852.魔女の弟子と魔術と武術
私は、魔女シリウスが嫌いだ。
みんなを苦しめたし、スピカ先生を操ったし、私の家吹っ飛ばしたし、今この世で起こってor起こった事件は大半あいつが関わってるし、まさしく全ての元凶。この世の悪の根源と言ってもいい存在だ。
だが、私は魔術師シリウスの事は……尊敬している。
私は魔術の天才だ、多分私より魔術の才能がある人はおらず、私よりも深く魔術について理解しているのは二人しかいない……ヴォルフガングさんとトラヴィス卿だ。
だからこそ、この学問を拓いた流祖たる大魔術師シリウスについて私はこれ以上ない尊敬と敬意を持っている。
そんな、シリウス。悪に落ちる前のシリウスと話す機会を得られたのは……私にとってこれ以上ないくらいの僥倖だったと言える。
「違うのうデティフローア、人と魂、そして肉体と個別で物事を捉えるのではなく人と言う一つの現象と捉えるのじゃ。魂は単独では意味をなさず、肉体も単独では意味はなく、双方を持たぬ人間がいない以上、魂と器があって人は初めて人たり得るのじゃからな」
「な、なるほど」
「と言うかお前、ワシの教えは受けんのじゃなかったか?」
「これは……あれだから!有益な意見交換だから」
「フッ、まぁええが」
私はかつて、レーヴァテインさんの案内で電脳世界でシリウスとお話しした。悪鬼外道のシリウスではなく八人の魔女様全員が尊敬する優しかった頃のシリウスと。
魔女シリウスの教えは魔女の弟子として受けられない、けど魔術師として先輩魔術師に知見を伺うくらいは許されるでしょう。
実際シリウスの魔力観は現代魔術理論からは隔絶した、それでいて荒唐無稽ではない確かな理論で。聞いていてとても参考になった。
「ねぇ、シリウス」
「んー?なんじゃあ」
私とシリウスは森の見える丘の上で、一緒に座りながら語り合う。右手にメモを持ち、シリウスの知見を伺っていたら……一つ気になったことがある。
「シリウスは、魔術と魔力覚醒。どっちが上だと思う?」
この時私はラセツという格上の存在に頭を悩ませていた。古式魔術に劣る現代魔術を武器にする私では、極・魔力覚醒を使うラセツに勝ち目はないのではないかと考えていたから。しかし、シリウスはこう言ったんだ。
「その質問そのものが、成り立っておらんのう」
「え?」
「お前が言うておるんわ、チーズとバターどっちが上?って言ってるようなもん、どっちも牛の乳から出来ておるもんに優劣なんぞつけようがあるまいよ」
「つまり、両方とも魔力から生まれる現象だから……甲乙つけ難いと?」
「半分はそうじゃ。デティフローアよ、魔力覚醒も魔術も結局魔力現象であることに変わりはない。なら……覚醒も魔術も結局出来る事の幅は同じじゃ」
そりゃそうかもしれないが、それでもやはり覚醒と魔術じゃ馬力が違うのは事実だ。これは魔術を使って覚醒を圧倒できるシリウスだからこその意見だ。この意見は参考にならない……そうペンを止めた瞬間。シリウスは──。
「デティフローアよ、これも同じ話じゃ。魔術も覚醒も個別で捉えるな、人と言う現象として捉えよ」
「え?」
「人には無限の可能性がある、生まれ落ちた子はその道程によって何にでもなれる。学者にも戦士にも、商人にも貴族にも、或いは神にもな。なろうと思えば何にでもなれる、可能性は無限大じゃ、その可能性を信じれば魔力はどんな形にもなる」
可能性、人と言う生物の可能性。或いは神にさえなり得る可能性を持った生き物が人間なのだ、だから人間を信じろ。そう語る彼女はこの理屈をこう締める。
「つまりは、想像力じゃ。人が想像し得る範囲の事はなんでも可能になる、それが魔力であり、人じゃ」
それがシリウスが持つ魔力理論の根底。人と言う生き物をどこまでも信じ抜く、人が思い描く事は全てが可能になり、それを可能にするのが魔力。
「デティフローアよ、これはワシの真理じゃ。真理は人によって異なる、ならお前の真理はなんじゃ?」
「私の真理は……」
ペンを握り、びっしり文字の書かれたメモに目を落とす。私が持っている真理は何か、私は今日まであまりにも多くの理屈を覚えてきた。
だがその中に真理と言えるものはあっただろうか?……無論、ある。それは。
「ここに書かれている全てを否定し得るものが、私の真理かな」
つまり、真理とは常に今の自分の一歩先にあるものであり、成長とは常に驚きの連続であり、驚きとは即ち新たなる発見にある。それは今まで積み重ねた全てを否定するものである。
それを言えばシリウスはクツクツと肩を揺らし。
「ぬっふふふ、カハハハ!ああそうかそうか、つまりお前は人が想像し得ない範囲にこそ真理があると!面白い事を言うやつじゃ、じゃがそれもまた真理!否定はすまいよ!ならばこそ行きつけよ、人の到達出来ない域に到達したその時。お前は魔術師として結実の時を迎えるじゃろう!」
「言われなくても!」
