侵攻開始
◆
次の日の早朝、俺は激しく叩かれるドアの音で目を覚ました。
むぅ。まだ会社に行く時間には早いぞ……?
俺は寝ぼけ眼をこすりつつ身を起こして、ここが東京にある自分のアパートではないことを思い出した。
「どっちが夢なんだかな……」
ぼんやりと呟く。
『ねぇ、コージのこと呼んでるよ?』
リヴィアの声で我に返って部屋のドアを開ける。
そこにはマールが血相を変えて立っていた。
「すみません、お休みのところ」
「いや、大丈夫だけど……。どうしたの?」
「大変なことになってるんです! 準備をして、すぐにギルドに来てください!」
「え? あ、おい――!」
俺がなにか尋ねる間もなく、マールは慌てて立ち去っていった。
『主。嫌な気配が迫っています。ご注意を』
ランスロットの忠告に頷くと、俺は準備をしてギルドに向かった。
ギルドのロビーは、レッジェーロの全冒険者が集まっているのではないかという人だかりだった。
思い思いの場所に固まって話している。
俺が入口をくぐると、全員の視線が集まった。
「おい。あいつ、ほら……ミアとパーティを組んだ……」
「ああ。あのときの冴えない野郎か」
ひそひそと囁かれる。
と、その雰囲気に所長の声が割って入った。
「コージくん! よく来てくれた!」
そう言って俺のもとに来ると、肩に手を置きながら小さな声で言う。
「事態は深刻だ。緊急を要する」
「……? 〈クラスター〉ですか?」
俺の問いかけに所長が頷く。
「それだけではないがね。とにかく、一度屋上に行って現状を確認してきてくれ」
所長に促された俺は、駆け足で屋上へと登っていった。
屋上には、ミアやマール、リヒャルトもいた。
「コージ! 大変よ……!」
ミアが遠くを指差す。
そこには、ごくゆっくりとこちらに向かって移動している化け物カタツムリ〈ヴェズミエ=ウリトゥカ〉と、その周辺の大地を黒く染めるような膨大な量の〈アボイド〉の群れがいた。
「クラスターが、大量のアボイドと共に侵攻を開始したわ」
「目標は、オフコースこの街さ」
リヒャルトも苦々しい口調で吐き捨てる。
〈ヴェズミエ=ウリトゥカ〉が咆哮を上げた。
巨体に青白い燐光のラインが走り、次の瞬間、体中から巨大な紫色の粘液の塊を吐き出した。
森の中に落下した粘液塊は、広範囲に飛び散りながら、またたくまに木々を枯らし大地を腐らせた。
地面が沸騰するように泡立っている。
上空を飛ぶ鳥の群れがまとめて墜落していくのが見えた。
「あれが汚染魔法……。なんて邪悪な……!」
マールが杖を握りしめながら言う。
「あんなのが街に近づいたら、ひとたまりもないわ」
と、その時、屋上にアイーシャが駆け込んできて俺たちを呼んだ。
「ロビーに戻ってください! 緊急ミーティングが始まります!」
沢山の冒険者がロビーの一角を中心に集まっている。
俺たちはその前列に並ばされた。
「――現状は、今説明したとおりだ。事は一刻を争う」
状況説明を終えた所長が、そう言って冒険者たちを見回した。
一人の剣士が手を上げて発言する。
「対策は? 首都の本部からの応援は来ないのですか?」
「応援を要請中だ。しかし、本部から急行してもすぐには……」
「転移ルーンでの急襲部隊は?」
「提案はしたが、コストの面で渋られてね」
その言葉に場がざわつく。
「コストって……。こっちの事態がちゃんと把握できてないんじゃねぇか!?」
「その可能性はあるだろうな……。しかし、少数の探索者が到着したとしても、出来ることがあるかと言われれば苦しいところだ」
所長が苦々しく呟く。
「クラスターが街に到達するまでのタイムリミットは?」
誰かの質問にミアが答えた。
「およそ二、三日ってところね」
「すぐじゃないか……!」
絶望的な事実に全員がざわつく。
所長がそれを手で制して話を続けた。
「我々に取ることが出来る選択肢は少ない」
指を二つ立てる。
「戦って死ぬか、逃げるか、だ」
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