大いなる危機
案内された部屋は王宮二階のテラスだった。
木製の丸テーブルに椅子が数脚。
丸くくり抜かれた壁の向こうには〈森の真ん中〉の街並みが広がっている。
遠くに、ピピルたちと連れ立って歩くリヴィアの姿が見えた。
「街からここまでは、それなりの長旅だったでちね」
女王は使用人の妖精に運ばせた茶道具で不思議な色合いのハーブティを淹れてくれた。
背が低いので椅子の上に立っている。
「あ、危ないですよ……!」
「大丈夫。もう慣れたもんでち」
言いながら器用に俺たちに茶の注がれたカップを出してくれる。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「あ、美味しい……。すごく落ち着く香り」
口をつけたミアがホッとしたような表情で言う。
「カモミールに新月草をブレンドしてあるでち。疲れがとれるでちよ」
女王は茶道具を端に寄せると、「よいしょ」と椅子に腰掛けた。
彼女の椅子は一段高くクッションが敷かれている。
「して、今日はどういった用向きで来たでちか?」
俺はカップをテーブルに置くと背筋を正した。
「はい。まずは、お貸しいただいていた馬二頭をお返ししようかと……」
「わざわざ返しに来るとは……ずいぶんと律儀な人間でちね」
驚いたように笑うフリジア。
「それと、もう一つ。お聞きしたいことがあって参りました」
俺が言うと、フリジアは小首をかしげた。
「……? わらわに答えられる事なら、なーんでも言うでち」
「〈ドゥラメンテ連山〉についての事なのですが────」
俺があの山で感じた気配について詳細に話して聞かせると、フリジアは「ふみゅー」と唸って何かを思い出すように目を閉じた。
「……〈ドゥラメンテ連山〉の見えざる視線……。それはきっと、この一帯の〈大地の観察者〉……山神〈ルフ〉でち」
「山神……〈ルフ〉?」
ミアの呟きにフリジアが頷く。
「この大陸を守護する神々の内の一柱。二千の年月を生き、山河乾坤に宿る命を見守る山の長でち」
「ということは、リヴィアと同類……?」
俺が尋ねると、フリジアは首を横に振った。
「海神さまはあまねく生命の根源。無から有、有から無をつかさどる、この世界のことわりを越えた存在でち。大陸の一部を護る山神とは、比べるべくもないでち」
「話を聞くたびにリヴィアが怖くなってくるから、やめてもらいたいんだけど……」
ミアが口元を引きつらせながら言う。
「そっか。やっぱりあれは〈ルフ〉だったんだ」
いつの間にかテラスの柵に腰掛けていたリヴィアが足をぶらつかせながら言った。
「海神さま!」
「リヴィア。どっから来たんだよ、まったく」
「えへ。歩くの面倒になって飛んでたら、ここにいるのが見えたから」
悪戯っぽく笑って言葉を続けた。
「あたしの知ってる〈ルフ〉と気配がそっくりだったから、多分とは思ってたんだけど……。でも、ずいぶん波長が弱まってたから不思議だったんだ」
『それに、あの気配……。大小二つの存在を感じました』
「ランスロット……」
ランスロットを召喚すると、青い人魂がテーブルの上に浮かんだ。
『大きな方の気配は、まさに山の神たる偉大なもの。そしてもう一つは、まだ小さな、胚のような存在と感じられましたが』
ランスロットの言葉にフリジアが頷く。
「今はまさに山神〈ルフ〉の、二千年に一度の代がわりの時期……。小さい方の気配は恐らく、ルフの卵でち」
「あたしが知ってる限り、代がわりをするからと言ってルフの気配があんなに弱まることは無かったんだけど……。二千年間蓄えた力を孵化した子供に全て継承するのが、〈山神の代がわり〉のはず……」
リヴィアが言うと、フリジアは顎に手を当てて考え込んだ。
「確かに妙でちね……。山神の代がわりに、何か異変が……? ……ふみゅ」
フリジアは小さく何かを決めたように頷くと、椅子から降りて俺の隣に立った。
「コージ。あなたに山神の様子を確認してきてほしいでち。そして、何か問題が発生しているようなら、それを解決するでち。山神の代がわりが失敗してルフが死んでしまえば、この一帯の大地は荒れ、水は腐り、この地に生きる全ての生命にとって最悪の自体になりかねないでち」
「そんな大役を俺が……!? テノン王に取り次いで、国軍を派遣したほうが……」
フリジアが首を横に振る。
「普通の人間ではルフと会うことはおろか、ルフのいる場所に辿り着くことも出来ないでち。ましてや、軍隊を率いてルフの元に行こうとするなんて……」
「いや、俺も普通の人間なんですけど……」
「どこがよ。全然普通じゃないと思うけど」
ミアが言う。
「やめろおい。というか、この〈森の真ん中〉も案内されないと来れなかったのに、山神の元に行って会ってもらうなんてもっと無理なのでは……?」
「それは安心するでち。大事なのは、そなたにその意思があるか、でち」
フリジアに問われ、俺はしばし黙考してから頷いた。
「よかったでち。ただ……山神〈ルフ〉の目は全ての自然に及べど、その身は〈白竜山脈〉の神の座にある。非常に危険な旅になるでち。……でも、これはきっと、『人と、人ならぬ者との架け橋』……神獣を従えし召喚師であるそなたにしか出来ないことでち」
フリジアがそう言って微笑む。
「コージ。わらわの前に跪いて」
「……? はい」
言われるがままにすると、フリジアは俺の頭の上に手を置いて、
「森の風跡、気の要脈。人もまた流るる果ては千代の地脈。この者に、今再び森の神氣の宿らんことを……」
そう唱えると、俺の額に軽く口付けをした。
柔らかな唇の感覚が、むずがゆさとして残る。
俺がにわかに驚いていると、フリジアは元の椅子にちょこんと座り直した。
「これで、我々ほどじゃないにせよ〈自然〉と心を通わせられるようになったでちよ。それに、コージが心から信頼している人物にも、この〈森の神氣〉は繋がるでち。気兼ねなく、仲間とともに山神の元に行くといいでち」
「……!」
「しっかし……またしても、大いなる危機ってわけね。行きましょう、コージ!」
俺はミアと顔を見合わせて頷きあった。




