839.魔女の弟子と栄光とは
『栄光』のホド……本名をユースティティア・クレスケンスルーナ、又の名をユースティティア・オパリオス。名前がたくさんありますね、けど別に名前蒐集家ってわけでもないんです。色々あって名前を変えなきゃいけない立場にいるものでして。
私、『栄光』のホドは普段ガオケレナ総帥のサポートをしています。総帥には表の顔である冒険者協会最高幹部ケイト・バルベーロウとしての顔もありますからね、そっちをやっている間のマレフィカルムの管理は私がやっています。それと主に帳簿面の管理もですかね、やってますよ色々。
そして必要があれば現場にも出ます、優秀なので。これでも結構強いので向かうところ敵なしなわけです。
でも今回はちょっと事情が違いましたね。魔女の手……アイツらが想定よりも強くなりすぎていました。私が魔女の弟子を最初に認知したのは大いなるアルカナと帝国が戦った時、その時は私の足元にも及ばない雑魚だったくせに……気がつけば私の前に立って戦えるほどに強くなっていた。
特に腹立たしいのはエリス、アイツはクレプシドラに勝っただけはあり私に匹敵。いや認めましょう、アイツは私より強い。
もうこの世でエリスより強い奴なんて魔女を除けば片手で数える程度しかいないでしょうね、それだけ強いです。イライラします。
そしてもう一人、こっちはエリスと比べればそれほど強くない、明らかに私に劣る存在。なのに私に食らいついてくるゴミカス。それが……。
「おはようございますメルクリウスちゃ〜ん」
「……………」
要塞の地下にある牢屋。捕らえた敵兵を拷問する為の石室の奥に縛り上げられているのはメルクリウスだ。衣服を剥がれ全身を血で汚し傷をあちこちに覗かせる彼女が魔力封じ枷を嵌められ、壁に括り付けられている。
こいつだ、私が憎む女。メルクリウス・ヒュドラルギュルム……デルセクト国家同盟群の同盟首長にして、栄光の魔女の弟子フォーマルハウトの弟子。私の生まれ故郷デルセクトを統べる存在ってだけでも腹立たしいのにこいつは私に幾度となく立ち塞がって戦いを挑んできた。
実力面では私の方が上のはずなのに。全くイライラしますよ。だが今は違う、イノケンティウスが上手い具合にメルクリウスを潰してくれた、正直私が倒したかったが……まぁ、そこは良しとしましょう。
なんせ、メルクリウスの管理権は私に譲渡されたのだから。前任者が死んでしまったのでね、まぁ殺したからですが。
「可哀想に、必死に味方の為に戦ったのに。結局捕まってこの有様、御愁傷様です」
「…………」
「死んだふりやめてくださいよ」
私は近くの椅子を引いて、メルクリウスの前に座る。背もたれを前に、そこに肘をかけて彼女の姿をジッと見守る。既にここに至るまでに傷つき、その上この場で三日間も過ごし、限界も近いだろうに。
「……話しかけるな、外道」
「おほほ、怖い怖い」
心は一切折れていない。何故そうも強くいられるんでしょうね、本当に。逆に気になる、どうやったら折れるのか。
「ねぇメルクリウスちゃん。貴方と一緒に捕まったアド・アストラ兵、百五人。どうなったと思う?」
「……………」
「聞き方が悪かったでしょうか。私がどうやって殺したと思いますか?気になりません?」
さぁどう応える、そう興味を示しているとメルクリウスは歯を見せて笑う。
「お前は、つくづく情けない奴だな」
「は?」
「我が軍の兵が死んだ、それは悲しむべき事実だが。彼らの意思、魂、行いは正しいものだった。それは例えお前であっても踏み躙ることは出来ん……ここでその事実を私に突きつけても、意味はない」
「へぇ〜……」
私はちょっとびっくりして肘を背もたれから離し、自分の顎に指を当てる。なるほど、そう出るか。
てっきり怒ると思っていた、てっきり牙を剥いて怒鳴ると思っていた。グロリアーナの件にあれほど怒ったのに、兵士が死んだのはいいのかな?
