847.魔女の弟子と趨勢を決する時
デルセクト側に突如現れた大戦力『エクス・ルナ・スキエンティス』。これによりなんと一千万の軍勢が壊滅ときたもんだ。ゴルゴネイオンだってアド・アストラの兵力には真っ向勝負を避けるほどだというのに……。
「なんなんだ、エクス・ルナ・スキエンティス、そんな組織今まで聞いたこともないぞ」
フリードリスのエントランスを確保したラグナはそのままそこにアド、アストラ軍を招き入れ……与えられた僅かな時間で考える。
エリス達は今までマレフィカルムと戦ってきた、その過程で様々な組織を相手にして来たし様々な組織の話を聞いて来た。だが……聞いたこともない組織だ、エクス・ルナ・スキエンティス。
気分としては昨日までなかった物が急に庭先に現れた気分。率直に言えば意味不明。だが混乱ばかりもしてられない。
「ラグナ、どうするんですか。やばくないですか」
「……ああ」
デルセクトの軍が無くなったということは、つまりフォルミカリウスをここで逃すことが出来なくなったということ。決めるならここで決めなければならない、即ち作戦が根底からダメになった。
「……作戦変更だ、まず最短でフォルミカリウスへの道を作る。そしてフォルミカリウスへ攻め込む部隊とフリードリスを完全に制圧する部隊の二つに分けて戦う」
「ラグナ、それだけじゃなくてデルセクトへの援軍も必要だと思います」
「そうだな……」
確かにここも大事だが、今デルセクトには下手したらゴルゴネイオン以上の戦力がいる可能性がある。それがそのまま北進してアルクカースに入ってくるかもしれない、ならここにも援軍を出す必要がある。
「なら私達で行く、いいな。ゴッドローブ」
「ああ、私とアーデルトラウトがデルセクトの敵軍に対応する」
「将軍二人が抜けるのか……」
立候補するのはアーデルトラウトさんとゴッドローブさんの二人、これには流石のラグナも難色を示す。だって二人は今の軍の主戦力だ、二人が抜けたら流石にエリス達も厳しい。だけどアーデルトラウトさんは首を振り。
「迷うな、最低限の人員で解決しようと思えば私達が動くしかないだろ。それに……」
「それに?」
「……今回の戦争で、私は一番矢面に立ち戦わなきゃいけない立場だった。だというのに結果を見ればエリスに助けられお前に助けられ、情けない限りだ。これ以上お前達魔女の弟子に背負わせるわけにはいかない」
アーデルトラウトさんはエリスを見て、静かに頷く。別にそんな事はない、彼女は常に戦場で戦果を挙げ続けてくれた。ルードヴィヒ将軍の後任ということでどうやってもかかるプレッシャーを跳ね除け続けてくれていた。
だから、そんな自分を卑下にすることはないと思う。
「だからここは私に任せて、お前はお前の国を守れ、ラグナ」
「……分かった、ありがとう。だけど二人だけには任せない、こうなった以上魔女の弟子を動かさないわけにはいかない」
そうしてラグナはチラリとエリス達を見て。
「ネレイド、デティ、二人もデルセクトの方に行ってくれ」
「なっ!?デティフローアも動かすのか!?」
「動かす、デティがいれば軍団の人数に関わらず全体の戦力が二倍三倍になる。敵は一千万の軍も物ともしない奴らだ、だから……二人とも頼む」
「分かった、行ってくる」
「まっかせてよーー!!!」
デティとネレイドさんも一緒に動くことになる。アルクカースに一番最初に送り込まれたメンツと殆ど同じだ。ラグナの中で『やばい事態』に対応する最高のメンバーがこれなのだろう。
だが本来そこに入っていた筈のエリスが入っていない、それは恐らくラグナはエリスにとある仕事を期待しているからだ。
その仕事に応えられるよう、頑張る。
「では私が時界門でデルセクトへ送ります」
「いや、先にステラウルブスに行ってそこで待機している軍も連れて行く。丁度フリードリスだからな、そこの転移機構を使わせてもらう」
「畏まりました、では」
「ああ、ついてこい!ネレイド!デティ!そしてゴッドローブ!」
「うん」
そして四人は一度軍を離脱しフリードリスの転移機構を使いステラウルブスに向かう為走り出す。にしても転移機構か、もう修理は終わってるのかな。終わってるのだとしたら敵に使われているかもしれないな……そこはちょっと怖いかも。
