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潰走


   ◆


 レッジェーロの街はかつて無いまでの混乱状態におちいった。

 逃げ惑う人々と荷馬車がめちゃくちゃに行き交い、まともに歩くことも難しい。


「落ち着け! 時間はある! 女子供を優先に〈ラルゲット渓谷〉に向かうんだ!」


 冒険者がギルドの旗を振り上げながら叫んでいた。

 辺りでは男たちの怒号や子供の泣き声、母親が子の名前を叫ぶ声が飛び交っている。


「〈ラルゲット渓谷〉は街の東門方面だ! ギルド旗を持った冒険者について行け!」


 俺は叫ぶ剣士の前を通り過ぎると、通りの建物を順番に逃げ遅れがいないか確認していった。

 一軒の大きな建物の前で立ち止まる。

 試験の時の一件からお世話になっている酒場、〈百年の祝杯亭〉だ。

 俺は扉を勢いよく開けた。


「まだ誰かいませんか!? いたら返事を――あれ? マスター!」


 照明も落とされた店内に、まだマスターと奥さんが大量の荷物と共に残っていた。


「コージ……!」

「何してるんですか! 早く逃げないと――」

「うちのチビを……ウィルを見なかったか!? 朝出たきり、戻らねえんだ……!」


 俺の肩を掴んで言う。

 いつものマスターには見られないほどの焦燥が、瞳の色に現れていた。

 となりの奥さんも瞳に涙をたたえている。

 二人の子供――ウィルには、俺も何回か会っていた。

 男の子みたいな名前だが、8~9歳くらいの活発な女の子だ。


「見ていないです……。いないんですか!?」

「くそっ……!」


 マスターがテーブルを叩く。

 奥さんが声を上げて顔を手で覆った。


「でも、とにかく今は避難を……!」

「出来るわけねぇだろう!! あいつは俺たちの宝だ……!!」


 マスターが俺の胸ぐらを掴む。


「ここでむざむざ死んで、もしあの子が生きていたら一人にするんですか!?」

「うっ……だが……」


 胸ぐらをつかむマスターの力が緩んでいく。


「ウィルは俺が責任を持って探します。二人は今は避難を……!」

「……わかった」


 マスターは観念したように言うと荷物を担いだ。


「くれぐれも頼んだぞ」


 マスターに頷き返し、俺は二人の後ろ姿を見送った。



 俺は街中を駆け回りながらウィルの名を呼び続けた。

 市民の避難は順調に進んでいて、すでに街は半ばもぬけの殻と化しつつあった。


「ウィーール! いないのかー!? ……くそっ!」


 応えはない。


『コージ! 市壁の上! 誰かいるよ!』

「……!?」


 リヴィアの声で振り返ると、小高い市壁が通りから抜けて見えた。

 すると、確かにその上に人影らしきものがいるのが分かる。


「まさか……!」


 市壁まで全力で走った。

 木製の階段を駆け上がり壁の上に出ると、そこには、


「ウィル……!」


 一人きりで街の外を睨みつける少女がいた。

 視線の先には、不気味に蠢くクラスターとアボイドの群れが進軍してくるのが見える。

 まだ距離は遠い。


「コージ……」


 俺に気がついて振り返る。

 栗毛の髪に、まだ幼さの残る顔立ち。

 しかし、その瞳にはあのマスターと奥さんの娘らしい、力強い意志の光が宿っていた。


「良かった……。さぁ、早く行こう。父さんと母さんも待ってるよ」

「やだ……! 逃げたら、この街が無くなっちゃうんでしょ!? そんなのやだ!」


 目に涙をためて叫ぶウィル。


『コージ……。あたしが元の姿で全力を出せば、アイツらを倒すことは出来るかも知れない。ただ、力を戦いに使うのなんて何千年ぶりか分からないから、上手くいくか……』


 リヴィアの言葉に、俺は少し沈黙した。

 言われなくても、リヴィアのレベルと力ならばそんな事は簡単かもしれない。

 しかし、そんな力を誰かに見せれば、俺は命を狙われるかも知れないし、リヴィアもまた海の果てに何千年と封印される事になるかも知れない。

 それに、万が一リヴィアが上手く力を開放できず、戦いに負ければ……。

 俺は決断できずにいた。


「ウィル……」


 ウィルの手には、どこで拾ったのか小ぶりな木剣が握られていた。

 そんなもので、あのクラスターと戦おうというのか。

 俺は腰を落としてウィルに視線を合わせると、栗色の頭を撫でた。


「……ウィルがいなくなったら、父さんや母さんはもっと悲しむよ。それこそ、街が無くなるよりずっと……」


 俺が言うと、ウィルは木剣をぎゅっと握りしめた。

 涙のしずくがポタポタと地面に落ちる。


「さぁ、行こう。大丈夫。あの化け物たちは、きっと首都の探索者たちが来て何とかしてくれるよ」

「……うん」


 俺はウィルの手を引いて市壁を降りると、すっかりひと気の無くなったレッジェーロの街を走った。



 レッジェーロの東門に着くと、そこでミアが待ち構えていた。


「コージ! 良かった。子供を探しに残ってるって聞いたから……!」


 ミアの手には白馬――森の女王から借り受けた駿馬の手綱が握られている。


「急ぎましょう! 乗って!」


 ミアが言って馬にひらりと飛び乗る。

 俺はウィルを抱えてその後ろに乗り込んだ。


「はあっ!」


 ミアの掛け声で、白馬は〈ラルゲット渓谷〉に向けて駆け出した。


初のランキング入り……!

ありがとうございます。

まだの方も、ぜひブックマーク、感想、評価などよろしくお願い致します!m(_ _)m

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