854.魔女の弟子と英雄
『英雄』……それは魔女と同じく特定の誰かに与えられる称号ではなく、特定の存在に与えられる名称である。
それは、人類に救いを与える存在であるとナヴァグラハは言い。魔女は自分達とは比較にならないくらい特別な存在だと言った。
しかし、それがどういう存在なのか。具体的に説明出来る人間は今現在の世界にはいない、これを説明出来るのはナヴァグラハを置いて他にいないからだ。そう、少なくとも地表にはいない。
地表には───────。
「どう言う事だよ、アルデバランさん。なんであんたがここに」
「アルデバランと呼ばれるのも久しぶりだ、けれど。そう呼ばれても、アルデバランとして応えることは出来ない」
イノケンティウスに殺され、何処かへと転移させられた俺は……星の魂の中へとやってきていた。いつの間にかだ、本当にいつの間にか。
星の海が広がるこの世界で、俺はその星の魂と象徴とも言える存在と邂逅していた。それこそが先代英雄のアルデバラン。
正直、混乱してる。さっきまでイノケンティウスと戦ってたのに、今は星の魂の中で……んでもってそこには見知った顔があるんだから。いやまぁ俺は一方的に知ってるだけだから相手は知らんよな、だって言わば俺が出会ったのは電脳世界の中だから。あれは言っちゃえば偽物なわけだし。
けど……それでも。
(間違いなくアルデバランさんだ、雰囲気は違うがアルデバランさんだ。この人、シリウスに殺されたはずだよな。なんでこんなところにいるんだ)
アルデバランさんは星の光を纏いながら悠然と立っている。魔道の極致、それを問いかける声はアルデバランさんだったのか……。いやこれをアルデバランさんと呼んでいいかも分からんが。
「どうやら、君が私を知っているのは本当らしい。私の姿を克明に認識している、私を知る者以外、私の姿を見ることは出来ない筈だから……いや、そもそも私にはもう姿なんてものもないか」
「な、なぁ。アルデバランさん、あんた生きてたのか?八千年もの間?魔女でもないのに……なんで」
「混乱しているか、まぁいい。これからの話にも通ずる事だ、話をしておこう……英雄というものの話を」
するとアルデバランさんは軽く指を払い、星を巡らせる。回転する星星の中に見えるのは青い星……もしかして、あれが俺たちのいる星か?
「君は、この星についてどう考える」
「漠然としてて分からねーよ、けど。考えたことはある」
この星の話を聞けば聞くほど、疑問に思ったことがある。例えば海、デティは海を『この星の血液』と呼んでいた。そしてシリウスの求めるのは星の記憶であり、それはこの星の魂の中にある。
魂だ、魂がある。血が通っていて魂があるって……まるで。
「人間みたいだなって、血が通ってて魂があるって。まるで人間だ」
「ふむ」
人間も血が通ってる、魂がある。シリウス曰く魂があればそれは生きていると言えるらしい。ならこの星もまた生きていると言えるのではないか?そう疑問に思っていた、だから本人……いや本星?に聞いてみる。するとアルデバランさんは小さく首を振り。
「逆だな」
「逆?」
「星が人のようではない、人が星のようなのだ」
「……人が、星みたいに魂を持ってるってことか?」
「或いは、この星の生命全てが。とも言える」
なんか、凄い話を聞いてる気がする。じゃあ星が人みたいになってるというより、人は……それそれが小さな星と言うことになるのか?
「人は星だ、星こそ人であり、人は星なのだ」
「……じゃあ夜空に輝く星も」
「一つ一つが、人である。逆説的な物の言い方になるから完全に正しいとは言えんが」
「………」
俺は青い星の周りに浮かぶ星々を見て、小さく喉を鳴らす。マジかよ、あれ一つ一つが生きてるってか。凄い話だな。
「んで、それがあんたがここにいて俺がここにいる話にどう繋がる?」
「何故人はいると思う」
「また漠然とした事を……」
「星は、魂を持っている。故に老いるし、劣化する、だが人類史上一度でも星が寿命を迎えたことはあるか?」
「あるわけないだろ、そもそも星が寿命を迎えることなんて──」
「ある。お前が思っているより、星の魂の寿命は短いぞ」
「……なら、なんで」
まずい、俺。薄々理解し始めてきたかも、今まで得た情報を総合すると……つまり、そう言うことだよな。
「ならはっきり言おう、人は星が生み出した子供である。星は自らと同じ魂を持つ人間を生み出し育てる、それは劣化して衰えた星の魂を新たな物に交換することで星を継続運営するため。即ち人がいるのは、謂わば星の生殖のような物だ」
「人が……星の子?」
「そうだ、星は自らの意思で人、或いはそれ以外の動植物を産んだ、そして。その中から最も『星の魂』に近しい者を選び光景とする」
「ッ……じゃあ、もしかして英雄って」
「ああ。英雄の資格とはつまり……『次代の星の魂となる資格』だ」
人は星、星の子。同じ魂を持つが故に星の代替え品となり得る……そして、その資格を別の言い方、呼び方で呼称したのが。英雄の資格……!