なんともなければいいが。
『エリス、そろそろ他所ごとを考える暇がなくなるぞ』
「む……」
シンの言葉と共に大量の足音がこちらに迫って来るのを感じる。どうやら迎撃の為の軍がエントランスに向かって来ているようだ。
「来たか」
ラグナはそのまま視線を前に向ける。既にアド・アストラ軍は展開されておりこちらも迎え撃つ準備は出来ている。
同時に壁が破砕され、……その向こうから現れるのは。
「来たか、ラグナ・アルクカース」
「イノケンティウス……!!」
イノケンティウスさん、そしてその背後には十天魔神、セフィラの面々、それとゴルゴネイオンの大軍勢がゾロゾロと現れる。いきなり大したお出迎えですね。
「いきなりお出ましか、イノケンティウス」
「ああ、今度はこちらから出迎えようと思ってな」
「人の家に勝手に上がり込んで、なに偉そうに言ってんだボケナス!」
「ひどい言われようだ、だが……そうだな。奪われたものを奪い返そうとするのは人の本質だ」
イノケンティウスさんはニタリと笑い、構えも取らず両手を軽く広げる。
「我々もまた、奪い返しに来た。魔女に奪われた尊厳、誇り、そして本来生きるべきだった平穏を。この歪んだ世界の膿たる我々は!魔女の世界を否定することで人となるべく、命をかける」
「なら、俺は魔女の世界で生きる人々の平穏を守る。イノケンティウス、お前のやりたいことは分かった。今を否定したいお前達の理屈もよく分かった。だがその上で言わせてもらう」
そしてラグナもまた軍勢の前に出て、拳を握り……突き出す。
「俺は、俺のやり方で今を変える。魔女が残した過ちがこの世にあるのなら、それを正す役目は俺達魔女の弟子が担うものだ。お前らじゃあねぇよ、イノケンティウス」
「フッ……そうか、そう来なくては」
二人の王が相見える、二人の魔力が燃え上がる。その気概が、気炎が、気持ちが、お互いの軍に伝播する。人を動かし、先導する者同士がぶつかり合う。
「ならば、語り合いは今一時やめるとしよう……」
「ああ、そうだな」
そして二人は、天高く手を掲げ。
「総員!!」
「マレウス・マレフィカルムよ!!」
掲げられた手は、火蓋を切るが如く。
「突撃ッ!!」
「世に示せ!!」
振り下ろされた。それは開戦の合図となり次々と雄叫びが上がり……。
『うぉおおおおおおおお!!!』
『いくぞぉおおおおおおお!!!!』
アド・アストラ、マレウス・マレフィカルム。両陣営最後の戦いが幕を開ける、最早お互いこれより先はない、ここより先はない、そう心に決めて戦うが如く、具足が擦れ軍靴が大地を蹴る。
「ラグナ!行きましょう!!」
「ああ!」
エリスとラグナが狙うのはイノケンティウスただ一人、アイツをとにかくこの場から遠ざける。臨界魔力覚醒を使われたらまた全滅だ、そうなる前に先に奴を叩く。
そうしてエリスとラグナは二人で乱戦のフリードリス内部を駆け出す。しかしあっという間にイノケンティウスは軍勢のカーテンに覆われて姿が見えなくなる。そして立ち塞がるのは。
「やらせるかッ!十天魔神!!出るぞ!!」
『応ッ!!』
ジョバンニ、バディスタ、ホプキンス。それらが率いる十天魔神だ、それらが壁となってエリスに立ち塞がる。今からあれの相手をしている時間はない、だから……。
「ここは死んでも通さないかんねーー!!」
瞬間、第十食神ペティが巨大なバターナイフを手に地面をクリームに変え滑るように突っ込んでくる。その銀閃が瞬く、その時だった。
「させねぇよ!!」
「王の首を取らせたくないのは、こちらも同じだ」
「なッ!?」
防ぐ、二つの斬撃がペティの動きを止める。そう、エリス達と共に歩む軍勢から飛び出した影がペティの行く手を阻んだのだ。
「ラクレス兄様、ホリン姉様!」
「先に行きなよラグナ!こいつらには借りがある!!」
「分かりました!」
「ぐうー!!覚醒すらしていない癖してぇーー!!」
ペティの手から繰り出される無数の斬撃を二人でなんとか捌いて行く。ラクレスさんもホリンさんも一時はマクスウェルの力で覚醒していたようだが、それも今は剥奪され元の状態に戻っている。
