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その体に出会いと別れの挨拶を ~あの日、憑依した少女にもう一度出会うために~  作者: 炭本 良供
最終章「その体に別れの挨拶を」

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エピローグ『その体に出会いと別れの挨拶を』

 




 千花が花々を咲かせたほぼ同時刻。

 『偽神』に支配されていた国民は解放され、目覚め始めた。

 彼らは、総理官邸に集まっていた人の数を見て混乱した。

 何が起きたのか。何故こんな場所にいるのか。何故こんなにも人柄いるのか。

 それを確かめようとして、人々は総理官邸を探索する。

 ある人は『偽神』の亡骸を発見して恐怖を抱き。

 ある人は前庭の花畑を見て驚嘆していた。


 そうして、瞬く間にこの事件の存在は世間に広まっていった。

 

『貴方たちそこで何しているんですか!?』


…………また、ある人は総理官邸からこっそり去ろうとした”彼”らを見つけて怪しんでいた、なんてこともあったが。

 

 それも仕方ない。

 戦っていた”彼”らは全身血だらけだった。

 今、目覚めたばかりの人たちにとって、完全に不審者だ。

 ”彼”らは大人しく目覚めたばかりの者たちに説明した。

 少しだけ()()()()話を変えて。


 事件の概要はおおよそ同じ。

 『天の癇癪』も今回の事件も、総理官邸に倒れている『偽神』によるものだと。

 

 前庭にある花々についてだけ実際とは異なることを伝えた。

 あの花々は、その『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 千花が咲かせたのが、あまりにも壮大で神妙な花々で、尚且つ起きたばかりの彼らは何も知らないためそのことを信じるしかなかった。


「……無理矢理が過ぎると思うが。そのお陰でこうして此処に来ることができる」


 それから少し時間がたち、人がはけた総理官邸。

 戌佐だけが残って”彼女”が咲かせた花々の前に立つ。

 名目は、『偽神』の封印たる花々の管理。


「…………」


 戌佐はグロリオサの花を前にして、とある記憶を想起する。

 それは、彼が若いころに見た千花の様子。

 得体の知れない黒いスーツの男たちから逃げながらも、何もかもに期待を持てないかのような千花の表情。


「……もう、問題ないらしいな」


 だが、それは既に過去のこと。

 成し遂げた”彼女”の花にその面影はない。

 目の前には”彼女”の栄光がある。


「ならば、儂はこの花を咲かせ続けよう」


 だから、彼は毎日此処を訪れるだろう。

 ”彼女”の栄光がこれからもずっと色褪せぬよう、花々を見守るために――――



※ ※ ※



 一連の事件の終結。

 『偽神』によって身体能力が向上された国民たちが押し寄せて破壊された町は、復興していった。

 そして、事件から数週間後、”彼”らも再び日常へと戻っていく。


(……伝えなきゃな)


 だが、”彼”は違った。

 まだやるべきことが残っている。


 ”彼”が立つのは、癒川示杞の家の近くの別れ道。

 壁の向こうには、見知った顔。

 幼馴染の楓と妹の莱夏。


 ”彼”は伝えねばならない。

 十数年間示杞として共に過ごした二人に、自分は示杞ではないことを。


「……っ」


 それは、わかっているはず。そのために二人を呼んだのだ。

 にもかかわらず、”彼”の足は動かない。

 

 自分が示杞でないと知ったら二人はどのような反応をするのか。

 これからも一緒にいてくれるのだろうか。

 そんな不安と恐怖が”彼”の頭の中を埋め尽くす。

 

 離別への不安と恐怖。

 日常への期待と切望。


 それらが”彼”の中を渦巻いて、行く先を阻んでいた。

 

(でも、俺は約束した)


 とある少女とした約束が心に浮かぶ。

 総理官邸の憑依空間で交わした約束。


 それは――――



「――――『一緒に日常に帰る』んだよね?」

「!」


 足を止めていた俺の前に現れたその少女。


「……つぐも」

「二回も約束、破っちゃダメだよ?」


――――つぐもとした約束。

 それは、『一緒に日常に帰る』こと。

 

 その約束に、”彼”は一度背いてしまった。

 自らに向けられた憎しみに耐え切れず、つぐもとの日常を諦めてしまった。


「……! 当たり前だ」


 だが、もうそんなことはしない。

 ”彼”のつぐもとまた、日常を送りたいという気持ちは紛れもなく本物なのだから。


「そこで見守っててくれ」


 つぐもの存在が”彼”に最後の一押しをする。

 ”彼”は一歩踏み出し、楓と莱夏の下へ駆けていった。

 


