848.魔女の弟子と究極の窮地
「ここに来るのは二度目ですね、さぁさぁやりますか、サッサッ!」
「え、エリス。そんなやる気で……お前大丈夫かよ」
「勿論」
エリスとの共闘でイノケンティウスとの決戦に臨む。そんな中イノケンティウスが放った切り札臨界魔力覚醒『天楼星蓋菩提扶桑』、奴はそれを乱戦の中で放ち軍を巻き込んで展開しようとした。
しかし、それを先読みで潰したエリスにより巻き込まれたのは俺とエリスだけ。イノケンティウスの狙いは完全に潰すことができた、奴は次の臨界魔力覚醒が最後となりそれは最早切り札として機能しなくなった。
のはいいんだが、それでも揺るがない事実として今俺達はイノケンティウスの臨界魔力覚醒の中にいる。状況としてはめちゃくちゃやばい。
なのに、エリスはやたらと強気だ……正直、俺ぁまだなんとかなる気がしていない。あの絶対的な力を前にどこまで抗えるか。
「まさか、余の臨界魔力覚醒に合わせて突っ込んでくるとはな」
「半分はヤマカン、半分は直感です」
「全割感覚で当ててきたか。全く……面白い」
「どーも!」
エリスは足を伸ばしてストレッチをする、そんな中彼女はギロリとイノケンティウスに視線を向ける。
「丁度いいです、この空間にはエリス達しかいません。ここらで本音を語り合いましょうイノケンティウス、お前はシリウスを倒したいんですよね」
「ああ……その口ぶりからしてラグナ・アルクカースには話したようだな」
「聞いたよ、正直びっくりしたけどな」
エリスはどうやら気を使ってゴルゴネイオンの前ではシリウスの名前を出さないでいたのか。十天魔神辺りは知ってそうだが、末端までは知らないかもしれない。魔女を殺すといえば普通には八人の魔女だ。そこでイノケンティウスの狙いは本当は八人の魔女じゃないと言えば混乱が起こるかもしれない。
これは、エリスなりの筋の通し方なのかもしれない。
「イノケンティウス、今更ですけど一緒にシリウスと戦いませんか?」
「それを蹴ったのはお前のほうだろう」
「あの提案はエリスがお前の側につくって話でした、お前がエリス達の側につくって話じゃありません」
「なら同じ理由で断らせてもらおう。余は魔女狩り王、マレフィカルムを背負う者としてそれを下ろすわけにはいかん」
「でしょうね、そういうと思いました。けどぶっちゃけプランはあるんですか?シリウスは不滅ですよ?師匠達でさえ殺し得なかったものを殺せるんですか?」
「殺せる」
断言した……イノケンティウスの性質上自信過剰な答えってわけでもないだろう。ということはマジで殺す方法があるのか?でも体を完全に消し去っても生き返ってきたんだぞ?それをどうやって。
「どうすれば殺せるんですか?」
「……どの道、言ったところでお前達には出来ない」
「むぅ、分かりませんよ。と言うかお前もやれるならすぐやればいいじゃないですか」
「そのつもりで、シリウスの足を掘り出したのだが……奪い返されてな」
今なんかやばい事言ってなかった?確かカロケリ山の下にシリウスの足が埋まってるって話は聞いてたけど……まさか、カロケリ山を制圧したりフリードリスを陥落させたのは、全てシリウスの足を手に入れる為だったのか?
いやいや、勘弁してくれ。アイツの肉体は表の世界に出ただけでとんでもない事になるんだ、数年前なんか奴の血が混じったロストアーツが出回っただけでとんでもない事件が起きたんだから。
「お前達には別のやり方がある、そちらを探せばいい。まぁ、どの道ここで道は定まるわけだ。これ以上語る意味合いはないと思うが」
イノケンティウスが一歩踏み出すと共に大地が割れる。この世界ではイノケンティウスが神だ、奴の意思一つでこの世界が牙を剥く。その攻撃範囲、威力、射程距離、全てが規格外。いざ前にするとやはり怖いな……けど。
「まぁそうですね、聞きたいことはお前を殴って聞くとしましょう」
エリスは全く怯まない、エリスはそういう奴だがあまりにも恐れがなさすぎる。なにかあるのか……!?