対するペティは魔力覚醒者、それもゴルゴネイオンで最高幹部の末席に位置するくらいには強い。二人では些か厳しいかもしれないが、ここは信じる。
いや、ラクレスさん達だけじゃない。
「ヘイメーン!!またあんたか、俺もお前にリベンジしたかったところだぜチェーケーラー!!」
「うるせぇな、黙ってろよ」
第七暴神デスペラードの前にはベオセルクさんが立ち塞がり、その拳を打ち鳴らし殴り合う。
「最強の剣と最強の盾、どっちが強いかって話あったよね。それ、ここで答えが出そうだ」
「世界最強の剣豪、相手にとって不足なし!!」
無数の剣閃が瞬く戦場で戦うのは世界一の剣豪タリアテッレさんと第六盾神サルニッタ。剣と盾が幾度となくぶつかり合い火花を飛ばす。
「クソッ、怪我から復帰して一番にこれか……相変わらず、そんな役回りだ」
「そう嘆く事はありません、世に謳われる悲劇の全てが……忌避されるばかりのものではありませんので」
第五紅神ブラッドの剣と衝突するのは蒼輝の剣。マリアニールさんがブラッドの剣を受け流し、華麗にポーズを決める。
「くぅ〜!なにがなんでも止めてやろうぞ!『ブラックファイアウォール』!」
しかし、そんなエリス達の快進撃を止めるのは第四魔神バフォメット。あの女は魔術師としての腕前ならゴルゴネイオン随一、そんな奴が作り出す黒い炎の壁は一瞬でエリス達の行手を遮り……。
「『サウザンドアイスインパクト』!!」
「ぬなっ!?」
だが、魔術だと言うのならこちらにも天才がいる。銀色の髪を振り払い杖に乗って現れる桃色の服の少女がエリス達を守るように無数の氷を放出し。
「エリス姐の相手がしたいならまずはあたしに勝ってからにしてよね!」
「お前は……『白金の希望』アリナ・プラタナスか!面白い!魔神の妙技を見せてやろうかぁ!」
次期魔術王候補と見做される天才アリナ・プラタナスが凄まじい魔力を放ちながら杖を振るいゴルゴネイオンの大幹部と相対する。まだまだ未熟……と思っていたアリナちゃんだが、どうやら見ていない間にかなり強くなったようだ。
「……元よりこの命は前の戦いで捨てたものと思っていたが」
そんな中、ホプキンスが呟く。彼は動かない、と言うより動けない。何故なら彼の前にいるのは。
「まさか、魔術王本人が私の相手を務めてくれるとは」
「私も貴方も、この戦いにおいては端役もいいところ。賑やかし程度に頑張りましょうか」
当代の魔術王ヴォルフガングが立っている、ただそれだけでホプキンスが動けなくなる。魔術王が放つ圧倒的なプレッシャーが安易な行動を全て阻害しているのだ。
ヴォルフガングさんはエリス達の方をチラリと見るなり即座に視線を戻す。どうやら彼はこの戦いでそれほど大きな事をするつもりはないらしい……。
「チッ、バティスタ!止めるぞ」
「おうよ兄ちゃん!今まで散々やられた礼を!ここで返してやるぜェッ!!」
そして残るのはジョバンニとバティスタという大物。だが……それの相手もエリス達がするわけじゃない、彼らの相手は……。
「『捻れ咆拳』!」
「『神閃のミストルティン』ッ!!」
「ぐっ!?」
空間を捻る拳がジョバンニを吹き飛ばし、煌めく斬撃がバティスタを弾く、そう。そこに立つ二人の最高戦力が彼らの相手、即ち。
「のんびりグダグダサボれるならそれが一番だけどよ。どーしてもサボれねぇってんなら、サボる為に全力出すぜ、俺はよ」
「貴様は……」
「フリードリヒ・バハムート。一応将軍やってる、よろしく」
「フリードリスだと!?」
「フリードリヒ!一字違いなのややこしいのは分かるけどさ!」
この場に残った唯一の将軍フリードリヒさん。彼はサングラスを外し、黄金の眼光でジョバンニを睨む。
「エリスちゃんになにしようとしてるんですかアンタ。お前みたいなチンピラから守るようにレグルス様に言われているんですから」
「なんだァ、テメェは!」
「名乗る意味あります?ここで死ぬのに」
対するバディスタの前に立つのはクレアさんだ、まぁここは大丈夫だろう。クレアさんはめちゃくちゃ強い。そこはエリスもよく分かっているから。
十天魔神全ての相手は、魔女大国の戦力達がやる。なら……エリスとラグナの相手は!!