 ※ ※ ※



「――――楓、莱夏!」

「……示杞?」

「お兄ちゃん?」


 ”彼”は楓と莱夏に声をかける。

 二人は、本来の体に戻ったはずの”彼”をいとも容易く見抜いた。


「……伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「?」


 だが、二人のその呼び方は、”彼”について誤解していることを意味していた。

 だから、”彼”はその誤解を解くために二人に伝える。


「俺は、癒川示杞じゃないんだ」

「!? どういうこと!?」

「……まあ、その体を見れば何となく想像はつくけど」


 混乱している楓と冷静な莱夏。


「その体が本当のお兄ちゃんってことでしょ?」

「……ああ、そうだ」


 莱夏は”彼”の体の様子から察しがついていたらしい。


「でも、それがどうしたの?」

「!?」


 それでも彼女は、それが何とでもないような表情をする。

 

「だって、私と一緒に暮らしていたのはお兄ちゃんで変わらないでしょ?」

「!」


 何故ならば、”彼”が莱夏の兄として暮らしていた事実は不変なのだから。


「……正直、どういう状況なのか詳しくはわからないけど、私もそう思う」


 混乱していた楓も莱夏と同じようだった。


「私が一緒にいたのは、今目の前にいる示杞だから」

「二人とも……」


(深く、考えすぎたのかもな……二人とも俺を見ていた)


 ”彼”は再び『繋がり』を実感する。

 体を変えても、変わらない人との『繋がり』を。



「――――言っただろ。『勝手に僕のものにするな』って」

「示杞……」


 それを実感した”彼”の下に現れたのは本当の示杞。


「それは紛うことなく君のものだ。大切にしろよ」

「……ありがとうな」

「馬鹿言え、君がさっさとケリつけなくて僕がこのままなのが嫌なだけだ」

「ふ」

「……何で笑うんだよ」

「いや、示杞もそうだなって」

「?」


 ”彼”にとって、示杞も同じだった。

 ”彼”が迷ったときに、口調は荒いけれど”彼”に向けて言葉をかけてくれた。


 楓と莱夏の方へ振り返る。


「その人が本当の示杞……?」

「ああ、そうだ。示杞は俺のせいで示杞として過ごせなかった。だから、どうか仲良くしてほしい」

「お前……」


 そんな示杞に、”彼”がするのは罪悪感の払拭ではない。

 示杞がこれから日常を送れるように、尽力することだ。


「……私、まだ混乱しているけど……よろしくね?」

「まあ、お兄ちゃんみたいな人が一人増えても面白そうだし」

「いや、僕はコイツとは違うからな!?」

「…………示杞、そういうの莱夏の思うつぼだから気をつけろよ」


 楓も莱夏も示杞のことを受け入れてくれる。

 だからこれからは示杞も一緒だ。


 守った日常を、示杞も”彼”も欠けることなく過ごしていくのだ。



 ※ ※ ※



「……そういえば、二人の呼び方どうするの?」


 四人で話していると、楓が一つの疑問を口にした。

 ”彼”と示杞の呼び方をどうするかだ。


「まあ、示杞は示杞でいいだろ。問題は俺の方か」

「呼ばれた気がする!」

「いや、呼んでない」


 呼び方の話をした途端、すぐさま現れた男。

 何でもかんでも名付けたがる『ネーム魔』こと南陽。


「君のあだ名の付け方は信頼できないな。僕のじゃないからいいけど」

「おい!」


 南陽のあだ名に因縁がある『ビンゴ』と『ゴビ』(南陽命名)の二人。

 

