845.魔女の弟子とこの世界の決定権
「いやぁ、勝ちましたね」
「これだけの戦力があればな」
「ルードヴィヒ将軍も前線に出てたんですが……」
「まぁいいとにかく座れ座れ」
ドカドカとエリス達は丸く囲むように配置された丸太の上に座る、ここは南部の平原。そこに集うアド・アストラ軍数百万、その中心に集う八人の魔女の弟子は膝を突き合わせるように腰を落ち着ける。
色々ありましたが、ようやく再会出来たエリス達八人は今しがた敵を全員纏めて吹き飛ばし物の見事に大勝利をかましたわけですが。
「まだ終わったわけじゃない、ここからだ。ここから勝つんだ、俺達は」
「だぁな、好き勝手やらせたんだからその分仕返ししないと」
「何よりこれ以上時間をかけられません、国的にも、僕達的にも」
戦いはまだ終わってないです、フリードリスに敵が居ます。イノケンティウスさん達が居ます、こいつら全員ボコボコのボコにしない限りエリス達に勝ちはない。
「で、どう勝つ」
「私の時界門でフリードリスまで転移します?」
「いや、時界門は使わない。ただメグにはやってもらいたいことがある」
「なんでしょうか、今さっきまで敵にいいようにされていたのです。挽回のチャンスをください」
「うん、今から話すから、聞いてね」
ラグナは気ぶるメグさんを手で押さえ、コホンと一呼吸を置く。
「まず、課題点を共有しておく」
「課題点?」
「ああ、敵はフリードリスを占領しその上にフォルミカリウスが突き刺さっているという」
「ラグナ、フォルミカリウス改ですよ」
「どっちでもいいよそこは。で、問題はフォルミカリウス……改を陥落させるにはフリードリスも同時に攻略しなくてはならない。だが真正面から陥落させようとすれば確実に集中砲火にあいこちらの軍は攻略以前に大損害を喰らう」
それは確かにそうだ、戦争初期にマレフィカルムからの猛攻撃を退けたフリードリスの防衛能力の高さはエリス達が一番理解している。あれを超えて、更に上部にあるフォルミカリウスに。となると流石に厳しい。
要塞の前に布陣したら、それこそ二つの城から砲撃が飛んできてみんな死ぬ。じゃあどうするか。
「ここで仕事をしてもらうのがメグだ」
「時界門でございますね!」
「いや、直接開いて使うのは危険だから使わない」
「え!?何故!?」
「時界門は奇襲性に優れる、敵陣のど真ん中にいきなりこちらの軍を配置出来るわけだしな。だがそれは同時に軍そのものの分断を生むし、穴から出ると言う性質上基本的に穴から出て戦闘態勢を取るまでの間は無防備になる」
「それは……まぁ」
「なにより、向こう側の様子が分からない状態でいきなり飛び込むのは危険だ」
確かにそれはある、それとエリス達はもう慣れてしまっているが時界門による転移には転移した瞬間自分の居場所を失って数秒前後不覚になるという減少が伴う。だから時界門から出て即座に戦闘は少し危険だ。
「そ、それなら……どうするのです?」
「まぁこれに対するアンサーは簡単だ。軍を展開する時間を稼げればいいんだ」
ラグナは軍勢をボヤーッと眺めて………そう言う、時間を稼げればいいと、つまり。
「先遣隊が突っ込むんだね」
「そう、つまり時界門を使わず徒歩で俺達が先にフリードリスに乗り込んで敵を追い払ってから軍を内部で展開する、敵を退けた後ならいくらでもじっくり時界門を開けるだろ?」
「ええ!?軍で行っても危険な場所に私達だけでいくの!?」
「逆だデティ、軍がまとめて動けば敵にバレるが、少数で動けば敵も見つけられないだろうからな。まぁ見つかってもなんとかなるだろ、俺たちなら」
「それはそう」
時界門を使っていきなり戦闘態勢は厳しい、だからエリス達がこの足でフリードリスまで行って、乗り込み、敵を一瞬でもいいから退けた後……軍を展開すれば一気にフリードリスを制圧出来るってわけか。
「なるほど、魔女の弟子という最高戦力を惜しげよなく使い敵の鉄壁に亀裂を開ける、ということか」
「そう言うこと、これでフリードリスを取り返す」
「だがフリードリスを取り返してもフォルムカリウス改が飛び立つ事に変わりはないだろう。逃げられるかもしれないなら……いや、そうか。カロケリ山か」
メルクさんが顎に手を当てながらそう呟くのだ。けどなんのことかよくか分からない、カロケリ山がどう言う関係が?いや待てよ、奴らがフリードリスにいるならカロケリ山はその後ろ、つまりその背面にある。つまり……。
「そう、カロケリ山がある以上奴らは南部に逃げるしかない、そしてここにデルセクトからの援軍を配置して追撃を行う。逃げた先にも敵がいれば逃げる先がなくなる」
