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いざ、白龍山脈

   ◆


 その日は〈森の真ん中〉に一晩泊めてもらい、俺たちがレッジェーロの市門を再びくぐったのは翌日の昼過ぎだった。

 さらにその次の日の太陽もまだ低い内に、俺たちは懐かしいレッジェーロを発ち、首都テノールへの帰途についていた。

 山神の力は大きく弱まっており、時間はあまり無いようだ。

 道中を急ぎ、テノールへの帰還を果たすと、街はある一件でにわかに騒然としていた。


 ──『禁足地〈エヴァーグレイス〉への第一次調査隊、消息を絶つ』


 屋敷でマールが見せてくれた号外新聞にはそう記されている。

 ダイニングの大きなテーブルに置かれた記事を、俺たちは全員で見つめた。

 マールとクララが淹れてくれた紅茶が、静かに湯気を立てている。


「禁足地〈エヴァーグレイス〉……?」

「この大陸の中心部のことです。恐ろしく峻険な山と断崖に囲まれ、一年を通して吹雪が止むことの無い凍てついた地……」

「…………」


 マールの恐れを含んだ口ぶりに、思わずつばを飲み込む。

 ミアがマールの後に言葉を続けた。


「方位磁針も地図も役に立たない、禁断の地よ。外縁を囲む山脈を越え、内部を見た者はほんの一握り。話では、内部には地の底まで続く大空洞が口を開けているとか……」

「……なんでそんなところに調査隊を?」


 俺が尋ねると、アフェットが記事の一部を指さした。


「バッソ連邦がこの禁足地に軍を立て続けに派遣しているという情報があるんだ。それが〈次元の歪み〉の軍事転用技術に関連するのであれば見過ごしてはおけない、というわけさ」


 それでテノンも急ぎ調査隊を派遣した、と。


「消息を絶った理由は?」

「分からないらしい」


 俺の質問にアフェットが肩をすくめる。


「気味の悪い話ですね……」


 クララの顔が青ざめる。


「マイ・プレシャス。もしかしたら、今後我々学園生にも調査隊へのオファーがあるかも知れないよ。正規の探索者だけでは、どう考えても人員不足のはずさ。諸侯の軍を出そうにも、バッソとの国境警備に穴を空けるわけには行かない」


 リヒャルトの言葉にミアがため息を付いた。


「ったく……。〈山神ルフ〉の代がわりに、〈エヴァーグレイス〉とバッソ連邦……。どこもかしこも問題だらけね。ここ最近、一体どうしたってのかしら」


 ミアの言葉に、俺は夢で出会った召喚師アラルガンドを思い出した。


 ──『大陸中で〈潮流〉が動き出そうとしている』


 彼は確かにそう言っていた。


「とにかく……目の前のことから考えていこう。まずは、山神〈ルフ〉の元へ行かなくちゃ」

 自分で確認するように言うと、アフェットがおもむろに立ち上がって伸びをした。

「ん~。さて、じゃあ支度しなくちゃ。〈白龍山脈〉じゃあ、かなり大仕事だぞ。最近はあの辺りもバッソ軍がうろついてるらしいからね」

「その通りだ、マイフレンド! さ、マール。わたくしたちも準備にかかるぞ!」

「はい!」

「ちょ……おいおい! 全員行く気かよ!? かなり危険なんだぞ!?」

「マイ・ロード! キミがまた世界を救おうと言うのだ! わたくしが行かなくてどうする!? それに、死ぬときはキミの横と決めているからね。マールくんも同じことを思っているよ」


 リヒャルトが『ばばーん!』と決めポーズを取ると、マールが横で口元を引きつらせた。


「い、いや、まぁ違くはありませんが……。コージさん、私たちは仲間ですよね? だから、一人の使命は皆の使命です」


 もはや聖女のような神々しい微笑みを浮かべるマール。


「マール……」


 感じ入っている俺の肩を、アフェットが軽く叩いた。


「僕も同じく。……っていうか、こんな楽しそうな事、ほっとけないじゃない?」


 そう言って無邪気に笑う。

 一方、クララは椅子に座ったままもじもじとしていた。


「あの……私は……その……」

「クララ……。キミは、俺たちがいない間の屋敷を守っていてくれ。何かあったら、〈メイド長のシャープ〉もいるから」


 優しく言うと、クララは悲しげに頷いた。

 彼女も同行したいのだろう。

 しかし、どう考えても足手まといにしかならないのを、自分で理解しているのだ。


「シャープ!」


 メイド長の名を呼ぶ。

 一年前、屋敷の使用人を集める時に俺が『とある場所からスカウト』してきた優秀なメイドだ。

 その時にもまぁ色々とあったのだが……それはおいおい話そう。

 俺が名を呼ぶのとほぼ同時に、近くの空間から目つきの鋭い黒髪のメイドが姿を表した。

 〈隠密〉のスキルだ。それも完全不可視になれるほどの高レベル。


「……ここに」


 静かに言って跪く。


「俺たちはしばらく家を空ける。クララと屋敷の事を頼んだぞ」

「……仰せのままに。鼠一匹入れません」


 そう言って深く一礼すると、再び姿を消した。

 ……メイドというか完全に忍者か暗殺者だが、これでいて家事などは完璧なのだ。

 それに、彼女の戦闘力は限りなく高いので、セキュリティ面も安心だ。


「さて、久々のチーム・コージね」


 ミアの言葉に俺は全員を見回して、大きく頷いた。


「よし! 二日間で準備をして、〈ドゥラメンテ連山〉……その向こうの〈白龍山脈〉へ!」

『おー!』


 宣言すると、全員がそれぞれ声と手を上げた。


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