表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!3月30日二巻発売!】  作者: 徒然ナルモ
二十二章 アド・アストラVSマレウス・マレフィカルム
910/934

838.魔女の弟子とネレイド救出戦


ネレイドが近くにいる、その知らせを聞いて俺は急いでヴィルヘルム達を連れ森を駆け抜けた。今ネレイドはかなりの重傷を負っているはずだ。そこに敵の追撃、これはかなりやばい。

彼女が倒れれば、それは即ちこちら側に勝ちの目がなくなるも同然。何より友達だ、是が非でも助けなきゃ!


「ここか!ってここかよよりにもよって!」


サイラスの報告によればネレイドは渓谷で体を休めているとの事だったが。よりにもよってそこはアルクカース南部でも屈指の大渓谷……その名もグストルフ大渓谷。別名『汚れた白』。


森のど真ん中に生まれた巨大な大穴の如き大渓谷。奥には大河から流れ込んだ滝が流れ込んでおり、渓谷の下へ下へと薄暗い闇の中へ落ちていく。下を覗き込めば底が見えず、降りるための道はほとんどない。


このグストルフ大渓谷は今から数千年前はただの平地だったそうだ、しかし長い月日により変化した地形により大河の水がこちら側に流れ込み、同時に地下にあった巨大な鍾乳洞を圧迫。結果的に大地が陥没し生まれたのがこのグストルフ大渓谷。


故にこの渓谷にはいくつかの特徴がある。まず内向きに剃り立った壁、下に行くほどに空間が広がる構造をしており、下から上に上がるのは困難を極める。

そして岩は多分に石灰を含んでいるために不気味なまでに白い。そして何よりこの渓谷は一本道なのだ、奥に行っても滝しかない。


その構造から一度入り込むと外に出るのが非常に難しい。歴史上数多の軍がここに身を潜め、そして見つかり、全滅してきた。そうして斬り殺された兵士達の血が石灰の白に降りかかり、生まれた呼び名が『汚れた白』。


即ち、ここは軍の墓場とも言える場所なのだ。こんなところに逃げ込んで、唯一の出入り口を敵に塞がれたらもうどうしようもない。


「クソッ!ネレイドと一緒にベオセルク兄様やラクレス兄様もいるはずだよな!なんでここへの退却を許した!」


「恐らくですが、負傷が深くそれどころではなかったのでは」


それもあるかもしれない、だが同時に思う。ネレイドだって軍を指揮した経験はあるはず、ならこんな袋小路みたいな渓谷は本能的に避けるはず。

それでも、ままならない程に追い詰められていたと言うことか。だが本当にここはやばい、ネレイドだけなら飛び上がって来れるかもしれないが、他の兵士達はそうじゃない。


「メグがいれば……」


俺は淵に立ってしゃがみ込み、暗視と遠視を組み合わせて下を見る。するとかなりの数のマレフィカルム軍が渓谷の道を塞いでいるのが見える。そして渓谷の奥、滝が生み出す湖の近くにネレイド達アド・アストラ軍が陣取っているが、かなり消耗が激しい。戦える状態じゃない。


「急いで救援に向かうぞ」


「でもどうやって?」


ふと、クレアさんが肩に剣を担いで俺の隣に立つ。


「ラグナ陛下、忘れてるかもだけど私達だって元気なわけじゃない。今さっきまで幽閉されてて万全じゃないわ、いつも通りの感覚で戦えば呆気なく討ち取られる可能性もある」


「それは分かってる、正直どうしたらいいか分からん」


これほど絶望的な状況、どう覆すかなんて言われても俺にも分からん。いつもの力押しも今回ばかりは上手くいく保証がない、なによりこちらは数千人の手勢しか持っていない、三万の敵軍を真っ向から相手は出来ない。


「だけど」


俺は立ち上がる、だがそれでも、今俺達にはいる。頼りになる軍師様がない。


「これ、なんとかするのはお前の仕事だぜ?サイラス」


サイラスがいる、ここは力押しではなく知恵押しでいこうじゃないか。そう告げればサイラスは頼もしくも首を縦に振り。


「無論、策は考えてありますとも。即座に動きますぞ、皆様!」


「おう!!」


よし、まずはネレイドの救出。話はそれからだ。


………………………………………………………


「ぜぇ……ぜぇ、くっ」


体が痛む、息が苦しい、かなりまずい状態だ。極・魔力覚醒どころか覚醒が出来るかも怪しい、だがそれでも敵が目の前にいる。


「ネレイド、あんた相当……」


「いいの、私は頑丈だから」


「でも……」


私の隣に立つタリアテッレさんが不安そうに呟く。今私達は薄暗い渓谷の底にいる、大地は白く染まった岩で覆われており、背後には見上げる程巨大な滝がある。それだけだ、後ろに逃げ場はない。