シリウスは腹を抱えて笑い、立ち上がる。そして私の肩を叩きそう言うんだ。やり抜けよと……そして、私は。
前人未到、前代未聞、前例皆無の領域を目指すと言う……ひっそりとした目標が出来たのだった。
────────────────
「ッベンテキシュメ……!!」
「ぐっ……ぅう」
気を抜いたわけじゃない、油断したつもりもない。ただ縦横無尽に放たれる三次元的なケテルの攻撃に私が対応しきれなかっただけ。
背後から迫る木の根が尖り、私に迫った事に気がついた時にはもう遅かった。防壁も回避も間に合わない、これは死んだ。
そう……私が感じて焦ったのを、彼女は理解したのだろう。ベンテキシュメがその体を使って私を守ったんだ。
「カハッ……」
「ベンテキシュメ!ベンテキシュメ!!」
胸に突き刺さった木の根、それを無理矢理引きちぎり彼女の体を抱き止める。まずい、傷が深い、これは……これは、助からな───。
「ッ!待って!ベンテキシュメ!直ぐにデティを連れてくる!!」
いやまだだ、まだデティを連れて来れば……そう私が立ち上がった瞬間。ベンテキシュメは私の手を握り。首を振る。
「いや、いい。御大将……いいんだ、敵がそこにいる。神将が戦わねぇで……誰が戦うんだ」
「でも!ベンちゃんが死んじゃう!!」
「抜けた事言うなッ!!あんたは神将だ!友達の為じゃなくて無辜の民のために戦えッッ!!ッぐぶっ」
吠えたベンテキシュメの口から血が漏れる、ダメだ。こんな大声を出したらそれこそ……ああ、嗚呼。
「ベンちゃん、やだ。やだよ……」
「いいんだ、いいんだよ。御大将」
「よくないよ、教皇が死んだら誰がみんなを導くの」
「あたしは所詮、繋ぎだからよ……」
ベンちゃんは私の手の中で、ぐったりと倒れながら……虚な目を動かしながら、徐々に冷たくなっていく。この感覚はよく覚えている、忘れたいし忘れたくない母を看取るあの時と同じ。もう二度と味わいたくないと誓ったあの感覚に。
「本来、教皇に相応しいのは。あんたさ、御大将。けど教皇の座があんたを縛るなら、あたしが身代わりになってやってもいい……って、それだけさ」
「そんな事はない!ベンちゃん……いやベンテキシュメは立派な教皇だった!!」
「……へっ、そうかい。けどやっぱ、私にとっちゃ……あんたが一番さ。御大将」
冷えていく、凍えていく、手から命が消えていく。私の……無二の親友が、親友が。
「せめて、見たかった……あんたが教皇になって、オライオンを背負うところが。御大将……あんたが、あんたこそが、世界で一番──……」
「ベンテキシュメ……!!」
死んでしまう、例えどれだけ神に祈ろうと、やはり神は我が親友を助けたりなどしない。私は……今、半身を失ってしまったのだ。
凄まじい喪失感に襲われ呆然とする。また守れなかった、母の時と同じ、どれだけ強くなっても私はまた守れなかった。大切な人を。私は──。
「ンン〜〜!素晴らしきかな!友情の末路!友を守るため身を差し出した気概!そこからの遺言!これは演劇では見れない生の感動ってヤツですねぇ〜!」
「……お前」
そんな中、私とベンテキシュメのやり取りをニコニコしながら見つめていたケテルは、仮面を外しアンコールアンコールと口笛を拭きながら瓦礫の上に座り手を叩いている。感動したと、もう一度見てみたいと無邪気に騒ぐ彼が今、私は人間に見えない。
「いやぁ素晴らし勝った、次の演目はなんですか?友の為堕落の一途を辿る復讐劇?それとも親友の死を乗り越える感動劇?私としては前者を望みますが……?」
「……お前、なんなんだ」
「ケテルですぅ!お前ら魔女大国が大っ嫌いなケテルですぅ!……或いはこう名乗ろうか?」
そしてケテルはゆっくりと瓦礫の下に降りながら、私の前で両手で胸に手を当て自己紹介するように、ニンマリ笑い。
「マレウス建国の王アウグストゥス・ネビュラマキュラの弟にして、貴様ら魔女大国の横暴に五百年も振り回され続けた哀れで狂った一人の男……プリンケプス・ネビュラマキュラと」
「……プリンケプス」
「ええそうです、お前ら魔女大国のせいで家を失い友を失い戦乱に身を置くしかなかったクソ野郎です。だからね、私は貴方達魔女大国の人間が同じように涙を流すのを見るのが大好きなんですよ〜!」
「ベンテキシュメは、お前に何もしてないだろ……!!」
「ああそう言うのいいんです、魔女大国の街で生まれた、魔女大国の領地内で生きた、魔女大国で育った作物を食べた、それだけで私の八つ当たり対象ですので……だから、そこのブサイクが死んでくれて私めちゃくちゃハッピーなんですよ!いやぁ気分爽快!今日はよく眠れそうですよ!!」
アハハハハハハッとけたたましい笑い声が響き渡る、今私は親友を失った、その親友の高潔なる死をどこまで汚せば済むのか。こいつは……こいつは!!
「ぅ……うぅう」
全身に力が満ちる、いや満たす。こいつを、今ここにいるこいつを殺すために……全てを使う!!
