湯煙魔術講
月明かりの森に、ほのかな湯気が立ち昇っていた。
茂みの向こうでは、小さな窪地に湯をためて作られた即席の温泉にミアが気持ちよく入っているところだ。
「あたしの魔法が、こんなことに使われたのは初めてだなぁ~」
木の枝に干したミアの服に魔法の風を当てながら、リヴィアが言う。
ミアが入っている温泉も、リヴィアが水の魔法と炎の魔法を組み合わせて作り出したものだ。
「ごめんな。戦った後なのに」
「ううん。あれくらいじゃ、軽い運動にもならないしね~」
「お、もう乾いたな。リヴィア、ありがとな」
頭をぐしぐしと撫でると、リヴィアは満足げな猫のように目を細めた。
俺はミアの衣服を枝から下ろすと、温泉の方に持っていった。
「ミア。服、ここに置いとくぞ」
茂み越しに伝える。
「ありがと……。ねぇ、絶対人に言ったらやだよ?」
いつものミアとは打って変わってしおらしい言葉に苦笑しつつ、俺は茂みの裏に座り込んだ。
「大丈夫だよ。心配するな」
すると、ややしてミアの声が返ってきた。
「リヴァイアサンの本気の力……予想以上だったわ。無詠唱魔術に、〈氷葬結界〉……」
「誤解してもらっちゃ困るなぁ~。全然本気じゃないよ」
横からリヴィアの声がして振り向くと、彼女はそこに下着姿で立っていた。
「ちょ、おまっ……! なんつー格好して――」
俺が止める間もなくリヴィアは胸布を剥ぎ取ると、ショーツに手を掛ける。
「こらこらこら!」
慌てて顔を背ける。
「あたしも入りたいなーと思って」
「俺の前で脱ぐんじゃないっての!」
「え~。別にいいじゃん」
リヴィアが茂みを掻き分ける音がして、続いて温泉に飛び込む音とミアの悲鳴が聞こえた。
「……やれやれ」
俺は茂みを背にしたままゆっくりと目を開ける。
「こーじー! 一緒に入ればー?」
「ば、馬鹿っ! 何言ってんのよ!?」
「え~? なんで?」
「なんでもこうも無いでしょ!」
俺は二人のやり取りに苦笑すると、背中越しに答えた。
「俺は後でゆっくり入るよ!」
すると、二人揃っての「はーい」という声が聞こえてきた。
何だかんだ仲良くなったようで、俺も一安心だ。
二人は俺のことを忘れたように話し込み始めた。
「ねぇねぇ。リヴィアの魔術……〈炎尖牙〉に〈天瀑〉だっけ? 見たことも聞いたこともない呪文ばかりだわ……。しかも、全部無詠唱だよね? 〈氷葬結界〉とか〈炎隔結界〉なんていう、古代級魔術まで無詠唱だし……。どうなってるの?」
「あたしのは魔術じゃなくて、〈魔法〉だからね~」
「マホウ……?」
「そ。あたしとか他の神獣、幻獣が使う森羅万象をコントロールする力が魔法。それを、魔帝国の人たちが人間にも使えるように技術化したのが〈魔術〉」
「知らなかったわ……。じゃあ、魔術はリヴィアたちの力のコピーでしかない、っていうこと?」
「〈氷葬結界〉とか〈炎隔結界〉みたいに、人間が改良して魔法をより強くしたものもあるけどね」
「なるほど。だから、〈古代級〉か……。歴史と真実っていうのは失われていくものなのね……。ということは、魔法っていうのは――――」
何やらにわかに魔法の話で盛り上がり始めた二人。
まぁ、どうせ〈マナ0〉の俺には関係のない話だ。
「……飯の準備でもするかな」
呟いて立ち上がる。
その際、チラリと温泉の方に視線を送ったが、二人の姿は湯気のせいでぼんやりとしか見えなかった。
残念。
俺は一人さびしく野営場所に戻ると、携帯用の干し肉を焚き火で炙る作業に入った。