「好きにしろ、大地よ」
「しますよ、エリスはそうやって生きてきたんです!」
張り裂ける大地、割れて崩れる夜天、そこから噴き出す地獄の様相。赤黒い液体が空から降り注ぎ、あちこちから黒銀の荊が飛び出し一瞬にして視界を埋め尽くす。
咄嗟のことに俺は飛び上がり回避を選ぶ、卸金のように巡る荊の隙間に体を捩じ込み錐揉みながら飛翔する。
この攻撃だ、以前俺たちを吹き飛ばした最悪の一撃。一つ一つがあまりに重く鋭く素早い。もらえば一撃でやられる……だが、エリスは。
「イノケンティウスッッッ!!」
(嘘だろエリス!!)
エリスは、迷うことなく飛んでいた。荊の攻撃を前に迷うことなく突き進みイノケンティウスに向けて飛びかかっていた。何故それが出来る、イノケンティウスの臨界魔力覚醒の強さを知らないから?
……いや。
(違う、知らないからじゃない、知っているからだ……『これ以上』を!!)
そこで悟る。俺とエリスの間にある差、それは臨界魔力覚醒の経験数。
エリスはかつて帝国でレグルス様と再会し、そこでレグルス様の臨界魔力覚醒を味わっている。魔女様の臨界魔力覚醒を見ているんだ。
それに比べたらイノケンティウスのものだどう恐るに値しない。これ以上を知っているから……だから突き進めるのか!!
(マジかよ、エリス)
俺は咄嗟に逃げを選んだのに。アイツは迷うことなく突き進んだ。俺はエリスに置いていかれた……イノケンティウスとの戦いに真意を持って臨むと意気込みながら、どこかで尻すぼみをした俺と違いアイツは本当に迷わない。
……それで、いいのか。今エリスと俺とじゃ多分エリスの方が強い。流星旅装を手に入れたエリスは俺より遥かに上にいる。
それでいいのか。俺は確かにあの時望んだ、エリスに襲い来る全てを守ると。だが今俺はアイツに守られている。
(それで……いいわけが)
歯を食いしばる、恐れるな。敗北を、力の差を……俺に出来ることを、考えろ。そして限界を超えていけ!俺!!
……………………………………………………………
エリスは悲しくなりましたよ、イノケンティウス。あなたの世界はこんなにも悍ましいのですか。
草原に佇む白い木、夜天のカーテンが包む静謐な世界。これは間違いなくイノケンティウスの精神世界、イノケンティウスが思う『世界』そのもの。
だが、一度戦いが起これば美しい世界はあっという間に崩れ去り、内側に隠れていたか悍ましいそれらが顔を覗かせ暴れ狂う。これはイノケンティウスが思う『世界の真理』そのもの。
世界は美しい、されど残酷で醜い。それがイノケンティウスの答えだというのか。エリスはガッカリですよ、エリスと同じ世界を見て、得た答えがこれか!!
「イノケンティウス!なんですかこの世界は!!」
次々迫り来る黒鉄の荊の一撃を避け、逆に棘を蹴ってその中心にいるイノケンティウスに拳を振りかぶり……叩きつける。
「余にとっての、世界である」
「何を言うかと思えば!」
しかし、イノケンティウスは足元の岩を隆起させ飛び上がりエリスの一撃を回避し、同時に天から無数の光を降り注がせ、一気に大地を焼き尽くす。そんな閃光の中を流星旅装で駆け抜けイノケンティウスを追いかける。
「世界がこんなに醜く見えているんですか!お前には!」
「ああ、そうだ」
激突、エリスとイノケンティウスの拳と拳が激突し空間にヒビが入る。世界がこんな風に見えていると……そうか、そうですか!!
「お前は違うか?エリス、お前はこの世界を美しいと真に思えるか」
「はい!思います!」
「即答か、だが……どれだけ美しい景色も、どれだけ美しい物事も、人の争いによって夢幻の如く消え去り、明日には嘘言のように霧散する。煌びやかな世界など……所詮、上部だけだ!!」
「グッ!?」
しかし基本となるパワーに差がありすぎる。エリスの体は逆に押し出され地面に叩きつけられ、更に大地が大きく沈み込む。凄まじい力だ、まるで山に直接殴りつけられたみたいな……!
