第162話 『船倉庫の密会』
「この先は手筈通りか?」
低く抑えた声でそう尋ねるのはシジマだ。
今、チェルシーの部隊は薄暗い船倉庫の中で円になっている。
その中心にいるのはチェルシーとシジマ、そして協力相手であるマージョリー・スノウだった。
彼女の背後には大柄な用心棒の男が立ち、状況を見守っている。
「予定通りならばこの倉庫の積荷が明日の朝一番で船積みされますわ。皆さんにはこの荷物に紛れ込んでいただくことになります」
「何か不都合があったらどうする? 例えば予定していた船が出ないとか」
シジマは用心深くそう尋ねる。
ヴァージルとウェンディーの行方が分からなくなったことはすでに共和国政府のイライアス大統領へ伝わっていると見るべきだ。
そうなると大統領は出国禁止の通達を国中に出すだろう。
するとこのバラーディオからも船が出港できなくなり、チェルシー一行は脱出手段を失ってしまう。
「きちんと第2の手も打ってあるからご心配なく」
そう言うとマージョリーは第2の手を話して聞かせた。
その話にシジマは訝しげな顔をする。
「かなり荒っぽい手だな」
「異国に潜入してその国の首領の子供たちを攫って逃げるのよ? そもそも荒っぽいことしているじゃないの。あなたたち」
そう言って豪胆にも笑って見せるマージョリーに、シジマは目の前の女がただの貴族崩れじゃないのだとあらためて感じた。
「フッ。さすが裏社会で10年以上渡り歩いているだけのことはある。大した女だ」
「お褒めに預かり光栄だわ。それより……戦利品を見せていただいてもよろしくて?」
そう言うマージョリーにシジマは眉を潜めた。
戦利品というのは誘拐したヴァージルとウェンディーのことだ。
2人は今、2名の見張りがすぐ傍に付いて、倉庫の隅に積まれた荷物の陰に寝かせている。
拘束して猿轡をはめ、目隠しをした上、話を聞かれないように耳栓までする徹底ぶりだ。
シジマは鋭い目つきをマージョリーに向ける。
「警告しておくが、あんたはこっちの事情にあまり首を突っ込まない方がいい。早々にこの国を去る我々と違い、あんたはこの先も共和国で生きていくんだろう? 表に出て来てこの計画に加担していることを政府に知られるような危険を冒すべきじゃない」
「あら。親切だこと。ご忠告には感謝するわ。でも2人とも目も耳も口も塞がれているんでしょう? こちらを認知されることはないはず。私、ひと目見たいのよ。私にとっては大事なことなの。熱意を持ってこの仕事を完遂させるためにもね」
マージョリーの言葉にシジマは警戒の色をその顔に滲ませる。
王国の伝手を頼ってマージョリー・スノウに仕事を依頼する時、もちろん彼女の素姓やこれまでの経歴について調べた。
彼女はかつて、前大統領の息子であったイライアスの結婚相手になるのではないかと噂されていた有力貴族スノウ家の令嬢だ。
だがダニアの銀の女王であるクローディアとの恋のさや当てに敗れ、自身の素行不良も相まって失脚し落ちぶれた。
恐らくは今もクローディアを憎んでいるのだろう。
イライアス大統領とクローディアの子女であるヴァージルとウェンディーを見たら、激昂して危害を加える恐れもある。
大事な人質にそんなことをされたら目も当てられない。
シジマはチェルシーをチラリと見やる。
その視線を受けてチェルシーは肩をすくめると、マージョリーに視線を転じた。
そして若いながら威厳に満ちた口調で言う。
「いいわ。ただし2人に触れるのはもちろん、近付くのも声をかけるのも許可できないから。離れた場所から見るだけよ。協力者であるあなたにこんなことを言いたくはないけれど、もし何かおかしな動きをしたら、ワタシがすぐに取り押さえることになるわよ。それくらいこちらにとって重要な人質なのだと理解してもらえるかしら?」
「ええ。承知しておりますわ。将軍閣下。ご厚意に感謝いたします」
そう言うとマージョリーは恭しくも優雅にチェルシーに頭を下げて見せた。
チェルシーはそんなマージョリーを先導するように倉庫の隅へと向かった。
マージョリーも用心棒の男を引き連れてそちらへ向かう。
もちろんシジマはそんな2人を油断なく監視しながら共に付いてきた。
ヴァージルとウェンディーは共に鋼鉄の拘束具で縛られ、目隠しに耳栓、猿轡をされたままぐったりとした様子で横たわっていた。
大事な人質なので、適度な飲食をさせ、休憩をさせながら同行させているが、それでも敵に捕らわれた状況での移動は相当に消耗するのだろう。
その2人から5メートルほど離れた場所でチェルシーは立ち止まる。
これ以上は近付くなという意思表示だ。
「あらあら……かわいそうに」
黒き髪の少年と、銀髪の少女。
それは確かにヴァージルとウェンディーだ。
囚われの2人を見て、マージョリーは大きく目を見開いた。
その言葉とは裏腹にその顔は嗜虐の笑みに輝いている。
この場面を憎きクローディアに見せつけてやりたいと思った。
「これから王国に連れて行かれて、もう二度と親元に帰れないなんて酷い。残酷だわ」
禍々しい笑みを浮かべながらそう言うマージョリーに、チェルシーは思わず気分が悪くなるのを感じた。
それはまだ子供である2人を見舞う理不尽を嘲笑うことへの道徳的不快感からではない。
今、目の前にいる人物の悪しき様を目の当たりにして、チェルシーはまるで自分自身の醜い姿を鏡で見せつけられたような気がした。
これが長年の憎悪に浸かった者の姿なのだ。
(ワタシも……あんな風に見えるのだろうか)
そう思ったチェルシーはふいにシジマの後方にいるショーナと目があった。
ショーナはいつものように表情に乏しいものの、その目にはチェルシーを案じるような色を滲ませている。
チェルシーは思わず彼女から目を逸らした。
そしてマージョリーに目を向ける。
「これで満足かしら?」
その言葉が自分で思ったよりも刺々しいことに尚、苛立ちながらチェルシーは有無を言わせぬ光をその目に浮かべる。
マージョリーはそれも意に介することなく満面の笑みを見せた。
「ええ。ありがとうございました。閣下。それでは明日の出港に向けてこちらも準備を続けてまいりますわ。ごきげんよう」
そう言うとマージョリーは用心棒を引きつれて意気揚々と船倉庫から引き上げていった。
その姿を見送ると、チェルシーは部下たちに静かに告げる。
「明日の朝まで各自、休息をとりつつ準備をしなさい。ヴァージルとウェンディーにはきちんと栄養と休息を与えて。2人の体調の変化から目を離さないように」
チェルシーの指示に皆は声を出さずに頭を下げるのだった。
その誰もが任務の山場を迎えて緊張の面持ちをその顔に浮かべている。
ただ1人、浮かない顔のショーナを除いて。
チェルシーはそんなショーナの前で足を止める。
そして彼女にだけ聞こえる小さな声で言った。
「そんな顔はやめて。作戦を成功させるには決然たる覚悟が必要よ。覚悟の無い者に苦境を突破することは出来ないし、咄嗟の場面で判断が鈍ればそれは死を招くことになる。ショーナ。ワタシはこの道を突き進む。言っておくけれど、あなたが何を言ってもワタシは揺らがないし、そんな顔で手を差し伸べてきても、それを振り払うから」
チェルシーは冷然とそう言うとショーナに背を向ける。
「はい……申し訳ございません」
ショーナは悄然と肩を落とすのだった。




