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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!3月30日二巻発売!】  作者: 徒然ナルモ
二十二章 アド・アストラVSマレウス・マレフィカルム
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881.魔女の弟子と悪化の一途


拳が鳴る、蹴りが響く、風を裂き、空を切り、空を飛び、相手を狙う。


戦場はアルクカース上空。二人の影が空の隙間を縫いながら飛翔し数百度目の激突を起こし天を覆う白雲が弾けるように吹き飛び穴を開き。


その中心で叫ぶ。


「ダアトぉおおおお!!!」


「こんなものですか!魔女の弟子エリス!!!」


蹴りと蹴りが真正面から衝突し、エリスとダアトは睨み合う。ようやくこの時が来た、ようやくこの時を迎えられた。

ダアト、エリスの宿敵とも言える存在と今ようやく真っ向勝負を迎える事が出来た。奴はシリウスの足を回収しそのままウルキに手渡すつもりでいるそうだ、それを阻止するにはエリスがダアトに勝つしかない。


そして奴もまた、それを全力で遂行するためにエリスを相手に本気を出してきた。即ち魔力覚醒、以前使われたのはネビュラマキュラ城の地下での邂逅の時。あの時は手も足しも出なかった。


だが今は違う、青白い光を纏い、同化するダアトの動きにエリスはついていけている。全く、遅いんですよ……本気を出すのが!!


「出し惜しみをして!!エリスがどれだけ待ったか!この時を心待ちにしたか!!」


「風情ってもんがあるでしょう。私と貴方の決戦は天下を訣る場でなくてはならない」


「平場の喧嘩でだってエリスは全然よかった!お前の決着をつけられるなら!!」


拳を振るい、振るわれ。叩いて叩かれ、殴り殴られ、青空の中エリスとダアトは至近距離で打ち合う。こいつと出会ってもう直ぐ三年、マレウスに来て直ぐの頃に出会い、都度都度顔を合わせてきたエリスの宿敵。


今にして思えば、ダアトは最初の頃かなり手を抜いていたように思える。口では本気だ本気だと言いつつ、明らかに当時出していたスペックと今のスペックが違いすぎる。


……強い、そうだ強いんだ。ダアトは凄まじく強い。流星旅装を会得してようやく奴の魔力覚醒『無二のモノゲネース』に匹敵出来る動きをエリスが出来るくらいだ。逆を言えば奴の動きについていけているということでもあるが……!


「フンッッ!!」


「おっと」


エリスが風の斬撃を纏う蹴りをダアトに放てば奴の頭が光の粒子になって消える、避けられた?いや!


「情報改竄、悪いですが打撃戦で私は倒せません」


「ぐっ!?」


即座に頭が元に戻り、同時に叩き込まれる神速の拳。こいつの覚醒の詳細は分からない、だが恐らくだが自身の身体情報を識で書き換え、傷ついた状態から通常の状態に戻したのだろう。

言ってみれば、完全なるダメージの無効化。『やっぱさっきのナシ』を戦闘中何度でも繰り出す事が出来る。師匠もこの再生能力にかなり苦戦したようだ。


だが……やりようはある!!


「だったらこれで、どうだッ!!」


「ヴッ!?まぁそうなりますよね」


拳に耐えたエリスの蹴りがダアトの顎に炸裂。そのままダアトの顎が再び光の粒子になり消えようとするのを……阻止する。


エリスもまた識確の力を使ったのだ、超極限集中を併用し奴の情報改竄を妨害。再定義しようとする肉体を固定しダメージの無効化を無効化するのだ。


「最初にあった頃に比べて、識確の使い方が随分上達しましたね。こちらも楽な戦いは出来なさそうです!」


瞬間、ダアトの姿が消える。いや消えたように見える程の速度で飛んだのだ。奴のスピードはただ早いのではない、人間の認識速度、つまり景色を見てそれが脳に行き届く情報伝達速度と同じスピードで動く事が出来る。

人間の動体視力で見れば、それは光の速度と変わらない。それを魔力衝撃と併用し空を飛び、周囲の白雲の中に紛れエリスの周囲を高速で飛び交う。


(どこですか、どこから来るんですか)


エリスは周囲を包む白い雲を睨むように首を左右に振ってダアトを探す。その瞬間。


『上だ!エリス!』


「ハッ!」


「遅いですよ、剛速の型───」


上を見れば、そこには青白い光を拳に纏わせたダアトが太陽を背に構えており。


「『稲妻』!!」


「ぐっ!?」


凄まじい速度で飛来しエリスの体を吹き飛ばしながら地面に向かうダアト。その一撃はアルクカースの大地に大穴を開け、乾いた大地がパネルように分割され空を舞う。


「むぐぐ、痛い!」


「全然立ってきますね」


だが起き上がる。巨大なクレーターの中で飛び起きるエリスを警戒し、後ろへと飛び退くダアトを睨み、追いかけるように再び流星旅装で飛翔。一気に追いつく。


「待ちなさい!!」


「待つわけがないでしょうに」


そして二人で飛ぶのは何もないアルクカースの荒野、二人で横に並び近づいたり離れたりを繰り返して、時には交錯しながら飛ぶ。その速度は舞い上がる砂埃が遥か後方で起きる程であり。


一瞬、エリスとダアトが隣を通過した魔獣が余波で吹き飛び肉片になる程の衝撃波が飛び交う。そんな中エリスは両手を合わせ。


「『流星群火雷招』!!」


両手から無数の雷の雨を叩き出す。真横に飛ぶ紅の光線はダアトを狙う、しかし彼女はまるで宙を泳ぐように一回転し。


「『ジュニャーナ・ライトアロー』」


キラリとダアトの指先が光り、無数の弾丸が飛びエリスの火雷招を打ち抜き霧散させる。あれは魔術!現代魔術のライトアロー!そうだ、ダアトの体は常に魔力を圧縮し続けるから通常の魔術も凄まじい威力になるんだ。


これを、エリスに向けて使ったのは始めて、戦いで使ったのは始めて。今エリスはようやくあいつに魔術を使わせる段階に至ったのか!!