「世界は美しいだけではいられない、世界は美しいだけでは終われない。醜さもまた世界の一つであり、本質だ!」
「エリスはそうは思いません!!」
「なら貴様はこの世界をなんと思う!!」
瞬間、落雷の如き勢いで飛んでくるイノケンティウスの拳が轟音を鳴らしエリスの頭上に降り注ぎ、何もかもが粉砕され……。
「なんとも」
「む?」
否、エリスは足先に土煙を纏わせながら大地を滑り……イノケンティウスの拳を避けていた。少し距離をとった場所でエリスは拳を構え、答えてみせる。
「なんとも、思っていません。この世界について」
「なんだと……?余と同じくこの世界を見て回ったと言うのに、なんとも思っていないだと」
「ええ、美しいとも醜いとも。だって……まだ全部を見てませんから、決めるのは早い。お前だってそうです、世界の全部を見た気になって、世界の全部を断じないてください」
「ッ……」
「答えを出したら、それまでです。それ以上には続かない、イノケンティウス……貴方はもう旅を終えてしまったんですね、正直ショックです」
「……痛いところを突いてくれるな」
エリスの言葉にイノケンティウスは言い訳も弁明もしない。エリスと同じ人種なら、貴方だって同じことを思ったはずです。世界の全部を見てみたいと、なのにそれを途中でやめて、勝手に世界に結論を出して。そんなの旅じゃありません……だから、ガッカリですよ。
「だがなエリス、人はいつまでも冒険家ではいられない。分かるだろう」
「それは分かります、旅は終わるものですから」
「余にとって、ディオスクロア一周が旅の終わりだった。ディオスクロアこそが世界だった……そしてそれを見た以上、そこで見た以上、次の段階に進まざるを得なかったのだ」
「旅の最中で、醜さを見たと」
「社会構造の歪みだ」
そう言いながらイノケンティウスは腕を振るい、空間が割れ、無数の赤光が弾丸のように飛び交いエリスに向けて飛翔する。
「魔女大国を見て、非魔女国家を見て、明らかに感じる不平等。魔女は世界を支えている、それは事実だ、だがその手から溢れる人間は確かにいる!」
「知ってます、でも魔女様は神じゃありません、全てを救えない事を責められる言われはありません!」
「責めるつもりはないさ、私の感じた不平等は救われる事救われぬ事ではない。魔女大国の民には魔女がいる……だが、非魔女国家には寄るべとなる存在がいない。そこがあまりに不平等だと感じたのだ!!」
「ゔっ!?」
突っ込んでくる、紅の弾丸の雨を回避した瞬間飛んできたイノケンティウスの拳骨がエリスを撃ち砕き、地面を数度バウンドする。まずい、さっき以上に重たいのを食らった。頭がクラクラする……。
「魔女が居る方といない方、そんな分けられ方はあまりに歪んでおり、不平等である。ここから生まれる怨嗟と憎悪の螺旋は果てしなく、限られた資源を奪い合い人は争い続ける。その様は世界の醜さそのものだった」
「ッうう……」
「だから、せめて正そうとした。魔女大国の魔女のように非魔女国家の寄るべとなるべく、余は旅をやめ魔女狩り王となる必要があった……この世界を愛するが故に、愛する世界の醜さを否定するために」
「それじゃあ、意味ないでしょ。貴方が魔女狩り王になったから……結局争いが生まれた、怨嗟と憎悪の螺旋は具体性を持ち、現実の戦いへと移行した!」
「かもな、だがそれは遅いか早いかの問題だ。魔女社会が続く限り解決されない問題だ……なら、余がそれを解決する。非魔女国家側の存在として、魔女社会を否定することにより、全ての歪みの根幹を断つ!」
そこから更にイノケンティウスの動きが加速する。今の今まで行っていた攻撃行動は全て加減していたものと言わんばかりの壮絶な魔力嵐が吹き荒れて、地面を覆っていた巨大な荊が消え去る。
「この覚醒は、余が見る世界の形を反映する覚醒。即ちこれは抽象化された争いの具現」
イノケンティウスは一度力を入れ直せば、草原の景色は完全に崩れ去り、内側に隠れていた地獄が表出化する。
血濡れの荊があちこちにひしめき、冷たい岩肌が永遠に続く。天には赤赤とした太陽が迫り……まぁなんとも、荘厳な感じだ。
「これが、世の争い、諍い、惑い、全てを断つ楔となる」
世界全体が鳴動する。どうやらここから本気、本番らしい。けど恐れるに足らず、師匠の臨界魔力覚醒はもっと凄かった。その経験から言わせて貰えば……。
これから行われるイノケンティウスの攻め、それを受けたらエリスは十八回は死ぬ。逆を言えば十八回踏ん張れば死なないってことだ、ならそうしよう。死ぬわけにはいきませんからね。
「示せ!『イルカラの天刃』!!」
イノケンティウスが拳を振るえば、天から大量の剣が降ってくる。剣……と言うには大きいな、山くらいの大きさがある。鈍色の無骨な巨大剣、それは容赦なくエリスに向けて飛来し……エリスもまた、駆け出す。
「『流星一線』!!」
一直線、光芒を残す光速の蹴りが降り注ぐ剣を砕き、一気にイノケンティウスへと迫る。
「甘い」
がしかし、砕かれた剣から大量の棘が伸び、枝分かれするように刃の茂みが形成されエリスの周囲を囲む。ただの剣じゃないのか、いやそうだよな、臨界魔力覚醒だもん!!