そして前、遠方には隊列を成して迫る敵の軍勢が見える。数はこっちが上だが、この閉所だ、数なんかなんの有利にも働かない。

なにより、私達の軍は大多数が負傷者だ。総勢数百万いた軍勢は数十万にまで減り、そして八割が動くのがやっとの状態。特にゴッドローブ将軍の怪我が酷く現在集中治療中。


治癒術師がフル稼働でみんなを治してるがとてもじゃないが時間と人手が足りない現状。幾度も敵の追撃を受け、ギリギリの状態。

ここに逃げ込むのでやっとだった。こんな天然の棺桶みたいな場所にだ。…状況は悪いなんてレベルじゃない。


「救援、来そうにないね」


そんな中、唯一戦えるまでに回復したタリアテッレさんが舌を打つ。救援は望めない、別動隊も既に合流した後だし、フリードリスは多分陥されているしね。

このまま正面からぶつかれば、間違いなく全滅する。助けもなく、打開策もない。


(……ごめんみんな、助けられそうにない)


私は目を閉じてみんなに謝る。イノケンティウスにやられ、みんなが倒れ、更にやってきた敵の軍勢。自軍を守る為に戦ったが多くの者が攫われた。メルク、ナリア、そしてラグナも連れて行かれた。


唯一希望があるとするなら……エリスだけだが。


(あの子は多分ここには来ない)


エリスとはあれから一度話した。イノケンティウスにやられ身動きの取れない私達を捕まえようとする大群。それを私と共に蹴散らし、仲間が連れて行かれたことを知るなり『すみません、ちょっと別行動させてください』と言いその場を立ち去ったのだ。


正直、エリスには一緒にいて欲しかったが現状唯一単独行動が出来る存在であるエリスをここに留めておくより、いつか生まれる反撃の目のために動いてもらう方が得策だと考えた。


だから私の役目はここでみんなが動けるようになるまで耐えることだったんだが。


ちょっと、それは無理そうだ。


(アマルト達は無事かな、ラグナ達は生きているかな、エリスは上手くやれているかな。もう会えそうにないのが、心残りだ)


死は恐ろしい、だがそれでも。戦う道を選んだ時点でいつかこう言う日が来ることは理解していた、いや私と言う存在が生まれた時点でこう言う役回りが来ることは察していたんだ。だから……。


「タリアテッレさん、今から動けるメンバーを集めてなんとか岩壁を登って」


「は?戦わないの?……いや、あんたは?」


「私が一人で殿として戦う。私の大きな体は誰かを守る盾になる為にあるんだから」


「ネレイド……」


こう言う時、矢面に立つのは私だ。その為に私は神より人より大きな体を授かった、ならば神のご意志に沿うべきであり、なによりお母さんなら同じことを言うはずだ。

タリアテッレさんは動ける、避難できる人達を主導出来るはずだ。なら今は退却を選ぶ方がいい、とはいえあの剃り立つ岩壁を登れるかは別だが……。


「敵が動いた。じゃあ行ってくる」


「ちょっとネレイド!」


そして私は駆け出し、敵軍目掛け走り出す。仲間達と再会出来るよう生き延びたいが、果たして死地にてその願いが届くものか。なんであれ、やるしかない。



「ネレイド行っちゃった、悔しいねぇ。カストリア四天王なんて呼ばれてた癖に、あっという間に置いて行かれて……挙句守られる側かよ、私」


剣を片手に髪を掻くタリアテッレは一人呟く、ここでネレイドの代わりに走っていくことも出来ない、許されない。ただ一人肩を落として剣を掴む手に力が籠る。


「私だってねぇ、グロリアーナとマリアニールを傷つけられて、なんも思ってないわけじゃないんだよ」


かつてディオスクロア大学園にて同じ時を過ごした学友であるグロリアーナは現在敵の攻撃により療養中。マリアニールはイノケンティウスの攻撃により未だ起き上がることも出来ない。友達を傷つけられて怒っているのは同じだ。


けど、この戦いの場においては感情を前面に出す自由を与えられるのは強い者だけ。自分はその水準に達していない。


「アマルト、あんた生きてるんでしょう?なら……早く」


そう呟いた瞬間。


「た、タリアテッレ様!」


「ん?」


ふと、頭に包帯を巻いた兵士の一人が走ってきて……。


「実は、こんなものが……」


「これは──」


その手に握られていたものを、渡してきたのだった。


…………………………………………………


瞬間、大地を蹴って駆け抜ける。白い岩肌を砕きながら疾走し拳に力を込め。


「ここから先、通りたければ!このネレイド・イストミアの首を取ってからにしろッッ!!」


「うわぁあ!例の巨人が攻めてきたぞ!!」


渓谷のど真ん中を塞ぐように陣取るマレフィカルム兵に向け飛び上がり、大地を叩き抜くように拳を振るい。発生する衝撃波で蹴散らすように吹き飛ばす。


「来い、マレフィカルムッ!!」


「ぐっ!怯むな!手負いだ!!」


大きく息を吸い、吐き出せば白い息が溢れ出す。傷により弱った体が一層熱く滾り出す。全身が痛むが、それすら自身を奮い立たせる材料にしかなり得ない。今ここで私が戦えば戦うほど、仲間が逃げる時間が稼げるのだから。


「フンッッ!!」


腕を振るい、群がる兵士達を薙ぎ倒す。本来の力の十分の一程度しか出ない……万全とは言い難いスペック。だが、それでも母は言った。


(そう言うものだと)