「その隙に、エリス達が再びフォルミカリウス改を追いかければ!」
追撃がなるわけか。これなら当初思い描いていた挟撃の形に出来る。転移そのものに対策を取られてもまたみんなを写真の中に入れ、今度はエリスが飛んでいけば数分とかからず追いつける。
「なるほどな、粗方は分かった。つまり我々はこれからフリードリスに乗り込みそこで軍を展開、そのままゴルゴネイオンを撃破しつつフリードリスを奪還」
「そして、逃げたフォルミカリウスをデルセクト軍で追撃し、南部で再びケリをつける。この為に今すぐデルセクトで待機している軍には動いてもらう必要があるから、直ぐに連絡するつもりだ」
「分かった、ではそれは私がやっておこう。で、いつ出発する」
「出発は出来れば直ぐに……」
そうラグナが立ちあがろうとした瞬間、エリスは声を上げる。確かにそれなら今の問題点をクリア出来る、だが……。
「ラグナ、まだ問題はありますよ。イノケンティウスと戦うのなら……臨界魔力覚醒への対策が必要です」
「む……あ、ああ。そうだよな、あんまり考えてなかった」
問題はイノケンティウスさんが使う臨界魔力覚醒、事実ラグナ達はそれに一度負けている。エリスはそれを見ているが、実際にどれだけの威力があるから知らない。それこそどんな戦いだったかも知らない。
だからこの対策を立てられるのはあの場にいたラグナ、メルクさん、ナリアさん、ネレイドさんだけだが……。
「臨界魔力覚醒かぁ……」
「所感になるが、あれの対策は不可能なように思える」
「僕もちょっと、勝てる気がしません」
「…………」
みんな難しい顔をする、メルクさんもナリアさんも、ネレイドさんでさえ静かに沈痛な顔をしている。それほど圧倒的な力の差だったのか。これだけの戦力が揃ってそもそも勝負にすらならなかったのか。
「………どうすっかな」
ラグナもそこはマジで考えていなかったようで静かに俯いてしまう。すると。
「そう絶望することもないでしょう」
「え?」
「あ、ヴォルフガングさん」
そんなエリス達の輪を見下ろすように、ヌッと現れたのはヴォルフガングさんだ。彼は相変わらず表情一つ変えず杖をつきながら現れエリス達をジロリと見ている。そして髭を撫でながら。
「イノケンティウスの臨界魔力覚醒発動のプロセスは確認していましたが、あれは正規の覚醒とは若干違うようてすね」
「見てたって、帝国から?まぁ正規のプロセスじゃないのは分かってるけど、それでも強力である事に変わりはないだろ」
「さて、それはどうでしょうか。彼は変わらず強いままでいられるでしょうか」
「……どう言う意味だ?」
ヴォルフガングさんは撫でていた髭から手を離し、手をこちらに向ける。そして開いた手で指を四つ立てる。
「四回です、彼が生涯で臨界魔力覚醒を使える回数は四回が限度です、うち一回は既に何に使うかを決めており、そして二回はもう使用しているので……イノケンティウスはあと一回しか臨界魔力覚醒を使えません」
「え?そうなのか?」
「はい、確かです。……何故なら彼は臨界魔力覚醒発動に必要な魔力を別置きで用意しているからです」
どういう意味?とこちら側の魔力の専門家デティに目を向ける。どうやら彼女は既にその方法に思い当たるところがあるらしく。
「まさか、魔力を結晶化させる事で外に取り置いてあるって事?」
「流石は魔術導皇様。ご明察、その通り……イノケンティウスはその半生をかけて臨界魔力覚醒発動に必要な魔力を結晶化させる事で自分の外側に保存しておいたのですよ」
そう説明されたら分かる、魔力ってのは自分の魔力総量以上に回復することはない。だから常に外部に魔力を流し続ける事により常に魔力を製造し続ければ理論上限界を超えて自分の魔力を用意することができる。
それを半生。常にずっと魔力を積立貯金してたってことか……。
「そうして溜め込んだ魔力水晶が四つだから、四回しか使えないってことか?」
「いえ、違いますね。そもそもイノケンティウスの魔力回復速度は常軌を逸しています。用意するだけなら恐らく最大で七個用意出来たでしょう。ですがそれをしなかったのは……」
「四回が限度だから、五回目はないから。そもそも用意すらしなかった」
「流石は魔術導皇様」
「四回が限度……それってもしかして」
デティは腕を組みながら、難しい顔をしながら小さく頷く。まぁ、なんとなく分かっていた。分かっていた……。
