836.魔女の弟子と魔女狩り王
「イノケンティウス様っ!何故出撃を!」
「敵が目の前に来ているのだ、王が自ら挨拶せねばなるまい」
ゆっくりと歩み寄る男を前に、俺は膝に手を当て立ち上がる。戦場に吹く風が髪を撫で、相対するのは二人の王。
「ラグナ陛下、ここは私が!」
「いいやいいよ、ラクレス。向こうの王が直々に挨拶に来たんだ、答えてやらねーと」
ザリと靴で地を踏み締め、マレフィカルム軍とアド・アストラ軍が入り乱れる戦場にて、睨み合う。ラグナ・アルクカースとイノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエ。即ち両軍の総大将。
共に腕を組み、鋭い視線が交錯し、この人で満たされた空間においてただ二人だけの世界が構成される。
「邪魔しているぞ、ラグナ・アルクカース。玄関口が開いていたので、入らせてもらった」
「ああ、悪いな。出迎えるのに、ゴミの掃除が終わってなくて」
イノケンティウス、ゴルゴネイオンを統べる王であり、八大同盟最強の存在。あの生きた災害みたいなクレプシドラすら二番手で落ち着く程の超常者、それが今俺の目の前に立っている。
老いている、されど凛々しく、衰えを感じさせない。寧ろ闘志も覇気も魔力も漲っている。
「余の臣下達をここまで追い詰めるとは、大した強さになったものだ。余はお前を高く買っているぞ」
「そうかい、八大同盟の頂点に誉められて嬉しいよ。で……お前らいつウチの国から出ていってくれるんだ?」
「お前達がこの地平から消えたなら、余達もここから立ち退こう」
「つまり戦争をやめる気はねぇと。徹底的にやるのか?言っとくがオススメしないぜ」
「ほう、何故だ。ラグナ・アルクカース」
「何故って、状況が分からんかお前。確かにお前は強いが、この状況をひっくり返せるか?既に組織力で俺達はお前達を上回っている、タイマンじゃなくて戦争なら、もう既に勝敗は結している」
「ふっ、まだまだ。視座が低いぞ、ラグナ・アルクカース」
「なに……」
イノケンティウスは軽く首を振り、まるで睨め付けるように首を曲げ。
「趨勢は既に結している?違う、既に大勢は結しているのだ、大昔に……マレフィカルムは魔女大国に屈している。我々はそもそも敗者の集まりなのだ」
奴は大きく手を広げ、今この場にいる全ての魔女排斥組織達の代弁者となるように口を開き続ける。
「我々は屈辱に甘んじ、我々は尊厳を踏み躙られ、我々は負け犬として日陰を進むことを強いられ、事実その通りになっている。この状況をひっくり返るか?ひっくり返せないから、こうなっている」
「なんだそりゃ、自軍の大敗を開き直ってるようにしか思えないが」
「勝ちを選び続けたお前達には分かるまい、踏みつけられ、存在を社会に否定されて来た者達の苦しみが。今の世が間違っていると感じながらも生きる事を強いられる者の苦しみが」
「………」
「ラグナ・アルクカース。お前はこれを戦争だと思っているのか?違う、これは最初からただの八つ当たりなのだ。不毛で、不当で、非生産的な仕返しに過ぎない。ここに勝敗など存在しない」
なるほど、そう言うことかよ。こいつらにとってなにをすれば勝ち、なにを倒せば勝ち、そう言う目的は存在しない。ただ漠然とした怒りと怨嗟、その集合体であるが故に勝ちが存在しない。
勝ちが存在しないから、負けも存在しない。ひっくり返すもなにも最初から自分達は窮地なのだと、そう語るのだ。
その言葉は周囲のマレフィカルム兵達に自分の立場を思い出させる。今までの屈辱と怒りを思い出させる、イノケンティウスの言葉が伝播しているのだ。
「お前達が我々を作ったのだ、お前達が我々にこうさせたのだ。我々を踏み躙り、世界への嫌悪感を抑え込んだ、その結果が我々マレフィカルムだ」
「たまったもんじゃねぇよ、こっちは生きる為に必死にやってんだ。一人でも多くの人間に平穏な生活を送らせるために戦ってんだ。目的もなにもない八つ当たりでそれを壊されてたまるかよ」
「我々にも生活があった、それを壊されたら、こうするしかないだろう……」
チラリとイノケンティウスが視線を軍勢に向けると、それだけでマレフィカルム側の戦意が向上するのが分かる、と言うより怒りが再燃している気がする。最早どうすることもできない怒りと悲しみ、それが純粋な破壊衝動に変わっている。
マレフィカルム達も、ここで命を賭けて戦うに至るきっかけがあった。それは一人一人違うものだったろうが、それでも結果は一つに収束した。全ては魔女大国が悪いと。
けど、悪いけどそんなことまで気にして生きていられない。こっちはこっちの生活があるし、生き方がある。なんて……王様が言ったらダメなのかな。まぁなににしても。
「じゃあどうする、ここでケリつけるか?イノケンティウス」
「無論、そのつもりだ。お前が出てくるのを待っていた……総大将戦といこう」
イノケンティウスはマントを脱ぎ捨て、鎧を鳴らし、拳を構え……ん?
