和解
「こっちだ」
親指で示して歩き出したオーレンの後を、俺は無言でついて行った。
『大丈夫かな?』
『問題無いでしょう。我々がいなくても、およそ倒されることはありますまい』
リヴィアとランスロットが話している。
信頼してくれているのはいいが、俺はレベルが高いだけで中身は社畜のままなんだぞ……?
「入れ」
オーレンが案内したのは室内修練場だった。
オーレンは修練場の中心まで行き、振り返ってゆっくりと剣を抜き放った。
「どういうつもりだ?」
俺が尋ねると、オーレンは剣先を俺に向けて構えたまま返した。
「納得がいかねぇ。抜けよ」
覇気が苛立ちとともに剣から溢れ出ている。
「私闘になるぞ?」
「だからどうしたよ、偽貴族。お前がヴァンライン家と関係がないことぐらい、俺でも分かるぜ」
「…………」
やべ。バレてた。
しかも、逃げることも出来そうにない。
俺は今朝久しぶりに腰に下げた安物のショートソードを渋々抜き放った。
真剣での切り合い……。
正直、脚が震えそうなのを我慢するだけで精一杯だった。
「ちっ。なんだそのなまくらは……。舐めやがって」
「貧乏なもんでね」
俺が軽口を叩きながら剣を構えると、オーレンはまた舌打ちをして剣をおろした。
「そのへっぴり腰の構え……。やっぱりか。おい、お前じゃない。俺と戦ったあいつを出せ」
そこに気がつくか。
この男、思っていたよりも鋭いようだ。
俺は剣を持ったままバインダーからランスロットのカードを取り出し、召喚した。
「来い。聖騎士ランスロット……!」
光とともに青い魂魄が現れ、俺の身体に入っていく。
「ランスロット、後は頼んだ」
『御意』
短いやり取りの後、俺の意識が身体から離れる。
『なんか、最近出番ないな~』
つまらなそうなリヴィアの声に、俺は意識で苦笑した。
『リヴィアが出たら、校舎ごと吹き飛ばしかねないからな』
『え~? ……駄目なの?』
『当たり前だろ!』
下らないやり取りの最中に、ランスロットは俺のなまくらショートソードを軽く振り回してからオーレンに向けて構えた。が、
「ふむ……」
小さく呟いて剣を鞘に戻すと、
「さぁ、来なさい」
徒手のまま手刀を剣のように構えて、オーレンに言った。
「どこまでも……舐めやがってッ!!」
怒りに目を血走らせながら、オーレンが突進してくる。
本気だ。斬り殺す覚悟で、剣を振り下ろしてくる。
しかし、ランスロットはその刃の腹に指先を添えて流れるように軌道をそらした。
まるで、スローモーションの中で動いているようだ。
「クソッ!」
オーレンが剣を翻して斬り上げる。
その剣先をランスロットの指が摘んで止めた。
「っ……!? うおっ!?」
ランスロットが手首を返すように動かすと、剣だけを残してオーレンの身体が吹き飛んだ。
床に転がされたオーレンが、ふらつきながら膝をつく。
「人の〈武〉には、それぞれの呼吸、心がある」
ランスロットが剣の柄側をオーレンに差し出しながら言う。
「黙れッ!」
オーレンはひったくるように剣を取ると、再び斬りかかった。
ランスロットがその剣撃をひらりひらりと躱す。
「曰く、〈調和〉の武」
ランスロットが動いてスペースを作ると、オーレンの剣がまるでそこに吸い込まれるように動いていく。
ランスロットがすらりと剣を抜いた。
「あるいは、〈拒絶〉」
今度は、オーレンが剣を振ろうとする前に、その持ち手をランスロットの剣の腹が叩いた。
「ッ……!」
何度、どの角度から振ろうとしても、恐るべき反応速度で、まるで剣を交えるのを拒否されているかのように振らせても貰えない。
オーレンはたまらずたたらを踏んだ。
「そして、〈圧倒〉する武」
ランスロットが剣をまっすぐ構えた瞬間、その剣から放たれる威圧感が爆発的に膨れ上がった。
建物ごと空間が歪んだかと思えるほどのプレッシャー。
「うっ……あっ……」