「『ヤマローカの禍雷』」
そしてイノケンティウスが指を鳴らせば、エリスの周囲に大量の光の球が浮かび上がり……爆発する。一つ一つが古式魔術を上回る火力の巨大電撃、それは剣の森を一瞬にして蒸発させ天に突き刺さるほどの爆炎の柱を突き立てる。
「ぐぅっ!!」
両手で体を守り、防壁で全身を包み込むことでなんとか耐え、弾き飛ばされながらエリスは歯噛みする。想像以上の威力だ、耐える云々以前に近づけない!
(まるでシリウスの魔力覚醒に似ている)
かつて戦ったシリウスの魔力覚醒『破神ディエス・イレ』、この星に存在するあらゆる災害を好きな場所に好きなように引き起こせる破格極まりないあの覚醒、それを更にスケールアップさせたような超広範囲攻撃。
エリスが攻撃範囲の広さで負けているとは!!
『エリス!お前無茶に攻めすぎだ!』
(分かってます、けど今は少しでも多くの攻撃をイノケンティウスから引き出したいんです)
はっきり言って今の段階ではイノケンティウスは倒せない、決めにかかるにはイノケンティウスの底が知れなさすぎる。エリスは臨界魔力覚醒を相手にしたことがあるが、その全力全開は見たことがない。
この先が、もし臨界魔力覚醒にあるのなら。全身全霊をかけて攻撃を仕掛けても或いはひっくり返される可能性がある。だから今は少しでも多く相手に攻撃させる、何が出来るかを調べる必要があるんだ。
(シン、攻撃の予測頼みます)
『限度があるからな!』
そのままエリスは空中で回転し、体勢を整えると共に頭から電磁波を放ち周囲の情報を全て受け取る。シンのバックアップを使って広範囲攻撃を凌ぐ!!
「『死荊のインフェルノ』!」
イノケンティウスが両手を広げれば大量の荊が再び展開される、さっきより量が多い。一つ一つが家屋を飲み込むほどのサイズを誇る巨大な荊が暴れ狂う大蛇のようにエリスの目の前で大量に踊るように展開される。
直感で悟る、流星火雷招じゃ抜けない。荊を破壊出来てもそこからイノケンティウスに届かせるには至らない。
なら避けて先に進めば……。
「誰がこれで終わりだと言った」
「えっ!?」
気配を感じ上を見る。ほぼ直感による視点移動、するとどうだ。天から降り注ぐのは……またあの巨大な大剣。さっきの大剣。あれ、他の技と併用して使えるのか!?
「まだだ。まだまだ、これをどう凌ぐ、魔女の弟子!!」
「うっ!?」
地面からは荊が、空からは塔の如き巨大な剣の雨、虚空に出現する雷と空間を引き裂く紅の弾丸、一気に空間が制圧される。逃げ場はない、世界全域で行われる大規模破壊、それはエリスから攻めの選択を奪いひたすら逃げることしか出来ない。
「余はな、ただ死ぬためだけにこの力を得たわけではない。勝つ為に、この力を得た。打ち勝つ為にだ、お前達に。それを簡単に破れると思うな……!」
逃げるエリスに視線を向けるイノケンティウスはそのまま腕を前に出し、力を込めて魔力を集中させる。ただそれだけで空間が鳴動しエリスの周囲の温度が上がっていく。
まさか、これは……!!
