835.魔女の弟子と新たな世を開く力
「突然だけどアマルトクッキング〜!」
アルクカース王国の中央都市ビスマルシア、そこに聳える黒い大要塞フリードリス。その地下牢にて響き渡る俺の声。目の前には木箱を連ねて作った簡易的なキッチン。両手を叩いて笑顔でギャラリーに向けてアピールする。
「と言うわけで、早速作っていく。なにを作るかは後からのお楽しみ。まず用意するのは新鮮な卵二つ、菜種油、岩塩、マスタード、そして果実酢……なければレモンを絞ってもいい」
パッパッと一つ一つ台の上に置く。徹底的に清潔に清掃した木の台の上で転がる卵は、そのまま隣に置いてあるボウルにぶつかり反射する。
「じゃあ早速作っていくぜ、まずボウルの下に濡れた布巾を置いてボウルを固定、早くかき混ぜることになるからこれは大事な工程だ。で中に卵を二個割入れる、入れるのは黄身だけだ。そこに果実酢コップ一杯、マスタードスプーン一杯、岩塩を混ぜていく。この時注意が必要なのは岩塩は少量でいいってことくらいかな、で混ぜる」
手を高速で動かして材料を次々と入れていく。そして泡立て器を握りチャカチャカ動かしていく。ここにいる材料も器具も全部帝国製、態々メグに言って揃えてもらった代物だ。流石安心と安全の帝国製だぜ。
っと、そろそろいいか。
「で、ある程度混ぜたら、ここで菜種油投入。一気に入れるなよ、一滴づつだ、一滴づつボウルに注ぐんだ。慌てちゃダメさ、けどその間も手は休めるな、ずっとかき混ぜ続けるんだ」
俺は目の前に座る聴衆に向け、語る。黄金の油が糸を引き、一滴づつ投入される油が黄身の混ざったボウルの中に落ちて、これを別のものに変えていく。
別に焦らしているわけじゃない、本当に一滴づつじゃないといけない。なんせ一気に入れると卵と油が分離してしまう、この二つを掛け合わせ乳化させるにはゆっくり入れるほうがいいのさ。
そして、乳化が上手くいくと……ある瞬間を境にそれぞれ別々だった卵と油が組み合わさり、手元に重い感触を残すようになる。どうやら乳化はうまく行ったようだ。
「で、後はひたすらかき混ぜて。糸を引いてツヤツヤして来たらスプーンで掬って、これが垂れなきゃ成功!」
そうして俺はスプーンにくっついた黄金のソースを前に出す。完成したぜ!これこそ!
「と言うわけでアマルトお手製マヨネーズの完成!因みに世間じゃオライオンが原産と言われちゃいるが実際はオライオンの隣にある国が発祥だ、これ豆知識な」
完成したのはマヨネーズだ、このためだけに新鮮な卵を手に入れたんだ。昔はオライオンくらいにしかなかったマヨネーズだけどよ、最近じゃマーキュリーズ・ギルドが取り扱っていたりしてそこそこ一般的な食べ物になって来た。
とはいえ、今回これを使うに当たって市販のものじゃちょっと合わないから、態々自作したのだ。
「つーわけで早速このマヨネーズを使っていく。新しいボウルにアルクカースで取れた出来立てホヤホヤのニンニクを入れていく。半分は香りを出すためすり潰し、もう半分は食感を出す為に刻んでいく」
そして俺は即座にニンニクを包丁でバラバラにしてボウルに入れていく。これはなんかアルクカースの中庭に自生していたニンニクを使わせてもらった。曰く高級品らしい、すげぇよな、庭に生えるんだぜ、ニンニクが。
「そして、こっちはコルスコルピから仕入れた塩漬けの魚、イワシと塩を樽に入れて発酵させて作った匂いのキツい食いもんさ。こいつを使うからマヨネーズの塩気を控えた、でこれを包丁で叩いてペースト状にしたらさっきのマヨネーズに投入」
俺の故郷コルスコルピの塩漬け魚、小魚を解体して塩塗れの樽の中に入れて放置。匂いはきついがこいつが上手い、酒によく合うんだ。こいつを包丁でペーストに変えてニンニク、マヨネーズ、塩漬け魚で混ぜていく。そうしたらもう完成だ。
「後はパンにこいつを塗っていく、パンの種類はバゲットでもいいが今回はカンパーニョでやっていく、気泡がでかいからマヨネーズや塩漬け魚が中にまで入り込んで美味いんだ。ああもちろん最初にバターを塗るのを忘れるなよ」
