837.魔女の弟子と敗戦の後
「腹、減ったなぁ」
川辺に座り、彼はお腹をさする。使い古された旅装は随分長い間洗っておらず、泥と煤で汚れている。そんな中、小石だらけの川のほとりに座り込み、音を立てて流れる清流に目を向ける。
「お」
そんな中、清流に垂らした釣竿が反応し、彼はまるで縋り付くように釣り竿にしがみつき、引き上げる。バタバタと無様に走り出し、竿を握って立ち上がる。それと共に釣竿に引っかかった一匹の魚がピチピチと手の中に滑り込んできて。
「よし、今日の晩飯だ。よしよしよし」
彼はそれを大事そうに抱え、川辺に作ったキャンプに持ち込み。木の板で作ったまな板の上に魚を乗せ。
「悪いな、『オステオトミー』」
ピッと指先から骨断魔術『オステオトミー』を放ち、魚の腹を切断、そのままワタを掻き出し、枝を突き刺しながら。
「『ファイアークラフト』」
集めた木材に魔術で火をつけ、魚を炙る。そして彼はそんな焚き火を前に座り込み。空を見上げる。既に天は暗く、星空が広がり、キラキラと輝いている。
「……………」
世界は常に光を放つ。朝は太陽に照らされ光を放つ、夜は星に照らされ光を見せる。常に光は満ちており、決して絶えることはない。こんなにも素晴らしいことがあるだろうか。
一体この世界を作ったのは誰だ、オライオンの教徒は神だといい、コルスコルピの学者は偶発的な魔力爆発だという。つまりは分からないが、それでも思う。
「いただきます」
焼いた魚に食らいつき、彼は感謝する。これほどに美しい世界に、あまりにも美しい世界に。今この世界を生きられている事、そのものに感謝を。
「うん、美味い」
そうして彼は、笑顔を見せる。屈託のない笑顔で、世界の美しさのみを信じて。
………………………………………………………
「ん、やべ。寝てた」
パチリと目を覚ます。さっきなんか変な夢を見た気がする、男が川辺で魚を焼く夢だ、勿論あれは俺じゃない。あれは恐らく……イノケンティウス?
そう、イノケンティウスだ。忘れもしない、だって俺は───。
「って!なんじゃこりゃあ!」
目が覚めると、俺は薄暗い石室で鎖に雁字搦めにされて拘束されていたのだ。目の前には鉄格子、小さな蝋燭だけが視界を照らす、そんな空間。これじゃあまるで。
「おお、ようやく目が覚ェ覚めた?ラグナ大王」
「え?」
ふと隣を見ると、俺と同じように捕まってる人物がいた。クレア団長だ、ズタボロながら彼女は割と元気そうにこちらを見つめており。……って。
「えっと、どういう状況っすか」
────俺はイノケンティウスとの決戦に臨んだ。ここで奴等を南部に撤退させても勝ち、この場でイノケンティウスを倒しても勝ち、かなり有利な状況にあったはず。だが、その有利は一瞬で覆された。
イノケンティウスの臨界魔力覚醒、その威力は俺の想像を絶していたと言っていい。正直、人間一匹が抗ってもどうしようもない、そう思えるほどの強さだった。そんな力を前に俺は最後まで抵抗を続けて……で。
目が覚めたらこれだ。石室に閉じ込められ、身動きが取れない状態。近くにはクレア団長だけ……つまり。
「俺、地獄に来たんですか」
「私と貴方のコンビなら地獄もあり得るでしょうね。けど違います、生きてますよ私達」
「じゃあ……」
「捕まった、私達はイノケンティウスに敗北し、その後イノケンティウスが引き連れて来た他のマレフィカルムの部隊に捕縛されて今こんな感じね」
「マジかよ」
イノケンティウスに殺されなかったのは……ありがたいと言わざるを得ないが、俺が捕まったということは軍は壊滅したという事だ。本隊も別動隊も含めて全員。被害は甚大だ、なにより総大将である俺が捕まったのも大きい。いや今から抜け出せばギリギリ間に合うか?