「ぅがぁあああああああ!!!!」
「おっほほ!怒った怒っ────」
「死ねェッ!!!」
瞬間、私の拳がケテルの顔面を吹き飛ばし、奴の顎から上が跡形もなく消え失せる。がしかし……まるで新芽が生えるように即座にケテルの頭が再生して。
「君の親友も私と同じことが出来ればよかったですね」
「お前ェッ!!!!」
頭が真っ白になる、感情がどす黒く染まる。こいつは今ぶっ殺す事にだけ思考が裂かれる。許せない許せない許せない、私の親友を殺したこいつを許さない。
そして、同時に……。
虚しい。勝っても負けても、ベンテキシュメはもう……戻ってこない。
………………………………………………………
「さぁ勝負だよジョバンニ!私が相手だ!」
「………」
六王の間、私の前で叫ぶデティフローアを見て……若干辟易する。ケテルの囁きに乗って私は戦線を離れアド・アストラの本丸に突っ込む選択をした。
本当ならあの場で戦う方が良いのかもしれない、けど……はっきり言って最早あの場で私が出来る事は何もなかった。イノケンティウス様が出なければなんとも出来ないと言う事実を飲み込み、私は自爆覚悟でここに来た。
それを阻止する為、現れたのが……こいつか。
(これで、現れたのがエリスなら終わっていた)
魔女の弟子で明確に勝てないと思えるのはエリスだけだ。ラグナとネレイドは五分五分、それ以外の弟子は知らん。そして特にこいつ、こいつは第三段階に入っていない。まぁ、勝つだろう。
(手足は短く、反応も鈍い。魔力は凄まじいが……それすら、武術の前では無力)
私は武術家だ、魔術に傾倒する事はなくこの体で体現出来る技をこそ至高とする者だ。故に魔術導皇たるアイツは最たる敵、いくら格下とはいえ手は抜かない。
何より、ここで六王の半数を殺せるのであれば……我々の戦いにも意味は生まれよう。
「勝負か、勝負になるといいが」
「勝負だよ、魔術と武術の……って言えば、やる気も出る?」
「む」
デティフローアは少し伸びをするように体を起こすと、軽々と魔力覚醒をして見せる。肉体が成長し二十代そこそこの姿と身長に変わり、俺を前に項垂れるように上半身を垂らし。
「来なよ、魔術の皇帝が相手をしてあげる」
煽られた、そう理解した瞬間。私の中にある幾星霜の鍛錬の日々が甦る。武術家として魔術に頼ることなく戦おうと、そう誓って拳を極め抜いた日々。それが今結実の時を迎えていると、魔術導皇を前に脳裏に響く。
「ナメた事を考えてすまなかった、全力を出す」
即座に滑るように右足を後ろに、同時に爪先で地面を蹴り一瞬でデティフローアに肉薄し。
「『鶚喰い』」
放つのは飛び上がって放つ蹴り払い。断空一閃、空気を切り裂く鋭い一撃は音を超え、爆発音を鳴らしながら放たれ──。
「『ディレクションスモーク』」
(煙による分身!?)
違った、そこにいたのはデティフローアじゃない。蹴りを受けたデティフローアは煙となって消え、私の前から姿を消し。
「『アラウンド・ゼログラビティ』」
「む!?」
掴まれる、背後から襟元を掴まれ、同時に足が浮かび上がり大地を見失う。重力を消失させる魔術だ。そして背後に立っていたデティフローアはそのまま一気に私の体を引っ張るように強引に動かして。
「『エアカルヴァリン』ッッ!!」
「グッッ!?」
投げ飛ばされると同時にデティフローアの手から放たれた空気の砲撃に更に押し飛ばされ、この体は壁に叩きつけられる……寸前で体を回し壁に着地、同時に体のバネを伸ばしデティフローアに突っ込む。
「この程度でやられるわけがないだろう!!」
「『ダイヤモンドフォートレス』!」
一撃、私の蹴りとデティフローアの放つ魔力防壁が衝突し大地が揺れる。こいつ、以前とは出力が違う。前回は飽くまでエリス復帰までの時間稼ぎのつもりで戦っていたのか。
(だとしても、こちらの方が依然としてスピード、パワーは上)
地面に着地するなり、軸足を中心に回転。三度切り裂くように蹴りを放てばデティフローアはそれを前に弾力のある魔力玉を出して弾き返し。
「私はね、今回は勝ちに来てるの。貴方にね……」
デティフローアの腕が変形する。奴の覚醒の効果である肉体の魔力化、つまり……。
(来る!)
「『ライトぺネトレーション』」
奴が指で輪っかを作った瞬間。そこから解き放たれるのは圧倒的な光量、光の奔流、それが俺の体を吹き飛ばし百数階以上もの高層から外に追い出される。
ダメージはない、全身を遍在で強化し衝撃を凌ぎ切ったから。そしてこの高さから落ちても問題はない────。
「そっちじゃ───」
「な!?」
しかし、自由落下の為下を向いた瞬間。目の前に飛んでくるのは同じくユグドラシルの頂上から迷いなく飛び降りこちらに向かってくるデティフローアで。
「ないッッ!!」
「ぐぅ!?」
蹴り飛ばされる、そのまま俺は更に真横に吹っ飛び錐揉みながらステラウルブスの街中に墜落し、家屋を一つ貫通し通りへと転がり落ちる。
「イオ!緊急避難シーケンス発動!!」
「ッ!」
そして目の前に着地したデティフローアはこちらに向けて駆け出しながら何かを叫ぶ。受けて立つと構えを取れば、俺達がぶつかり合う直前周囲にいた民間人が一斉に消失……いや強制的に転移させられる。
「民間人を避難させたか!」
「あんたとの戦いに巻き込むわけにはいかないでしょ!私の大事な国民を!」
両手を雷に変え振るわれる連撃、それをスルリと体をしならせ避け切る。態々国民退避の為に詠唱を行える規模のワンアクションを消費するとは、どうやら他の連中を巻き込ませない為態々この通りを選んだようだ。
「ユグドラシルもね!この間建て替えたばっかの新居なの!ガンガン壊されてたまるかっての!」
「街の心配建物の心配他人の心配!余所見をしている場合か!魔術導皇!」
「グッ!?」
攻撃の雨を掻い潜り一撃、デティフローアの土手っ腹に拳を叩き込めばミシミシと音を立てて奴の体が通りを転がるように吹っ飛んでいく。魔術師が武術家に近接戦を挑むからこうなる──いや待て!
(何故奴は一気に突っ込んできた、まさかなにか……!)
咄嗟に後ろに引こうとしたら、阻まれる。壁?違う防壁、後ろに……いや全方位!?
「しまったッ」
筒状の防壁に覆われている事に気がつくと同時に、先程デティフローアは仕込みの為に近づいてきたことを悟る。さっきの最適解は迎撃ではなく離脱だったか!距離を取るべきは俺の方だった!