「なぁあんた、使わないのか?」
「なにをだ」
「惚けるなよ、臨界魔力波覚醒だ、エリスから聞いてる」
「ふむ……」
こいつはまだ臨界魔力覚醒を使う素振りは見せない、まぁ多分ここでこいつが言うのは。
「使わせてみろ」
だろうな、言うと思ったぜ。理由は分からないが使わない、だって使うなら問答無用で使っておけばいい。だがそれをしなかった時点でこいつはこれを使わない理由がある。だったら。
「じゃあ俺も覚醒使わない」
「ほう」
「やろうぜ、イノケンティウス。覚醒抜き、平場の喧嘩だ、買うよな」
そう言って俺が軽く挑発すれば、当然。イノケンティウスは乗ってくる、歯を見せて笑い腰を低く落とし。
「面白い、余に無礼な口を利いた男など、数十年ぶりだ……!!!」
瞬間、イノケンティウスの全身から青色の魔力が迸る。凄まじい量だ、ただ溢れただけで天に突き刺さり、天候が変わり、大地が揺れて割れる程の絶大な魔力。それを吹き出させながら奴は俺に敵意を向ける。
「であるならば相手をしよう、魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムを統べる八人の王者、八大同盟が一角ゴルゴネイオンが神王!イノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエが!!」
あまりの魔力に周囲の兵達が押し飛ばされる、津波のように溢れるそれは物理的な影響を持ち、ただ解放しただけで人が飛ぶ。兵士だけじゃない、第二段階に到達している強者達さえ紙切れのように飛ぶのだ。
圧倒的な力、絶望的な威圧、それを前に俺は。
「なら……俺も受けて立とう。争乱の魔女アルクトゥルスの弟子、そしてこの国の王ラグナ・アルクカースとして」
解放する、イノケンティウスの青い魔力を真っ二つに割る紅蓮の魔力を解放し、逆に奴の背後にいるマレフィカルム兵達を吹き飛ばし、天を割る程の魔力を。
「ほう……!」
「言っとくが俺、一応だがかなりブチギレてるからな」
そして俺はその魔力を全て拳に集中させ……放つ。
「『熱焃一掌』ッッ!!」
「むっっ!!」
叩きつけるのは炎の如く燃え盛る魔力と共に放たれる拳。それは螺旋を描き、イノケンティウスの胸へと進み、受け止められる。第二段階クラスには絶対に防げないとまで言われたこの一撃を、軽々止めるか。そう来なくちゃ!
「面白い!沸き立たせてくれる!ラグナ・アルクカース!」
「いけません!イノケンティウス様!戦っては──」
「下がっていろ!ジョバンニ!これは余の───」
瞬間、イノケンティウスが俺の拳を弾き、反撃とばかりに鋭い正拳突きを放つ。早いには早いがこれなら防げ……あ、いや違う。これ防いだらダメな奴だ。
「ぐぶふぅっっ!?」
「余の戦いだ」
殴り飛ばされる、地面を削りながら俺は悟る。拳は防いだ、防いだには防いだが、防いだ拳から放たれたんだよ防壁が、俺の腕の向こう側に。俺の腕を巻き込んで展開された防壁が拳のスピードを乗せてそのまま俺の顔面を殴り抜いたのだ。
防壁展開のタイミングを完璧に見極めていないと出来ない芸当、流石に上手いなッ!
