840.魔女の弟子と栄光の光
僕は……イノケンティウスに敗北し気絶し何処かの砦に囚われていた。仲間と引き離され鉄の枷を嵌められた僕は朦朧とする意識の中、ただ牢屋の中で静かにしていることしか出来ない。
そう思っていたんだ。けれど……。
「テメェッ!エリスの友達になにしてんですかッ!!」
「グハァッ!?」
「ッ!?」
突然、牢屋の前を吹き飛ぶマレフィカルム兵が横切る、一人二人なんて数じゃない。凄まじい殴打音と共に見張りの兵士が駆逐され……彼女は僕の牢屋の前にやってきて。
「ナリアさん!大丈夫ですか!」
「エリスさん!」
エリスさんだ、その時僕は思い出した。そう言えばエリスさんはイノケンティウスの臨界魔力覚醒に巻き込まれていなかった。唯一無事と言える魔女の弟子だったのだと。彼女は牢屋の前に立つなり鉄格子を掴み、一息で捻じ曲げ穴を作ると中に入ってきて。
「酷い怪我ですが無事そうで何よりです、ポーションを持ってきました。飲んください」
「う……助かりました」
エリスさんは手枷をただの握力で砕く。おかしいな、これ魔力封じの手枷のはずなのに……ま、まぁいいや。それよりポーションを受け取り傷を癒し、僕は一息つく。よかった、なんとかなった。
「改めてありがとうございます、エリスさん。他の皆さんは」
「ダメです、殆ど捕まってます。アマルトさんとデティは上手く逃げ出したみたいですがそれ以外のメンツの姿が確認出来ません。ラグナも捕まったと思います」
「そんな……!」
「おまけにフリードリスも陥落。アルクカースは今滅亡の危機にあります」
「そ、それなら直ぐに助けに向かいましょう!僕も動きます!」
慌てて立ち上がり、みんなを助けに行こうと叫ぶがエリスさんはゆっくりと首を横に振り。
「アルクカースにいるアド・アストラ軍は今散り散りになっています、今の状態ではマレフィカルムには勝てません、表立って動けばすぐに囲まれるでしょう」
「で、でもラグナさん達を助けないと」
「ラグナは多分サイラスさんが助けます、そしてラグナが動けるようになったら事態は動くはずです。それまでの間は……埋伏するべきです」
れ、冷静だ。いつになく冷静だ、友達の危機を前にここまで冷静に考えて立ち回れるなんて。いや違うか、エリスさんがここまで冷静にならないといけないくらい現状が薄氷の上にいると言う事。
なら言うことを聞こう、エリスさん的にも今この時リスクを犯して僕を助けにきてくれたんだ。
「エリスが助け出せる魔女の弟子は一人だけだと思います、そしてその中で助け出すならナリアさん。貴方が一番です、この状況でこそ貴方の力は輝きますから」
「僕はなにをしたら……」
「どうにかこうにか、敵の内部に潜り込んでください。エリス達には出来ない隠密が貴方になら出来ます」
「隠密ならメグさんの方が……」
「メグさんに出来ないやり方が、貴方になら出来るはずです」
そこで察した。なるほど、僕がやるべきはそう言う仕事かと。そう納得していると……。
「エリス、そろそろ出るぞ。敵が集まってくる、今我々が動いている事を察知されるのはまずい」
「アーデルトラウトさん!?」
そんなエリスさんの背後から時を止めて現れるのはアーデルトラウトさんだ、彼女は槍を手に少し慌てたように周囲を見回している。まさか彼女もいるなんて……ダアトと戦っていると思ったが、まさか無事とは。
「すみません、ナリアさん。一旦ここを離れましょう。アーデルトラウトさん、あの人は?」
「上で敵兵を撹乱している。全く上手くやってくれている、まさかあれほどの使い手とはな、第三段階とは聞いていたが実際に戦うところを見るのは初めてだ」
「え?他に誰かいるんですか?」
キョトンと僕はエリスさん達についていきながら伺う、エリスさんとアーデルトラウトさん以外にもう一人誰かいるらしい、つまりエリスさん達は三人で行動していると言う事だ。
しかも第三段階?誰だろう、ネレイドさん?いやアーデルトラウトさんはネレイドさんが戦うところを見たことがあるからあのコメントはおかしい。
なら誰だろう……まさかラセツさん?ラセツさんがマレウスから来てくれた?うーん、考えにくい。
だとしたら誰だ、魔女大国に他に第三段階の使い手なんていたっけ?