「街に被害は出したくないッて、言ってるでしょうに」
ぬらりと起き上がるデティフローアが電流と迸る指先を払った……次の瞬間。俺の頭上から巨大な落雷が降り注ぐ。筒状の防壁は上が空いている、コップの中に俺を閉じ込め、上から水を注ぐように魔術が飛来し……視界が光に包まれる。
だが。
「ならどれかは捨ててもらおうか」
「ッ!?」
一歩、踏み出す。デティフローアの背後に足を置き拳を構え。
「なんで後ろ!?」
「まずは街を捨ててもらう!」
「グッ!?」
背中に一撃を叩き込む。何故後ろ?簡単な事、先ほどの魔術が衝突する寸前に防壁をこじ開けて外に出たのだ。そして雷の光に紛れて背後をとった、それだけのこと。
防壁を貫通する為の技は既に十三種習得済み、そして属性魔術に対抗する技は。
「『フレイムラッシュインパクト』!」
「お前はやはり、武術を侮っているな」
大通りを吹き飛ぶデティフローアが大量の火球をばら撒く、がそれらを手で払えば火球は呆気なく消える。掌で面を作り空気を圧縮する事で爆発を起こし、それで魔術を払う。対属性魔術戦専用の返し手の一つ。
属性魔術を無効化する技など、数えきれないほど会得している。そうだ、そもそも武術とは……こういうものなのだ。
「武術は戦闘に特化し、ただ勝つ事を目的として作られた技術!」
「ぅグッ!?」
一足に空中のデティフローアに追いつき、蹴り払いで吹き飛ばす。さながらボールでも蹴り飛ばすように奴の体は通りの先にある巨大な施設に突っ込み消える。
「そして現代の先頭においてまず想定されるのは魔術戦!剣より槍より弓より魔術が重宝されるこの時代において!魔術への対策は必要不可欠!」
同時に私は着地すると共に地面を蹴り抜きデティフローアを追いかける。飛び込んだ施設の中、転がるデティフローア更に蹴飛ばし、薄暗い空間に打ち立てられた施設の骨組みたる柱を奴の体でへし折りながら幾度となく追い打ちをかけていく。
「武術は!対魔術戦のあらゆる全てを想定している!魔術単独で勝つのは不可能だ!」
「いっ!?」
即座に起き上がったデティフローアが抵抗の為に放った電流を、魔力を纏わせた手で掴み受け流す。同時に拳を上から叩き込み……石造りの床を砕く勢いで奴の体を下層へと吹き飛ばす。
武術を極めるということは、対魔術を極めるという事。エリスやラグナのように魔法や体術を組み合わせた戦い方ならまだしも、魔術一辺倒のデティフローアが私に勝てる要素は何一つとしてない。
「戦いにおいて魔術よりも武術が優れているのは、自明の理だろう……ん?」
そしてデティフローアが落ちた下層へと自分も降りると。そこに広がる景色に思わず視線をやってしまう。左右を見れば……見えるのは青。
魔力機構による照明でほのかに照らされた静謐な空間。壁には一面巨大な水槽が嵌め込まれており、中には大量の魚が泳いでいる。
ここは、生簀?……いや、水族館という奴か。これほどの物を内陸地に作り上げるとは。つくづくマレウスと魔女大国の国力の差を知らしめられるな。
「いってて……全く、ここ最近作ったばかりの水族館だよ?本当に、オープンして数週間だってのに」
(この数秒で傷が全快している。やはりダメージの累積は望めないか)
そんな水族館の中心で、徐に起き上がるデティフローアの体に傷はない。あるのは出血の跡だけ、治癒魔術を使う事なく常に一定速度で肉体が再生する。これは最早耐久性云々の話ではないな。
「けどまぁ、我が国に牙を向く犯罪者のゴミカスを消せるなら、仕方ないと割り切りましょう」
「どう動く、デティフローア。お前の魔術は私には通じないぞ」
するとデティフローアは軽く屈伸をして開いた両手を軽く持ち上げて。まるで空気を持ち上げるような姿勢で止まる。
「それと、なんだっけ。武術は対魔術を想定しているから、魔術より上?だっけ。それはあまりに武術本位の意見じゃあないかな?」
「……何が言いたい」
「だって、魔術が想定しているのは……」
そして、奴は開いた両手を『パンッ』と打ち鳴らし、それはこの無人の水族館の中に高く木霊する、されど耳を突くのはデティフローアの小さな小さな呟きと。
「全てだよ」
……か細く聞こえる、ミシミシと言う音。咄嗟に私は左右の水槽を確認すれば、この空間と水の中を分ける筈のガラスが白く染まる程に大きなヒビを入れており、この視線がそれを捉えたのと同時に水槽が割れ大量の水がこちらに雪崩れ込んできた。
魔力だ、奴は私が様子見をしている隙にゆっくりと空間の魔力密度を高め、一気にそれを放出する事でガラスを叩き割ったのだ。
「『クリエイトウォーター』」
(まずい!!)
雪崩れ込む水と同時に魔術で作り出された水が空間を満たす。一瞬で水族館が水没する、周囲には砕けたガラスと魚が泳ぐ水底の景色に変わり、私は痛恨の失態を感じる。
水の中はまずい、打撃がほぼ封じられる。だがそれは魔術も同じ事!水の中では詠唱が……。
「お魚さんに挨拶してね」
(水の中でも声が!?)
そうか。魔力体か、魔力で形成された体を震動させることで水中でも声を!
「『スパイラルソーウォーター』!」
「ッッ!」
周囲の魚が一斉に動き出す。それそれが刃のように鋭い水流を纏い次々と迫る、水の中では殆ど身動きも取れない、ましてや魚を相手に逃げるなど現実的ではない。だが……。
(侮るなと!)
