十四話『黒き靄』
吹き飛ばした体は、俺のものではない。
俺は癒川示杞なんかじゃなかった。
きっと本体を見ても自分かわからないどこかの誰か。
それが俺だ。
「だからこそ、だ」
でも、向き合わなければならない。
しっかりと本当の示杞であろうコイツに勝って、話を聞き出すんだ。
「行くぞ、癒川示杞!」
「っ」
示杞は憑依による攻撃を再開する。
けれども、俺はすべてわかっている。憑依する位置、おおよその身体能力。
示杞の攻撃は俺に当たらない。
「喰らえッ」
「が!?」
隙をついて再び示杞の体に拳を繰り出す。
示杞は俺が殴ったと同時に、苦しむような声を上げた。
「くそっ」
アイツは示杞の体に戻ると、捨て台詞を吐いて校内へ逃げる。
「おいっ! ――――つぐも! 桃李に連絡するから、どこか安全な場所に隠れていろっ!」
「う、うん」
つぐもの安全を確保し、俺は示杞を追跡する。
――――校内に逃げたのは、何か策があってのことなのか?
示杞を追いかけながら考えるのは一つの疑問。
何故、示杞が校内へ向かったのか。
校内へ逃げようと状況は変わらない。
むしろ、示杞が憑依する体がなくなり状況は悪化するばかりだ。
「もう逃げられないぞ!」
疑問の答えがわからないまま示杞を追跡し、たどり着いた先は廃校の一室。
「っ!」
示杞は追い詰められたのにもかかわらず、手に注射器を持って不気味な笑みを浮かべていた。
――――目的は、それだったのか。
「は、ははっ」
示杞が校内へ逃げたのは、彼が今持っている注射器を取りに行くため。
注射器を持つ彼の声も手も震えていて、怯えが感じ取れる。
だけど、注射器の針はしっかりと示杞の首もとを向いていた。
「っ、やめろ!」
その注射器から嫌な予感を感じ取った俺は、示杞の手に持つ注射器を取り上げようとする。
「もう、遅いっ!」
けれど、あともう少しのところで注射器の針は示杞の首を突き刺した。
針から示杞の体へと注入される謎の液体。
「あ、あああ」
突如、示杞の様子がおかしくなる。
示杞の周りに異様な空気が漂い、示杞自身は外形を歪め始める。
「ッ!」
目の前の示杞の変貌に気を取られていた時。
俺の腕が何者かに背後から封じられる。
「っ、さっきの!?」
後ろを振り向くと、そこには示杞が憑依に利用していた人々。
それも数人ではなく、大勢。
俺が動きを止められている最中も示杞の風貌は変わり続ける。
「くそっ、放せっ!」
俺が力を振り絞り、腕を振り払って、示杞のもとへ駆け寄る。
「……………………おい、どうなっているんだよ。これ」
だが、見えなかった。
確かにそこにいたはずの示杞を、禍々しい黒い靄が覆い隠している。
その靄の周囲には、人間を含めた生物が傀儡が如く闊歩する。
「っ!」
――――もしかして、つぐものところにもいるのか!?
俺が真っ先に考えるのは、つぐものこと。
この異常がつぐものところまで及んでいるなら、つぐもが危険だ。
いくら戦闘能力が高いとはいえど、それを除けば今のつぐもは普通の少女。
今すぐ助けに向かわないと。
――――っ、生き物が密集しすぎて、つぐものほうへ行けない!
けれど行く手を靄の周囲の生物に阻まれる。
――――アレをなんとかしないと、か。
今、つぐものためにできることは、この異常の原因たる靄を対処すること。
再び靄の方へ注意を向ける。
「!」
靄の方から僅かに聞こえる呻き声。
きっと、示杞だ。
これは、アイツが自らしたこと。
でも今、アイツは苦しんでいる。
――――やっぱり、俺が負けても示杞は救われない。
つぐもの言っていたことを思い出して、俺のすべきことを再確認する。
そして、それを成し遂げるために再び靄に向かって動き出す。
「今、助ける!」