「アイツはいきなり現れて、私達にどう動くべきかを教えてくれたんだ。正直アイツが関わるタイミングというのはいつだって面倒極まるタイミングだからな、ましてや前線に出るなど初めて見た」
「けどエリスは彼に一度助けられているので信用は出来ます。寧ろこの場面じゃ一番頼りになると思います」
「エリスさん、誰が一緒にいるか教えてくださいよ」
「ああ、それは……」
そう言ってエリスさんはその人の名前を教えてくれた。その名前を聞いた時はこう思ったよ。ああ〜、そう言えばそんな人もいたなと。しかしその人が抱える肩書的にその強さは折り紙付きだ。しかし随分懐かしい名前だ、前に名前を聞いたのはもう五年以上前だ。
ある意味、魔女大国の最終兵器と言ってもいい存在が動いている事実に僕は戦慄する。
「だからエリスはあの人の言う通りに動いてみようと思います、だから一緒に行動は出来ません」
「……心細いですが、僕もきちんとやり通してみせます」
「はい、貴方ならきっと出来ます。……必ずラグナは動き出します、だからそれまでナリアさんも耐えてくださいね」
そして、僕達は別れる事になった。一旦エリスさんにフリードリスに送ってもらい、そこからは別行動。エリスさんとアーデルトラウトさん、そしてあの人は三人揃って僕の無事を祈り離脱。
そこからは必死に一人でなんとかする日々。僕は魔力覚醒で分身を生み出し、それを身に纏う事で外見を変える『劇目:ドッペルゲンガー』にてマクスウェルに変身した。理由は単純、姿が見えなかったから。解放されているはずのヤツの姿が見えなかったから僕はマクスウェルに化けて……セフィラと行動を共にした。
バレれば即座に終わり、見かけは真似ることが出来ても戦い方までは真似出来ないから極力戦闘は避けつつ、三日間を過ごした。その間、仲間がやられた報告やメルクさんがホドの手に落ちた報告を聞いたがグッと堪えてラグナさんが動くのを待ち続けた。
ネレイドさんが追い詰められた時もマクスウェルとして色々動いてかき乱して、援護した。そして遂にラグナさんが現れたのだ。
大渓谷に遂に現れたラグナさんを見て、僕はその場で正体を打ち明けるのをやめて……ひっそりネレイドさんにメモを渡した。メルクさんが囚われている砦の場所を記した紙を。
マクスウェルの姿のまま近づいたけど、ネレイドさんは僕の正体に気がついておりすんなり受け取ってくれたよ。流石、幻惑を操る達人には真贋を見抜く眼力も備わっているらしい。
そして、あとは待つだけ。ホドと共に砦に戻り、ホドがメルクさんに変な事をしないように見張りつつラグナさんの到着を待ち……遂に、この時が来たのだ。
「ラグナさん!!メルクさんはこの先に囚われています!救出を!!」
「勿論だッッ!!」
「ぐがぁああああああ!どいつもこいつも私を馬鹿にしてぇえええ!!!」
寸前でホドには看破されたが、いい。既にアド・アストラ軍を招き入れる事に成功し、マクスウェルの権限を使って砦内の指揮系統をメチャクチャにしておいた。
前座の猿芝居は幕を閉じた。ここからは本命、逆転劇の始まりだ。
「本当に!」
そう思ったその時、ホドが強く踏み込み。
「イライラさせるッ!」
「うわっ!?」
吹き荒れるホドの魔力、ただ怒りに任せて魔力を解き放っただけでこの圧力。人間のそれじゃない、明らかに常軌を逸してる。これが……これが!
(これがセフィラ!『理解』のビナーもこれの同じレベルなのか!!)
力の極致にあるとも言えるセフィラの猛威、まだ攻められてすらいないと言うのに僕は足が竦んで動けなくなり。
「勘違いするなナリア!!」
「ラグナさん!?」
「この場の勝利条件は勝つ事じゃない!メルクさんの救出だ!」
ラグナさんは僕の前に立ちホドの魔力を遮る壁になってくれる。そうだ、メルクさんの救出!別にこいつを倒す必要はない!なによりホドを倒してもダアトが控えている。戦いは無意味、勝ち目が薄すぎる。
なら、ここで僕が取るべきなのは!!