「因みに貴方が気絶して三日経ってる」
「えぇっ!?」
「まぁ、ラグナ大王が敵の攻撃を最前線で受け止めてくれたからみんななんとか生きてたって感じですけれど、正直私、貴方は死んだと思ってましたよ」
み、三日も?フォルミカリウス改がフリードリスに向かったことから考えるに、最早状況は絶望的じゃないか。
「ほ、他のみんなは!?」
「知りません、少なくともここにいるのは私と貴方だけです」
「死んだのか……!?」
「だから知りませんって!そもそも私も捕まってて外の様子なんか伺いようもないですよ」
「ッ!すぐに脱出しないと……って」
「そりゃ、出れないようになってますよ」
俺は咄嗟に鎖を引きちぎろうとしたが、千切れない。まぁ当然魔封じの縄をつけられている、けどそんなもん俺には関係ない。素の身体能力で鎖だって引き千切れる……はずだが上手くいかない。もしかしてこれアダマンタイトか?まぁゴルゴネイオンもパラベラムと関わりを持ってるだろうし、そういうもんを持っててもおかしくないか。
「ッネレイドは、メルクさんは、ナリアは……エリスは」
「さぁ、知りません。けどそれどころじゃないかもしれませんよ」
「国か……」
「ええ、あそこには主戦力が集まってましたからね。それが軒並みダウンしたんですから、フリードリスも防御どころの騒ぎじゃありません、今頃落ちてるでしょうし、そうなったらアルクカースは壊滅でしょう」
こいつは、全然遠慮して物を言わないな。なんかエリスとデティを混ぜて一層ハードにしたみたいな性格だ、まぁだからこそこういう場面じゃ話が早くて助かるが。
「敵は俺達を捕まえて、生かして、どういうつもりなんだろうか」
「さぁ」
「拷問されたりしたか?」
「別に、ただ憂さ晴らし的に殴ったり蹴ったりはされましたけど、雑魚だったので痛くも痒くもありませんでしたけどね。なんか連中も忙しいみたいですよ?」
忙しい?凡その敵は倒せたのに、なんで忙しいんだ?もしかしてアジメクに待機していたメンバーが攻撃を仕掛けているのか?それともデティ達がまだ抵抗を?なににしても早くここから抜け出したいところだが。
「……参ったな、抜け出す方法が見つからない」
頭を絞るが、これはどうにも抜け出すのは無理だ、もうガチガチだ。俺を一歩も動かす気がないらしい。
そもそもここはどこなのか、なぜ俺が生かされているのか、敵はなにをしているのか、分からない事が多すぎる。どうすればいいんだ、どうしたら……。
「まだ戦う気ですか?」
「え?」
ふと、俺は顔を上げる。クレアだ、クレアがそう言ったんだ、まだ戦う気かって。
「当たり前だろ、なに言ってんだよ」
「ですが外に出てもイノケンティウスに勝てるとは思えませんけど。事実私たちはあれ一人に負けてますし、完全に軍が瓦解した以上マレフィカルム軍とも真っ向から戦えるとも思えません」
「……まぁ、事実だが」
クレアが言っているのは事実だ。クレアは心が折れたわけじゃない、ただこいつは今の状況をそのまま口にしているだけ、つまり単なる事実。反論のしようがない事実だ。
「勝ち目のない戦いならお勧めしませんよ」
「……だとしても、やらなきゃいけない事がある」
「負けることに意味があると?」
「違う、戦うことそのものに意味がある」
「それは?」
俺は下を向く、汚い大地が見える。蝋燭の光が届かない地下室の床……それを見て思い返すのは、イノケンティウスの言葉。
既に屈辱を味わい、全てを奪われている以上こうするしかない。それはその通りだ、アイツらにはそもそも抗う道しかないから、死ぬ気で抗っているだけ。けどそれはイノケンティウスだけの理屈じゃない。
俺達が今まで倒して来た八大同盟全員に言えること、あいつらは理由があって魔女大国と戦い、そして散っていった。散ることさえ厭わぬ戦いがアイツらにはあった。
「俺はここまで、多くの意志を踏み躙った。勝って来た、勝って来た俺達には、勝ち続けなきゃいけない義務がある」
「…………」
「一度勝った以上、もう二度と勝負を投げる権利は消え失せる」
「そうですね、そこには同意します。ですがそれは貴方個人の感情でしょう、貴方個人の因縁でしょう。ぶっちゃけ私には関係ないですし貴方の後ろについていく大勢の兵士達は無関係────」
「関係なくない、無関係な人間なんていない」
俺は顔を上げる。いないんだよ、関係ない人間なんて。だってこれは世界の話なのだから。
「幸せは代価なしには得られない。そして俺達はその代価を他者に払わせる事で幸福を享受して来た。その構造そのものがこの戦いを産んだなら、兵も民も関係なく、その構造によって生まれた全ての人間が関係者だ」
「私もですか?」
「そうだ。幸福の天秤は必ず傾くように出来ている、必ずそこには偏りが生まれる、より多くを貰った者とより少なく貰った者の差が生まれるのは必然。そしてそこには必ず責務が付きまとう」
「おかしな話です、ならその責任に殉じてこの戦いに最後まで付き合い。殺されてやる事が義務だと?」
「違う、……そもそも俺達だってこの魔女の世界が不完全であることは理解していた。それを変えようと努力はしていた、だが結局こうなった。けど、だからこそそれで終わりにしちゃいけない」
無関係な人間はいない、俺もクレアも国民も全員マレフィカルムを産んだ責任がある。