「はあぁぁぁああッッッ!!」
裂帛の気合い、神の如き力を獲得したイノケンティウスが全力で放つ攻撃。それは即ち魔法であった。
エリスはこの時初めて知ることになる、臨界魔力覚醒内部で放たれる魔法の挙動を。だが言われるまでもなく理解しておくべきだった、だってここはイノケンティウスの魂の中であり、魔力は魂から来るのだから。
即ち、この空間は全ての場所が無限に近い魔力の噴出口であると言うこと。それはつまり、空間そのものを揺らし、全てを引き裂く巨大な白光を生み出す一撃となる。
「ぐぅぅううう!?!?!?」
重低音を鳴らし天から叩きつけられた極大の光。圧倒的な巨大さを持つ光の柱がエリスに叩きつけられ、エリスはその場で防御姿勢を取って耐えるしかない。ただの防壁じゃ紙切れも同然だ、星の魔力を噴射して中和するしかない!
『ダメだエリス!星の魔力は防御に使うな!一瞬攻撃に使うだけでは如実に体力を消耗するんだ!防壁として展開し続ければ体力が保たんぞ!!』
(分かってますけど!星の魔力以外じゃ防ぎようがありません!!)
『クソッ!アイツ!お前が耐えきれなくなるまで魔法を放ち続けるつもりだ!……おい、これ』
(詰んだか……!?)
臨界魔力覚醒中はイノケンティウスは魔力切れを起こさないようで、魔法が噴射され続ける。移動も出来ずただその場で防ぎ続ける事しかできない、だがこの防御も後何秒保つ?終わる気配のない攻撃、終わりかける防御、濃厚な死の気配。これは詰んだ……。
そう、思った時。いつもエリスを助けてくれるのは……。
「『焃神一拳』!!」
「わっ!?」
「グッ!」
突如飛んできた紅蓮の衝撃波がイノケンティウスの魔法を打ち砕く。その衝撃波に煽られエリスはぐるりと回転、同時に魔法を打ち破られたイノケンティウスが苦悶の表情を浮かべ胸を抑える……やはり来てくれたか!
「ラグナ!」
「エリス!!」
そして彼は真・魔力覚醒を発動させたままエリスを抱き留め、エリスをギュッと抱きしめて。
「悪い!ちょっとビビってた、お前に任せてしまった!悪い……本当に!」
「いいんです、エリスは貴方の代わりに戦い、少しでもイノケンティウスの引き出しを開けるのが役目なんですから」
「そんな役目与えたつもりはない!」
え?そうなの?エリスはてっきりラグナはそのつもりでいると思っていた。圧倒的に情報が不足するイノケンティウスから情報を抜き取るのは危険極まりない仕事だ、そしてそんな危険な仕事を任せてもらえるのはエリスだけだと考えてたけど。
「それより、もう十分だ。……イノケンティウス!!」
「……なんだ、ラグナ・アルクカース」
「お前、さっきシリウスの肉体を使ってシリウスを殺すつもりだって言ったよな。でもそれは奪われたって……誰に奪われた!」
「ふむ、まぁ言ってもいいか……『知識』のダアトだ」
「えっ!ダアト!?」
アイツがイノケンティウスから足を奪ったのか、いや奪うか、アイツは羅睺の弟子だ。シリウスを殺そうとするイノケンティウスの邪魔をするのは当たり前だ。
いや、そうか。今色々繋がったぞ、アイツがエリスを相手に覚醒を避けたり、妙に決着をつけるのを遠ざけていたのは……イノケンティウスがシリウスの足を手に入れた時動く余力を残しておきたかったからか。
アイツの識ならイノケンティウスの真の狙いに気がついて動くことも出来るから……。
「ダアトか、なるほどな」
するとラグナはエリスを見て。
「よし、エリス。もうここは俺に任せてくれ、エリスはダアトを見つけろ。君なら……いや君にしか出来ない」
「………」
つまりここにラグナを置いてエリスだけ離脱しろと?出来るわけがない、だがダアトは羅睺の弟子。シリウス復活を望んでいるかも知れない最たる存在だ。それの手に、シリウスを復活させられるものがあるのは怖い……なにより。
「分かりました、行ってきます」
「ほう、迷わないか」
大きく頷くエリスに、寧ろ驚きの声を上げたのはイノケンティウスの方だ。こいつ、やっぱり根は常識的ですね。