「『千人役者・莫逆のコロス』!!」
「ああ?」
瞬間、僕の数が千に増える。その数に圧倒されたホドは目を丸くして────。
「洒落臭いッッ!!」
「あぁ!?」
一瞬だった、ホドが全身から棘を放ち僕の分身を全て、一人残さず穿って消してしまったのだ。嘘だろ、魔力覚醒した人間の攻撃を受けても全然耐える分身がこんな呆気なく!?
分身に撹乱と陽動をさせるのは無理か!なら仕方ない!!
「ラグナさんこっちです!」
「おう!」
「待てぇっ!!」
走る、メルクさんのいる地下独房に向けて。ラグナさんが僕の後に続き、ホドは全身を巨大な肉の怪物に変え、巨大な腕で地面を引っ張りながら追いかけてくる。崩れる城塞、巻き込まれ砕かれる石廊。それを必死に走りながら逃げつつ……。
「これでも喰らっていてください!」
咄嗟に振り向きながら一枚のカードをホドに向けて投げ飛ばし───。
「『閃光陣』!!」
「あぎゃぁ!?」
眩い光がホドの目の前で炸裂する。強烈な光は奴の目を焼いて潰す、これで時間が稼げて───。
「ナリア!危ない!」
しかし、ホドは迷いなく僕らに向けて巨大な拳を振るう。ラグナさんが弾き返さなきゃまとめて潰されていた。しかし目を潰してるのになんで……。
「自然界には、目で見る以外の認識方法を持つ生物は山ほどいるんですよ……」
ホドは逆に目を閉じたまま巨大な体を揺らして僕達の方角を見続ける。あれだ、猫だ、猫は暗闇でも物が見えるとかそう言う感じだ。いや分からない、正直適当言った、猫って目で見なくても物の位置が分かるのか?それともメチャクチャ目がいいだけなのか?
くそ、こう言う部分で能力の詳細な部分を相手に知られないようにしているのか。なんて恐ろしいんだ生命錬金!
「そぉら、このままミンチにしてあげますよ。『紅女王に恐れなし(ラドゥラ・ロハ)』」
そして巨大化したホドの両手が伸びて廊下の先まで届き、そのまま腕そのものを大きく回す、まるで縄跳びのように腕を回転させる事で廊下にいる僕達二人を叩き潰そうと……いや違う!腕からなんか鋭い歯みたいな物が現れてる!これ!触れたら擦りおろされる!
「ナリア!」
「うわっ!ラグナさん!?どうしたんですか!?」
するとラグナさんは僕を抱えたまま飛び上がり廊下の中をのたうち回る巨大な両腕を回避し、そのまま顔を近づけ。
「お前がいるなら、やりようがある。……耳貸せ」
「は、はい」
そうして彼は僕の耳元でコソコソと作戦の内容を話し始める。なるほど……ふむふむ。
「───これ、出来そうか?」
「余裕です」
「さっすがだぜナリア!よし!そうと決まればッ!!ナリア!用意を!」
「はい!」
即座に僕は手元の紙に魔術陣を描いてラグナさんに手渡す。同時にラグナさんは高速で動き回る腕を的確に見切り、何度か地面を踏んで飛び上がり一気にホドに近づき。
「『熱焃大掌』ッ!!」
「ぎゃん!?」
一閃、鋭い拳がホドの巨大な顔面に突き刺さり、深々と拳を抉り込むのだ。しかし……。
「無駄です、この肉襦袢をいくら傷つけてもすぐに再生しますよ」
ラグナさんが打ち込んだ傷が回復する。どうやらあの巨大な体はホドの体が巨大化しているのではなくホドの体から更に別の体が浮き出た物らしい。言ってみれば贅肉を使った特大肉襦袢。あれを傷つけても意味はない。
けど……大丈夫、そこは計算済み。
「知ってる、そんな気がしてた。だから」
「用意したんです、僕が火力を」
ラグナさんが拳を引き抜いた瞬間、僕は魔力を集中させ……ラグナさんが拳と共に打ち込み、内部に残してきた魔術陣を起動し。
「爆ぜろ!『大爆陣』!!」
「は?」
爆裂四散、頭に植え付けられた魔術陣が火を吹きホドの巨大な頭が炸裂する。燃え上がる肉の割れ目から更に噴き出す炎の柱、それに焼かれて奴の肉体が焼かれて消える。
この一撃で奴の肉襦袢は壊れた……けど。