「そもそもだよ、みんな。よくよく考えてよ、莫大な魔力を用意してそれを魂に取り込んだだけで臨界魔力覚醒に目覚めると思う?それだけで出来るなら今からでも試すよ私」
「確かにな。臨界魔力覚醒は極・魔力覚醒と違って条件があるもんな」
「そう、それを達成する為の仕掛けは……恐らくイノケンティウスは自らの人生を前借りしているんだ」
「前借り……?って、つまり?」
「う、うーん。どう説明したらいいんだろう、魂の昇華とか飛躍化状態とか専門的なこと言っても分からないよね」
「わかんない」
「つまりイノケンティウスは魂に魔力を送り込み、それを触媒にとある魔術に近いものを発動させているのです。それが自身が歩んだ可能性を手繰り、未来を暫定的に決定する因果律操作の魔術です。それを使い、自分が臨界魔力覚醒を会得した未来を手繰り寄せ一時のみ発動を可能としている……そう認識していただければ」
ヴォルフガングさんの注釈によりエリス達はギョッとする。つまりイノケンティウスさんは将来的に臨界魔力覚醒を発動する可能性があると……そう言うことなのか?だが確かにあり得る。彼が古式魔術を手に入れたら多分だが直ぐに臨界魔力覚醒へ辿り着ける。それだけの領域に彼はいる。
「お、おいおいそんなのありかよ、今はまだ確定してない未来を暫定的に決定するなんて。そんなの擬似的な時間遡行だろ。そんなの可能なわけが……」
可能なわけがない。そう言いかけてエリス達は全員揃って一人を見る……そう、メグさんだ。メグさんは首を傾げているが、彼女は似たようなことをやっている。未来の自分の人格を呼び寄せて戦った経験がある。
つまり、未来の人格を呼び寄せられるなら、未来の可能性だって呼び寄せられるか。
「まぁ、詳しいことを言えば魔術ではなく一種の魔力現象で。と言う注釈は入りますがおおまかはそんなところです。ですが、これは正規の方法ではありません。確かに『いつか』は臨界魔力覚醒が使えるでしょう、ですがその『いつか』がいつになるかは決定していない」
「そして、この技術を使うと臨界魔力覚醒を会得した瞬間と現在の自分の距離が縮まるの。例えば臨界魔力覚醒を会得するのが百年後なら今のイノケンティウスはその百年後の状態に少し近づく、けど老齢のイノケンティウスが百年後まで生きていられるわけがない……言い換えればこれは自分を寿命へと追い遣る悪夢の方法だよ」
「……自分に残された時間を焼き払って使う技ってことか」
「それだけじゃない、アマルトには言ったけど魂に外部から魔力を一気に送り込めばそれだけ魂が傷つく、これでも寿命が削られる。このダブルパンチで寿命が削れるから……どの道五回目は使えない」
「…………」
つまり、今イノケンティウスさんは残りの寿命を四等分して使っているに等しい。そしてうち二つを使ったから……本来イノケンティウスさんが生きたであろう十年二十年が既に消費されているということ。
「そりゃ、ジョバンニ達は死ぬ気で止めるよな」
ラグナが呟く、つまりイノケンティウスさんを前に出したくなかったのはそう言うこと。イノケンティウスは戦えば戦うほど死に近づいていく。そう言うことなのだ。
「まぁそう言うことです。寿命が近づけばその分肉体は衰弱し立っていることもおぼつかなくなる。今のイノケンティウスは皆様が戦った時より弱っているでしょうからまぁ楽に勝てるでしょう、なんなら誰かを犠牲に一回使用させればもう臨界魔力覚醒は使えなくなります」
「ヴォルフガングさん、あんた人間の心って持ってないのか?」
「こうするのが最も効率良く勝てると言う話です、人間性の話は今していません」
ヴォルフガングさんはまぁどちらかと言うと秩序側だが、発想というか思考というか、その辺はどちらかと言うと結構無秩序寄りだ。『結果』が出るなら『工程』にはあまり興味がない。
まさしく魔術そのもののような人間性、イノケンティウスに勝てるなら別にイノケンティウスの覚悟とか仲間の犠牲とかは気にしなくていいよね。だって勝てるから、そういうタイプなんだ。
まぁこう言うタイプの人だから『どの道帝国が助かるんだから帝国を裏切ってエリスに味方してもいいよね』と、あの時エリスに味方してくれたわけだ。とやかくは言うまい。
……つくづく思う、なんか歯車が違ったらこの人は確実にマレフィカルム側だったと。セフィラでしたよ多分。
「しかし、まさかそんな方法で臨界魔力覚醒を会得できるなんてな」
「ちなみにこの方法を確立したのはガオケレナ・フィロソフィアでしたよ。彼女はこれを利用し臨界魔力覚醒を会得、答えを知った状態から逆算して第四段階に逆説的に至りました。彼女はイノケンティウスよりも利口でした、寿命というデメリットがあるなら、まずはそこから消してしまおうと考えたわけですね」
