越えてはならぬライン
◆
翌々日の午後。
たまたま修練場がある棟の近くで、オーレンやティルの集団を見かけた。
離れた木の幹に寄りかかって座っていた俺には誰も気がついていない。
「ねぇねぇ、オーレン! 商業区の裏通りにすっごい見世物小屋が来てるらしいよ! エゲツないやつ! 今から行こうよ!」
ティルが愉快そうに言う。
オーレンは少しだけ思案したあと首を横に振った。
「あー……。いや、俺ぁいいわ。〈剣術〉の授業がある」
「はぁぁ!? 授業!? オーレンが!?」
ティルが天変地異でも起きたかのように驚いてから、腹を抱えて笑いだした。
「あっはっはっは! ちょっと、何そのギャグ! 新作!? 勘弁してよ!」
「いや、ギャグじゃねぇよ。たまには出てみっかなって思っただけだ」
「……マジで言ってるの? 一回も実技の授業なんて出たこと無いじゃない」
珍生物でも眺めるように問うティル。
「別にいいだろ。ほっとけよ」
「え~? なに、急にいい子ちゃんぶろうってわけ?」
「あぁ?」
二人が睨み合い、不穏な空気が流れる。
「ま、まぁまぁまぁ! ティル殿もオーレン殿も、落ち着いてください!」
取り巻きの生徒たちが慌ててなだめすかした。
「……ふん」
やがてオーレンが無言のままティルの前から立ち去っていく。
「なにあれ~。なんか、すごいムカつく……な!」
「ぉぐっ!?」
ティルの放った肘打ちが隣にいた生徒のみぞおちにめり込み、その生徒は腹を抑えて倒れ込む。
「ちっ。この程度じゃスッキリしないなぁ~。……あっ。そうだ! じゃ、またね君たち~」
ティルは何かを思いついたように笑うと、取り巻きを残して足早に歩き出した。
「…………」
何か嫌な予感がした俺は、こっそりと後をつけることにした。
しかし、その後姿はすぐに霞のように消えてしまった。
「どこ行ったんだ……?」
すでに学園の敷地の外れの辺りまで歩いてきている。
太陽が少しずつ傾いて、木々の影を伸ばしつつあった。
前方には弓術の修練場が見える。
こちらの修練場は校内に三つある弓術場の中で一番古くボロい物で、あまり立ち入る人間もいないようだ。
実際、俺も初めて来た。
するとその時、弓術場の方から悲鳴のような声が聞こえてきた。
間違いない。クララの声だ!
『コージ……!』
『主、急ぎましょう』
「ああ!」
弓術場へ走り、開け放たれた入り口から中へ駆け込む。
内部は一方を的場とした広い中庭を囲むような作りになっている。
その中庭の中央にクララがおどおどと立っているのが見えた。
彼女の頭の上には赤いリンゴが乗せられていて、その視線の先には――ティルが射場からクララの長弓で彼女に狙いをつけていた。
「っ……!」
駆け出そうとする瞬間、ティルが矢を放った。
「ひっ……!」
クララは、膝の力が抜けたのかその場に尻餅をついた。
座り込んだ頬を掠めるように矢が飛んで、クララの後方の土に突き立つ。
リンゴが地面にころころと転がった。
「あ~! ほら~! 動くなって言ったじゃん! ボク、弓のスキル低いんだから! ってーか、これ以上イラつかせないでくれる?」
「や、やめて……」
クララが涙をこぼしながら首を横に振る。
「もっかい行くよ~! 大丈夫だって、当たっても死にゃしないから! りんごは……ま、いっか! 的は大きいほうが当たりやすいし!」
二人とも、俺にはまだ気がついていない。
ティルがキリキリと弓を引き絞る。
「――!」
もう放つ。間に合えっ……!
「来い! 【聖騎士ランスロット】!」
『御意ッ!』
放ったカードが光を放つ。
瞬間、俺の身体能力が爆発的に高められた。
ぴょう、という矢鳴りとともに矢が放たれるのと、俺が走り出したのは同時だった。
超加速で駆ける中で、ティルが放った矢がスローモーションのように飛んでくる。
俺はその矢を、クララに到達する手前で横から掴み取った。
「おおッ……!」
急制動。中庭の土が抉れる。
「こ……コージ……さん……?」
俺はクララを守るように立つと、ティルに向かって叫んだ。
「お前! 約束を守らないのか!?」
突然の俺の出現に驚いていたティルは、俺のその言葉にヘラヘラと不快な笑みを浮かべた。
「はぁ? いきなり現れて何言ってんの? ってーか、ボクはそんな約束した覚えないけど? オーレンはしたかも知んないけどね」
「てめぇ……!」
はらわたが煮えくり返りそうだ。
「ってーか、何なの? どいつもこいつも、マジでムカつくんだけど……。なにマジになっちゃってんだよ、キモいなぁ」
ティルはそこまで言うと、「あ!」とわざとらしい仕草で手を打った。
「そっかそっか! ブタ子ちゃんの事が気に入っちゃったのね! ごめ~ん、気が利かなくて! そう言うのいけないよね、所有者として! ほら、何やってんのブタ子! さっさと服脱いで、そこのカッコマンに股広げなよ! いや、カッコマン殿は『おくちのご奉仕』の方がお好みかな~?」
ティルの下劣な言葉に、背後のクララは顔を覆って嗚咽を上げる。
怒りで拳を強く握りしめると、手の中の矢がミシミシと鳴った。
「なんでもいい。……消えろ」
これ以上やりとりを続けたら、大人しくしていられる自信がない。
「え~? 気を使ったんだけどな~。ブタ子ちゃ――」
言いかけたティルの顔の真横を、俺が投げ返した矢が見えない速さで通り抜けて、背後の壁に突き立った。
びぃん、という矢の振動音が俺のところまで聞こえてくる。
「消えろって言ってるんだ」
「……きっと後悔するよ」
ティルはそう言うと、クララの弓を投げ捨て、蜃気楼のように忽然と姿を消した。
「……!」
そのまま気配が遠ざかっていく。
半不可視状態での移動……。〈隠れ身〉と〈隠密〉のスキルの合わせ技だ。
しかも、その熟練度もかなり高いであろうことを伺わせる。
『忍びの者か……。少々、厄介ではありますね』
『ああいう手合いはしつこいからねー』
「ああ。……クララ、大丈夫か?」
俺は泣きじゃくるクララをなだめながら、今後の対応を思案していた。




