844.魔女の弟子と魔女の因果
それは三日前、ラグナ達が臨界魔力覚醒に飲まれた時のこと。
「どうなってんですか!みんなは!」
突如として発生した巨大な魔力の奔流。それがただならぬ事態である事を察したエリスはホプキンスとの戦闘をやめて即座にそこへ向かった。ラグナ達がいたはずの場所で全てを飲み込む魔力の螺旋が生み出されたのだ。
漆黒の魔力渦、それは世界を吸い込むように拡散し光もなにも逃す事なく内側へと捕らえていく。例えるなら地面に広げたハンカチを中心から捻りながら摘み上げるように、景色そのものが内側へと吸い込まれるようだった。
エリスが到着した頃にはラグナ達の姿はなく、あれだけ大勢いたアド・アストラ軍が跡形もなく消えていた。
「い、一体なにが……ラグナ!メルクさん!ナリアさん!?クレアさん!!」
誰もいなくなった地平でエリスは叫ぶ。仲間達がいない、軍勢もいない、全てが消えてしまった。こんな事あり得るのか、そう混乱していると。
「どうやら神王自ら、臨界魔力覚醒を発動させたようだ」
「ッ!」
エリスの背後に降り立つのは……ホプキンスだ。彼が語るにイノケンティウスさんが臨界魔力覚醒を発動させたらしい。なるほど、外部から見るとあんな感じになるのか。発動するのを外から見るのは初めてだから一瞬理解出来なかった。
(まずいことになった、ラグナ達を助けに行かないと。けど助けに行く方法が思いつかない!)
臨界魔力覚醒を発動すると文字通り人は異世界へと飛ばされる。臨界魔力覚醒は世界からそっぽを向かれ、こことはまた違う世界を展開するもの。つまりラグナ達は今この世界のどこにもいないことになる。外部から干渉するのはほぼ不可能か。
いや、完全に不可能なわけじゃない。エリスは臨界魔力覚醒を破った例を知っている、カノープスさんだ。ウルキさんの臨界魔力覚醒内に置き去りにされたカノープス様は世界の壁をぶち破って現実世界に戻ってきた。内から外に出てきたということは外から内に入る方法はあるはず!
……いやぁ、どうだ。あれはカノープス様が尋常じゃないだけじゃないか?そんな気がする。つまりエリスにも同じことが出来る気がしない。
「イノケンティウス様が出陣した時点で、私がここで命を賭ける意味もなくなった……ここは退却させていただく」
「おい待てよッ!エリスがお前を逃すと思いますか!」
「私は君の師匠からも逃げ仰た経験がある。弟子に捕まるわけにはいかない」
「そういう理屈の話してんじゃないんだよ、エリスが!お前を!逃がさないって言ってんです!」
「恐ろしいな」
イノケンティウスさんをなんとかしたいが、それ以上にここでホプキンスを倒しておきたい。ホプキンスを倒しておきたいがすぐにラグナ達を助けにも行きたい、エリスはどうすれば───お!?
「『ラグナロク・スコルハティ』!!」
「当たりませんよ!」
「ぬわっちょっ!!」
変な声をあげてエリスはその場から飛び出し、地面を転がりながら頭上から降ってきた巨大な魔力のぶつかり合いを回避する。危ない!吹き飛ぶところでした!っていうか!!
「チッ!ただの魔力覚醒の癖をして、極・魔力覚醒並みのスペックだな」
「そっちこそ、それに普通についてくるってどういう強さしてるんですか」
咄嗟に振り向くと、降ってきた魔力の爆心地には……二つの影。あれは!!
「ダアト!!」
「ゲッ!エリスさん!!」
ダアトだ!あとアーデルトラウトさん!二人の戦闘がこっちまで来たんだ!しかもこいつ覚醒してるーーー!!!!
「お前ーーーー!!エリス相手には覚醒しない癖してアーデルトラウトさんには使うんですかーーー!!!!」
「い、いやこれには訳が……」
「言い訳無用ッ!最低ッ!」
「ひぃん」
こいつ!本当に最低!ダブルスタンダード!もう許さん!こいつはここでエリスがハッ倒す!!
「エリス、お前なぜここに……」
「アーデルトラウトさん!選手交代!エリスがダアトとやります!」
「では私は逃げさせてもらうぞ」
「お前もエリスが倒します!」
「どうしろと」
ダアトもホプキンスもエリスが倒す!そんな感じで燃えていると……。一瞬でアーデルトラウトさんがエリスの隣に転移し。
「聞け!ラグナ達はどこへいった!」
「臨界魔力覚醒の中に……吸い込まれました」
「なんだと!じゃあ敵の城は!」
「敵の城は……なんか消えてました」
「なんか消えてたってどういうことだ!お前は城攻めに参加してたんだろ!」
「うぅ、さっきまでエリスもあのハゲと戦って遠くにいたんですよ……」
「チッ、見事に引き剥がれされたわけか」
エリスは頭を押さえながら答えるとアーデルトラウトさんはホプキンスとダアトを睨む。城が消えていたのには驚いたが、動くことはなんとなく分かっていた。もしかしたら南の方へ退却したのかも……。
「どうやらフォルミカリウス……あ、フォルミカリウス改はフリードリスの方へ向かったようですね」
「え!?」
ダアトの呟きにエリスは思わず立ち上がる、あの城がフリードリスの方へ!?まずい!すぐに助けに行かないと!でもホプキンスやダアトに逃げられる!あとラグナ達も助けないと!でも本陣が潰されたら……あ、ああ。
(ど、どうしたら……)
エリスは停止する。なにから解決したらいいんだこれ、ラグナ達は最悪全滅もあり得る、このまま行けばフリードリスもやられる可能性が高い。ダアトを逃せばまたこちらが追い詰められる結果になりかねない。
全て、捨ておけない。捨ておけないからこそ迷う。少なくとも三つのうち二つは捨て置かねばならないからだ。
そんな風に悩んでいると……。
「ふむ、ホプキンスさん。ここはもう少し残って戦っていきませんか?ここで私たちが逃げたら彼女達はフリードリスへ向かうでしょうし」
「む……それはそうか。ならば、仕方ない」
ダアトとホプキンスがエリス達を睨む。クソ、もう少し悩んでいたいのに……やるしかないか!!
