里帰り……?
それから日も暮れた頃。
酒場〈千年の祝杯亭〉の一角。
丁寧な字でしたためられたマールの手紙を、ダスクは何度も何度も読み返していた。
「元気そうで、良かった」
そう言って微笑むダスクは以前よりもさらに身体は逞しく、薄っすらと幾つも残る身体の傷跡が相当な修羅場に身を置いている事を証明していた。
いつかマールと再び肩を並べてパーティを組む。
その思いが色褪せていないのが、ひと目で分かる。
ダスクは手紙を懐に大切にしまいながら口を開いた。
「俺も、来季には〈探索者〉の試験を受ける。自分で言うのもなんだが、これでもだいぶ実力は付いてきたつもりだ」
「ああ。ダスクなら、きっと大丈夫だよ」
俺が微笑んで頷くと、ミアも同意する。
「そそ。学園のへたな生徒たちより、よっぽど頼りになるわ」
「はは。ありがとうよ。それにしても……コージがテノン王の命を救って貴族の仲間入りを果たすとはなぁ」
ダスクが、色々と思いを馳せるように天井を見上げる。
「……なんだか、お前がこの街にいたのが夢だったみたいだぜ。なぁ」
ダスクがそう言って笑いながら、カウンターの中にいるマスターに同意を求める。
「初めてこの店にやってきた時は、正直『こんな貧弱な坊やが冒険者なんか出来るわけない』と思ったもんだけどな」
「あ、それ私も思った」
マスターとミアが顔を見合わせて笑う。
するとその時、酒場の扉が勢いよく開いた。
「コージ!? コージが来てるって──!!」
「……ウィル!?」
全開になって揺れる扉の前で、肩で息をする少女──それは、ここ〈千年の祝杯亭〉のマスターの一人娘、ウィルだった。
レッジェーロ防衛戦のおりには、俺たちのパーティに混ざって街を守った勇敢な少女だ。
あの頃より随分と背は伸び、チュニックに革のパンツを履いた様子は大人びていた。
「コージ!」
駆け寄ってきて俺に抱きつく。
「わっ。はは。相変わらず元気だな」
すると、酒場のカウンターからマスターがいさめる声が飛んできた。
「こら! 男爵様だぞ。無礼をするな!」
「なんだよー。コージはコージだろー? この街じゃ、貴族も漁師も冒険者もみんな一緒でしょ!」
ぶー、と頬を膨らませて抗議するウィル。
俺はウィルが胸から下げた銀色のタグに気がついて声を上げた。
「これ……冒険者タグじゃないか! しかも、ランクD!」
「ほんとだわ。凄いじゃない、ウィル!」
俺たちが言うと、ウィルは俺から離れて自慢げに胸を張った。
「ふふん。ま、ね」
「冒険者登録してから、わずか半年だ。まったく、才能の塊みたいな奴だぜ。もっとも、危険を顧みず突っ込んでいくところが玉にキズだが……」
ダスクが言う。
俺たちはウィルも交えて、今までの積もる話を飽くことなく語り合った。
「あたしも、もう少し経験を積んだら首都に行くんだ」
「馬鹿野郎。お前なんか、まだまだだ。調子に乗るんじゃない」
ウィルが目を輝かせて言うと、マスターが口を挟んだ。
ウィルがそれに反論しようとした時、街の大鐘楼の音がそれを遮った。
「……いっけない! パーティの会議があるの忘れてた! コージ、ミア、またね!」
「あ、ああ」
俺たちが返事をする間もなく、ウィルは旋風のように酒場を出ていく。
しばし呆気にとられていた俺に、マスターがカウンターから出てきて声を掛けた。
「……コージ。アイツにはああ言っているが、近い内かならず、アイツは首都に行くだろう」
「…………」
「娘びいきかもしれないが……アイツの才能は、こんな小さな町で埋もれていていいもんじゃない。……アンタ達と同じようにな。だから──」
マスターはそう言って深々と頭を下げた。
「アイツが近い将来、広い世界に出ていった時は、くれぐれもよろしく頼む。この通りだ……!」
「ちょっ……やめてよ。そんなの当然じゃない」
うろたえるミアに俺も同意する。
マスターは頭を上げると、安心したように息をついた。
「ほ……。よかったぜ。ついでに、コージのとこに嫁がせてくれりゃ言うことないんだがな。がっはっはっは!」
そう言って豪快に笑う。
「へぇ……。よかったわね、コージ」
『ふ~ん』
隣で不穏な笑みを浮かべるミアと、不穏な魔力を放つ腰のバインダーに、俺は顔を引き攣らせて乾いた笑いを漏らすくらいしか出来なかった。
◆
翌早朝。〈モルデントの森〉へ向かう俺たちを、レッジェーロ冒険者ギルドの所長とアイーシャが見送ってくれた。
「森の再生と共に、スワンプドラゴンの生息数も増加している。くれぐれも注意して……って、キミたちには余計な心配だったか」
「っていうか、むしろ失礼ですよ。所長」
そんなやりとりをしながら笑い合う。
「じゃあ、行ってきます」
「明日の朝には帰るわ。二人も気をつけて街に戻ってね」
俺たちは二人に別れを告げると、馬首を揃えて森に入った。
森はあの頃と変わらず清澄な空気に満ちていた。
頭上から聴こえる鳥の声。
木々の葉が囁くように風にそよいでいる。
俺たちはしばし無言のまま、蹄が落ち葉を踏む音を聞いていた。
『コージ。近くにいるよ』
しばらくした後、リヴィアがそう教えてくれた。
「おーい! ピピルとププル! いるか!?」
森に俺の声がこだまする。
反応は無い。
もう一度声を上げようとした時、木々の間からふよふよと淡い光が近づいてきた。
『コージだ!』
『ミアだ!』
二人の妖精が俺たちの周りを飛び回って歓迎してくれる。
「久しぶりだな。森もすっかり元通りだ」
『そうだよ~! でもそのせいで、女王様が……』
『ププル! 言っちゃダメ!』
「……!? まさか、〈森の女王様〉の身に何かあったの!?」
ミアが驚いて問い詰める。
『う、うん……』
俺とミアは顔を見合わせた。
「まさか、お亡くなりになった……とかは無いよな?」
俺が恐る恐る聞くと、妖精二人はブンブンと首を横に振った。
「じゃあ……女王様にお会いできるかな? 俺たち、その為に来たんだ」
俺が尋ねると、今度は妖精二人が顔を見合わせた。
『たぶん……大丈夫だと思う』
『でもピピル。女王様があの状態じゃ……』
『ププル。女王様も会いたがってたじゃない』
『……うん! そうだね!』
どうやら、森の女王様はあまり良くない状態らしい。
クラスター(とリヴィア)が荒らした森を再生したせいならば、ぜひとも見舞っておかなければならないところだ。
「案内してくれるか?」
『うん!』
『では、〈森の真ん中〉にご招待するよ!』
俺たちはピピルとププルの後をついて森の中を進み始めた。