マレフィカルムの言い分だって不当だし、不遜だし、めちゃくちゃだ。
だがあいつら側からしてみれば、魔女大国に生まれただけである程度の幸福が約束され、魔女という絶対の武力を前に絶対の肯定が強いられる世の中の方が無茶苦茶に思えるだろう。
けれどこの構図を産んだ責任は全ての人間にある。俺にも、クレアにも、民にも全員に等しく存在する。
「クレア、もう一度言う。戦うことに意味がある、俺達はマレフィカルムと言うこの世の構造に不満を感じている多くの人間の意思や尊厳を踏み躙った責任がある。あるんだよ、この世界は正しいと……俺達の選ぶ道は正しいと、肯定し続けなきゃいけない責任が」
「肯定し続ける為に、戦うと」
「ああそうだ。向こう側もまた踏み躙られた側の責務を果たしたのだから、こちらも果たさないとフェアじゃねぇ……だから、まだやる」
そもそも、戦いの根元にある概念は『俺は正しい、お前は間違っている』と言う諍いであり、その手の争いは全ての人類が経験するものだ。
これはその究極系、即ち魔女大国と魔女排斥国家の争いとはそう言う事であり、その構図に乗って生きて来たのなら、こう言う部分も受け入れて戦わないといけない。でなきゃ無責任だろ。
……ある意味、その責任において最も重い責任を負っているのは魔女様だろう。だがあの人達はその汚名を受け入れる事で責任を取った、そして今ここには魔女様を受け継ぐ俺達がいる。
魔女様から受け取ったのは力だけじゃない。魔女の力を受け継ぐ弟子の一人として、魔女様からの脱却を謳う六王の一人として、ここで責任からは逃げられない。
「だからまだ戦う。戦い続けなきゃいけない」
「なるほど、正直責任論みたいな不毛な話は嫌いですが、その理屈は分かります。要するに勝ち組として負け組踏みつけろって話ですよね。その構図が今逆転しようとしているから、それは違うぞ、今の形が正しいんだぞってアイツらの頭をさらに踏みつける、これはそう言う戦いと」
「あんた、マジで口が悪いな。エリスとデティに悪影響じゃないか?」
「なー!?」
けどまぁ、なんとなくエリスならそう言うだろうなって要約の仕方だ。と言うかエリスも昔似たようなことを言ってた気がした。クレアがその答えに自然と行き着けるあたり、エリスの価値観形成に多大な影響を与えたのはやはり彼女なのだろうな。
「ま、どんだけカッコつけて決意表明したって現状が最悪で、今のままじゃ勝ち目がないことに変わりはないですけど」
「そうなんだけどさぁ」
遠慮ねぇ〜、エリスはよくこの人と仲良くできてたなぁ……。
「でもさぁクレアさん、あんたさっきから冷めた事ばっかり言ってるけど、じゃああんたは今のままでいいのかよ。ここで俺達はこの冷たい牢屋で骨になるまで放置されて、アルクカースが滅びてもいいってのか?」
「そうは言ってませんよ、私は今のままじゃ負けるって言ってるだけで、負け戦が嫌とは言ってません。私は騎士ですから、やれと言われたらやるだけです」
「そりゃ、分かってるけど」
「……まぁですが、気合いがあるのは結構。ここで折れてたら置いていくところでした」
「折れるわけねぇだろ……ん?置いていく?」
その瞬間、クレアは鋭い目つきで目の前を見る、そこには鉄の格子がある。いや待て、そういえば。
「なぁクレアさん、見張りっていないのか?」
「いますよ、けど今日はなんか来ない。連中が忘れているのか、或いは……」
ピクリとクレアの眉が動き、突如バッと立ち上がると。
「よっこいしょーーー!!!」
「ちょっ!?なにやってんだよ!?」
クレアさんは突然その場で暴れ出す、ガシャンガシャンと壁に繋がれた枷が揺れ、凄いうるさい。だがクレアがいくら暴れても風は壊れない、鎖が音を鳴らし、激しく打ち付けられるばかりで……そうか!
「鎖を繋いでる壁は岩だから!こうやって暴れれば壊せるのか!それで脱出を!」
「違います」
違った……じゃあなんなんだ。そう言いかけた瞬間。
「枷の音!ここかッ!!」
「えっ!?」
クレアの枷の音に反応し、ガツーンと牢屋の外の扉が開かれ、蝋燭なんか比べ物にもならないくらい強い光が外から入ってくる。煌々としたランプを手に入り込んで来る影は、俺の顔を見て表情を変えて。
「陛下!よくぞ生きておいでくださいました!」
「ッサイラス!!」
ランプを持っていたのはサイラスだ、眼鏡の片側に亀裂が入り、泥と砂に汚れた衣服を振って、檻の前に駆け寄ってくる。その顔は俺の身を案じていた、なんて言葉がなくても通じる程のもであり。
「うぅ、申し訳ない。軍師として陛下に縄目の恥辱を味合わせるとは、あまりにも不甲斐ない!」
「い、いや。それよりお前、一人で助けに来たのか!?」
「む!そうでしたな。説明は後です!ささ!陛下!外へ!」
そう言うなりサイラスは牢屋の鍵を開け、どこからか手に入れた枷の鍵を使って俺の枷を外してくれるんだ。おかげで両腕が自由になる、動ける、出れる。
「よし、ありがとうサイラス!」
「いえいえ、はいクレア殿も」
「ん、ご苦労」
「なんであんたが陛下より偉そうなんですかねぇ、はいっと」
そうして俺達は檻の外に出る、が。まだまだ落ち着ける空気じゃ無さそうだ、廊下の方から大量の足音が聞こえる。それも味方の空気感じゃ無さそうだ。
『まずいぞ!メガネがあっちに逃げた!』
『追いかけろ!折角捕まえた国王を逃がされる!』
