女王フリジア・エオリア・ミクソリディア
普段は気が付かないような小道を進み、草のトンネルを抜け、森の奥深く入っていく。
すると、その先には見事な森林都市が広がっていた。
山の谷間に広がる、自然と融合した町並み。
妖精の為のものなので、人間の街に比べると建物がそれぞれ小さいが、それでもかなりの規模だ。
「こんな場所が森の中にあるなんて……! 地図にはどこにも載ってなかったわよ!?」
『人間はね、ずっとずっと昔に〈自然〉から離れてしまったから、〈自然〉の本当の姿を見ることが出来ないんだよ。君たちが見ている自然は〈外側〉だけ……。この〈森の真ん中〉のような〈内側〉のことは、もうすっかり忘れちゃってるんだ』
ピピルが少し寂しげに言う。
「〈自然の内側〉……」
人間は、もはや自然の中に生きていないのだろうか。
じゃあ、アボイドと人間の違いってなんなんだろうか……。
俺が黙考していると、バインダーからリヴィアが出てきた。
『あ! 海神さま~!』
『海神さま~!』
「久しぶり。あぁ。ここは変わらないなぁ」
懐かしそうに街を見下ろして、大きく息を吸う。
「来たことがあるの?」
ミアが尋ねると、リヴィアは頷いて微笑んだ。
「うん。何千年か前に」
「何千年ね」
スケールの大きな話に思わず苦笑する。
「ランスロットも来たことあるのか?」
『いえ、話には聞いていましたが、実際に来るのは初めてです。……噂通りの美しい街だ』
ランスロットが、最後は独り言のようにつぶやく。
『王宮に案内するよ!』
『こっち!』
俺たちは馬を降りて手綱を引きながら、街へと下るつづら折りの坂道を下った。
王宮はてっぺんが見えないほど大きな、玉ねぎのような形をした木造の建物だった。
木造と言っても、巨大な球形の外壁に継ぎ目はまったく無く、まるで初めからその形で生まれてきたような姿だ。
森の住人たちの建築技術なのだろうか。
爽やかな花の香が漂う中、丸い入り口から中に入り、まっすぐ廊下を進んでいく。
奥にある大扉の左右には皮の鎧を着て木の槍を持った妖精が二人浮かんでいて、俺たちが近づくとふよふよと立ちはだかった。
『何の用なのだ~?』
『ここは立入禁止だよ~!』
すると、ピピルとププルが俺たちを紹介してくれた。
『森を救った、召喚師コージと魔術師ミアだよ!』
『海神さまもいるんだよ!』
『ええ~!?』
言われた衛兵の妖精二人は、驚いたのかくるくると回転しながら後ろに下がると、慌てて頭を下げた。
『これは失礼しました~!』
『英雄殿と海神さま!』
その可愛らしい仕草に、俺とミアはつい吹き出してしまう。
俺たちは衛兵二人が開けてくれた扉をくぐって、謁見の間らしき大広間に入った。
謁見の間には一人を除いて誰もおらず、しんと静まり返っていた。
その一人は白い長衣を着た小さな女の子で、玉座にちょこんと座って足をぶらぶら箚せながら本を読んでいる。
五、六歳ぐらいか。鮮やかな緑色の長い髪。
よほど集中しているのか、俺たちのことにも気が付かない。
「……。えーと、女王様は?」
俺がキョロキョロとしながら尋ねると、
『いるよ~?』
『眼の前に~』
キョトンとした様子でそう言って、本を読む女の子を指さした。
「は……? ……ええぇぇぇ!?」
俺とミアが驚愕の声を上げると、ようやく女の子がこちらの存在に気がついた。
「な、なにものでちか!? ここはたちーり禁止でちよ!」
舌っ足らずに言う。
『女王様~! コージとミアだよ~!』
『それに海神さまも~!』
二人が言うと、女王様(らしき幼女)がコミカルなオーバーリアクションで驚く。
玉座から飛び降りて、俺たちの方に『とてとて』と小走りで向かってきた。
「あなたたちがコージとミアでちか……!」
俺とミアをしげしげと眺めて感心したように頷く。
「わらわは、森林のもりびと。フリジア・エオリア・ミクソリディア。あのクラスターを退治した働き、〈森の真ん中〉の民を代表して感謝するでち」
「ほ、本当に女王様なの……?」
戸惑うミア。
『本当だよ~!』
『女王様は、森の再生にエネルギーを使用してしまって、年齢が数百年逆行しちゃったんだ!』
「じゃあ、まじでこの幼女が〈森の女王〉……!?」
「あわわわっ……!」
俺たちは慌てて新緑色の髪の幼女の前に跪いた。
「とんだ失礼をいたしました……!」
ミアが跪いたまま頭を垂れるのを、森の女王フリジアは笑って許した。
「あはは。気にするでないでち。それより、他にも三人勇敢な冒険者がいたと聞いたでちが……?」
リヒャルトとマール、あとウィルも数に含まれているらしい。
「炎術師リヒャルト、神聖術師マール、あと……剣士ウィルは、街の方に。代表として、二人で参りました」
ミアが答える。
そこで、フリジアは隣に立ったまま部屋をキョロキョロ見渡しているリヴィアに気がついた。
「こちらの方は何者でち?」
『海神さまだよ~!』
「えぇっ!? い、いらしゃっているなら先に言うでちよ!」
『さっき言ったよ~』
怒られたププルが不満げに言い返す。
フリジアはそれを聞く余裕もなくリヴィアの前に跪いた。
「偉大なるしげんの海神たま。このたびはよくぞ森のたみのもとへ来てくださいました……でち」
リヴィアはしゃがみ込むと、フリジアの頭をぐりぐりと撫でて笑った。
「懐かしいなぁ。先々代……かな? キミのひいお祖母ちゃんとは、よくここで会ってたから。……よく頑張って森を再生させたね」
「こ、光栄でち……!」
フリジアが瞳を潤ませる。
「ねぇ、コージ。ちょっと街の様子を見てきてもいいかな?」
「あ、ああ。俺は構わないけど……」
ちらりとフリジアを見ると、
「もちろん大歓迎でちよ! ピピル! ププル! 海神さまをご案内するでち!」
『は~い!』
『さ、こちらでち!』
「コージ。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
リヴィアは、ふよふよと移動し始めた妖精について謁見の間を出ていった。
フリジアはそれを見届けると、
「ここではなんでち。こちらへどうぞ」
そう言って俺たちを別の部屋に案内した。