「さぁ、始めるぞ。これが魔女に従う者と、魔女に抗う者の決戦となる!!」
「ッと!」
瞬間、飛んできたイノケンティウスの蹴りを回避する。勢いをそのままに地面を殴って上へと飛び、凄まじい速度で飛んできたイノケンティウスの蹴りから逃げ、大地が弾け飛ぶ。
すげぇ身体能力、魔力遍在をここまで高めてるのか。こりゃ油断ならねぇな。
「『熱焃一蹴』!!」
「魔力攻撃と武術を掛け合わせた技か。面白いものを使う」
そして俺は体を捻りイノケンティウスに向けて踵落としを放つ。集中させた魔力を筋肉の凝縮と共に押し出す俺の奥義である熱焃一掌……それを足先で放ったと言うのに奴は涼しい顔でそれを防ぎ。
「『ウォーターカーテン』」
「水っ!?」
俺は見る、青の壁を。イノケンティウスから放たれた水はさながら間欠泉のように吹き出し、一気に周囲を水で満たす。周囲の兵達は敵も味方もなく流され、俺もまた激流に揉まれ闇雲に手足を振り回して必死に空気を求める。
「ぷはっ!なんつー量だ!」
水から頭を出して、周囲を見れば。既に周辺は湖のように水没しており、足が地面につかない。どう言うことだと周りを見れば……防壁だ。
城みたいに巨大な防壁がドームのように展開されて水を押し止めているんだ。そしてその中心からは今もボコボコと水が吹き出し続けており、このまま行けば水はこの空間を満たすだろう。
ただの水魔術で湖を作るか。どんだけだよ、イノケンティウス……って!
「『テルモキネーゼ』」
「危ねぇ!?」
咄嗟に足を高速回転させ水から飛び出し回避するのは、水中から飛んできた熱線。水を蒸発させ穴を作り飛翔する紅蓮の光線が次々と俺に向けて放たれる、イノケンティウスだ。水の中から熱線を放つているんだ。
飛び上がった俺はそのまま水面に足をつけた瞬間、即座に足を動かし水面を走る。光線の出所!水の吹き出す水底からイノケンティウスの魔力を感じる。だったらあそこを!!
「『海割り龍咳』ッッ!!」
ジャックとの戦いで編み出した海を破る拳、それをイノケンティウスのいるであろう水面に向けて打てば、水は弾け飛び、吹き飛び、大穴が開き……。
「なッッ!?」
そこで気がつく、水が弾けて飛んだその中から現れたのは、イノケンティウスじゃない。水底に浮いていた……イノケンティウスの残留魔力。その場に魔力だけを残し、遠隔で魔術を発動させていたのだ。
そんな技見たことも聞いたこともない、と言うかそれならイノケンティウスは───。
「『オステオトミー』」
「ガッ!?」
ガキンと音を立てて、背後から俺の首筋目掛けて放たれたのはイノケンティウスの手刀。強い光を放ち切断力を強化した一撃は俺の首元で火花を上げ、凄まじい衝撃を俺の頭部に響かせる。
「むっ、硬い……」
「ぐぅ!?」
水の中に潜り、俺は首を摩る。ヤベェ、全力で魔力遍在使って強化しててよかった、やってなかったら普通に首を切られて死んでいた。
と言うよりイノケンティウスの戦い方、あれは特定の魔術を一つだけ極め、それで戦うスタイルとは違う。魔術師みたいにたくさんの魔術を扱うスタイルだ。
しかし、凄まじいのは一つ一つの練度。この世の大多数の使い手が一つの魔術だけを使っているのは魔術を一つ極めるだけでもかなりの難易度だから、それをあいつは三つも四つも。
伊達じゃねぇか、神王名乗るだけはあるぜ。……けど、こっちもやられっぱなしじゃあいられねぇ!