「まあ、俺のあだ名が不評そうなのはおいておいて。俺はあだ名をつけるために来たんじゃない。既にあるだろ?」

「……あ、ああ」


 ”彼”は既にあだ名をつけられていた。

 そのあだ名を使おうということだと”彼”は納得する。

 そのあだ名は――――



「うん、じゃあよろしく『ゴビゴビマン』」

「なんでだよ!?」


――――『ゴビゴビマン』。

 最初に南陽が”彼”につけたあだ名。

 これが省略され、『ゴビ』となったのだが。

 何故か莱夏がそれを覚えていた。


「おお、覚えてくれていたのか! 俺がつけたあだ名! じゃあせっかくだしそれに――――」

「――――やめて! 『ゴビ』にして!」


 『ゴビ』も由来が”彼”にとっての黒歴史(自己紹介)であるので抵抗があるものの、『ゴビゴビマン』よりはマシだと譲歩する。


「むう、じゃあ『ゴビ』にするか!」

「ああ、よかった」


 『ゴビ』は他でもない自分に南陽がつけてくれた名前であり、”彼”の『繋がり』の一つだ。

 由来はともかく。


「じゃあ、よろしく。ゴビお兄ちゃん」

「よろしく、ゴ、ゴビ?」

「……よろしく、ゴビ」

「よろしくな! ゴビ!」


 少し残念そうに躊躇いもない莱夏と、困惑している楓。

 とても嫌そうな示杞と、意気揚々とした南陽。

 『ゴビ』の呼び方は様々で、そのあだ名への気持ちが表れているものの、この挨拶を皮切りにゴビとしての物語は紡がれていく。


「ああ、これからもよろしく!」



 ※ ※ ※


 

「――――無事に上手くいったようですね。よかったです」


 ゴビたちから離れた場所で、綿としいらは彼らの様子を眺めていた。


「…………まあ、私が今何か言うというのも野暮ですし、それに……」

「お姉ちゃん?」

「ううん、何でもない」


 綿は思い出す。 

 しいらに『天の癇癪』による異変が起きた日のことを。

 意識が途切れた後に、しいらが発した言葉。


『……おはよう、お姉ちゃん?』


 その様子がおかしいことを綿は一瞬で理解した。

 『お姉ちゃん』と呼ぶのに、やや不安そうで。

 口調も振る舞いもしいらのそれとは違っていた。


 綿はそれが『天の癇癪』による症状であると判断していた。


(……感謝、しないといけないですね)


 だが、それは違った。

 この異変は”彼”、すなわちゴビによるもの。

 『天の癇癪』の影響とゴビの憑依が共存した。

 そのために、『天の癇癪』による被害が最小限に抑えられた。


「ただ、今までも、これからもずっとしいらと一緒だなって」

「……! うん!」


 離別などなく、綿としいらは共に暮らし続ける。

 これからもずっと。


「……今なら『ふともも』ってあだ名になったのを帳消しにしてもいいかもしれませんね」

「そう? 『ふともも』お姉ちゃん」

「やっぱりダメ!」



 ※ ※ ※

 

 

「ふう。とにかく一段落したな」


 皆と別れ、一人となったゴビ。

 

「つぐもに感謝しなきゃ」


 背中を押してくれたつぐもに感謝しようと後ろを振り返る。


「あれ」


 だが、つぐもは既にそこにいなかった。

 

「先に帰ったのかな」


 ゴビが無事楓たちに伝えたいことを伝えたのを見て安心したのか。

 それとも他の理由なのか。

 ひとまず、つぐもは彼女の家にいると推測した。


「行ってみるか」



 ※ ※ ※



「…………いない」


 つぐもが暮らしていた部屋は鍵が開いたまま帰っていないようだった。

 

「何かあったのか? いや、単に出かけてるだけかも」

 

 事件があった直後で、神経質になっているのかもしれない。

 そう考えて、ゴビは部屋の中で待つことにした。


(勝手に入るのはアレだけど、鍵開いたままってのも不用心だし)


「……来ない、か」


 だが、待っても待ってもつぐもの姿は見えない。


「……今日は色々あって、ちょっと眠い、かも」


 待っている間に眠気がゴビを襲う。

 瞼が重くなって、視界が閉じていく。

 そして、つぐもと会うこともなくゴビは眠ってしまった。



 ※ ※ ※



「――――ぱり、――――ってるよ」

「ん?」


 ゴビは再び目を覚ました。

 自らの手をグー、パーとしながら感覚を確かめる。その感覚で人に憑依したことを理解した。能力の根本たる『偽神』がいなくなったというのに、何故か憑依は健在だ。

 それがいいことか、悪いことかは彼にはわからない。

 だが、今回も状況を確認すべく、目をこすって、ぼやけた視界をはっきりさせる。


「?」


 次第に何かが目の前で動いていることに気がついた。人。女性。だんだんと目の前の物体の情報が明らかになっていく。


「あれ、二人とも何を」

「ゴビくん!?」

「何でもないよ、し、ゴビ!」


 視界が完全に明瞭になる前に、目の前の人が楓とつぐもだということがわかった。それを口にした瞬間、楓はつぐもの前に立ち、つぐもの姿を隠した。つぐもも姿は見えないが、声からして焦っているようだった。