「グロリアーナを傷つけられた時は怒ったのに、顔も知らない兵士の命はどうでもいいと?」
「分かっていないんだな……やはり。私はお前がグロリアーナ総司令の名誉を傷つけ、その栄光を汚したから怒っている。無論、今も」
分からないな、分かりようもない。椅子に座り直して首を軽く捻ってため息を吐く。名誉を傷つけるのと、命を奪うの、琴線に触れるのが前者なのが分からない。
ふむ、だったら……。
「メルクリウスちゃあん、貴方。オオツノジカって知ってますか?ツノの大きさでメスに求愛する可愛い鹿です、大きければ大きいほどモテるんです。人間のアソコと同じですね」
「………」
「ああ知らなくて結構、だってもういませんから。大きなツノを持つ鹿だけが交配していった結果、ツノが大きくなり過ぎて身動きが取れず絶滅してしまった動物なので。生き残る為に得たものが過剰に行き過ぎた結果。自身の首を絞める結果に終わる。これって自然界じゃ結構あることなんですよ」
椅子を蹴り飛ばし、メルクリウスに詰め寄る。彼女は乱れた髪の隙間から私を睨みながら、目を逸らすこともない。
「行き過ぎた結果身を滅ぼす、それは人間にも言えること。真面目に誠実に生きてきた人間が、ある日突然何も手がつかなくなってしまう。自分の内側に抱えた影の部分が累積し一気に噴き出し人間が裏返る……エナンチオドロミアってやつです」
「………」
「愛が憎に、清が濁に、成功が虚無に、平和主義が暴走に。行き過ぎた精神性は裏返り悪となる……メルクリウス、お前が裏返ったら一体どんな顔をするんですか?」
咄嗟に私から目を逸らそうとしたメルクリウスの顔を掴み、私自身の顔を近づける。そして……噴き出す、口から桃色の吐息を。
「うッ!獣臭い!」
「フフフ、オオツノジカは知らなくても……ジャコウジカは知ってますよね。ジャコウジカが放つ強烈な性フェロモンは人間にも効果があるんですよ。なんの薬に使われるでしょうか?」
「……媚薬か」
「正解正解!他にも媚薬に使われる植物や虫のフェロモンを混ぜ込んだ超絶媚薬フルコースですぅ!あははは!」
メルクリウスの顔から手を離し笑う、大いに笑う。生命錬金で作った自然界のフェロモンフルコース、それはメルクリウスの体を蝕み、赤く熱らせていく。効果抜群!
「ぐっ……」
「高潔さが汚れるほどに乱れなさい、行き過ぎた栄光が裏返る瞬間を私に見せてくださいよ、メルクリウスちゃあんッ!」
「ッ……」
ギロリと私を睨むメルクリウスを見ていると余計楽しくなる。乱れ狂え、堕ちてもがけ、燻んだ金に価値がないように、無価値な存在に成り下がれ。
私を苛立たせるお前が苦しめば、それだけ楽しくなれるというもの。
「アハハッ!あははは!次会う時にどうなっているか、楽しみですね。なんなら私に忠誠を誓うなら解放して相手してやってもいいですよぉ〜!」
「………」
下唇を噛んで必死に堪えるメルクリウスに笑いを浴びせかけながら私はその場を後にし、奥の扉を開け、廊下に出る。ふぅ、さて。
「お部屋でたまごサンドでも食べましょ〜っと」
「ホド」
「ギョッ!」
薄暗い廊下の中で話しかけられ、肩が飛び跳ねる。誰かいたのか、と首を振って確認すれば。
「なんだ貴方ですか、ネツァク」
壁にもたれかかりこちらをジッと見ているネツァクにホッとする。いきなりこんなところで話しかけないでくださいよもぅ。
「随分、メルクリウスに執心しているようですが」
「はぁ?そりゃあそうでしょう。いきなり突っかかって来てなんだかんだと言われて、イライラするなって方がおかしいですよ」
「感情を向けられるなんてのは別に珍しいことではありません。貴方なら、それを受け流すことも出来るはずですが」
「む……」
「それでも、メルクリウスに執心するということは、貴方側にもメルクリウスに思うことがあるのでは?」
な、なんだこいつ。こんな風に色々話を聞いてくれる奴でしたっけ。まぁでも……言っていることは正しくはある。
「まぁ、思うところがないわけじゃないですよ。ほら言ったでしょ?私のお父さん」
「……?」
「覚えてないんですね。……デカルト・オパリオス、元錬金局の研究主任だった男です」
究極の錬金機構ニグレド・アルベドの存在というデルセクトの超機密事項を外部に流出させ、見返りに金銭を受け取った汚職の罪で放逐された愚か者。それが私の父デカルト・オパリオス。
私の大嫌いな父、今思い返してもムカムカする。だから……だから。
「似てるんです、メルクリウスと私の父が。だから嫌いなんです」
「そうですか」
聞くだけ聞いて特に返答も返さない。全く無愛想な奴ですよ、最早これ以上会話をするだけ不快だ。私は軽く髪を撫でネツァクの前を通り過ぎて廊下を歩く。