踏み込み拳を振るうことで薙ぐような剣の畑を刈り取る。こう言うものだ、母は昔そう言っていた。


私の母リゲルは言った、かつて味わった大いなる厄災と言う戦いに於いて、魔女が常に絶対的であったかと言えばそうじゃない。数に勝る敵軍を相手に、まともに太刀打ち出来るのが自分達八人の魔女だけと言う状況。守らなければならないものばかりが山ほどある戦場は辛く苦しい戦いの連続だったと。


中には、全力に遠く及ばない状況で戦わなければならない状況もあった。そんな状況テロ母は……。


『ネレイド、そう言う時に神は助けてくれません。神は全ての者にとって等しく神なのです。故に敵味方の区別はつけない、時に敵側に神が立つこともあるでしょう』


『ですが、それでも戦うのです。たとえ神が見放しても私達が見放してはならぬ者達の為に。……え?そう言う時はどう戦うのが良いか、ですか』


『それは……ひたすら、根性ですよ』


拳をグッと握りそう語った母の薫陶は未だに私の中に根付いている。即ち根性、根性で粘り根性で戦う!


「一色を写し、十形を象り、百影を伸す、千景は移ろい万華の如く光を放つ、惑い誘え!」


拳を大きく振るい、同時に魔力を両手に集め……叩き合わせる。


「『億劫大彩景おくごうだいさいけい』」


私の全身から放たれる幻惑の光。それは直視した者の視界に大量の視覚的情報を叩きつけ、一気に脳みそを停止させる攻撃的な古式幻惑の一つ。見ただけで気絶する千景空掌を更に広範囲に強化したこの魔術は周囲の兵士達を次々と倒れさせ……。


「手負でこれか……」


数千人が倒れた、が。まだ残っている、特に倒れた敵兵の奥からやってきたのは……血だらけの黒いスーツを着た紅刃の男。確か名前は紅神ブラッド……!


「ふぅ、ふぅ」


「しかし、驚いた。イノケンティウス様の攻撃を受けてどうやって傷を癒したかと思えば……お前治癒を受けてないのか」


ブラッドは剣を手にゆらりとこちらに向かってくる。確かに私は治癒を受けていない、治癒術師の数と魔力は有限であり、ポーションや医療品の数も限定的。なら私よりも他に傷ついている人にそれを使った方がいい。


私は大丈夫だから、治癒は後回しでもいい。それだけの理由だ。


「正直、あんた達魔女の弟子には驚かされっぱなしだ……こう言う立場じゃなきゃ、素直に憧れていたと思う」


「イノケンティウスは、どこにいる」


「……なんで今それを聞く」


「ここを切り抜けたら、彼に会わなきゃいけないからね」


「無理だな、あんたはここで死ぬ!」


瞬間、ブラッドは凄まじい速さで踏み込んでくる。どうやらエリスに受けた傷は治癒されたようで、万全の状態。本来なら反応できるその速度にも体がついてこない。


「チッ!」


「ここで!魔女の弟子を討ち取り!この戦いを終わらせる!既にイノケンティウス様は次のステージを見据えているんだ!」


迫る剣撃を腕に纏わせた防壁で弾いていく。覚醒も使えない状況じゃ勝つのは厳しいか……!


「もう、イノケンティウス様は動かさない。俺達がお前を倒すッ!」


「……そっか」


必死だ、一度イノケンティウスを動かしてしまった事実を重く受け止めている。つまり彼は知っているんだ……イノケンティウスの体について。



私は見ていた、イノケンティウスが私達全員が倒れたのを確認した後。トドメ刺さず立ち去る姿を、それは慈悲でもなんでもない。


誰も彼もが意識を失って見ていなかったろうが、イノケンティウスは……絶大な代価を支払って臨界魔力覚醒を行なっている。なんせ解除した瞬間、彼はその場で崩れ落ちて凄まじい量の血を吐いていたからだ。


恐らく彼は正規の方法で臨界魔力覚醒を編み出していない。何かしらの負荷を許容して戦っている。そしてそれは年老いた彼の体にはあまりにも酷な負荷となっている。


それを知っているから、前に出したくないんだろう。戦略的ではないが、感情的な理由だ。けどそれは私だって同じだ。


(誰も死なせたくない……!)


「ぐっ!?」


拳を振るい、ブラッドの剣を弾き返し。そのまま返し刀でブラッドの剣を掴む腕を掴み。


「ぐっ!離せッ!」


「離さない……!」


一気にブラッドの腕を握り潰し、同時に引き寄せ背負い込む……そのまま一本背負の格好で投げ飛ばす。


「海神抉り落としッ!」


「ガッッ!?」


そして投げたブラッドの顔面を掴み、そのまま地面に叩きつける。石灰の大地が砕け、ひび割れた地面に彼の頭が沈む。久しぶりこの技使ったな……。


「ぐっ、化け物かよ!」


しかし、まだブラッドは動く。鼻と口から血を垂らしながらもヨロヨロと起き上がる。まぁそうだよね、彼は魔力遍在を使っているからね。利き腕は潰したしダメージは与えた、けどまだだ。彼にはまだ覚醒がある。