「逃がさねぇよ!!イノケンティウス!!」
「エリスも、覚悟を決めました……!」
「ほう、面白い!」
瞬間、二人で飛び上がり蹴りを叩き込むのは……イノケンティウスさんだ、彼はエリス達の蹴りを軽々防ぎ笑っている。
「行くぞ!エリス!!」
「はいっ!!」
エリスはイノケンティウスさんとは戦えない、そう考えていました。イノケンティウスさんはマレフィカルムというこの世の歪みの代表者。それと戦うならラグナが適任だと。
まぁそこはまだ考えは変わってませんが、一つ気がついたことがあるんです……それは。
「『熱焃一掌』!」
「『煌王火雷掌』!!」
「ぐっ……!」
エリスはそんな彼のお嫁さんで、旦那さんを支えるべきだってことに。故に戦いますよ、イノケンティウスとも……ラグナと一緒に!!
「さぁやりましょう!イノケンティウス!エリス達が相手です!!」
「……クレプシドラを下した傑物と、英雄のコンビか。不足はないな」
エリスとラグナの渾身の一撃すら防いでみせたイノケンティウスさんは手を広げるような構えを見せる。ここからだ、ここからが決戦だ。
…………………………………………………
「エリス、始めたか」
イノケンティウスとエリス達が戦い始めたのを確認したメルクリウスは同時に銃を指先で回転させイノケンティウスを狙う。が……しかし。
「『ベンディシオン・エボルティバ』!!」
「ぐっ!?」
瞬間、大地が膨れ上がり爆裂する。それと共に周囲のアド・アストラの兵士達も弾き飛ばされ、甚大な被害が出るのを確認し、舌を打つ。
「ホド!!」
「また会いましたね、これで何度目でしょう!メルクリウス!」
敵も味方もなしに突っ込んでくるのはホドだ、この戦場にて幾度目かの邂逅、しかし今回は違う。今までとはまるで違う。
「私も丁度、体が暖まって来たところです。そろそろやりましょうよ、メルクリウスぅ」
「ッ……貴様」
そんなホドの手に引き摺られているのは……帝国の師団長ハイリンヒだ、既に師団長全員魔力覚醒会得済みとは聞いたが、流石にホドを相手には勝てなかったようで既に意識がない。
そんなハインリヒを投げ捨て、ホドはメルクリウスへと着実に歩みを進め。
「相変わらず美しいですね、美しい。まるで黄金の如き美しさです!メルクリウスッ!!」
「貴様ァッ!!!」
加速する。双方共に、全く同時に、一気に全身から魔力を吹き出し相手目掛けて加速し衝突。そこから繰り出される衝撃波は両陣営を弾き飛ばし要塞を揺らす。
「メルクリウスぅ〜……貴方の在り方はまさしく栄光そのもの。愛おしいまでに愚かしい、貴方と言う光を、栄光を、私は手に入れたい」
「なにをバカな事を!私は貴様になど興味はない!」
激突したメルクリウスは至近距離で銃をぶっ放しホドの頭を狙う。しかし弾丸が触れる前にホドの頭が二つに割れ、まるで口のように開き弾丸を回避、即座に腕を鎌に変え叩きつけるような斬撃を見舞う。がそれすら銃で受け止め鍔迫り合いを繰り広げる。
「お前は栄光そのものです、私は……栄光が欲しい、メルクリウス!お前がなぁ!!」
「欲深な女だ、栄光とは……求めて得られるものではない!求め続けるその姿勢にこそ宿るのだ!!」
そして互いの力が均衡し、発生する爆風に共に吹き飛ばされ、地面を滑りながら……ホドは両手の鎌を、メルクリウスは両手の銃を両者向け合う。
「愛してますよ、メルクリウス」
「貴様は私が倒す」
そして二人の眼光が、目の前の怨敵のみを捉え……決着をつけるべく再び動き出す。
「メルク様!」
そんなメルクリウスとホドの戦いを見遣るメグは声を上げる。ホドの実力の凄まじさはここに至るまで十分聞き及んでいる。魔女の弟子ではセフィラを倒し切れるか怪しいところがある、その上でホドはセフィラの中で随一の使い手。流石にタイマンはまずいと考えたメグは咄嗟に動き出し。
「今助けに……」