全く嫌な事を思い出せてくれましたね。……父とメルクリウスの影、これは重ならない。だが二人の言動が重なるんだ。
『ユースティティア。この国は栄光の国だ、その国の為に働ける事は素晴らしい事なんだよ』
幼い私の頭を撫でそう言った父は高潔な人物だった。野心もなく、野望もなく、無欲な人物と欲だらけのデルセクト人は言うけれど、ただ父は誇り高かっただけだ。
幼くして母を失った私を一人で育ててくれて、それで研究にも精を出して、きちんと成果も出して。当時は素晴らしい人物だと思っていた。
『いいかい、誇りを胸に強く立ち続ければ、そのあり方には光が宿り、その光を人は栄光と呼ぶんだ。フォーマルハウト様のような、あの光を』
翡翠の塔の頂上で輝く光を指差しながら父はそう言った、栄光の国に生まれたからには金銭ではなく栄光を胸に強く生きろと。私にもまた誇りある栄光を説いた父はどうなったか。
……汚職だ。デルセクトに伝わる通り父は汚職をしていた。自らの研究成果のみならず錬金局に伝わる秘法を次々持ち出してマレフィカルムに流していた、多額の金銭と引き換えに。
そして当然、それはバレて父は錬金局を追い出され無職になり酒に溺れるようになった。
真面目に高潔に、誠実に潔白に生きてきた父はある日突然裏返ったのだ。その時私は悟ったよ。
(栄光など虚飾に過ぎない。一皮剥けばそこにはギッシリ欲と野心が詰まっている、ならばこの欲と野心を抑える必要がどこにある……人は結局欲のまま動く獣なのだから)
父のように栄光を口にしても、多額の金銭を前にすればあっさりそれらを捨てて欲を優先する。口先だけの栄光を語るくらいなら、最初から取り繕わない方がまだ行儀がいいだろう。
メルクリウスもどうせ同じ、栄光だなんだと口にしているが結局アイツも欲に塗れた女なのだ。事実彼女は世界一の金持ちじゃないか、栄光に値段をつければ奴もまた買う側だ。
そう言う取り繕った奴が……私は嫌いだ、憎くて憎くて仕方ないくらい嫌いだよ。
「ケッ……」
「機嫌悪いですね」
「はぁ〜〜!」
そしてネツァクから逃げるように外に出れば、またいるよ。別の奴、一人になりたかったのに。
「そんな人の顔を見るなりため息とかやめてくださいよ、傷つくでしょうに」
「ダアト、貴方も来たんですか」
ダアトだ、要塞の壁に座ってモクモクと味のついていない茹で肉を食べる彼女がこちらを見下ろしている。今は彼女を相手に色々気を使う余裕がないんですがねぇ。
「何しに来たんですか」
「いえ?普通に救援ですけど」
「救援?必要ありませんよ、ここには私がいるんです」
先程ブラッド君は散々なやられ方をした。軍勢の殆どは失いこのフィダルド要塞へと退却してきたのだ。そしてここにはメルクリウスも囚われている。趣味と実益も兼ねてここに救援に来たのだ。
私に加えてダアトまで来たら戦力過多だろうに。
「さて、どうでしょうね。ほらあれ」
「ん?……は?」
ダアトが指差す先には……軍が見える。敵の軍、あれはさっきの渓谷で戦ったラグナ達?なぜこっちに真っ直ぐ向かってきているんだ。
「何故ここがバレた」
「さぁて、なんででしょう。ホドさんが尾行されてたとか」
「あり得るわけないだろ──でしょう。私がそんなミスなんて」
「さてそれはどうでしょう、貴方はどう思います?マクスウェルさん」
チラリと背後を見ればマクスウェルがついてきていた。こいつなんなんですかね、ちょっと不気味なんですけど。
「どうやら、ここにメルクリウスがいると言う情報が敵にバレたようです」
「そんなの見れば分かります、マクスウェルさん。貴方それがどこからバレたか分かりますか?」
「それを貴方が聞きますか?」
「ふむ、実は読めないんですよね、どこから情報が抜けたのか。もしかしたら私以外の識確使いが関わっているのかも?とか思ってるんですけどどうですか?」
ん……?なんかダアトの話、矛盾してないか?だっておかしい。彼女の識確は確かにエリスなどの識確使いの関与があると役に立たなくなる例がある。
だが彼女は『ここに救援に来ている』。即ちここにラグナ達が来る事は読めていた、なのにラグナ達がどうやってこの場所のことを知ったかは読めない。おかしいだろう。
これを成し得るにはエリスがこの場所の情報を得ることが絶対条件になる。……だがもしエリスがどこからかメルクリウスの居場所の情報を手に入れて、それをラグナに渡したのだとしたら、そもそもラグナ達がここに来る段階から読めないはず。だってエリスが関与してることに変わりはないから。
