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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!3月30日二巻発売!】  作者: 徒然ナルモ
二十二章 アド・アストラVSマレウス・マレフィカルム
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841.魔女の弟子と『知恵』の狂気


「砦ぶっ壊されました、魔女の弟子とに逃げられました、大敗北」


「…………」


「で、いいんですか?ホドさん」


瓦礫の上に座る私とホドさん、魔女の弟子が攻めてきてメルクリウスを救出、私達の砦は破壊されブラッドは傷ついた体を引きずって退却。結果また私達は外に締め出されたわけですが……。


「ホドさーん」


「うるさいですね、聞いてますから」


あまり聞いていない顔でホドさんは答える、上の空と言ったところだ。ボーッとしてボケーっとしている。何故か、分かってるんですけどね。


せっかく捕まえたメルクリウスに逃げられた、サトゥルナリアに騙され、全部全部台無しになった。そりゃあ呆然自失にもなりますよね。そりゃあこうなることが分かって放置していた私に慰める所以はないでしょうが。それでも仲間がこんな顔をしているのはとても悲しい────。


「メルクリウス……」


────嘘だ、まず違う。ホドは気にしていない、サトゥルナリアにしてやられた事も要塞がぶっ壊された事も。なんならメルクリウスに逃げられた事もあまり気にしていない。

彼女は熱っぽい吐息と共に頬に手を当て呟く。まぁつまり、気になっているのだ、メルクリウスが。


「どうしました?メルクリウスに恋でもしているのですが」


「うっ!ち、違います。……ただ彼女のあり方を知っただけです」


「ほうほう」


「その顔やめろ!!」


ガツンと痛烈な拳を喰らいひっくり返る私、まぁいいんです、気持ちわかります、私もエリスさんに対して似たような感情持ってますから。


ホドは『栄光』と言う言葉にこだわる女だった。だからこそメルクリウスに対して執心していたし、デルセクトに対して攻撃的だった。だがそれが一転、自分の想像をメルクリウスが超えてきたことから彼女への憎悪は愛へと豹変した。


はっきり言おう、私はここまで読めていた。なんて今更言ってもカッコ悪いですかね。けど実際これが狙いだったからいいんだ。


私はホドさんに『結果は変わらないからサトゥルナリアの事を教えなかった』と言ったがあれは大嘘、いやそれは言い過ぎかな、半分くらいは嘘だ。どの道メルクリウスが救出される事に変わりはなかった。


それでも教えなかったのは、ホドに執着を与える為。


結論から言えば、ホドはアルクカース戦争中にメルクリウスに上回られて敗れた可能性が大きかった。メルクリウスの執念がそれだけ大きかったから。


(魂から出ずる力こそ魔力ならば、魂を震わせる感情は魔力を高める最大の起爆剤。無感情に戦うより感情を爆発させた方が強いに決まってる)