「なら、俺は!」
「お前は私の次に星の魂となるべき存在だ。それを証拠に最も星の魂に近い……即ち、無意識的に星の記憶に接続されているが故に正答を導く力を持つが故に、お前は過ちを起こさない」
「…………」
トラヴィス卿から言われた、俺は正解に導かれる力を持つと。それはつまり星の魂と同じものを持つから星の記憶に無意識的に接続されているから。星の記憶ってのは、シリウスが語る通り真理そのものだ。
常に真理と接続されているから、答えを選べる?じゃあつまり俺が今までやってきた選択は、全部星の記憶から覗き見たカンニングだってのか?俺個人の意識で選んだものじゃなかったのか……。
「過ちを起こさず、英雄として成長したお前は着実に次代の星魂として確立していった。それを証拠にお前は水の上や空気の上を走れたな」
「あ、ああ」
「あれは私が用意した法則。お前から見れば先代の星が用意した法則にお前は従う必要がないからだ、物理法則も何もかも全ては人を生育する為のもの。私と同じ星であるお前には適用されない……寧ろ、お前はお前の法則で動けるようになる」
よく分からないが、つまりはあれか?先代国王の用意した法に当代の王が従う必要はないということか?そして、俺は新たな物理法則や熱量保存の法則で動ける。
ああ、だから水の上を走れるわ火は効かないわでどえらいことだったのか。アルデバランの用意した法則に俺は従わず、俺は俺と言う星の物理法則で動いているから。
そして、最終的に星から切り離されたようになる。ってのはつまり……俺と言う星は、今の星になり変わるから。
「それが、英雄の力の正体だ」
そう言いながらアルデバランは再び青い星に目を向けて。
「私もまた、シリウスとの戦いで死んだ、人としてな。だが英雄として完成されつつあった私の魂は、老いて死にかけていた先代の魂の代わりになるには十分だった」
「ちょっと待ってくれ、それならあんたは八千年前に死んでからずっと、ここにいたってのか!?」
「ああ、全てを見てきた」
「…………」
絶句する。なんじゃそりゃ、魔女様以上にやばいじゃねぇかよ。何も出来ない、ただただ見守ることしか出来ない。こんな何もない空間で、ずっと。
「なにが英雄だよ、どこも英雄じゃねぇだろ。そんなもん、古くなって取り換えるネジや歯車同然じゃねぇか」
「いいや英雄だ。英雄がいなければ現行人類は滅ぶことになる、星は寿命を迎え、人類は辿り着くべき真理に到達出来ないまま消え失せることになるんだ」
「………」
「八千年間、生まれて死んできた全ての人類は真理に到達する者を生み出す為に生きていた。死んだ者の無念も、慚愧も、全ては真理到達のためにある。それを救済出来るのはお前だけだ、お前がいるからこそ全ての魂は救われ、人類と魔女が八千年間世界を継続してきた意味が生まれるのだ」
「ふざけんなよ……そんな話、受け入れられるわけねぇだろ」
人類は真理に到達する為に存在している?真理に到達して次代の星の魂を生む為に存在していた?そりゃ……そうかもしれない。星が人を作ったのは結局言えば後継者を作っているのと同じ。
王族が子供を産まなければならないと同じ。王族達は子供を産んで育ててきた。それもこれも全てアルクカースを継続させる為。俺は王子に生まれたから王になった、それと同じ。星の後継者に選ばれたから……。
「受け入れなければ、人類は滅ぶ。お前の伴侶も友も敵も味方も構うことなく全てが無に帰す。無意味に死に、その死に意味が見出されることは今後永遠にない」
「………勘弁してくれ」
負けて死んだんだぜ俺、正直慰めて欲しいくらいの状況なのに。こんなところで人柱になれってかよ、こんなのあんまりだろ。
「英雄は、人類全ての英雄。この星を継げ、ラグナ・アルクカース」
「…………」
その場に座り込み、答えられない。答えたら、俺はここに一生縛り付けられる、一生……いや生がどうとか言えるかも分からんな、少なくとも数千年はここにいることになる。
「俺は、もう英雄として完成してるのか?」