それを超えるのが厳しいんだ……。


「こうなったら、魔力覚醒……!!」


「…………」


やはり使ってきた、さて。ここからどうなるか、倒せるか倒せないか以前にここでこいつにかかりきりになる訳には────。


「待て」


「ッッ!お前!」


しかし、その覚醒を止める声が。それは敵軍の海を割って悠然と歩いてやってきたのは……マクスウェルだ。


「マクスウェル……」


フリードリスに捕らえているはずのマクスウェルがこの場に現れたのだ。彼がここにいると言うことは、フリードリスは確かに陥ちたのだろう。マクスウェルが現れたことに腹を立てたブラッドは牙を剥いて腕を振るい。


「ネツァク!この軍の指揮をしてるのは俺だ、手出ししないと約束していただろ!分身体をこちらに寄越してまで邪魔をする気か!」


「失礼、手は出さないと約束しましたが口は出さないとは言ってませんので」


「む」


メガネをチラリと直すマクスウェルを見て、気がついた事が一つある。あの口振り、まさか彼は……。


「ですが」


「ですが?」


「…………」


マクスウェルは突然黙り出し、停止する。謎の停止、謎の間、それにブラッドは困惑し目を丸くする。するとマクスウェルは何事もなかったかのように喋り出し。


「指揮官が前線に出て、指揮を放棄して敵と戦い。自軍全体を機能不全に陥れる、あまりにも稚拙な戦い方でしたのでアドバイスをしようかと思いまして」


「後にしろ!と言うか!指揮ならマクスウェル!お前が取れ!」


「手出ししない約束ですので」


「お前なんのためにここにいるんだよ!!」


「…………」


二人の言い合いを見つつ、私は息を整える。チラリとアド・アストラ軍を見れば……まだ避難出来ていない。何を考えているんだタリアテッレさん、早く逃げてくれ。ここでこれ以上時間を稼ぐのは難しい。

既に敵の後詰が来ている、ブラッドと戦いながらあの軍勢を捌くのは難しいよ。


「もういい、何もする気がないなら黙っていてくれ」


「待ちなさい、まだ気が付かないのですか」


「何が!」


「後方から敵が迫っています、恐らくアド・アストラの援軍でしょう」


「え!?」


マクスウェルが、マレフィカルム軍の後方を指差す。それに伴いブラッドは青い顔をしながら渓谷の入り口の方を見る、とはいえここからじゃ遠くてよく見えない。


「はぁ、前線に出ているから気が付かないのです」


「バカな!どこから援軍が!まずい……ここで挟み撃ちにされたら」


逡巡するブラッド、しめた。これを上手く使えば敵を離脱させられるかもしれない!このままブラッドを攻め立てて、ここで攻め落とすのは無理だと思わせれば……それで!!



「なら言いなさいよ〜!私達に手出ししてくださいってェ〜!」


「ガッ!?」


瞬間、天光降り注ぐ渓谷の空から突然影が現れ。私の頭を殴り抜く、そのあまりの威力に私は一回転して地面に叩きつけられる。まずい、この威力、明らかに十天魔神のそれじゃない!まさか……。


「ホド……!?」


「やっほーマクスウェルの分身ちゃん、ちょっと道すがら寄っちゃいました」


ホドだ、両手に翼膜を作って空を飛びながら現れたホドはニタリと笑いながら私の前に着地する。最悪なのが来た……今の状態でこいつと戦えるわけがない。と言うかこいつまで解放されているとは!


「ホド、お前まで!」


「ふふふ、結局十天魔神なんてこの程度ですか。イノケンティウス頼りの雑魚の大所帯、個の力が不足しているんですよ、根本的に」


「捕まっていたお前らに言われたくない!!」


「捕まってなかったお前は何か出来たんですか?」


「ぐっ……」


ホドはニタニタ笑いながらマクスウェルの隣に立ち、腕を組みながら肘でツイツイとマクスウェルを突き。


「ほら、私とネツァクでこの女をぶっ殺しておくので、貴方は指揮取ってアド・アストラ皆殺しにしなさい」


「だが後方から敵軍が……」


「ん?敵軍……?まぁそんなの気にする必要ありませんよ。だって一瞬で敵を皆殺しに変わりないですし、退路なら私達が確保してあげますよ。ね?ネツァク」


「手出しをするなと言われているのです、我々セフィラは手出しするべきではありません」


「お堅いですねぇ、まぁでも私、格下の命令は聞かないと決めているので。残念ですが全然手も足も出しますよ」


私はゆっくり立ち上がり、ホドを睨む。この場で最も警戒するべきはホドだ、この密閉空間において多大な面制圧能力を持つホドは脅威以外の何者でもない。あとはマクスウェルだが……多分彼は手を出してこない。だからホドだけでもなんとかしなくては。


いや、ホドだけじゃない。


『うおおおおおお!攻め込めぇえええ!!』


「それに、後詰のマレフィカルム達も到着したようですし。これはもう圧倒ですかね」


(絶望的だ、あまりにも)


ホドとブラットの向こう側から凄まじい数の敵軍勢が迫る。圧倒的な個を持つセフィラ、圧倒的な軍勢、こちらは逃げる場所すらなく、袋小路に閉じ込められて逆転の目すら見えない。


せめてここにラグナがいたら……。


(ここまでか)