「ふふ、ダアトぉおおおッッ!!」


「笑いながら突っ込んで来ないでくださッ!?あっ!しまっ!!」


一転、直角に曲がりダアトに向けて突っ込みその腹にタックル。そのままダアトを連れていくように荒野の向こうに見える小山に向けて飛ぶ。


「おりゃおりゃおりゃーー!!」


「ぐっ!止まりませんね、これは!」


そして小山の前にある森を突っ切る。ダアトの体を木々に叩きつけ、へし折りながら進み。更に魔力噴射を高め……。


「ですが、甘いです」


しかし、その前にダアトがエリスの首に両手の親指を置いて。


「『痛覚情報増幅』」


「ギャッ!?」


全身を貫く痛みの電流が走りバランスを崩しエリスはダアトを離してしまう。同時にダアトはエリスの頭の上に足を持っていき。


「あまり調子に乗らないでください!!」


「がぶっ!?」


叩きつけられる蹴り。それがそのままエリスを大地に串刺しにし、一気に森が地表ごと宙に浮くほどの衝撃を生み───。


「『流星……!」


「なっ!?」


しかし、エリスはその蹴りを受けながらも大地には両足で着実いたんですよ、受け身って奴です。そのまま大地に踵をつけ、全身のバネを縮め、ダアトに向けて狙いを定める。


「『一拳』!!」


「チッ!」


跳ねる、超加速と共に拳を放ち音速を超えて飛び立ち叩きつけるが、あとちょっとのところで避けられエリスの拳はダアトの背後にある山に当たり、山の向こう側にまで亀裂が入り、衝撃で跡形もなく粉砕される。


クソッ!当たってたら!!


「本当に危ない人ですね」


「ッ!?」


そして当然、取られる背後。山が砕け落ちてくる瓦礫の雨の中ダアトはエリスの背後に立ち。


「ちょっとは大人しくなってください!!」


「ぶふっ!?」


蹴り飛ばされる、それがそのまま目の前の瓦礫に当たり、バウンドして他の瓦礫に当たり、まるで周囲の瓦礫の軌道を全て見切っていたかのように、エリスは幾度となくバウンドし何度も瓦礫に体を打ちつけながら飛び……。


『エリス!来るぞ!』


そんな中シンの言葉が響き、咄嗟にダアトに視線を向ける。その時。


「『ジュニャーナ・ゼロインパクト』!!」


「くっ!!」


飛んでくる、ダアトの拳から周囲の瓦礫を跡形もなく消し去り、地形を変化させる程の大魔力の奔流が。それを両手でガードしながらも吹き飛ばされ、気がつけば山の跡地が遠くに見える距離まで飛ばされ、猫のように体を回しエリスは着地、衝撃を逃すように滑りながら。


「やるじゃないですか、ダアト!」


「こちらのセリフです、本気の私を相手にここまで戦えたのは貴方が初めて……いや二人目です」


「一人目は師匠ですね!!」


「ええ、そうですとも」


ダアトもまたエリスと前に着地し、肩を竦める。やれば出来るじゃないか、この戦争において本気のエリスと互角に戦えた相手なんてイノケンティウスさんかダアトくらいなもんです。ホドはあれです、本気とはまたちょっと違います。


「……本当に貴方は凄い、戦いの中で成長し、それ以外の場所でも成長し、観察絵日記をつけたら毎日違うことを書かなきゃいけなくなりそうなスピードで進化していく」


「それが魔女の弟子です、成長をやめず進み続ける、それを使命づけられた者達です」


「そうですか、そうでしょうとも。だからこそ羅睺の弟子として貴方を宿敵と定めた甲斐がある……しかし」


しかし、とダアトはエリスをジロッと見つめ……。


「前々から思っていましたが、貴方、ズルをしていますね」


「へ?」


「貴方は私が覚醒を使わないことに怒ってるようですが、私も怒っているんですよエリスさん」


「な、何がですか」


「私は、貴方と決着をつけたいんです。なのに……」


瞬間、ダアトがエリスの目の前に転移してきて。ガシッと両手で顔を掴み……エリスの目を覗き込む。


「『別の誰か』をこの戦いに関与させてますね」


「え!!」


まずい、そうエリスが察したその時……既にそれは終わっていた。


…………………………………


「エリス!?どうした!!」


一方、エリスの精神世界で戦いの行方を見守っていたシンは突如エリスとの視覚共有が断たれたことに驚き、本棚の世界にて立ち上がり叫んだその時───。


「ッッ!!なんだ!!」


突如、上空から飛んできた影による攻撃を飛んで避ける。攻撃が飛んできた、エリスの魂の中である、この絶対安全の領域に……そう、それは。


「やはり、中に人がいましたか」


「ッ貴様は、『知識』のダアト!?」


「それもまた、随分とまぁ驚きの人が」


精神世界に現れたのはダアトだ、奴は本棚を撒き散らしながら軽く手で服についた埃を払いながら私の方へ歩いてくる。まさか、自分の意識の一部をエリスの中に送り込んだのか。

いや出来るか、識確使いのエリスが私をこの中に入れたように、ダアトも自分をエリスの中に送り込むことくらい!


「こんにちわ、大いなるアルカナの幹部『審判』のシンさん。或いはオーランチアカと呼んだ方がいいですか?」


「……よもや、セフィロトの大樹の幹部が私のような同盟でもない組織の幹部を知っているとはな」


「知っていますよ、八大同盟の上限が八でなければ、九つ目の同盟として迎え入れても良いと議論されていたほどの組織ですし、何より貴方の力はあの時点では他の同盟の盟主に引けを取らなかった。こんな有名人知らない方がおかしいでしょう」


「ハッ、の割には随分呆気なく切り捨てたんだな」


「数多の同胞を消し去った粛清担当がよく言います」


警戒するように、距離を取り続ける。奴もまた私と一定の距離を保ちながら共に円を描くように互いを睨め付けながら歩いて。


「あの戦いは私とエリスさんの戦いなんです、邪魔立てしないでくれませんか」


「勝手に巻き込まれたんだよ私は」


「さてどうでしょう。まぁともあれ貴方に援護されると厄介なのでちょっと消えて頂きます」


「そうか。だがここはエリスの中、お前の識確による予測も上手く機能しないだろうな」


「それくらいのハンデが丁度いいでしょう?」


互いに、足を止め拳を握る。私は白い衣を払い腰を落とすように、ダアトは黒い外套を揺らしゆっくりと両拳を上げ構えを取る。


相手は最強のセフィラであるダアト。まさか私がセフィラと戦う日が来ることになるとはな。セフィラの下で育った私が、こんな。


(『世界』のマルクト……今更貴方に未練はないが、貴方の執着。ここで晴らしてやる)


今はバシレウスが受け継いでいるマルクトの地位。だがそれは元々我々アルカナのボスである『世界』のマルクトのものだった。マルクトが私とタヴ様を帝国から助け出してくれたから私は今ここでこうしていられる。


最後の最後に、マルクトは私達を裏切ったが……それでも恩義が消えるわけじゃない。他のセフィラに比べ実力が劣っていると気にしていた彼女に手向ける花があるのなら、それはこの場の勝利以外何もないだろう。


「いざ」


そして私は大きく足を上げ踏み出し……。


「『ライトニングステップ』!!」


「おっと!!」


一閃、切り裂くような速度で拳を振るい、雷速の一撃を放つが奴にはまんまと避けられる。先読みは出来ずとも動体視力や反射神経は化け物並みか!