「文句はないほどには仕上がっている。死んでここに来たせいか、英雄の力……いや、紛らわしい言い方はやめよう。星魂の力が一気に成長している、お前はもう星の魂そのものと言っても変わらない程に成長した」
「じゃあ、やらなきゃダメなのか?」
「お前が生まれたと言う事は、私の寿命はもう直ぐ尽きるんだろう。故に……ラグナ・アルクカース。答えを出せ、お前が正答を出した瞬間。お前は星となる」
アルデバランを中心に星の渦が生み出され、俺を圧倒する。エリスが使ってる星の魔力より余程強力で、濃厚な力。この感じには覚えがある。
世界の修正力、それが体から滲み出ている。そりゃそうだ、世界の修正力を用いているのはまさしく、こいつなんだから。
魂に付随する存在。記憶、感情……そして意識。今この星の意識として存在しているのが、アルデバランなのだ。
「汝、魔道の極致をなんとみる」
そして、星の意識は俺に語りかける。人類全員にそれを答える権利がある、人類である以上皆が皆星になり得る可能性がある。故に星の意思は聞く。
しかし、それが誤答である場合、星の意識はその者から星になる力を剥奪する。
そして……その者が持つ星になる力がその者の魂の中にある世界と交わる事で生まれる新たな星こそが、臨界魔力覚醒。
(まずい、全部流れ込んでくる)
分かりっこない事が分かってしまう。臨界魔力覚醒とは即ち星となる力の間違った使い方。なら正答を導き出した時はどうなる?それはそのまま、星となる。俺はこの世界に受け入れられ、アルデバランの立っている場所に俺が立つことになる。
「今のお前なら分かるはずだ、正答が」
それは即ち意識の同調。これはただの儀式、星と同じ答えを出した時、それは相互の認識が重なる事となる。意識が重なり、俺は……星に。
(まずい、分かる。正答が……)
流れ込んでくる情報なのか、俺が潜在的に思っていた事なのか分からない。けど分かる、今なら正答が……。
星が求めている答え、……それは─────。
「…………まだだ」
「む」
俺は口を閉じ、首を振るう。その反応にアルデバランは目を軽く見開き。
「答えを長引かせるな、ラグナ・アルクカース」
「それはこちらのセリフだ、星の意思。まだ俺の質問に答えてねぇよな」
頭の中に過ぎる答え、それを出す事は人類の命題であり人類全体の宿題だ。それを解けるのは俺だけで、俺がやらなければ全ての人類の生と死が無意味になる。
だが、それでも。俺はまだ人なんだ。
人として、やらなきゃいけないことがある。
「俺は帰れるのか?ここから」
「それは遠回しに答えたつもりだ、お前は既に死んでいる。魂は消え去り戻る事はない、お前がここに存在していられるのは僅かな時間だけ、故に急かしている」
「帰るのかと聞いている」
「無理だ、死人が現世に戻る事はできない。死後の法則は私から外れたところにある、故にお前が行くのはここか死後の世界だけだ」
「魂があれば、死人とは言わない。じゃないか?」
「だからお前の魂は既に消滅を…………まさか」
「ああ、無いなら代わりを足せばいい。丁度お誂えなのがあるじゃ無いか、俺の魂の形と同じなんだろ?ここは」
俺が星魂になれるなら、星魂が俺の魂になることも出来るはずだ。即ちイコールさ、魂があれば戻れる、だったら俺は戻る。星の魂を胸の中に入れてでもな、
「なにをバカなことを。星の魂を肉体に入れて無事でいられるわけがない」
「ならこう、ケーキみたいに丁度いいサイズにカットしてくれればいいから」
「そう言う問題ではない」
「アルデバラン、俺は戻らなきゃならないんだ」
指を立て、アルデバランに向ける。確かに、この世界を存続させるのは大事だ、俺はその為にシリウスと戦ってるしそれこそが求めるべきものだと思っている。
だが、だ。それはそれとして、イノケンティウスとの因縁もエリスとの約束も守らなきゃならねぇ。
だったら、星の魂だろうが宇宙の魂だろうが使って戦ってやる。
それが、俺にとっての正答だ。
「お前が、継がなければ世界は滅ぶぞ」