「迷いません、だってラグナは勝つからです」
「ふむ、だが見たところ魔力の量はエリス、お前の方が多いように思えるが」
「……イノケンティウス、いつかエリスは言いましたよね。お前と言うマレフィカルムの代表者と戦うのは、エリス達魔女大国の代表者でなければならないと」
「言ったな、それがラグナ・アルクカースと」
「はい、彼は凄いですから、勝ちます。きっと」
エリスはラグナに向き直り、その手を握り。
「ラグナ、勝ってくださいなんて、決まりきった事は今更言いません」
「ははは、信頼されてるな」
「当たり前です、ラグナは……エリスの、エリス達の、みんなの英雄ですから」
彼は今まで多くのものを背負って戦ってきた。時に仲間を、時に国を、時に世界を。そしてその全てに勝ってきた男だ。そんな彼だからエリスは好きなんだ、勝つから好きなんじゃない……背負って、守って、それでも立っているから好きなんだ。
だからラグナ、信じます。貴方を……。
「じゃあ、ここは任せます。ラグナはラグナの守るべきものを、エリスはエリスの守りたいものを守りますから。……」
「ああ、……ん?どうした?」
「いや、ここを出る前提で話しましたけど、そもそもここからどうやって出れば?」
臨界魔力覚醒って出ようとして出れるのか?その辺はわからないんだが、星の魔力でも押し破れないし、出るぞ!と意気込んだが出口がないんじゃ流石に……。
「こうやって出ればいい」
そう言うなりラグナは足をグンッ!と振るい虚空を蹴ると、まるでガラスでも破るかのように空間を蹴り破り、穴を作る。現実世界に繋がる穴を。嘘ぉ……。
「ラグナこんな事出来たんですね」
「この間までは出来なかった、なんか今出来るようになった」
「何それ……ま、まぁ分かりました。とりあえず任せました!それじゃあ!」
ともかくエリスはその穴を飛び越え現実世界へと向かっていき──────。
「どうやら、英雄の資質に肉体と魂が追いつきつつあるようだ」
「知らねーよ、そんなの」
二人きりになったラグナとイノケンティウスは互いに睨み合う。これでタイマンとなった、初めから望んでいた形になった。
「だが、いいのか。ラグナ・アルクカース」
「なにが」
「英雄として覚醒すると言う事は、お前は……二度と愛する者と抱き合う機会を失うことになるのだぞ」
「…………」
何を言っているのかさっぱりだ。それが事実なのかも、虚言なのかも区別がつかない。だが一つ言えることがある、それは。
「負けるより、マシだろ」
俺の勝利を信じる奴がいるんだ、数えきれないくらいいるんだ。今俺に任せてくれた人がいるんだ、たった一人の愛する人なんだ。その期待に応えられないのに比べたら、どんな責苦すらマシに思える。
「フッ、それでこそ英雄か……よかろう、魔女大国の代表者。決めようか、世界の行く末を」
「ああ、その為に来てんだよ。こっちは」
そして俺は拳を握り、世界を背負うイノケンティウスと相対する────。
………………………………………………………
「さて、現実世界に戻ってきました。シン、ダアトの居場所は?」
『知るか』
そして何もない荒野に戻ってきたエリスは、ふと振り向く。ラグナが作ってくれた穴はいつの間にか消えている。もうエリスはあの世界に戻れない、ラグナが心配だけどあそこはもう彼に任せたんだ。
それより……。
「ダアト」
エリスは呟く、アイツ……シリウスの肉体を持ってどこに消えた。思えば先程の全面衝突の時にもいなかった。じゃあマレウスに帰ったか?いや近くにいる気がする。
これは識確ではなく、なんとなくだが。
「シン、ダアトの居場所は」
『だから知らんと言ってるだろ!』
「見つけようがありません」
『それも知らん。だが……そうだな、お前は私と帝国で戦った時のことを覚えているか?』
「勿論」
『何故、あの場面で私の居場所がわかった?』
む、そうか。あの時はメグさんによる測量の結果を信じて向かったが、それと同じ事をすればいい。奴は遠くに離れていない、そこを前提に考えるなら……どこにいる?