現在の状況が成り立つのは情報を手に入れたのはエリスだがそれをラグナに与えたのは別の人物ということになるが。そんなややこしい真似をする必要があるだろうか。というかそれでもエリスの行動によってラグナの行動が変わったことになり、ダアトの予測から逸れることになるのに変わりはない。
「一体どこから情報が抜けたんでしょう、マクスウェルさんは分かりますか?」
「分かったら既に対処していますよ」
なんだこのダアトのよく分からない態度は。元々怪しい奴でしたけど今日は輪をかけて怪しい、それになんかマクスウェルも変だ……だって。
「マクスウェルさんも分かりませんか」
「ええ」
(なんでネツァクは……ううむ)
……なんか、私の分からないところで別軸の何かが動いている気がする。
「ま、ともあれ今我々に必要な行動は一つでしょう。ブラッドさんは動けそうですか?」
「無理ですね、ありゃあ奥でへばってます。出てこられても邪魔なだけですかねぇ」
「……ふむ」
三人が壁に立つ、セフィラ三人が見下ろすのはラグナ・アルクカースが率いる軍勢。数は一万にも満たない、あんなので私を止められると思うとは……心外ですねぇ。
「ぶっ殺しますかぁ!」
そう叫んで魔力を高めた瞬間。
「マクスウェル様!敵軍がすぐ近くに!ブラッド様が動けない今貴方しか指揮が取れません!お願いできますか!」
「と言うわけで、砦の防御に向かいますのであとはよろしくお願いします」
「ちょっ……ノリませんねぇ」
スルリと見るだけ見て帰っていくネツァクに軽く呆れる。突然部下が走ってきて指揮をお願いして来たのだ、どうやらブラッドの傷は相当深いようで、ここはネツァクしか指揮が取れないと……でもこの場面で抜けていきますかね普通。
まぁいいや、……やるか─────。
「『熱焃一掌』!!」
「よッ」
「いきなり来ますか」
瞬間、要塞の目の前へ来た軍勢から先陣を切ってすっ飛んできた拳が紅蓮の光を吹き出させ壁を砕く。同時に私達は飛び上がり、飛んできたそれを見遣る。即ちラグナ・アルクカースを。
「勝負に出ましたか」
「チッ、ダアト。お前もいるのかよ」
「こんにちわ、こちらとしても今更ひっくり返されても困るので」
「よーしダアト、私と一緒に戦いましょう。……どうせ、向こうにはラグナ・アルクカースしか戦力がいないようですし」
ニタリと笑い見つめる。彼は一人で飛び込んできた、何故か?ネレイド・イストミアはまだ動けないから、以上。他に魔女の弟子はいない、動ける戦力もいない。
ここで私とダアト、二人の相手ができるのはラグナ・アルクカースだけ。だから二人を相手にしているのだ。
「ええ、やりましょうか」
「フフフ……!」
ダアトもやる気だ、錫杖を背後で回し、静かに動く。私もまた両手を触手に変え構えを取る。
崩れた壁を挟んで睨み合う私達とラグナ、その間にも敵軍は動き出し砦を攻め始める。まぁあっちはネツァクがなんとかするでしょう。とくれば……ラグナ・アルクカースが次に取る手は!
「じゃあこっちも出し惜しみ無しだ!」
来るか!極・魔力覚醒────。
「真・魔力覚醒ッ!」
「は?」
「ほう」
口を開け、呆然とする。違う、極・魔力覚醒じゃない、なんだあれは。魔力の動き方は魔力覚醒と全く同じ、だが膨れ上がった魂が生み出す力は魔力覚醒の比じゃない……!
あれはなんだ、真・魔力覚醒!?そんなもの聞いたこともないぞ!!
「『開闢の焔』!」
ラグナ・アルクカースの全身から明るい、あまりにも明るい炎が吹き出し大地が揺れる。極・魔力覚醒のように間合いを取ることもない、全く違う、根本から違う。なんだあれ……。
「ダアト!あれは!」
「魔力覚醒の上位の姿、進化した形とも言えます」
「魔力覚醒が進化したら極・魔力覚醒になるんじゃないんですか!」
「いいえ、極・魔力覚醒は単に魔力覚醒の範囲が肥大化し効果が変質したものに過ぎません。筋肉に例えるなら鍛えた結果もっと重たいものを持てるようになった状態を極・魔力覚醒と呼びます、対して……真・魔力覚醒は───」
ダアトは相変わらず笑みを崩さない、いやいつもの笑いと違う。心の底から喜んでいる、あまりにも嬉しそうに笑ってる、あんな顔初めてだ。
「──正統進化、筋肉が鉄製の機械に置き換わったようなもの。根本からして上位の存在へと進化する魔力覚醒の正道です!!」
「正道?聞いたこともありませんよそんなの」
「フフフ、ラグナさん!貴方ならその段階に至ってくれると信じていました!素晴らしい!人類は貴方という救いを得た!これは魔女派反魔女派などと言う小さな枠組みを問わず喜ぶべき事柄です!ありがとう!ありがとう!」
「はぁ?意味わからねー事言ってんじゃ────」
瞬間、ラグナが動く。踏み込んでくる、突っ込んでくる!防壁を張って……!!