「分かってる、約束する。必ずここに戻ってきて正答を出し、星の魂を受け継ぐ。だから今は少しでもいい……時間をくれ」
「…………」
アルデバランは俺から少し目を離し、静かに目を伏せると。
「約束だな、ラグナ・アルクカース」
そういうと彼女は指を天に向け。星の粒子を球体型に集めていく。
「星の力は、即ち万象を生み出す虚空の水である。星が持ちしその力、それはなにをも作り出し、なににもなる」
「まるで、魔力だな」
「然り、魔力とは即ち人が持つ星から受け継いだ力なり。そしてこれこそ、全ての魔力の原点」
アルデバランの手の中に光り輝く球が生み出される。それは暖かく、まるで今目の前で光る星のようにも見える。直感で理解する。
これは魂だ、この目で見たのは初めてだが……なるほど、人が星の子と言うのもよく分かる。
「星の記憶から引き出した情報を基に、星の魔力で失われたお前の魂を再形成した。お前の魂と寸分違わぬものだ、不足はないだろう」
「ありがとう、アルデバランさん」
「だが忘れるな、この魂はあくまで星の魂の一部。お前が約束を違えれば即座にここに引き戻し無理矢理にでも正答を出させる」
「しないよ、そんな事」
俺はアルデバランさんから魂を受け取り、再び肉体に熱が戻る。以前よりもずっと増した英雄の力、いや星魂の力。なるほど、これがダアトの言っていた隆起ってやつか?
「ありがとう、時間をくれて」
「構わない……単にお前と話していると、思い出しただけだ」
「思い出した?」
アルデバランさんは青い星に手を向け、手を払う事で消し去り。潤んだ瞳でこちらを見て。
「かつて、ディオスクロア王国を守る為に戦ったあの頃を。我が友の死闘をこの目で見続けたあの時の悔しさを。私はもう人じゃない、けれど……きっとこの熱はあの時の残滓なんだろうね」
「アルデバランさん……」
この人は、今もアルデバランさんであることに変わりはないんだ。師範達と同じく八千年の孤独を前に変質してしまっただけで、魔女様と同じように生き続けたあの時の人間であることに変わりはないんだ。
「頼みがある、ラグナ」
「なんです?」
「私の事は他言しないでくれ。特に魔女……レグルスさん達には」
「魔女様達には……?」
「きっと知れば、助けに来ようとする。そんな事をされたら大変ですからね」
そう言うなりアルデバランさんはこちらに歩み出し、俺の前に立つと。いつか電脳世界で見せたような笑みを一瞬見せると。
「星の瞬きの如く短い人の生、されどその輝きは遥かに届き永遠に残る。故に生きてこい、私の子らを、星の子らを、見守るのがお前の役目だ……英雄ラグナ!」
ドンッと俺を押し出し、アルデバランさんは俺を見て頷く。それを受け取り、俺は……。
「待ってろよ、アルデバラン」
誓う、いつかお前の事も救ってみせるから。いつまでも苦しい思いはさせない、必ず……ここに戻ってくると。
そして、俺の体は遥かな星の海を流れ、すべての星の光が線となって彼方に消えて、そして。
………………………………………………………
「ハッ!戻ってきた!?」
ふと、目を覚ますと俺はフリードリス要塞の中にいた。玉座の間だ、胸に手を当てれば傷はない、それどころか全ての傷が治っている。アルデバラン……そこまでサービスしてくれたのか。
それに……。
「なるほど、星魂か」
拳を握る、力が漲る。ようやく理解した、俺の中に流れ込んできていた英雄の力ってのはつまり星となる為に必要な力だったんだ。それが今、一切の不足なく充足している。
エリスの使う星の魔力とはまた別系統。いや或いはその根源とも言える力が溢れてくる。星魂が隆起状態に入った。
正答は出してないが、……同じ事か。
「よし、決着。つけてくるか」
俺は玉座から降りて。歩き出す、目を閉じればイノケンティウスの魔力を感じる……よし!
「待ってろよ、イノケンティウス、エリス……みんな!」
今は、星魂の後継者としての事は忘れる。今の俺はただのラグナ・アルクカース、アルクカースの王で……エリス達の友だ。ならばやる事は一つ。
全部を守る、全部をだ!!