執着、執念、執心、それは本来の実力差を覆し得る要因となる。ホドは負けていた、クレプシドラが遥か格下のエリスさんに負けたようにね。

だがそれじゃあ困るってんで、彼女にも与えた……。


憎悪と言う執着を持つメルクリウスに対抗出来るように、愛情と言う執着を持つように。相反する感情がどのように作用するかは分からない。


だが少なくとも私でさえどうなるか読めないくらい、五分の状況になったと言える。まだホドさんには負けてもらうわけにはいきませんからね。


「メルクリウス……彼女が欲しい」


「分かるー、私もエリスさんが欲しいです。恋バナします」


「一緒にしないてください」


ツンツンとホドの右頬を突く。しかしどうしましょうかねぇ、流石にそろそろ私も仕事しないとまずいですかね。

仰向けに寝転がりながら、空を見る。青い空、白い雲の隙間をキラキラとしたか細い光が走る。そんな景色を見て……決意する。


「よし、じゃあそろそろ私、動きますね」


「は?」


私の予測ではそろそろこの戦いも終わる。エリスさんが今何をしているか分からないが、彼女の影響だろう、私の予測がガンガン乱されながらも大局が動いているのを感じる。

恐らくだが、エリスさんの行動が結実すると決戦の時がやってくる。そしてその時、イノケンティウスさんは自らの目的の為全力を使う……ならその前に。


「そろそろ、フリードリスに戻りますか」


「戻っても入れてもらえないでしょうに」


「だとしてもです、もう直ぐ魔女の弟子達が本格的に始動し始めます。その時までに迎撃の準備を整えさせます」


序でに、軽く『本業』の方もやっておきますかと私は肩を回し、歩き出す。

にしても疲れた。そろそろこのワンオペ、やめたいんですけどねぇ。


「ねぇダアト、ラグナ達は追いかけなくていいんです?」


「ん、ああ。そうですね……大丈夫でしょう」


「なんでそう言い切れるんですか?」


「だってもう追っ手が向かってますから」


ラグナさん、ここまでは確かに上手くやれていましたが……流石に大々的に動きすぎましたね。そろそろ、目をつけられましたよ……彼女に。


………………………………………………………


「落ち着いたところだし、改めて助かった、二人とも」


「いやいや、無事で良かったよメルクさん」


「すぐに助けられなくてごめんなさい」


それから、俺達は撤退し再び一日使って拠点に戻ってきた。作戦通りメルクさんを救出し、おまけにナリアまで戻ってきてくれた。気がつけば既に魔女の弟子は半数集まることが出来た。


全てはナリアが上手く立ち回ってくれたからだ。マクスウェルに化けて内側から手引きしてメルクさんの場所を教えてくれた。そして俺と共にホドと戦いメルクさんの救出を行い……こうして無事彼女とも合流出来た。


「大丈夫か、メルクさん。ホドに何かされたって話だけど……」


「ああ、媚薬を守られた。まぁ錬金術で中和したからもう平気だ」


彼女は服を剥かれ、全身を傷つけられながらも悠然と牢屋の中で俺達を待っていた。俺達を見て第一声が『思ったよりも早かったな)だったしな、相変わらずすげー胆力してるよこの人。


ナリアが戻ってきて、メルクさんも合流して、これでホッと一息だ……といきたいところだが、そうもいかないな。


「ふぅ、さて次はデティかメグを助けたい。状況的にどっちかにアマルトもついてるだろうしな」


次に助けたいのはデティかメグ、この二人がいるのといないのでは行軍の効率が全く変わってくる。流石に治癒術師達も限界だし、さっきの戦いで余計兵士達も消耗した。

そろそろ、どっちかと合流したい。二人ともフリードリスにいてあの混乱に巻き込まれている。何処かに捕まっていると思うが……さて、これを探すのは厄介だが。


「ナリア、二人の居場所は分かるか?」


だがついさっきまで敵と一緒にいたナリアなら、何か分かるんじゃないかと思って聞いて見る。すると彼は少し考えて。


「まずデティさんですけど、アマルトさんと一緒にいます。フリードリス陥落の寸前まで二人で必死に戦ってましたが、状況があまりにも悪くて二人で撤退したそうです……そこからは行方知れずで、全く行方が知れません」


「デティはアマルトと一緒か……ならメグは?捕まってるのか?」


デティとアマルトが一緒なのは朗報だ、二人とも揃って逃げたなら確実に敵に捕まっていない。第三段階な上に頭のキレるアマルトと膨大な手数と無尽蔵のスタミナを持つデティの二人ならセフィラ級を相手にしても逃げる事もできる。


となると問題はメグだ、彼女がいまだに俺たちと合流出来ていないと言うことは捕まっている可能性が大きいが……。


「そ、それが。メグさんの方はかなり大変で」


「大変?」


「セフィラ『知恵』のコクマーと言う存在に体を乗っ取られてしまったんです」


「はぁ!?体を乗っ取られた!?」


マジ!?とメルクさんの方を見るが、彼女も分からないと首を振る。まぁ確かにそうか、この人も捕まってたんだし。でも体を乗っ取られたって、そんなことがあり得るのかよ。


「どう言う状況?」


「僕もあんまり詳しく聞き出せていないのですが、どうやら『知恵』のコクマー……本名をゲマトリア・ソフィートと言う人物は他者の肉体を乗っ取る力を持っているらしくて、それでメグさんと同化したと」


「ん、ゲマトリア・ソフィートってあれじゃない。帝都襲撃でメグさんの父親の体を乗っ取ってたって言う」


「ああ、死体に潜り込んでた奴だっけ」


「メグのお父さんを死体って言っちゃダメ」


「わ、悪い。つい」


しかしそうか、他者の体に入り込む系のあれね、うんうん。経験がない、戦った経験が。……っていうかそれまずくないか。

もしそのコクマーとやらがメグさんの魔術まで使えるようになっていたら、それこそ逃げ場がない。何よりこっちの魔女の弟子という戦力が一人減る事になる。


なにより…友達の体を好き勝手されるのは許せないな。


「聞くところによると黒いスライムみたいなのが口から入ったようです」


「戻す方法は分からないのか?こう、お腹をボンってしたらゲロゲロって口から出てくるかな」


「ラグナさんがそれやったらメグさん死んじゃいますよ。けどすみません、ちょっと分かりません、当人が言うにこれは完全な同化だから戻す方法はないと」


「うーん」


ちょっと背筋が凍る、マジか。元に戻せないとかそんなのないよな、流石に不可逆とかそんなのないよな、ないと思いたいが、確証が持てない。くそっ……ここにデティがいたらその辺がマジか教えてくれるのに!