「あ、あんた随分詳しいな。そこまで詳しいならあんたも臨界魔力覚醒すりゃよかったろ」
「ええまぁ、出来ました。ですが趣味ではないのでしてません」
「なんだこいつ……」
「臨界魔力覚醒とは、人類に課された命題。それをカンニングしてまで解き明かすのはよろしくない、そうやって手に入れた力にはどこかほつれが生まれるものです。邪道が正道に勝った試しがないように、態々邪道に落ちる必要はありません」
「まぁ、それは理解出来るが」
アマルトさんはその辺は納得出来ると頷く。それはそうだ、エリスも同じだよ。もしどこからか神様が現れて、君を第四段階の頂点に到達させてあげよう。と言われてもエリスはそれを断ると思う。
だって、自分で手に入れたわけじゃない力を一体どこまで信用出来る。そう言う話だ。
「イノケンティウスという邪道は、魔女の弟子と言う正道に打ち砕かれる。そこを違えなければ勝機はありますよ」
言うだけ言ってヴォルフガングさんはそのまま踵を返して何処かへと立ち去っていく。
「なぁデティ。ヴォルフガングさんってあんな変な人なのか?俺ぁもっとトラヴィスさんみたいな人かと」
「あ、はは。まぁかなりの変わり者ではあるよ、七魔賢の会議にも『参加の意味なし』って言って全然参加しない人だし。そもそもトラヴィス卿が人格者なのはトラヴィス卿が凄いからだし」
「帝国でも屈指の変人と知られる方です。陛下もその辺を理解してヴォルフガング様には全ての判断を一存で下す権利を与えているわけです」
「味方、だよね」
「多分、背中を撃ってきたりはしないだろ」
みんなでコソコソとヴォルフガングさんの背中を見つめつつ言う。変な人と言うより凄すぎる人と言うのがエリスの感想だ。ヴォルフガングさんはかなり先まで見据えて動いている。
あまりにも大きな視座を持つが故に思考や発言が周囲から受け入れられないタイプ。
ナヴァグラハと同じだ、所謂孤高の天才ってやつですね。
「まぁ、ヴォルフガングの言うことも分かる。ともあれイノケンティウスは無敵の存在じゃないってことだ」
するとラグナは立ち上がる、イノケンティウスさんは自分を削り他を圧倒する力を得ているに過ぎない、ならその力にはどこか綻びのような物がある。勝機があるとするなら、そこだろう。
「けど、ヴォルフガングの言うようなことはしない」
「つまり、仲間を犠牲にして臨界魔力覚醒の回数を削るような真似をしないと?」
「と言うより、向こうが命を賭けて戦いを挑んできてんなら。こっちも賭けるってだけさ、じゃなきゃ……真っ当な責任の取り方とは言えんだろ」
ラグナはそう言うんだ、勝つことが重要だろう、負けたら意味がない。そこでそんな曖昧な理屈を持ち立つな、そんな現実的な声すらも封殺する程に彼の姿は王たるべきもの。
こう言うところがかっこいいから、エリスは彼に惚れたのだ。
「よし!じゃあ早速行きましょう!ラグナ!まずはエリス達だけでフリードリスを目指すんですよね!なら今からいきましょう!」
「おいおい、マジで行くのか?ここから徒歩かよ。勘弁してくれ」
「いや徒歩じゃない、あるだろ。俺達らしい移動法が」
「え?まさか……」
ラグナはメグさんにウインクすると、メグさんは即座に合点が入ったのか。クルリとその場で回転し時界門を開き。
「無論、準備してありますとも……さぁ皆様、こちらに乗ってくださいませ!」
「お!これは!」
「エリス達の馬車です!!」
それはエリス達がマレウスの旅で使っていた馬車。ジャーニーも一緒だ、それが時界門を通じて現れるのだ、そう言えば久しくこれに乗ってなかった気がする。
これで向かうのか、やや時間がかかる気がしなくでもないが……。
「これから決戦なんだ、一息つく時間が必要だろう。一息つくには戦争ってのを忘れなきゃいけない、なら俺達にとって日常ってどこだ?ここしかないだろ」
ラグナは馬車に軽く飛び乗り、クルリとこっちを振り向くと。いつもみたいな笑顔を見せて。
「アマルト!お腹減った!」
「切り替え早え〜……あいよ、そろそろ昼飯の時間だよな。んじゃ一発気合いの入るもんでも作りますか」
「ではでは、軍の皆様はこちらに待機しておいてくださいませ〜」
そうしてエリス達は腰を上げる。向かう先は最終決戦の地、戦う相手はゴルゴネイオン、セフィラ……そしてダアト。
泣いても笑っても、これが最後、ここから先に逃げ場はない。決着をつけていこう……!