「すみませんね、これでも一応マレフィカルム最強と呼ばれた者として、元マレフィカルムの貴方には負けられないんです。盟主と同等程度の貴方にはね、格付けというやつが違うのです、故に」


そして飛び上がったダアトは流れるように、そして弓を引くように拳を振りかぶり。


「速の型・一閃!!」


私の頭に向けて拳を振り下ろす。その速度は雷にも迫るものがあり、無防備な私では避けることは出来ないだろう…………。


「あら?」


……だが、受け止めることは出来る。真上から叩き込まれた拳を正面から手で受け止め、その向こうで驚いた顔をしているダアトを見上げ。


「盟主と同等?ダアト、あまり私を見くびるなよ……私はなッッ!!」


瞬間、ダアトの腕を弾き全身を雷に変えながら飛翔。体を仰け反らせ私の攻撃を避けるダアトの前で停止し、全身を回転させ足を伸ばす。そして。


「既にその段階など超えているッッ!!」


「グッッ!?」


叩き込む、雷を纏った回し蹴り。それはダアトのガードの上から叩き込まれ、奴を地面に叩きつける。八大同盟の盟主、それは魔女大国最高戦力に匹敵する絶対強者達。されど、私はその段階を既に超えている。


この世界に来て、一度として私は立ち止まったことがないのだから。


「来いダアト、クレプシドラとの修行の成果を試してやる」


「ほう、どうやら。こっちも楽しめそうですね」


悪いなエリス、お前より先にダアトに勝つのは私の方かもしれんぞ?


……………………………………………………………


「離してください!シン!?シン!?返事してください!」


「無駄ですよ、意識共有を私の意識の断片で阻害したので。にしてもまさか『審判』のシンが中にいるとは……なるほど、電磁波を応用して私の位置を特定していたんですね」


まずい、シンの意識が感じられない。と言うより精神世界に潜れない、何かに蓋をされているみたいだ。ダアトの意識断片を打ち込まれたのか?まずいことになった、シンの援護が受けられない……。


「私は貴方との一対一に応じたのに、貴方はこっそり誰かの援護を受けていたんですね。正直失望です」


「う……」


「………ふふふ、冗談ですよ。頭の中に誰かがいるってのは識確使いなら誰しも経験があることのようですし、何より貴方自身にどうこう出来る問題じゃありませんから」


「いえ、エリスが不誠実でした。……もうしません」


シンにも言われていた、シンの援護を受けている時点で一対一ではないだろうと。その通り過ぎたし、その指摘を都合よく受け流していたのも事実だ。もうすまい、ライバルの気概に胸を張って応えられないような行いは。


「謝る必要はありません、これは戦いですから。ただまぁ私個人の感情で述べるなら私は貴方と文句のつけようがない決着をつけたいと言うのがあるので」


「エリスもです」


「……ねぇエリスさん」


「ん?なんです?」


するとダアトは構えを解いて天を見上る。荒野に吹く風が彼女の黒髪と外套を揺らし。


「もしここで私を倒したら、貴方は私を殺してくれますか?」


「さぁ、その時になってみないと分かりません。人を殺したことがないので、殺せるなってタイミングになったら怖くて殺せないかもしれません」


「……私は羅睺の弟子ですよ。生かせばシリウス復活の憂いとなる」


「それはそれです」


ダアトはゆっくりと天に向けていた瞳をエリスに向けて、無理に顔を動かしたような笑みを浮かべる。


「貴方は、本当に分からない人ですね」


「そうですか?」


これ程エリスを分かってくれる奴は、ラグナ達魔女の弟子を除いたら彼女くらいなもんだと思うが。


「失礼、感傷に浸りました。続けましょうか、貴方と私の……正真正銘二人っきりの時間を」


「はい!」


ここからが正真正銘、ダアトとの一騎打ち─────ん?


「これは……」


少し、異変を感じた。風に乗ってなにか……嫌な気配が。


「ッ!私としたことが!!」


「え!?ちょっ!ダアト!!」


ダアトはエリスへ向き合うのをやめて咄嗟に反転、猛烈な速度でカロケリ山へ向けて飛んだ。逃げるのか?いや逃げたんじゃない、エリスだって分かってる。

これは、カロケリ山に異変が起きたんだ!!


「貴様────」


一瞬でカロケリ山の頂上まで移動したダアトは、そこに立つ影に向けて拳を振りかぶり。


「────その手を離せッ!!」


「おっと、もう戻ってきたか」


しかし避けられる。その影はダアトの鋭い攻撃に即座に反応、高く飛び上がり近くの岩場に着地する。遅れて頂上目通りだったエリスは見る……そこにいたのは。


「イノケンティウス!?」


そこには、臨界魔力覚醒内にいるはずのイノケンティウスが、シリウスの足を片手に掴み立っていた。彼は悠然とエリスとダアトを見下ろし……軽く首を傾ける。


「あ、貴方はラグナと戦ってるはずでは……!?」


「その事について、余から説明する必要があるか?」


「……まさか」


いや、ありえない。ありえないと頭の中で何度も繰り返す、しかし無情にも彼は答える。


「ラグナ・アルクカースは死んだ。詳かに告げるなら余が殺した。お前の察した部分と相違はあるか?」


……ラグナが死んだ、そう彼は言ったのだ。


……………………………………………………


少し時間が遡り臨界魔力覚醒内での戦いに戻る。両者の戦いは白熱の一途を辿っていた。


「フンッ!!」


「ッッ!!」


戦いの流れはイノケンティウスが優勢、彼が的確な攻めと地形を操る攻撃の数々に苦しめられていた。とは言えそれは飽くまで手数で劣っているだけであり、それは勢いと根性という曖昧な要因で堪える事ができる。


即ち、ラグナは今精神力のみによって戦いを成立させていた。そんな中、……俺は。


(だいぶキツイな、どうやって倒すよ)


無数に飛んでくる荊の連撃を体を捻り回避し、イノケンティウスの姿を見る俺は考える。ここからどう勝つかを、イノケンティウスは未だに消耗している様子がない。

臨界魔力覚醒中の消耗度合いなどは分からないが、これは期待するのは無理そうだと考えつつもそろそろ見据えていかねばならないのはどう勝つか。


先程から幾つもの手段を試した、予め『こうすれば勝てるのではないか』と言う手段を全部ぶつけたが効果が薄い。


精神が揺らげば臨界魔力覚醒は維持出来ないのではないか。臨界魔力覚醒を内を破壊し尽くせば消耗するのではないか。長期戦になればスタミナが尽きるのではないか。


全部ダメ、効果なし。


(師範ももう少し臨界魔力覚醒について教えてくれりゃあいいのに)


アルクトゥルス師範は俺に臨界魔力覚醒についての情報は殆ど与えてくれていない。そもそも師範が結構な覚醒アンチと言うか……。覚醒は身体強化にだけ使えばいい、勝敗を分けるのは結局技量と覚悟。そう言うスタンスだから臨界魔力覚醒はそこまで重要視していないのだ。自分は使う癖にな。


だから俺は手探りでの戦いを強いられる。もうこれがダメなら後はどうすりゃいい?