「痛いじゃないですかぁ!まぁ、もう熱は克服しましたが!」
中から現れるのは白い鎧に身を包んだホドが現れる。既に極・魔力覚醒を発動している彼女には僕の魔術陣は効かない。
けれど、ここからだ。ようやく舞台は整ったのだ……ここからは。
踊りましょう、仲間のために。
「行きます、ラグナさん。貴方が整えてくれたこの舞台で、演じます。主役を」
燃え上がる、情熱が。胸の律動が規律よく響き、極限の集中をもたらす。やり通す、仲間を守る役目を……演じ切る。
…………………………………………………
「チッ」
私は目の前に立つラグナとサトゥルナリアを見て舌を打つ。ラグナ単体ならまだなんとかなった、しかしそこにサトゥルナリアの魔術陣による援護が入るとちょっと戦いづらい、まぁちょっとですが。
(サトゥルナリアの覚醒は分身系の覚醒の中では常識の外れの部類に当たりますが、そもそも分身系自体覚醒の中では火力に欠けるもの、奴の攻撃自体はあまり意識せずとも良い)
だが、侮らない。サトゥルナリアは恐ろしい男だと認めよう。
私を三日も騙し抜いた演技力。あれは正直厄介だ、古式魔術よりも戦況に影響を与える絶対の演技力……あれを使われたら私は見抜けないだろう。故にその攻略法は何もさせない事。
その上でラグナにも何もさせず戦い抜くしか勝ち目がない。嫌ですねぇほんと。
(ダアトは…こっちへの対処ではなく城そのものの防衛に入りましたか)
ドライな奴だ、魔女の弟子の処分を私に任せそのまま離脱してしまうとは。まぁこの場にネツァクがいないことが明らかになった以上、誰かが城の兵士達をまとめる必要がある。
ダアトが指揮に入った以上、アド・アストラ軍を追い返すのは時間の問題。となれば問題はサトゥルナリアとラグナのみ。そこを私になんとかさせようと言うのだ。
ま、別にいいですが。正直、負けはないとは思ってるので、だって……。
「いい加減死んでください」
私は腕を動かし、ダラリとぶら下げる。だって私、まだまだ実力じゃあ彼らを上回っていますから。
「ナリア、下がってろ」
「は、はい」
後ろに下がるサトゥルナリア、前に出るラグナ、上等。それでいい、そっちのやりやすいようにやればいい、本当に強いってのはそう言う相手のやり方に左右されないものですから。
「さぁ、タイマンが所望だろ。ホド」
「馬鹿にして、もうお前の力にゃ面食らいませんから」
手を開き、拳を握る。そのルーティンを一瞬で終わらせ、……同時に、踏み込む。
「結局こうすりゃいいんでしょうが!!」
「ぐっ!?」
足をウサギのものに変え、文字通り脱兎の速度でラグナに突っ込み蹴りを見舞う。同時に蹴り抜いた足を腕に変えラグナの首を掴み引き寄せ。
「『紅女王に慈悲はなし(ラ・レイナ・ロハ)』ッッ!!」
「チッ、慣れてきたか!」
そのまま引き寄せたラグナの顎を撃ち抜くように魔力満点の拳で撃ち抜く。無数の生物の筋力を掛け合わせシャコの拳で放つ一撃はラグナを大きく揺らし。
「まだまだ行きますよぉ!!」
更に、それを背中から追加で六本、腕を生やす。伸縮自在、硬度も速度も自在の怒涛の連撃。ラグナに反撃すらも許さない連続攻撃の雨霰、それを前にラグナは身を屈めたり飛び跳ねたりして次々と回避していく。
「テメェ、普通に戦っても強えじゃんか!」
「当たり前です、私は総帥の右腕『栄光』のホドですよ。貴方達が今まで戦ってきたマレフィカルムという枠組みに於いて、最強無欠の存在!」
回避を選び続けるラグナの胸を狙い、即座に頬をフグの体に変え、噴き出すのは無数の毒針。それをラグナが受け止めた……その瞬間。
「『紅女王に偽りなし(テルソン・ロホ)』ッ!」
「ガッ!?」
貫く、お尻から生えた蠍の尻尾がラグナの胸を。針は牽制、本命はこっち、このまま毒でラグナを腐らせて殺すッ!