腰を落とし体重を前後に移動させ、一気に拳を放ち水を打つ。すると振動が拡散し水が爆発するように流れ、デティフローアを押し飛ばす。
「うわっ!?マジか!」
(マジだ!!)
筋肉の膨張で衝撃波を放ち隙を作った、ならば次はと右足を天高く上げ、それを両手で掴む。水中で打撃が半減する理由は二つ、一つは水の抵抗、そしてもう一つは体重が上手く大地に反映されないこと。
武術とは大地を掴む技術、大地がなければ威力は極端に下がる。だが……私はその武術を極めたのだ。大地がなくとも、水の中でも使える技はある!
(『鷭通一』!)
足を掴んでいた手を離し、デコピンの要領で足を弾く。全身のバネを使ったデコピン、それは大地に依存することなく放つことが出来る極限の打撃。弾かれた水が大砲となってデティフローアに迫り、奴の体を押しつぶすように吹っ飛ばす。
そして弾き出された水は水族館の壁に穴をあけ、全てを流していく。その流れに乗り私もまた穴の外に抜け出す、そちらもまた水族館の別の区画になっており様々な水棲生物が球体型の水槽に展示される不思議な空間が広がっており──。
「だからさ、壊すなって」
「ッ!?」
「言ってんでしょ」
弾ける水流、水族館の外に押し出され陽光に照らされる水滴が輝く中、私が見たのは魔力防壁を展開し水流から己を守るデティフローア、と……軽く開かれた手から漏れ出る電光。
「『ゼストスケラウノス』!!」
「ッ!」
瞬間、放たれた巨大電流を前に防御姿勢を取って迎撃を……。
「『拡散式』!」
「な!?」
目の前で電流が分裂した!?まさか感電狙いか!だったらと私は近くを漂う巨大な水塊に手を突っ込み一気に払う事で水の膜を作り上げ迫る電流の雨を防ぐ。水滴が落ちるよりも早い瞬間的攻防、そこを制するのは……私だ。
「『鶚荒喰い』!」
一閃、空気を断ち切る蹴りが水の膜ごと目の前の全てを断ち切り、デティフローアの背後にある水族館の外壁を切断。同時に奴の右腕が血飛沫を上げて両断される。
「グッ!?」
「痛いものは痛いようだな!治癒使い!」
バシャバシャと音を立てて落ちる水滴達、流れ出した水がこのフロアを濡らす水溜りに変わり、その上に着地。そのまま水を切るように加速し右腕切断の痛みに怯むデティフローアの目の前へと踏み込む。
「『鵯連閃』!」
叩き込むのは怒涛の拳撃、無数の拳跡がデティフローアに刻まれ、殴る都度奴の服に指を引っ掛け引き寄せる事で逃げることを許さない連撃を実現。奴の体は左右に揺れ口の端から血が溢れる。
このまま治癒の隙も与えず一気に畳み掛けて──。
「ッえい!」
「チッ!」
しかし敵方もまた黙って打たれない。切断された右腕を振るい大量の血をこちらの顔にぶちまけ目潰しを仕掛けてくる。されど今更喰らうはずもない、咄嗟に身を捩り血を回避し腕を振るい隙だらけになったデティフローアの脇腹を狙い……いや待て。
(こいつ、まだ右腕を治癒していない?何故、それくらいの隙はあった筈────)
そんな考えが一瞬脳裏を過った瞬間。デティフローアの口が動く。
「『アイアンフィスト』」
その言葉と共に私は右頬を殴り抜かれ、大きく吹き飛ぶ事になる。即座に体勢を整え着地すると同時に見る。私を殴り飛ばした拳の正体。
それは切り落とされた腕だ。傷口から魔力を噴射し、魔術で拳を鉄に変えて殴ってきたのだ。そのまま空を飛んだ腕はデティフローアの右腕にくっつき、再生する。
「出鱈目な」
結局元通りだと歯噛みする。今の所の結果を見るに、凡そ互角の戦いだ。奴は第二段階の筈、それが全力で攻め立ててきただけで互角の戦いだと。
(魔術使いに負けるわけには……)
「焦ってるね、ジョバンニ」
「ッ!」
既に立て直したデティフローアは軽く自分の長髪を払いながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。互角と言ったが、消耗度合いでは幾分私の方が不利か。
「君は大した使い手だよ、私の友達にも武術を使い人はいるからよく分かる。多分腕前なら君のほうが上だし、私より君の方が強いと思う」
「…………」
「けど、君の魂にはずっと迷いが見えるよ。無理矢理私との戦いに集中しようとしている、集中する事に集中し過ぎて、逆に出来てないって感じ」
こいつ、魂の動きを感知出来るのか。どこまで出鱈目なんだ、つまりこちらの精神的な動揺は見透かされると。なら隠す意味もないか。
「確かに、迷ってはいる。私は仲間をアルクカースに置いてきたわけだからな」
「なら残ればよかったじゃない。それとも、仲間を犠牲にしてでも魔女大国に一矢報いいる事にこだわったの?」
「そうじゃない……いや、それもあるか」
私は手で服の汚れを払い、同じく歩き出す。確かに、負けるくらいならと自滅覚悟でアド・アストラに刃を突き立てたいと思っているのは事実だし、意地を張って否定するわけにもいかない。
だが、それだけじゃない……それだけじゃないんだ。
「私は、第一武神だ。ゴルゴネイオンは通例として現在の王が死ねば第一神が神王の座を継ぐことになっている」
「ん?そうなの?」
「イノケンティウス様は、どうあれここで死ぬ。あのお方が死んだ瞬間、私はゴルゴネイオンの主になる」
私はゴルゴネイオンの後継者として選ばれ、イノケンティウス様亡き後の世界を、ゴルゴネイオンを、マレフィカルムを任されている。そしてイノケンティウス様はここで死ぬ、それは戦いの行方に関わらず既に決まっている事であり、その時が着実に近づいている。
「イノケンティウス様が事を成した瞬間、戦いは私達の勝利で終わる。だがそれでも仲間達は戦いの場に残される事になる……それを助け出すのが、私の役目であるとも考えている」
「なら尚更あの場所に残ってた方がいいんじゃない?」
「それは、果たしてそうなのか?お前達はきっと、逃げるマレフィカルムを追撃するだろう?……たらせめて、私がここにお前達を釘付けにすれば、皆を逃げる時間を稼げるんじゃないか。そう考えただけだ」
そう断言してみるが、果たして本当にこれが正解なのかという確証はない。私もバディスタのようにあの場で戦い続けた方が良かったのでは、或いはイノケンティウス様を助ける手段もあったのでは、ここにいていいのか、悪いのか。答えは出ない、ただ私は激情に任され復讐に走っただけなんじゃないかと。