オーレンは気おされるように数歩後ずさると、まるで剣がその重さを増したかのように手から取り落とした。
そのまま、力を失ったように両膝をつく。
「剣とは、コミュニケーションだ。相手をよく理解し、慈しみ、その上で……ときに命を奪う。お前はまだ、相手は愚か己のことも理解できていない。自分の剣が発する声をもっと良く聴きなさい」
「なぜ……。こんな平民の冒険者ごときが……。レベルだって、俺のほうがずっと高いはずだ……」
オーレンがランスロットを見上げて声を絞り出すように言ってから俯くと、悔しそうに床を拳で叩いた。
俺はなんだかいたたまれなくなって、ランスロットに意思を伝えた。
『ランスロット。代わるよ。ちょっと、可哀相だ』
『仰せのままに』
ランスロットが心の声で答えると、俺の身体は俺の意識の下に戻ってきた。
「……オーレン……」
俺はそっと自分のステータスをオーレンにも見えるように表示させた。
オーレンの目がそれに釘付けになる。
「ば……馬鹿な……!? こんなレベルの冒険者がいるわけが……!?」
「俺で驚かれたら困るんだが……」
俺は言いながら青い人魂状態で浮いているランスロットのステータスも表示させる。
「ご……5,800レベル!? ちょ、ちょっとまて――」
俺は困惑するオーレンの言葉を無視して、さらにリヴィアを呼び出した。
突然呼び出されたリヴィアが、床にぺたんと座るように着地。
「わぁ。びっくりした。急に呼ぶんだもんなぁ~」
にこにこと笑っているリヴィアのステータスもオーレンに見せる。
「さ……三万はっせ……ん……?」
腰を抜かしている。今にも白目をむいて気絶しかねない表情だ。
『主、いいのですか?』
ランスロットの言葉に頷いて返す。
「オーレンは俺に……ランスロットに本気で挑んできたんだ。なのに、俺が隠し事してるのは良くないよ」
『……真の騎士道。おみそれいたしました』
「コージかっこいい! 好き!」
リヴィアが抱き着いてくる。
好きって。
最近、リヴィアの言動がだんだんストレートになってきてる気がするんだが……。
「お前……一体何者なんだ……?」
悪魔か鬼でも見るような恐怖の入り混じった目線で俺を見上げるオーレン。
俺は苦笑しながら頬をポリポリと掻くと、
「いや、まぁ……さっきお前が言ってた『偽貴族』ってのは間違いじゃないよ。俺は――」
床に座り込みつつ、レッジェーロでの出来事や試験での経緯を説明した。
「――っていう校長の勘違いで、俺はここにいるわけなんだけど……」
俺の話が終わると、オーレンはそれまで唖然として聞いていた表情を一気に崩して、大笑いしながら床に大の字に寝そべった。
「くく……はっはっは! 何だその嘘くせー話!」
「おいおい。本当だっつの」
俺が言うと、オーレンは寝っ転がったまま俺の方に視線をやってニヤリと笑った。
「だろうな。信じるよ」
「オーレン……」
オーレンはまっすぐ天井を見上げながら言葉を続けた。
「んなレベル見せつけられたら、勝てる気しねぇよ。……いや、レベルもスキルも関係ねぇか。俺の〈剣〉が未熟だった。それだけ。……それだけだ…………」
そう言うと、身体を起こして立ち上がった。
「なんかスッキリしたわ。……手間かけさせちまって悪かったな、英雄さんよ」
「オーレン。この話、他の奴には――」
「言わねぇよ。大体、んな話したら俺がトチ狂ったと思われるのがオチだっつの」
そう言って、座る俺の肩を叩いて歩いていく。
その背中に、ランスロットが声を掛ける。
「オーレン殿。いつでも剣を交えに来なさい」
オーレンは肩越しに振り返ると、爽やかで少し皮肉っぽい笑顔を浮かべてから、背を向けて修練場を立ち去っていった。
「あいつ……あんな顔、出来るんだな」
「うんうん。青春ってヤツだなぁ~」
リヴィアは、胡座をかいた俺の脚の上に座ったまま適当な口調でそう言った。




