脱出
通路は広く、一本道だった。
次々と襲いかかってくるアボイド〈イグラ=ジャボラ〉を撃退しつつ、俺たちは奥へと進んでいった。
遺跡は地鳴りのような音とともに揺れ続け、頭上からパラパラと砂や小石が降ってくる。
「この先に出口があるの!?」
「アイドンノウだよ! ミアくん!」
『主! もしかしたら、最深部の発着場にある地上への転送陣がまだ動くかも知れません!』
「わかった! みんな、最深部まで辿り着けば出られるかも知れない!」
「最深部!? もうどこでも行ってやろうじゃないの! ……〈サンダーランス〉!」
前方から躍りかかってきたアボイドをミアの魔術が仕留めた。
「〈フレアボム〉!」
その影からもう一匹が飛び出してきて、リヒャルトの炎魔術に吹き飛ばされる。
「はっはっは! グッド! この緊張感。実にエキサイティングだ! 冒険とはこうでなくては!」
「〈炎尖牙〉ッ!」
通路を塞ぐアボイドの群れをリヴィアが一掃する。
やがて、俺たちは巨大な地底湖へと辿り着いた。
不思議と、地底湖周辺にはアボイドの気配はなかった。
しかし、地底湖の水面の上には、ひときわ大きな〈次元の歪み〉が目覚めを待つように脈動している。
そして、入り口から伸びる桟橋のような通路の半ば。
そこに、一人の冒険者の亡骸が横たわっていた。
盗賊風の軽装をまとった遺体は無残に食い荒らされている。
「……! キール……!」
マールが遺体に駆け寄る。
マールたちの仲間。あの口の悪い軽戦士キールの遺体だった。
「そんな……。キール……」
俺とミアも後を追った。
うずくまるマールの肩にミアが手をおく。
「遺体を連れて戻ることは難しいけど……何か、形見を持っておきなよ」
「……ぐす……。はい……」
「ちょっと妙ね。こんなところまで単独で来れるようなレベルなわけ無さそうだし……」
ミアが俺に耳打ちする。
たしかに、死体が一つしか無いのは不思議だった。
誰か同行者がいたとしたら、そいつは一体どこに……?
すると、後方でリヴィアが俺たちを呼んだ。
二人は入り口にあった石台のようなものを調査していたようだった。
「コージ! 転送陣が動かせるよ!」
「本当か!?」
俺とミアは頷きあうと、悲しみにくれるマールを連れて桟橋を戻る。
その途中、当然、不気味な重低音と何かにヒビが入るような破壊音が響き渡った。
「ガッデム! 特大の〈次元の歪み〉が動き出したぞ! 急げ!」
リヒャルトが俺たちを呼ぶ。
振り返れば、頭上に浮かぶ巨大な暗黒の塊が渦を巻くように回転し始めていた。
周囲の空間を蝕むように巨大化を始めている。
遺跡はもはや大地震のような揺れに見舞われていた。
「見てください! 〈次元の歪み〉が……!」
マールが叫ぶ。
回転する〈次元の歪み〉から、アボイドが溢れ出すように生み出されていた。
「まずい……! 走って!」
背後ではアボイドが湖面に産み落とされる水音が響いている。
俺たちは急いでリヴィアたちに合流した。
「起動するよ!」
リヴィアが石版に手を置くと、急に地底湖に光が溢れた。
水中に没していた巨石群が浮上してくる。
古代文字が浮かび上がる石台をリヴィアが操作するたびに、巨石たちが音もなく移動した。
「すごい……」
「イッツ・ビューティフル……!」
壮観な光景にミアたちが感嘆を漏らす。
しかし、その向こうでは〈次元の歪み〉が渦巻き、水面はすでにアボイドの群れで埋め尽くされようとしていた。
今までのサソリ型とは違うタイプだ。
人間のような形だが、頭部は存在していない。
腹部に口のような裂け目が開き、がちゃちゃと尖った牙がその周りを覆っている。
黒光りする外骨格。両手は鋭利なブレード状になっていた。
【ボグモル=ズロー Lv:55
HP:1338/1338
AP:80/80
攻:334 防:279
スキル:剣術 毒撃】
「新型……! コージ、相手のレベルは!?」
「レベルは58! あの数は相手にできないぞ!」
俺のAPは【32/400】まで減少していた。
リヴィアを召喚していられる時間も、残り少ない。
「ミアくん、いい加減〈観察〉を10くらいは入れたらどうだい?」
「今回で思い知ったわ……って今はそれどころじゃないでしょ! リヴィア、まだなの!?」
「もう少し…………よし、出来た!」
リヴィアが言った瞬間、俺たちの周囲を淡い光の膜が覆った。
アボイドの群れは目と鼻の先まで迫っている。
『カァァァァアアァァァァァァァァ!!』
眼の前のアボイドが腹部のいびつな口を開けておめきかかって来た瞬間、俺の視界は不意に暗転した。
気がつけば、俺たちは遺跡の入り口にいた。
巨大樹の沼の臭気が鼻をつく。
すでに夜だった。大きな月と星の明かりが眩しいくらいに辺りを照らしている。
地面が低い地鳴りと共に揺れていた。
『あっ! やっぱりコージと海神様だ! だいじょうぶー!?』
頭上から聞こえてきた声に見上げてみれば、緑とオレンジ二人のピクシーがふよふよとこちらに飛んできているところだった。
「お~! やっほー!」
「ピクシー! ああ、お前たちも無事そうでよかった!」
『わたしたちは無事だよ~。だけど、森は大騒ぎ! あ、そうだ! 女王様が、コージたちを見つけたら助けて上げなさいって! ピピル、呼んで』
オレンジの方が緑に言う。
『分かったよ、ププル!』
どうやら、オレンジが〈ププル〉で緑が〈ピピル〉らしい。
ピピルが澄んだフルートのような口笛を吹く。
すると、沼の向こうから二頭の馬が現れた。
根を伝って俺たちの元へ来て、『ぶるる』と頭を垂れた。
草色の鞍と手綱まで付いている。
『女王様が、使ってって!』
「凄くいい馬だわ。これを私たちに……?」
ミアが馬の首を撫でながら問いかける。
と、その瞬間、大地が激しく揺れだした。
「おっと! 諸君、この場所に逗まるのはノーグッドじゃないかな!?」
『そうだよ! 早く逃げて!』
「って言われても、俺、馬なんか乗れないって!」
「わ、私も、乗馬はちょっと……というかかなり苦手です……」
マールも申し訳なさそうに言う。
「私とリヒャルトにそれぞれ分乗すれば行けるわ! 早く乗って!」
そう言ってミアは片方の馬に飛び乗った。
「分かった! リヴィア、戻れ!」
俺はリヴィアをカードに戻して、ミアの後ろによろつきながら乗り込む。
隣ではリヒャルトがマールを抱え上げて馬に乗せていた。
「あっ。巨大樹が……!」
マールが場上で叫ぶ。
沼の巨大樹がメキメキと鈍い音を立てながら倒壊していた。
沼の水面が激しく波打つ。
「オウ、シット! 根の橋が無くなったら、我々はスタンディング・往生だよ!」
「ピクシーたちはどうするんだ!?」
『私たち森の民は女王様について遠くの森に避難してるよ! 大丈夫!』
「そうか。よかった……!」
「いい? 行くわよ! はっ!」
ミアの掛け声で、馬が勢いよく走り出す。
『気をつけて!』
後ろでピクシーが心配そうに叫んでいた。




