雄の力か?それとも別の何かか……」
降り立つ、赤い炎を纏いながら……俺は今、真・魔力覚醒の本来の姿を取り戻す。
そうだ、隆起していないったんだ。開闢の焔は謂わば『待機状態』。力を溜め込み星の魂を解放することこそ、この覚醒の本来の姿。
新たな名を授けるなら、これは。
「『紅星魂体』……悪い、こっから本番みたいだ」
紅蓮の宇宙を映す髪、星の光のように白いマントを纏い、ギラギラと煌めく赤の光を両拳に携える俺は第三段階の極地に至る。
真・魔力覚醒の本来の姿『紅星魂体』。それは星の魂として真の力を発揮する文字通りの全力。こいつで……。
「作るぜ、イノケンティウス!!俺は俺の時代を!故にお前も叫べ!お前の時代を!!決めるのは俺たちだ!!」
「ッラグナ!お前はどこまでも!!」
飛び上がり、イノケンティウスと同じ虚空に立ち。何もない宇宙のど真ん中で俺達は最後の衝突に臨む。