田舎のパンを半分に切って間にバターを塗り、ニンニクと塩漬け魚とマヨネーズを混ぜたそれを塗りたくる、俺が作ったんだ、量は気にしない、もうガンガン塗っちゃう。使い切る勢いでな。
「そして、このパンを軽く焼いていけば……」
「…………」
帝国製の魔力オーブンに入れて、少し待てば。出来上がる、俺が必要とした最高の一品。
「完成!アマルト風悪魔のトースト!!」
取り出せば、上に金色のソースが乗ったパンが露わになる。塩漬け魚とニンニクが浮かび上がり、マヨネーズが油を吹く、それをパンが全て受け止め、最早旨味の塊になったそれを取り出せば……う〜んいい香り。
「最高だろ?この匂い、因みに最高なのは匂いだけじゃない、味もだ。なんせメインとなるマヨネーズは俺が作ったんだから」
「…………」
目の前に座る観客は喜びの声一つ上げやしない。仕方ないと俺は悪魔のトーストを手に持ったまま、そいつ前に立ちこの匂いを嗅がせてやるとする。
「どうだぁ?魚とニンニクの匂いがたまらねーだろ、ニンニクはそのままだと生々しい嫌な匂いを出すが、焼くと一転して芳しい香りを放つようになる。こればっかりはアルクカース人が好むのも分かるってもんだよなぁ」
「………」
「食いたいか?」
そう言って俺はそいつの前にトーストを向けて───。
「でもあげなーい!はむっ!んんーー!うめぇ〜〜!!」
「………」
もしゃもしゃとトーストを食む、噛めば噛むほど味が出る、いやぁ流石、俺ってばめちゃくちゃ料理上手いなぁ〜!
「あの、アマルト様。なにをされているので」
「ん?」
ふと、後ろを見ればそこには俺を呆れた目で見るメグが立っていた。なにをしてるって、そんなもん決まってるだろ。
「拷問、あと仕返し、こいつに」
「…………」
そこで俺はギャラリーを指差す、ギャラリーって、マクスウェルなんだが。鉄格子の向こうのマクスウェルはさっきから俺を阿呆を見る目でずっと見てくるんだ、そこにメグの冷たい視線も重なり、肩身が狭い。
「その人は捕虜です、勝手に拷問は許されませんよアマルト様」
「これくらいやらなきゃ収まらねーんだよ、こいつに風穴開けられた腹の虫がな!」
「まぁ手は出していないようですのでいいですが。で、私のトーストはありますか?」
「ないが」
「なら軍法会議にかけます」
「重すぎだろ!!」
俺はトーストを食べ終わり、そのまま調理に使った道具の片付けに入る。だがマクスウェルはその間も一言も発さない、腕を魔力封じの縄と鋼の枷で縛られ、身動きが取れないからか、なにもしてこない。
あの魔力封じと鉄の枷のコンボはマジでキツいぜ、絶対に抜け出せない。俺もオライオンでやられたから分かる。事実アイツは一度も抵抗しようとしない。
「なぁおい、マクスウェル。お前、抵抗しようとかしないわけ?」
「して欲しいのですか?」
「おう、そうすりゃお前を遠慮なく殴れる」
「フッ、お前には無理だと思うが……」
「こいつ……!」
「アマルト様、挑発に乗らないでください」
そうは言うが、マクスウェルの野郎にはこっちだって鬱憤が溜まってんだ。エルドラドでの一件、あの大騒ぎも今考えてみればこいつが関与してる部分だってあったろう。何より今回、こいつは俺の腹に風穴を開けたばかりがデティの事も傷つけやがった。
許せんぜ、流石にダチを傷つけるのはよ。
「どうした?手を出さないのか?」
「うっせー」
とはいえ、だからって挑発に乗ってこいつを殴ったりしない。こいつは飽くまで捕虜、その処遇はアルクカース、延いてはアド・アストラって国際的な機関が決定することになっている。
俺みたいな小市民がどうこう出来る話じゃねぇ。精々出来るのは目の前で香りのいいトーストを作って、くれ騙しするくらいだ。腹に穴開けられたお返しとしては随分温厚だと思うけどね、俺は。