「……こうしちゃいられない!メグを探そう、嫌な予感がするし」


そう俺が立ち上がるが……。ネレイドはゆっくりと俺の服の裾を掴み、止める。


「ラグナ、慌てる気持ちは分かるけど流石に無理」


「けど、ネレイドだってメグが気になるだろ」


「心配、仲間だから。でも今のラグナも心配、仲間だから」


「うっ……」


「別にラグナだってイノケンティウスから受けた傷が回復したわけじゃない。消耗度合いで言えば私達と同じだよね」


「俺は大丈夫」


「エビデンスがない、信用に値しない。今日は大人しくして」


怒られてしまった、反省する。確かに俺が一人で行くんじゃなくて兵のみんなも一緒に行くんだもんな。みんなに無茶させるわけにはいかないよな、ってわけで……よし。


「じゃあちょっと休もうか、傷を癒す意味合いも込めて」


「そうだな、しかしデティがいないのは痛いな」


「痛すぎるよ〜」


俺は立ち上がりながら膝に手を置く、ちょっと立ちくらみ、血を流しすぎたかな。


「悪いナリア、ちょっと肩貸してくれ」


「いいですけど、どこ行くんですか?」


「そこの物陰、小便いきたい」


「下品ですよラグナさん!婦女子もいる場です!」


「別に私達は気にせん」


「寧ろここでされた方が困る」


しないよこの場でなんか。とりあえずナリアの肩を借りてヨロヨロと近くの草陰に進む……ああそうだ。


「丁度いい、ナリア。聞きたいことがある」


「セクハラ以外なら聞きます」


「悪かったって……お前さ、エリスに助けられたって言ってたよな。エリスは無事か?」


二人きりになり、草木の向こうまで歩いたところでナリアに聞いて見る。エリスがナリアを助けたらしい、彼女なら無事だとは思っていたが……今は一体どこで何をしているやら。


「はい、エリスさん元気そうでしたよ。マレフィカルムと戦ってました」


「補給も何も無しで三日間もか?相変わらず凄まじいな」


こっちは都度都度休んだりしてるのに、エリスは休みなしか。こりゃ負けてられないな。


「一応、仲間も一緒らしいですよ」


「仲間?ああ、アーデルトラウトさんか?」


「それともう一人───」


そうナリアが口を開こうとした瞬間だった。俺達の目の前の茂みがガサガサと揺れた。しまった誰かいたのか、よかった。ベルト外す前で。


「おっと、人がいるみたいだ。別の場所にするか」


「これ僕もついていかなきゃダメです?」


そう言いながら踵を返そうとしたその時……茂みから飛び出してきたのは。


「よっと!ああ!ラグナ様!ナリア様!ご無事でしたか!」


「ッ……!!??」


飛び出してきたのは、飛び出してきたのは……メグだ。その顔を見た瞬間凍りつく、いや会えたのは嬉しいけど……だって、このメグは。


(おいおい嘘だろ、いきなりかよ。しかもこいつ何食わぬ顔で……!!)


「実は敵に追われていまして、皆さんはご無事ですか?」


こいつはメグじゃない、口調から何から全てメグに見えるが、メグじゃない。内側にいる存在であるコクマーに体を乗っ取られているんだ。つまりこいつはメグではなくセフィラ『知恵』のコクマー……。


俺は何も言えず、チラリとナリアを見る。


「おお!メグさん!無事だったんですね!よかった!」


す、すげぇナリアの奴全く焦りを顔に出してない、メグが現れたってのもびっくりだが、それ以上にこの場にセフィラが現れたと言う事実もやばい。だから相手の出方を見るためにまずは様子を見る。その点ではナリアの対応は100点だ。


にしてもこの対応の早さは見習わないと。


「どうされました?ラグナ様」


「い、いや」


「すみませんラグナさんちょっとおしっこ漏れそうなんです」


「あらまぁそうなんでございますか?」


「あ、ああ、いきなり出てきてびっくりしたよ。ちょっと漏れた」


「ははは」


って笑いながらちょっと離れるなナリア、嘘に決まってんだろ。にしても……こうして話して見るとマジでメグにしか思えない。乗っ取られたって話は嘘で、あれは自力でなんとかしたとか。そう言うのはないか?