「よっと、どうすればいいも何もないか」


俺は一足に距離を取り、遥か彼方にイノケンティウスを捉える程遠方に離れる。今、俺に勝機があるとするならば……それは英雄の力に他ならない。

その正体すら判然としない英雄の力。ここに来て膨れ上がりつつあるそいつが、唯一イノケンティウスとの実力差を覆すファクターである。


なら……こいつに一点がけするしかない。


(ダアトは言っていた、俺の英雄の力には『隆起状態』と言う更なる段階があると。ならそいつを引き出せば……)


大きく息を整える、英雄の力……力ってんだから、扱い方はある筈。ぶっつけ本番のモノは試しだが、やってみるか!!


「む?」


拳を下に、脱力し、息を整える。真・魔力覚醒を行いながら極度に集中し意識を研ぎ澄ませ力を増幅させる。徐々に徐々に体に力を込めていく。筋肉、腕力、そこに魔力と体力を注ぎ込み続ける。


そうしていると自分の力の限界点がだんだんと近づいてくる。けれどそこで力を込めるのをやめずさらにもう一段強く押し込むように力を入れば、フッとその限界点を超えて力が漲るのを感じる。


そしてその力を扱うようにゆっくりと踏み込み……。


「よっ……!」


「ッ!」


一瞬でイノケンティウスの前まで跳ねる。限界点を超えた力、それは俺に想像以上の力を与える。その速度にイノケンティウスもまた驚愕し。


「この戦いの中で更に英雄の力を巧みに扱うようになったか」


そこから繰り出される蹴りをイノケンティウスは両腕で防ぎ、ジロリと俺の顔を見つめ。


「筆舌に尽くし難い才能、お前と出会ったのが老齢の域に差し掛かってからでよかったとつくづく思うぞラグナ・アルクカース。でなければ余は貴様への嫉妬で人生が狂っていた」


「それほどでもないよ」


「それほどの事さ、余は前々から思っていたのだ。才能と言う一点で見ればお前はデティフローア・クリサンセマムに匹敵すると」


イノケンティウスが指を鳴らした瞬間、大地が張り裂けるように爆散。無数の岩山が突き出し、俺とイノケンティウスの為の闘技場が生み出される。

俺は地面から競り上がる無数の岩山を足場にイノケンティウスを追いかけ空を駆ける。


「魔女の弟子は全員が全員、天才の集まりだ。アマルト・アリスタルコス、メグ・ジャバウォックは共に古式魔術の天才。サトゥルナリア・ルシエンテスは超晩成型ではあるが魔女に匹敵する才能を持った麒麟児」


イノケンティウスは一蹴りで岩山を飛び越え、その隙間を縫うように腕を組みながら飛び退き続ける。


「ネレイド・イストミアは言うまでもなく、メルクリウス・ヒュドラルギュルムはこれと言って才能は持ち合わせないが恐らく人類で最も星に愛された女、そしてエリスは人類と言う種における例外そのもの」


それを追いかけ、幾度となく拳を振るい岩山を粉砕しながら加速し続ける俺はやがてイノケンティウスに追いつき……。


「デティフローア・クリサンセマムは八千年の執念が生んだ天才……と言うには、些か違和感があるが。それでも八千年来の天才と言っていい、スケールの大きさで言えば余など足元にも及ばない」


イノケンティウスは正面から俺の拳を受け止める。そして鋭い眼光で俺を睨み。


「そんな天才達の中にあってお前は更に天才、それは英雄の力に由来しない純粋な才能と言う部分で抜きん出ている。魔女が一を言えば十を理解する、史上四番目……ウルキを入れれば五番目の魔女の弟子でありながらその頂点に立ち得るのはそれが理由だろう」


「天才天才、才能才能、やめろよイノケンティウス。そんなバカバカしい話をするのは!」


受け止められた上で更に強く押し込み殴り飛ばす。そのまま空気を蹴って更に加速、吹き飛んだイノケンティウスの上から蹴りを叩き込み岩山に叩きつける。しかし。


「ああそうだな、馬鹿馬鹿しい話だ。だが余にはそれに泣いた経験があると言うだけさ、いやマレフィカルムとは或いはそう言った者達の集まりとも言える」


岩山の上に叩きつけられイノケンティウスは跳ね起きながら腕を振るい。足元の岩山が宙に浮かび上がる、山一つ一つが俺目掛け突っ込み圧殺しようと迫る。故に駆け抜け、その隙間を掻い潜り岩山を避けていく。


「世の中を変えたい、時代を変えたい、自分を変えたい。だがそれをするには結局力が必要だ、そしてその力を欠いた者は嘆き!謂れのない八つ当たりをするしかない!」


「戯言だろ!世の中も時代も変えられなくても自分は変えられる!力が必要なら努力すりゃあいい!」


「それは才能がある者の詭弁だ。出来る者が出来るとどれだけ豪語しようとも、出来ない者が出来ない事に変わりはない!」


岩山の雨から抜け出す、が既にそこにイノケンティウスの姿はなく────。


「故に、余が必要だったのさ。ラグナ・アルクカース」


「グッ!?」


瞬間、頭上からイノケンティウスの蹴りが炸裂し、俺の体は地面を滑るように吹き飛ばされ、大地を抉る。


「ラグナ・アルクカース。余には才能がなかった、超人でもなければ、八千年来の生まれもなく、魔蝕の祝福にも恵まれず、お前のように際立った何かを持って生まれたわけでもなければ、素晴らしい星の下に生まれたわけでもない。ただ他より際立って魔力を持っていただけの男だった」


「ぐっ、そう言うのも含めて才能じゃねぇのかよ……」


「いいや違う、才能とは即ち時代に選ばれし者のこと。余はただ焦がれただけさ、時代に選ばれ時代を作った……燦く天星に焦がれ、そのようになるまいと誓い、そしてそのように生きたいと誓っただけの独りの男さ!」


そして、岩山の上に着地したイノケンティウスはそれでも起き上がる俺を見下ろし。ニタリと笑い。


「ラグナ・アルクカース!お前は余のスタミナ切れを狙っていたな!」


イノケンティウスの体から溢れる魔力がメラメラ燃え上がる。紫の……と言うより蒼と焃の魔力が織り混ざり、紫色の光を放っているのだ。


「いい狙いだ、余はそう長くは動けない!長期戦はこれ以上無理だ!故に決着をつけようと思う!」


そして奴が目の前に降り立ち、背筋を伸ばすイノケンティウス。その瞬間まるで空気が鉛に変わったかのような……壮絶な重圧が襲う。こいつまだ上の段階があるのかよ!!