「はぁ、しかし『勝利』のネツァク。貴方、状況を理解していますか?表向きとはいえマレウスの将軍がアルクカースの戦場にいて、そして捕縛された。これはマレウスとアルクカースの国際的な問題になりかねない」
「そうじゃん、え?マレウスとも戦争することになるのか?」
「レギナ様はそうまでもしてマクスウェルを助けるでしょうか。私はそうは思いません、恐らくはどうあれ処刑されるでしょう」
マレウスからは手を切れ、アルクカースからは牙を剥かれ、こいつにはもうこの世に居場所がないってやつか。そう考えるとこのポーカーフェイスも可愛く見えてくるぜ。
「……冷たい眼差しですね、メグ・ジャバウォック。そういえばお前はジズの娘でしたか。そう考えると、その冷徹な眼差しも奴そっくりです」
「彼が私を勝手に娘と呼んでいただけで、血縁はありません。そう見えるならメガネを新調したほうが良いかと」
「フッ、どうあれ貴方の中にはあの男の血塗れの技術が息づいていることに変わりはないですよ」
「我々を挑発し、手を出させてなにをしたいかは知りませんが。我々は貴方と違って我慢強いので、そういう言葉は耳障りなだけですよ」
「なら結構です、お喋りは得意ではないですが続けるとしましょう」
マクスウェルは浅く笑う。こいつ。なに考えてるんだかな、もういいや。
「メグ、行こう」
「ええ、かしこまりました」
俺は荷物をメグの時界門に入れて、ポケットに手を突っ込んで地下牢を歩く。このままマクスウェルと話していても、なんかいい気分にはならなさそうだ。故にメグと共に地下牢を離れ……。
「で、要塞の様子はどうなんだ?」
「主力級が出払っているので平時に比べればやや防御力は落ちますが、帝国最新鋭の兵器を並べているので、まぁいきなり奇襲が来ても大丈夫でしょう。それにステラ・ウルブス行きの転移機構も修復できましたし万全です」
俺達はあれから前線を離れフリードリスの守りを担当してる。マクスウェル君のおかげで俺ぁ前線から離れちゃったんだぁ、ったくよ。今頃ラグナ達は敵と戦ってるってのに。
しかし、要塞の守りも大切だ。各国の職人が集まって要塞を修繕してくれたから、ある程度防御力は回復してるし、何よりメグが持ってきた大量の魔装兵器の数々を配備し敵の襲撃に備えている。
簡単には落とされない状態ではあるが、油断は出来ねぇよな。
「まぁそれもこれもラグナ達がゴルゴネイオンを倒したら終わる話ではあるんだが」
「果たしてそうでございましょうか」
「え?どう言うこと?」
ゴルゴネイオンを倒してしまえば終わりだろ、と言いたいがメグは首を振っており。
「頭を潰してもあの大群そのものは消えません。そして大群があるところにリーダーとは生まれるもの。イノケンティウスが消えたらまた新たなリーダーが現れる、いや乱立するかも」
「あの大軍勢がバラバラになってまた動き出すってのかよ」
「動き出すだけならいいです。敵にとってこの状況は窮地です、窮地に於いてはより過激なリーダーが求められる、そしてリーダーの座を得る為より過激に、より残忍な手を使い大群を統べようとする権力争いが起きるかもしれない」
「より過激な方法で、俺こそがイノケンティウスの後継者だってアピールするわけか……」
確かにそれは十分考えられる。ゴルゴネイオン、マレフィカルム側から見れば総大将を討ち取られて『負けちゃった、逃げろ〜』で終わらせられるわけがねぇよな。
寧ろイノケンティウスの後継者になり仇討ちに乗り出すだろう。そして、その後継者として周囲に認められる為に、戦い方はより過激になるかもしれない。
最悪そうなったら、デルセクトやアジメクにも飛び火するかもしれないな。
「ラグナ様はそれをさせない為に、挟撃という手を取ったのでしょう」
「アイツ、いつも言ってるもんな。戦争において一番大事なのは『死兵をどれだけ出さないか』だって」
「ええ、なので今行われている戦いでは決着はつけない、つけるべきではない。敵を程よく追い詰めて南へと退却させる。そうすれば隣国であるデルセクト側からの挟撃も叶う」