『ぶっ殺せ!』
「ひぃ!陛下!我輩ぶっ殺される!」
「分かってる、クレアさん!やれるか?」
「愛剣がないのは頂けませんが、まぁ今はこれでいいでしょう」
そう言うなりクレアさんは鉄格子をギュッと握り、クッキーみたいに砕いて外してしまう。同時に彼女は俺と視線を合わせ、静かに頷く。さて、状況はよく分からないが、俺の可愛い軍師が俺を助けに来てくれた。そんでそんな幼気な軍師をいじめる輩がそこに来てる。
軽く捻るか。
「ここか!おいメガネ野郎!ってェッ!!」
「メガネ野郎に用があるか?じゃあ俺を通せッッ!!」
飛び込んできた大男目掛け足を振るい、壁を砕いて吹き飛ばす。それと共に俺とクレアさんは壁の向こうに出れば……その向こうはかなり広い通路になっている。おまけにそこを満たす敵兵ばかり。全部雑兵だな。まだこんなに残っていたとは。
「や、ヤベェ!戦王が目を覚ました!」
「しかも檻から出てるゥッ!!」
「黒金の絶望も一緒だ!アイツここ数日ピクリとも動かなかったくせに!こんなに元気なのかよ!」
「あーあ、私ってば今この瞬間ばかりはエリスちゃんが羨ましいわ。私を殴った奴の顔忘れちゃった、まぁいいか。ここにいる全員半殺しにすりゃそのうち仕返し出来るでしょう」
「クレア!とにかくこの場を突破する!力を貸してくれ!」
「ここに来てる時点で貸してるっての」
瞬間俺とクレアは共に踏み出し、拳と鉄棒が振るわれ……。
「邪魔!!」
「ぐぎゃあ!?」
「ダメだ止められねぇ!」
「でも止めろ!」
殴り飛ばし、蹴り飛ばし、顔を掴み壁に叩きつけつつ体を回して裏拳の回し蹴りで敵兵を叩き潰す。同時にクレアは鉄棒を剣のように振るい、ヒュンヒュン鳴らしながら的確に敵の急所を叩き抜き沈めていく。
足止めにもならない、後ろにいるサイラスを守りながら俺とクレアは二人で悠然と進み、やがてこの牢屋の外に通じる階段が見える。逃げようとするマレフィカルム兵の首根っこを捕まえ天井に投げ飛ばしながら、俺は階段を駆け上がり。
「よいしょ!」
その先にある重厚な扉を蹴り飛ばし、外に出る……すると、そこには。
「いけいけぇ!追い立てろ!」
「クソッ!ジョバンニ様がいない隙に!!」
そこは、要塞の内部だった。景観を見て理解した、ここはアルクカースの東部にあるザクセン砦だ。そういえばここにはデカい収容所があったな。
でだ、問題はその庭先で暴れている兵士たち。マレフィカルム兵達が戦っているあの精強な黒鎧の戦士達。自分の体並みに大きな斧を振るい敵兵を吹き飛ばし、狭い要塞の庭先を馬で駆け回り槍を振るい果敢に戦うあの様。
あれは間違いなくアルクカース戦士の戦い方。しかしアイツらは……。
「サイラス、彼らは?と言うかお前今までどこにいたんだよ」
後ろから階段を上がってくるサイラスに視線を向けるが、サイラスが答えるよりも前に一際大きな馬に乗った大男が、もこもこの顎髭を揺らしながらこちらに駆け入って来るなり、その馬から飛び降りドシリと地面を揺らす。
「おお!サイラス殿!上手くやったようだな!それでこそ国王直属の軍師!」
「いやぁ、それもこれもヴィルヘルム様のおかげです」
「ぬぅわははは!国王陛下の窮地を救えたのだ!言いっこなしだ!」
ヴィルヘルム!そうか!彼はアルクカースの貴族の一人、『剛刃』のヴィルヘルム卿だ!マクスウェルが占領していたヴィルヘルム要塞の本来の持ち主、マクスウェル達に攻められ撤退したと聞いていたが!生きていたのか!
「ヴィルヘルム卿、お前がサイラスを助けてくれたのか」
「おお我が王よ!ご無事なようで!そして違うと言わせていただきたい。儂らはそこにいるサイラス殿に窮地を救われたのだ!マレフィカルム兵に包囲され逃げ場がなくなっていたところ、突然現れ退路を確保してくれた!」
「我輩はしばらくの間マレフィカルム兵に紛れて移動しておりましてな、そこでヴィルヘルム卿の戦いぶりを見たのですが、いやはや死なせるには惜しい男でしたので救出したのです。それ以降は彼と共に野に下り機を伺っていたのです」
「じゃあヴィルヘルム要塞を攻めてる時は」
「勿論、彼らと共に行動しておりましたとも」
「ガハハハハハ!我が要塞が呆気なく落ちたのを見た時は胸がスッとしましたぞ!」
なるほど、そう言う事だったのか。じゃあヴィルヘルムは今まで非力なサイラスを守って戦ってくれていた、そして俺の窮地に遂に埋伏を解き助けに来てくれたのか。ありがたい。
ヴィルヘルムは俺に向けて馬を引っ張り、そのまま俺に手綱を渡し。
「我が愛馬グローブ・トロッターです。これより儂はヴィルヘルム隊の隊長の座を辞して貴方の軍門に降り、一兵卒として戦いましょうぞ」
「ありがとう、ヴィルヘルム。この恩は忘れん」
そして俺は馬に跨る。うん、アルクカース馬らしい筋骨隆々のいい体をしてる、世界を旅しても息を切らすことはなさそうだ。いい馬だな。
「で、国王様。あんたこれからどうするつもり?この要塞掻っ払って反撃の狼煙をあげる?」
「むぅ!貴様!儂らの陛下に向かってなんたる口を!」
「いやいい、ヴィルヘルム。クレアさん、取り敢えず今は退却しようと思う。本拠地を構えるには分が悪い、今は野に降る」
何がどうなってるのか、三日で情勢がどれだけ悪くなったかは分からないが。現状手勢が少なすぎる、これで真っ向切ってマレフィカルム軍と戦うのはちょっと怖い。故に見つからないように移動し……出来ればアド・アストラ軍と合流したい。
