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第三十七章

 ケーブルがキキの後頭部に接続された瞬間、キキはその感触と共に様々な記憶が蘇るのを感じていた。これが『走馬灯』というやつか、とやけに冷静な自分がいて、その自分は次から次へと湧き上がってくる記憶の一つ一つを写真のように眺めていた。その記憶の波にはキキが小さかった頃に――もうそんなものは存在しないと分かっていたが――祖父と油にまみれて遊んだ記憶や、アンジーとランバートと出かけたときのことのようなごく最近のことも含まれていた。頭の中のキキは、たまに記憶を手に取ってしげしげと観察した。祖父に倣って、はじめて一人でアンドロイドを修理したときのことを思い出した。あのとき自分が握っていた工具の感触や家の匂い、祖父の言葉、客の言葉、修理に出されたアンドロイドのこともすべてまざまざと思い出すことができた。それが嘘偽りの記憶であることに、もうキキは失望しなかった。ただただ祖父の技量の高さに驚いていた。

 記憶の波は次第に天井に吸い込まれるように消えていった。それが恐らく『アリア』の中に流れ込んでいるであろうことは確かだった。空っぽの部屋のような場所に取り残されたキキの前に、現れたのは祖父だった。キキが街から持ち出した作業着を着て、いつも通り溶接用のゴーグルを頭につけ、煤で薄汚れた顔をしている。隣には小さなランバートが立っていた。キキは思わず「お祖父ちゃん」と呟いて祖父とランバートに近づこうとしたが、途中には透明な壁があり、キキはそこに頭をぶつけて止まった。祖父とランバートはキキのように意志を持った存在ではなく、データとして記録されたものだった。それでも祖父は「キキ」と慈しむような声を出すと、キキのことをしっかりとその目で見ていた。


「お前に関するすべての真実を隠していたことを、まずは謝りたい。時が来たら、いつか話そうと思っていた。お前が、自分が他の子供たちのように成長できないと分かったら、真実も隠せなくなっていただろう」


 キキの祖父がゆっくりと話し始めると、キキは食い入るようにデータの祖父を見つめていた。「お前の存在は感づかれた。直に誰かが、私からお前を奪いに来るだろう。残された時間は少ない」と祖父は続け、きょろきょろと辺りを見回した。これは何らかの形で録画されたデータであるらしい。祖父はそのとき、自身を狙いに来る『誰か』と、その話を聞き及んでしまう可能性のあるキキを心配していたのだ。その証拠に、祖父は声を少し潜めて続けた。


「このデータを見ているということは、もう分かっていることだろうが、ランバートはお前を守るために造ったものだ。連中の注意を逸らすために。だが同時に、このデータを見ているということは、お前は自分がアンドロイドだと既に認識しているんだろう。危険に晒されていなければいいんだが、きっとそうもいかない」


 祖父はそこで額に手を当て、心底困ったような顔になった。「キキ、私はお前のことを本物の孫だと思っているよ」と祖父は小さな声で言う。キキはそこで、透明な壁に両手をついた。「お祖父ちゃん」という単語だけが、キキの口をついて出た。祖父はしばらく額に手を当てたままでいたが、すぐに振り切るように頭を振ると、再びキキをしっかりと見て言った。


「私からの最後の願いは、キキ、お前が生き抜いてくれることだ。人間じゃなくてもいい、アンドロイドでいい。お前には生きていく権利がある。喜び、悲しみ、自由に生きていくんだ」


 そこでキキはぽろりと片目から涙を流すと、祖父の言葉の続きを待った。祖父は最後に「愛しているよ、私の大事なキキ」と言い残すと、ランバートと一緒にかき消されるように消えていった。キキはしばらく呆然とその場に立っていたが、ふと振り返ると、そこにはドアが現れていた。懐かしい、祖父の家のドアだ。キキは吸い寄せられるようにそのドアに近づくと、ドアノブに触らないままじっとそれを眺めた。このドアを開ければ現実の世界に帰れる、ということがキキには分かっていた。だからこそキキは躊躇していた。現実に戻ったところで、自分はどうすればいいのだろうか。ふとキキはアンジーの顔を思い出した。続けてキャシーにビートル、ケルビン、アンダーソンの顔が浮かぶ。アンダーソンはあの場にいなかったが、彼らはキキを助けるためだけに、あの場所にいたのだ。キキはそこまで考えて、ぼうっとしていた顔を決意で固め、ドアノブを強く握った。自分は自由で、自分には決断する権利がある。ならば、とキキはドアノブを回し、思い切りドアを開いた。その先真っ白な光に包まれていて、キキは眩しさに思わず目を閉じた。

 そしてキキが目を開いたときには、同じように白い、ただし発光していない天井が見えた。戻ってきた、ということが分かるが早いか、キキは片手の枷から手を無理やり引き抜くと、ケーブルを引っ掴んで一気に後頭部から抜き出す。「何をしてくれるんだ!」というドクトルの本性が現れたような叫び声を聞きながら、キキはケーブルを放り出すように捨てるとドクトルに向き直った。


「気が変わった。わたしは今まで通り、人間として生きてく」

「その行いがどこまで自分勝手なものか、君は理解しているのか? その自分勝手さを、かつて君は嫌っていたじゃないか」


 ドクトルにもう余裕はなかった。演技的な仕草も、陽気な口調もなくなって、ただただ怒りをむき出しにしていた。「自分勝手なのはあんたも同じでしょ」とキキはすっかり自信を取り戻した強い声で言い、全神経を集中させて嵌められた残りの金属の枷を破壊しようとする。ドクトルは「ふざけるな」と叫んでキキを寝台に押し戻そうとしたが、キキは自由になった手でドクトルを押しのけて吹っ飛ばした。「ここから逃げられるわけがないんだ」と床に転がったドクトルは続け、白衣のポケットから取り出したスイッチをこれみよがしに掲げると、赤いボタンを親指で押す。同時に施設中にビーッという耳障りな音が響き渡り、ガラスの外にいたアンジーたちはそれぞれ耳を塞いでいた。その音に呼応するように、次から次へとレイダーボットが現れる。レイダーボットたちは外周にいたアンジーたちだけでなく、キキのことも狙いに部屋に侵入してきた。ドクトルはなんとか体勢を立て直し、ふっと笑うとすぐに高笑いになった。


「君の精巧な入れ物も壊したくはなかったが、これしか方法がないなら仕方がない」


 ドクトルはふっ飛ばされた拍子に痛めた腰をさすりながら、「キキ、これが最後のチャンスだ」とキキたちが聞いたことのないような低い声を出す。「大人しくアリアのために犠牲になるなら、あいつらは今度こそ約束通り逃してやる」とドクトルが唸り、キキはちらりとアンジーたちを見た。アンジーはもう怯えておらず、「キキ、話を聞いちゃダメよ」とガラス越しに甲高い声で叫んでいた。


「みんなで一緒に帰るのよ。また一緒にゲームセンターに行くの」


 アンジーの言葉に、キキは強く頷く。それを見たドクトルは「馬鹿な選択だ」と吐き捨てるように言い、レイダーボットに指示を出すように右手を上げた。レイダーボットたちが一気に銃を構え、キキと外周にいた一同を狙う。

 これで終わりだ、と誰もが思ったその瞬間、レイダーボットたちは急に脱力したように銃を下げると、シュウン、という音を立てて次々と動作を止めていった。「なんだ、どうした」と叫ぶドクトルをよそに、レイダーボットたちはぴくりとも動かなくなる。その光景をキキも一同も驚いて見ていたが、施設についているスピーカーから、少女の声がした。少女は「パパ、もうやめて」と落ち着いた声で言った。

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