なるほど、そこまで言われてようやくラグナの計画の全容が分かった気がする。アイツの言ってた徹底的な粉砕とは即ちこう言うこと。各地での転戦を許さず、また後継者の出現も許さず、一人残らずぶっ潰す為、挟撃を行うと。
「その時になったら、俺達も出撃しないとな」
「でございますね」
腕を組み、フリードリス大要塞の廊下に出て、二人で頷きあう。どうやらこの分なら決戦には間に合いそうだな。
「となったら、アイツも出撃するだろうけど……」
「デティ様でございますか?」
「ああ、アイツ。マクスウェルに治癒不可能な傷を与えられたろ?調子はどうなんだ?」
気になるのはデティのこと、アイツもアイツでかなりボロボロだったし、お得意の治癒を封じられて自己回復が出来なくなっている。あれから数日、デティとはまだ会えてない。
「それが、部屋に籠るから入らないでくれと」
「引きこもってんの?」
「そう言うわけではないのでしょうが、私としては入るなと言われれば入れないのでございます」
「まぁお前はそうか、よし。俺が調子見てきてやるよ」
「ですが入るなと……」
「そう言う無粋なことするのは俺の役目だろ、任せろって」
そう言って俺はメグからデティが休んでいる部屋を聞き出し、そちらに向かう。当然メグは連れて行かない、アイツが関わっているとなったらアイツ自身の信用に関わるからな。飽くまで入るなと言われているのに入るって無粋な真似をするのは俺の役目であり、仕事だ。
……デティのやつ、思い詰めてなけりゃいいけどよ。流石に心配だから顔を見ておきたい。ってわけで。
「デティ〜、お〜い!」
その部屋の前に来たわけだが。部屋はフリードリス要塞の奥地にある部屋……つーか、なんか見た感じあれだな。これ多分アルクトゥルス様の部屋だぜ、今はいないとは言え魔女様の部屋を占領するとは。アイツもキモが据わってんな。
「おい、デティ、開けるぞ」
何回かノックをしても返事がない。まさか……倒れたりしてないよな。そう感じて俺は即座にドアノブを回し中に飛び込むと─────。
「魔力運用率に問題はないし運動率も悪くはない、あとは適応率だけどそれだとここが……」
「デティ?」
なんか、普通に起きてる。と言うかだだっ広くごちゃごちゃと本やらなにやらの散らかった部屋にデティが一人で立って、青白い光の文字列を宙に浮かべなにやらブツブツ言ってるのだ。気でも狂ったのか。
「おいデティ」
「だから……んぁ?アマルト?ちょっと!入るなって言ったでしょ!」
「お前元気そうだな」
肩を叩いてみれば、普通にプリプリ怒ってくる。調子も良さそうだし、元気も良さそうだし、傷もないし。なんか思ってたよりも大丈夫そうだな。
「お前、傷は?心配してんだけど」
「傷?ああ、あんなの治したよ」
「治したって、どうやって。治癒魔術は効かないんだろ?」
「厳密には与えた傷に対して治癒魔術を適用させない魔力妨害攻撃を受けた、ね。治癒魔術そのものが効かないわけじゃないから、作ったの」
「なにを」
「治癒魔術を妨害する力を無効化する治癒魔術、落ち着いた空間で一時間二時間作業させてもらえればこれくらいは出来るよ」
ま、マジで言ってんのかよ、だってマクスウェルのあれは覚醒による攻撃だったんだろ?それをお前、実質覚醒を無効化する魔術を作ったようなもんじゃないか。アリかよそう言うの。
「そんなの可能なの?」
「可能だからやったの、魔力覚醒も魔力運用の一種だよ?魔力で作用する力は大体魔術でなんとかなる」
そう言ってデティは近くの椅子に座る、アルクトゥルス様がが使ってる椅子だから、デティには若干大きい。故に軽くよじ登るようにして木製の椅子の上に腰を落ち着ける。
「ふーん、で?元気なら出てこいよ。立ち入り禁止の令まで出してなにやってんだよ」
「マクスウェルとの戦いで痛感したの、第三段階に入れていない弊害を」
「つっても仕方ないだろそればっかりは。それにお前天才だからそのうち目覚められるし、気にしなくてもいいんじゃね?」