………………………………………………………………
『南部の森林地帯からフリードリスまで最短距離を最速で行っても二日かかります。ラグナの言う二週間を少しオーバーしますが、その日のうちにケリをつければ魔蝕の日まで数週の猶予を得られます。なのでここからはスピード勝負になりますね』
そんな言葉をエリスは残し、馬車で二日間を過ごすことになる。エリス達全員を休める為いつものように御者は持ち回り制ではなく軍で一番馬の扱いが上手いとされるベテラン御者係のカバランと言うおじさんが二日間エリス達の代わりにジャーニーの手綱を握る。
その間、軍は先程の山中で過ごすことになる。これなら普通にステラウルブスで待機してもらった方がいいのでは?とエリスは言ったが『それじゃあ戦いの空気が途切れる、これでいい』とラグナに言われてしまったのでそのままにする。
それで、エリス達はというと。
「うぱぁー!久々にお湯に浸かった〜!」
「気持ちいい〜」
「ぐっ、思ったよりも体が凝っていたようだ」
エリス達も写真の中でくつろぐ、場所はオライオンの秘湯の写真。女性陣は温泉の中に浸かり体を癒す。
いやぁ、あれですね。アルクカースに来てからもう直ぐ二週間。その間ずっと張り詰めた空気の中で過ごしていた、いくら途中で休憩を挟んだとはいえ完全に靴下を脱いでリラックスする瞬間はなかった。
特にエリス達はこの三日間凄惨な時間を過ごしましたからね……もうね、ありえんくらい気持ちいい。
「うぅ、溶ける〜……」
エリスは温泉のお湯の中を半ば気絶しかけで浮かぶ。やばい、気持ち良すぎて溶ける。頭ふやける〜……。
「ぷふー」
「さて、デティ様」
そんな中、この温泉での一幕。まずこの温泉を選んだ最たる理由は……デティだ。彼女は何やら凄い魔術を開発しようとしているらしいが、どうにもコンディションが整わない。なのでまずは温泉でリラックスしてアイデアを思いつけるように色々する予定だ。
頭にタオルを乗せたデティの元へ泳いでやってくるメグさんはどこからともなく持ってきたのはお湯に浮かぶ、お盆。その上には……いくつかのお菓子が載っている。
「さぁ召し上がれ、帝国にて『やったねカノープス賞』を受賞した最高級瓶入りプリンでございます」
「うほー!プリンだーー!!」
瓶に詰まった美味しそうなプリンだ。ちなみにやったねカノープス賞はメグさんが勝手に作った賞なのでカノープス様は関与していない。
「はぐはぐ!うめーー!!おいちいよう!おいちいよう!甘いよう!脳みそに砂糖が染みてくるよう!」
「ささ、こちらをどうぞ。シロップグレープジュースでございます」
「んくんく!ひひーー!天国だよ〜〜!」
温泉に浸かったままシロップましましのグレープジュース片手にクリームが乗ったプリンを三つ四つ頬張るデティの目には涙。戦地に来てお菓子を食べる余裕もなかったですからね、あの子のあんな可愛い顔を見たのは久々な気が──。
「ハッ!」
瞬間、デティの顔に電流が迸り。
「エウレーーカ!思いついた思いついた!これだーー!!」
「ちょっ!?デティ様服を着てください!!」
そしてデティは右手にタオル、左手に瓶入りプリンを持ったまま温泉から飛び出し、そのまま裸で外へと向かっていってしまった。マジであれだけでアイデアを思いつくとは、これ本調子だったらその場で開発してたんじゃないか?相変わらず凄いなぁデティは。
「もう、仕方ないですねデティ様は」
一瞬でデティの体を拭いてそのままスポッと服を着せて見送るメグさんはそのまま温泉に戻ってきて再び浸かる……って、なんかこっちに近づいてきてません?
「さて次はエリス様ですね」
「え?エリス別にプリンいりませんけど」
「あなたに必要なのはこちらです」
「へ?……んひょぁっ!?」
ギュッとメグさんの親指が背中のいいところに食い込み変な声が出る。全身に凄まじい快楽が走ったのだ、ま……まさか!!
「メグマッサージfeat.温泉。いきます」
「いかないでください!ここではやめてください!ちょっと話聞いてますか……きひぃっ!?」
「ささ、リラックスリラックス。いやぁお肌スベスベ、なんであんなバカみたいな生活していて肌が荒れてないんです?」
「知りませんよーー!!!んんぅっ!!??そこ!マッサージで揉むところじゃないですよね!?」
「私は揉みます」
「ばかーーー!!!」
そのままバシャバシャと温泉の中で暴れ、メグさんに揉みほぐされる。や、やばい、この三日間で溜まった疲労が全て抜けていく〜〜!!
