第171話 『それぞれの動き』
「……候補はココとココとココ」
港町バラーディオの統括部管理課資料室。
先ほど駆けこんで来たプリシラのおかげで来訪者名簿の調査範囲を大きく絞り込めたエステルは、とうとうエミルが連れて行かれたと疑わしき場所を3か所まで特定した。
エステルが名簿の紙面を指差したのを、プリシラは食い入るように見つめる。
そして来訪者たちの記録から絞り込んだ3ヶ所の名を口にした。
「バナディル社の貸倉庫、港湾労働者たちの社宅、ギニディア修道院」
同じ部屋にいるエリカとハリエットがその3ヶ所の位置を街の地図で確認する。
「アーシュラ隊長と落ち合う場所はここよ」
そう言うとプリシラは地図の一点を指差し、そこまでの道のりを頭の中に叩き込んだ。
そしてエステル、エリカ、ハリエットの3人に目を向ける。
「3人とも。エミルのためにありがとう」
プリシラの言葉にエリカとハリエットは笑顔で頷く。
エステルだけは厳しい表情を崩さずに言った。
「御礼は無事にエミル様をお救いしてから、いくらでも聞きますよ。さあ行きましょう」
4人の女たちは急ぎその場を後にし、街の北東部に向けて走り出すのだった。
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目立つ頭髪を頭巾でしっかり隠し、シジマは夜の街を風のように駆けた。
建物の屋根の上を、路地裏の細い小道を、人目につかぬよう夜の闇に紛れるようにして。
夜も更けてさすがに街を行く酔客の数も落ち着き始めていた。
だが、街の中にはチラホラと赤毛の女の姿を見かける。
彼女たちは2人1組になって夜の街を見回りしていた。
明らかに警戒態勢だ。
(俺たちの潜入が疑われているのか、それともエミルがこの街にいるという情報が出回っているのか)
シジマは胸に募る焦りを必死に抑えた。
仮にオニユリがエミルの身柄を取り押さえていたとして、その後エミルがダニアの者の手によって救出され、ココノエの女に拉致されていたと証言したら、事態は悪化する。
ココノエの民が王国に所属していることは周知の事実であり、ダニアの同盟国である共和国は王国による国家主権の侵害行為だと声高に非難するだろう。
どちらにせよヴァージルとウェンディーを王国に連れ帰った後は、王国から共和国への脅しをかける予定だったが、共和国による警戒が現時点で高まってしまうとこの街からの出港もままならなくなる。
そして王国軍本隊が公国の首都ラフーガを陥落させる前に共和国が公国の加勢に駆けつけると、この侵略戦争そのものが頓挫する恐れがある。
(くっ! 何という愚かな妹だ。今度ばかりはキツイお灸を据えるだけでは済まんぞ)
シジマは怒りに顔を歪ませて先を急ぐ。
ショーナから聞いたのは街の北東部だ。
エミルがそのどこかにいる。
(普通の宿にいるとは考えにくい。ダニアの女たちは各宿を見回っているはずだ)
シジマは事前に入手して記憶していたこの街の地図を頭の中に思い浮かべた。
そしてオニユリが潜伏しそうな場所を想像する。
シジマの妹はココノエの姫として幼い頃から何不自由なく育ってきた。
ヤゲンやシジマには厳しかった父のカグラは、娘であるオニユリには甘かったのだ。
そんなオニユリが過ごす場所を選ぶとしたら、それなりに格式ある屋敷のはずだ。
シジマは頭の中で候補を絞り込みながら走り続けた。
屋根から屋根へと飛び移り、人目を避けて進んで行く。
そしある大きな3階建ての屋敷の屋根に取り付いた時だった。
「……ん?」
シジマは見下ろす視界の端で捉えたのだ。
赤毛の女たち数人が街中を駆けて行くのを。
その様子に注目したシジマは思わず目を大きく見開いた。
街中を駆ける赤毛の女たちの先頭に、金色の髪をなびかせて疾走する若い女がいる。
「あれは……プリシラ」
シジマのいる位置からは遠めだったが、その走る速さや機敏な身のこなし、そして夜風に舞い踊る美しい金色の髪を見紛うことはない。
シジマは確信を得た。
(プリシラがこの街にいるということは、エミルがここにいる可能性は高い。もしや……彼女らもエミルの居場所を探しているのか?)
プリシラたちの向かう方角はシジマと同じく街の北東部だ。
シジマは彼女らの姿を見失わない程度に距離を保ち、その後を追跡することにした。
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頭に頭巾を巻き、その上からさらに外套をスッポリとかぶった姿のチェルシーは人波を避けて街を走り続ける。
しかしその顔は少々焦っていた。
先ほどエミルを探して出て行ったばかりのシジマを引き留め、連れ戻さなければならない。
この街にはイライアスやボルドが来ている恐れがある。
黒髪術者の彼らがいれば、こちらの黒髪術者の動きを読まれてしまう恐れがあるし、何よりも街の警備が相当に厳しくなってしまう。
現に今も街中で何人もの赤毛の女を見かける。
見回りの人数が明らかに多い。
チェルシーは彼女らと目を合わせぬよう、出来る限り明かりの届かぬ薄暗い場所を選んで進んだ。
そのせいでシジマには追いつけそうもないことがチェルシーを苛立たせる。
普通に走ればチェルシーのほうがシジマよりも遥かに速いが、こうして雑踏の中を目立たぬよう動き続けるのは完全にシジマに分があった。
(これじゃあ追いつけない。かと言ってあまり速く走り過ぎれば目立つ)
チェルシーは忸怩たる思いを胸の中に抱えながら、懸命に街の北東部を目指して進むのだった。
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「マージョリー様。予定通り狼煙を上げました」
用心棒の男の報告にマージョリーは部屋の窓から見える夜空を見上げた。
「こんな夜に狼煙なんて上げて本当に見えるの?」
「連中の中には夜目が利く者がいます。必ず合図を見つけるでしょう」
そう言う用心棒にマージョリーはフンッと鼻を鳴らす。
「祭りが始まったらサッサとここを離れるわよ。出港を最後まで見届けたりしたら、この街から逃げ出せなくなる。こんなつまらないことでお縄になるのは御免よ」
そう言うとマージョリーは窓の外から見える街並みのさらに奥に広がる夜の海に目を向けるのだった。
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「お頭! バラーディオから狼煙が上がりやしたぜ!」
船の帆柱の上に設けられた見張り台から小柄な若い男が声を張り上げる。
男はこの船に乗る数十人の男らの中で最も視力に優れ、なおかつ夜目が利く。
夜の闇の中で遥か遠くの狼煙の白い煙を見分けることも造作もないことだった。
「フンッ。あの貴族崩れの女の手筈通りというわけか。ま、金さえもらえりゃ何だっていい。やることはやるぜ」
お頭と呼ばれた大柄な中年の男はこの船を含めた海賊船団の頭領であり、マージョリー・スノウからの依頼を受けて、このバラーディオの沖合に10隻の船団を集結させていた。
彼らの仕事はこれからバラーディオの港湾でひと悶着を起こすことだ。
「派手な祭りにしてやろうか。俺たちが共和国海軍なんざ微塵も恐れていないってところを見せてやるぞテメーら!」
荒くれの海賊たちをまとめる頭領は日焼けした顔に笑みを浮かべてそう吠えると、部下たちに命じて船団をバラーディオに向けて進ませるのだった。