あるわけねぇか、だってメグならこんな茂みを超えて現れるわけがない。なんとか逃げ出したなら時界門を使う。なにより……。


(メグにフリードリスの守りを任せて、そしてそのフリードリスが陥落してんだ。こんな状況でメグがヘラヘラしてるわけがねぇ)


メグなら、第一声で謝罪をする、自分の責任だと言う。それがないってことは……そう言うことなんだろう。


「それよりメグさん、敵に追われていると言いましたが……この近くに敵軍が?」


「ええ、私が連れてきてしまった形になります。ですがご安心を、退路も既に確保していますので、直ぐに軍を動かしてください」


そう言う狙いかと俺は生唾を飲む。恐らく、近くにマレフィカルム軍がいるのはマジだ、けどメグの言う通り進んだら、そこで包囲される可能性が高い。どうする、ここは一発戦ってメグを引っ捕えるか?


「なるほど、どうしましょうラグナさん」


ナリアの視線を受け取り、戦うと言う選択肢を一旦保留にする。ナリアの狙いも理解したからだ、ここで戦うよりメルクさんやネレイドさんのいる空間で戦った方がいい、ここだと最悪取り逃す、こっちが痛い思いするだけで終わる可能性がある。


メグの体を取り戻すためにもここは必ず倒して捕縛したい。


「一旦みんなに共有したい、ナリア……呼んできてくれるか?」


「分かりました」


俺はナリアを拠点に戻らせ、一人この場に残りメグと相対する。さて、メグは……いやコクマーはどう出る。


「別に、呼んで頂かなくても私の方から出向きますが」


「いやいい、それより……いろいろ聞きたいんだが」


「なんでございましょう」


「フリードリスが陥落したのは本当か?」


「ええ、残念ですが敵が城ごと突っ込んできて」


「フリードリスは今どんな感じだ」


「フォルミカリウスが突き刺さった状態ですね、修繕には時間がかかるでしょう」


「そうか」


多分、これはマジの話だ。コクマーとしても今俺達に疑われたくないだろうし、俺達がどこまで情報を持っているか分からない、なら真実を言った方が変に疑われないだろうからな。


「ラグナさん、連れてきました」


そしてナリアが連れて帰ってくるのはネレイドさんだ、彼女はヌッと木々の隙間から顔を出してメグを確認すると一言。


「ん、メグ、ブジでウレシイ」


だ、ダメだ、めちゃくちゃカタコトだ。しこたま冷や汗かいてるしあんまり慣れてないことはさせないでやってほしい、ナリア。


「ああネレイド様も無事でしたか。皆さんの顔を見てるとなんだかホッとしますね」


「そ、ソウ?」


「ええ、それよりラグナ様。そろそろ軍を動かしてください、敵軍がそこまで来てますが」


「ああ、分かってる」


そうして俺はメグを連れて拠点に戻るよう歩き始める、徐にナリアはネレイドとメグを引き離すように間に立つ。このままネレイドとメグが話しているといろいろ勘ぐられかねない。


状況は悪い、事実敵軍は近くにいて、ここにセフィラがいる。真っ向からやりあえば大損失は免れない、だがここに一つ勝機となり得る点があるとするならコクマーは俺達がその正体に気がついていないと思っている点にある。


故に俺達を誘いに来た彼女を逆に誘い、三人で囲むように拠点へ戻る……。


「あの、ラグナ様?私の勘違いでしたら申し訳ないのですが」


「なんだ?」


「……ネレイド様がきた方向とは逆の方向に進んでいる気がするのですが」


……わけじゃない、拠点には戻らない、逆に遠ざかる、ゆっくりと歩いて遠ざかる。段々遠ざかる人の気配、そこに流石のコクマーも表情を変え始め。


「まさか……お前達」


メグがしない顔をして、牙を剥いて、ギロリとこちらを見た……その瞬間。


「メグッ!!」


「ッ!?」


勢いよく振り向く、明らかにメグが警戒したように構えを取る。しかしそんなこと構うことなく俺は喉を振り絞る。


「好きだ!愛してる」


「は…………?」


刹那、メグの、いやコクマーの顔が凍りつく。分かる、俺にはデティのような思考を読む力はない、だが分かる。困惑、当惑、そして硬直。コクマーの動きがピタリと止まった……その瞬間を狙いネレイドが動く。