「うん、私もそう思ってる。私天才だから、そのうち第三段階に入れるだろうなって。けどそれじゃあちょっと間に合いそうにないから、少し慌てることにした」
「慌てることにしたって……」
「今、第三段階に入る魔術を開発してるの」
「は!?」
なに言ってんだコイツ、そんな事出来るわけないだろ。いやさっきのも大概だったがそれに関してはあまりにも常識から逸脱してる、どんな魔術だよ、作れるわけがないだろそれ。
「い、いやいや出来るわけ……」
「勿論、誰でも彼でも第三段階に出来るような『普遍性』は捨てて、私個人にのみ作用する『特化性』にのみ集中させるつもり。流石の私でもそれが限界かな」
「だから、そもそも第三段階に入る魔術なんてもんが出来るわけが……」
「出来るよ」
デティは椅子の上に座り、腕を組みながらそう断言する。そのあまりにも強固な言葉に俺は口を閉じる。コイツ冗談とか酔狂で言ってねぇ、マジで言ってる。
「そもそも、第二段階、第三段階って、アマルトはなんだと思ってるの」
「え?強さの指標だろ?」
「少し違う、同じ段階の中なら人は修練によって力をつけていくし、その実力はグラデーションのように変化していく。けど一つ上の段階に登るといきなり、それこそ階段を一つ登ったようにレベル違いの強さになることがままある、エリスちゃんみたいにね」
「俺、アイツを人間だと思ってねぇよ。多分突然変異で生まれた人の亜種だと思ってる」
「エリスちゃんだけじゃない、アマルトもそう。急激に力が増す、この現象を第二段階の突破と言う……そこで私は考えた、これを偶発的にではなく必然として発生させられないかを」
デティが腕を払うと無数の青い文字が空中に浮かび上がる。そこには大量の考察、大量の引用、大量のメモ書き、大量の図形が含まれており、ぶっちゃけ専門的過ぎて何が何だかよく分からん。
「肉体と魂はリンクしている、魂が衰えれば肉体は老いる、肉体が傷つけば魂も傷つく、魂に魔力を注げば肉体は強化される、即ち魂とは『因果』であり肉体は『事象』なの」
「は、はぁ……」
「つまり段階突破は魂そのものに変革が起きている可能性が高い。魂には感情も含まれているからね、感情の昂りで覚醒が誘発される理由もこれなら分かる」
「そ、そっか」
「魔女様達の言った心技体の充実もつまりそう言うこと。肉体も心も技も全て魂に直結してる、じゃあこの魂そのものに手を加えれば或いは第三段階への道が開かれるかもしれない」
「い、いやどうかな」
やべぇ、全然分からねー……コイツ、ちょっとガチでやってないか?
「この理屈が上手く成立すれば、第三段階への道が開かれると思うんだけど。どうにもね、あまりにも前例のない話しすぎて……」
「そりゃあな、誰もやったことないんじゃないか?」
「そう言うわけじゃない、前例そのものはある。マレフィカルムの総帥ガオケレナ・フィロソフィア、まぁケイトさんだね。彼女は自らの手で第四段階に至ってる、私と同じ発想だよ」
ガオケレナ……そう言われるとピンとこねぇが、ケイトか。アイツ態度は軽薄だったが魔術師としての腕前はマジの一級品だった、今考えれば魔女だから当然と考えることも出来るが。
逆説的に、それほどの腕前を持つから魔女への領域を開いたとも言えるのか。
「悔しいよ、私。世界に私以上の魔術の天才がいるなんて受け入れられない」
デティは親指を噛み、あんまり見せない……それこそ心底悔しそうな顔で爪を噛んでいるんだ。
「それに、マクスウェルの言葉。魔術は覚醒の下位互換である、その理屈も気に入らない。だから私は魔術で道を開く、魔術導皇としてね」
「そうか、まぁ応援するぜ、とは言え俺じゃあなんの助けにもなれそうにないが」
「うん、大丈夫、期待してない。私の理屈についてこられるの、多分トラヴィス卿くらいだから」
「コイツ!」
腹立つが、事実としてコイツは天才だ。魔女の弟子は全員天才だと思う、俺も含めてな。だが俺は思う、その中でも頭一つ飛び抜けた天才はラグナだ。アイツは間違いなく特別だと言える。