腰を深く落とし、構えの姿勢を取る。だがせめて……。


「最後まで戦うよ、私は」


「アッハッハッハッ!マジ殊勝!滑稽ですが神の信奉者らしいセリフありがとうございます!じゃあ死にますか!!ここで!!」


ホドが構える、鬼の如き気迫を持って私に迫り────。


『さぁ今こそ攻め時ぞ!!』


「え?」


瞬間、空から何かが降り注ぐ。それは迫ってくるマレフィカルム軍目掛け飛来し、地面に突き刺さるのだ。


「う、うわぁ!なんだこれ!」


「こ、これ、丸太?」


それは先を尖らせた丸太だ。それが槍のように空から降ってきてマレフィカルム軍のど真ん中に落ちた。一体これは、そう目を丸くしたマレフィカルム軍の頭上から……更に、丸太の槍が襲いかかる。


それも、大量に。


「うわぁあああ!う、上から攻撃が飛んでくるぞ!」


「誰か上にいるんだ!」


次々と丸太の槍が断続的に振り続ける、それらは次々と地面に突き刺さり、マレフィカルム軍を混乱させる。突如空から降り始めた、まるで釘打ちをするように叩きつけられる丸谷の数々を見て呆気に取られる。何が起きて……。



「ネレイド!!!」


瞬間。タリアテッレさんが後方から叫び。


「飛んで!!」


そう、私に伝えてくる。その言葉に私は振り向くよりも前に……飛び上がる。


「は?」


同時に響いたのはホドの驚きの声?いいやもっと大きな音がする。


これは轟音、なんの轟音?……水だ、水が迫る轟音で……。


「ななな、なんですかこれぇーー!!??」


「ッッ……!」


刹那、私の背後から大量の水が流れ込みホドもマクスウェルもブラッドも、敵軍も纏めて流していく。何が起きているのか、反応するよりも前に岩壁にしがみついた私は……見る。


「ネレイド!大丈夫か!!」


「ッラグナ!?」


丸太に乗って激流を駆けるラグナの姿を。まさかこの激流は彼が?でも彼は捕まっているはず、ああ、でも。


彼なら、やるか。なんせ彼は私達の英雄なのだから。


…………………………………


『滝があるのは好都合です、あの滝を使いましょう。水計です』


サイラスの提案はこうだ。周囲の木々を切り倒し丸太を作る。同時に滝の上流にある地点に大きな穴を掘り水が溜まる余地を作る。これはクレアさんがなんとかしてくれた、剣を振るうと一撃で地面に大穴が開いたんだ。

あとは丸太にそれで蓋をして滝を堰き止め、水が溜まったら一気に丸太によるダムを破壊、下に水を流し込む。同時に鋭く研いだ丸太も投入、これにより流された敵が丸太に打ち付けられ、激流はより掻き回され、敵はまぁとんでもないことになるわけだ。


だがそんなことしたら下にいる味方にも影響が出る。だからなるべく岩壁をよじ登り、これから押し寄せる水に耐えるよう書き込んだ紙を下に放り込み、味方がそれに気がつくようにした。幸いそれは兵士の手に渡り、タリアテッレを通じて全員に通達された。


怪我した者、動けない者を優先的に上へ。そして準備を整え……一気に激流を解放。なんの備えも出来ていない敵はそのまま渓谷の隙間に沿うようにして流れ込んだ水により一気に押し出され壊滅状態。


そこに俺は丸太を抱えてダイブ、水の流れに任せて一気にネレイドの元まで向かい。


「悪い!援軍遅れた!」


「ラグナ!無事だったんだね!」


「こっちこそ!よく軍を守ってくれた!!」


そして滝の水は徐々に引いていき、流れは収まり水は消えてなくなる。地面に着地し俺はネレイドに駆け寄れば……酷い傷だ、こんなになるまで一人で。感謝してもしきれない。


「ぐっ!どう言うことだマクスウェル!!敵は俺達の背後から来てるんじゃないのか!?」


「ネレイド、あとは俺に任せろ」


「でもラグナも傷だらけ」


「大丈夫、その辺も含めて任せろってんだ」


親指を立ててウインクすれば、彼女は何かを察してくれたのか静かに岩壁から降りて、その場に座り込む。

同時に周囲を見渡す、水は完全に引いた、だが既にマレフィカルム軍は壊滅の危機にある。この渓谷は逃げ場がない、それはアド・アストラに対しても言えることだし、マレフィカルムに対しても言える。既にこいつの味方の殆どは流されて戦闘不能だ。


「ようマレフィカルム軍、お前がブラッドか?俺がいない間に好き勝手やってくれたみたいだな」


「ッ!?ラグナ・アルクカース!?なんでお前がここに!チッ!だがここで討ち果たせば……」


「出来るかな?お前一人で」


ブラッドの周辺にはすでに味方はいない。連れてきていた三万の兵士は全て流されて渓谷の外まで追いやられた。あの激流……いや濁流に巻き込まれたのだ。意識がある奴の方が少ないかもな。しかもただの激流じゃなくて丸太の釘により水の流れをめちゃくちゃにされた激流だ。例えるならバケツいっぱいに張った水の中に落とされ、巨人がそれをかき回したようなもんだな。動ける奴はいない。


