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蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】  作者: 枕崎 純之助


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第163話 『思案するヤブラン』

「偽装商船は?」


 船倉庫を後にして、夜の港街を歩きながらマージョリーはすぐ背後を歩く用心棒の男にそう尋《たず》ねる。

 男はただの用心棒ではなかった。

 マージョリーがスノウ家から勘当された直後から彼女に仕《つか》える男だ。


 元は東側諸国の剣闘士だったが、奴隷《どれい》として買われた先の主から虐待《ぎゃくたい》を受け、その主を殺して追われる身となった。

 そうして共和国に流れ着いたところ、紆余曲折《うよきょくせつ》の果てにその腕を買われてマージョリーに仕《つか》えることとなったのだ。

 今はその体格と武力を活《い》かしてマージョリーの護衛をすると同時に、数人の部下たちを使ってマージョリーのために様々な働きを見せる。

  

「すでに港に停泊中です」

「そう。賑《にぎ》やかしの連中は?」

「沖合を回遊しながらその時に備えております」

「けっこう。明日は騒がしくなりそうね。こちらも動ける準備を怠《おこた》らないように」

「はい」

 

 マージョリーは上機嫌で夜風をその身に浴びながら石畳《いしだたみ》を踏みしめていく。

 彼女にとっては祖国となる共和国だが、すでにこの国は憎き恋敵《こいがたき》の手に落ちた。

 ならば国を焼きつくす業火《ごうか》の火種を作ることに、何ら躊躇《ためら》いは無い。

 たとえそれが彼女の父や母や兄弟姉妹の住まう生家を焼くことになったとしても。

 それがマージョリー・スノウという女だった。


 ☆☆☆☆☆☆


 共和国領の港町バラーディオ。

 その一角にひっそりと佇《たたず》むギニディア修道院。  

 その敷地内に建つ別邸では夕食も終わり、各自が就寝の時刻となっていた。 

 別邸の2階には4つの寝室があり、オニユリ、エミル、ヤブランの3人がそれぞれ1室ずつ使い、残りの1室をキツツキとヒバリが共同で使用している。


(はぁ。最悪の夕食だったな)


 夕食の後片付けも終え、就寝の準備も終えたヤブランはベッドに1人横たわりながら、数時間前の夕食のことを思い返していた。 

 食卓を5人で囲んだが、空気は重苦しいものだった。

 とにかくエミルが食も進まなければ、会話も一切せず、終始その表情は暗いままだったのだ。

 そしてオニユリの軽快な会話も上滑《うわすべ》りし、もともと無口なヒバリとキツツキも時折ポツリポツリと言葉を漏《も》らすばかり。

 仕方なくヤブランが助け船を出す様にいつも以上に喋《しゃべ》ってオニユリの相手を務めたのだった。


(疲れた……オニユリ様のせいよ)


 頭と体は疲れているはずなのに、ヤブランは何だか眠れなかった。

 遅い時刻の夕食後すぐにこの修道院の神父が挨拶《あいさつ》にきたが、風呂の一件でショックを受けたエミルはすでに早々に寝室に引っ込んでしまっていた。

 無理もないだろう。

 エミルが今も眠れぬ夜を過ごしていることは想像に難《かた》くない。

 

「あの子……家に……家族の元に帰りたいだろうなぁ」 


 親や兄弟の顔を知らないヤブランだが、かつて暮らしていた孤児院は居心地が良かった。

 そこで共に過ごした者たちが家族と言えるほどに。

 故にエミルが家族の元に帰りたいという気持ちは何となく分かった。

 だがヤブランはそれ以上、考えることを止める。


(私がやろうとしていることは……結局、あの子をもっと家から遠ざけることだわ)


 ヤブランがどうにかしてエミルをオニユリの手から逃れさせたとしても、それは決して彼にとって自由を得ることにはならない。

 ただ彼を捕らえる主が、オニユリという個人から王国という国家組織に代わるだけだ。

 ヤブランがやろうとしているのは結局はそういうことなのだ。

 だからエミルに対して同情心など抱くべきではない。


(……ああもう。余計なこと考えている場合じゃないのに。どうにかしてオニユリ様からエミルを離さないと)