「ッまずはこいつらを片付けましょうアーデルトラウトさん!貴方はホプキンスを!エリスはダアトをやります!」
「押し付けるなというのに……!」
構えを取り、エリスとアーデルトラウトさん、そしてダアトとホプキンスの両陣が睨み合い……誰もいない、なにもない荒野でぶつかり合い────。
「お待ちを、ここは両名。落ち着いてくだされば……」
「ッ!?」
刹那、エリスとアーデルトラウトさんの背中に手が置かれる。咄嗟に何者だと振り向こうとした瞬間を狙い、エリス達の背後に現れた彼はそのまま二人の隙間をスルリと抜けて前に現れ……って!
「貴方は、ヴォルフガングさん!」
「お久しぶりですね、以前会った時よりも随分強くなられたようで、魔女の弟子エリス」
白い絹布を纏う長身の老父、片手に八面型の鏡を取り付けた大杖を持つ彼こそはこの世界で最も魔術を極めていると言われる『魔術王』の称号を持つ男、帝国第十師団の団長ヴォルフガング・グローツラングだ。
エリスも昔この人にお世話になったことがある。師匠がシリウスに乗っ取られた時帝国側でエリスに味方してくれた数少ない人物の一人だったんだ。ある意味この人がいなければエリスは師匠を助けられなかった、恩人だ。
「ヴォルフガング……!?お前生産区画の外に出られたのか!?」
「私としても、戦争などと言う無意義な事に手を貸すつもりはなかったのですが、そうもいかない理由が出来たので」
「引きこもりが外に出てきたと思ったら、無意義だと?相変わらずお前は世俗を理解していなさすぎるな!」
ヴォルフガングさんの佇まいは……なんと言うか超然としているというか、人間感があんまりない。それに昔は分からなかったがヴォルフガングさんの纏う魔力、マジでこの老齢の人間が纏うレベルのモノか?と言うほどに濃密だ。
(そりゃそうか、あのトラヴィス卿が唯一自分を上回る存在として名を上げていたんだから)
魔術王の名は当代で最も巧みに魔術を操り魔術への理解が深い者に与えられる称号。一応魔術導皇は除外されるものの、言ってみれば当代最強の魔術師が彼だ。
年齢的にもずっと若いトラヴィスさんでさえ超えられず『生まれる時代が悪かった』と言わしめ、ケイトさんと言うもう実質魔女みたいな人でさえ魔術の腕では敵わなかった存在。
ルードヴィヒさんと双璧を成した怪物が彼なのだ。そりゃ……強いよな。
「さて、『知識』のダアト、そして第三星神。ここは一旦引いて頂けないでしょうか」
「む……」
ヴォルフガングさんはホプキンス達に手を向け、ここは引けというのだ。それに対してダアトは錫杖を引いて。
「……構いませんよ、けどおかしいですね。貴方がここに来るのは予測出来ませんでした、そして到来にはエリスさんが関わっていないはず。聞いてもいいですか?貴方は一体何故ここに来たのですか?」
「識確による予測ですか。大したものですが、貴方はまだ少々若いようだ。識確がもたらす情報だけを鵜呑みにして予測すれば……時にはこういう事になり得る」
「答えになってません、何故来たのですか」
「求道者ならば、自分で考えなさい。それとも……ああ、こう言うのは本当に好きではないのですが。実力行使にて追い返しましょうか」
杖を地面に突いて、ヴォルフガングさんは魔力を更に大きくする。やる気か、ヴォルフガングさんが戦うのか……!?