……が、そんなラグナすら、或いは凡夫に見えてしまえるほど、次元近いの才能を持つ超天才がデティフローアって女なんだ。そんな天才に言われちゃ、文句もねぇよ。
「はぁー、にしてもどうしようかなぁ、これこのままじゃ今回の戦争中に間に合いそうにないよぉ。こんな経験始めてかも、いつもならこう……パッと思いつくんだけど」
「それで学会騒がせてんのかよお前。つーかさ、あれは?俺の時みたいにさ、魔女の弟子の魔力を一気に吸収して魂を押し広げるんだよ。あれ出来そうじゃないか?」
「ああ、うん。急激な魔力流入による魂の超活性化ね、一応手段の一つではあるけど……」
「あるけど?」
「あれ、めちゃくちゃ寿命削るからね」
「は!?」
ギョッと背筋が凍る、マジで?いやまぁあの時デティには怒られたけど、マジでそんな寿命削るのかよ。
「当たり前でしょ!本来想定してない挙動を魂にさせるなんて無茶だから!風船に無理矢理湖の水全部ぶち込むようなもんだからね!下手したら死んでたから!」
「止めろよ!!」
「あんたなんにも説明しなかったでしょ!それに、多分あんたは大丈夫。呪術は自分の魂の形を変形させるから、そこで上手い具合に負荷をやり過ごしたんだと思う……多分」
「多分って」
「仕方ないでしょ、古式呪術は研究出来てないんだから。少なくともあれはあの場限りの軌跡で、あんただけの反則技ってこと。もう、アホルト」
「うるせえなぁ」
しかし魔力流入による覚醒はリスクがあるのか、ぶっちゃけ俺……これで第四段階にいけないか考えてたから聞いといてよかった。寿命がゴッソリ削られるってやべーなマジで。
「まぁいいや、つーわけでメグも心配してたし、作業に集中するのはいいがちょっと表に顔出せや」
「えー」
「お前風呂入ってないだろ、匂いとか気にしない人?」
「アジメク人は芳しいフローラルな香りしかしないもん!」
「はっ、じゃあアジメクの花畑は地獄みたいにくせーんだな」
「く、臭いの?じゃあ出る。お風呂入る」
「よし」
これでよし、正直デティには第三段階に入って欲しい、それはライバルとしてじゃなくて戦況としてだ。コイツが前線に出て戦えるとかなり楽になるしな。
と言うわけで俺はデティを連れて部屋の外に出る。どっかでメグを見つけて、デティをお風呂に入れよう。
「メグどこかなー」
「こっちぽいよ」
なんて言いながらデティと一緒にポヤポヤと歩きながら、廊下のど真ん中に立つメグが視線の端に見えて。
「お、いた。メグ〜」
そして近づいた俺はメグに近づき───ん?
「メグ?」
様子がおかしい。近づいて気がついた、メグの周りに、と言うか……メグそのものに何かが纏わり付きている。それまるで黒いヘドロのようで、形のないそれが意思を持ったようにメグの体にへばりつき……その口に、入り込んでいた。
「ォッ……アッ……ガッ!?」
「め、メグッ!?」
その黒いヘドロは、白目を剥き痙攣するメグの口の中へと潜り込んでいき、まるで吸い込まれるように一気に口の中へと入り込み……。
「ッハァ……フフフッ、お体。頂きました」
「は?え?」
全てのヘドロが入り込んだその瞬間、メグの雰囲気が変わる、なにが起きてんだ、なにが起こってるんだ、と言うかそもそも。
「いい体ですねメグ・ジャバウォック……流石はあの男の子、素晴らしい魔力だ」
「い、いや……お前、お前!誰じゃあお前!!」
「ん?ああ、私ですか?」
クルリとメグは……いやメグの中に入り込んだ何者かは俺の方へと向き直り、ニタリと笑うと共に。
「私はセフィラ、コクマーと申す者でございます。以後お見知り置きを」
「せ、セフィラ……!」
「アマルト!メグさんの体、乗っ取られてるよ!!」
嘘だろ、セフィラがまだいたのかよ、と言うか初手でメグの体を奪われたし……何より。
(ヤベェ、普通にセフィラの侵入を許してんじゃんか、俺達!)
敵の攻撃は、まだ終わってなかったのか!
