神罰
その瞬間――――野盗たちの身体が突然クララから弾き飛ばされた。
「ぐえっ! な……なんだぁこりゃ!?」
クララの身体を薄い水の膜が覆っている。
「リ……ヴィア……!」
俺の身体は依然、拘束されたままだ。
しかし、リヴィアはゆっくりと立ち上がった。
ティルが驚いて立ち上がる。
「な……!? バカな!? 動けるはずが……!」
ここからはリヴィアの表情は見えない。
だが、渦巻くような怒りがマナを通して伝わってきていた。
「んだぁ、てめぇ?」
野盗の一人が舐めた態度でリヴィアに近づいていく。
「お前も仲間に入れてやろう――がっ!?」
その男はリヴィアに片手で首を掴まれて床に引きずり倒された。
「ぐっ……かふっ……!」
首の骨がミシミシと軋む音が聞こえてくる。
リヴィアはそいつを引きずったまま数歩歩くと、野盗たちに向けて投げ返した。
「うおっ!?」
「や、野郎ッ……!!」
野盗たちが一斉に武器を抜いて身構える。
リヴィアは怒気をまとったまま、その前に立ちはだかった。
「命が惜しい奴は逃げていいよ。それでも、向かってくるならば………覚悟するがよい」
リヴィアの声に〈海神〉の地鳴りのように低い声がダブって聞こえる。
「リヴィ……ア……」
俺が掠れた声で呼ぶと、リヴィアが俺を振り向いた。
「コージ……」
怒りに我を忘れているかと思ったが、それは俺に判断を委ねるような表情だった。
護るためには、ときには奪う事をしなければならない……。
俺は一瞬の迷いを払って答えた。
「リヴィア……クララを……護るぞ。何をしても……!」
リヴィアが頷くのと同時に、ティルが叫んだ。
「お前ら、何をぼーっとしてる! やれぇッ!」
それをきっかけに、野盗たちがリヴィアに殺到する。
それは自ら死地に飛び込むのと同義だ。
リヴィアの小さな身体から魔力が膨れ上がるのがわかった。
リヴィアの唇が死の言葉を紡ぐ。
「〈氷葬結界〉」
瞬殺。
まさに瞬殺だ。
リヴィアを中心に大気は一瞬で樹氷のように凍りつき、十数人の野盗たちは襲いかかろうとする姿勢のまま氷像と化していた。
恐らく、男たちは自分が死んだことにすら気が付かなかっただろう。
部屋全体が氷山に呑み込まれたかのように凍りついている。
ただ、俺とリヴィア、そしてティルとクララの周囲だけは、何事もなかったかのように元のまま残っていた。
「あ……ひ……。そ、そんな……!?」
ティルが、玉座から転げ落ちる。
「バケモノ……バケモノだ……!」
腰を抜かしているのか、カクカクと四つん這いで逃げようとしていた。
その姿が霞のように消えていく。
隠密のスキルだ!
「リヴィア、まずい! 逃げられるぞ!」
気が付けば、俺の魔術による拘束も解けている。
俺は足元に落ちていたランスロットのカードを回収して立ち上がった。
ティルを追おうとする俺をリヴィアが止める。
「大丈夫」
フロア奥の通路に続くドアのノブがひとりでにがちゃがちゃと動き始める。
「くそ! なんで開かない!?」
ティルの声が聞こえた。
どうやら、〈氷葬結界〉の冷気によって扉が凍結しているらしい。
リヴィアはそのドアに近寄ると、何もいないように見える空間を掴んでフロアの真ん中に放り投げた。
「うがっ……!? ひっ! 痛い! 痛いぃ!」
悲鳴と同時に、俺の前でのたうち回るティルの姿が現れた。
擦りむいたのか、肘や膝から血を流している。
リヴィアはこちらに戻ってくると、地べたに這いつくばるティルを冷たい目で見下ろした。
「ひあっ!?」
ティルが、リヴィアから逃れるように俺の脚にすがりつく。
「た、助けっ……助けて……!」
「お前は、本当に救えないよ」
俺が哀れみとともに見下ろして言うと、リヴィアがティルの首根っこを掴んで今度は斜め上へぶん投げた。
「ぎゃっ……! うわわわ!?」
投げ飛ばされたティルの身体に水流がまとわりつき、空中に拘束する。
「と、止めてくれ……! お前の召喚獣だろ!? ブタ子は、お前にやるから!」
「コージに話しかけないでくれる? あたしの大事なマスターが穢れるでしょ。愚か者ってのは、あんたみたいな奴の事を言うんだよ」
リヴィアがティルにゆっくりと近づきながら言う。
「来るな! 来るなぁ……!!」
じたばたともがくが、拘束が解けるはずもない。
『己の矮小さも知らぬ、塵あくたの如き愚者が……!』
リヴィアから暴力的なまでの魔力が溢れる。
「うおっ……!?」
俺はその圧力に耐えるように目を細めた。
気が付けば周囲から地面も建物もすべて消え失せ、俺たちは全方位を荒れ狂う紺碧の潮流に包まれていた。
眼の前から少女リヴィアの姿は消え、代わりに、この世界全てを呑み込むような巨大な龍神がいた。
『珊瑚の一片ほどの価値もない貴様の生命、無に帰してくれようか……』
それを目の前にして、ティルは血走らせた目を極限まで見開き、裂けんばかりに口を開いて声なき絶叫を上げている。
俺には分かっている。
これは、リヴィアの魔力が見せる幻影だ。
心の深層にある恐怖や罪を、まざまざと曝け出させられる。
ティルにおいては、もはやどれほど恐ろしい幻影を目の当たりにしているのか……。
海神の咆哮が低く轟いて、その幻影は不意に消えた。
元の砦の景色が戻ってくる。
水の拘束を解かれたティルが、べしゃっと地面に落ちた。
気絶しているらしいその姿は、あまりの恐怖からか髪が真っ白に染まっていた。