「『マクシマーレ・ファイアークラフト』」
直後、水の中に逃げた俺を逃がさないとばかりにイノケンティウスは両手から炎を作り出す。問題は火力、一瞬で世界が赤く染まる程の勢いで火が吹き出し、さながら海の如き水面を一瞬で蒸発させる。
世界が一瞬で白に染まる。これはエリスもよく使う手だ、水を出してそれを炎で蒸発させる。ただ問題はやはり量と規模。湖を一瞬で蒸発させる熱量、そして飛び出す水蒸気。それはまるで……いや、文字通り水蒸気爆発となって地平に傷を刻む。
「さて、これならどうか」
自身を防壁で包み、荒れ狂う水蒸気の爆発の中呟くイノケンティウスは大地に巨大な穴が開いたのを見て目を細め────。
「まだまださ、イノケンティウス!」
「ッ!」
瞬間、俺は水蒸気に乗ってイノケンティウスの防壁に向け全力の蹴りを叩き込む。その衝撃に吹き飛びされたイノケンティウスは目を剥いて驚愕し、クルリと飛びながら足元の穴から遠ざかり……地面に着地する。
「水蒸気爆発の只中で無傷とは」
「無傷ってわけじゃあねぇけど、俺そう言うの効きにくい体質なんだ」
自然現象を応用した攻撃は、俺にほとんど影響を与えない。そこに魔力遍在と防御系の付与魔術を組み合わせれば100%カットも簡単に出来るのさ。地面に降り立ち、首を軽く回して関節を鳴らしイノケンティウスを見遣る。
「なるほど、英雄の資格をそこまで満たしているとは。そこは誤算か……さてはクロノスタシスでリューズと直接戦ったな」
「なんだ、知ってるのか。英雄の力」
「まぁな、長く生きていれば話に聞く。生まれながらにして人権を剥奪されている、哀しき歯車の名を英雄と呼ぶと」
「酷い言いようだ。なら俺からも一ついいか?」
ポキポキと拳を鳴らしながらイノケンティウスに向かって歩く。戦ってきて気になったことが一つある。
「お前、俺をナメてんのか?」
「む?」
「お前がさっきから使ってる魔術、あれ全部かなり初級の魔術だよな」
イノケンティウスの魔術は凄まじい威力を持ってる、けどウォーターカーテンもテルモキネーゼも、あの場で使った魔術は全部初心者が使うような魔術ばかりだ。まさか俺を相手に手加減してるのか?
「もっと強力な魔術、あんたなら使えるよな。なんで使わない、手加減のつもりか?」
「確かに、もっと強力な魔術なら会得している。一声で万人を死に至らしめる究極の魔術も、一撃で戦局を変えうる至高の一撃も、持ち合わせている」
「なら……」
「だがそれでも、これが余の全力だ。余が扱う魔術で最も信用に足ると考えているのは、特別な魔術でもただ一人のための魔術でもない、誰にでも使える、誰の手にもある魔術なのだ」
イノケンティウスは軽く拳を握り、手の中に炎を生み出す。先程と同じファイアークラフトだ、優秀なら子供でも扱える魔術、だがそれはみるみる巨大化し遂には大地を融解させるまでに肥大化する。
「余は全力だ、まぁ……やや年老いてしまって不足だろうがな」
「よく言うぜ」
なるほど、そう言うタイプかと俺は納得する。イノケンティウスはただ一つの魔術を極めるタイプじゃない、無数の魔術を組み合わせ、それらの連携で戦うタイプ。世の珍しいタイプだが、同じようなタイプがいないわけじゃない。
そう、エリスだ。こいつはエリス……延いてはレグルス様と同じタイプの使い手なのだ。
「そうかい、分かった。なら……こっから全力で行こうや!準備運動は十分だろう!!」
「ッ!!」
「鬼に会うては鬼を穿つ、仏に会うては仏を割る!我が手には山を割る剛力を我が足には海を割る怪力を、我が五体に神を宿し!我今より修羅と成る!!」
瞬間、俺は踏み込み一気にイノケンティウスに迫り。
「『紅鏡日華・三千大千天拳道』」
「古式付与か!」
そこから繰り出される一撃は先程までの比にならない、イノケンティウスの防壁を打ち抜き、そのままイノケンティウス自身を吹き飛ばし目の前の丘へと叩き込み大地を粉砕する。
「こっから全力だ!」
即座に俺はその場で幾度もステップを踏み体を温め、更に踏み込み加速する。音を追い越し背後に衝撃波の帯を作りながら丘に突っ込んだイノケンティウス目掛け、槍の如き飛び蹴りん放つ。
「フッ、やるものだッ!」
「げっ!」
しかしイノケンティウスは既に立ち上がっており、俺の蹴りを受け止めると同時に自分の周りに防壁を張り。
「ウィッチ・プランカーッッ!!」
防壁から放たれるのは鋭く尖った魔力の針、さっき攻撃と一緒に飛んできたのと同じもの。それがギリギリ目に見えるか見えないかレベルの小ささで迫るのだ、しかも高速で。全身に突き刺さり走る鋭い痛み。防ぐ暇さえない。
「ステイクッッ!!」
そしてイノケンティウスの雄叫びと共に突き刺さった針が一気に解け、爆発する。俺の体に刺さったもの、周りに刺さったもの、全て同時に爆発し地形が変わる程の威力が叩き出され……。
「まだまだッッ!!」
「むッ!」
その爆発すらも、根性で耐えればないも同然。故に俺は痛みと衝撃の中で踏み込み、付与魔術を思い切り詰め込んだ一撃を大きく振りかぶり。
「『熱焃臨掌』!!」
「ッ……!」
叩き込む。イノケンティウスもまた腕をクロスさせガードするが、明らかにその体が背後に揺れる、衝撃までは殺せまい。このまま……!!
