お転婆姫
「・・・藤十郎様って、絵、下手だったんだな」
勘九郎は賑やかな街を歩きながら、つい数刻前のことを思い出していた―。
「出来たぞ!」
そう言って、藤十郎が見せてきたのは、似顔絵どころか絵なのかすら怪しいものだった。
「え、・・・こ、これが姫、様・・・?」
あまりの絵の下手さに勘九郎は引きつった笑みを浮かべて聞いた。本人には下手だという自覚はないらしく、「ああ!」と自信満々に頷いた。
だがこれが下手だと言う度胸は勘九郎には無かった―。
(本当、七兵衛様が描き直してくれて良かった)
そう思いながら手元の絵をチラッと見る。あの後、たまたま七兵衛と鉢合わせ、藤十郎の描いた絵を見たとたん、すぐさま描き直してくれたのだ。
勘九郎はそのことに感謝しながら辺りを見回す。すると、驚くほど鋭く、高い声が耳に入った。すぐに声のした方を見る。そこにいたのは、簪屋の前でしゃがみ、楽しそうに簪を選んでいる女だった。それが姫だと判断した勘九郎はそこに行き、女の肩を掴む。それに反応して、女が振り向く。その女の顔に勘九郎は思わず手を離す。
そこには、あまりにも美しい顔があったのだ。その顔は美しいのに丸っこく、お転婆だという彼女のことをよく表していた。腰まである長い髪は髪先を軽く結び、服は一国の姫らしくない、庶民的な着物を着ていた。何処か藤十郎にも似ている。間違いなく藤十郎の妹だ。
その女―冬代は驚いたように目を丸くした後、思い出したように「あー!」と勘九郎を指さす。
「もしかして君、糸井勘九郎君!?」
「え。な、何で私の名を・・・」
冬代に突然名前で呼ばれ、勘九郎は首を傾げる。その時、そういえばと勘九郎はあることを思い出した。
(七兵衛様も僕のこと、『勘九郎君』って呼んでたな)
よく考えたら、勘九郎は城に来てから一度も名を名乗っていない。なのに何で七兵衛は勘九郎の名を知っていたのだろうか。
「え?何でって、知らない?貴方がここに来る前から、お兄様が言って回ってたのよ。『面白い奉公人が来るぞ』って」
「ええ!?」
冬代の言葉に勘九郎は目を見開く。
(あの人がいつの間にそんなこと・・・)
だが、それなら、やけに勘九郎の歓迎準備が整っていたことも頷ける。しかし、それは勘九郎の名前を知っていることの理由にはならない。勘九郎の頭には更に疑問符が浮かぶ。
「それより、何で勘九郎君がここに?・・・あ。もしかしてお兄様に頼まれた?」
冬代が話題を変えて聞くと、勘九郎は一度思考を止めて「はい」と言う。
「もー!あたしなら大丈夫なのに〜。本当心配性なんだから」
冬代が頬を膨らませて怒っているような態度を見せる。その表情があまりにも幼くて、勘九郎は思わず噴き出す。
「あ!今笑ったでしょ!」
「わ、笑ってませんよ」
「肩震えてるじゃん!ぜーったい笑ってる!」
姫相手に笑うなんて言語道断だと頭では分かっているのに止められない。そんな勘九郎を見て、冬代は更に頬を膨らます。
「もー!せっかく春代に相応しい殿方が来るって思ったのにー!すっごく意地悪じゃん!」
「え?『春代』?・・・って、どなたですか?」
聞き馴染みのない名前に勘九郎が尋ねると、冬代は怪訝そうに「聞いてないの?」と返す。
「あたしの唯一の可愛い妹だよ。紹介してあげるから、来て」
「え?ちょ、ちょっと!?」
冬代に手を引かれるがまま、勘九郎は街を去った。
冬代がようやく初登場!長らくお待たせしました。次回は冬代の妹が登場!
お楽しみに!




