十四話『ドアの向こうの体重計と』
「はっ」
目を覚まし、上体を起こす。
「……元に戻ってる」
俺がいるのは、ホテルのベッド。
研究所での出来事を思い返す。
突如体に走った、得体の知れない激痛。
…………これじゃ。
つい、勝ち目がないなんて思ってしまう。
「いや、違う。仮にそうだとしたら、既に終わっている」
でも、一瞬よぎったその考えを切り捨て、落ち着いてあの時の状況を分析する。
もし、敵が装置も接触も必要とせず、あの激痛を与えられるとしたら、それだけで十分のはず。
あの老人が素手で戦う必要もない。
「弱点があるはずだ」
考えられる弱点――――距離、時間、体力。
仮にそのどれかが弱点だった場合の対応策をまとめておく。
「よし、前向きに前向きに」
まだ、始まったばかりなのに後ろ向きになっちゃだめだ。
つぐもを助けるために、着実に少しずつでも進んでいこう。
※ ※ ※
「――――と、いうわけで。研究所は確かにあの山に存在した」
再び俺、名織、綿さん、しいらの4人は集まった。
ひとまず、憑依の成果を報告する。
「よーし! ゴビ、ナイスだ!」
「ありがとうございます、示杞さん」
「否、このふとももフェチのこと。嘘の可能性有」
「いや、別にふとももフェチじゃないし、嘘じゃないから!」
一応、それ相応の成果を得たはずなのに、赤髪の少女、しいらは相変わらずの対応。
――――この子と普通に話せる日は来るのか…………?
※ ※ ※
少し時が経ち、話は作戦のことに切り替わる。
「まあ、絶対に潜入だ」
「ああ」
「潜入だ」
「…………ああ」
「潜入だ」
「もういいわ! どんだけ要領が悪いと思ってるんだよ!?」
最初の名織の一言から全く進まなかったけど。
「だって、ゴビはすぐ無茶するからな~」
「うっ、無我夢中になってしまうことは認める」
「とにかく、ゴビはオッケーだとして。潜入という方針でいいか? ふたりとも?」
「誰がふとも…………違いました大丈夫です問題ありません」
「オイコラソコノふとももフェチ。ウチノ綿ガふたりともヲふとももトカンチガイシテシマッタジャナイノ。ドウスンダ」
「いや、誰!? あとどうにもできないから!」
「しいらも解説しないで恥ずかしいから!!」
ふたりともをふとももと聞き間違えた綿さん。
あえてそのことを口に出すしいらを、恥ずかしそうに制止する綿さんの声が部屋中を響き渡った。
※ ※ ※
「はあ、何かどっと疲れた」
作戦の詳細を話し合った後。
俺たちはすぐに解散し帰宅した。
今は俺の部屋のベッドの上。
『いいか、ゴビ。これからは憑依で先走るんじゃないぞ』
名織の言葉を思い返す。
「確かになあ」
その言葉は理に適っている。
憑依は情報収集にはもってこいだけど、いざ決戦となると扱いづらい。
来るとわかっている暗殺者のようなものだ。
一般人より戦闘力はあると思うが、多少かじった程度だから、正面衝突で勝てるとは思えない。
「大人しく実行の日を待つとするか」
実行の日は来週の土曜日。
俺を追い返したとはいえ、誰かしらに乗り込まれ攻撃されたとなると、研究所の警戒はしばらく続くだろう。
時間をあけてから、潜入するのがいいと満場一致で決まった。
「じゃあ、さっさと寝て、健康に当日を迎えよう」
“きゃあああああああ!!”
「何!?」
ベッドに横たわり、目を瞑ろうとした瞬間。
金切り声が鼓膜を響かせる。
――――この声、莱夏か!
俺は声の聞こえた下の階へと向かう。
――――研究所の奴らがこの場所を突き止めたのか!? たった一日で!?
階段を駆け下り、廊下を走り込み。
ドアの前へと立ち、勢いよく開ける。
“バンッ”
「だいじょう、ぶ……?」
「あ」
その先には俺を見つめる目。
いや、助けを訴えているような目ではなく、ポカンとしてる。
…………助けて!
むしろ、俺が助けを求めたいくらい。
目の前の呆然としていた顔から睨み顔に切り替えた女性に怯えて。
「いや、出て行ってよっ」
「あ、ごめん」
目の前の女性、妹の莱夏は少し赤面させながら部屋のドアのほうを指さす。
そんな莱夏は体重計に乗っていて、装甲は上下一枚ずつ。
それによって生まれる妙に居づらい雰囲気。
俺は一歩一歩と恐れながら後ろ向きでドアを閉めた。
「ご、ごゆるりと」
少しでも機嫌を取るための言葉を添えて。
※ ※ ※
「…………やってしまった」
悲鳴を聞き、駆け付けてみれば何たる始末。
莱夏にとっては一大事ではあるのだろうけど。
「謝らないとな」
“コンコンコン”
先ほどのようなことにならないよう、しっかりとノックをしてドアを開ける。
「――――ん?」
「何、してんの?」
「ひっ、ってなんだお兄ちゃんか」
莱夏は手に持っていたものを素早く体の後ろへと隠す。
「……?」
「なんでもないから!」
「お、おう? じゃ、じゃあ最後にその虫眼鏡と小さなスイーツが何だか教え――――」
「黙って」
「ゴフッ!」
俺の腹部に莱夏の拳が押し込まれる。
……聞かない方がよかった。
「イテテ」
「ったく、いや。もうこうなったら」
迷った様子を見せて、莱夏は隠していた虫眼鏡とミニチュアなスイーツを徐に机の上に置く。
「ん? 話してくれるのか?」
「ま、まあそういうこと。相談がてらにね」
莱夏は息をついて話し始める。
「太った」
「うん」
「ダイエット手伝え」
「う、うん?」
「だって、お兄ちゃんにも原因はあるんだから」
「あったっけ?」
「お兄ちゃんにショートケーキあげたのに、私に食べさせた」
「あー……」
莱夏に言われて思い出す。
ご褒美としてのショートケーキを莱夏と分けた記憶。
そして、思考は停止する。
「――――ン!?」
少しの時を経て、再び脳が活性化された。
「それだけ!? こじつけじゃない!?」
どう考えても、太った原因がそれだけのはずがない。
「いいから、手伝って…………お願い、だから」
でも、莱夏は俺に頼み込む。
最後の方には声がか細くなっていた。
こうなると、正直俺は弱い。
「仕方ないなあ」
「ちょろ」
「おいっ!?」
……という俺の性格を見事に利用された。
――――まあ、本気で困ってるみたいだし、これで解決できるならいい、か。
そんなこんなで、俺と莱夏のダイエットの日々が始まった。