「分かった、いえ分かりました。なら私が退路を切り開きます、と言うかねぇ!誰か!私の剣知らない?押収されると思うけどー!」
「陛下!退却を!」
「ああ!退くぞ!みんな!!」
そうして俺は名馬トロッターの手綱を引いて雄叫びを上げてザクセン要塞から脱出する。ヴィルヘルム達の攻勢は凄まじく、敵兵の殆どが戦意喪失していた為追手はなく、俺達は容易く逃げることができたんだ。
……しかし、どうなっているんだろうか。みんなは無事なのか、それだけが気がかりだ。
……………………………………………
「では改めて。これより、ヴィルヘルム隊五千の戦士はラグナ陛下直属の部隊として動きましょう」
「ありがとう、マジで助かったよ」
そして俺達は平原を抜け、南へと進む。アルクカース南部は比較的多湿であり、森も多い。その木々に隠れるように陣地を張り、俺達は大きな焚き火を囲んで腰を休める。
ふぅ、ようやく落ち着いた。ここまでくれば敵も簡単には追ってこないだろうし、ジョバンニ達が来てもここなら迎え撃てる、流石にイノケンティウスは来ないだろうしな。
「それで、サイラス。状況は?」
「ええ、まずザクセン要塞にですが。陛下の他に三千人のアド・アストラ兵が収容されていました。陛下と一緒に捕まった者達です」
「俺と一緒に捕まった、ってことはあの場にいたみんな捕まったのか?」
「そう言うわけではないようです。実はあの後、イノケンティウスは陛下達の始末をせず、何故か一人撤退したのです、その後やってきたマレフィカルム達が陛下達の身柄を確保したと言う流れになります」
「ふむ、……なんで生かしてんだかなぁ」
「問題はそこではないです、イノケンティウスが退き、拘束部隊が現れラグナ陛下達を捕縛したのですが……そんな中で一人意識を失わなかった者がいるのです」
「もしかして……」
あの場にいる誰よりも耐久力がある人間と言えば、一人しかいない。
「ええ、神将ネレイドです。彼女は瀕死の重傷を負いながらも十万の軍勢を相手に味方が起き上がるまで孤軍奮闘し、そして壊滅したアド・アストラ軍の大部分を率いて撤退しました」
「流石だネレイド!すげぇよ……!」
「ですが流石の神将ネレイドも全軍が昏倒する程のダメージを受けて、万全ではなかったのでしょう。全員を守りきれず、主要な将が何人か囚われてしまったようです」
いや十分だ、十分なんて言葉を使うのも申し訳ない程の事をしてくれた。本当に流石だ、ネレイド……!本当にありがとう、なんて礼を言えば。いやそれは会ってからだな。
「そこから何度かマレフィカルム軍の追撃を受けたようですが。今はこの近辺の渓谷に身を隠しているようです」
「え?この近くにいるのか?」
「はい、陛下が直ぐに合流出来るよう色々手を回したのです」
「すげぇな、みんな」
サイラスはその辺は流石だ。何をどうしたのかは分からないが、ともかくこの近くにネレイドが来ているようだ、とは言え彼女もかなりの重傷。南部からここまで結構距離があるから本当にギリギリの状態だろう。
身動きが取れないのかもしれない、一旦合流して彼女の様子を見ておきたいな。
「分かった、ともかく現場の兵については分かった。ネレイドが助けられなかったみんなも俺みたいに囚われてるかもしれないんだな」
「ええ、そうです。他の詳しい場所までは調べきれませんでしたが……」
「十分だよ、それで……フリードリスは?」
この質問に関してはあまり聞く必要がないと思っている。だって……。
「うむ、隠しても仕方ないので言いましょう。陥ちました」
「……そうか」
だろうな、あの状況だ。フォルミカリウス改がフリードリスに突っ込み、雪崩のように敵軍が押し寄せれば流石に陥ちる。それにそれを予感していた理由がもう一つ。
……メグの存在だ。俺が囚われた事をサイラスが知っていたなら彼女も知っている可能性が高い。それなら彼女が転移で助けに来てもいいはずなのに、それがなかった。つまり彼女も俺やみんなを助けに行けない状況にあるのだろう。
死んだ……なんてことは考えたくないし、多分ありえないとは思う。でもやはりそう言う状況にあると言うことはフリードリスは陥ちたのだろう。
「今やフリードリスは敵の居城も同然になっております。アルクカースは陥落したと言っても差し障りないかと」
「だよな。で?それからの敵の動きは?」
「特に。我輩はてっきり他の魔女大国にも攻撃を仕掛けるものと思っていましたが、フリードリスを手に入れたゴルゴネイオンはこの三日間パタリと動きを見せなくなりまして。まぁ国内にある程度の部隊を派遣し、それらによって散り散りになったアド・アストラ軍を駆逐しようとしているようですが」
「…………」
俺は腕を組んで木々から覗く空を見上げる。そうか、そう言う状況か。これはあまりに俺の動きが軽率だったと言わざるを得ない、二週間決着をつけるなんて言って事を焦ったのが全ての原因だ。
この責任もまた、いずれ取らなければならないだろう。だが今は、どれだけの時間をかけても、国土を回復する必要がある。
「内部にいたメグ殿、デティフローア殿、アマルト殿も消息不明。ネレイド殿は生存が確認出来ていますがメルクリウス殿、ナリア殿がネレイド殿と一緒にいるかも分からず終い。それに何より……」