「……ここは引きましょう。全体像が見えない相手と戦うのは恐ろしい」
「いいのか、ダアト殿」
「やりたいなら貴方一人でどうぞ。人類最強の将軍と人類最強の魔術師、そして人類の枠から外れかけの魔女の弟子の三人を同時に相手にしたいなら」
「ッ…ここは引く」
それだけを言い残しダアトは呆気なく引いていく。ホプキンスもまた飛び去っていく、これでよかったのかな。ヴォルフガングさんがいるなら戦ってもよかったが……。
「で、ヴォルフガング。貴様が来たという事は……なにがあるんだろ、用件が」
「ええ、そろそろ潮時ですので。ここらで幕を引く支度をしてもらえたらと」
「幕だと?この戦いのか」
「終わらせる為、来ました。きっと貴方達だけで不足なく終わらせられるでしょうが、私がいた方が良いでしょう」
「よく言う」
やっている事はどちらかと言うと善側なのは分かるが、ヴォルフガングさんの口調からはやはりそこはかとない傲慢さを感じる気がする。或いはこれが本来の気を遣わないヴォルフガングさんで、そう言う一面を見せられるくらいにはアーデルトラウトさんとは関係がいいのだろう。
「せっかく来たのだ、この状況をなんとかする術を持ってきているんだろうな」
「勿論、年の功をお見せしましょう。まず……十分後、イノケンティウスとの戦いに負けたラグナ・アルクカース達が再びここに現れるでしょう」
彼は淡々と語り始める。杖を突いて虚空を眺めながら唱えるようにあっけらかんと言ってみせる、ラグナが負けると。
「そしてフリードリスは陥落、魔女の弟子達は散り散りになります」
「そう言う予測ですか?」
「識確使いでなくても、ある程度俯瞰して見ればそれくらいは分かります」
「なるほど、つまり負けるわけか。我々はこの戦争に、それを阻止する方法は?」
「ありません、阻止するタイミングは既に過ぎ去りました。今から出来るのはリカバリーだけ、即ち我々がやるのは事後処理です」
「事後処理だと……?」
「ええ、その為にはエリスさん。貴方の力が必要です」
「え?エリス?」
ラグナが負けるとか、フリードリスが落ちるとか、魔女の弟子が散り散りになるとか、そう言う事を言われてもエリス的には心穏やかではありませんが……。
「ただ一つ約束してください。これから貴方には仲間とは別行動をして頂きます、なので何があっても勝手にラグナ・アルクカースを助けにいかず、彼らを信じると」
「……ふむ」
エリスは腕を組んで考える。状況は最悪、もう負けって言ってもいい状況。ラグナ達はどうなるか、みんなはどうなるか、そう言う部分は気になるし恐ろしい。だけど。
「別にそんな事は約束するまでもないです、エリスはこの国を守りたいですしその為ならどれだけでも傷つく覚悟があります。そしてそれはみんなも同じだと思います、ここでエリスが下手に感情的になって結果的に状況が悪くなるならみんなも怒るでしょう」
「ほう……つまり私が友達を助けるなと言っても?」
「彼等はエリスが助けなきゃいけないくらい弱くないです、自分の事は自分で守れる人達ですから」
「なるほど。流石は魔女様の弟子……であるならば、これより動きましょう。逆転の為の一手を」
「で、何をするんですか」
「軍勢を用意します。アド・アストラ側に残っている有力な戦士、兵力、兵器、それらを呼び寄せる為に一旦帝国に戻り兵力の編成をします。既にラグナ・アルクカースが色々と下準備を整えてくれているので一日あれば用意出来るでしょう」
「なるほど」
なんだ、思ったよりもやる事は単純か。軍の編成ならエリスに出来ることは多くないだろうし、どうせまた暇になりそうだな。よし、だったら。
「分かりました、じゃあヴォルフガングさん。エリスからも一ついいですか?」
「なんです?」
「逆転するんですよね、これから。だったらもっと痛快にいきましょう」
「……ほう?興味があります。貴方はシリウスの策略が完全に成り、帝国が完全に動き出すと言う最悪の状況から全てを覆した経験がある。その経験、ここでどう活かされるかを聞かせてくれますか?」
「任せてくださいよ」
エリスもおんぶに抱っことはいかない、エリスにだって考えはある、やりたいようにやらせてもらうってわけじゃないですが。それなりに……手を加えさせて頂きますよ。
そうしてエリス達は行動を開始した。三日間だ、三日間エリスとアーデルトラウトとヴォルフガングさんの三人で動いていた。ラグナ達が自分達で立て直すのを信じて。
じゃあ具体的に何をしていたかと言うと。まずはイノケンティウスさんにやられて倒れたみんなを守るよう動くネレイドさんのところへ救援として向かい、敵軍を蹴散らしつつ彼女を守る。そしてしばらく別行動する旨を連絡。
その後ナリアさんの救出に向かい、そのまま奪還。……そしてその後は。
「シン!もっと探知範囲を広げてください!!」
『いきなり人を叩き起こして何様だお前!』
エリスはアルクカース中を一人で飛び回った、アーデルトラウトさんとヴォルフガングさんが帝国で軍備を整えている間にエリスは単独でアルクカースに残り……。
『見つけたぞ!そこの森の奥!岩場の影!』
「よっしゃ!」
シンの電磁探知で地上にいるそれらを見つけて急行。降りた先にいるのは……傷ついたアド・アストラ軍だ。
「う、うわぁ!誰か降ってきた!?」
「皆さん!エリスはエリスです!ここまでよく耐えてくれました!転移機構を持ってきたので帝国で傷を癒してください!!」
動けない程に傷ついた兵士達を簡易転移機構を使い回収。これを繰り返す、どうやら話に聞くにネレイドさんが動けない兵士を色々なところに隠して守ってくれていたらしく、エリスはそれを回収することで前線に復帰させられる兵士の数を増やそうと考えたのだ。
これはエリスの持論だが、戦いとは炎と同じだ。新しく投入する戦力より継続して戦場にいる戦力の方が強いとエリスは思う。だから出来る限り兵士は無駄死にさせず戦ってもらった方がいい。そもそも死人は少ない方がいい。
そして同時に。
『エリス!あっちでアド・アストラが襲われているぞ!』
「分かりました!!急行します!!」
マレフィカルムが行うアド・アストラの残党狩りを阻止、敵兵を蹴散らし守ったアド・アストラ軍を確保、こちらも帝国に転移。ひたすらに味方の数を増やす方向に舵を切る。
きっとラグナがいたら似たような事を命令しただろう。だからエリスは味方を守り続ける、ラグナが動けない間、この国を、アド・アストラを守るのはエリスだ。
それがエリスの三日間。寝る間も惜しんで三日間ずっと戦い続けた。味方を守り、敵を蹴散らし、来るべきその日に備えて戦い続けた。みんなと合流したかったけど……我慢しました。
みんなならやってくれると信じてその日を待ち続けた。そして……そして。
…………………………………………………
「エリス合流でーす!!」
「よくぞ今まで耐えてくれました、援軍を連れて参りました」
「エリス……それにヴォルフガングさん!」
そしてエリスは合流を果たす、追加の兵力二千万、それがエリスの設置した転移機構を通じて次々と戦場に現れ敵を囲んでいく。エリスがアルクカース中から集めた兵士達も一緒だ。全員纏めて、準備万端!