「おおっといかせねぇよ!」
「邪魔でございます!」
次々と立ちはだかる敵に邪魔され、即座に排除する。剣を振るわれれば腕を取り捻り上げ、槍を突かれれば受け止め投げ飛ばし、メルクリウスの元へ向かおうとして……。
「メグ……」
「ッ!」
足を止める。乱戦の中聞こえた優しげな声にピタリとメグの足が止まり、視線が右へとスライドする。入り乱れるアド・アストラ兵、マレフィカルム兵、その人の波の向こうに見える顔は……。
「ウィリアムお父様、ですか」
そこにいたのは、かつてジズに殺された筈のウィリアム・テンペスト。かつて自分がコーディリア・テンペストと呼ばれていた頃に共に暮らしていた実の父の姿だった。
ジズの下で暮らしていたあの地獄の数年間、幾度となく助けを求め希った父の姿に、つま先を向ける。
死んだ筈の父との再会……だが。
「違いますね、こう呼んだ方がよろしいですか……『知恵』のコクマー!!」
「ふふ……ふふははははは」
クツクツと肩を揺らしウィリアムは、口や目からドロリと黒い液体を漏らし、メグに向けて……突っ込んでくる。
「ふはははははははははははッッ!!!」
油で濁った水溜りのように、極彩色の魔力を放つウィリアムは手元のステッキを振るい凄まじい勢いで猛烈に走る。その勢い、威力はとんでも無いものであり周囲の兵を蹴散らし大地を抉り直進する。狙いはメグただ一人。そして魔力を纏う杖を思い切り振り上げ。
「アハハハハハハッ!!!」
「ッッ!!」
火花が散り金属音が響き渡る、大地が揺れてヒビ割れメグの足が沈む。その手に持った風神刃ヴィーヤヴァヤストラにて杖の一撃を防ぎ……睨み合う、因縁の相手を。
「メグぅっ!父に会いたかったか?親に会いたかったか?抱擁してやろう!メグ!!」
「父の口で、父の言葉で、父を汚すなッ!コクマー!!」
「いい顔だ、素晴らしい。もっと苦痛に歪んだ顔を見せてくれるか!」
全身を魔力で強化し、次々と杖を叩きつけるウィリアム……いやコクマーの攻めを受け止めメグは距離を取る。少し前まで自分の体を乗っ取っていた相手、そして父の遺体を持ち出し自らの器にした下劣なる存在コクマー。決して赦す事は出来ないと彼女は刃に力を込める。
「最悪ですよ、コクマーお前は最低です」
「なんとでも言えぇ、私の尊厳を踏み躙ったお前には極上の苦しみと、とっておきの地獄を味合わせなければ気が済まない。次はお前の魂を完全に掌握し、意識だけを残した状態でお前の仲間を一人一人殺してやろう!!」
「……ですが」
足を開き、刀を背負うように構え、口から大きく息吹を吐き出す。最悪最低なる存在、されどメグは浅く笑い。
「今は感謝します。父の体は既に死んでいる、死した者は殺せない…故に」
戒めて来た殺し、決してジズと同じ存在には落ちまいと誓ってきたこの身。されど今は違う、今は例外。既に死んでいる者は殺せない、故に。
「今から私は、お前を殺す気で戦います」
「やってみろ、出来ないさ、絶対に!」
笑うコクマー、笑みを消したメグ、二人の間に流れる異様な空気はそのまま闘争へと変わっていき、また一つ乱戦の中に極大の嵐が生まれる。
「メルク、メグ……」
そしてそんな戦いを見て、ガックリと肩を落とすのは……俺だ。
「あ、あいつらいつのまにセフィラと因縁なんか作ってんだ。俺ないよ、そういう因縁の敵みたいなの」
メルクはいつの間にかホドに対して凄まじい敵意を向け、メグはコクマーとバチバチやってる。戦いは遊びじゃない、だが是が非でも倒したい敵がいるってのはそれなりにモチベーションになるのは分かる。
まぁメルクがホドを憎む理由は分かるし、メグがコクマーを許せない理由も分かるんだが。
俺にはいないよ、セフィラにそういうレベルで色々燃やせる相手とか。
「えぇー、いないんですか?なら私とそういう関係になっちゃいます?」
「ああ……?」