「エリスか?」
「ええ」
エリス、彼女だけが他のみんなと状況が違う。臨界魔力覚醒にも巻き込まれず、フリードリスにもいなかった、言ってみれば唯一最もフリーな立ち位置にいたと言える。そう言う意味では臨界魔力覚醒内部にいなかったアーデルトラウト将軍もか。
「エリス殿に関しては、全く情報が入って来ておりません。今どこで何をしているのか、あの戦いの後どこへ消えたのか、それも分かりません」
「そうか……」
そう俺が重たく頷くと、ヴィルヘルムはやや申し訳なさそうに口を開き。
「陛下、お言葉ですが、あまり期待はしない方が良いかと」
「ん?何がだ」
「生存です。陛下が捕まり三日間、エリス殿は一切の行動を見せていませぬ。噂に聞けば義侠心に厚い方と伺います故、友が窮地にあると知って行動を起こすはず。それがないと言うことは……或いは敵地に単独で乗り込み、そのまま……」
ふむ、確かにエリスならやりそうではある。だが──。
「ないわね、それはない」
そう口を開くのは、黒剣を取り戻し、焚き火の前で整備しているクレアさんだ。彼女はエリスが死んだと聞かされても慌てることはなく、それはないと口にする。
「ですが」
「エリスちゃんは確かに友達を助けるためなら無茶はする。けど方法は選べる子よ、死ぬと分かっていても動きはするけど、他に方法があると分かっていたらその限りじゃない」
そこには俺も同意見だ。エリスは確かに向こう見ずで特攻を仕掛けるイメージがあるが、あれはあれで考えているんだ。デティがいるからフォローを任せられる、仲間がいるからフォローを任せられるとこっちに全体重を預けて来ているだけ。
仲間がいない、自分しか動けない、そう言う極限にやばい状況になるとキチンと考えて動く。その選択肢の中に『破滅的特攻』があっても躊躇しないってだけで、無茶を進んでやるタイプじゃない。つまり……。
「エリスちゃんはエリスちゃんでこの状況をなんとかするために動いているはずよ。それを大っぴらにしないのは、敵にバレたくないからでしょう」
「そこに関しては我輩も同じ意見です。なにより絶望的な状況にあって彼女の真価は発揮される、或いは情を滅して打開に動いていると思われます」
「だろうな。まぁこっちが動いてると知ったらそのうち合流しに来るだろう。それにアーデルトラウト将軍も一緒なんだろう?」!
「ええ、彼女もまた消息不明なので恐らく行動を共にしているでしょうな」
なら大丈夫だ、今は一旦エリスは置いておく。下手に縛るより彼女は好き勝手させた方がド派手な戦果を生む。だから今は救出が必要そうなメンバーに注力しよう。
「陛下、これが三日の間に起こった事。そして今の状況です、兵は傷つき、軍は壊滅し、魔女の弟子達もまた方々に散って、あるいは捕縛されています。そして我らが本拠地に敵は巣食っている状況。絶望的とも言えますが……如何しますか」
「無論、国とフリードリスを取り戻す。フリードリスにいるゴルゴネイオンに今度こそ引導を渡す、だがその為には戦力がいる、少なくとも今のままじゃ絶対に勝てない」
ここにいるのはヴィルヘルムの軍勢五千と解放したアルクカース兵三千、将もクレアとヴィルヘルムだけ、状況は最悪。今のままフリードリスに行っても城門すら潜れないだろう。
故に……やるべきは一つ。
「奴らとの決戦には魔女の弟子全員の力が必要だ。今度は前みたいに待機はさせない、全員で挑む。その為にまずは魔女の弟子全員との合流を目指す」
「決戦を挑む為、全ての魔女の弟子を集結させるのですな。分かりました、では明日の明朝、早速渓谷にて体を休めるネレイド殿と合流しましょう」
「なら今日は早いところ寝ましょうよ。昨日まで石の床で寝てたから体がガチガチ。芝生があるところで寝れるのはありがたいわ」
イノケンティウスにひっくり返された盤面、駒は散り散りに散って、キングも取られて、状況は最悪を超えた最悪。だがまだ終わったわけじゃない。
みんなとまた合流して、そして次こそイノケンティウスに……。
(勝てる……のか?)
マレフィカルムを追い詰めることはできるかもしれない、ゴルゴネイオンには勝てるかもしれない、だが……正直イノケンティウスには勝てる気がしない。また同じ状況になったら、今度は、今度こそは。
そう俺が目を伏せた、その時だった。
「ん?」
ふと、顔を上げる。どこからか何かが聞こえた……これは、爆発音?
「なんだこの音は!」
「ま、まさか敵の追っ手!?」
「いえ、音が遠いわ。多分私達狙いのじゃない」
「っていうと、まさか!」
こういう状況ではあんまり感じたくない嫌な予感ってのがしてしまう。やばい、遥か彼方から聞こえる連続的な爆発音、これはまさか。
「で、伝令!!」
その瞬間、草木をかき分けて走ってくるのは……アルクカースの斥候兵。彼は真っ青な顔をして俺の前に現れると。
「渓谷にて待機していたネレイド殿率いるアストラ軍がマレフィカルム軍の攻撃を受けている模様!城塞もない奥まった場所で山を背に戦っていることもあり状況は最悪の模様!」
「やはりネレイドが!」
しまった、そうだよ。敵は各地のアド・アストラを壊滅させる為に部隊を動かしているという話だった。そのメインターゲットは間違いなくネレイド率いるアストラ本隊、数も多いから隠れられる場所は限られる!