「今だッ!!」


「ッ!?しまったッ!?」


ネレイドが動く、困惑したコクマーの背後を狙い飛びかかり押さえ込もうと突っ込んだ。当然困惑していたコクマーには対応する事も出来ず────。


「なんちゃって」


「ぅぐ……!」


否、一瞬で振り向き鋭い打撃を鳩尾に叩き込むコクマーの動きに反応出来なかったのはネレイドの方だ。いやいつもなら反応出来たのだろう、だがあまりにもコンディションが悪すぎた。


そして何より、コクマーの反応速度が異常だったんだ。


「貴方達が私の正体に勘付いているとは驚きですが、それでも少々私をナメ過ぎましたね。後ろから飛びかかっただけで簡単に不意をつけると思われるとは……」


「う……ぐ」


倒れ伏すネレイド、それを残酷な目で見つめるメグ。悪夢でだって見ないような光景が繰り広げられ、メグは……いや、コクマーは俺の方を見て。


「どうやらこれ以上の演技は不要なご様子。では改めまして……私はコクマー。セフィラの一角『知恵』のコクマー、よろしくお願い致します」


「……似合わねぇな」


コクマーは綺麗な形でカテーシーをして見せる、その様はパッと見ればメグのようにも見えるが、メグはもっと綺麗に足を上げる。やはりこいつはコクマーなのだ、セフィラなのだ、ただ体がメグなだけで。


「もうお分かりかとは思いますが、皆様を始末しに参りました。ラグナ様、ナリア様、そしてネレイド様。死んでいただけますか?」


「………俺達を始末に来たってか」


「ええそうです。簡単に言いましょうか?ぶっ殺しに参りました」


「…………」


コクマーはこちらを向いて両手を広げる、ここでセフィラと戦うのは愚策。全員傷つき本調子ではない今この場で戦うのは無理だ。……だからこそ、不意打ちという手段をとった。

けどそれは不発に終わってしまった、最早俺達に打つ手はない……。


……って、コクマーは思っているだろうな。


「おいお前」


「へ?」


しかし、次の瞬間。響き渡るのは……一発の銃声、そして。


「メグは、罷り間違っても『殺す』などと言わん」


茂みを貫き飛翔する弾丸、それは鈍色に輝く銃口から放たれ、コクマーに直撃し爆裂する。その爆炎を見て射手は静かに銃を背負う。


メルクさんだ。ネレイドの後ろに隠れていた彼女が放ったのだ……そう。


「不意打ちが、なんだって?」


「ッ……何故、メルクリウスがここに!」


吹き飛ばされ木に叩きつけられたコクマーが牙を剥く。やはりな、やはりこいつはメルクさんが解放されている事を知らなかった。だから、少し離れてついてきてもらっていたんだ。全ては俺とネレイドの不意打ちが失敗した時の為に。


……そもそもだ、コクマーはナリアを見た時の反応を間違えていた。だってナリアはマクスウェルに化けてコクマー自身と接触していた。俺達がその正体を知っている事を知らなかった。

それはつまり、味方と連携をとっていない事を意味する。じゃあメルクさんが解放された事も知らないよな。確実に捕まっているはずの人間から放たれる不意打ち、こいつは避けられない。


真っ向から戦ったら勝てない、だから不意打ちを狙った。確実に勝つ為に、なら確実に不意打ちを当てられるようにしていて当然だろう。まぁ全ては俺の意図を察していろいろアドリブをしてくれたナリアのおかけだが。


「ッ……今の弾丸、普通の弾丸じゃありませんね」


「然り、石化弾。錬金術を応用させてもらった、メグの体を返してもらうぞ、コクマー」


メルクさんの一撃を受けたコクマーの手が乾いた音を立てて石になっていく。倒すのが無理なら石化させて動きを封じればいい……か、確かにいい判断だメルクさん!


いい判断なんだが、コクマーは……顔色一つ変えていない。


「小賢しい、……小賢しいんですよ。これくらい!」


石に変わった右手に力を込めると、右腕が光り輝き……砕けた、腕がじゃない、腕を包んでいた石がバラバラに砕けたのだ。いやそういうんじゃないだろ!錬金術は肉を石に変える術だぞ!?力込めただけで解放されるわけが────。