「エリスの奴、あんな声を出すのか」
「メルクさんメルクさん、メルクさんも疲れてない?私がマッサージしてあげようか」
「勘弁してくれ」
そんな様を見ているメルクさんとネレイドさんもまた、静かに温泉に浸かり……疲れを癒す。
……………………………………………………
「さぁメシだ!どうせいいもん食えてないんだろ、いいもん俺が食わせてやるよ!!」
そして食事タイム。あっという間にご飯を作り上げたアマルトさんが丹精込めて作り上げた料理の数々がテーブルに並ぶ。
「ラグナ!特製ハンバーグ2500g!これ食うの熊とかその辺だと思う!」
「わーい!チーズ乗っかってる!!」
ドカンと置かれるのは肉の塊、人間の子供並みの重量の爆弾ハンバーグチーズ乗せ。それを前にラグナは嬉しそうにニコニコしてる。
「メルク!お前は黄金オムレツ!いい卵集めて作った!ケチャップをかけて食うなよ?それだけで美味いから」
「ほう、オムレツ。ビューティフルだ、アマルト」
そしてメルクさんの前には金色のオムレツ、もはや芸術品と言えるレベルのものが置かれている。メルクさんは嬉しそうに微笑みながらナイフとフォークを手にしているが、オムレツってナイフとフォークで食べるっけ。
「ナリア!お前にはアマルト印のボルシチだ!!」
「わっ!エトワールの、名物料理じゃないですか。久々に食べるなぁ」
ナリアさんの前には赤いシチューがドンと乗せられる。基本的にヘルシーで油分を取りたがらないナリアさんだが、故郷の料理だけは別、嬉しそうに木の匙を手にボルシチを掬い匂いをかいでいる。
「メグ!お前はドハバネロミート!あっちで食えよ」
「何故私だけ部屋の外で……」
メグさんに与えられたのは危険物、もう肉の表面が見えないくらい干した唐辛子やら香辛料やらがくっついたそれが与えられ、部屋の外で正座している。あれは食べ物ではなく危険物だ。
「ネレイドは、トツカ風の刺身の盛り合わせ。柚子と塩で食え」
「わぁ、美味しそう」
ネレイドさんに渡されるのは巨大な皿に盛られた魚の切り身ともりもり白飯、ネレイドさんのテシュタル教の掟に配慮したようだが、普通に羨ましい。
「でエリス、お前はコートレット丼だ。食え」
「なんですかこれ」
「トツカじゃカツ丼って言うらしいぜ」
そしてエリスに渡されたのは底の深いボウルみたいな皿に盛られた米、その上に分厚いコートレットが数枚乗ったよく分からんモンが出てきた。カツドン?なにそれ、強そうな名前です。
「でもこれ、美味しいんですかね」
「バァカ、一番凝って作ったんだ、多分一番美味い」
「こんな単純な料理が?ふざけないでくださうまぁいいいいい!!!」
美味しい!コートレットがサクサクふわふわ!お米が甘い!と言うか肉も甘い!脂が上品に甘い!豚肉を揚げただけ!それを米に載せただけ!ただそれだけなのに美味い、なんでぇ!涙止まらない!ほっぺた落ちちゃった!!
「それでデティには後でサンドイッチ差し入れるとしてだ。お前らどうだ」
「美味しいでーす!」
みんなで両手を上げる。思えば彼の料理をこうやってここで食べるのも久しぶり、なんだかんだここ最近は旅から離れていたら馬車の中でアマルトさんの料理を食べる機会からも離れていたと思う。
ちなみにデティはいない、エリス達の声が耳に入らないくらい魔術式の設計に没頭している。あれは邪魔しない方がいいだろう、多分脳内の糖分がスパークを起こしているんだ、あの瞬間じゃないと作れないものがあるんだろう。
「にしてもこれだけの料理、よく一瞬で作れましたね」
「ん?まぁな、ほら極・魔力覚醒したら壁とか床とかから腕出せるじゃん、あれ使ってあっちこっちで同時に料理出来るんだわ。だから一人前の手間で十人前だろうが二十人前だろうが作れちゃうわけ。便利」
「へぇー、第三段階って日常生活でも便利になるんですね」
「だな、魔女様もすげー生活してんじゃない?俺のお師匠はそんな感じじゃなかったが」
「師匠の私生活も終わってます」
そう言いながらアマルトさんが食べるのはお手製ラザニア。アマルトさんって色々料理作れるわりに自分で自分の料理作る時はラザニアかボロネーゼしか作りませんよね。まぁエリスも自分で料理する時はあんまり凝ったやつは作りませんが。
「んー、やっぱ俺の飯うめェ」
「メグ、寄るな」
「こんなに美味しいのですが……」
「わーい、ハンバーグ」
そしてエリス達は思い思いの形で食事を始める。はっきり言って戦略性、無駄を省く効率性を求めるならエリスが飛んでいって簡易転移機構を設置するだけでいいんだが……それをせず、敢えて時間を取ったのはこれから起こる戦いに備えてのもの。
つまり、この二日でコンディションを絶好調に持っていく。戦いました、大一番で調子が出ずに負けました、これは許されない。許されないから対策する。これはつまりそういう時間だ。
「アマルトおかわり!」
「マジで、もう食ったの?おかわり用意しておいてよかった〜。キッチン置いてあるから勝手に取って食えよ」
「うーい」
ラグナはキッチンから巨大なハンバーグを抱えてもぐもぐ噛みながらやってくる。まぁなんていうか、リスみたいで可愛いですね。
彼もこの三日で無理をしたし、それより前からずっと多くのものを背負ってきていた。だからその疲労を取るためにも是非とも寛いでほしいな。
『呑気もんだな』
(あら、シン。お目覚めですか?)