「そして見せよう、何をも変革する才能を持たぬ余が、時代を変革する為に作り上げた力を。持たざる者達の群れであるマレフィカルムの代表者たる余が!天の星に手を伸ばした……その結果をッ!!」


「なんだ……世界が」


渦巻く、景色が。イノケンティウスの力の解放に伴い大地が崩れ、渦巻き、空が剥がれ落ち、イノケンティウス自ら組み上げた世界が崩壊していく。

代わりに現れるのは、まるで世界という壁紙の向こうにある景色……即ち夜天。星宙が見える、一番最初に見えていた夜天が戻ってきた。


「余の覚醒は『自らの旅路を心象世界にて再現する』覚醒。それ故に大自然の脅威を武器にする事が出来た……だがな、ラグナ・アルクカース!いい事を教えてやる。旅とは!冒険とは!人間がいて初めて成り立つもの!即ちこの臨界魔力覚醒の主体は自然による攻撃ではなく!!」


イノケンティウスの一歩が世界を超える、いや……超えるんじゃない、超えてきたんだ。超えてきたから奴は今ここにいる!!


「山を越えるのも、谷を越えるのも、海を渡るのも、空を駆けるのも!人である!旅とは即ち世界に対する挑戦である……ッ!」


そして雄叫びと共にイノケンティウスの肉体に、『この世界』を超える力が授けられる。更なる上があったのか、いや……恐らくこれはこの臨界魔力覚醒に於ける真の力。山を作るのも隕石を降らせるのも、全て副次効果に過ぎなかったのか!?


「『ヴィア・ヴェリタス・ヴィータ』ッ!!」


そして奴は構えを取る。腰を落とし、廻る夜天を背負い崩れかけた大地の只中に立ち俺を前にする。臨界魔力覚醒の時点で別格だと思ってたのに……これは最早、別次元だ。


「これは……イノケンティウスという星が見せる。最後の燦きだッ!」


「ッ!?」


一閃、拳が迫る。それは大地すら焼き焦がし俺という小さな人間を吹き飛ばし、その上で砕くには余りある一撃。

避ける、防ぐ、抵抗する。そう言う瑣末な行動すらも纏めて払う程にただただ純粋に強力な一撃。


───完全なる自然の克服。それは物理法則の破壊とも言える圧倒的な力……いやそれこそがイノケンティウスが持つ臨界魔力覚醒の本当の力。


旅によって世界を見た彼は、世界に打ち勝ち、『物理法則を破壊する力』と言う覚醒を得たのだ。

それは奇しくも、物理法則に反する英雄の力に似たものであり。英雄が人の延長線上にある事を証明するものである────。



「なんじゃそりゃあ……!」


俺は見る、遥か彼方にまで遠ざかったイノケンティウスの姿を。皮膚は赤く染まり、蒸気を発し、紫色の魔力を放ちながらその髪と髭が水中のように揺れ漂う姿を。

神々しいとすら感じる、力そのものの具現。あれが本当の意味でのイノケンティウスの底、なりふり構わないアイツの強さ。


(ッ折れるな、アイツが底を見せたなら、それを踏み越えれば俺の勝ちだ)


起きあがろうとして一緒地面を見失う。感覚が麻痺する程のダメージを受け目眩を覚えながらも、なんとか足を動かし立ち上がる。まだまだやれる、立てるのだからやれるさ俺は。


「悪いが最早これは勝負にならん」


「ッ!?」


背後から声がして、咄嗟に振り向くとそこにはイノケンティウスがいた。バカな、一切気配がしなかったぞ、空気が揺らめく感覚さえしなかった。これが自然を超え、法則を破壊する力!?


「ッ『熱焃臨掌』!!」


咄嗟に俺は右拳を打ち払いイノケンティウスに叩き込む。しかし、最早防がれることもない。拳は顔面に叩き込まれ、その上で奴の体に影響がない。まるで破壊と言う行為そのものに意味がないかのような。


その瞬間理解する、ああなるほど。臨界魔力覚醒を使い人間が無敵とされる理由はこれかと、理不尽極まるとはまさしくこの事だと。


「言ったろう、勝負にならんと」


イノケンティウスは指を払う。ただそれだけで地表を焼き払う灼熱と共に凄まじい衝撃波が走り、呆気なく吹き飛ばされる。防ぐことはなく、防がれることはない、それが戦いに於いてどれだけ強いかを俺は今痛感する。


「がァッッ!?ッンなろうが!!」


即座に俺は全ての力を使う、争心解放、悠久神駆、付与魔術、更に真・魔力覚醒、全部を使ってもう一度突っ込んで。


「余の言葉を刻め、ラグナ・アルクカース」


「ッッがぁああ!!!」


乱打、俺の中に蓄えられた知識、技術、底力、全てをかけて打ち込む、打ち込み続ける……のに。揺らがない、聞いていない。

打ち込んでいて理解した、スケールが違うと。存在のスケールが違う、いくら怪力を持とうともアリが全力で殴ってもゾウが痛がらないように……今俺とイノケンティウスの間には力以上に存在のスケールに差があるのだ。


「人は全てを超えていく生き物だ。自然を、魔女を、神すら超えて人は進む。例え勝つことは出来ずとも克服し進み続ける。それが人類の繁栄だッッ!!」


「グッ!?」


そこから飛んでくるイノケンティウスの拳が顎先に炸裂。脳が揺れるどころか目玉が飛び出しそうになる威力に思わずたたらを踏む。


「人は星に焦がれるものだ!星に手を伸ばし憧れるものだ!しかしその星が地に降りて人を管理する事など、あっていいはずがない!人の世は人の手によってのみ作られるべきなのだッ!!」