「ッ!この!!」
「うそぉっ!?」
しかし、毒を注入した瞬間。ラグナは全身の筋肉を締め上げポンプのような働きをさせ、逆に注入した毒を押し返してきた。咄嗟に尻尾を切り離して落とせば私の毒により尻尾がグズグズに溶ける。
どんな体してんだこいつ。けど……。
「それでも、傷はつけられましたねぇ!」
「チッ」
胸に尻尾が刺さったのは事実だ。彼の胸からは今も血が流れ続けている、よかった、針に蚊の針と同じ出血を誘発する成分を分泌させておいて。
「分かりますか、ラグナ・アルクカース!」
「ッ!?」
ラグナの腕を掴み、顔面を蹴り抜く。そのまま引いてもう一度殴り抜く、それを幾度となく繰り返して繰り返して繰り返していく。
「マレフィカルムが今まで裏社会という日陰に甘んじていたのは全て魔女がいたから!魔女さえいなければ、こんなもんなんですよ!」
「がぁっ!?」
更に、サイのツノを生やした膝で再びラグナの胸を蹴り付け、地面に転がす。
「私達セフィラは、いつかこんな日が来る事をずっと祈っていました、貴方達を殺す日が来る事をずっとね」
「ッ……」
「真っ向勝負ならセフィラは負けません。だからこそ、マレフィカルムと言う超巨大組織は成り立っているのです」
マレフィカルム全組織が反旗を翻しても問題なく返り討ちに出来る戦力、それがセフィラなのだ。マレフィカルムとアド・アストラが拮抗していると言うことはつまり、私達の実力は魔女のいない魔女大国を上回っているんですよ。
「やめろーーー!!!」
「おや」
瞬間、突っ込んでくるのはサトゥルナリアだ。どう言うつもりだ、彼はこの場で最も弱い、それを理解していないほど愚鈍な存在が私を騙せるとは思えない。けど。
「舞台に上がっていいのは関係者だけですよお客様」
「ぐっ!?」
尻尾を再び作り出しサトゥルナリアの顔面を弾き、吹き飛ばす。まずはこちらから片付けるか。
「解せませんねぇ、貴方自分の実力は理解しているでしょうに。それともなんですか?それも演技?ここから大どんでん返しが待っているんですか?」
「っ……そうです、今に見ていてください。貴方をアッと驚かせますから」
「ふむ……」
チラチラと倒れるサトゥルナリアを観察する、ダメージはしっかり入っている。今の一撃で足腰が立たなくなっているのも演技じゃない、事実追い詰められている?ならもしかしてこの隙にラグナが?と思ったがラグナの方も出血の苦しみで動けていない。
まさか、ネレイドが……と警戒するがやはり姿はなく、そもそもこの警戒を狙ってのものかとも考えるが。
(キリがありませんね)
サトゥルナリアが何をするか読めない以上、考えるだけ無駄な気がする。ならここはもう少し突いてみましょうと私は倒れるサトゥルナリアの胸ぐらを掴み持ち上げて。
「ほら、だったら見せてください?観客を飽きさせないのが役者でしょう?」
「っ……」
「それとも本当にネタ切れ?あると見せかけて実はない?焦らすのもいい加減にしてくださいよ」!