「ラグナ、お待たせしました」
「いや、いい。流石だエリス、これだけの数を連れてきてくれるなんて」
「なんのなんの、まだこれで終わりじゃありませんから。楽しみしておいてください」
「お、おお……頼もしいな」
「それで……」
ラグナ達が交戦中の敵、数はまぁさほど多くない、数十万ちょっとか?地平を埋め尽くす数いるが大した奴らはいない、魔神もいない。だったらなんとでもなる。
ぶっちゃけこの場をなんとかする為に兵士を用意したわけじゃない。戦いを終わらせる為に連れてきたんだ!!
「こんな戦い!秒で終わらせます!!」
「ちょっ!エリス!!」
エリスは即座に飛び上がり向かう先にいるのは……。
「なんですかなんですか!急に援軍が来たじゃないですか!!コクマーはどうなってんですかねぇ!」
「ッエリス!」
「エリス、来てくれたの……!」
ネレイドさんとメルクさん、それと戦う仮面の男ケテル。杖を振るい無数の木の根を伸ばし二人を圧倒するケテルはエリスに気がつくなりギョッとして。
「ゲッ!嫌なのが来た!」
この戦い、感じる魔力の大きさから恐らく今この場で一番強いのはケテル。つまりアイツを倒せば敵は瓦解する!!
「流星旅装!!」
「チッ!ほんと、嫌な役を押し付けられましたよ!!」
そして、エリスは一気に流星旅装を開放し────。
「遅い!!」
「ぎゃーーー!?!?!?」
一閃。刹那の隙にエリスはケテルの背後へとすれ違い、指先に集めた高密度の電流で首を断ち切る。残る光芒が奴の首を巻き込み切り裂き、悲鳴を上げる首が天を舞う。
「お前不死身だろ、これくらいやっても死にませんよね!!」
「ちょっ!やばいやばい!」
即座にエリスはケテルの体を蹴り飛ばし宙を舞う顔面に向けて電流を放つ。しかしケテルは首だけで魔力を放ち横へと飛び、その隙に体を一瞬で再生させて……。
「貴方ちょっと強くなりすぎですよッ!!」
ケテルの攻め方は見慣れたモノだ、体から木の根を飛ばし、それを槍のように伸ばしてくる。雑な戦い方、クユーサーやヴィーラントと同じ戦い方。エリスがお前達不死者を相手に何度戦ってきたと思ってる。
「うるさい」
「あ!」
エリスの足元から生えてきた木の根の槍、その数八本、全てを掴み握りしめて……。
「『若雷招』ッッ!!」
「ぐぎゃぃああ!?!?!?」
感電する雷を放ちケテル本体を焼き焦がす。不死者はいい、手加減しなくて済む。そのままエリスは木の根から手を離し……一瞬、体が閃光になる程の速度で迫り。
「『流星一拳』!!」
「ぶふっっ!?!?」
光の拳を叩きつけケテルの防壁ごと吹き飛ばし粉砕、バラバラになって消し飛ぶケテルを見て、腕を組む。
飛散したカケラはその殆どが塵になって消えるが、不死者があんな簡単に死ぬものか、どうせカケラのうちの一つが地面に潜り込んでそのまま退散したに違いない。
まぁいい、逃げるなら逃げろ。次会う時は逃げられない状況ですり潰してやる。
「フンッ!エリスの友達に手を出そうなんて百年早い」
「お、お前は本当に頼りになるな、エリス」
「あ、メルクさん。無事で何よりです、ネレイドさんも」
「うん、そっちもなんとかなったみたいだね」
聞いた話によるとメルクさんは捕まり、ネレイドさんはかなり追い詰められていたらしいが、ラグナがなんとかしてくれたらしい。よかった、やはり彼を信じて。
「しかし、まさかこれほどの援軍を連れてきてくれるとは……」
「ここは彼らに任せて大丈夫だと思いますよ」
チラリとエリスは軍勢の方を見る。ヴォルフガングさんが用意した大軍勢、それは主に帝国を主体に組まれているが、そこにエリスの口添えをした。必要な役者、それを揃えてもらったのだ。……それは。
「クレアだんちょ〜〜!!」
「アリナ!?あんたも来たの!?」
「寧ろなんで私を呼ばないの!?」
次期魔術王候補と謳われるアジメク切っての天才魔術師アリナ・プラタナス、そして。
「うおぉおおおおお!前に進めぇえええ!!コルスコルピ軍の強さを見せつけろ!!」
「お、ガニメデじゃん。前線に出てきたのか」
「アマルト君!コルスコルピの防衛大臣として!!君だけに全ては背負わせないよ!!」
コルスコルピの軍事を担う大臣のガニメデさん。彼は本職の軍人じゃないが、それでも数少ない古式呪術の使い手だ、実力的にも問題はないと考え口添えした。