そんな不安が過る、しかしそんな中、デティフローアは。
「そう、……なら私から言ってあげる。貴方は間違ってなんかないよ」
「え?」
両手を開き、慈愛の笑みを浮かべ。私の迷いを肯定してくれる。
「仲間の為に、敬愛する人の為に、一人で戦う道を選んだ。味方が逃げる時間を作る為ここで騒ぎを起こして注意を分散させる、その発想に間違いはないよ」
一歩、一歩、踏み出しながら、ニッコリと微笑み、そして。
「それに、貴方の不安も間違ってない。この戦いがどんな形で終わっても私達は貴方達を一人たりとも生かしておく気がない。どれだけ逃げても、どこまで逃げても、必ず見つけ出して全員に手枷を嵌め捕らえる。そして親族を呼び出し法廷で一つ一つ罪状を詳らかにし、その人達の前で縛り首にする。場合によっては一族郎党極刑に処す。一人の例外もない、鏖殺してみせるよ」
「ッ……!」
「だから、追撃を仕掛けるかもしれないって不安はあっている。それを防ぐ意味合いでは、貴方の行いは何も間違ってないよ」
女神のような顔で、そう言うんだ。あまりにも恐ろしい事を平然と、そこで私は痛感する。所詮こいつらは魔女の後継者、魔女の生き写し、非情で冷酷な魔女の子なのだと。
やはり、やはり私は間違っていなかった。
「勿論、貴方も同じ。ゴルゴネイオンが受ける筈だった罪苦を一身に背負ってもらう、私達アド・アストラは絶対でなければならない、その絶対を揺るがす存在には、これもまた絶対の罰を与える」
「……そうか、そうか。ならやはり私は間違っていないんだな」
「うん、そうだよ」
「であるならば、……すまなかった。迷いのある拳を見せた」
腰を落とし、再び構えを取る。これでいいのか、じゃない……これしかないんだ。今の私にはこれしか、私たちにはこれしかない。こいつらを打倒し得るのはイノケンティウス様しかいない、なら私は……皆を生かす為、この命を使う。
「本気で、いかせてもらう」
仕事を成し遂げる。魔術使いに、とか。魔女大国が憎い、ではなく。生かす為に戦う、仲間を……弟を。
故に。
「極・魔力覚醒ッ!!」
全身の気を高速で回転させ、螺旋を描き。一気に解放する。私に取って最高の状態で戦う、迷いはもうない!!
「『武神流秘奥・五位之光拳』ッ!!」
一気に全身から魔力が吹き出し、周囲の水槽が波打つ。第二段階のデティフローアには抵抗すら出来ない絶対の力。これを使って……ヤツを─────。
「ようやくか」
その時、ジョバンニは気が付かなかった。デティフローアが小さく、そして浅く。笑っている事に。
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「この世の構造、その根底にいるのはシリウスと言う魔女であり、私はそれを殺すつもりだ」
私がゴルゴネイオンの一員になり、イノケンティウス様の下で働くようになって数年。未だ前任者の影響が強く残る中、イノケンティウス様は私とバディスタに真実を教えてくれた。
「シリウスって魔女いたっけ、兄ちゃん」
「お前は魔女全員の名前も言えないだろ、けど……そんな魔女聞いたこともありません、本当にいるんですか?」
ゴルゴネイオンの本拠地。フォルミカリウスの一室にて、未だ年若い私とはディスだが首を傾げるのを見て、イノケンティウス様は小さく笑う。
「いる、私も信じられなかったが。本当にこの世の裏側にそう言う魔女がいるのさ……そいつを倒したから、魔女は救世主と称えられている」
「つまり魔女であり、魔女の敵対者と?じゃあ、シリウスと言う悪の存在を倒した魔女は正義という事になるのでは」
「ジョバンニ、悪だ正義だで物を見ると動けなくなるぞ。だが実際魔女は正しい行いをしたし、魔女の活躍のおかげで我々が今を生きているのは事実、そこに感謝はしなくてはならない。だがそれは八千年も続ける事じゃない……と言う話だ」
なるほど、とこの時私はなんとなく物事を把握した。シリウスという悪の存在こそが、ゴルゴネイオンの敵なのだ。
「ジョバンニ、今のうちから言っておきたいことがある」
「なんですか、イノケンティウス様」
「私はな、シリウスを消滅させる為に。シリウスと心中するつもりだ」
「え?」
「私は死ぬ、もう直ぐゴルゴネイオンの神王に就任する身ではあれども……既に私は私の命の使い所を決めているんだ」
突然のことだった。イノケンティウス様はまだ神王にすら就任していない、だと言うのに全てが終わった後の話を始めたのだから……そりゃあ驚くさ。なにより、せっかく出会えた心から尊敬出来る人物がそんな事を言い出したのだから、嫌な気分にもなる。
「え、えっと。その、本気ですか?」
「それしか方法がないのだ。シリウスは魂に不滅の術式を仕込んでいる、これは常に魂を一定の状態に保つ効果がある、殺しても意味がない。だが……その魂に、終わる瞬間の魂、つまり死ぬ寸前に魂をその効果に巻き込む事で常に死に続ける状態に追いやれるかもしれない」
「そ、そんな眉唾な」
「ガオケレナの資料から私が個人的に推察した話だから、本当にシリウスに通用するかは分からないが。理論としては成立している、常に万全の状態になる魂に常に死に続ける魂を打ち込む事で、天秤を崩すんだ」
「それをイノケンティウス様が自ら行うと……?な、なら俺がやります!このジョバンニにおまかせを!」
「打ち込む魂はなんでもいいと言うわけじゃない。第三段階クラスの魂じゃあシリウスの持つ魂の密度に阻まれる。それこそ、第四段階に至る人間の魂でなくては可能性すら生まれない」
「でも、上手くいく保証はないんですよね」
「ああ、シリウスが術式の弱点に気がついて保険を用意していれば、それだけで私の無駄死にに終わる。だが方法はこれしかない、だからやる」
あまりにも無謀な話過ぎる。イノケンティウス様は最強だ、現段階の八大同盟にもセフィラにも、イノケンティウス様に匹敵する存在はいない。そんなイノケンティウス様でさえ捨て身上等の手段を取らなければならない。
そんな存在なのか、魔女シリウスは……私じゃ、太刀打ちすらできないのか?
