十三話『不自然な当たり前』
『――――うん、もう大丈夫そうね』
『よかったです…………! ホントに…………!』
しいらは、以前から医務室の先生の所に通っていたんです。
それは、私が名織君たちとここに来る前。
ある後遺症を受けた彼女の容体を観察するためでした。
先生がしいらを見る目はとても優しくて、私も先生を信用していました。
その先生から出た『大丈夫』という言葉に私は安心しました。
しいらの体に異常がないのであれば、ここにいることはかえってしいらに危険が及んでしまう。
だから、私としいらは『奪回者』のリーダー、森ノさんの提案から拠点を離れることになったんです。
――――結局、名織君と出会って、何かに追い詰められているような彼を見て見逃せなくて、いつの間にかに戻ってきちゃったんですけど。
正直に言うと名織君が地図の山のところ指した時、少しドキッとしました。
私は彼らの正体を知っていましたし、彼らの目的から考えれば名織君たちの味方になるのは想像に難くなかったので、そのまま名織君の言う通りに山に向かったんです。
そんなこんなで、戻ってきた私たちにも先生は優しく迎え入れてくれ、念のためにしいらを診てくれもしました。
※ ※ ※
――――そして、今。
先生が、しいらを診て、寝かしつけている光景。
綿にとって、いたって普段通りの光景が目の前に広がっている。
(…………でも)
だが、それではおかしいことに気が付く。
(ここにも警告が行き届いているはず。なら、何で逃げないの?)
「…………先生、ここは危険です。指定の…………」
先生が綿のほうを振り返って微かに笑う。
「…………どうして?」
「…………っ」
どこか、違っていた。
安心できる先生の笑顔が、まるで信用できなくて。
手も怯えているかのように震えてしまう。
「…………貴女、だ、れ?」
「…………あら、バレちゃったかしら?」
「!!」
‟彼女”の話し方、雰囲気が化けの皮がはがれたように変貌する。
すぐにしいらの方へと目線を戻す。
「…………しいらに何したんですか!?」
しいらを先生が寝かしつけていた。
その認識が先生の変貌によって一転する。
彼女がしいらに何かしたから、しいらは気を失っているのではないかと。
「何もしてないわ。彼女はただ自然とこうなっただけよ」
「どういうことですか?」
「わかってるくせに、目を背けるのね」
「…………」
だが、それもまた違った。
綿は気づいている。
しいらが完全に治っていないことを。
先生が言った大丈夫の言葉は、体調を保証するだけのものなのだと。
「――――どちらにせよ、彼女はここでは助けられないわ」
「貴女は助けられると?」
「さあね。でも、手を貸してくれたら可能性はないこともない」
微かに笑って、答えを濁らす先生。
もし、彼女を手伝えば、しいらを助けることができるかもしれない。
その可能性があるのなら、先生の頼みを聞いてみたいと思った。
「…………何が、望みですか」
「それはね――――」
先生は綿の耳で囁く。
「っ、それは…………」
綿は沈黙する。
先生が言った頼みは、『奪回者』を裏切るかのような内容。
彼らを裏切り、しいらを助けられる可能性に賭けるか。
それとも、彼らと共にいて、しいらを助けられる可能性を捨てるか。
綿の中で葛藤が生じる。
だが、その葛藤は一瞬にして、消え失せた。
「その提案には乗りません。私は彼らを、彼女らを裏切れません」
「…………そう、残念」
綿にとって『奪回者』の皆は、助けてくれた恩人であり、大切な存在なのだから。
綿のその回答に、少しばかり落ち込んだ風にベッドに腰かける先生。
素直に自分の答えを聞いてくれた様子の先生に、綿は少し安心する。
「――――でもね。一つ教えておくわ」
「!」
だが、それが間違いだったことに気づいた。
一瞬の落ち込みがまるで嘘のように、先生が見せる不気味な笑み。
「敵に好意なんて持っちゃだめよ? ほんのわずかでも、たとえ、貴女の欲しいものが手に入れられるとしても」
目前の得体の知れない表情。
不安、恐怖が頭の中を支配する。
これから何をされてしまうのか。どうすればいいのか。
理解できない。
息が荒くなっていく。
「――――でないと、貴女の体、奪われちゃうから」
「!?」
そして、理解した。
彼女の望みを強制的に叶えさせられることを。
先生が、綿に少しずつ近づいていく。
「貴女のお仲間にもこれを使える人はいるそうだけど――――」
「何、何をするんですか!?」
壁に追い込まれていく綿。
逃げ場はもうない。
逃げる力もない。
「決まっているでしょう? 憑依は『Phantom』の十八番なのだから」
「!?」
「さあて、次目覚めるのはいつになるかしらね?」
「やめ――――だれ、か」
綿の視界が暗くなっていく。
全身の力が抜けていく。
為す術もなく、彼女の意識は閉ざされる。
「――――、――――………………」