サトゥルナリアの顔面を一度殴る、それなりに手加減したつもりですが……今の一撃で彼の口から血が飛び出し、グラグラと首が揺れる。脆いですねぇ……。
「はぁ、役者は役者らしく虚構の世界を生きていればいいものを。こんなところに出てくるから貴方の可愛いお顔が傷だらけ、商売道具は大切にしてください」
「僕は……戦う役者です」
「ああそうですか、戦うだけなら誰でも出来ますよ。勇気を振り絞れば子供にだって出来る、でもねぇ……それじゃあ意味がないんです」
顔を近づけ、笑みを見せる。サトゥルナリアの悔しそうな顔を眺めながらクスクス笑ってやる、馬鹿にするように。
「戦いってのはね、勝たなきゃ意味がないんです。戦った結果負けました、なんてこれ以上ダサいことはないでしょう?だから勝たなきゃダメなんです、それが戦場の掟。なるなら勝てる役者になるべきですね」
「…………」
「ノーコメント。はぁ〜面白くない、本当に……イライラするだけでしたよ、貴方は」
そのまま地面に叩きつけ、サトゥルナリアを見下ろす。ただ私の逆鱗に触れただけ、ただそれだけの為に現れた存在だよこいつは。もう少し色々見せてくれると思いましたが……それもなさそうですし。
「くっ……」
「おおっと逃げないでください」
ジタバタ暴れるサトゥルナリアの腹に足を乗せ踏みつける。このまま潰して殺してしまうか……。
「メルクリウスと言い、お前と言い、エリスと言い、魔女の弟子は私の憎悪を煽って何が楽しいやら……」
「楽しくなんか、ありません」
「はぁ?」
「けど、貴方言いましたよね。これは戦いなんです……だから僕達も、貴方達に勝たなきゃいけない、それが戦場の掟だと」
「それが無理だって話をしてるんですよ」
「でも、それってつまらないですよね」
「は?」
サトゥルナリアは苦しみの顔から一点、笑みを宿す。私を騙していた時と同じ、舌を出す……嫌な笑み。まさかこいつ。
「つまらないものを面白く、笑えないものを笑い飛ばす。だから僕は役者なんです、勝つ為に戦う戦士じゃなくて……笑わせる為に戦うから、戦う役者なんですよ!」
瞬間、サトゥルナリアは自分の服を引き裂き、その肉体を晒す。そこには無数の傷と共に……記されていた。自らの腹を切ってつけた傷で、魔術陣が。
私が踏みつけるサトゥルナリアの腹に、魔術陣が!!
(こ、こいつ!態と私に踏みつけられる為に!自らの体に!!)
やられた、と思った時にはもう遅い。ただこの一瞬を作る為にラグナを突っ込ませ、そして負けたタイミングでナリアが突っ込み、私の油断を誘う。全てはこの為に。
とくればこの魔術陣は私を一撃で屠る超強力なもの!そんな火力こいつが用意できるのか!?いやだとしてもこいつは私を騙した男!油断は出来ない……今からでも防壁を!!
「『幻夢望愛陣』!!」
しかし、その瞬間魔術陣から放たれたのは……攻撃でも魔力波でもない。暖かな光で、それが私を包み─────。
「ユースティティア」
「……デカルト、父様」
ふと気がつくと私は、家にいた。それも昔住んでいたデルセクトの小さな家、けれど幼い私にとって、母を失った私と父にとっては、あまりにも広すぎる家。
そこに、私が殺したはずのデカルト父様が立っていたんだ。
「なんで貴方がここに……」
「ユースティティア、嬉しいよ。……私達錬金局が開発した悲劇の錬金術である生命錬金をここまで極めるとは。私には、錬金術の才能がなかったからな」
父は自嘲気味に笑う。確かに父に錬金術の才能はなかった、だがそれでも諦めず学問を学び錬金術そのものを研究する職についたのだ。父は嫌いだが、そう言う努力家な部分は嫌いじゃなかった。
「今更、顔を見せてどう言うつもりですか」
「……一言、謝りたかった」
「謝りたい……何を、何をだ!デカルト!!」
私は腕を鎌に変えてデカルトに叫ぶ、何を謝りたいと言うのか。こいつは恥知らずだ、私に高潔さと栄光を説きながら自らは汚職をしその高潔さと栄光を金で売ったクソ野郎だ。だから父が嫌いだ、だから私は力と欲に嘘をつかないと決めた。
「デルセクトに仕える事が誇りだと!栄光を掴む事こそが本懐だと!高潔さこそが最も尊いと語りながら、私にそれを信じてこませておきながら!国も私も裏切ったゴミ野郎に今更謝られても困るんですよねぇ!!」
「ああ、その通り。私にとってデルセクトは何よりも大切なもので、それに尽くす事こそ私の役目だった。平凡で、どこにでもいる冴えない男でも、それを胸にしているだけで……誇らしいのだから」