「マクシマーレ……!」
「ヤバッ!」
って、この詠唱。さっきの炎が来る!湖すら一瞬で吹き飛ばす炎が……って俺炎効かないじゃん!
「フッ、まだその英雄の力。手に入れて日が浅いと見える」
(フェイントか!?)
しかしイノケンティウスは即座に詠唱をやめ、俺の顔面を掴むと。
「『ボーン・ブレイカー』ッッ!!」
「ガァッ!?」
そのまま大地に叩きつける。同時に奴の手のひらから放たれるのは凄まじい勢いの振動と衝撃、純粋に肉と骨を砕くためだけの破壊魔術、それがイノケンティウスの練度で放たれるのだ。当然のように大地は砕け、辺り一面が瓦礫に沈む。
「ぐっ……!」
強え、クレプシドラとはまた違う強さだ。あいつはなにをしてもどうしようもない感じがした、だがイノケンティウスは違う。一つ一つはなんとかなりそうだ、だが。
それをなんとかしても次が来る。底が見えない、どこが限界かまるで見えない!こっちもあっちも全力じゃないのは分かるが、それにしたっても引き出しの数が尋常じゃねぇ。
「どうした!戦王!貴様の得意な闘争で!余に劣るかッ!!」
「ンな訳、ねぇだろッ!」
だが俺だって負けられない、大きく息を吸い、魔力を全身に溜めて、俺の顔面を掴むイノケンティウスを睨み。
「『大息吹』ッ!」
「ぬぉっ!?」
一気に腹筋を引き締めて、口内に溜めた魔力を吐息と共に吐き出し弾丸のように吹く。それは俺の手を掴むイノケンティウスの手を弾き飛ばし、奴の体は完全に無防備な状態になり。
「熱焃一掌!!」
「ッさせん!」
そして俺は拳を振るい、イノケンティウスが動き────なんちゃって。
「お返し」
「ほう……!」
寸止め、イノケンティウスの防御の前でピタリと拳が止まり、奴の顔に笑みが浮かび上がる……と同時に吹き飛ばされる、イノケンティウスの顔面が。イノケンティウスの防御を誘発し、拳を振うふりをして死角から蹴り上げたのだ。
しかしそれすらも容易く受け流したのか、奴はクルリと回転し地面に降りる。寸前で飛んで衝撃を和らげたな。
「やっぱり、強えな、あんた」
「これでも、神王なのでな」
「けどもういいだろ、そろそろ使えよ。臨界魔力覚醒、あんたの底を見せてくれ」
正直このまま削り合いでもいいが、あんまり戦闘を長引かせるとここら一帯がとんでもないことになりそうだ。だから本気を出して、とっとと終わらせようとイノケンティウスに告げると。
「……確かにな。そろそろ頃合いか」
そう答えるのだ、ようやく使うか。そう構えをとった瞬間、イノケンティウスは逆に構えを解く。
「既に、我が臣下達は城の中へ退却したようだ」
「え?」
ふと気がつくと、俺は奴らの城……フォルミカリウスから遠ざけられており、かなり遠くに城や味方が見える。既にマレフィカルム達は城の中に退避しており、また籠城戦の形に逆戻りしてる。あそこから巻き返したのか、いや巻き返すか。王自ら鼓舞したんだ、その士気の高さは尋常じゃない。それにこっちの主戦力は予めイノケンティウスに潰されてるんだ。
「すまないな、ラグナ・アルクカース。余はここでお前とケリをつける気はない」
「は?」
「お前が出てきた以上、もう我々にはこの手しか残っていないのだ。だが余は言ったな、我々にこれをさせたのはお前達だと」
「テメェなにを──え!?」
瞬間、大地が揺れる。大きく揺れる、まるで地の底から何かが這い出すように、慌てて俺は再びフォルミカリウスに視線を向ける。すると……どうだ。
「なっ!?城が、浮いてる!?」
地面に突き刺さっていたその城が、徐々に徐々に浮かび上がっているのだ、いやいきなり出現したと思っていたが、まさかあれそのまま動くのかよ!?