 ヤブランは起き上がった。

 そして部屋を出る。

 どうせ眠れないなら、夜風でも浴びて気分を入れ替えようと思ったのだ。

 館の中は静まり返っている。

 どうやらオニユリたちはすでに眠ったのかもしれない。


 ここに来た際に門番をしていた老人から聞かされたが、夜間は修道院の外門が完全に閉ざされ、緊急時以外は一切開かれないという。

 外への出入りはおいそれとは出来ないのだ。

 だが、この別邸の外に出て中庭を歩くくらいなら問題ないだろう。

 そう思ったヤブランは別邸の台所に設置されている勝手口の扉《とびら》を開いて、そこから外に出た。


「……ふぅ」


 中庭に出ると、夜風が心地良く吹き渡っている。

 この時期にしては気候が温暖なのはバラーディオの南に広がる湾に、温かな海流が流れ込んでいるからだろう。

 ヤブランはよく手入れされた芝生の上を歩きながら、色々と思案を巡《めぐ》らす。

 

(オニユリ様だけじゃなく、ヒバリとキツツキが厄介《やっかい》だわ。あの2人が監視しているから、エミルが本当に1人になる時間はない。何とかあの2人の目を離すことが出来れば……)


 ヤブランがそんなことを考えながら別邸の裏手に出たその時だった。

 別邸の裏から十数メートルほど歩くとそこはもう敷地の外壁が建っていて、3メートルほどの高さのある壁が外界とこの敷地内を隔《へだ》てている。

 その壁の前に人影が見えたのだ。

 修道院の敷地の4隅に建つ尖塔《せんとう》で煌々(こうこう)と燃え盛る松明《たいまつ》の灯かりに照らし出されたのは、茶色い頭髪を短く刈り込んだ1人の男の姿だった。


「えっ……?」


 ヤブランは思わず足を止めて顔をしかめた。。

 その男は外壁を上ろうとしているのか、両手でガリガリと外壁を引っ掻《か》いている。

 だがつるんとした外壁には手や足をかけるところもなく、男はまるで虫籠《むしかご》から逃げようともがく虫のように外壁を引っ掻くばかりだ。

 あまりに強く引っ掻《か》いているので、指先から出血して灰色の壁に血の痕《あと》が付着している。


「あああ~うううう~」


 その男は奇妙な唸《うな》り声を発しながら同じ動作を繰り返すばかりで、どう見ても常軌《じょうき》を逸《いっ》していた。

 ヤブランが顔をしかめたまま立ち尽くしていると、修道院本館の裏手の扉《とびら》が開き、さらに2人の男が姿を現したのだ。

 その2人はキョロキョロとあちこちを見回しながら挙動不審な動きでヤブランのいる方へとノソノソ歩いて来る。

 ヤブランは思わず後ずさり、踵《きびす》を返して別邸の中に戻ろうとした。

 だがそこで、今度は4人ほどの男が本館から飛び出して来たのだ。


「コラッ! 勝手に外に出るな!」 


 そう言ってあやしげな男たちに向かってきたのは、僧服に身を包んで頭を綺麗《きれい》に剃《そ》り上げた修道士たちだ。

 修道士らは手にした木の棒で、男らを容赦《ようしゃ》なく打ちすえる。


「ぎゃっ!」


 木の棒で腰や尻《しり》を叩かれた男らは悲鳴を上げてうずくまり、修道士らに首根っこを掴《つか》まれて引きずられるように、本館へと連れ戻されていく。

 修道士の1人がヤブランに気付き、ペコリと頭を下げた。


「お客人。驚《おどろ》かせてしまい申し訳ございません。夜も遅いのでお部屋にお戻り下さい」


 そう言うと修道士は踵《きびす》を返し、仲間らと共に本館へと戻って行く。

 そんな彼らが口々に話し合う声が聞こえて来た。


「早く裏口の扉《とびら》を修理しないと、こいつらまた勝手に出歩くぞ」

「それが修理屋も忙しいらしくて、直しに来られるのは3日後だそうだ」


 ほどなくして修道士たちが引き上げると、中庭には静寂《せいじゃく》が戻った。

 1人残されたヤブランは、先ほどの男たちの奇妙な様子を思い返す。

 彼らのその視線や表情、そして動きからを見て、普通の精神状態にあるとは思えなかった。


(あの人たち、心を失っているみたいだった……ん? 待てよ)


 そこでヤブランはあることを思い付き、それを実行するためにどうすれば効果的に出来るかを思案しながら別邸に戻るのだった。

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