街中にいる?いない、奴はそんなところにいない気がする。なら要塞の中?いるわけがない、イノケンティウス達に追われているようなのにそんなところにいるわけがない。
イノケンティウス達に見つからず、尚且つここから近い……一つしかないな。
「そこか」
そしてエリスは流星旅装で飛び上がる。目指すはカロケリ山の頂上、かつては旋風圏跳でフラフラしながらようやく登りきれた大山を……エリスは一瞬で飛び越え。
眼下に見下ろす、巨大な山の頂上。台の形になっているその場所を……そこには。
「見つけました」
「…………やはり、来ましたね」
そこには岩を椅子代わりに座り、右手にシリウスの足を掴んだダアトの姿があった。彼女はずっとここにいたんだ。この場面でイノケンティウスを裏切り、ただ一人でシリウスの足を持ち逃げしてどこへ行く気なのかは知らない。だが、確かにいる。それが問題だ。
「それ、シリウスの足ですね」
「ええ、認識阻害で魔力を感じられないようにしてますが、分かりますか?」
「そりゃあね、イノケンティウスから聞きましたから」
「……なるほど」
彼女は立ち上がり、椅子代わりにしていた岩の上にシリウスの足を置くと、そのまま錫杖を手にこちらに歩いてくる。
「エリスを待っていたんですか」
「少し違います、この戦いが終わらないとこの場から離脱出来ないのでここで戦いの行方を見守って────」
「エリスを、待っていたんですね」
「…………ええ、はい」
彼女は白状してエリスを待っていたことを口にする。肩を竦めやれやれとため息を吐く。
「約束しましたからね、次は決着をつけようって。流石にそれまでは反故には出来ません……なにより」
そして、シリウスの足に目を向ける。その佇まいからはいつもと違う、神妙な気配を感じ。
「私は、この戦いが終わり次第あの足をウルキ様のところへ持っていくつもりです」
「ウルキ……やはり生きているんですね」
「そこからですか。ええ、彼女は今とある場所でシリウス復活の為動いている、この足があればその計画は万全のものとなり……世界にシリウスが再び蘇る。それも今度は完璧な形で」
もしそうなれば、終わりだ。シリウスには誰も勝てない、八人の魔女様もまた勝てる保証はないし……エリス達では全開のシリウスには太刀打ち出来ない。だからそれ起こらないよう戦っているんだから。
「つまり、今この世界は破滅の瀬戸際にいる。私としては別に滅んでいただいてもいいのですが、心残りがあるから……まだ世界を壊させるわけにはいかない」
ダアトはチラリとこちらを見て、頭に被った黒い帽子を投げ捨てる。それと共にカロケリ山の頂上を撫でる突風が帽子を吹き飛ばし、彼女の黒い外套がバタバタと揺れる。
雲一つない晴天、眼下に全てを見下ろす天上界にて、エリスとダアトは見つめ合う。
「エリスさん、ここで決着をつけましょう。恨みっこなしの最後の勝負です、勝ったら負けた方の命を奪うと……約束してください」
「……本気ですか」
「少なくとも、私の師匠はそうやって戦った。今ここに、魔女と羅睺の弟子達が揃っているなら……そうするべきです」
瞬間、ダアトが動く。脚が円を描き深く腰を落とし、拳を握り……構えを取る。
「羅睺十悪星が筆頭『星夜戴く識天』ナヴァグラハ・アカモートが弟子、『知識』のダアト。今この時を持って憎き師の仇を……その弟子の命を捧げ晴らさん!」
ビリビリと迫るような気迫を感じる。魔力は感じないけど、ダアトが今まで見せたことのない圧倒的な覚悟を感じる。
そうですよ、エリスが望んでいたのはこれです。
「……現代に蘇った羅睺の意志。かつて世界を守った八人の魔女達の意志を継ぐ魔女の弟子として、阻止します」
エリスは流星旅装を纏ったまま腕を組み。
「エリスはエリスです、孤独の魔女レグルスの弟子エリスです!師匠が守ったこの世界!エリスが必ず!守ります!!」
「上等……ならば」
そしてダアトはエリスの啖呵を聞き届けると共に両拳を握り、全身の魔力を渦巻かせ。
「魔力覚醒!!『無二のモゲネース』!!」
瞬間、ダアトの体が青い閃光へと変わり……バチバチと光が電流となって迸る。ようやく、使ってくれましたね、覚醒を。
「エリスさん、命懸けでいきましょう。八千年前の再演は……させませんから」
「ふふ、いいえ。繰り返されますよ、歴史は」
そして今、エリスとダアトは、魔女の意思を継ぐ者と羅睺十悪星の意思を継ぐ者は、もう一つの世界の行く末を決める戦いは、静かに構えを取り合い。始まるのだった。
…………………………………………………………………