「ねぇッ!!」
「ガァっ!?」
しかし、ラグナの拳は防壁に当たるなりそれを捻じ曲げ、振動を私の方まで届かせてくる。いや違う、防壁の魔力と紐つけられている魂そのものを捉えてきたのだ、そんなバカな。こんなのまるっきり……。
(星の魔力と同じじゃないですか!)
「彼の拳は魔力を通じて魂にまで作用するようです!」
「ようですじゃなくて!興奮してないでどうするか教えてください!」
真・魔力覚醒なんて代物、相手にした経験なんかない。あれは普通の極・魔力覚醒と違うのか、どういうものなのか分からない。出力を見る限り通常の極・魔力覚醒よりも高いように思えるが……。
「そんなの決まってます」
しかしダアトは迷う事なく動き、滑るように地面を走ると……。
「彼はまだ人類の型の中にいます。であるなら白兵戦はまだまだ有効なはずですよ」
「ぐっ!?」
転移したかのような速度でラグナの目の前に迫るダアトはラグナの顎を蹴り上げ。
「剛の型『鉄拳』ッ!」
「ごはぁっ!?」
右手をラグナの背中に添えて、そのまま左手を抉り込むように叩き込む。その一撃はラグナの腹に深々と食い込み、奴の口から血が漏れる。
「クソッ!」
「私もこの目で見るのは初めてですが、なるほど。貴方はアルデバラン以来初めてその領域に至れた人物のようですね」
「テメェ……どこまで知ってんだ」
「多分、この世で一番詳しいです。英雄の力の発露……もう少し味合わせてください、それともこれって浮気になりますか?」
「だから意味わからねー事言ってんじゃねぇよ」
ダアトは凄まじくやる気だ、一体何が彼女の琴線に触れたんだ?英雄の力ってあれですよね、偶にガオケレナ総帥の言っている珍獣。確かリューズ・クロノスタシスがそれとは聞いたことがあるけど……。
「ここでテメェを倒させてもらう!!」
「やってみてください、どこまで出来るのか確認します」
(なんか、違う)
ラグナは拳を振るい、発生する衝撃波によって空間を歪ませ、更に空気を踏んで空を飛ぶ。ダアトはその全てを予見し華麗に避けてみせる。
違うのだ、戦い方が。
(私も一応、世の中じゃ超天才と言われる類の人間ですが……これはちょっと、違うかも。世界が)
魔力に直接影響を与え、世界そのものに干渉する『英雄』ラグナの力。世界の流れを読み取り、未来を見落とす『識確使い』ダアトの力。この二人の持つ力は普通のそれとはまるで違う。
あれを見ているとつくづく理解させられる。私が立つ超天才と言う座は、あくまで一般的な人間の延長線上にあることを。あそこにいるのが、本来の意味での天才。
『天に選ばれた才覚』という名の天才。
「あぁもう、気に食わないですねぇ〜〜!」
どいつもこいつも、イライラさせる、私をイライラさせるッ!!
「『礼賛は巡り、(ビバ・)今、至高天を喰む(・ビダ)』!要するに魔力を表に出さなきゃいいんでしょう!!だったらやってやりますよぉ!!」
瞬間、私は覚醒すると共に全身を更に進化させ……肥大化させる。
「『紅女王に躊躇なし(マレア・ロハ)』ッッ!!」
「おッ!!?」
全身の肉を過剰増殖させ肥大化、同時に無数の生物の特徴を生み出し、肉の津波を生み出すと共にラグナとダアトを纏めて覆い尽くす。
「ちょっとホドさん!やりすぎです!要塞が壊れます!」
「知ったことではないですねェッ!どうせ中にいる奴が何人死のうが知ったこっちゃないんです!だったらここで敵を殺した方が余程有意義でしょうに!!」
赤の津波を引き裂いて飛び出すダアトにあれこれ言われるが、知ったことではない。ここでラグナを殺した方がいい、そう叫ぶが……。
「よッと!」
「あらぁっ!?」
地面を覆い尽くす紅の津波を一撃で割って飛び出してくるのはラグナだ、アイツ全然平気っぽいなぁ。私の肉、触れただけで肉が腐食するはずなんですが。まぁいいですッ!