「だからジョバンニ、私はお前を次期神王に推薦したいと思っている」
「お、俺を?」
「そうだ、私の後継者はお前しかいない。私亡き後のゴルゴネイオンを頼む」
「無理です!俺じゃ……。俺はそんな、人を率いることなんか」
「別に率いなくても構わない。もし私の目的が上手くいけば魔女排斥組織すら必要はなくなる、ゴルゴネイオンを解体してくれてもいいし、組織力を使って好きに生きてもいい。ただ、魔女排斥の炎に憎悪の薪を入れてここまで扇動した責任は誰かが取らなくてはならない」
「…………」
「本当は、私がやるべきなのだが。それは出来ない、だからジョバンニ……お前に頼みたい」
そう言って、肩を掴むイノケンティウス様の言葉に私は返答すら出来なかった。自分は何も特別な人間じゃない、魔術も下手だし、実力だって伴わない。
だが、今この瞬間。私の憧れの存在が……私に期待してくれている。それをガッカリさせたくない。そう感じた、感じだから、私は。
特別になる為に、努力をする事にした──────。
「フッ!フッ!ハァッ!!!」
幾度となく、拳を振るい。木に打ち込み、岩に打ち込み、鍛え続けた。特別じゃないなら、なるしかないのだと。
「イノケンティウス様、俺は……いや、私は、必ず」
魔術に頼らず、努力を続ける。いつしか魔術への対抗心も生まれたが本心はイノケンティウス様への憧憬が全てだ。私はただ強なってイノケンティウス様の跡を継げる存在になりたかったのだ。
或いは、その日が来る前に第四段階に至り……イノケンティウス様の代わりになろう。そう考えた日もあったが、それは終ぞ間に合わなかった。
だから、その代わりに……せめてゴルゴネイオンだけでも。
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「はぁあああああああ!!!」
「ぐっっ!?!?」
一撃でデティフローアを吹き飛ばし、水族館の外へと追いやる。通りを転がるデティフローアの顔を掴み、路上に押し付けながら走り、地面を抉りながら疾走。そのまま投げ飛ばし、目の前の家屋に叩きつける。
「再生の暇さえ与えん!!」
「ッ!!何この極・魔力覚醒……!」
崩れる家屋の中で立ち上がるデティフローアに蹴りを見舞い、更に腕を振るい引き寄せ、顔面に拳を打ち込み地面へと叩きつける。
「ふぅー!!……まだまだ!!」
極・魔力覚醒を解放した以上。最早デティフローアに勝ち目はない。この武神流秘奥・五位之光拳は……我が一意専心の権化なり。
「ッ再生が追いつかない」
「息絶えろ、魔術導皇!!」
───── 『武神流秘奥・五位之光拳』、それは極・魔力覚醒の中でも際立って特異な覚醒であり、ゴルゴネイオンで最も謎の多い覚醒と言われている存在である。
それは、本来間合いを設定しその周辺を掌握する第三段階の域にあって、特定の間合いを持たない極・魔力覚醒である。常に体から魔力が漏れ続け拳を振るうとそれに伴い魔力が飛ぶ事でその範囲を限定的に掌握する事が可能となる。
言うなれば、間合いとは彼自身であり、彼そのものが極・魔力覚醒の力の化身とも言える。自身の皮膚から数センチ離れた距離に領域を持つエリスよりも更に狭い範囲。即ち0ミリの極・魔力覚醒。
そして、その効果は。
「『鳳凰翼撃』!!!」
「ガッ!?」
燃え上がるように噴き出す魔力がデティフローアを蹴り飛ばし、頭上遥かへと吹き飛ばす。その効果は即ち武術を魔術と同じ領域へと押し上げる力。
常に消費される魔力、それを代償に彼の武術は魔術と同じ『なにをも可能にする』と言う力を得る。勿論相応の技量を必要とするが、それさえあれば彼は蹴りで炎を出し、腕で空気を掴み、指先で物質を変換出来る。
そして究極まで武術を極めた彼はこれを最大限使うことができる。今の彼は武術の頂点であり、魔術の頂点に立っているとも言える。
扱っているのは魔術ではない、もしかしたら武術ですらない。有史以来存在しなかった新たな術理を生み出す……奇怪極まる極・魔力覚醒である。
「『空蹴不如帰』!!」
「ぐぶっ!?」
空気を蹴れば文字通り転移する。彼の縮地は文字通りの転移へと進化した。そのまま一瞬で数十の蹴りを同じ箇所に叩き込めば、デティフローアの肉体は爆ぜるような勢いで吹き飛ばされ、再びユグドラシルへと向かう。
「ッ!この!」
グルリと体を起こし、足先から風を吹き出したデティフローアはユグドラシルの上層へと向かい────。
「『隼之舞』」
「ゲッ!?」
しかし、空間を割って現れたジョバンニに進路を封じられ。
「無駄だと言うのがまだ分からないか!!」
「ぐぅっ!?」
「私は仲間を守る為にお前を殺す!お前の死体を通りの真ん中に飾れば!奴らとて即座には動けまい!仲間が逃げる隙が生まれる!!なにより───」