『貴様に三日もこき使われて疲れたんだよ。だがそうか、そろそろ決戦か』
(そうなりますね、あなたの所属したマレフィカルムがもう直ぐ吹き飛びますよ)
『構わん、未練もない。私は既にアルカナの時にやるだけの事をやったしな』
(やりましたね、エリスが粉砕しました)
『全くな』
シンはエリスの精神世界で腕を組みながら鼻を鳴らして笑う。彼女としても最早マレフィカルムに未練はないようだ、まぁ未練があるなら手を貸してはくれないか。彼女からすればマレフィカルムはアルカナを裏切った相手だしな。
『……だがエリス、そろそろ頃合いじゃないか』
(ん?なにがです?)
『イノケンティウスの件だ、ヴォルフガングの話していた寿命を削ると言う話。自らの命を賭してでも戦おうと言うイノケンティウスの覚悟、あれを聞いてお前はますますイノケンティウスと戦う気がなくなったんじゃないか?』
「……………」
エリスは少し俯く、そうだ。ちょっとだけ思ってしまった。エリスは知っている、イノケンティウスさんの目的……彼の言う魔女を殺すとは即ち、魔女シリウスを殺すと言う意味だった。
それは八人の魔女の悲願でもあり、エリス達の目的でもある。つまりイノケンティウスさんとエリス達の目的はある種一致している部分がある。
(イノケンティウスさんとエリス達の目的はある種同じ、なら協力出来ないかって。あの人は命を賭けている、それほどの覚悟を持っているなら……)
『バカを言え、お前だって本当は分かっているんだろう。それは無理だと、無理だから戦争が起きているんだと』
(…………そうですね)
確かにイノケンティウスさんはシリウス打倒を目指す同志。だがその上で彼は反魔女でもある、彼の打倒シリウスは魔女文明そのものの否定から来ている。道の先が一緒でも、スタート地点が違うなら相容れない。
そこは分かってる、分かってるんだが……。
『ええい間怠っこしい、お前は普段迷わない分迷うとトコトン女々しいな』
(女ですエリス、一応)
『ラグナと話してこい、イノケンティウスの件をラグナに伝えるんだ。お前の胸に収めるには余る話だ』
(でもそんな事してラグナまで迷ったら──)
瞬間、バチッとエリスの手元にシンの電流が走り……。
『お前の愛した男は、この程度で迷うのか』
「ッ………」
『これ以上はなにも言わん』
それだけ言うとシンの声は遠ざかっていく。……ラグナに言えか、確かに必要かもしれない。
エリスは倒す敵の事を理解し、その心情を理解した上で倒す。それが覚悟だと思っているから、ならラグナにもそれが必要じゃないのか?だったら……。
「アマルトおかわり!」
「もうねぇよ!!まだ食いたきゃ外で鹿でも捕まえて食え!」
「そんなぁ」
「あの、ラグナ」
「ん?」
丁度食事を終えたラグナにエリスは声をかける。……きっとイノケンティウスを止めるのは彼だ、なら彼には知る権利がある。
「ちょっとお話があります、いいですか?」
「………ああ」
彼はエリスの顔を見て、尋常ではない話だと察したのか。いつもみたいにキリッとして……答えてくれる。
………………………………………………………
「で?話って?」
それからエリス達は馬車を出て、その屋根の上に座り、ラグナと二人きりで青空の下で風を浴びる。
「実は、イノケンティウスについて……今まで言ってないことがあるんです」
「イノケンティウスについてか。うん、なんだ?」
彼はエリスの言葉を真剣に受け止めてくれる。寧ろ今まで黙っていたのは良くなかったと反省するほどに。もう迷わない、彼に話す事を。
「実は……イノケンティウスの目的についてです」
そしてエリスは話し始める。イノケンティウスの真の目的は八人の魔女そのものの撃破ではなく、シリウスを滅してこの世界に魔女が干渉する理由を消し去ろうとしている事だと。
即ち、エリス達と目的は似通っている。シリウスを復活させず、滅する事ができればエリス達に取って利益があるどころの騒ぎじゃない。
寧ろ、協力だって出来る内容だと。その話を淡々とエリスがしている間ラグナはジッと黙って聞いて。
「なるほどな、アイツ……そんな事考えてたのか」
ラグナは空を見上げてそう静かに呟く。その表情からはなにを考えているかはまだ分からない。
「すみません、黙ってて。エリス……これを言ったらみんな迷うかと思って」
「まぁ、迷うよな。もしかしたら一緒に戦えたかもだし」
「なら……」
「でも、実際には無理だった。一緒にゃ戦えない、戦えないからこうして争ってるわけだしな」
彼はキッパリそう言うんだ。こう言う部分の覚悟の決まり方は……一生敵いそうにないな。
「イノケンティウスは戦う覚悟を決めてんだろ?ならこっちも決めるべきだろ。そもそも、アイツらは俺の大事な国をぶっ壊してくれてんだし」
「それは、エリスも思います」
「らしくないなエリス、目的が一致しているだけでそこまで迷うか?まだなんか言ってないことあるだろ」
「う……じ、実は」