……………………………………………………
「だぁぁああらぁああああっしゃあ!!」
「フンッッ!!」
エリスの蹴りが炸裂しイノケンティウスを吹き飛ばす。そのまま黒金の城に風穴を開け、フォルミカリウス改に乗り込み、吠える。
「イノケンティウスゥウウウウウウウ!!!!」
「よくやるものだ、ダアトとの戦闘で消耗もしているだろうに」
イノケンティウスはフォルミカリウス改の中を悠然と歩き、その大広間をコツコツと歩きながらエリスの前に現れる。
今、エリスはイノケンティウスと戦っている。奴に目的を達成させない為、ラグナの意志を守る為、奴の手からシリウスの肉体を取り戻す為に。その戦いの場はそのままカロケリ山頂上からフリードリス頂上に突き刺さったフォルミカリウス改へと移った。
しかし、それでも。
(攻めきれない……!)
エリスでも、イノケンティウスを攻めきれない。奴は覚醒も使っていないのに流星旅装で攻めきれない、それは……奴が強いからと言うより。
「お前が邪魔なんですよ!!」
「おっと!」
直感で振り向きながら背後から迫るダアトに蹴りを見舞うが、避けられる。こいつだ、こいつが悪い。ダアトとしてはエリスにもイノケンティウスにも勝ってもらっては困る、だから双方に積極的に攻撃を仕掛けてくるんだが。
邪魔!正直!凄い邪魔!こいつがこんなにどっか行ってて欲しいと思ったのは初めてだ!
「うーん、エリスさん。やっぱり手を組みませんか?イノケンティウスを一緒に倒しましょう」
「その誘いにエリスが乗ったことがありますか!!」
「ないですね、イノケンティウスさん。今こそマレフィカルムの絆を見せましょう」
「断る」
「嫌われてる〜……」
当たり前だろこいつ、裏切ってんだぞお前はイノケンティウスを。どう言う思考回路してんだ。
「エリスは両方倒します、全員纏めて倒してエリスはエリス達の世界を守ります!!」
「……それは意固地というものではないか、エリス」
するとイノケンティウスはシリウスの足片手にエリスの方へと歩み寄ってくる。意固地、エリスが?まさか、意固地なもんか。
「そんな事ありません!!」
「そういうとこだと思いますよエリスさん」
「うるさい!!」
「はぁ、……エリスよ。もう一度考えろ、余はシリウスを滅したいだけだ。もし罷り間違ってそこの女にシリウスの肉体が渡れば一大事だろう」
「だからダアトも倒しますよ、罷り間違う事はありません」
「余が実現したい世界を、お前なら理解してくれると思っていたが」
「そういう押し付け、エリス大嫌いです」
ギー!と歯を見せ拒絶する。なにを好みなにを受け入れ、なにを嫌いなにを拒むか。それはエリスが決める事であって他者から押し付けられるものではない。
好きって感情も嫌いって感情もエリスだけのものだ、それは否定されても仕方ないものかも知れないが、考え直せと言われたらそれは拒否する。
「その結果、世界が滅んだら。お前は後悔するのか?」
「こうするって決めて、結果そうなったら、それは後悔する事ではなく切り替えていい方向に転がすべき事ですから。今この瞬間に結論を出す話じゃありません!今はラグナの望む世界を守りたいんです」
「それは信念を他者に依存しているだけじゃないのか」
「それのなにが悪いんですか、お前だってマレフィカルムに担ぎ上げられて引くに引けなくなった側だろうに!」
「む、痛いところを突かれてしまった。これは説得は無理か」
「そんなことより!シリウスの足を渡しなさい!!」
瞬間、エリスは踏み込みイノケンティウスに飛び掛かる。イノケンティウスは動かない、必要最低限の動きでエリスの拳を、蹴りを、受け流し。
「『ボーン・カッター』!」
「よっと!」
その手刀から放たれた斬撃をクルリと体を回転させ回避すると同時に。
「『流星火雷掌』ッッ!!」
「チッ!!」
叩き込む、焔の拳。イノケンティウスの脇腹に突き刺さり弾き飛ばす、臨界魔力覚醒中でないのなら押し切れる、このまま────。
「速の型・一閃」
「ぶげりぁ!?」
しかし横から叩き込まれたダアトの拳にエリスは吹き飛ばされ、フォルミカリウス内部の黒壁を突き破り廊下を転がる。くそっ!アイツにまた邪魔された!!