「さて、退役軍人の私に出来ることはあるかな?あまり戦力にはなれないかもしれないが」
「よく言う。くそ、まさか私まで駆り出されるとは」
「なはは!人生分からないね、まさかマレフィカルムと戦わされるとは!とはいえ給金もらってるんだ、元傭兵として雇い主は負けさせないよ!」
そして、正直きてくれるとは思わなかったが……ルードヴィヒさんだ。彼は片腕を失いそれを機に引退、かつてのような絶対性は持ち合わせなくなったがそれでも強い。そしてその両翼を守るコーディリアとアナスタシアもまた八大同盟の幹部級。彼女達の実力はエリス達がよく分かってる。
「よぉし!じゃあ魔女の弟子の皆さんに倣ってェ!俺達もやるぜッ!帝国軍!!」
「ぶちかやすぜおい!!」
「皆!前へ!!」
『おおおおぉおおおおお!!!』
そして、拳を掲げて敵に突っ込んでいくのはフリードリヒさん、トルデリーゼさん、ジルビアさん、その他諸々帝国師団長達。アーデルトラウトさんは彼らまで動かしたら帝国の守りが!とかウダウダ言ったが、その帝国を攻めてくるであろう可能性が高いマレフィカルムがここに集まっているんだ。
なら使うべき。そう進言して連れてきた。即ち今、魔女大国は守りを捨てて攻めに転じている。文字通り全てを注いでいる、そうしなければひっくり返せない盤面にいるのだ。エリス達は。
「こりゃ大戦力だ。魔女大国にいる有力な戦士全員を連れてきたんじゃないか?」
「はい、エリスの知ってる限りの強い人達を全員集めました」
こちらに歩いてくるラグナにエリスはにこやかに返す。知ってる限り、全員連れてきた。全ての国を回ってエリスが身知った全ての戦力、それを束ねて相手にぶつけるんだ。それこそが逆転の前提。後のことを考えて戦う奴にその後ってのは来ないんですよ。
「ったくよ、タリアテッレも気合い入れてやがるぜ」
「エリスさん!よかったご無事で!」
「アマルトさん!ナリアさん!また会えて嬉しいです!」
そして同じく、前線で戦っていたアマルトさんとナリアさんもまた歩み寄り、エリス達に合流する。彼らもまたずっとここまで戦ってくれていたんだ……。
「今こそ反撃の時でございますね」
「そうだな……ん?え!?メグ!?」
「おぉっ!メグ!正気に戻ったか!!」
「よかった!!本当に!!」
「はい、戻りました。えっと……迷惑かけて……その、申し訳ありません」
「謝ることねぇよ!」
そしてメグさんが時界門を開き現れる。確か敵に体を乗っ取られていたんだったか、どう言う状況かはエリスは知りませんが、彼女が元気ならまぁよし!!
「エリスちゃん!また無茶したね!」
「デティ、すみません。無茶しました、そしてこれからもします、サポートお願いできますか?」
「本当にさー、もー……側で見てる私の気にもなってよね。ヒヤヒヤするんだから、毎度毎度!」
この戦争。ずっと側で支えてくれた彼女が、メグさんと共に降り立ちエリスの膝をペシペシ叩く。彼女には心配をかけっぱなしだ、そして多分これからもかける。だってデティがいるんだから、エリスは遠慮なく無茶が出来る。
「さて、これで……全員揃ったな」
「色々ありましたが、なんとか」
揃う、八人の魔女の弟子。この戦いの趨勢を握ると言われた戦力が再び一同に会する。思えば色々あった、大攻勢を仕掛けたあの日から三日。まさかこんなに長い間離れることになるとは思ってませんでしたが。それでも無事会えた、それが何よりだ。
「……俺ぁ反省したよ、色々策を考えて、結果的にみんなを危険に晒した。それはきっとみんなを分散させたからだと思う。俺達は八人揃ってこそ強いんだ」
ラグナは語る、波要るアド・アストラ軍。群れをなすマレフィカルム軍。その狭間に立ち……エリス達にとっての第一人者として、代表者として、前へ。
「だからここからは余計なことは考えない。全員纏めて!八人で!勝ちに行くぞ!!」
「おー!!」
全員が足を前へ、つま先を揃え、横に並び、敵を見る。エリス達の故郷を破壊する敵を、終生の敵マレフィカルムを。この生涯をかけて戦ってきた軍勢を前に。魔女の意志を継ぐ八人が揃い踏む。
言い知れぬ何かが漂う、勝てる、そんな気配が今まで以上に漂う。結局、この形が強いんだ……だから!!