更に蹴り、俺の腹を打ち内臓が歪む。あまりの激痛に血が口から噴き出し、反撃の為に握っていた拳から力が抜ける。


「故に作るぞ、余は人の世を!それがこの身に刻まれた……使命であるッッ!!」


そして叩き込まれた掌底に、俺は遂に吹き飛ばされ倒れ伏し。全身から血を噴き出す、今の一撃で全身の筋肉が限界を迎えた、あちこちの筋肉が断裂して力が入らない。


今のが、イノケンティウスの理論。イノケンティウスを支える無二の理屈。なるほど大層だ、人を束ねる理由たり得ると言える。


だから強い、だから折れない、命すら焚べて戦えるんだろう。だけど……だけど。


「人の世、人の世っていうけどさ……イノケンティウス」


それでも俺は体を起こす。力は入らないけど根性で立つ。一言、言ってやらなきゃいけない事がある。


「お前はさ、見たかよ。フリードリスの外にある街を……あれだって人の世だろ」


「……そうだな」


「それ、根本からぶっ壊して。そこで生きてる連中に怖い思いさせて。それでいいのかよ」


「余はマレフィカルムの代表者だ。魔女大国は破壊せねばならん、それに……時代の決定を行う為の戦場になった以上仕方ない話で──」


「時代を決める戦いなんざ海の真ん中でやればいいだろ、マレフィカルムの代表者だからってお前は連れてきた部下の命を危険に晒す真似してよく言えるぜ」


「……ラグナ・アルクカース。そこは割り切れぬ問題だと言ったはずだ、魔女排斥と魔女大国は相容れない。これは互いの主張をぶつけ合う為の儀式である」


「だから、言ってんだよ……そうやって決めて、今ここに生きる人間の生活を壊して、お前を信じる連中を死なせて、そうやって作った人の世で、お前はッ……!」


額から流れる血を振り払い、口から漏れる血をそのままに、俺は吠える。


「お前は!そこの世で生きる人間の未来を!約束出来んのか!!」


「出来ん、余が作り出すのは人が人の手により選択を行う世界。魔女と言う添木を取り払えば混沌は生まれる、選択には時に代償が生ずる。だがそれでも……人はそれを乗り越えると信じている」


「ふざけんなッ、そいつを言っていいのは民衆だけだッ!俺達『王』の名を背負う人間は、嘘でも虚勢でも!保証もなんもなくても!約束しなきゃならねぇもんだろ!明日の飯と!寝床をッ!!」


「それは確かにそうだ、返す言葉がない」


イノケンティウスは静かに目を伏せ、コクリと頷く。だが……。


「しかし、それでも余の理屈は揺るがん。無責任だと思うなら止めてみよ」


こんな事では迷わないから、こいつは命すら賭けているんだ。分かってる、分かってるさ、分かってるから……俺だってここにいるんだ。


「止めてやるよ」


全魔力を右手に、俺は今数多の国民と魔女大国に住まう全ての人間の為に立っている。それはマレフィカルムから見れば不平等で不当で許せぬ程に妬ましいものかもしれないが、それでも俺はアルクカースの王なのだ。イノケンティウスがマレフィカルムの王として攻撃を仕掛けたように……俺にも俺の立場と言い分がある。


そして、それを通すには戦うしかないのだ。


「押し通る」


イノケンティウスが拳を握っただけで背後に凄まじい魔力の奔流が余波として放たれる。さながら羽のように展開されるそれを前に、俺は一歩踏み出す。

分かる、戦力に差がある。これは押し負ける、分かってるけど進まなくてはならない。何故なら……。


「俺は、ラグナだ……」


自らを奮い立たせるように叫び……拳を振るい。


「アルクカースの国王ッ!ラグナ・アルクカースだッッ!!」


「そうか、聞き入れた」



そして、俺の拳は空を切り──────。


「くっ……ぐぶっ」


口から血が溢れる、激しい痛みに視線を下に落とすと……空を切った俺の拳の代わりに、イノケンティウスの腕が。


……俺の胸を貫いていた。


「お前の主張は聞き入れた。故にそれを否定し、今この時……余の主張こそが次の時代の主導を握る」


「イノケン……ティウス」


「諦めろ、既に心臓を貫いている。後のことは世に任せておけ」


張るだけ張った、やるだけやった、分かりきっていた結果にはなったが……悪いがこれ以上の事は俺には出来そうにない。エリスや、みんなには、合わせる顔がないけれど。


(エリス、悪い。俺ぁ生きて帰れそうにない)


膝を突き、俺は薄れていく意識の中……ただ静かに。愛する女の顔を思い浮かべて、そして──。




「恨むな、ラグナ・アルクカース。このまま英雄として昇華していればどの道同じ結末になっていた」


イノケンティウスは膝を突き項垂れ事切れたラグナ・アルクカースを見下ろし、戦った相手への敬意として頭を下げる。それと共に臨界魔力覚醒を急いで解除し──。


「ぐっ!ぐばはぁっ!!」


その場でイノケンティウスは跪くように崩れ落ち、大量の血を吐き出す。まるで傍聴していた臓器が一瞬で縮んで張り裂けたように。ラグナとの戦いでは一切追わなかったダメージが後から追いかけてきたように負荷が襲う。


「長く、展開し過ぎた」


ポケットから一本の小瓶を取り出す。中に込められたのは治癒のポーション、それをグビグビと飲み干せばイノケンティウスの肉体は完全に回復する。先程まで瀕死であったにも関わらず完全な形へと戻る。

これは数百年前に魔女スピカが作り出したポーション。……これはオルクスと言うアジメクの貴族からマレフィカルムへのコネクションと引き換えに頂いたものだ。魔女排斥組織の王が魔女の力に頼るのかと笑われもしたが、今この場で勝てるなら余はなんの力にだって頼ろう。


「さて……」


そしてアルクカースの大地に立ち、周囲を見回す。あとはダアトを見つけシリウスの足を回収するだけで……ん?


「む、ラグナ・アルクカースはどこへ?」


ふと、気がつく。ラグナ・アルクカースの遺体が消えていることに。臨界魔力覚醒の外に遺体を追い出したところまでは捕捉できていたが、外に追い出した瞬間消えた。


死んだ人間が消えることなどあるのか、臨界魔力覚醒の効果か。そこまでは分からない、だが。


「今はシリウスが先決か。余にはもう時間が残されていない」


そしてイノケンティウスは歩き出し、そしてダアトの識確の保護がなくなり魔力ダダ漏れとなったシリウスの気配を感じ取り、カロケリ山の頂上へと向かうこととなった……。



そして。


「嘘です、ラグナは死んでません」


「いいや、確かにこの手で殺した」


カロケリ山へとやってきたイノケンティウスはエリスと邂逅する。エリスはラグナの訃報を聞いても首を振って認めようとせず。


「ラグナは大丈夫と言いました、彼は嘘つきじゃありません、貴方が嘘つきです」


「……まぁ、なんとでも言えばいいが」


最早これ以上語る意味合いはない。シリウスの足を手に入れた以上シリウスを殺すだけだ、しかし目の前にはダアトがいる。ダアトはガオケレナ同様シリウスの手のものだ。是が非でも止めようとするだろう……しかし。


「チッ」


今、ダアトは見たことが無いほど憔悴している。視線は定まらず余とエリスを行ったり来たり、余とエリスは反目しているが目的は同じ。そして余の手にはシリウスの足……焦るか、それは。


「エリスよ、今は聞け。先だって言った通り余にはシリウスを滅する手段がある、だがそこにいるダアトはそれを阻止するつもりだ。故に余がシリウスを滅するまでの間、ダアトの相手を頼みたい」


