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蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】  作者: 枕崎 純之助


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第161話 『手分け』

 ダルシーに伴《ともな》われて港町バラーディオの領主の館を訪れたプリシラとアーシュラは、領主と共和国軍の部隊長への挨拶《あいさつ》を恙無《つつがな》く済ませた。

 ダニアと共和国の同盟初期からこの街には一定数のダニアの兵が派遣され、積極的に防衛任務に携《たずさ》わってきたため、バラーディオとダニアの関係は良好だ。

 プリシラとアーシュラも歓迎され、領主も部隊長も全面的な協力を約束してくれた。


「とりあえず明日1日は全船舶の入出港を止めましょう。私の権限ではそのくらいが限界ですが、アーシュラ殿の話ではすでにイライアス大統領に話は通じているはず。おそらく一両日中にも大統領から入出国の一時停止措置命令が通達されるでしょう。とにかく一刻も早くエミル殿をお救いせねば」

「ご協力感謝いたします」

「夜遅くに申し訳ございません」


 領主と部隊長に協力への礼を述べ、夜間の訪問の非礼を詫《わ》びて、プリシラとアーシュラは館を後にした。


「とりあえずこれで水際の対策は出来ましたね。隊長」


 街の中心部に向かう道を歩きながらプリシラが安堵《あんど》の声を漏《も》らす。

 だがアーシュラは厳しい表情を崩《くず》さない。


「安心は出来ません。敵は無法の輩《やから》です。強引に包囲網《ほういもう》を突破することもありえます。とにかくエミル様を……!」


 そう言ったその時、アーシュラは不意に足を止める。

 頭の中に……ほんの一瞬だけ強い感情が走った気がしたのだ。


「……隊長?」


 訝《いぶか》しむプリシラにアーシュラは答えず、ほんの一瞬だけ感じた感情の残滓《ざんし》を頭の中で探ろうとした。

 すでに消えてしまっているそれは強い嫌悪、恐怖といった負の感情だ。

 それもまだ幼い子供のものだった。

 そして黒髪術者《ダークネス》特有の明瞭な感情の伝播《でんぱ》であることも感じ取れた。

 アーシュラは確信する。


「ほんの一瞬ですが……エミル様の気配を感じ取りました」


 アーシュラの言葉にプリシラは息を飲む。

 そして今にも駆け出していきそうな表情で尋《たず》ねた。


「場所は……エミルのいる場所は分かりますか?」


 アーシュラは静かに首を横に振った。

 あまりにも一瞬のことで詳細な位置を探るどころではなかったのだ。

 だが彼女はプリシラを落ち着かせるようにその両肩に手を置いた。


「これから方角を探ります。とにかくエミル様はご無事ですので焦《あせ》らず冷静に探しましょう」


 エミルが発した強い負の感情については今のプリシラには言うべきではないと考え、アーシュラは自重した。

 いくら冷静にと言っても、若いプリシラには限度がある。

 弟の身に危険が迫っていると知れば、落ち着いて行動するなどとても無理だろう。


「とにかくエステルらのいる街役場に向かいながら探ります。少し集中させて下さい」


 プリシラにそう告げると、アーシュラは歩きながら静かに……そして慎重に黒髪術者《ダークネス》の力を展開していった。

 

 ☆☆☆☆☆☆


 港町バラーディオ。

 夜も更《ふ》けてきたが、この街ではまだ通りに人出は多い。

 一晩中開いている酒場も多く、酔客《すいきゃく》らがそこでくだを巻いたり酔い潰《つぶ》れたりと、街は猥雑《わいざつ》な喧騒《けんそう》に包まれていた。

 通りでは酔っ払い同士の喧嘩《けんか》がそこかしこで繰り広げられているが、それも日常茶飯事だ。


 だがそんな血気盛んな酔っ払いたちも思わず道を譲る者たちが通りを進む。

 2人の赤毛の女と……1頭の黒熊狼《ベアウルフ》だ。

 酔客《すいきゃく》らは息を飲む。


「べ、黒熊狼《ベアウルフ》……」


 野良犬ならば街のそこかしこで見かけるが、熊にも見紛《みまが》う大きさの黒熊狼《ベアウルフ》が街中をうろつくことなどない。

 牙を剥《む》き唸《うな》り声を漏《も》らす黒熊狼《ベアウルフ》の行く手は、一瞬で酔いが覚めたような顔をした酔客《すいきゃく》らが次々と道を空け、自然と人波が離散していく。