「最初から、こうしておけばよかった」


「グッ!?」


瞬間、コクマーが加速する。メグのスピードを数段強化したような速度から放たれる蹴りに顔面を打たれ地面を転がり。


「騙し討ちにこだわり過ぎました。こんな手負なら簡単に始末できます」


「うわっ!?」


気がつくと既にコクマーはいない。代わりにナリアの悲鳴が響き、鋭い掌底に打たれ木に叩くつけられる姿が見え。


「くっ!チィッ!!!」


「石化など甘い事をせず、脳天を撃ち抜くべきでしたよ」


そして、即座に弾丸を錬金して銃を構えるメルクさんの目の前に立ったコクマーは一瞬でメルクさんを殴り下ろし、地面に叩きつける。

速い、これ俺が万全でも対応できるかどうか分からない速度だぞ。


「ッやめろ!メグの体で仲間を傷つけるんじゃねぇよ!!」


「メグの体ぁ?既にこの体は私のものでございます、私自身がメグ・ジャバウォックになり、メグ・ジャバウォックが『知恵』のコクマーとなったのです!!」


即座に立ち上がり動きを止めようとするが、無理だ。飛んでくる無数の拳に足を止めた瞬間、顎を蹴り上げられ一回転する。ただでさえ素早いメグの動きに重さが加わった、こりゃ太刀打ちできんか!


「チッ……」


クルリと一回転して、俺は地面に着地し周囲を窺う。みんなを巻き込まない為に拠点を離れ、弟子達だけで迎え撃とうとしたが……結果は全滅。ナリアは倒れ、メルクさんは動けず、ネレイドでさえ限界を迎えている。


全ては不意打ちだけで決められなかったのが原因だ。俺達の頭のどこかにメグの体を傷つけられないという遠慮があった。


こういう時、エリスなら割り切ってぶん殴りにかかるんだろうが。言わせてほしい、エリスは普通じゃないんだ。


(だがこの場では、エリスの動きが最適解だった……)


「フッフッフッ、軍を引き連れ、アド・アストラの残党を滅してやろうと思いましたが。これほど傷ついているなら私一人でも皆殺しに出来ますね」


今この場で動けるのは俺だけ、俺がなんとかしないといけない。いけるか?分からん、けど行くしかない!!


「ナリア!ネレイド!メルクさん!誰でもいい!他の二人を支えて離れてろッ!俺がこいつをなんとかするッ!」


「なんとか出来ますか?ラグナ様」


「その顔でッ!喋るんじゃねぇッッ!!」


一気に踏み込むと共に、姿勢を低くし腕を地面に突っ込み……返す、大地を。


「ほほぉ!凄い怪力でございますラグナ様、ですが……不足!あまりにも!」


木々を返し地を打ち上げる俺の地盤返しすら、凄まじい体幹で瓦礫の上に立つ事で防いだコクマー。奴はそのまま両手を、いや両指を合わせ。


「では与えましょう。私の慈悲……極大の称号を頂く我が混沌魔術の真髄」


刹那、コクマーの指が光を帯びた───そう認識したその時。


「『ハウダラー』!」


まるで指を引っ掛けこじ開けるようなモーションで放たれたそれは、一切の軌道、一切の前兆を見せる事なく……俺の体を引き裂く。


「は?」


全身が血飛沫を上げる、無数の切り傷が生まれ、あちこちで皮が剥げ、夥しい量の血が吹き出し、膝を突く。……なんだ今の。


(なんだ、何をされた。何が飛んできた?いやそもそも何か飛んできたのか?)


見た事もない魔術に俺は困惑する。今のは属性魔術か?それとも錬金術?付与?或いは呪術か……治癒を応用したもの?どれにも該当しない。そんなのはあり得ないはずだ。

俺はデティほど魔術に詳しくないが、それでもこの世に残っている現代魔術全てが古式魔術を雛形にしていることは知っている。


故に全ての魔術には系統がある。その全ての系統から外れた異質な魔術……これがコクマー魔術?


「参ります、『ネフシュ・ハヤー』!」


コクマーの両手から燃え上がる黄金の炎が周囲の瓦礫を包み込み、その全てを一気にゴーレムに変える。今度はゴーレム生成か、こいつもイノケンティウスみたいになんでも出来るタイプか。


「私はホドやダアト、ケテルやバシレウスのように享楽や個人の快楽の為に戦う下衆ではございません」


「チッ」


次々と飛んでくるゴーレムの雨、2メートル近い屈強な岩人の拳をステップで回避しながら一撃で砕く。内部にあるコア、これを探すのは面倒だ。だからまとめて全て叩き砕───。