「行きましょう!皆さん!!極・魔力覚醒!!」
滾る闘志を力に変えるが如く、全員が魔力を滾らせ。
「『流星旅装』!!」
「『オプス・ト・アントローピノン・アガトン』!」
「『鬼門呪殺の悪路王』!!!」
「『天界のトリシェーラ・クンバヨーニ』!でございます」
「『荒神顕現・神罰執行』」
津波の如き魔力が、炎の如く光り輝き視界を埋め尽くす。並び揃うは五つの極・魔力覚醒。
「『デティフローア=ガルドラボーク』!くぅー!直ぐに極・魔力覚醒してやるから!」
「『ラ・マハ・デスヌーダ』!僕達の連携で目にもの見せましょう、デティさん!」
そして未だ覚醒ながら凄まじい覇気と闘気を纏うデティとナリアさん……そして。
「『開闢の焔』……さぁて」
コキコキと拳を鳴らし、唯一の真・魔力覚醒を発現したラグナは、ニタリと笑い。
「やるか」
その一言が、狼煙となった、嚆矢となった、開戦のドラムとなった。凄まじい光を放つ一団は弾かれた矢の如く一気に敵軍に迫り!!
「『流星一線』!!」
「カリプソ・ドロップキックッ!!」
一撃、エリスとネレイドさんの蹴りが前線を砕き。
「『魔城モンストロ』!」
「開演だ!盛大に喰らえ!!」
散雨、天から降り注ぐ無数の呪術砲弾が大地を抉り。
「拡散式!」
「『久那土軻遇突智』!!」
デティとナリアさんの二人で織りなす極大魔術箋が更に大地を焼き尽くし……。
「メグ!俺を打ち出せ!」
「畏まりました!」
そして、メグさんは近くの石ころを握り、別次元に転送……と同時に即座に射出。そこから噴き出す凄まじい爆炎がラグナの背中に当たる。爆発は全てラグナの背で受け止め、その勢いのまま、音すら超える勢いテロ飛翔したラグナは。
「魔女の弟子を!!ナメるんじゃねぇっっ!!」
飛ぶ、蹴りを放ち空を飛ぶ。余波だけで地面に巨大な大穴を作る蹴りが真っ直ぐ飛び、遥か彼方まで群がるマレフィカルム軍を一刀両断し……。
「ってラグナ地平の彼方まで飛んでっちゃいましたけど!」
「仕方ない、追いかけるか」
「道中の敵は、全部倒してね」
「よっしゃ行くぜーー!!」
そしてラグナが開いた道を走り、エリス達は揃って敵軍に突っ込む。エリス達が揃えば向かう所敵なし、そんな気がしてならないんだ。
「あれ、これ俺たち必要あります?アーデル先輩」
そして、敵軍のど真ん中でドッカンドッカン大騒ぎする魔女の弟子をポカーンと眺めるフリードリヒは隣に立つアーデルトラウトに問いかける。問いかけるが……。
「知らん、あれはもう制御不能だ」
「彼らはああしている方が性に合っている。変に軍と言う形に押し込めるよりもな」
アーデルトラウトは頭を抱え、ゴッドローブはにこやかに笑う。今まで色々抑圧されていたのはエリスだけじゃない、作戦行動という堅苦しいものを求められて辟易していたのは魔女の弟子全員のそう言うなのだろう。
「フッ、あれが次代を担う光の種か……あれに賭ける気になったのかな。ヴォルフガング老師、若者の放つ光とは、なんとも眩いものですな」
「さぁてどうでしょうか。とは言え、私から見れば貴方もまだまだ若いものですよ、ルードヴィヒ」!
「たはは、言われてしまったな。激務から解放されて悠々自適に暮らしていたのを見抜かれているようだ」
そんな中、ルードヴィヒとヴォルフガングは未来の種を眺め希望を見る。が、未だ隠居するわけにもいかないのが現状。故に……。
「では、退役し民間人に戻った身ではありますが。御国のため、今一度武勇を奮いましょう……アーデルトラウト!ゴッドローブ!フリードリヒ!!」
「ハッ!!」
「ハッ!……って!!私が筆頭将軍だぞルードヴィヒ!?」
ルードヴィヒは隻腕を天高く掲げ、軍そのものに語りかけるような号令を響かせながら。
「万世に遍く、万年に響く、帝国の栄華!それ即ち世界の秩序なり!!帝国に刃向かう敵対者!!その体に刻み込め……」
そして拳を握り、ゆっくりとそれを振りかぶると……。
「この世の支配者がッ!誰であるかをッッ!!!」
──解放、その魔力が波となって爆裂し、空間を穿ち、世界の修正力すら働かせる程の威力を叩き出す。それはそのまま敵軍に牙を剥き、さながら舞い散る花の如くマレフィカルムの兵達が空を舞う。
「さぁ進め!世界の守り手、その規範たる将軍達よ!!」
「よっしゃあ!!」
「全く、張り切っている。ルードヴィヒ!!」
「私が筆頭将軍だぞー!!クソーー!!だから連れてきたくなかったんだ!!」
そして出陣する、世界そのものを守る帝国四将軍が…………。
………………………………………………………
「イノケンティウス様……お体の方は」
「問題ない、ようやく動けるようになった。と言うより、これ以上ベッドの上にいたらそれこそあの世にいきそうだ」
黒帝城フォルミカリウス改の門を開き、中から歩み出してくるイノケンティウスを出迎えるのは……アド・アストラ討滅に向かっているブラッドを除いた十天魔神全員、城の中に囚われていた盾神サルニッタを取り戻し、先日のエリスとの戦いにより負った傷を癒した七人が立つのは大要塞フリードリスの大広間。