「お前正気ですか、エリスの旦那様殺しておいてそれをエリスに頼みますか」


「それは余とラグナ、延いてはマレフィカルムと魔女大国の因縁の問題だ。なによりお前にとってもシリウスは滅したい相手だろう」


「…………」


エリスもまた難しい顔を……いやしない、彼女はそれらの迷いを顔に出さない。ただ余とダアトを静かに見つめ。


「割り切れ、エリス」


「…………エリスさん」


「………………」


エリスはピクリと眉を動かし、余の方を見ると。


「だから、なんでお前の言う事を聞かなきゃいけないんですか」


「……余に味方しないと?」


「当たり前です」


「何故だ、ラグナ・アルクカースの命を奪った件でお前はシリウスを滅する最大のチャンスを見失うことになるぞ」


「もし仮に!ラグナが本当に殺されていたとして!お前の言う事を聞いたら!ラグナが作り出そうとしている時代が出来ないでしょ!!」


「む……」


エリスは余とダアトから距離を取り、腕を組み。そう叫ぶ、迷いなく叫ぶ。分かっていた、彼女は迷わない。なんせ余の若き頃と同じ目をしている女だからだ。

苦悩はする、懊悩もする。だが結論は他者によって揺るがされずただ己が思う正しさを追求する。それがエリスと言う女であり、今の余が失った若さでもある。


「ラグナにはラグナの作りたい世界があって、時代がある。エリスはそれを支えるって決めている。お前がここでシリウスを滅したらその決定権がお前に移る。シリウスを滅するのはエリス達であり、お前は蚊帳の外でなければならない!ならエリスの結論は一つ!」


指を立て、こちらに向ける。ダアトと余に。


「お前ら二人をエリスが倒して!シリウスの足を奪い!ラグナを探す!!マレフィカルムの味方はしない!以上!!」


「……フッ、正気か?」


思わず笑ってしまう、きっと余もエリスと同じ状況に立ったら同じ答えを出しただろうと思った事と、同じ事を言い出したからだ。それがどれだけ無茶でも、無謀でも、自分を折るのはもっと無理だ。


理解は出来るが、譲ってはやれんな。


「それはいくらなんでも無茶だと思うが」


「エリスさんはそう言う事言うんですよ、理不尽でしょ?」


そして何故か自慢げなダアト。こいつに至ってはなんたんだ、お前はエリスの敵だろうが。


「全員!倒します!!」


「そうか、好きにしろ。だがな……」


しかしなエリス、お前の理想は分かるが、現実を知った余から言わせてもらうなら。世界はそうも簡単にはいかないぞ、なんせ。


「ラグナ・アルクカースは確かに死んだ。それは確かに時代の潮流がこちら側に傾いていると言うこと……それはつまり」


天を指差し、高らかに告げる。余がラグナに勝った事はつまり、局所的な戦闘に勝利したのみに留まらない。


「時代が、世界が、星が余を……マレフィカルムを選んだと言う事。この戦争の結末はマレフィカルムの勝利に傾いている」


今、流れはこちら側に向いたと言う事だ。


………………………………………………………………


イノケンティウスが勝利した、それはマレフィカルムの側に時代が傾いた事を意味する。この戦いの結末は全て代表者達の勝利によって左右される、つまり……。


「ぐぅっ!?」


「フハハハハッ!どうしたメグ・ジャバウォック!!その程度か!!」


フリードリスの廊下を転がるメグは、圧倒的な実力を持つコクマーを前に倒れ伏し、血を吐く。既にヴィーヤヴァヤストラはへし折られ、無数のアザを作り口元の血を拭う。


「こ、この……」


「抵抗するか?抵抗しろぉ!私はお前を許さない!徹底的に甚振り!痛めつけ!地獄を見せる!!」


ウィリアムの体を操るコクマーは、メグさえも圧倒する。数百人の魂を吸収し、数々の力を得てきた怪物であるコクマー、その力にメグは歯噛みする。憎い、憎い相手、されど手も足も出ない屈辱。そしてその上で……。


(こいつ、ただ単に体を乗っ取る事しか出来ない卑怯者じゃない。強い、魔術も体術も達人クラスだ)


ラグナが仲間達の力を借りてようやく封じる事が出来たほどの相手。翻って言えば八人の魔女の大多数が集まっても撃破まで持っていけなかった腕前を持つと言う事。

帝国の諜報機関の一員としてセフィラの存在、そしてその卓越性を聞き及んではいたがこれ程とはと息を呑む。


(これが、世界最大の組織を実力によって統治する最強の使い手集団セフィラ……簡単には倒れてくれませんか)


「そろそろ切り刻んでいこうか。まずは右手だ、小指から人差し指、中指から薬指、そして親指。そこまで行って次は手首、関節を境に徐々に落としていく。最後は芋虫のように這いずることしか出来ない体に変えてやるぅ〜!」


「……ッ!父様の口でそんな下劣な事を言わないでください」


「なら、抵抗してみろよォッ!!!」


「キャッ!?」


瞬間、コクマーが杖を地面に叩きつけ、全方位に放つは魔力衝撃。波濤の如く押し寄せる一撃にメグは吹っ飛ばされ、剰え壁も床も何もかも崩れフリードリスの一角が崩壊する。


メグは着実に追い詰められている。まるで流れがそうさせるかのように。そして──。



「ぐっ……くぅ、なんの──ガッ!?」


「ふふふ、地べたを這いずる姿も美しいですよ。メルクリウス」


フリードリスから戦場を移し、カロケリ山の中腹にて倒れ伏すメルクリウス。そしてその頭に足を乗せるホドは恍惚の表情で勝ち誇る。


メルクリウスもまた苦戦を強いられていた。と言うより、メルクリウスが唯一ホドに勝っていた執念と言う部分。それをホドもまた愛と言う形で得た為メルクリウスのアドバンテージがなくなった。


互いに互い、同じ条件で戦えば当然……メルクリウスよりも遥か格上のホドが勝つに決まっている。


「足を、退けろッ!」


「おぉっと、まだまだ元気ですね、ですが──」


咄嗟にメルクリウスはホドの足を払い除け立ち上がった……その時だった。


「む?」


ふと、顎先に熱い感覚を覚えたメルクリウスはそこに手を当て、確認してみる。すると……手にはベッタリと血が付着しており。更に腕で顔を拭えば大量の血が口と鼻から漏れている事に気がつく。