…………………………………………………
メルクさんやアーデルトラウト将軍はよくやってくれた、前方の囮が全力で戦ってくれたからこそ、俺達別動隊は容易に敵の背後を突くことが出来た。
俺ことラグナ・アルクカース主導の別動隊。構成員はアルクカース、コルスコルピ、帝国軍の連合総勢三万、そこにカーヴル平原で捕虜になっていた二万を加えた五万の軍勢。
百万の本体に比べりゃ可愛い数だが、それでも完全に手薄になった敵の背面を叩くには十分すぎる戦力と言える。
『ラグナ陛下ね!こっちよ!』
俺達が要塞に近づくと、先んじて城の中に侵入していたクレアが外壁をぶっ壊して穴を作ってくれていた。これもまた手筈通り、砲弾すら防ぐ城の外壁、それを軽々とぶっ壊すクレアの力はちょっと想定外だったが。
まぁいい、ここからはもう俺達の手番だ。一気に五万の軍勢を率いて城に侵入、内側に待機していたマレフィカルム兵に奇襲を仕掛け、一気に瓦解。下層にいた面々は軒並み撃破した。
後は上層にいる総大将イノケンティウス、そして───。
「フンッ!!」
「ぎゃあああッッッ!!」
一撃、ネレイドの拳で巨大な黒龍が吹き飛び、折れたツノが回転し地面に落ちる。今俺は、正面門から外に出て、抵抗を続けるマレフィカルム側の背面を突いていた。
「な、何故フォルミカリウスの内部から敵が!」
「へぇ、この城フォルミカリウスってのか。悪いな、お前らのやろうとした背面挟撃、真似させてもらったぜ」
「ら、ラグナ・アルクカース!姿が見えないと思ったら!!」
動揺するジョバンニの前に立ち、俺は奴を睨みつける。思ったよりもボロボロだな、エリスの強襲が想像以上に効いたか。で肝心のエリスはどこだ?
「もう既に城内の味方は軒並み片付けた、あとはゆっくり、ローラーで潰すように徹底的に、逃げ場のない上層の人間を叩きのめすだけだ。お前らにはもう退却できる城はない」
「ぐっ……」
「だが俺らはお前らとは違う、敵を一人残らず!負傷者に至るまで殺し尽くそうとは考えてはいない!今ここで剣を置いた人間には!相応の捕虜としての扱いを約束する!!」
抵抗を続けるマレフィカルム軍数十万、遍く果てまで届くように声を張り上げる。最早お前達の城は陥落寸前、ここが落ちればお前達は野盗も同然の身分に落ちる、アルクカースで野盗をするのは厳しいぞ、なんせあのモース大賊団でさえ立ち寄らない場所だからな。
「ここで!敗北を認めるのは勇気がいることかもしれない!故に!俺はここで剣を置いた人間の勇気には敬意を払う!死罪に処される可能性があったとしても!俺は戦の国アルクカースの王として勇ある者を死なせることに異を唱える事を約束する!!」
「っ!?嘘だ!やめろ!聞くな!!」
「そして望むなら!マレフィカルムの人間であっても我が国で雇用する事も約束する!対価を支払い、その武勇を活かす場を与える!俺をここまで追い詰めた君達にだからこそ!俺は告げている!!よくぞ戦ったと!!」
マレフィカルム兵達の中に動揺が走る。趨勢は絶望的、今ここで意地を張って得られるものと、意地を捨てて代わりに得られるものを天秤に乗せる。ジョバンニは慌てて周りに聞くなと告げるが。
ナメてるぜ、厭戦感を。
「今ここで降伏する者は前へ!!猶予はあまり与えられん!もしここで徹底的な抗戦を考えるなら……」
「黙れッッッ!!」
瞬間、向かってきたジョバンニは俺に向けて拳を放つ。体を横にして関節を伸ばして放つ拳、凄まじく合理を突き詰めた拳だ。俺がこれを会得するのにどれだけかかったかな……けど。
「『鏡砕霞羽』ッ!!」
「ガッ!?」
一閃、俺の掌底がジョバンニの顔面を撃ち抜き、ジョバンニが膝を突く。敵方最高戦力が膝を突く、焦りと疲労で歪んだ構えから放たれる拳は、悪いが俺には届かない。
「……もし徹底抗戦を考えるなら、俺達もまた徹底的な撃滅を約束する。虫ケラのように岩の下にへばりついて隠れても、一人残らず潰す。お前達全員の名を記した名簿を作り、一人の漏らしもないよう、どれだけの時間をかけても、飽く事もなく、確実に滅ぼす」