「グッ……いたた」


ゴーレムを蹴り飛ばし、跡形もなくぶっ飛ばした瞬間。筋に酷い痛みが走り動きが止まる。まずい、いよいよ体にガタが来やがった。


「全てはガオケレナ総帥の為に、全てはガオケレナ総帥の意思のままに、我が闘争は全て忠誠の基づくものなり!『エッシュ・オクレラー』ッ!」


次の瞬間、コクマーの両腕が黄金の炎に変わり、辺り一面を焼き払う。足が動かなくなった俺は咄嗟に前に倒れ込み、地面を殴る事で跳躍。ばら撒かれる炎を避ける、焔の中で笑うメグを睨み……思う。


どうすりゃいいんだこれ、そもそもメグを助ける云々以前の問題だ。普通に勝てるかも怪しい、切り抜けられるビジョンが見えない。


このままじゃやられる、だったらせめて……命を懸けてでも、なんとかするしかねぇッ!


「すぅ……『悠久神駆』!」


「おや?」


空中で体を捩り、親指を自分に突き刺し刺激する。全身の筋肉がフル稼働し、動かなくなった足が再び動くようになる、というか普通に筋肉だけで無理矢理動かす。これで全てを叩きつける!!


「コクマー!!」


「魅惑的!素晴らしい肉体ですね!貴方の死体はなるべく損壊させず回収したいところでございます!!」


そして一気に地面を蹴ってメグに向けて突っ込む。拳を構え全魔力を纏った一撃を用意し、肉薄する───。


「遅く、鈍く、止まって見える!『アファール・ミン・ハ・アダマ』ッ!!」


しかしそれよりコクマーの方が速い。奴の地面がグニャグニャと動き無数の巨腕が生み出されその全てが俺に向かい、握り潰そうと手を広げる。真っ向からいけば捕まる、それは分かってる……だから。


「こっちだ」


空気を蹴り、急転身。真横から突っ込む、突然方向転換した俺にコクマーはギョッとし青い顔でこちらを見る。やはりこいつ、俺の戦い方を知らねぇ……取った!!


「ッ!!」


当然コクマーも動く、防御の姿勢をとって────いない。


(マジか……)


「別にいいですよ、この体を壊すなら壊せば。お好きにどうぞ?」


防御ではなく、寧ろ両手を広げてニヤニヤ笑っているのだ。それを見た俺がどう思うか、どう感じるか、それを全て熟知している。事実俺は今動けなくなった、迷ってしまった。合理的じゃないのは分かる、だがほんの一瞬思ってしまった。


いくら敵だと頭で分かっていても無抵抗の仲間の体を全力で殴る事など出来るのか……と。


「やはり甘い、やはり甘い!やはりッ!」


やられた、そう頭の中で思ってももう遅い。既にコクマーは更なる攻撃姿勢を見せており、そのまま両手をこちらに向けて……。


「テメェもな」


「は?」


瞬間、鮮血が舞う。コクマーの、メグの腹が引き裂かれ内側から黒い刃が突き出て……いや違う、背後から剣で貫かれたのだ。その先にいたのは──。


「アマルト!!」


「グッ!?またか!またお前か!いい加減しつこいですよ!!」


「ウルセェよ!諦めねぇって言ってんだろ!!」


アマルトだ、どこからかすっ飛んで来たアマルトはコクマーの腹を剣で貫きながらその体にしがみつく。コクマーには痛覚がないのか、剣を突き刺されても問題なく動く、だからそれを呪術と共に腕力で押さえ込む。


無事だったのかアマルト、逃げているとは聞いていたけど……まさかメグを助ける為にコクマーと戦ってたのか!?


「お、おいアマルト!メグの体が……」


「今は後だ!デティ!やれッッ!!」


「アイアイサー!!」


そしてナリアの言う通り、アマルトと一緒にいたデティが草むらから飛び出して来て押さえ込まれたコクマーの顔にしがみつき、懐から取り出した紫色の液体が入った瓶を開け、その口に注ぎ込むのだ。


「グッ!がぁあああああ!!!」


「うげぇ!?」


そのポーションを注ぎ込まれればコクマーはもがき苦しみ、アマルトとデティを弾き飛ばす。剣を刺されても平気だったコクマーが苦しんでる?一体なにを……。


「デティ!今までどこに!と言うかなにしたんだ!?」


「今までずっとメグさん助けようとしてたの!コクマーは普通の方法じゃ追い出せない!アイツはメグさんの魂に絡みついてるから!そこから引き剥がさないと!」


「魂と絡みついてるって……どうやって」


するとコクマーの口から、ドロドロと何かが出てくる。黒い、あまりにも黒い粘液。ヘドロよりも黒くネバネバした液体が地面に滴る。それをデティは指差して。


「あれがコクマーそのものだよ、アイツは人間じゃない。コクマーの正体は……表出化した魂そのもの!!」


「魂そのもの!?魂が単体で動いてんのか!?」


「ルビカンテだってそうだったでしょ!」


あ!そうだ!そういえばそうだ!ルビカンテの中にいた悪魔も他者の体を奪って動いていた。そうだ、あれと同じなんだ!


