突入、古代遺跡
◆
夜が明けて、翌日の朝。
巨大樹の沼は、広大な湿地帯の上にビルのような高さの樹が並び立つ壮大な空間だった。
沼の水面から張り出した巨大樹の根はまるで橋のようで、その上を渡って進んで行ける。
今日は、警戒していたモンスター――スワンプドラゴンや、その他の強力なモンスターたちにはまだ遭遇していない。
遭遇する気配もなかった。
これを幸いと取るか、不吉の前触れと取るかは……まぁ、微妙なところだ。
昼過ぎには巨大樹の沼の最奥まで辿り着いた。
「ここまで来るのは、本来ならモンスターの目を盗みつつになるから倍くらい時間がかかるはずなんだけど……。やっぱり妙ね」
ミアが辺りの様子を見ながら言う。
たしかに、辺りは不気味なほどの静けさに満ちていた。
すると、ミアが前方の水面から石の構造物が突き出ているのに気がついた。
建物の上部が顔を出していて、崩れた外壁部分から中に侵入できそうだ。
「あったわ、あれね! ここにこんなものがあったなんて……」
と、その時、頭上から声が降ってきた。
『コージ! ミアー!』
「ピクシー! 無事だったか!」
『うん! ねぇ、ここに入るの?』
「そうよ。そのために来たんだもの」
ミアが頷く。
すると、ピクシーたちは心配そうに顔を見合わせた。
『……気をつけてね。昨日も何組か入っていったけど、まだ誰も出てきてないみたい……』
「…………」
遺跡の入り口には塗りつぶしたような闇が広がっていて、中の様子は伺えない。
俺たちはピクシーに別れを告げると、ランタンをともして遺跡の内部へと足を踏み入れた。
「崩れやすいわ。気をつけて」
先導するミアと同じ場所に足を置きつつ、瓦礫と土砂で作られた斜面を降りていく。
先発隊の生き残りによる情報では、この遺跡は円錐型の地下への入り口とその下層に広がる広大な地下空間、という構造になっているらしい。
「ミア。その〈次元の歪み〉は、どこに?」
「下層部にかたまって存在しているらしいわ。私たちだけで全てを処理するのは難しいから、可能な限り〈歪み〉を破壊したら脱出するわよ」
話している内に斜面を下り終え、俺たちは遺跡の最上部の回廊へ降り立った。
左右に石造りの暗い通路が伸びている。
「先遣隊のマッピングでは、右側のはずよ。左は土砂で塞がれてるみたい」
ミアはポーチからマップを取り出すと、方向を確認して右手側に歩き出した。
澱んだ空気が肌に纏わりつく。
左右の壁は、風化しかけた古代文字や美術の彫刻で細やかに装飾されている。
警戒していたアボイドの気配は無い。そして、他の冒険者の気配も。
どこまでも続きそうな闇の中を進んでいく。
螺旋状に下っていく回廊を進んでいくと、その途中で前方から騒々しい物音と誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
「ミア!」
「誰かが戦ってる……!」
ミアが駆け出した。
心拍が早くなって、背中を嫌な汗が流れる。
覚悟を決めるしか無い。
『コージ、気をつけてね!』
「ああ!」
リヴィアが俺に声を掛ける。
彼女を召喚するのは、ギリギリになってからだ。
APを戦略的に使っていかなければ、肝心なときにリヴィアを呼べなくなる。
そうなれば、多分、俺は死ぬ。それだけはマジでごめんだ。
ミアの後を追って螺旋回廊を駆け抜けた先は、これまでとは変わって広い空間になっていた。
辺りから水の流れる音が響いてくる。
目を凝らすと、どうやらこのフロアを取り巻くように地下水路が流れているらしい。
その中心に明かりを灯した冒険者の一団がいるのが見えた。
その周囲を、無数の禍々しい影が取り囲んでいる。
俺たちはいったん物陰に姿を隠して様子をうかがった。
「あれが、アボイド……!」
黒い甲殻。蠍と蜘蛛の模型を無理やりくっつけたような醜悪な姿で、甲殻の隙間からは不思議な青い光が漏れ出ている。
「……ちっ……!」
ミアが舌打ちをする。
アボイドに囲まれた冒険者の影は三人分だ。
うち一人は倒れ込んだまま動かない。
もう一人は、腹部を押さえてへたり込んでいた。押さえる手が血で真っ赤に染まっている。
そして最後の一人の女性が、必死に杖を掲げ、聖なる光のヴェールで自分たちを護っていた。
純白のローブに、優しそうだが強い意志を感じる顔。
「マール……!?」
小声で叫ぶ。
あの酒場で出会った冒険者パーティの人だ。
「知り合い?」
「いや、ちょっと顔見知りでね」
そうこう言っている間にも、アボイドたちは容赦なくマールの結界を破壊しようと攻撃を続けていた。
杖を掲げるマールの腕が震え、顎からは汗が滴っている。
「あれじゃ持たないわ……! 助けなきゃ!」
そう叫んでミアが物陰から飛び出した。
「誰ですか!?」
俺たちに気がついたマールが、こちらに向かって叫ぶ。
「冒険者よ! 手を貸すわ!」
「助かります……! 先に〈次元の歪み〉を……!」
「ミア! あれか!?」
俺は、空間の片隅、天井近くに浮かぶ黒い塊に気がついて指さした。
「……っ! こんな上層にまで……!」
よく見れば、黒い塊からまさに今も新たなアボイドが生み出されている。
『ギイィィィィ!』
アボイドが俺たちに気がついた。
黒い波のように押し寄せてくる。
「まずい……! コージ! リヴィアでなんとか押し留めて!」
「わかった! 来い! 【リヴァイアサン】!」
光と共にリヴィアが現れる。
「いくよ! ……〈氷刃〉!」
リヴィアが右手を振ると、その手の中に彼女の身長ほどはあろうかという『氷の剣』が出現した。
『ギギャギャァィィィイィ!』
殺到するアボイドに向かってその剣を振ると、そこを起点に一瞬にして大気が凍りつき、連なる氷瀑がアボイド数匹をまとめて飲み込んだ。
ごく小規模の〈氷葬結界〉といったところだろうか。
アボイドはたちまち氷漬けになって、その体内の燐光を失う。
リヴィアが氷の剣を振るたびに次々とアボイドが凍結していった。
その間に、ミアが詠唱を完成させる。
「あの〈歪み〉の規模なら一撃でいける! 〈サンダーランス〉!!」
ミアの頭上に生まれた紫電の槍が、黒い塊に突き刺さる。
〈次元の歪み〉を引き裂くように、鮮やかなスパークが迸った。
――ゴシャッ!
金属塊が潰れるような音が響いて、〈次元の歪み〉は空間に吸い込まれるように消えた。
「よし! 後は残ったアボイドを倒すだけ――って……」
そのときにはすでに、大量のアボイドはリヴィアの〈氷刃〉であらかた凍結してしまっていた。
所要時間はものの一分ほどか。あまりに一方的な戦闘だった。
俺の身体が光りに包まれ、レベルが上がったことを伝える。
「あ、またレベル上がった」
「……あんた、やっぱちょっとズルくない? あれの持ち主って」
ミアが呆れた顔でリヴィアを指差す。
「ズルいって言われてもなぁ……。ほら、召喚獣の力は召喚師の力って言うみたいだし」
「必死こいて鍛錬した私の魔術は一体……っと、今はそれどころじゃなかったわ」
「マール!」
俺とミアはハッと我に返って、マールたちのところへ駆け寄った。