「ま、まずいですぞ陛下!今神将ネレイド様に倒れられると!全ての計画が!」
「分かってる!敵は!?規模はどれくらいだ!」
「数は三万!そして部隊を率いるのは十天魔神が一人ブラッドの模様、またセフィラらしき存在も確認出来ます!」
「十天魔神と一人ブラッド?誰だそれ……しかしセフィラか」
ネレイド相手に十天魔神?ネレイドなら対応出来そうだが、出来てないって事はマジでネレイドの状態がやばいか。しかもセフィラまでいるとは……かなりやばいな、下手をすればネレイドが討たれるかもしれない。
「チッ、サイラス、ネレイドとの合流は明日じゃなくて今日になりそうだ!」
「え、ええ!急いで救援に向かいましょう!」
「我がヴィルヘルム兵はこれしきの連戦など屁でもないですぞ!さぁヤロウ共!立ち上がれ!おかわりの時間だ!!」
体を休める暇もなく、俺達は動き出す。今ネレイドにやられられるとまずい、なんて打算以上に。俺の友達がピンチなんだ、絶対に助けに行かないと!
待ってろよ、ネレイド!!
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「おめでとうございます〜!ゴルゴネイオンの勝利をお祝いに来ました〜!」
「帰れやサボり野郎!肝心な時にどこほっつき歩いてやがったバーカ!」
「酷ーい!色々動いてたんですよ〜!私も〜!」
「失せろボケナス!!」
「あーん、フラれましたー」
フリードリス大要塞の真下で叫ぶのは『王冠』のケテル。白い仮面を被った彼はガックリと肩を落としやれやれと手を振るう。フリードリス要塞はゴユゴネイオンの手に落ちた、即ち我々の勝利。なのに門は開かれない。
それもそうだ、ゴルゴネイオンにとってみればケテルは最もヤバい時にサボっていた男。だがサボっていたわけじゃない。
「ねぇ酷いと思いません?私サボってたわけじゃないんですよ?もしもの時に備えて他の要塞から軍勢を連れ出していたんですって、結果的にああなりましたが私の援軍が間に合っていたら逆に彼らは私に感謝することになっていたでしょうに」
ちょっと本気で戦況がやばいと考えたケテルは他の要塞から軍を引き連れてフォルミカリウスに向かっていたのだ。とは言えそれが到着する前に戦いは終わった。故にサボってた扱いだ。
「全く、私の連れて来た軍勢のおかげで魔女の弟子や有力な将を捕縛出来たと言うのに……ねぇ?皆さんも酷いと思いますよね」
そう言いながらケテルはフリードリス要塞の前。ビスマルシアの廃墟の一角に作られた小さな簡易テントにて腰をかける。そこにいる複数の影は一斉に揺らぎ。
「なに言ってんですか、私が捕まってたんですよ?もっと早く助けに来てくださいよ」
「フン……」
フリードリス要塞にで捕縛されていたセフィラ、『栄光』のホドがテントの中でプリプリ怒り、同じく捕まっていた『勝利』のネツァクが腕を組む。二人ともゴルゴネイオンのフリードリス攻略に伴い解放され、そして追い出されたのだ。
彼ら曰く『役に立たないセフィラは不要』とのこと。
「そんな事言わないでくださいよ〜心配してましたよホド〜」
「心にもない!マジで絶対思ってない!」
そして二人に合流したケテルはチラリと他のメンバーも見る。セフィラはゴルゴネイオンに追い出された、フリードリスを手に入れるなり最早これまでと手を切られた形になったのだ。あらゆる拠点を失ったのはセフィラもまた同じ。
故にここには全てのセフィラが集まっている……いや約一名を除いてか。
「まぁまぁ、怒っても仕方ないじゃないですか」
あの戦場にいて、最後までアーデルトラウト将軍と戦っていた功労者のダアトもまた、このテントに身を寄せている。彼女はテントの中心にある焚き火にかけられた鍋をお玉でぐるぐるかき混ぜている。今は夕ご飯の準備中だ。
そして、そんなダアトの隣にいるのは。
「とは言え、まさかダアト様まで追い出されるとは。全くゴルゴネイオンの不遜ぶりには驚きでございます」
クリーム色の髪を揺らし、メイド服を着込んだ女……即ち魔女の弟子メグ。の体を乗っ取った『知恵』のコクマーだ。ガオケレナ総帥が送り込んだ援軍の一人であり、同時に捕まったホド達を助けに向かった隠密兵でもある。
あの城でメグの体を奪ったコクマーはそのまま魔女の弟子と交戦……の最中にゴルゴネイオンが強襲。コクマーが城をかき回していたからフリードリス陥落はなったよなもの。なのにそれすらゴルゴネイオンはなかったことにしようとしている。
まぁ、それはそう言うものとして……。
「にしても、なーんか変な心地ですねぇ」
「この間まで敵だった魔女の弟子がそこで私達と一緒にいるんですもんねぇ。と言うか喋り方まで真似する必要ありませんよねぇ!」
「こればかりはご容赦を。私のこれは乗っ取りではなくある種の同化、私はメグになりメグは私になったのでございます」