「ダアト邪魔ぁ!!」
「この場で一番警戒しなければならないのは、死にかけのイノケンティウスではなく貴方ですよエリスさん。というわけで……」
「おや、偶然ターゲットが重なったようだ」
廊下の前方に現れるのはダアト、後方に現れるのはイノケンティウス。まずい、マレフィカルム最強コンビに囲まれた……。
「『速の型・乱切』!」
「『ウインド・スラッシュ』!」
「ぐっ!」
前後から叩き込まれる無数の斬撃、魔力の切断波と凄まじい練度で放たれる大量の風斬、それをその場で回転しながら手足で打ち払っていく。まずい、動けない!このままじゃ──。
「隙だらけだ」
「ぐぅっ!?」
斬撃の隙間を塗って飛んできたイノケンティウスの拳に叩きのめされ、エリスは再び地面を転がる。手数が足りない、手が足りない!もう、シン!!答えてくださいよ!いつまで黙ってるんですか!!
「『剛の型・直烈』!」
「ギャッ!?」
そしてダアトの蹴りがエリスを打ち。
「『ハンマー・スラスト』」
吹き飛ばされた先でイノケンティウスの拳がエリスを砕く。魔法ではなく魔術を使った近接戦、一撃が振動となって響き渡る。口から血が漏れ、内臓が歪む。そのまま廊下の先へと吹き飛ばされ……壁に叩きつけられる。
「ぐっ、げぅ……ガハッ」
「悪いですねエリスさん、でも貴方が悪いんですよ。私と組むと言ってくれていればこうならなかった筈です」
「うっ……」
そんなもん分かってる、分かってるけど引けないだろ、流石に。そこを曲げたらエリスは戦えない、戦うことが出来ないではない、曲げた状態で戦っても意味がないんだ。
イノケンティウスの目的は達成させられないし、シリウスを復活させようとするダアトとも組めない、これは曲げられない部分だ。
「もう少し、利口に生きてもいいんじゃないですか?」
「利口に生きてるなら……そもそもこんな場所で戦ってません。エリスはエリスだから戦うんです、譲らないんです」
「確かに、その通りです。だから私は貴方と友達になりたいんですよ。だからこの結末は残念です」
ニッコリと微笑んだダアトが錫杖を払った瞬間。その背後からイノケンティウスが現れ、エリスに向けて突っ込んでくる。エリスを完全に潰す気だ、やるしかない……やるしか!!
「エリスは、誰にも譲りません!!お前ら全員に勝ってラグナの世界を守ってみせますッッ!!」
燃え上がる血飛沫と共に向かってくるイノケンティウスに対し吠え立て、拳を構え。
「理解している、だから押し通るのだ……次代を作るのは、我々だッッ!!」
拳と拳が交錯する、エリスとイノケンティウスの拳が互いを捉え────。
「いや、違う。エリスの仕事はそうじゃないだろ」
「あら!?」
「むっ!?」
しかし、瞬間的に現れた影によりエリスの拳とイノケンティウスの拳が受け流され空を切る。ダアト?じゃない、誰だ?……いや知ってる気配、知ってる魔力。
……やっぱり、ほら。言ったでしょう?全く疑ってなんかいませんでしたよ、信じてましたから、エリスは────。
「ら、ら、ラグナぁぁああああああ!!!」
「よっ、エリス!」
ラグナだ、彼はエリスとイノケンティウスの間に立ち、にこやかにこちらに挨拶をしてくれる。イノケンティウスが殺したと言っていた彼が平気な顔をして現れたんだ。
まぁエリスは信じてましたよ、だって彼が死ぬわけがないから。当然でしょう?だからエリスはクールに対応するわけですよ。
「えぐっ、ひぐっ!アイツが!アイツがラグナが死んだって!エリス信じてませんでしたけど!信じてませんでしたけど!うぐぅうう!ラグナぁ」
「悪い、心配させた」
「じんばいなんがじでまぜんよ!だだあいづがじんだっでいゔがら!」
「よしよし」
彼に抱きついて、熱を確かめる。確かに生きてる……けど変だな、傷がない。デティに治してもらったのか?
「ば、バカな。ラグナ・アルクカース……お前は確かに死んだはず」
対するイノケンティウスは青い顔をしており。
「……完全に隆起している。いやその段階すら超えた?あり得ない、なら何故ここにいる」
ダアトも目を丸くしている、なんなんだみんな。人の旦那を見て、失敬な!