そして俺は今、戦っている敵を前に視線を移す。白い髪、白い仮面を被った変人……セフィラ『王冠』のケテルだ。
「実は私はコルスコルピに因縁があった、とかどうです?」
「実際どうなんだよ」
「いや?特に行った事もないですね、マレウスから見れば普通にただの隣国ですし」
「なら別に、無理してそういうのこさえなくてもいいんじゃね?つーかさ」
その瞬間、俺は右手に握る剣に力を込め……。
「そもそも、マレフィカルムって時点で因縁はあるんだよッ!こっちは!!」
「おほほ、そうでしたかそうでしたか、そりゃあすみません」
一撃、俺の斬撃を杖で軽々と受け止め笑うケテルに俺は舌打ちをする。こいつはセフィラの中でも上位の怪物。ラセツ曰くマレフィカルム五本指にセフィラは入らないそうで、実際のところセフィラの実力は最低でも五本指上位クラス。
もういないが、『峻厳』のゲブラーことクユーサーを倒すにはラセツとタヴの二人がかりでも厳しいレベルだそうだ。それすらも遥かに下に見るのがこいつ。
普通に俺単独じゃ厳しいぜ……全く、この間第三段階に入って無敵感満載だったのに、求められるレベルがまた上がったぜ、畜生。
(だが負けられねぇよな、こいつらに好き勝手させたから俺達ぁ損害食らったんだ。なによりこいつにメルクもラグナも捕まったんだ、その借りだけでも返さねぇと!!)
次々と怒涛の斬撃を繰り出すが、ケテルはそれを杖を軽く動かし弾いていく。不死者特有の凄まじい怪力、まるで根を張った巨木のように攻撃を凌ぐケテルに……俺は一瞬足を止め。
「んじゃこれやるよ」
「おや?」
懐から出した小袋をケテルの仮面に投げつける。当然ケテルはそれを仮面で受けるが……同時に炸裂した袋からブワッと煙が噴き出す。
「お、お、これは……へぶしっ!胡椒!?」
「その通り!不死身でもくしゃみは出るだろ!!」
予め詰めて来た胡椒を叩きつけケテルの動きが止まった瞬間、体を大きく捻り黒剣を真後ろに持って行くほどに振りかぶると……。
「『呪斬タリアウッザーレ』ッッ!!」
「ぎょぶほーー!?」
胴に一閃、黒の斬撃を叩き込めば奴の体は真っ二つになり背後の壁にまで斬撃が届き、奴の体が崩れていく────。
「なんちゃって、私不死身なので死にませーん」
しかし、切り裂いた側から肉が繋ぎ合わされていき、あっという間に傷は再生する。これが不死身の肉体、絶対に死なない恐るべき敵。だけど。
「うん、知ってる」
「へ?」
「だからほら、これ」
俺は指で指し示す。先程振り抜いた黒剣、その切先がポキリと折れているのだ。まぁこの黒剣ってのは大部分が俺の血で出来てるから硬くするのも脆くするのも思うがままなんだわ。
で、だ。折れた切先はどこに行ったんだろうな?……なんて言う必要あるか?
「再生がお得意な不死者さんにいいこと教えてやる。傷口ってのはな、一回水で洗った方がいいぜ?……変なもんが紛れてるかもしれねぇからよ」
「ッまさか……!」
「それ言うの遅いぜ!『フェルマンタシオン・デブリードマン』!!」
刹那、ケテルの体が内側から爆裂する。先程剣で切った時置いて来た切先、即ち俺の血の塊が一気に呪術を放ち、ケテルの体を内からぶっ飛ばしたのだ。
無限に再生する?傷つかないより余程楽だぜ、だって再その再生の傷口に呪術を仕込めばいいだけだからな。不死者ってのは呪術使いからみりゃ格好のカモなんだよ!
「オラ、どんどん再生しろよ。その都度ぶっ飛ばしてやるから」
俺はバタリと倒れたケテルの下半身に手招きする。どうせ死んでねぇだろ、この程度じゃ。だったら気が済むまでお相手してやるよ……。
「ん?」
なんか再生しないんだけど、それどころかケテルの下半身がチリになって消えていく。あれ?え?やっちゃった?まじで?弱くね?……いや。
「もしかして」
チリになって消えたケテルを前に俺はようやく気がつく。まさか……逃げた?