「はぁ?よくもまぁいけしゃあしゃあと!!」
「だがそれでも、国よりも栄光よりも大切なものがあった」
「なんですか?聞かなくて分かります、金でしょう、名声でしょう!気持ちよかったでしょうね!自分では何も生み出さずただ手元にある機密事項を金で売ればマレフィカルムは貴方を褒めて讃えて持ち上げる!手元には巨万の富!ああ愚かしい!けど貴方が愚かしいから今マレフィカルムはデルセクトにさえ比肩する技術力を得てるんですからありがたい話です!お前みたいな使えるバカは何人いても困りませんから─────」
「お前だ」
「……はぁ?」
声が震える、いや分かってる、分かっている。分かってるけど……やめろ、言うな。
「金が必要だった、私の収入ではお前によい学校に行かせてやれない、良い暮らしをさせてやれない。母を失い寂しい思いをするお前にせめてよい生活をさせてやらなきゃ……私は、妻の死に目に見れないほどに研究に打ち込んだ意味がなくなってしまう」
「……だから、だからなんです」
「……だから、金を得た。例え処刑されようとも、側に居られない私よりも、お前をささてやれる金さえ手に入ればそれでよかった」
分かってる、分かっている、これが『言い訳』であると。じゃあ父は職を失ってまで得た金で私を養ってくれたかといえばそうじゃない。やはり研究への未練を捨てられず幾多の研究資料を盗み出し、それを眺めて酒を飲む日々を過ごしていた。
私は、別に金など欲しくなかった。貧乏でも、お腹が空いていても、家族が側に居てくれればそれでよかった。居てくれなくても……父が栄光ある職についていると思えればそれでよかった。
それを全て捨てたのはこいつだ!こいつ!……だが。
(分かってるんですよ、そんな事……!)
栄光を騙り、全てを捨てた父に絶望し、その父を殺めた私が……父の机の箪笥から見つけた『ユースティティアの未来』と書かれたカード。そこに記された銀行に溜め込まれていた莫大な金。研究資料を売って手に入れた金には……どれだけ飲んだくれようとも全く手をつけていなかった事実を。
知っている、知っている、父が私を最後まで愛していた事実と父がそれほどまでに弱い人間だった事実を。私は知っている。
知っていて、この道を歩んだのだ……私は。
「ユースティティア、私はお前が生きてくれていればそれでいい。例え私が死のうとも、……私にとってお前は栄光そのものなのだから」
「……………」
刃に変えた腕が降りる。それも、知っている。
知っているけど……遅いよ。言うのが。
「それを生きている間に言ってくれていれば、私はこんなにもデルセクトを憎まずに済んだんですよ」
父の語る栄光に焦がれたからこそ、父の語る高潔さに憧れたからこそ、その全てを裏切った父と共に栄光と高潔さへの憧憬が裏返り、私はそれらを憎むようになったのだ。
行き過ぎた感情は裏返る、私がデルセクトを否定する為にマレフィカルムに入ったのも全てはそれが始まりです……だから。
「今更、私を止めようなんて思わないでください」
「ユースティティ───」
「黙りなさい」
一閃、父の姿を鎌で切り裂けば。父は相変わらず、私を憎むような顔を見せる事なく消えていく。あの日、父を殺した時と同じように、全てを受け入れたような顔で────。
「ハッ!!」
目が覚める、気がつく、私は再びアルクカースの砦に戻ってきていて───いない!!
「サトゥルナリアは!?ラグナは!?」
慌てて周囲を確認するが、いない。二人とも消えていた、そこで気がつく……今の景色は幻影だ!サトゥルナリアが見せた幻影だ!愛する景色を見せる魔術陣か!クソ厄介だな!クソクソクソ!!
「ぅぐぁあああああああ!!」
頭を掻きむしりながら走る、あいつらがどこに行ったかなんて考えるまでもない。メルクリウスだ!それを助けにいく時間を得る為に私にあんなものを見せたんだ!
クソクソクソ!一時でも!絆された己が憎い!私は栄光なんてもの!今更なんとも思ってないはずなのに!!
(憧れていた事実を、焦がれていた事実を、思い出してしまった!!クソクソクソ!!)
なんて胸糞の悪い話だ、私は……今も囚われているのか、父の語る話に、栄光に。だが分かっているだろう、それがこの世には存在しない事など。
どれだけ言っても父は栄光を裏切り、国を裏切り、私を裏切り、金で全てを売ってしまったんだ。どんな高尚な理由があろうとも事実は事実、行動は行動!それは変わらない!