「…………」
「まさか、ラグナ・アルクカース。お前は……」
「イノケンティウス、上に行こう。タイマンでやろうぜ」
「……いいだろう」
「それ、持っていってもいいからさ」
そういうなりラグナはエリスを軽く抱きしめた後、イノケンティウスを連れてフォルミカリウスの上層へと向かっていくのだ。一人でやる気か?たった一人で?
「ら、ラグナ!エリスと一緒に戦いましょうよ!」
「いいよ、エリスはダアトと決着をつけなきゃだろ?俺もイノケンティウスとケリをつけたい。……この戦いを終わらせる為に」
「…………ラグナ」
「心配すんなよ、任せとけって」
ラグナは軽く拳を掲げ、歩み出す。彼は文字通り世界の命運をかけた戦いをするつもりだ。そこにエリスを入れたくないのは、彼の意地だろう。たった一人で世界を背負って立ち上がる為に。
「ラグナ!」
エリスは遠ざかっていく彼の背中に語りかける。
「みんなは!貴方を英雄と呼びます!」
「………」
「けど、今は思います。貴方は英雄じゃない……貴方は──」
英雄、その称号を彼には重荷に感じてほしくない。英雄という力に振り回されてほしくない。だって彼は。
「貴方は!エリス達の!大事な友達だから!ラグナが背負うものはエリス達も背負ってる!だから決して一人で立とうとはしないで!……お願い、ラグナ」
「分かってるさ!」
ニッ!と笑みを浮かべた彼はイノケンティウスと共に上層へと歩いていく。そして、エリスとダアトは残される。フォルミカリウスの廊下に
「ダアト」
「どうやら、結局こうなるようですね」
エリスとダアトは互いに廊下を歩き、無数の柱が乱立する広間へと入り。互いの距離を確かめるようにグルグルと幾多の柱を挟み歩み続ける。
「戦いも煮詰まりました、恐らくラグナ・アルクカースとイノケンティウスの戦いの決着はこけでつく。その行方は私にも見えません……ですが」
「はい、今はその戦いの趨勢は関係ありません。エリス達は今、エリス達の戦いをするだけです」
「そして、その戦いにも決着をつける時です」
コツコツと二人の靴音が響く。ラグナは勝つ、その時憂いを断つために……なんてお利口な話ではなく、結局エリスとダアトは決着をつけなきゃいけない。
ラグナとイノケンティウスが戦わなきゃいけないように。エリスとダアトも。
「出し惜しみ、なしでやりましょう」
「ええ、お願いしますよ、ダアト」
「それは、こちらのセリフです」
瞬間、柱を通り過ぎたその時……ダアトの姿が消え────。
「ッ『流星一拳』!!」
「『剛の型・直閃』!!」
柱を砕き突っ込んできたダアトに合わせてエリスも飛び込み、拳を握り。
衝突する。砕ける瓦礫が降り注ぐ孤独の戦場の中、エリスとダアトは拳越しに互いの瞳を睨み。ギッと睨みを効かせ。
「続きだ!エリスッッ」
「望む、ところぉおお!!」
続く因果は永遠へと伸びて、宿痾の花が開いたその時。散る刹那の瞬きを……エリスとダアトは生きていく。
…………………………………………
「む……」
まるで最初からそのつもりで作ったかのような、フォルミカリウス改の最上階は円形に広がっており、その中心には巨大な柱が立つ。その柱の前に立ったイノケンティウスは既に準備を済ませており。
柱の壁面を開けて、中にシリウスの足を突っ込む。恐らく、あれがシリウスを滅する最終段階、アイツがシリウスをどう滅するかは知らない。
だが、それが成るという事は。奴は俺達に勝利し、俺達の次代が終わることになる。俺達の目的もシリウスの抹消。だがそれでも、事を成した者の側とは大きいもので……きっとイノケンティウスがそれを成したら、魔女大国の時代が終わる。
……けど、この際魔女大国云々以前の話になってくるな。ここまできたら。
「来たぜ、イノケンティウス」
俺は改めて、決戦の舞台に立つ。もう気圧されはしない、もう引いたりしない。ここで終いにする。
そう語りかければ、イノケンティウスは振り向く事はなく……。
「人の世だ」
「…………」
奴は背中で語る。背中に刻まれた幾多の古傷が奴の人生が如何に過酷で、ここまでの道のりが険しかったかを語る。
そして、そんな背中を持つ男だからこそ、その言葉には説得力が宿る。
「魔女カノープス達は人の世を守った、それはいい。それは賞賛されるべき行いであり、人として当然の行いだ。否定はしない、だがそれからどれだけの年月が経った。八千年だ、八千年だぞ」
