vs トキシックドラゴン
走っても、足音と咆哮は徐々に近づいてくる。
やがて、森林の中の開けた場所に出た。
草本と花がギャップと呼ばれる広い空間を作っており、傾きかけた陽の光が差し込んでいる。
「完全に私たちを追ってるわね……。ここで迎え撃つしか無いわ! ピクシーは、安全な所に逃げて!」
『わかった! 気をつけて……!』
妖精たちは頷くと、後方の森の中へ飛んで逃げていった。
俺たちはギャップの真ん中に陣取って身構えた。
一瞬の間をおいて、巨大な黒い影がギャップに躍り出てきた。
ドラゴンだ。暗い体色に、ところどころ蛍光の緑の鱗がアクセントのように入っている。
獰猛な昆虫のように攻撃的なフォルム。
羽は退化して、翼の骨がヤマアラシのように棘化している。
「〈トキシックドラゴン〉……!? そんな馬鹿な!?」
ミアが狼狽える。
トキシックドラゴンは俺たちを発見すると、猛然と突っ込んできた。
「強いのか!?」
「当たり前でしょ! 触れただけで死ぬわよ! 避けてっ!!」
「えええっ!?」
俺たちは左右に分かれるように飛び退いてトキシックドラゴンのタックルを避けた。
その間に、ミアが高速で詠唱する声が聞こえてきた。
俺は、とりあえず敵を〈観察〉した。
参考書に、モンスター相手の〈観察〉は無条件で成功だと書いてあった。
ただし、スキル値は分からないらしい。
【トキシックドラゴン
LV:61
HP:1,726/1,726
マナ:0/0
AP:167/167
攻:431 防:309
種族:ドラゴン
スキル:毒撃 耐毒】
強い……!
高レベルのモンスターっていうのは、こんなにステータスが高いのか!
「〈サンダーアロー〉!」
ミアの魔術がトキシックドラゴンに突き刺さる。
――バァン!
凄まじい音と共に、青白いスパークが盛大に弾けた。
これまで見たミアの〈サンダーアロー〉とは比にならない威力だ。
今までは威力をセーブしていたのか。
しかし、トキシックドラゴンはひるむ様子も無く、こちらを向き直って咆哮を上げた。
「やっぱりダメ! 効いてないわ! 隙を見て逃げないと――」
ミアが詠唱を開始しようとした瞬間、トキシックドラゴンが背中の翼骨を大きくしならせた。
「馬鹿っ……!」
ミアが呆然と立ちすくむ俺を抱えて横っ飛びに跳ぶ。
さっきまで俺が立っていた所を、トキシックドラゴンが放った巨大な棘が抉っていた。
周囲の草がまたたく間に紫色に腐り落ちる。
「ボーッとしてんじゃないわよ! 戦闘よ! 目を覚ましなさい!」
俺の胸ぐらを掴んで叫ぶミア。
俺はハッと夢から覚めたように腰のバインダーを掴んだ。
同時に、トキシックドラゴンが咆哮を上げて顎を大きく開いた。
喉の毒腺が禍々しい光を放つ。
「ブレス!? しまっ――!!」
「出ろ! 【リヴァイアサン】!!」
超凝縮された有害物質がトキシックドラゴンの口から大砲のように放たれるのと、俺が海神の名を呼んでカードを放ったのは同時だった。
「――――っ!」
光が弾け、思わず目をつぶる。
次の瞬間、目を開けると、そこにあったのは邪悪なブレス攻撃ではなく、リヴィアの小さな背中と俺たちを守る大きな水の盾だった。
「呼ぶのが遅いんだよな~。ひやひやしちゃったよ」
リヴィアが振り返って笑う。
水の盾に遮られた毒のブレスは、辺りに飛び散ってそこら中の草を枯らした。
「凄い……。トキシックドラゴンのブレスをいとも簡単に……」
ミアが呟く。
リヴィアは水の盾を消すと、トキシックドラゴンを一瞥した。
「ちょっとは手応えのありそうな敵かな?」
トキシックドラゴンは様子をうかがうように低く唸りながら、こちらへ一歩踏み出した。
リヴィアも一歩距離を詰める。
「コージをいじめるヤツは、あたしが許さないよ」
リヴィアの両腕に水流が纏わりついた。
「リヴィア……!」
俺が叫ぶと、リヴィアは振り返って小さく首をかしげた。
「なぁに? あ、『やりすぎるなよ』って?」
「いや……。思いっきりやっちまえ」
俺の言葉に、リヴィアが会心のスマイルを浮かべる。
「イエス、マスター!」
リヴィアが駆け出したのと、トキシックドラゴンが咆哮を上げて突進してきたのは同時だった。
肉薄。
トキシックドラゴンの前脚の毒爪がリヴィアに迫る。
しかし、
「〈濤波〉!」
リヴィアが軽く右腕を振り上げると、恐るべき水量の波が地面から噴火のように放出された。
――ドパァンッ!