「ぐぶっ……これは」


「グロリアーナに使った手を、もう一度使わない理由はないですよね」


「まさか、ウイルスか」


生命錬金によるウイルス散布。グロリアーナから全力で戦う力を奪い致命傷を負わせた悪魔の一手。それがメルクリウスにも牙を向く。

全身の関節が痛み、皮膚が赤く染まり、発熱する。未知の病原体に犯された体は着実にメルクリウスを蝕んでいく。


「病に冒され、全身を刺す痛みに晒されながらも、貴方は気高くいられますか?栄光を示し続けられますか?メルクリウス」


「ッ……悪魔が」


しかしそれでもメルクリウスは戦うしかない。例えどれだけ追い詰められようとも、流れが悪かったとしても─────。



フリードリスで繰り広げられる戦い、それは徐々に悪い方向に向かっていく。そしてなにより決定的なのは。



「オラァッ!!」


「ガッッ!?」


「ゴッドローブ!!」


一撃。爆裂するような拳の一撃が無敵と称されたゴッドローブ将軍を吹き飛ばし、燃え盛る瓦礫の中へと押し飛ばす。その様を見たアーデルトラウトは傷だらけの体を奮い立たせ、槍を構える。


……戦場はデルセクト国境沿い。既にデルセクトを保護していた国境の城塞は粉砕され、炎上。援軍にやってきたアド・アストラ軍は半壊、二人の将軍のうち片割れは瓦礫に埋もれ動きがない。


そんな地獄の中を悠然と歩くのは……。


「なんだテメェら、もう少し強かったと思ったんだけどなぁ」


白銀の魔王バシレウス・ネビュラマキュラ。傷一つない体を晒すようにポケットに手を入れアーデルトラウトを相手に余裕を見せる。


(クソッ、アイツ。帝都襲撃の頃とは比較にならない程強くなっている……)


アーデルトラウトは苦虫を噛み潰す。デルセクトに到着して直ぐに接敵したバシレウス、そしてバシレウスが連れる大量のならず者達を見て理解した。こいつらがデルセクトを荒らしたエクス・ルナ・スキエンティスだと。


そして交戦、スキエンティスの雑兵は援軍達でなんとかなったものの……バシレウス自体はどうにもならなかった。無数の新兵器で制圧射撃を行おうが、砦の瓦礫で下敷きにしても、将軍二人による波状攻撃でも、全く倒せなかった。


ましてやアーデルトラウトの極・魔力覚醒を受けても倒れない始末。これは帝都襲撃の時とはまるで違う、少なくともあの時はアーデルトラウトにも圧倒出来ていた。しかし。


「『ラグナロク・スコルハティ』ッッ!!」


「うざってぇんだよボケクソッ!!」


「ぐっ!?」


アーデルトラウトの全力の一撃を軽々と弾き返し、更にその余波で吹っ飛ばされる。人類最強の称号をルードヴィヒから受け継いで、魔女大国でも最強格の座に君臨していたはずのアーデルトラウトが、呆気なくバシレウスの片腕に吹き飛ばされたのだ。


(ま、魔女の弟子達の成長力は常軌を逸していると思っていたが、アイツは比較にならん。まずいぞ、洒落にならないレベルで強くなっている。これでは、人類最強の座が奴等の方に……)


「退けよ、俺はアルクカースに行きてぇんだ。そこでやってんだろ?今一番デカい組織同士の喧嘩。だってのによぉ、一番強え奴ハブにして何が決まるってんだよ」


(こいつを通せば、何もかもがめちゃくちゃになる。イノケンティウスからアルクカースを守るどころの話じゃなくなる、私が……止めなくては)


アーデルトラウトは味わう、人生で初めての敗色濃厚。シリウスと戦った時にさえ感じなかった絶望感。ただ一人、人類最強の頂に立った魔王を前に……ズタボロの体を動かし構えを取る。



各地で連鎖的に巻き起こる絶望的な戦況、徐々にマレフィカルム側に勝利が傾く。まるでラグナと言う灯火を失った船が迷うかのように、アド・アストラは絶望の夜闇の中を彷徨い始めたのだ。


そして……なにより、濃い闇の中へと落ちていたのは───。


…………………………………………………


「ベンちゃん……ベンちゃん!!」


ネレイドは叫ぶ、ユグドラシル内部……いや、崩れて瓦礫となった塔の一角にて涙を流しながら、その手の中にいる親友の名を。


「それ、友達だったんですか?だったらまぁ……悪いことしちゃいましたかね?」


上がる土煙、その奥で石塊の上に座るのは仮面と杖を捨て、白い髪と赤い瞳を晒したケテル。その本性たるプリンケプス・ネビュラマキュラとしての顔を見せた彼が三日月のように口元を歪ませ惨劇を見守る。


……今、ネレイドは血溜まりに沈んでいる。その視線の先にあるの間血潮の源泉、そう。


「ベンちゃん……」


胸に巨大な傷を作り、既に虚な目で事切れた親友ベンテキシュメの姿だった。


「……また」


自身を庇い、致命傷を受け倒れた親友の亡骸を抱きしめながら、見開いた目でワナワナと震えるネレイドは。


「またなのか」


恐怖に震える、今一度失う恐怖に。


「また私は、守れないのか……」


母を失い、親友を失い、いくら強くなっても変わらない現状に恐怖する。強い敵を前に力が足りず、またも失う。自分がケテルを圧倒出来ていればこうはならなかった。そんな後悔が脳を満たし。


「ああ、あああ……ああああああ!!」


苦悩、辛苦、苦悶、辛酸、口から雄叫びとなって溢れ出し頭を掻きむしり理性を摩耗させる。そして────。


「殺すッ!殺してやるッッ!!」


「殺せるもんなら殺してください、まぁ無理でしょうがね」


全身から殺意を放つネレイドと黄金の魔力を全身から溢れさせるケテルがぶつかり合う──。


全て、全てが悪い流れを辿っている。『流れを作り出す男』ラグナが消え失せれば『流れを変える女』たるエリスによって変革ももたらされない。


このまま行けば、マレフィカルム側の勝利で終わるだろう、しかし。


ただ一人、この流れを終わらせる者がいるのだとしたら……それは。



「さぁかかってきなさい、秘密兵器をお見舞いしちゃうから」


「魔術導皇……!」


その者の名はデティフローア・クリサンセマム。唯一流れに惑わされない存在が、アド・アストラの最終防衛ラインにて、奮起する。

書籍版孤独の魔女と一人の少女第二巻3月30日発売!発売まであと3日となりました!是非是非あの頃のエリスとデティ、そして再編された新たな物語を楽しんでいただけると幸いです!

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― 新着の感想 ―
「諦めろ、既に心臓を貫いている。後のことは世に任せておけ」 世…???
ラグナが死ぬ……でも遺体がない…… 今回描写がなかったナリア&アマルトがなんとかした? ダアト対エリス対イノケンティウス、シン対ダアト(一部) 熱い戦いが続きますね! エリスは臨界魔力覚醒でもしないと…
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