「急げ!早く軍用転移機構に乗れ!デルセクトの危機だ!このまま行けばアルクカースも被害に遭う!故に急げ!!」
一方、ステラウルブスの中心にある白銀塔ユグドラシルの地下にて、アーデルトラウトさんは叫ぶ。軍部に集められたアド・アストラの精鋭達百万万、今すぐ集められる戦力を掻き集めデルセクト行きの巨大な転移機構に乗せていく。
「ねぇネレイドさん。デルセクトにいるめちゃくちゃ強いやつって誰なんだろうね」
「さぁ」
そんな様を私とデティは軍部の中から見守る。展開されな巨大な穴、そこにどんどん吸い込まれていく兵士達を見守り……これから行われるデルセクトでの戦いを予見する。
一千万の軍をほぼ独力で蹴散らしたと言うかエクス・ルナ・スキエンティスのボス。これは明らかに八大同盟の盟主級を超えている。
いや、下手したりセフィラよりもずっと強いかもしれない、そんな怪物がまだマレフィカルムにいたことが驚きだ。
「何にしても、守らないと。この戦いは大きくなりすぎた、魔女大国の土台そのものを揺るがしかねないほどに」
今私が望むのは終戦、ただそれだけだ。今魔女大国の執政は完全にストップしている、六王達は今ユグドラシルに避難し、国の運営すら出来ない状態にある。
なら、早く終わらせないと……このままじゃ魔女大国も非魔女国家もなく皆が困窮することになる。
「おおよそ、兵士の転送は終わった。後は私達だ、いくぞネレイド、デティフローア、ゴッドローブ」
「張り切っているな、よし。行こうか」
「デティ、出番だよ」
「よっしゃー!やったるよ!」
そんな中、アーデルトラウトさんとゴッドローブさんは味方の転送を最後まで見届けた後、自分達も転移の穴へと向かう。私達も行かないと、敵が誰であれ私たちで倒さないといけないんだから……。
「ん、ちょっと待ってネレイドさん」
「どうしたの?」
アーデルトラウトさんとゴッドローブさんが転移したその瞬間、デティは転移穴を前に立ち止まり……上を見る。一体どうしたと言うのか。
「なんか変」
「変?」
「うん……凄い魔力が次々と。ねぇ、私達が使った転移機構って、ここに来るのに使った転移機構ってどうした?」
つまりフリードリスとここを繋ぐ転移機構だよね。それは敵に使われたらまずいからきちんと対処したはずだ。
「大丈夫だよ、アーデルトラウトさん達がきちんと停止させておいたから───」
「停止!?破壊じゃないの!?」
「え……」
「相手はマレウスの人間だよ!?マレウスには魔力機構を鹵獲して作った魔道具がある!もしかしたらその扱いに精通した奴らがいるかも!!」
その話を聞いて、まずいと私も上を見た瞬間だった。突然部屋が……いや白銀塔そのものが揺れるほどの衝撃が走り。その余波で軍用転移機構が歪み、停止して穴が消える。
同時だ、それとほぼ同時に天井に穴が開き……降ってくる、大量のマレフィカルム兵士達、そして。
「チッ、遅かったか」
「ジョバンニ!?」
ステラウルブスに、ユグドラシルに、アド・アストラ軍部に現れたのは…十天魔神の筆頭ジョバンニだった。しかも大量の兵士を連れて。やはり転移機構を再起動させてここに飛んできたんだ。
まずい、かなりまずい、まずいなんてレベルじゃない!!
「デティ!軍用転移機構をもう一度動かして!アーデルトラウトさん達を連れ戻して!!」
「う、うん!って!これ!!」
咄嗟に軍用転移機構の起動部分に目を向けると。それが黒い木の根に貫かれ、破壊されるのが目に入る。アーデルトラウトさん達を連れ戻す方法が…消え去った。
同時に木の根からぬるりと這い出てくる仮面の男は、私達の前に立ち。
「いやいや丁度いいじゃありませんか。敵の兵士がどこかへ消えて、今ユグドラシルはもぬけの殻、ならこの街の人間を皆殺しにしましょうよ」
「ケテルまで……」
ケテルだ、ジョバンニとケテル。第三段階級の強者が二人もユグドラシルに入り込んでしまった。しかも……今ここにいた兵士は全員デルセクトに行ってしまった。今ユグドラシルは、ステラウルブスは完全なる無防備な状態。
それに……それに!!
「それに、どうやらこの塔の最上階には……ラグナ大王達以外の六王もいるようですし、そいつらも殺しておきましょうか」
ここには……ベヲテシュキメ、ベンちゃんがいる。やばい、こいつらベンちゃん達を殺す気かッ!!
突如陥るアド・アストラ最大の危機。対するは無数のマレフィカルム軍、それに対抗し得るのは……私とデティのみ。
孤立無援、究極の窮地。これ……どうすればいいんだ。