フリードリスに突き刺さったフォルミカリウス改は、その前部が深々と内部に入り込み大広間から直接出入り出来る形となっているのだ。既にフリードリスはマレフィカルムの物であり、制圧した大要塞を自分の物のように扱うイノケンティウスは絨毯の上に足を下ろす。
「申し訳ありません!イノケンティウス様!我々が……不甲斐ないばかりに」
「良い、ジョバンニ。余が独断で出たのだ」
「ですがッ……!」
イノケンティウスは今日まで床に伏していた、理由は単純……臨界魔力覚醒を使ったからだ。絶大な力を持つ臨界魔力覚醒、だがそれはやはり魔女にのみ許された特権か。使えば相応のデメリットを負うことになる。
「フッ、全く、半世紀以上に渡り鍛錬を積んできて、使うのでやっととはな……」
イノケンティウスは手元のブローチを開く。そこには四つの結晶が埋め込まれており、うち二つは青々と輝き、残り二つは既に色を失っている。残り二つか、と小さく呟いたイノケンティウスは不敵な笑みを浮かべつつ。頭を下げるジョバンニに腕を払い謝罪の必要がないことを告げる。
「それより、戦況はどうだ」
「イノケンティウス様により戦況はこちらに傾きました、セフィラ達を使いアド・アストラ軍を討滅していますが……その」
「なんだ」
「どうやら、アルクカース南部にて大規模な紛争があったようで、そこで魔女の弟子が大量の援軍を引き連れ、こちら側の戦力は全滅したようです」
「ふふ、そうかそうか」
イノケンティウスは笑う、臨界魔力覚醒でトドメを刺すつもりだったが、そうもいかない状況になった。その後ケテルに任せ捕縛したつもりだったが、まさかそこから盛り返すとは。伊達に八大同盟を壊滅まで追い込んでいないと浅く笑う。
「そうでなくては、目をかけた甲斐がない」
歩む、大広間の中心を。その両翼を魔神達が固める、そうして歩む先にあるのは本来大王が座るべき玉座がある謁見の間、目を細め…静かに手を差し出し門を開き、玉座の間へと踏み込む。
今この時を持って、本当の意味でフリードリスは陥落したと言える。だがそこに歓喜の声はない。寧ろ、ここからが本番なのだ。
「準備は出来ているか」
「はい、イノケンティウス様!」
魔神達の中からペティが飛び出し、部屋の真ん中に置いてあった巨大な鉄製の箱を触り、厳重にかけてあった鍵を外していく。
「この数日の時間を使い、カロケリ山を捜索して発見しておきました!!」
「本当にあったか」
「はい、やはりあの情報は正しかったようです」
カロケリ山の奥にある魔女の抜け道、その道中巧妙に隠された横道がある。魔女の手で埋め立てられたそれを超えた先には……カロケリ山の奥に通じる巨大な地下空間が存在する。
その名もプールレセン大鍾乳洞、光魔晶の鉱脈とも言えるその空間の奥には…とある物が封印されている。それを発掘してきた、それを発掘していたからこの数日ゴルゴネイオンは動けなかったのだ。
「ほう、これが……」
イノケンティウスは鉄の箱を前にヒゲを撫でる。これが欲しかった、これを手に入れるためにフリードリスを陥す必要があった。全てはこの時のため。
「開けます」
「気をつけろよ」
そして、厳重に鍵がかけられた箱をゆっくりと開けるペティ。その中から溢れ出すのは濃密な魔力を纏った煙、吸っているだけで血を吐きそうな程の痛みを発する硫酸の霧が如きそれに全員が顔を顰める中、イノケンティウスは更に目を開き。
「これが……魔女大国の奥地に封印されていると言う。『シリウスの肉体』か」
そこにあったのは左足。かつてこの世界を大天災で覆い尽くし、人類滅亡の寸前まで持って行った最悪の存在。そしてマレフィカルムがその全霊を持って復活させようとする存在。その左足だ。
魔女大国にはそれぞれシリウスの肉体を封じる極秘の空間がある。アジメクは白銀塔ユグドラシル直下。デルセクトは黄金宮殿奥地、コルスコルピはディオスクロア大学園中庭の千年樹の下。オライオンは魔女の懺悔室……それぞれにそれぞれシリウスの肉体の一部が封印されている。
何故ならシリウスの肉体はまだ生きているからだ、肉片同士を近づけると勝手にくっつこうとする。
「これが八千年前、魔女達を苦戦させた存在の足……」
「いいや違う、ジョバンニ。魔女を苦戦させたのではない、魔女を死の淵に追いやった存在だ、はっきり言って格が違うと言えるだろう」
目にしているだけで気が狂いそうなほどの魔力が迸る。八千年前に殺されたはずなのにまだ足の血色は良く、傷口の断面はウネウネと小さな触手を伸ばし体を探している。とても同じ人間の肉体とは思えない。
「う……気持ち悪い」
「触れるなよペティ、此奴の血は触れるだけで肉を溶かす」
シリウスの魔力は人智を超越している。本来は魂などないはずの左足にもシリウスの魂は宿っており今も魔力を作り続けている。そして濃色された魔力の宿った血液は触れるだけで人間を融解させる。
下手に触れれば、それだけで死ぬ。世界で最も危険な物体と言える……。
「ようやくだ、会いたかったぞ……シリウス」
そんなシリウスの左足を前に跪き、イノケンティウスは語り出す。マレフィカルムにとってシリウスの復活は悲願だ。ガオケレナはもう直ぐ起こる魔蝕の日を利用して自らの肉体をシリウスに変化させるつもりでいるほどに、シリウスという存在はマレフィカルムにとって希望の光も同じ。