「抵抗を!許した覚えはありませんッ!」
瞬間私は赤の津波を切り離し、同時に魔力噴射で加速。そのまま飛び出して来たラグナの顔面に向けて。
「『紅女王に懺悔なし(ラ・レイナ・ロハ)』!!」
「グッ!?いてぇな!!」
蹴り飛ばす、全身の魔力を一点に集め、その上で過剰に硬質化させた足でラグナの頭を蹴り抜き吹き飛ばすと共に地面に叩きつけ。そのまま拳を振り下ろし追い打ちをかける。
「アハハハッ!早よ死ね早よ死ね!」
「チッ!だったら」
地面に叩きつけられたラグナの上に着地し怒涛の勢いで顔面を叩き続ける。こいつが起きあがろうとしたら即座に更に押し倒して抵抗を防ぐ。このまま死ぬまで殴り抜いて────。
「我流奥義」
その瞬間、ラグナは起き上がるのではなく大地を掴み。
「『天地返し』ッッ!!」
「は?」
……ひっくり返した。大地をひっくり返したのだ。
地面を持ち上げて岩盤ごと返したのではない。全てがそのままに……上が下になり、上が下になった。
周りを見ると上に大地があり、下に空がある。それ以外の変化は無し、ただただ景色だけがぐるりとひっくり返ったのだ。
「は?え?何が起きて……!」
「重力圏の逆転!?世界そのものに影響を与えた!?」
ふわりの体が浮かび上がる、いや浮かび上がったのか?ただとにかく私は下に落ちる、ダアトもまた下に落ちる、何が起きてんだこれ!?アイツの魔力覚醒は魔力に干渉する覚醒じゃないのか!?なんで大地を持ち上げて上に出来るんだ!?いやいや意味不明!常識から外れ過ぎている!!
「グッ、ぜぇ……!地面重てェ!」
瞬間、ラグナが大地を離したその時、ぐるりと世界はまた元に戻る。つまり空が上になり大地が下になる。浮かび上がっていた私達は今度は大地に向けて引き寄せられ叩きつけられることになる。
「隙ありッッ!!」
「げぶふぅっ!?!?」
そして落ちて来たところをラグナに殴り抜かれ、地面を転がる。いや……なんだこれ。
アイツの覚醒、効果はなんだ?魔力干渉する力だけじゃないのは確かだ。さっき空気を踏んで空を飛んでいたのもそう、地面をひっくり返したのもそう。触れられない魔力に触れることも考えると……さっきから明らかに物理法則を完全に無視している。
(デタラメすぎる、エリスだけじゃないのか。このレベルの怪物は、というかさっきから全然進化が進まない)
それに私の極・魔力覚醒がどうにかしてしまったのか。ラグナに対して一切変化をしようとしない、適応進化が出来ない。これが英雄の力なのか、そもそも英雄の力ってなんなんだ。
「これは少し、想像以上です。ホドさん、立てますか?」
「全然効いてません、けど覚醒の全容が全く掴めません。なんですか彼は」
一応、殴り飛ばされはしたがあれくらいの打撃じゃあ全然問題なく動ける。今は初見の覚醒に戸惑っているが、そのうち慣れれば簡単にひねりつぶせると思う。
問題は、その慣れがいつくるか分からないところ。私がよく知る極・魔力覚醒とは根底から違いすぎる。どう順応すれば……。
「ぜぇ……ぜぇ、ようやく一発当てたってか。やっぱり強えな」
「チッ、イライラする」
ラグナの様子を見るに簡単にやったことではないのだろうが。簡単だろうが難易度が高かろうが普通に出来ることじゃない。面倒だな、魔力衝撃が使えれば遠距離から攻め殺せるのに。
「ふぅ〜……しかし、ダアト。お前本当に覚醒は使わないんだな」
「ん?」
「エリスがぼやいていたぜ、ダアトは覚醒は使わないって」
ラグナが話始める、多分呼吸を整える暇が欲しいんだろう。
「まぁそうですね、ですが貴方に対してなら使ってもいいですよ」
「じゃあ使えよ」
「そうはいきませんよ、貴方はまだ『隆起』を使ってないんですから」
「は?隆起?」
「あ、やべ」
瞬間、ダアトが口を手で隠す。何の話をしているのかよく分からないが……。
「おいダアト、今『隆起』って言ったな、もしかして俺のこの状態って更に上の段階があるのか!?」
「し、知りません」
「ダアト!貴方なんか今敵に有益な情報与えたんじゃないですか!?」
「知りません!!」
絶対なんか教えちゃダメなこと教えた!ラグナのこの状態がまだ何か別の段階を隠した状態だというのなら、それこそ真の力にラグナが目覚めたら手がつけられなくなる。ともすればエリスや将軍すら超えて……ああ考えるだに恐ろしい。
「ダアト!教えろッ!俺には今力が必要なんだ!」
「教えるわけないですよね!うん!」
「教えてくれ!!」
瞬間、ぶつかり合うダアトとラグナ、その衝撃波は凄まじく大地を揺らし……って!