「や、やられた!アイツ!自分の体をどっかに切り落としてたな!?やばい!どこ行った!?」
してやられた、アイツわざと俺に体を吹っ飛ばさせたな!?しくじった……!完全にケテルをフリーにしちまった!直ぐに探さないと!!
………………………………………
「ガッ!?ぐぅっ!!」
一方、戦闘を始めたマレフィカルム達とアド・アストラ達。その一角、十天魔神最強のジョバンニは壁に叩きつけられ、尻餅をついていた。
「おう、もう終いか?」
(バカな、これが……将軍の強さだと言うのか)
困惑していた、自分は五本指にも匹敵する実力を得ていると思っていた、実力的にはタヴと同ランクにあると考えていた。だから或いは……将軍にも匹敵すると、そう考えていたんだ。
だが、現実は違った。今目の前に立つ男……フリードリヒの実力は私が考えるそれよりも遥かに強かった。
(かつて、アルカナとの戦いでタヴを打ち破ったと言われる『伏龍』フリードリヒ・バハムート。タヴと互角と考えていたが、まさかそこから更に強くなったのか……!?)
そこでようやく思い至る、今の私は三年以上獄中で過ごしたタヴとようやく互角。対するフリードリヒはずっと前にタヴを撃破し、そこから更に力をつけていたのだ。そもそもスタート地点が違うのだから互角なわけがなかった。
これが、魔女大国側のセフィラと呼ばれる将軍。一人一人がセフィラ上位と互角の力を持つと言われる魔女世界の守り手達か。
「くっ、くそ……」
「気合い入ってるねぇ、テメェも引けねぇんだろうが……そりゃあアドバンテージにゃならねぇよ。だって両方引けないから戦ってんだからな」
イノケンティウス様が戦闘を始めてしまった。結局何も守れなかった、魔女大国と戦えば実力の不足を感じることは多々あると考えていたが、想像を超えていた。
よもや、これほどまでに無力か……私は!
(くそ、クソッ!くそッッ!!)
膝を突き、悔しさを噛み締める……その瞬間。
「悔しいですか?ジョバンニさん?」
「ッ!?ケテル?」
壁の亀裂からぬるりと現れたケテルは、私の耳元に顔を近づけ。
「なら、リベンジしてやりません?魔女排斥上等の魂があれば……ここから一発逆転、アイツらに吠え面かかせてやれますよ?」
「…………」
「私に、いいアイデアがあります」
それは、私にとって悪魔の囁きだった。
………………………………………………
「エリス!」
「はい!ラグナ!!」
「ムンッッ!!」
激突する、俺とエリスの挟撃がイノケンティウスを叩き、大地が揺れる。フリードリスのエントランスで始まった戦い、所謂総大将戦。俺はエリスと共にイノケンティウスを相手に戦うが、それでも揺るがないのはイノケンティウスの凄まじさ。
俺たち二人を相手とって全く引いてこない、クレプシドラ程の荒々しい絶対性は感じないが……相変わらず何をしても対応される絶望感は半端じゃない。
「この程度か、魔女の弟子……!」
「うわっ!?」
「ちょっ、エリス!」
イノケンティウスはエリスの蹴りを受け止め、そのまま握りしめると共に投げ捨てる。咄嗟に俺はエリスを受け止め……。
「ラグナ!違います!受け止めるじゃなくて……」
「攻めるべきだったな、『マクシマーレ・ファイアークラフト』」
「やばっ!?」
その瞬間、イノケンティウスの両手が光る。あれが来る、一瞬で湖を干上がらせる大火力が来る、俺がエリスを受け止めたから二人まとめて一網打尽にする気だ!
くっ!こうなったら!!
「はい!エリス!」
「え!?ラグナ!?」
俺はそのままエリスを空高く投げ上げ、一人でイノケンティウスの大火炎をその身で受け止める。もはやそれは炎と言うより壮絶な熱の嵐。圧倒的な熱波に飲み込まれた俺は……。
「ラグナ!!!」
「大丈夫!効かねえよ!!」
全身の筋肉を膨れ上がらせ、衝撃で炎を内側から破壊しぶっ飛ばす。悪いが熱とか炎とか、多少熱いな……って感じるだけでダメージにゃならねぇ!