『ゴァアッ!』
爆発的な衝撃で大地が揺れ、トキシックドラゴンの巨体が宙に跳ね飛ばされる。
「〈炎尖牙〉ッ!」
リヴィアが今度は左腕を振り上げる。
すると、瞬時に現れた巨大な炎の槍が空中に飛ばされたトキシックドラゴンの胴体を貫いた。
『グォォォォォォ!』
トキシックドラゴンが緑色の血液を撒き散らしながら吠える。
有害物質の焼ける嫌な臭いが立ち込めた。
「〈天瀑〉……!」
リヴィアが今度は両手を振り下ろす。
空から滝のような水流が降り注ぎトキシックドラゴンを地面に叩きつけた。
とんでもない質量の水のハンマーだ。
「〈氷葬結界〉!」
水浸しで這いつくばるトキシックドラゴンに手を向けてリヴィアが叫ぶ。
トキシックドラゴンを中心にギャップ全体が樹氷原のごとく凍てつき、四方八方から伸びた無数の巨大な氷柱がトキシックドラゴンを串刺しにした。
『ゴアァァァァァ……!!』
トキシックドラゴンは為す術もなく氷上に磔になる。
みるみるうちに全身が凍りつき、やがて氷像のように氷漬けになって絶命した。
「終わった……のか?」
吐く息が白い。
すると、『キーン』と硬質な音が響き、俺とミアの身体を光が包んだ。
「レベルが上がった……!」
ステータスを確認する。
【坂内コウジ Lv:23
HP:156/156
マナ:0/237
AP:248/400
ジョブ:召喚師
スキル:召喚術 400 魔獣語 80 幻獣語 80 神獣語 80 観察 60
装備品:冒険者の服】
うおお。さすがにあれだけ強力なモンスターを倒したからか、一気にレベルが上がった。
一体倒しただけで、レッジェーロの殆どの冒険者より高いレベルになってしまったぞ……。
そういえば、ミアもかなりレベルが上がったんじゃないか?
〈観察〉してみる。
【ミア Lv:35
HP:228/228
マナ:345/345
ジョブ:雷術師
スキル:雷魔術 65 高速詠唱 52 セルフチャージ 49 弓術 48 体術 40
装備品:狩人の服】
めちゃめちゃ上がってる……。
しかし当のミアは、先ほどのあまりに一方的な凄まじい戦闘を見せつけられて放心状態なのか、俺の横に呆然とへたり込んでいるだけだった。
「ミア? 大丈夫か?」
「……は……はわわわわ……」
ミアは膝を震わせながら涙目で声を漏らすと――
彼女のおしりの下にじんわりと液体が広がっていった。
凍りついた地面からほのかな湯気が立つ。
ミアの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
「……あ……そのー……」
えーと……。非常に気まずい。
「……あんなの見せられたら……仕方ないじゃない…………」
ミアが『ぐすん』と鼻をすすりながら言う。
「リ、リヴィア……!」
俺は氷漬けのトキシックドラゴンを満足気に眺めていたリヴィアに駆け寄ると、
「ちょっと、お願いがあるんだが……」
そう言って、ある提案をした。