ブラッドは地面に剣を刺して耐えていたが、既に利き手を潰されている現状で俺と戦って勝てるか。ちょっと考えれば分かる、故に次にこいつが取る手は逃げの一手────。


「ッ死ね!お前を殺して俺も死ぬ!!ラグナ・アルクカース!!」


───だけは取るわけがない、ブラッドは攻めてくる。例え死んでも、分かっていたさ、わかっていたからこそ。


「『熱拳爆掌』」


「がヒュッ!?」


一閃。拳が火を吹くように紅蓮の輝きを放ちブラッドの顔面を射抜く。衝撃はブラッドの背中から逃げない、内側に衝撃波を留まらせる奥義だ。こいつを受けたブラッドはゴポゴポと口から血の泡を吹きその場に倒れ伏す。


「悪いな、まだまだ死ねないんだよ」


ネレイドはここまで追撃を捌き続け、体力が消耗していた。対する俺はこの三日寝てたんだ、ダメージは負ってるが体力自体はあるんだ、普通に戦える。


「おっと、ブラッドさんやられちゃいました?」


ブラッドが倒れたのを見計らったように、両手を翼に変えて飛んでくるのは『栄光』のホドだ。まぁフリードリスが落ちてるならこいつも解放されているよな。こいつが伝令が言ってたセフィラか?


「しかしィおかしいですねぇ。貴方はイノケンティウスにやられて捕まってるはずでしたけど」


「逃げたに決まってるだろ、お前と同じだ」


「はぁ、だ〜から捕まえるなんてせずその場で首を刎ねておけと言ったのに。なんでイノケンティウスさんはこいつが目覚めるのを待ってたんでしょうねぇ。甘いんですよねぇツメが……私は違いますよ?」


ホドは両手を甲殻に変えて構えを取る。こいつは万全の状態、おまけに魔力量も凄まじい。エリスが言ってたな、こいつはあのクレプシドラとタメ張れるレベルの奴だって。ちょっと厳しい相手か。


まぁでも、負ける気はねぇよ。こっちは国背負ってんだ。


「やるってんなら、受けて立つ。けど引いた方がいいと思うぜ」


「プフッ!マジで言ってますそれ?もうねぇ逆転は終わってるんです、フリードリスは落ちて貴方の仲間はみんな捕まってるんですよ、分かります?この状況」


「分かってる、ここから捲る、余裕だ」


「はぁ、面白くない。だから嫌いなんですよねぇ魔女の弟子ってのは……けどまぁ、いいです」


するとホドはニタリと挑発するように笑い、口元を隠し……。


「だって私にはイライラを発散する玩具がありますからぁ」


「…………」


「あれ?気になります?気になりますよね、しょうがない教えてあげますよ。……メルクリウスですよぉ!!」


努めて顔色を変えない。姿が見えないと思ったけど、メルクさん……捕まっちまったか。そりゃそうだ、俺と一緒に気絶してたんだから。ってことはナリアも捕まってるのか?


「メルクリウスを捕まえてねぇ、アイツの管理権を私が奪ったんです。散々私をイライラさせてくれたアイツが今!私の手の中にある。実はこれから対面する予定でしてぇ、お前のせいでメルクちゃんいた〜い目見ちゃうかも〜!」


「…………」


「どんな目に遭わせるつもりか気になりますか?いやそもそもどこにいるか気になりますか?でもでも教えな──」


「いいからかかってこいよ、死にたいんだろ?お前」


ウダウダと喋って。とどのつまり死にたいってことだろ、俺にぶっ殺してほしいってことだろ。そうとしか聞こえねぇよ……なら望み通りにしてやる。俺も丁度お前をぶっ殺したいと思ってたところだからな。


「……面白くない、全く本当に。であるなら、ここで殺して────」


牙を剥き、甲殻の拳を握り、一気に俺に向かってきたその瞬間。ホドの顔がズレる。


「あぇ?」


「ウチの大将と戦いたいなら、まずは雑兵倒してからがセオリーでしょ」


カツンと音を立てて大地に傷がつく。ホドの股下に刃が現れる、いや彼女の背後に影が降ってくる。クレアだ、既に剣を振り切った姿勢でしゃがんでいる彼女がそう呟いた瞬間。


ホドの右半身と左半身がズレていく、パックリと割れて血が噴き出る。一刀両断、空から現れたクレアさんがホドを叩き切ったのだ。


「ッッ『黒金の絶望』ッ!?お前まで!チィッ!!!生命錬金『プラナリア・レヘネラール』!」


しかしホドはその状態でも動く。右半身が憎々しげに叫び声を上げ、体が震え一瞬で傷が再生する。右と左、全く同じ姿のホドが出現し奴が二人に増える。しかしそこからの動きが違った。


右が左のホドを蹴り飛ばし俺に向けてぶっ飛ばして来たのだ。それに応えるように左のホドは爪を尖らせ俺に飛びかかって来た。


「チッ……『熱焃──」


「ぐがぁああああ!!!」


「───臨掌』ッッ!!」


膨れ上がる魔力がホドの中心を捉え、その体を引き裂き……って異様に脆い!まさかこいつッ!