「私のこと無視しないでくださーい!」
「ガッ!?」
魔力噴射で空を飛び、ラグナにぶつけるクロスチョップ。そのまま彼を吹き飛ばし要塞の方へと移動させるなり、私は翼を広げ加速、吹き飛ばしたラグナに迫り胸ぐらを掴み。
「英雄だかなんだか知りませんが、本領発揮出来ていないならここで殺すが吉!というわけで死になさい!!」
「ッく!いい加減にしろよ!」
しかしラグナも抵抗する、私の手を払い即座に拳を握り。
「剛の型・直閃ッ!!」
「ごはぁっ!?」
だがその隙を狙い彼方からすっ飛んでくるのはダアト、抉り込むような拳がラグナの胸を叩き抜き、衝撃波で背後の壁を粉砕しラグナを要塞の中に転がり込ませる。
「クソッ!いい加減に……」
「『紅女王に抜かりなし(テンタクロス・ロホス)』!」
ラグナが動く、しかしそれを阻止する。両手をタコの足に変え分裂させラグナの手足を拘束。弾力性に富み千切れない蛸足は奴の動きを容易く縛り付け。
「剛の型・伐採ッ!」
「ぁがェッ!?」
動けないところにダアトの錫杖による一閃が叩き込まれ、ラグナの腹を打ち……彼は地面に打ち付けられ、転がり回る。ふぅ〜……よし。
「こうです、これでいいんです。よく分からない攻撃をしてくるなら攻撃する前になんとかすればいい」
「ええ、私がホドさんの攻撃を読みアシストする。ホドさんの手数の多さは文字通り天文学的、……ラグナさん。貴方は英雄の力に目覚め他の第三段階を大きく超越していますが。流石に私たち二人に無理を押し通せる程じゃありません」
「くっ、クソッ」
確かにこいつは凄いが、いい加減ボロが出て来た。たとえ万全であったとしてもほぼ格上に近い私たち二人を相手に価値を得られる程彼の力は突出していない。確かに彼の力は珍しいが、珍しいと強さは同じではないですからね。
「さて、ここはもうダアトさんに任せて私は要塞内に忍び込んだ雑魚共を殺して来ますかね」
ラグナはもうかなり消耗した、なら後はダアトに任せて問題無し。私はゴミ拾いでもしてますか、と踵を返そうとした瞬間。
「いや、時間切れだと思いますよ」
「は?」
ダアトがそう呟くのだ。何言ってるんだ、時間切れって……一体なんの時間が───。
「グッ!?」
瞬間、私の近くの壁が爆裂し、その衝撃で足を止める。な、なんだ!?爆発!?なんで!?
「一体何が!!」
『攻め込めーー!!』
『撃ち倒せ!一気呵成に!』
「は?は?は?」
崩れた壁の向こうには、大量のアド・アストラ軍が雪崩れ込んでおり、要塞内のマレフィカルム達を次々薙ぎ倒している。数ではマレフィカルム達の方が上、状態も上、なのに……連携が取れていない!指揮が届いていない!
「おい!ネツァク!あんた何やってんですか!!」
ネツァクは指揮に回るんじゃなかったのか、アイツは一体どこでサボっているんだ。そう思い叫んだ瞬間……見える。崩れた壁の中、アド・アストラ軍と共に走る──ネツァクの姿を。
「は?はぁあああああああ!?!?!?」
なんでネツァクがアド・アストラ軍と走ってる、なんでお前が敵を招き入れている!どういうつもりだ、どういうつもりだどういうつもりだ!裏切ったのかお前!!
私は怒りに任せて触手を伸ばし敵軍団を薙ぎ倒しながらネツァクを掴み上げ一気に引き寄せ!
「ネツァクッ!貴様どういうつもりだ!」
「や、やば、見つかった……」
「あ?」
一瞬引っかかる、やば?見つかった?そんな可愛いことネツァクが言うか?と言うかそもそも……こいつ。
「まだ気がつきませんか、ホドさん」
「ダアト!お前なんか知ってるな!?」
触手でネツァクを掴んだままダアトに向けて叫ぶ、こいつの態度もおかしかった。ネツァクの態度もおかしかった、私の知らないところで何か別の話が進んでいる気がした。その正体がこれか?ネツァクの裏切りか?なんなんだよこれは!!
「知ってるって、どう思いますか?『マクスウェルさん』」
「…………」
「あ?……あぁ?」
私は眉を寄せ、ネツァクを睨む……やっぱりおかしいよなぁ、そうだ。さっき感じた違和感、それは。
「ネツァク……貴方、『戦場ではネツァクと呼べ』飛ぶかに何度も訂正していましたよね、なんで急に訂正しなくなった?」
それはネツァクの『マクスウェル呼び』に対する対応。彼はヴィルヘルム要塞ではマクスウェルと呼ばれたら『ネツァクと呼べ』と一々律儀に言っていた。しかしここ最近はどうだ?