故に……。
「今再び、宣言する。シリウス、お前を前にして」
目を伏せ、ようやくやってきたこの日の為に、イノケンティウスは己の目的、夢、悲願を呟く。
「私は『魔女を殺す』、それが魔女抹消機関ゴルゴネイオンの悲願……いや」
ずっとそう言って来た、魔女を殺すと。だが正確に言うなれば魔女を殺すというよりは、そう。
「『魔女シリウスを殺す』、それが余の願い。シリウス、今から余はお前を殺す。魔女に出来なかった偉業を余が成し遂げる」
即ち、イノケンティウスの語る魔女を殺すとは、魔女シリウスを殺すこと。それをひた隠しにする為イノケンティウスは語り続けた、騙り続けた、魔女を殺すと。この事は十天魔神しか知らない真の目的であり、イノケンティウスが半生を賭けた夢である。
「魔女シリウスを殺す。ですが、いいんでしょうか、こんな事マレフィカルムが、セフィラが知ったら」
「マジギレ必至だろうぜメーン。アイツら魔女シリウスの信者だからな、特にセフィラは」
後ろでペティとデスペラードが呟く。セフィラはシリウスを復活させる為に尽力している。特にダアトやレナトゥスはそれをかなり意識している。だからこの戦争にセフィラを関わらせたくなかったし、フリードリスにも入れないように努めた。
バレれば、確実に邪魔されるから。
「イノケンティウス様、ここより先は……セフィラすらも敵に回す道、本当にやるのですか」
ホプキンスが問いかける、ここから先に進めばイノケンティウスをマレフィカルムは敵と見なす。或いはガオケレナすら出てくる可能性がある、だがそれでもやらねばならない。
「……ホプキンス、我々のマレフィカルムとはなんのためにある。シリウス復活は確かにマレフィカルムの悲願かもしれない、だがそれはセフィラが勝手にそう言っているだけだろう」
「それは、そうです」
「マレフィカルム本来の悲願とは、魔女による世界の支配を止める事。魔女の抑圧からの解放に他ならない。なら魔女は何故今も世界を支配している……シリウスがいるからだろう」
魔女はシリウスの再来を恐れている、本来シリウスの被害から人類を復興する目的で始まった魔女の統治はいつしかシリウスを主体とした対策に取って代わった。もう二度とあの凄惨な厄災を起こさせないという魔女のトラウマが魔女大国とそこから成る支配を決定的なものにしている。
即ち、全ての始まりはシリウスなんだ。シリウスがいる限り魔女は人類に干渉しようとするし、魔女の干渉には人類は抗えない。なら根底から断つべきだ。
「シリウスを滅せば魔女が人類に干渉する理由はなくなる。魔女が魔女を恐れ始まった魔女時代は終わりを迎え、本当の意味で人類の時代が始まるんだ」
拳を握る。ただそれだけの為に戦って来た、八人の魔女を殺しても魔女シリウスがいる限り魔女の脅威は終わらない。ならばやるしかない。
魔女が打倒したシリウス、されど殺すに至らなかった厄災の種。魔女が育て、ここまで成長した今の人類が今度こそシリウスを撃滅することにより……魔女の本来の目的は成就され、八千年前から続く因習は終わりを迎える。
我々はマレフィカルム、セフィラの手駒でもシリウスの手先でもない。ただ魔女の支配という悲劇を前に剣を取るしかなかったしがない人間の集まりなのだ!そしてゴルゴネイオンはそんな人間達の代表たるべきなんだ!!
「魔女の時代を真に終わらせる、それがゴルゴネイオンであり、マレフィカルムの総意だ。セフィラの意図など……知ったことかッ」
怒りに満ちた目でシリウスの足を見下ろす、こいつのせいで八千年間一体どれだけの人間が魔女の支配に泣いて来たか、どれだけの人間が悔しさの中で生涯を終えたか、我が同志が散っていったか。
全ての怨恨、全ての因縁、全ての悲劇の根源、それこそがシリウスであり……マレフィカルムが真に撃破するべき相手。
「故に、ここで……滅する。シリウスの魂を」
その為なら、我が命。ここで散らすのもやぶさかでは……。
「ほら、やっぱり」
「………来たか」
だがその前に、戦うべき相手がいるようだ。
「シリウス様の命は、流石にやれませんよ。イノケンティウスさん」
「『知識』のダアト……」
「知ってるんでしょう、私の正体も」
ダアトだ、彼女が謁見の間の入り口に立ち、錫杖を手にやってくる。咄嗟に十天魔神達がイノケンティウスを守るように立つが……。
「羅睺十悪星筆頭、シリウス様第一の部下『識天』ナヴァグラハ・アカモートの弟子……羅睺の弟子ダアトですよ、私は。師匠の主君の命は取らせないです」
「ッ……いつの間に」
消える、そして現れる。イノケンティウスの目の前に、そしてシリウスの足を掴み上げぐるりと飛び上がり、玉座の上に立つ。シリウスの忠実なる配下にして相棒だったナヴァグラハの弟子ダアトが。
「さぁ裏切り者の十天魔神、そして神王イノケンティウス、全員纏めてお前らは殺処分ですので、ご理解を」
「…………やはり、お前が第一の相手となるか。シリウス撃滅の為の」
「いいえ最後の相手です、お前のね……全く。ワンオペきつかったですよ、本当に」
睨み合うダアトとイノケンティウス。二人の間に走る敵意はやがて殺意となり……衝突するのだった。