「ラグナ!上に打ち上げて!!」


「ッ!!」


即座に両足を地面につけ膝を曲げる。そのままホドを殴り抜く勢いで天高く打ち上げた瞬間。空高く飛んでいったホドが周囲を赤く染める程の勢いで大爆発をしてみせたのだ。あれやっぱり自爆狙いだったか。


咄嗟に逃げた右側を確認するが、いない。クレアの参戦を見るなり即座に逃げるか、その場の勢い任せで戦うタイプじゃないか……。


「チッ、逃したか……いや状況的には見逃してもらったと言うべきか?」


ポケットに手を突っ込み、遠視で渓谷の向こうを確認すると殆どが激流にやられてノックアウト、意識がある連中はマクスウェルが率いて立ち去っていく。完全に瓦解した自軍をまとめ上げるのは不可能と考えたのか?だがそれでもここで引くのは若干違和感があるが……。


「まぁいいか、ネレイド。大丈夫か?」


「うん……ラグナ、そっちも無事でいてくれてありがとう」


「いや助けられてばかりさ……それに、今は軍の状態を知りたい。ともあれここに長居は危険だ、安全な場所を知ってる。みんなを連れてこっちに」


「うん」


少なくともネレイドは無事、敵が逃げたから外にも出られる。とりあえずなんとかなってよかったか。とはいえ、またセフィラがうろつくようになった、これは少し考えものだな。


……………………………………………………………


「ここなら敵にも見つかりにくいし、迎撃も容易だ。ここを拠点にしよう」


それから俺はグストルフ大渓谷から離れ、そのまま迂回。大渓谷の奥にある小山に登り、その上にあるスペースを拠点とする。既にテントの設営が始まっているが……とてもじゃないが大規模な設営は出来そうにない。


それに怪我人の数も尋常じゃないな、同行している治癒術師と軍医の数も足りていない。物資もなければ医者も足りないと来たか。これをなんとか出来るのはメグとデティだが、両方ともいない。


「それで状況は、って言わなくてもなんとかなく分かるかも」


「ごめん、魔女の弟子はみんな攫われた。メルクも……多分ナリアも」


「そうか、そんな気はしていたが。厳しいな」


俺とネレイドはテントではなく山の頂上に生えた巨大な木の下に座り込み、簡易的な日差し避けとして使いながら語り合う。こうして見るとネレイドは血だらけで、ここに来るまで奮戦してくれていたことがよく分かる。


「……いや、でもネレイド。お前が生きててくれて嬉しいよ」


「私もラグナに会えて嬉しい。けどこれからどうするの、フリードリスは陥ちた。魔女の弟子の大部分は動けない、アド・アストラから援軍を連れ込もうにも方法がないよ。物資もないし、治癒術師も足りない」


「そこはまぁ、一個づつ解決するしかないさ」


問題は山積み、に見えてその実一本化されている。つまりは魔女の弟子達と合流していけばいい。

物資と人員はメグがいればなんとかなる、治癒術師はデティがいればいい。つまりこの二人と合流しつつ、なんとかする方法を探すんだ。


「ラグナ陛下、アド・アストラ軍の状況把握が終わりました」


そんな中、近寄ってくるのはサイラスだ。彼は山の拠点を歩き回り今の軍の状況を確認してくれたようで。彼は手元のボードを確認しつつ、口を開く。


「まず今ここにいるのはアド・アストラ軍三十万ほどです」


「え?それだけか?数百万も連れてたのに」


「それはネレイド様がアド・アストラ軍を分割したからですな。安全な場所に軍を置いてきたのです、ですな?ネレイド殿」


「うん、ここに来るまでに洞窟や森を多く見つけた。敵に見つからないよう私がカモフラージュして怪我人と割と無事な人を置いて英気を養うよう命じておいた。ただ全員を隠すだけのスペースはないから、各地を渡りながらそう言うところを探しつつ……追撃から逃れていた」


「なるほど、自分を囮にして分散した見方を守っていたのか」


「そのおかげで、あんな有様になったけれどね」


数百万いた軍勢がここまで数が減っていたのは、それを各地に分散して休めていたからか。そうしなければならないほど軍全体が疲弊していたということ。

そして、隠した軍が見つからないようにネレイドはそれでも動けるメンツを引き連れて目立つように移動していたと、そういうことか。


いい判断だと思う。この最悪の状況でなるべく損耗を減らすならそれでいい。けどそれでネレイドという換えの効かない人材を失うかもしれなかったのは、怖いところだが。


「で、ゴッドローブ将軍とマリアニール団長の怪我の様子が厳しくて。治癒術師達もそれぞれ三人体制で対応していますが……どうにも」


「二人は動けないか。メルクさんもナリアもいないとなると、動けるのは……」


チラリとネレイドを見る、正直彼女は動かしたくない。ネレイドは体力も凄まじいが自然治癒能力もとんでもない、その辺は超人の中の超人と言われるだけはあり、この間なんかかすり傷が次の日には完全に塞がっていたりした。