マクスウェルと部下が呼んでもブラッドが呼んでもお咎めなし、更にダアトがわざとらしく何度もマクスウェルと呼んでも無反応。これは流石に……おかしい。
「まさか……!」
咄嗟にネツァクを握る触手に力を込め、奴の体を一気に砕くように潰した瞬間。ネツァクの体が三つに裂けて───。
「うわーー!!」
「割れた!人が出て来た!?」
ネツァクの姿が光の粒子になって消えて、三人の女……いや女みたいな男が出て来たのだ。いやこいつ知ってる!ヴィルヘルム要塞にいた!確かこいつは!!
「閃光の魔女の弟子サトゥルナリア!?!?!?」
「え、へへ。千人役者を用いた『劇目:成り替わりのドッペルゲンガー』……お楽しみいただけました?」
髪をかきあげ、イタズラにチロリと舌を出して笑うのは……サトゥルナリアだ!サトゥルナリアが覚醒を使ってネツァクに化けていたんだ!!こいつの覚醒増えるだけじゃなくてそんな事も出来るのか!?と言うかいつから成り変わっていた!?そもそも本物のネツァクは!?いやそもそも!
「な、な、な、な、ま……まさかこの場所を教えたのは!!」
「はい!僕です!ずっと!この三日間!待っていました!僕だけじゃ助けられないと思ったから……ラグナさん達が助けに来てくれるその瞬間を!その為に、やらせてもらいました。一世一代の猿芝居!」
こいつだ!おかしいと思ったんだ!渓谷では変に戦わず、嘘の情報を教えたり、今回も戦いを避けたり!全部全部こいつが裏から糸を引いていたんだ!!え?嘘、じゃあなに?いつから?え?
「いつから!?」
「二日前からです、イノケンティウスにやられて、捕まった僕はエリスさんに助けてもらって……お前達と合流しました。丁度マクスウェルがいなかったので」
「はぁ!?嘘ぉ!じゃあ昨日一緒に味の薄い鍋食べたのは!?」
「僕です!」
嘘だろぜーんぜん気がつかなかった!と言うかなんでネツァクいないの!?少なくとも解放されたタイミングでは一緒だった、けどその後サトゥルナリアと入れ替わって……まさか。
(アイツ!レナトゥスを追いかけたな!!)
ネツァクが昨日レナトゥスの話をした時若干反応が違ったのが気になったのを思い出した瞬間思いつく、アイツいなくなったレナトゥスを無断で追いかけに行ったな!!一言残してからいけ!!
「ナリア!……サンキューな、情報助かったぜ」
「こっそりネレイドさんに預けておいてよかった。ラグナさん!ここの地下室にメルクさんが!助けましょう……一緒に!!」
「おうよ!!」
「あ、あ、あああ、ああああああ!!!!」
やられた、やられたやられたやられたやられた!!!!サトゥルナリアがフリーだった!こいつをナメていた!魔女の弟子の中で最も弱い存在と!侮った!!やられた完全に!!ネツァクに化けて私の目を完全に騙しきり、軍を招き入れて……そして今!私の前で笑ってる!!
クソがクソがクソがぁああああ!!
「ぁがぁぁああああ!!!ネツァク!言ってから行け!ダアト!分かってんなら言え!」
「言っても意味がありませんでしたし」
「はぁ!?」
「サトゥルナリアがここに入り込んだ時点で、こうなる事は確定でした。避けられない運命という奴ですかね、全く……魔女の弟子の一番恐ろしいところがここですね。でもほら、たくさんヒントはあげたでしょ?どうせ変わらないならこう言う遊びもいいかなと」
「ぐううううう!!!!ぎゃあああああああああああ!!!!」
頭を掻きむしりのたうち回る、全部ダメになる!全部!どいつもこいつも!ゴルゴネイオンもネツァクもダアトもラグナもサトゥルナリアもメルクリウスも!どいつもこいつも私を苛立たせる!!
「ぐううう!全員殺す!全員殺す!全員殺す!!私を騙したこと!命懸けで後悔させてやる!ラグナ!サトゥルナリア!そしてダアトぉ!!」
「私も!?」
「当たり前だ!」
やらせるか、死んでもやらせるか!メルクリウスは渡さない、やらせない、私はやらせない!!
「いきます、ラグナさん!」
「おうよ!!」
捕らえていたはずの魔女の弟子が二人揃い踏む、私の前に揃い踏む。ここでこいつを殺す、知るでも殺す、戦略でもなんでもない。ただただ殺す為に殺す!!