「こりゃいい人除けだぜ。犬っころも役に立つじゃねえか」


 黒熊狼《ベアウルフ》のバラモンを繋《つな》いだ縄《なわ》を手に歩くオリアーナの隣《となり》で、ネルは愉快そうにそう言った。

 対照的にオリアーナは不快に顔をしかめつつ、バラモンの嗅覚《きゅうかく》によるエミルの捜索《そうさく》に専念していた。

 事前にエミルのニオイの付いた陶器《とうき》製の人形のニオイを記憶させてある。


 しかし捜索《そうさく》は簡単ではない。

 何しろバラーディオは広い。

 隅《すみ》から隅《すみ》までしらみつぶしに探すのでは2〜3日はかかってしまうだろう。


「しっかしこんな酒臭い場所で本当にエミル様のニオイが分かるのか?」


 真剣なオリアーナの横でネルは退屈そうに欠伸《あくび》をした。


「ふぁ〜あ。喧嘩《けんか》でも売ってくる奴がいれば楽しいのによ」


 ネルはそう言って周囲の酔客《すいきゃく》らに鋭い目線を投げかける。

 だがこの街には以前から150人のダニアの女戦士らが駐留しており、この街の人間は赤毛の女たちの腕っぷしの強さをよく知っている。

 彼女たちにおいそれと喧嘩《けんか》を吹っ掛けるとしたら、事情を知らない異邦人だけだろう。

 酔客《すいきゃく》らは皆、視線を逸《そ》らしてネルと目が合わないようにしていた。


「チッ。つまんねえ奴らだぜ」

「……真面目《まじめ》にやって。隊長に怒られる」


 そう咎《とが》めるオリアーナにネルは肩をすくめる。

 そんな女たちのやり取りをよそに、黒熊狼《ベアウルフ》のバラモンは主であるオリアーナの指示に従い、懸命にエミルのニオイを探り続けていた。


 ☆☆☆☆☆☆


 夜も遅い時刻。

 普段ならばこの時間帯は閉まっているはずの街役場の建物では一部の部屋に明かりが灯《とも》っている。

 その部屋は街への入出記録を保管している統括部管理課の資料保管室だった。

 部屋の中は紙とインクのニオイが充満している。


 駐留部隊長のダルシーが夜番の職員に頼み込み、特別に開けてもらったその部屋で今、エステルとエリカ、そしてハリエットの3人は台帳の紙面をめくり続けていた。

 この街に入った来訪者の記録を調べるためだ。

 密輸や密入国を防ぐため北門、西門、東門の3箇所に制限された街の出入口の出入記録がここには残されている。


 しかし1日に街に入る者の数は3000人を超えるのだ。

 その中から目当ての記録を探し出すのは大変な作業だった。

 辛抱《しんぼう》強く紙をめくりながら名簿《めいぼ》を確認するエリカの隣《となり》で、ハリエットが早々に音《ね》を上げる。


「こ、これ本当に全部調べるわけ? エステル」

「ええ。当然です。抜けがあっては調べる意味がありませんから」

「勘弁してよ〜。こんなのなら斧《おの》の素振りでもしている方が百倍楽しいわ」


 そうぼやくハリエットを無視して、エステルは次々と紙面をめくり、名簿《めいぼ》に目を走らせていく。

 名簿《めいぼ》には来訪者らの名前や行き先、積荷などの申告の他、門番の衛兵がその目で見た来訪者の人数や性別、見た目の特徴などの印象が走り書きされていた。

 【男1名、女3名うち1名は子供、もう1名は赤子。商人の家族】といった具合に。

 門番から見た来訪者の容貌《ようぼう》を記録することで、申告に客観性を持たせるのだ。


「もう。何でこの街はこんなにひっきりなしに人が出入りしているのよ」


 ハリエットがブツブツと文句を言う中、エステルは冷静かつ迅速《じんそく》に名簿を確認し続ける。

 荒事では他の女たちほど役に立てない彼女だが、こういう作業ならば自分の右に出る者はいないと自負していた。

 これこそが自分がこの部隊に選ばれた理由なのだと意気に感じ、エステルはひたすら確認作業に没頭するのだった。

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