「何でもなくはないだろ……」


 見るからに怪しい動き。今いる場所は、楓の家。憑依したのは楓の母親。危険はないだろうが、ゴビはそう言わざるを得なかった。


「そうかもしれないけど、まだ秘密! ほら、おやすみ、元の体に戻って!」


 それでも、楓は譲らない。ゴビの目を隠し、ベッドに誘導する。そのまま、ゴビはベッドに横たわった。


「いくらなんでも……イタイイタイイタイ! わかった、わかった! 戻るから」

「よし」


 楓の指によってゴビの目に上下から力が加えられる。何とか言葉で抗おうとしたゴビを楓は力でねじ伏せたのだ。


(……一応、この体、楓の母親のなんだけどな……)


 そんなことを思いつつ、ゴビは眠りについた。幼馴染のベッドに横になっているというのに、全くドキドキしないシチュエーションだった。



 ※ ※ ※



「――――ゴビ」

「う……うん?」

 

 そんなこんなでゴビは半強制的に憑依を終わらせられ、睡眠を経て、元のつぐもの家、ゴビの体に戻った。少し前に聞いたばかりの声と共にゴビは目覚めた。

 

「……楓」

「ここで寝てたんだ」


 その声の正体は、楓。

 仰向けになったゴビの目の前に顔を出す。


「もう、朝だし。ここつぐもちゃんの家だけど?」

「いやだって、鍵開いてて不用心だったから」

「それで寝てちゃ意味ないでしょ。泥棒が来てもある意味びっくりするけど」

「返す言葉もございません」


 ゴビがここにいる理由は、彼が寝てしまったことであっさりと論破された。


「……ところで、つぐもは?」

「あ、そうだ。教えてなかったね。もう大丈夫。早く見に行ってあげて」

「?」

「折角サプライズのためにゴビに内緒にしてたのに、見てもらわないとだもんね」


 ゴビは楓に言われるがまま、つぐもの家を出る。

 出た先は、ごく普通の通路。

 ただ、ゴビがよく通っていた通学路であるというだけだ。


「――――待ってたよ。ゴビくん」


 その先に立っているのは、白髪の少女。

 彼女は髪をなびかせてこちらを振り向く。

 

「初めまして。また、会ったね」

「……!」


 そこにあるのは、()()()()()()姿()

 ずっと救いたかった少女が、多くの中学生がしているような服装で、通学路に立っていた。


 ゴビとして挨拶するのは初めてで。

 それでも二人の『繋がり』は消えていない。

 彼女が口にしたのは、そんなことを意味する挨拶だった。

 

 これは、始まりだ。

 ずっと守りたかった彼女の日常が今、目の前にある。


 歓喜で声が震える。

 涙腺も緩んでしまう。

 

 だが、ゴビは約束を覚えている。

 『一緒に日常に帰る』ということを。


 それならば彼が言うべきことは、決まっている。


「つぐも!」

「ゴビくん?」


 『一緒に日常に帰る』と約束したのであれば、彼がかけるべき言葉は日常の言葉。

 別れの挨拶であれど、それと同時にまた出会うことを約束する挨拶。


「行ってらっしゃい!」

「……! うん!」


 その言葉を耳にしたつぐもは、これ以上ない満面の笑みでゴビに告げる。


「行ってきます!」


――――出会いと別れの挨拶を。

 

 たとえ、かつての体と別れを告げても『繋がり』に別れを告げる必要はない。

 たとえ、新しい体に出会いを告げても『繋がり』が初めからになるわけではない。

 

 ゴビがゴビである限り。つぐもがつぐもである限り。二人の繋がりは消えない。

 彼は示杞としては偽物でも、彼としては本物なのだから。


 もう、彼は自分を見失うことはない。

 だって、彼として本物でいさせてくれる大事な存在に気付いたのだから。


――――通学路を歩むつぐも。

 それをそっと見守る。

 手を振りながら、太陽に照らされ輝くその体は、昔もこれからも、彼を本物でいさせてくれる灯火だった――――





 

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