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その体に出会いと別れの挨拶を ~あの日、憑依した少女にもう一度出会うために~  作者: 炭本 良供
一章「サーフェイス」

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十三話『能力は見えぬ場所から』

「う、うーん」

 

 俺はいつものように、とある場所で目を覚ます。

 だけど、今回は何も手がかりのない場所というわけではない。

 俺があのホテルで寝たのは、研究所があると推定される山にいる何らかの生物に憑依するためだ。

 俺の憑依の位置は、俺の体の位置と時間に依存する。

 丁度いい時間でここに憑依できる場所が、あのホテルだったのだ。


 目を擦って、ぼやけている視界を鮮明にする。


「ここは……」


 目に映ったのは、あまり物の置かれていない真っ白な部屋。

 加えて、この部屋の構造や雰囲気。

 部屋の特徴が俺の記憶と合致していた。


「ここが、あの研究所だ」


 目的の場所に憑依できたことを理解した。

 早速、俺の体の状態を確認する。

 身に着けているのはいかにも研究者のような白衣。

 肉体は、およそ30から40代くらいの男性。

 ポケットにはペンや電卓などの道具があった。


――――ん?


 ポケットを漁っていると、気になるものがあった。

 それは、使い古されたメモ帳。


――――もしかしたら、つぐもの記憶を取り戻す手がかりがあるかも。


 メモ帳を1ページずつめくってみる。


…………?


 だが、そこに書いてあるのはスケジュールや関係のなさそうな実験のメモばかり。


――――やっぱり、そう簡単には…………何だこれ?


 更にページをめくると、ある部分が目に留まる。

 全く内容がわからない。

 文章に欠落があるわけではなく、単純に俺にその知識がない。

 ただ、ひとつだけ。

 見覚えのあるものがある。


――――これは、あのときの。

 

 それは、俺がつぐもに憑依したときに見つけた、人が一人分入れるほどのカプセルの全体図。

 部屋の外にいた女性に言われるがまま、そのカプセルに入り、苦痛を味わわされた。

 でもやっぱり、それを考慮しても理解できない。知らない名称が多すぎる。


――――他には情報はないみたいだし、別の所を当たってみるか。


 部屋の扉をほんの少し開け、その隙間から外を覗く。

 見えたのは、真っ白な長い廊下。


…………ホテルみたいに部屋が枝分かれしてついてる感じなのか。


「っ」


 ドアの隙間から見える廊下を往来する男女。

 一瞬、動揺したけど、問題ないはず。

 俺は、ここの人間に憑依している。

 変なことをしなければ、自然と辺りを探索できるはずだ。

 

 緊張しつつドアノブを握り締め、いざ廊下へと踏み出す。


…………よし、バレて、ないな。


 周囲の人たちに紛れ込み、辺りを探索する。

 どうやら、ここら一帯の部屋は個室となっているようで、鍵となるカードがないと開けられないみたいだ。

 

――――『PICM』で個人情報を記録すれば鍵としても使えるはずだけど――――ないな。

 

 空中に浮かぶ触れない板の様なもの、『PICM』。

 日常生活で様々な役割を果たす必需品。

 この人はつぐもと同じで『PICM』がない。


――――ここの人は全員そうなのか? もし、そうだとしたら何で?


 故意に使用しないのか、使用することを禁止されているのか、使用する機会を与えられなかったのか。

 廊下の奥へ歩を進めながら、考えられる可能性を頭に浮かべる。


――――ん?


 考えているうちに目の前の存在に気づく。


「……っ!」


 思わず声が出てしまいそうになるほど大きな扉。

 荘厳で堂々と佇むそれが醸し出す怪しい雰囲気。


…………何かありそう、だけど。鍵がないと開かない、か。


 開かない扉を仕方なく諦め、道を折り返す。


「ッ!」


 そうしようとして振り返った時だった。

 目前に立つ、年寄りの男。

 彼の目は俺を睨み、心の奥底を見透かす様。

 辺りにはいつの間にか人はいなくなっていた。

 いるのは、俺と老人の二人だけ。

 わずかな沈黙の後。老人が口を開く。


「キミ。そこで何している」


 下手な返答は許されない。

 この研究所の人間に憑依しているとはいえ、裏切りだと判断されれば、そのまま処分されるかもしれない。

 だけど、相手は老人たった一人。

 肉体が元の体より年を取っていようと問題はない。


――――申し訳ないけど、気絶してもらうしかないな。


 俺は足を一歩踏みこみ、容赦なく老人の顔面に拳を振るう。


「ッ!?」


 でも、既に俺の目の前に人の影はない。


「暴力は避けたいのだが。その()は儂らの仲間のものなのでね」

「何ッ!?」


 すぐ真横で、俺の正体を示唆するような声が聞こえる。

 そこには、先程の老人。

 即座に俺は引き下がる。


――――憑依していることがバレてる!? 何で!?


 何で。どうして。

 そう、考えている間にも老人は距離を詰める。

 老人とは思えないほど、動きが軽い。


「っ、このッ!」


 老人の攻撃に備える。

 確かに、老人の動きは俊敏。

 だけど、路地裏で見たつぐもに比べれば到底及ばない。


――――見える。


 最低限の動きで攻撃を躱す。

 相手の息づかい、攻撃の軌道、隙を窺う。

 そして、見極める。


「ここだッ!」

「くっ」


 老人を押し倒す。

 振り払われないように、手足を封じる。

 老人は最早抵抗することができない。


――――これで、憑依終了の時間まで待とう。


 出来る限り情報は手に入れた。

 ここが目的の研究所であることも、内部の様子も。

 だから、俺はひとまず撤退すればいい。


「――――が!?」


 そう、思っていた。

 突如、体に走る激痛。

 思わず、老人の手足を放し転倒する。

 

「ようやくか」

「これ、は」


 目眩、吐き気。全身の神経が引き裂かれるような痛み。

 忘れることなどありえない。

 この痛みは、あの日、つぐもの体で感じたものだ。


――――な、ぜ。


 あのカプセルは今ここにない。

 特別な装置のようなものも見当たらない。

 ただ、俺と老人しかいないはずなのに。

 

 意識が薄れつつも、生まれていく不安。

 もし仮に装置を必要とせずに、この痛みを与えられるとしたら。

 敵がそれを可能とする、憑依とは違った異能をもつとしたら。


――――勝てる、わけ、が……!


 そう、思ってしまう。

 ずっと、追い求めていた研究所で。

 つぐもを助けると決意したこの場所で。

 

 情けなく、『助けられるのか?』、だなんて思ってしまう。

 自分の不甲斐なさを蔑みながら、視界が霞んでいく。

 俺の決意に対する恐怖と不安が押し寄せて――――…………。


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