栄光なんてものはこの世に存在しない、あるとするならそれは力であり勝利である。私はそれを痛感したから、絶望したから、ここにいるんだ、こうしているんだ。
だから……だから!!
「私を!!ナメるなぁあああああ!!!」
私をナメるな、こんなもので私の絶望をひっくり返せると思うな。そう叫び壁を粉砕しながら廊下を駆け抜け、地面を砕いて地下へと潜り、メルクリウスのいる地下牢へと向かう。
手放してなるものか、今更逃がしてなるものか、アイツにはまだまだ刻み込まねばならない。メルクリウスにはまだまだ汚泥を、汚濁を、屈辱を刻み込まねばならない。
それは私が絶望しているから、栄光に絶望しているから。そして……メルクリウスという女は─────!!!
「メルクリウス!!!」
全てを破壊しメルクリウスの牢屋の前まで駆けつける。……しかし、同時に。
「遅かったな、ホド」
「あ……ああ!!」
地下牢の壁が吹き飛ぶ、天井が崩れ頭上の要塞を吹き飛ばし大穴が生まれ、闇に光が差し込み……牢屋の中に降り注ぐ。枷から解放されたメルクリウスが、ラグナとサトゥルナリアに挟まれるように立っている。
その瞬間、私の憎悪は極限に達する。
「逃げるなァァアアア!!!メルクリウスぅううううう!!!!」
ここで殺す、そんな殺意が爆発し……声として噴き出る。それに反応したメルクリウスはボロ布を着て、こちらに振り向き。
「ホド」
「あ……!?」
そのあまりにも怜悧な瞳に貫かれ、私は止まる。バカな、こいつ……こいつ。
(あれだけの媚薬を注ぎ込まれ、欲を爆発させるように差し向けているのに……揺らいでいない!?)
そこに立っているメルクリウスは、髪を靡かせ、キラキラと差し込む陽光に照らされ、煌々しくも立っている、カケラも揺らいでいないだと。
欲の前には、感情の前には、栄光など脆いもののはずなのに……。
「光の反対は…なんだと思う」
「ぁ……ぁあ」
メルクリウスはこちらに向き直る。その瞬間……私の中で何かが起こる。
「光の反対は闇、ではない。闇は闇だ、どこまで行こうともお前が外道であるように闇は変わらず闇である。なら光の反対はなにか」
……圧倒的な憎しみと絶望、そして失望の嵐が吹き荒れ、私の中でゆっくりと動き出し。
「即ち光だ、ホド。光は決して裏返ることはない……栄光とは光であり、何者にも動かされることはない。お前にも、私にもだ」
「ぁああ………!!」
膨大な憎しみは、荒れ狂い、グルリと……ひっくり返る。その瞬間私の世界は軽やかに開けて。
(……う、美しいッ!!!)
メルクリウスの姿に目を奪われる……そう、即ちエナンチオドロミア。
────清が濁に、善が悪に、愛が憎に、憧れが絶望に。行きすぎたそれらがひっくり返る。
ならばこそ、『逆もまたあり得る』────。
(う、美しい!好き!メルクリウス!好き!!)
今、ホドの中にあった栄光と高潔さへの失望と絶望、そして憎悪は臨界点を迎え……ひっくり返った。メルクリウスを栄光そのものとして見ていたからこそ、傷つけようと、汚そうとしてきた彼女は栄光へと焦がれの反転に伴い。
────ガチ恋した。メルクリウスに。
「ま、待ってメルクリウス!」
「待たんさ、この借りを返す為……今は引く、ラグナ、ナリア君」
「おう、撤退だ!!お前ら!!!」
「逃げましょう!!」
しかしメルクリウスは涼しい顔をして自らが開いた穴を飛び出し逃げていく。同時にその穴を起点として要塞が崩れていく、落ちてくる瓦礫、崩れる全て。
崩壊する、何もかもが……その中心でホドは。
「め、メルクリウス……!!」
目を奪われていた。
栄光とは、決して揺らがぬもの。自らが見ていた栄光は全て偽りであり。
メルクリウスという栄光こそが、自らが憧れ求めた栄光そのものなのだと理解した彼女は───。
「手に入れてみせる!貴方を……!」
再び手を伸ばす、栄光へと。……しかし無情にも瓦礫は落ち切り、世界は再び闇へと閉ざされる。