だが、少なくとも数日の休養は必要だろう。同行していたタリアテッレもここまでの戦いで疲労しているし……。


「結局、俺達だけか……」


「いや、私達も動けるよ」


「え?」


ふと、サイラスの後ろに続いて現れるのは……ホリン姉様、ラクレス兄様、そして酷い怪我をしながらも腕を組み立っているベオセルク兄様だ。


「兄様、姉様!」


「ここまでネレイドが守ってくれたからね、こっからは私達も戦える」


「捕虜になり、敵の魔の手で踊らせ、その上で自国が危機に陥っているのに動けませんでした。では、私は恥ずかしくて生きていられない。ラグナ陛下、どうか我々も」


「……やれる、ラグナ、俺は」


「分かりました、本当はゆっくりしていて……と言えればそれでいいんだろうけど、そういうわけにもいかない。直ぐに出撃したい」


休んでいたいがそうもいかない、今唯一存在が確認出来る魔女の弟子の一人メルクさんがホドに捕まっている、状況がヤバそうなのは分かる。だから直ぐに助けに行きたい。


「分かりましさ、ではこちらも動かせる軍を編成しておきます。少しお待ちを」


サイラスはそう言うなりまたパタパタ走っていってしまう。さて、じゃあそれまで俺は何をしようかな……。


「ラグナ、少しいい?」


「ん?ネレイド……」


すると、ネレイドは徐に立ち上がり、俺を手招きして引き寄せる。一体どうしたのかと思えば、彼女はそのまま陣営の奥へ奥へ進む。


「どうしたんだ、ネレイド」


「見せたいものがある」


「見せたいもの?」


「これ」


そう言ってネレイドが指差したのは、ガタガタの馬車だ。有り合わせのもので急拵えで作ったような馬車。馬はおらず、ただテント群の端に置かれている。なんだこれ。


「これは?」


「いいから中を」


「…………ああ」


ネレイドのやや硬い声音に促され、馬車の中を見遣る。するとそこには……大量の武具が乗っていた。それこそ山のように、数えきれないくらい。


「これは?」


手に取って確かめる。これは鎧の一部、肩当てだろうか。しかしかなり傷ついているし、ボロボロだ、実戦ではもう使えそうにない。

何故それを馬車に乗せて?どこからか運んできたのか?だが人も何も不足する中でこれを後生大事に運ぶ意味は────。


「ハッ!」


咄嗟に俺は再び武具の山を見る。気がつく、この肩当て、アルクカース軍が正式に採用している鎧だ、それにこっちはコルスコルピの、でこっちは……帝国。


まさか……まさか、これは。


「ごめん、全部は拾えなかった」


「まさか、これ……いや、そうか」


俺はゆっくりと武具を置き、ネレイドの顔を見る。動いていない、眉も口元も目も、硬く硬く硬く……ただこちらを見据えている。


その表情で察する。そりゃあそうだ、これは戦争であり、ネレイドがやっていたのは追撃戦。三日間他の味方を守るために行軍を続けていれば……そうなる。


数百万の軍勢の殆どが傷つき、敵軍から逃げる為に敗走する。いくら傷ついた者達を各地に散らせていたとしても……今ここにいるのが数十万人ってのは、少な過ぎる。死人・・が出ていないわけがない。


「辛い役目を負わせた、すまなかった」


「……………」


目を背けるネレイドに俺は頭を下げる、そして。


「みんな」


俺は武具の山に目を向ける。それほどの死者が出たと言う事実を受け止める、俺はどこかでこの戦いを勝てる戦いだと思っていた。そしてそれが誤りであることを突きつけられたのだ、今ここで……痛烈なまでに。


今ここで必要なのは詫びか、謝罪か、違う。これもまた、やはり責任である。


間違っていないと、自分達は間違っていないと、そう証明する為に戦いそして勝つこと。でなければこの世界の肯定の為に散っていった者達の魂が救われることはない。


「ラグナ、これを」


「なんだ?」


そう言ってネレイドは俺に一枚の紙を渡して……。


「私を出撃させるつもりはないんでしょう、なら渡しておく。メルクさんが囚われている要塞の場所が書かれてる」


「え!?そんなもんいつの間に手に入れたんだよ」


「ん、色々。ちゃんと話すよ……けどラグナ」


するとネレイドは紙を指差し、静かに口を開き。


「救えなかった命は多くある、けどまだ救える命も多くある。立ち止まらずに行こう、私もまだまだ戦えるから……頑張ろう」


「……ああ、そうだな。頼むよ、相棒」


「ん」


ネレイドの言う通りだと俺は彼女の拳に自分の拳をぶつける、まだまだ助けられる奴等は多くいて、助けを待ってる奴らがいる。そいつらを助けていかないと……。


まずはメルクさんだ、無事でいるって信じて今は戦っていこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ネレイドさん無茶苦茶頑張っててすごいよ 絶望的な状況で最善を考えつつ遺品まで拾うって あんたかっけえよ、大好きだ 状況打破は結構原始的なやり方でしたね。 とんでもない量の水が来たら二段階でもそら厳しい…
ネレイドさん有能!そしてリゲル様ってやっぱり脳筋なんじゃね? エリスの考えとは………?
リゲル様まさかの根性論!しっかりオライオン人してた… ネレイドはマヤを継いで最強の一角なのもいいけど、ボロボロになって擦り切れても仲間の為に壁となって立ちはだかるのが一番似合っている、エリスと一緒で無…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