ギロリと敵兵を睨めば、次々と剣が落ちていく。恐れとは伝播する、絶望は反芻する、一人も逃げることは出来ない、この状況に陥ったのだ、最早逃げることは出来まい……しかし。
(これは、デルセクトからの挟撃は必要なさそうだな)
思ったよりヴィルヘルムでのセフィラ撃破が効いた、或いは思っていたより敵兵が烏合の衆だった。こんなもんか、所詮は意思一つで集まった集団、その意思が折れれば容易く崩れるか。
「クソがぁああああ!認めねぇええ!認めねぇえぞぇおおおおお!!!」
しかし、諦めない者もいる。先程吹き飛ばされた龍……バティスタだ。他にも諦めず戦おうとする奴らもいる、恐らくはゴルゴネイオン達だろう、残念だがああ言うのは倒さなきゃいけない、ここは……心を鬼にさせてもらう。
「ネレイド」
「うん、任せて」
瞬間、ネレイドはバティスタへと向かっていく。バティスタも大した腕前だが、ここまでの疲労もまた大したもの。ネレイドの相手は幾分厳しいだろう。
「フンッ!!」
「ぐっっ!がぁああ!引けるかぁああ!ここで俺達が引いたら!引いたら!!」
ネレイドの拳を受け、龍が揺れる。されど龍は吠える、ゴルゴネイオンは吠える。
「ここで引いたら!俺達の王が!前線に出ちまうぞ!!」
王が前線に出てしまう、か。自らの王を守る為に忠義を果たすか、嫌いじゃないが悲しいな。この状況になったら最早それは避けられない。
あと残っている敵はイノケンティウスのみ、聞くところによるとアイツは第四段階らしいが、果たして……どう出る。
「イノケンティウス……」
そう俺が呟いた、その時だった。
俺達が傾けた戦況が、もう一度……揺れるように。
『そうまでして、余との対面を望むか……魔女の弟子よ』
再び、マレフィカルム側に戻るのを感じた。それは天から響いた声と共に現実になる。
「イノケンティウス様……!」
城の上部が吹き飛び、土煙と共にそれは降り注ぐ。俺達アド・アストラ軍のど真ん中に降り立ったのは。
「ならば、余が相手をしてしんぜよう……」
「お前か……!」
白い髪、白い髭、紫の鎧を着込んだ長身の老父、それが……俺を睨む。
そこからの動きは、まるで川の流れのように、早かった。
「あれが総大将ね」
クレアがポツリと呟くと、彼女は剣を構え一瞬でその背後に回り──。
「然り、余がイノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエなり」
──それは閃光の如く放たれる、クレアの方を向く事もなく放たれた手刀は彼女の首を捉え。
「ガッ……!?」
吹き飛ぶ、一撃だ。たったの一撃でクレアが地面に叩き落とされ大地を抉りながら吹き飛び……。
「チッ!やばいかもッ!」
「余は貴様ら全員の敵対者であり……」
「グッ!?」
消えた、イノケンティウスが消えた。かと思えば近くにいたタリアッテレが吹き飛び。
「貴様ら全員の破壊者であり」
「ァガッ!?」
咄嗟に構えをとったネレイドが膝を突く、その体には無数の……光の針のようなものが突き刺さっており。
「その悉くを滅し」
「ぬぅっっ!!」
一瞬だ、次はゴッドローブの体が揺れる。咄嗟に剣で防いだが、その剣がへし折れる…おいおい嘘だろ。
「そして、新たな世を開く者である。故に人は余をこう呼ぶ」
「ッッッッッ!?!?」
そして飛んできた、一瞬だけ見えた、紫の光を放つ拳が。ただ反射でそれを防げば……俺の体は周りの見方を巻き込みながら吹き飛び、尻もちを突く。
これは、ちょっと話が違わないか。
「神王と……」
「ッ…やるなぁ〜」
虚勢で笑う、笑うしかない。今のはなんだ、奴の覚醒か?いいや違う、覚醒でも臨界魔力覚醒でもない、ただ素早く動いて、蹴って殴って吹き飛ばしただけ。即ち素のスペック。
腕が痺れる、腕になんか刺さってやがる、針か?いや防壁か、鋭く尖らせた防壁が針のように無数に俺の腕に刺さってやがる、これほどの魔力操作技術を持つかよ。
こいつ、臨界魔力覚醒を使わなくても……べらぼうに強え。
そりゃそうか。なんせこいつは……マレフィカルム五本指の頂点、クレプシドラすら下に見る唯一の男なのだから。