と言うかよく見たら、あれ。巨大な長い塔のように見えていたけど。空を飛んでその全容が見えてようやく理解する。あれは城じゃない、城と言うよりあれは。
「戦艦か!」
下に埋まっていた部分が前へと移動し、浮かび上がるのはゴルゴネイオンのエンブレムである無数の蛇が絡み付いたような紋様。即ち下だと思っていた部分は前、あれは巨大な空中戦艦だったのだ。
まるで……空魔の館だ、いやあれより十倍はデカい。
「ジズから盗み出した空中要塞の技術を流用し、この戦いのために我らが居城フォルミカリウスを改造し、作り上げた新たなる城。その名もフォルミカリウス改!その機能の時間稼ぎをさせてもらったぞ」
「しまった……!」
この戦いそのものが時間稼ぎか!あの城で軍勢を纏めて移動させるために。いや問題は動いたことじゃない!行き先だ!あの城が、いや戦艦が向いてる方角はどっちだ?南?いや真逆、北側。即ち……。
「進め!ゴルゴネイオンよ!今こそフリードリスを攻め落とすのだ!!」
凄まじい勢いで飛ぶフォルミカリウス改、それは一気にビスマルシア、そしてフリードリスの方角へ向けて突っ込んでいく、完全に想定外。本拠地がそのまま飛び上がり全軍を引き連れて俺達の本拠地に向けて飛ぶなんて!!
まずい!止めないと!今あそこに敵総戦力が向かうのはまずい!!
「言ったろう、時間稼ぎと」
「グッッ!」
しかし、飛んでくるイノケンティウスの拳が俺を撃ち抜く。さっきとは比較にならない威力、こいつ全力出してるってのも嘘じゃねぇか!!このたぬきジジイが!!
「ガハァッ!」
「ラグナ!大丈夫か!」
「め、メルクさん……」
「ラグナ!敵の城が飛び上がった!後を追わないと!」
気がつくと俺はみんなのいる場所、自軍の只中に突っ込んでいた。そこにはメルクさんがおり、傷だらけになりながらも頭上の戦艦を追撃しようとしており……いや、まさか!
「ハッ!ダメだメルクさん!急いで離れろ!!」
「え?なにを……」
これが、これがイノケンティウスの時間稼ぎなのだとしたら、ここに俺が吹き飛んだのも偶然じゃない。アイツは使うつもりだ!
「永劫なりし問い。汝、魔道の極致を何と見る……」
「誰か、誰か飛んでいるぞ!」
「あれは、イノケンティウス!」
飛び去る戦艦の間に、イノケンティウスが現れる。俺達全員、アド・アストラ軍全てを見下ろせる場所で防壁に立ち、腕を組む。
「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして、今答えよう」
「やられた……!」
時間稼ぎなら、そうするよな。やってくるよな、そりゃ!