「けどコクマーはルビカンテとは根底が違う。ルビカンテはあくまで肉体だけを奪っていたけどアイツは幾人もの人間の魂を取り込み、その技術を喰らい、肥大化している。並大抵のやり方じゃ引き剥がせない……だから急ピッチで作ったの」


「ご、ごれはぁ……!」


「そう!魂剥離剤!肉体にリンクしていない魂を引き剥がし追い出す薬!悪いけどね!前例があんのよ!シリウスっていうね!一度見た例があるなら対応は出来る!」


突如現れたデティは指差しながら叫ぶ。流石だデティ、まさかここまで用意していたなんて……!


「グッ……ぅぐぅうう!クソッ!クソぉおお!!」


「あ!逃げる!アマルト止めて!」


「無茶言うなー!」


ポーンとアマルトはコクマーに弾き返され、そして口から本体が滲み出ているコクマーはバタバタと慌てて逃げていく。まぁ逃げていくって言ってもメグの脚力でだ、一瞬で追いかけるのが無理だと理解出来るくらい離れてしまう。


逃したか……と言うには、あまりに状況が助かったに偏っているな。


「だー!くそ!デティ!どうなってんだよ!あの薬飲ませたらメグが戻るんじゃねぇのかよ!」


「多分効力が弱かったんだ。あまり強すぎるとメグさん本人の魂にも影響を与えちゃうし……しょうがないでしょ!」


「クソ、絶好の機会だったってのに……」


目の前に転がるアマルトを心配して駆け寄るデティを見て、徐々に現実味を帯びる……いや、いやいや。


「いや!お前ら無事だったのか!」


「ラグナ!悪い、今まで合流出来なくてよ」


「ごめんラグナ、フリードリス守れなかったよ……」


「い、いやそこはいいんだが……」


なんか、思っていたよりも余裕そうだ。二人ともピンピンしてるし、俺はてっきり傷ついてどうにもならず、動けずにいるもんだと思っていた。いやデティがいるならそれはないか。

にしたっても、……なぁ。


「二人とも今までどこでなにしてたんだ?」


「フリードリス追い出されてからさ、ずっとメグを助けようとしてたんだ。俺達だけじゃフリードリスは取り返せねぇ。メグがいればアド・アストラから軍を持って来れるだろ?」


「コクマーに体を奪われて、なんとかしようとしてたんだけど、どうにもね。今まで色々試してたの、ラグナには心配かけたかもだけど……」


「心配だったに決まってるだろ!……本当に無事でよかった、二人も捕まってたらどうしようかと」


「ん?二人も?」


コテンと首を傾げるデティとアマルト、その表情を見て……なんとなく察する。


「まさか知らないのか、アド・アストラ軍が壊滅して魔女の弟子が散り散りになったって話」


「えっ!?」


「嘘ー!みんな無事なの!?」


やっぱり知らなかったか、まぁそりゃそうか。フリードリスを追い出されてから二人だけで行動していたなら国全体の様子なんて知りようもない。そうか、だから他の助けに来れていなかったのか。


「メルクさんは!?ナリア君は!?ネレイドさんは!?エリスちゃんは!?」


「ともかく、こっちに来てくれ。色々説明しつつ……みんなの傷を治してほしい」


「もっちろん!任せてよね!」


ドンッと胸を叩くデティを見て、急に安心する。いきなりのコクマーとの接敵、だが同時にデティとアマルトと合流も出来た。これでみんなの傷が治せる……。


ともかく、一安心か?……メグの件はこれからなんかしていかないとな。


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― 新着の感想 ―
「ああ、媚薬を守られた。まぁ錬金術で中和したからもう平気だ」 媚薬を守られた???どーゆー事???
こんな時頼りになるデティエモン 途中まで剥がしたしあとは自力でなんとかするかなメグさんが バレバレのネレイドで笑った。
ド○えもんかよw ポッケから出したのかな? ポーションのおかげで完全に乗っ取られてかかっていたのは一旦リセットって認識でいいのかな?だといいな 識確魔術の第八識『神識之領域』使ったらコクマー引き剥がせ…
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