「む、英雄の力。そうか属性魔術は効かなかったな」
「だとしても心配はもんは心配です!!」
「いたー!殴るなよ!!」
「もう二度としないでください!」
そのまま降りて来たエリスに殴られる。でもいいじゃん……効かないし。
「……そういえば、噂に聞いた。お前達は夫婦であると」
「まだ!」
「婚約段階だ!」
咄嗟に二人で拳を構えると、イノケンティウスは顎を撫でて考え込む。と言うかその噂って敵の耳にも届いてるのかよ。
「……そうか、故にお前達は余の願いを否定するか」
「ああ?」
「夫婦は営み、子を作り、その平穏を願うものだろう。何があろうと、子を守りたいのが親というもの」
「必ずしもそうとは限りませんが、エリスは少なくとも自分に子供が出来たら死ぬほど可愛がりつもりです」
「フッ、余には配偶者はいない。勿論、子もいない……だが、子も同然の存在はいる」
イノケンティウスはチラリと戦うマレフィカルム達を見遣り、慈しむような目で見つめる。こいつにとってはマレフィカルムそのものが子供だって言いたいのかね。
「余は、子を守る為ならなんでもしよう」
「その割にゃ、無茶な戦いに引き摺り出して大勢傷つけたよな」
「ああ、そうだ。ついてくるなと言いたかったが、そうもいかなかった……何故ならマレフィカルムは魔女に抗うものであるが故、その存在を否定することは出来ん」
「……だから、お前は戦ったのか?」
「そうだ、戦いという手段を取ったのは……曲がりなりにも魔女狩り王と呼ばれた男が唯一とってやれる責任の取り方だからだ。そして」
瞬間、イノケンティウスは全身の魔力波を渦任せ……ってまさか!!
「余はどうあれ、この戦いの先で生き残る気はない……付き合ってくれるか、死出の道」
「まずい!アイツ臨界魔力覚醒する気だ!!」
やる気だ、この乱戦の中で。まずい、またこの間と同じ轍を踏む事になる!ここでやられたら全員が射程範囲内だ!!止めないと!!
「させんな、勿論……『アースクリエイト』」
「うぉっっ!?」
瞬間大地が溶け、ぐるりと回転し渦を巻き、俺を外側へと押し出し弾き飛ばす。そのまま大地がイノケンティウスを中心に無数の壁を作り出し……用意する、臨界魔力覚醒をするための時間を。
「永劫なりし問い。汝、魔道の極致を何と見る……」
「グッッ!!」
早く止めないといけないのに!!
「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして、今答えよう」
止められない!もう……止められ──。
「『流星旅装』」
「え?」
その瞬間、まるで全てを予測していたかのように……エリスはその場で極・魔力覚醒を発動。そのまま大きく腰を落とし。
「発気よぉい……」
ドスンと足を落と、大きく足を開いた姿勢で両拳を地面につける。これは……モースの使っていた古式武術の相撲!?いつ間に会得して……
「魔道の極致とは即ち『星海を臨む、飽くなき道程』である────」
「───のこったッッ!!!」
そこから繰り出されるエリスの加速は今まで見たことのない勢いの超加速。重心を前に置いて繰り出される突撃は左右への方向転換が出来ない代わりに、エリスに全てを撃ち抜く速度を与える。
そのまま全ての壁を貫通したエリスはイノケンティウスに……って!?
「俺も!?」
「臨界魔力覚醒……ぐっ!?」
気がつくとエリスは俺の襟を掴んだまま飛んでおり、同時にイノケンティウスに張り手を繰り出し、連れていくように一直線に飛び城の外へと飛び出す。
イノケンティウスの臨界魔力覚醒は止められない、絶対に。それは……イノケンティウス自身にとってもそうなのだ。
「ッッ!!『天楼星蓋菩提扶桑』」!!」
「よぉし!!押し出しぃ!!」
イノケンティウスの繰り出す世界を書き換える光の中で、エリスはガッツポーズを繰り出す。軍から、乱戦からイノケンティウスを引き剥がし、そのまま外で臨界魔力覚醒をさせることに成功した……つまり。
「……まさか、こうなるとは」
「イノケンティウス!エリスとラグナが相手だって言ったでしょう!他の人は巻き込ませません!!」
展開される夜天の景色の中、イノケンティウスは悔しそうに歯を食い縛り、エリスは指を高らかに上げる。臨界魔力覚醒の中には俺とエリスとイノケンティウスしかいない。
まさか、エリスは臨界魔力覚醒の発動を常に待ち構えて、これをするつもりでいたのか。あの時俺もこれが出来ていたらよかったのか……!!
流石、エリスだ。確実に……流れが変わってるぜ、エリス!!