奴は握ったマントを脱ぎ捨て、黒金の床を足裏で叩くように歩き、こちらに向かってくる。その髭が、髪が風になびき、されどその瞳に揺れはなく、意思にもまた迷いはない。
「時代は無事継承された。なればこそ、今の世は魔女の世ではなく、人の世であるべきではないか、ラグナ・アルクカース」
「……かもな」
俺もまた軽く拳を握り、息を整える。今ここで行われている問答はある種世界の道を訣る問答だ、即ち……どちらに進むか。人類はどちらの選択を取るべきか、その選択権が今俺とこいつに委ねられているんだ。
「魔女の偉業は成った、ならあとは我々がやる。魔女はもう必要ない、それでいいだろう」
「…………」
「これからの世を作るのは、我々人間だ……古き因縁、古の法、悠久の依存。それらから完全に脱却し、今ある問題は今の人類が解決すべきだ。余の言うことは間違っているか、答えてみろ……ラグナ・アルクカース!」
吠える、白紫の髪と髭を揺らし、老父が吠える……否。
吠えるは一人、魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムという膨大な戦力と人員の全てを総帥に代わり背負い続けた一種の象徴。『魔女狩り王』イノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエ。五本指の頂点が問いかける。
魔女の意志を継ぎ、この世界の行末を魔女から任された六王が一人。アルクカース国王である『戦王』ラグナ・アルクカース。即ち俺に。
この世は人の世であるべきか否か。魔女の依存から脱却すべきか否か。その問いに対する答えは既に持っている。
「全く持って、言う通りだ。イノケンティウス、あんたの持ってる意思には共感せざるを得ない」
「ほう……」
イノケンティウスの本心……即ち命を賭してでもシリウスを消し去らねばならないと言う目的を聞いた今、それを否定することは出来ない。こいつの目的はとても純粋で、ただ一念を持ってここまで歩みを進めてきたこの男の語る言葉には軽薄さが感じられない。
だから否定はしない、しないが。
「だが、それでも今ここで俺があんたを倒すのは、あんたのやり方が受け入れられないからだ」
「……余のやり方が、か」
「ああ、俺はあんたの犠牲を容認するやり方をやっぱり受け入れられないよ」
「だがお前は、既に多くの犠牲を出している」
「だからさ、あんたもそうだろ。今ここで俺達がやるべきは話し合いじゃないはずだ」
俺は拳を握りながらイノケンティウスの前に立つ。今俺がここにいることが出来るのは、みんなのおかげだ。
エリスはダアトに勝てるだろうか、デティはみんなを守れただろうか、ネレイドは上手くやれただろうか。他のみんなは、無事だろうか。目を閉じれば皆のことが浮かぶ、浮かぶからこそ、イノケンティウスの事が受け入れられない。
「俺も、あんたも、大勢の配下が、仲間が、同志が傷つき倒れた。そしてその意思の集約が今ここで俺とあんたを引き合わせた。つまりさ、これは総大将戦だろ?……だったら」
「配下の為、王は戦うか。そうだな、ならばこそ決着をつけよう、そして決めよう……この先の全てを」
イノケンティウスは拳を握り、凄まじい量の魔力を解き放つ。あまりにも多くのものを犠牲にして手に入れた奴の力は……最早人類の枠に収まっていない。だが、こっちだって負けてられねぇんだ。
絶対に、負けられないんだよ。
「世の進む道は如何なるか!お前が選ぶ道か!余が進む道か!どちらが前に進もうと険しいことに変わりはない!だがそれでも!」
「譲れないから、世界は二つに別れたんだ!長きに渡る二分の対決!ここで終わらせようぜ!マレフィカルム!!」
「上等だ…!魔女の寵児達よ!!」
今ここに着ける結果は、魔女大国とマレフィカルムの長くに渡る因縁の終着点。即ちケリさ、やってやろうぜ……みんな!!
「余が、私が!!この美しき世界を!守ってみせるッッ!!」
「なら俺は!みんなとの世界を守るために!今ここで!お前を倒すぜ!!イノケンティウスッッ!!」
互いにフォルミカリウス最上階。黒鉄の甲板の上を駆け抜け、走り抜け、男が二匹、あんまりにもでっかいもんのために。
「ゔぅぉおおおおおお!!!」
「がぁあああああああ!!!!」
今、殴り合う─────。