彼には敵わない、そう思えば最早隠し事は出来ない。これは言うしかないか……。
「……彼には恩があります。エリス達は」
「ん?なにが?」
「ラグナ、トラヴィスさんの話を覚えてますか?」
「なんだろう、色々言われた気がするけど」
「トラヴィスさんとヴェルトさんは一緒に組んでマレフィカルムの内情を調べてあげていた。けどこの二人には更に協力者……しかもマレフィカルムの最奥にて情報を流してくれている人物がいたと」
「……まさかそれって」
「はい、情報を渡してくれていたのはイノケンティウスです」
この話はイノケンティウスさんから聞いた。トラヴィスさんとヴェルトさんの死を悼む意味合いも込めて、彼は語った。
自分が巻き込んでしまったと、エリスに向けてそう言った。だがエリス達のマレウスでの旅はある種イノケンティウスさんが流してくれた情報によって前に進めていた部分が大きい。セフィラの情報、八大同盟の情報、それらを与えてくれていた以上恩義があるのは事実だ。
「なんでそんな事してたんだよ、普通に裏切り者じゃん」
「それは……教えてくれませんでした」
「んーー……」
するとラグナはその場で寝転び、腕を枕にして目を閉じて。
「まぁ気になってはいた、アイツはやろうと思えば初手で俺達を殺せたし、俺達の事を潰そうと思えばいくらでも潰せた。この戦争もなんか妙に堂々としてるっつーか、考えなしか?と思ったりもしたが……なんとなく分かった気はする」
「なんですか?」
「イノケンティウスは多分、自分の答えに確証がないんだ」
「確証が……ない?命を賭けているのに?」
「それは魔女様だって同じだ。命を賭けて世界を救い、時代を作った。けど結果として世界は歪みマレフィカルムが生まれた。その例を当のマレフィカルムの代表者が考えてないわけがない」
「つまり、イノケンティウスさんは自分の行いでまた同じ事が繰り返される事を危惧してると?」
「そう、だから対案を用意したかった。自分が間違っていると真っ向から否定する存在、そいつらを倒せば道は一つしかない。けど否定する存在が勝てば自分は間違っていた、それでいいと」
「……じゃあその対案が」
「俺達だ。魔女を継ぎながらアド・アストラと言う魔女時代からの脱却を掲げ、そしてアジメクでシリウスを撃退した俺達こそイノケンティウスの対案となり得る存在だとな」
ラグナは目を開き天を見上げながらそう言い続ける。つまりイノケンティウスさんはそもそも最初からエリス達と戦う事を望んでいた?望んでいたから情報を流す事でエリス達に味方をしたと。そう言う事か。
「つまり、この戦争の目的は、戦争をする事だった。未来の世界を訣る戦争をな、けどそれをするには俺達は弱過ぎた、マレウスに入った時点じゃイノケンティウスの足元にも及んでいなかった。だから八大同盟との戦いをさせた……いや、或いは八大同盟達にも同じ事を求めていたのかもな」
エリス達が八大同盟に負ければ、イノケンティウスさんはその対案を八大同盟達に求めた。結局勝ち上がり最後に残った存在と今後の世界をどうするべきかを争うつもりでいた。
そして、勝ち残ったのがエリス達だから……ここで決戦をすることになったと。
全ては、最善の選択肢をより多く増やすため。
「結局、俺達が強くなる事を望んでいたのは魔女様だけじゃなくてイノケンティウスもそうだったってことだ。気に食わねぇな、ここまでアイツの思う通りに進んでるってわけだし」
「じゃあエリス達はイノケンティウスと戦わなければならない……」
「そう、それがここまで勝ってきた責任であり、アイツに勝つ事でアイツの分の責任も負うことになる。生半可な答えじゃ、実力云々以前に弾き返されそうだぜ」
これが八大同盟最後の盟主、八大同盟全てとエリス達の争いの先で待ち構えていた……マレフィカルムそのものの代表者。ここから先はただ強いだけじゃダメなんだ。
確たる答えを求められる領域にエリス達は立っているんだ。
「エリス」
するとラグナは起き上がり、エリスの肩を抱いて……。
「それでも俺はイノケンティウスを否定する。アイツが正しいかどうかはまだ決定していない、それを決めるのはこの戦いだ。だから最後まで否定して、やり抜くよ、だって俺は……」
そしてラグナは風に揺れる髪の隙間からエリスを見て。
「俺はこの世界を、お前と出会えたこの世界を愛しているから。それを否定し新たな世界を作ろうとするイノケンティウスを否定する」
「ラグナ……」
「守ってみせるさ、全部な」
やはり、彼は……迷わない。これしきの事では迷わない、迷わないから彼はエリス達の代表者なのだ。
……もう直ぐ決戦が始まる。ゴルゴネイオンとのじゃない、マレウス・マレフィカルムとの決戦だ。半生をかけて戦って来た相手との最終決戦が。
そしてこの戦いが終わった時、世界は本当の意味で新たな時代を迎えるのかもしれない。そんな予感を感じながらも、馬車は進む。
最後の決戦の地、ビスマルシアへと。