蹴り、拳、肘打ちからの頭突き。空気を地面とするが如くジョバンニは重力に逆らいデティフローアに連撃を叩き込み。
「武術の真髄を、まだ見せていないだろ!!」
「ガハッ!?」
打ち上げるようなアッパーカットが更にデティフローアを空高く放り上げる。既に勝敗は決していると言ってもいい実力差。デティフローアが互角に戦えていたのは、デティフローアは覚醒を使いジョバンニは覚醒を使っていないからと言う至極単純な話故のもの。
それは均衡とは呼べず、単なる前戯に過ぎなかったと。少なくともジョバンニは考えている。
「『サンダーブラスト』!!」
「お前は!」
デティフローアも即座に体勢を整え下にいるジョバンニに向けて電撃を放つが、最早意味はない。ジョバンニが指を払えば電撃は真横に向かい逸れていく。そして……。
「まだ分からないか!!」
「ッッ!?」
転移、からの束縛。真横に現れたジョバンニはデティフローアの首を掴み。ユグドラシルの壁を貫き内部へと転がり込む。そこは奇しくも六王の間であり、元の場所に戻ってきた事になる。
「ッ何が……」
「お前とは、覚悟が違うと。私達は仲間のため、世界の為、戦っている。現状維持の為に、組織のプライドのために戦うお前達とは、次元が違う!」
「ギャッ!?」
壁に叩きつけられたデティフローアはか細い悲鳴を上げ、その瞬間彼女の体がスルスルと縮む。いくら無限に再生できるとはいえ、無限に戦い続けられるわけではない彼女の体は限界を迎えたのだ。
「これは実力差ではない、覚悟の差だよ。デティフローア!」
「……覚悟の差か、いつからこれは覚悟勝負になったわけ?」
「あ?」
しかしそれでも立ち上がるデティフローアは治癒で体を治しながら、大きく息を吐く。
「私は貴方と魔術武術合戦をするつもりだったのに、いつからこの戦いに第三者が混じるようになったんだか……」
「最初からだ、それは私とお前の個人的な問題であり今この場に至っては意味をなさない──」
「意味はあるよ、だって……私が許せないから」
デティフローアは血でべったり汚れた手で髪を掻き上げ、幼子のような顔立ちからは想像も出来ない程冷淡な声と表情を見せ。
「これは戦争じゃなくて思想とイデオロギーのぶつかり合いでしょう、思想は一個人の問題であり、イデオロギーに傾倒するかどうかもまた個人の問題。これは数千数万の思想とイデオロギーがぶつかり合うだけの、喧嘩に過ぎないんじゃない?」
「喧嘩で死人が出るか」
「出すまでに過激化させたのは、そっちだから」
そしてデティフローアはようやく、と言った感じで落ち着きを見せ。
「まぁいいや、前戯は終わりでしょう。ここから先は魔術武術でも、思想もイデオロギーも関係ない、純粋なる戦いにしましょう」
「なると思うか」
「ならないかもね、だってもう準備が終わったから」
「は?」
瞬間、デティフローアと周囲に魔力が噴き出す。第三段階のジョバンニから見れば大したことないものだが。
(今覚醒を破られたばかりなのに、何をするつもりだ)
警戒心が、いや直感が告げる。まだ終わっていないと。
「ありがとう、有用なサンプルをくれて。第三段階の人間が、極・魔力覚醒を使って全力で戦う。そのサンプルが欲しかった、エリスちゃん達に頼んでもいいけど、彼女達じゃどうにも情けが生まれる。お前みたいに情け容赦ない奴の全力パンチが欲しかった」
「……なら、先程の発言は」
「そう、必死に挑発してたの。気が付かなかった?早めに極・魔力覚醒を使って欲しかったんだよね……で、使ってくれたから。サンプルを得た」
魔力が光の術式を作り出す。デティフローアを中心に浮かび上がる。今の今まで存在していなかった魔術、人類史上存在したことのない……自身を高次元へと押し上げる究極の魔術は、今完成の時を迎えた。
「完成、お披露目、そして勝利宣言。全部纏めて……やらせてもらうよ」
幾多の魔術式がデティフローアに重なり、その『時を加速させる』。
「『クロノス・エボリューション』」
それはヴォルフガングが使うクロノス・オーバーホール。若返りの魔術とは正反対の時を加速させる魔術。自身の年齢ではなく自身の魂に作用し、この先に存在する可能性を無理矢理引き寄せる大魔術。
イノケンティウスが寿命と引き換えに行うそれを、『生涯において一度のみ使える』と言う制限を設けることで可能とした絶技。
それは、デティフローアに第二段階の壁を……軽々と突破させる。
「そして……これが!!」
膨れ上がる、魔力が更に膨れ上がる、部屋を包んでいた魔力は一気に塔の最上階を包み込み。
「ま、待て、なんだそれは!」
ジョバンニは慄く、今形成されているのは間合い。領域、そのはずなのに。
止まらない、どんどん膨れ上がる領域はやがて数百階のユグドラシルを包み……そして。
「極・魔力覚醒『アルス・パウリナ=クリサンセマム』」
結実する、八千年の集大成が……今。