「魔道の極致とは即ち『星海を臨む、飽くなき道程』である」
「クソッ!」
最早止める手立てはない、奴の体から放たれた光は……アド・アストラ全軍を包み込み。
「臨界魔力覚醒『天楼星蓋菩提扶桑』」
……そして、世界は展開される。現実世界と隔絶された異世界にて、俺達は隔離される。フォルミカリウス改を追えないように、臨界魔力覚醒内に幽閉することにより、奴の時間稼ぎは完全に成就する。
「これは……臨界魔力覚醒、エリスの言っていた」
「ラグナ、無事……」
「ラグナさん、これは!」
周囲にはみんながいる、メルクさん、ネレイド、ナリア。兄様も姉様もゴッドローブ将軍もタリアテッレもクレアもみんないる、いやアーデルトラウトとエリスだけがいない。
だが、それでも。
「さて、では。悪いな、勇者諸君」
いる、奴は。黒い夜空、青い草原、その中心に立つ白い巨木の真下に立つイノケンティウスが組んでいた腕を解き、俺達を見据える。
使わせるつもりだったが、最悪のタイミングと場所で使われた。もう奴を倒さないと俺達はここから出られない。フォルミカリウスを追いかけられない。
いや、それどころか……。
(これ、生きて帰ることができるのか……)
冷や汗が滴る、最悪の事態になった。
「消えてもらうよ、アド・アストラ達よ」
「ッ!総員退避……いや、そもそも逃げ場があるのか!?」
「ラグナ、私達で前に出てイノケンティウスを止めるよ!」
「ああそれしかない」
「ぼ、僕も戦います!!」
咄嗟に軍を後ろに、弟子達で前に出る。このままイノケンティウスの好きにさせたら軍が全滅する、それは避けたい。故に俺達四人は前へ────。
「大地よ、芽吹け」
それは、イノケンティウスの一言によって巻き起こった。
「な……!?」
───大地が引き裂け、内側から生み出された巨大な樹木が暴れ狂い。一瞬にして俺達を吹き飛ばし、口から鮮血が散った。
「火よ、迸れ」
そして、荒れ狂う樹木が突如赤熱し、爆裂する。その爆発は大地を焼き焦がし天すらも揺らすほどの威力を持ち……防壁なんか、なんの役にも立たなかった。
「ガァッ!?」
「ぐ、ぅぐぅ!?」
「うわぁっ!?」
凄い威力、なんてもんじゃない。災害だ、世界そのものが殴りつけて来たみたいな威力だ、なんだこれ。防ぐとか避けるとか、対策するとか、そんな段階じゃない。
「我が臨界魔力覚醒は、余が見て来た『この世界』を抽象化したもの、巻き起こる全ては……余が見て、感じて来た全て。故に……余は告げる」
黒焦げになり、地面に落ちる俺達を前にイノケンティウスが両手を広げれば、空間がひび割れる、大地がひび割れる、内側から表出するのは、綺麗な草原の裏に隠された闇の象徴。
黒い業火、赤黒い棘、それが美しい世界を破壊し、全てを塗り替えていく。
「この世は地獄であると」
生まれたのは地獄、振りまかれる溶岩に、大地を打ち付ける雷、死霊の兵士が剣を持ち大挙を成し、まるで……この世の暗部を煮詰めたような景色が繰り広げられる。
これがイノケンティウスが見て来た世界、感じて来た景色、奴の中に形成された世界……これが。
「うわぁあああ!助けてくれェェェェエエエ!!」
「体が、体が燃える!!」
「退け!退けぇええ!!」
絶望的じゃないか。あまりにも。
「ぐっ……クソが!!」
大地に落ちて、グツグツと煮えたぎる大地に囲まれる。立ち上がれるのは俺とネレイドくらいなもの、先程の一撃でナリアとメルクさんはやられた、白目を剥いて動かない。
傷ついていたとは言え、この二人をこんなあっさりと……!
「ラグナ・アルクカース。分かったか、これが……お前が余に使えと言った力、魔女にも迫る力だ」
「ッ……ふざけんな、俺達の師匠は、こんなもんじゃねぇよ!!」
「かもな、だが。……お前がそこに辿り着くことはない」
イノケンティウスは軽く指先を振り上げ。
「太陽よ、落ちろ」
天が染まる、光に染まる。奴の指先により現れた黒い太陽が頭上に現れる。ただそれだけで大地は焼き爛れ、世界が崩れていく。
これほどか、自身の世界に相手を引き込み、創造神にも匹敵する力で滅する究極の魔力覚醒の力は……!
「じゃあな、魔女の従僕。余は殺すぞ、魔女を」
「ッぐぅううう!!!まだ、まだ折れないからなッ!俺はッッ!!!」
吠える、天に向けて吠える。受け止めてやる、太陽だろうがなんだろうが!英雄の力があれば……あれくらい。
あれくらい……。
「ッッがぁあああああああ!!!!」
迸る光の中、吹き飛んでいく全てが視界の中で明滅する。
分かる、全てが足りないと。俺の中にある全てを合算しても、この場にある全てを合わせても、奴には足りない。それが心の底から理解出来てしまう。
幾度となく経験した敗北とは、本質からして違う究極の敗北、そんな無力感がひしめく、地獄の中で─────俺は、意識を手放して。
─────その日、アド・アストラ軍はイノケンティウスただ一人の力により壊滅の憂き目に遭ったことは、『後の世』にも、語りつけられることとなるのだった。