ね?とウインクするメグ……いやコクマーにケテルとホドは苦笑いする。コクマーとはそう言う存在なのだ、元より普通とは違う肉体を持つ彼女は他者の肉体を奪うことができる。
それはかつて大いなるアルカナに所属した『悪魔』のアインとはまた異なる方法。体内に潜り込み魂と同化する事で力を増していく存在。
今まではメグの父親であるウィリアムの肉体を使って行動していたのだが、より強い肉体を見つけそちらに乗り換えたようだ。
「相変わらず気色悪いですね、コクマー」
「も〜ネツァク様そんな事言わないでくださいませ、それよりどうです?この体。最近はずっとむさい親父の体使ってましたからね、ピチピチの女の子は久しぶりで新鮮です。なんなら夜のお相手もして差し上げましょうか」
「趣味じゃない」
「んもー、美人なのに。おっぱいだってほら、オフィーリアよりちょっと小さいくらいだし」
「あれに比べたらこの世の大多数と女の胸は小さい」
「はーいー、言い合いやめー、晩ごはんにしますよー」
ガンガンとお玉で鍋を叩いたダアトにより言い合いは一時中断。そのままアルクカースの街から奪って来た食材を使って作られた鍋料理をセフィラ達は分け合うようにして小皿に注ぎ、スプーンで食らい始める。
「もぐもぐ、いや味薄ッ!だからダアトに料理させるの嫌なんですよ!塩分控えめすぎです!」
「ホド、文句があるなら自分で作れと何回も言いましたよね。いいじゃないですか、塩分控えめ、健康的」
「ケテル〜!」
「あ、私あんまり味覚とかないんで別にどうでもいいです」
「コクマー!」
「なんか辛味が足りない気がする。この肉体もしかしてめちゃくちゃ辛党?まぁいいや」
「うわーん、私の同僚!舌と頭が終わってるやつしかいないよー!」
肉を茹でただけど淡白なそれを文句を言いつつ不承不承と食べていく。そんな中、ネツァクが口を開き。
「で、これからどうするか。そこが重要ですが」
「んー、どうするって、どうする?」
「さぁ、でもガオケレナ総帥からは撤退の命令が出てませんし、追い出されたとしても援護は継続しないと」
「派遣社員の辛いところでございます」
「…………」
ダアトはチラリとネツァクの顔を見つめた後、軽く鼻を鳴らして笑うと。
「で、マクスウェルさん。貴方、今なにやら動いているようですが」
「ええ、南の渓谷辺りでアド・アストラ軍を見つけましたので分身をそちらに差し向けました」
「え!それ私聞いてない。伝達はきちんとしてくださいネツァク」
「敵は瀕死、虫の息。セフィラを動かすまでもない」
「そう言うもんですかねぇ、私としては……まぁ苛立ちを抑える『玩具』が手に入ったのでそれでいいですが。色々やられたアド・アストラ軍には仕返しをしたいところではありますねぇ」
ホドは唇を尖らせながらゴムみたいに硬い肉をモチャモチャ噛み続ける、このままセフィラとしてアド・アストラ軍の撃滅に向かうべきか。否か、そんな中コクマーが口を開き。
「ホド様、あまり慌てる必要はないかと。もう直ぐこの肉体の完全なる奪取が完了いたします、そうなれば古式時空魔術も思うがまま。魔女大国のどこへでも移動が可能となりますので」
「おお、じゃあアジメクに攻め込んで皆殺しとかも?」
「いけます、一緒に全員ぶっ殺しましょう」
「やったー」
「ええ、それに……逃げ出したセフィラを連れ戻す事も叶います。よかったですね、ネツァク様」
口の中から黒い舌をチロリと出し、妖しい笑みを浮かべコクマーが睨むのは……ネツァクだ。即ち逃げ出したセフィラの捕縛、敵前逃亡したレナトゥスへの沙汰を下すとコクマーは告げる。
「……フン」
「なに強がってんですか貴方。分かってるんですか?セフィラの癖して敵前逃亡、これは許されざる行いでございます。総帥の……ガオケレナ総帥の顔に泥を塗った行いを、同じセフィラとして看過していいわけがないでしょうが!」
「どうどう、コクマー落ち着いて」
「ダアト、私は落ち着いています。とても、凄く、ですがセフィラはガオケレナ様の手足。そのアイデンティティを自ら否定する愚か者には罰を与えないと」
光のない黒い目でダアトを睨むコクマー。彼女は些かガオケレナに対する意識が強すぎる、彼女の手によって『処刑』されたセフィラはそれなりにいる。ケテル、クユーサーに次ぐ古株故、セフィラの矜持に誰よりもうるさいのだ。
「ゴルゴネイオンもそうでございます。奴らにはいずれセフィロトを舐め腐った事への返礼をしなくては」
「そんな先の話をしても仕方ないでしょう。取り敢えず、我々はゴルゴネイオンに言われた通り、アド・アストラ軍の追撃をしましょう。……エリスさんもまだ健在ですしね」
ズルルと音を立てて肉の煮汁を飲むダアトは目を伏せる。まだ戦いは終わらない、魔女の弟子は徹底的に打ちのめされてからが強い。
ならば、ある意味この戦いの真価が見えるのは……ここからだろう。




