第191話 『意地と執念』
海賊船団の団長であるフィランダーが乗る旗艦から十数本の縄梯子が下ろされた。
チェルシー率いる部隊の面々は小船を旗艦に寄せると、迅速に縄梯子を上って船上に足を踏み入れていく。
チェルシーはその縄梯子をエミルを抱えて上り、もう一度降りて次にヴァージルを抱えて上り、最後にウェンディーを抱えて上るという難業をあっという間にこなした。
シジマは自分がやると申し出たが、自分がやったほうが早いからと言ってチェルシーは全て自分でこなしてしまう。
そうしてチェルシーの部下たちは全員、旗艦に収容されてホッと安堵の息をつく。
見るといつの間にか先ほど船着き場で自分達を導いてくれた海賊たちが戻って来ていた。
全身、海水に濡れそぼっているので、おそらく泳いできたのだろう。
海賊らしいたくましさに目を見張っていると、チェルシーの元にひときわ大柄な男が歩み寄ってくる。
周りの者たちよりも身なりの良い服装をしているので、彼がこの海賊団の長であるとチェルシーにも一目で分かった。
「よう。あんたが王国軍のチェルシー将軍かい? 部下に聞いたぜ。恐ろしく強いらしいな。俺はフィランダーだ。よろしく頼む」
そう言うとフィランダーは分厚い手を差し出す。
チェルシーは自分より大柄で年嵩の相手にも臆することなく、堂々とその手を握った。
「ええ。お出迎えいただき感謝するわ。沖合までよろしく」
堂々たるチェルシーの振る舞いにフィランダーはニヤリと笑った。
まだ若き少女であるはずの彼女だが、臆することもなく、かといって虚勢を張っている風もない。
全身に返り血を浴びた彼女の目には、揺るがぬ戦士としての光があるとフィランダーにも一目で分かった。
侮って良い相手ではない。
「ああ。仕事はきっちりやるのが俺の流儀だからな」
そう言うとフィランダーは部下に命じてチェルシーらを船室に案内する。
そして彼女らが船室の中に入って行くのを見送ると、彼は部下たちに向けて声を張り上げた。
「野郎ども! お客人は全員ご乗船いただいたぞ! 撤収の旗を上げろ! それからしつこい共和国海軍にお別れのご挨拶を一発お見舞いしてやれ!」
その声を受けて海賊たちが大きく声を上げる。
すぐに船の帆柱に目立つ黄色い旗が掲げられた。
そして大砲に最後の砲弾が装填され、轟音と共に発射される。
砲弾は前方から迫り来る共和国海軍の船に命中して、派手に火柱を上げた。
「ざまあ見やがれ!」
海賊らの歓声が上がる中、船が大きく旋回して180度回頭する。
だがその時だった。
「団長! 追手です! 赤毛の女どもが!」
部下の言葉にフィランダーは船縁から海上に目を向ける。
すると一艘の小船が猛烈な勢いでこの船に接近してくるのが見えた。
乗っているのは赤毛の女たちと……金髪の女だった。
☆☆☆☆☆☆
7人の女たちを乗せた小船が猛然とした勢いで海面を滑るように進んでいく。
負傷しているアーシュラを除く6人の女たちが、左右2人ずつ3列に並んで一斉に櫂で水をかくわけだが、彼女たちは筋骨隆々たるダニアの女たちだ。
その誇るべき腕力で全員が力を合わせて櫂を漕げば、小船はまるで飛んでいるかのように海面をグングン進む。
6人の中でも飛び抜けて力の強いプリシラなどは、手加減しないと力の均衡が崩れて小船がまっすぐに進まなくなってしまうほどなので、1人だけ力を抜いていた。
そうして進む小船は目的の地へと近付いていく。
先ほどチェルシーらがエミルたちを連れて乗り込んだ海賊船だ。
彼らは今まさに船を回頭させて沖に逃げるための旋回をしている最中だった。
「急いで下さい! 今しか機会はありません! 完全に回頭されてしまえば、もうこの小船では追いつけません!」
小船の真ん中に座り、そう言って部下たちに指示を出すアーシュラはその手に鉤縄を持っていた。
鋭利な鉤爪は引っかかりが良く、縄は太い鋼線が含まれていて簡単には切れない。
この小船からあの大きな海賊船に乗り込むのであれば、勝負は一度切りだ。
失敗は許されない。
アーシュラは前方に目を凝らすと声を上げた。
「敵に気付かれました! 矢が飛んできます!」
アーシュラの目に映るのは、船縁でこちらに気付いて矢を構える海賊たちの姿だ。
幸いにしてチェルシーの部隊は姿が見えない。
初弾で銃撃を受ける心配は無さそうだ。
アーシュラは部下たちと小船に乗る前に手短に事前の打ち合わせを行っていた。
追うこちらに対してあちらは銃撃や矢による射撃を仕掛けてくると予想される。
その対処のために各乗組員は足元に大盾を準備していた。
前列のエリカとハリエットは櫂を置くと、その大盾で飛んでくる矢を防ぐ。
その間にも他の4人が櫂を漕ぎ続けて進むのを止めない。
海賊船まであと30メートルほどだ。
近付くにつれて矢の攻撃が激しくなり、エリカとハリエットの他にネルとオリアーナも大盾を構えなければ防ぎ切れなくなってきた。
当然、漕ぎ手が減れば小船の推進力は落ちる。
(まずい……追い付けなくなる!)
プリシラは即座に動いた。
櫂を手放すと小船の底に置かれたエリカの槍を取る。
「エリカ! 借りるわよ! みんな! アタシを信じて櫂を漕ぐことに集中して!」
そう言うとプリシラはエリカの槍を振るって次々と飛んでくる矢を弾き飛ばした。
頭上で高速旋回しながら唸るように荒れ狂う長槍が、全ての矢を徹底的に叩き落としていく。
「す、すごい……」
自分の武器を自分以上に速く振るうプリシラに、エリカは思わず息を飲んだ。
アーシュラが即座に一喝する。
「漕ぎなさい! 追いつけなくなります!」
ハッとした女たちはすぐさま全力で櫂を漕ぎ始めた。
プリシラは揺れる船の上に仁王立ちして、絶え間なく飛んでくる矢をことごとく叩き落とす。
その離れ業の甲斐あって、とうとう小船は海賊船まで数メートルのところまで接近した。
海賊船の進行によって生じる波で小船が大きく揺れる中、アーシュラは立ち上がる。
そして鉤縄をグルグルと振り回し、頭上に投げた。
皆が息を飲んで見守る中、鉤縄は……見事に海賊船の縁に引っかかった。
アーシュラは即座に縄を強く引っ張って鉤爪の引っかかり具合を確かめると声を上げる。
「プリシラ!」
プリシラは弾かれたように動く。
長槍をエリカに返すと、すぐさま縄に飛び付いた。
縄には上りやすいように一定間隔で瘤が付けられており、そこに手をかけ足をかけてプリシラはスルスルと上っていく。
船縁でそれに気付いた海賊が鉤縄を手で外そうとしたが、その頭に矢が突き立った。
「へぐっ……」
海賊は短い悲鳴を漏らして船縁から転落し、水飛沫を上げて波間に消える。
小船の上でネルが頭上の海賊に向けて矢を放ったのだ。
プリシラが鉤縄を上る間、無防備になってしまうので、上からの攻撃を防ぐべく、ネルが射撃をするという段取りを事前に組んだ。
しかしこれはネルが射撃を外してしまえばプリシラに危険が及ぶ危うい作戦でもある。
ゆえにネルは今までにないほど集中し、懸命に矢を放つのだった。




