森の妖精と不穏な気配
そんな事を考えながら歩いていると、やがて〈レッジェーロ森林〉の入り口に辿り着いた。
森は明るく、吹き抜ける風が爽やかな雰囲気を醸していた。
俺は深呼吸して、適度な湿気を含んだ美味しい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「なんかもっとこう『ダンジョンやでー』みたいなのかと思ったら、意外とキャンプ場みたいじゃないか。良い所だな」
「とくにモンスターの気配も無いよ」
リヴィアが耳をそばだてながら言う。
俺たちは、サクサクと草を踏みながら森の中へ入った。
数時間も採集に励むと、件の〈トリル草〉のノルマである10本はなんとか集まった。
それ以外にも、リヴィアは毒に聞く薬草や暗視効果のあるキノコなど有益なアイテムを拾っていた。
「妙に詳しいんだな」
「だてに長く生きてないからね」
得意気に胸を張ると、人一倍デカい胸がゆさっとゆれる。
「二万歳……。うーん。複雑な気持ちだ……」
「……? なになに?」
「いや、なんでもない」
などとくだらないことを言い合っていると、視界の隅を何か光るものが横切った。
「何だ?」
警戒しつつも、光が見えた方へ草をかき分けていく。
すると――
「……妖精?」
きらきらと光る蝶の羽を背中にはやした小人が二人、木の枝に座って話し込んでいた。
草色の布を身体に巻いた女の子の妖精だ。
片方は薄緑。もう一方はオレンジ色の光を纏っている。
俺はそれを藪の中に隠れながら覗き込んだ。
「あ、ピクシーだ。珍しい」
後ろからリヴィアが言った。
耳をすますと、ピクシーの会話が微かに聞こえてきた。
『巨大樹の沼の地下の遺跡が――』
『この間も、怪しい人間があの辺りを――』
『あの遺跡が開いたら、モンスターが人間の街を――』
何やら物騒な話をしている。
俺はリヴィアと顔を見合わせてから、藪をゆっくりと出ていった。
「あの……。こんにちは」
妖精二人は俺の出現に髪の毛を逆立てるように驚くと、逃げるように木の裏に隠れてしまった。
そんな二人にリヴィアが声を掛ける。
「ピクシーたち。あたしは〈海神・リヴァイアサン〉。大丈夫だよ。出ておいで」
ピクシーが恐る恐る木の裏から顔を覗かせる。
『海神さま……?』
一人がこちらに来ようとしたのを、もう一人が止める。
『違うよ! 海神さまはあんな声じゃなかったよ! 騙されちゃだめ!』
偽物扱いされたリヴィアはぽりぽりと頬を掻くと、改めて口を開いた。
『全き善なる小さき者よ。我が声が届かば聴け』
森の木々を揺るがすような低音が響いた。
〈リヴィア状態〉でも、その声って出せるんだな。
声と見た目のギャップが凄いけど。
『海神さま! やっぱり海神さまだよ!』
『本物だ! 本物だ!』
妖精二人は飛び出してくると、はしゃぐようにリヴィアの周りを飛んで俺達の前にひざまずいた。
「信じてくれた?」
リヴィアの問いにコクコクと頷く二人。
「本当に妖精なんだな……。はじめまして」
俺が挨拶をすると、妖精二人もくるりと回ってお辞儀をしてくれた。
非常に愛くるしい。飼いたい。持ち帰りたい。
……いや、落ち着け。それではただのヤバい人だ。
「えっと……、さっきそこで話してた内容を詳しく教えて欲しいんだけど」
妖精二人は顔を見合わせると、なにやらヒソヒソと耳打ちで相談し始める。
やがて相談が終わると、片方がおずおずと話しだしてくれた。
『あのね、ここから北にずーっと行った沼地の奥にね、地下に埋まった遺跡があるの。〈古代魔帝国〉時代のふるーい遺跡だよ。その辺りにね――』
――妖精の話では、巨大樹の沼の奥地には、まだ誰も知らない地下遺構があるという。
森に住むものしか知らず、ひっそりと閉ざされていたその遺跡の周辺に、最近、妙な人間の出入りがあるという。
『木は焼くし、草はむしって、野営のゴミも全部置いていくから、わたしたちで懲らしめてやろーって思ってたんだけど、すごく強そうなんだ』
――そして、その遺跡の封印が解かれれば、最悪の場合、内部で生み出された邪悪なモンスター『アボイド』が地上に溢れ出す可能性があるという。
「そのアボイドってのは何なんだ?」
『アボイドは、古代魔帝国が造った人造モンスターだよ。あいつら、大っ嫌い。食事も眠ることもしないで、ひたすら人間をやっつける事しか考えてないんだもん』
なんだその危なっかしい連中は。
出来ればお近づきになりたくないぞ。
しかし、遺跡の封印とやらが解かれれば、その危なっかしいアボイドが大群をなしてレッジェーロの街に襲いかかる可能性がある、と。
最悪じゃないか。
「封印は、すぐに解かれそうなの?」
リヴィアが質問すると、妖精は首を横に振った。
『たぶん、まだ大丈夫』
俺とリヴィアは顔を見合わせた。
「ギルドに報告した方が良いかもな」
「ちょっと、ヤな感じだね」
リヴィアが頷く。そして、しゃがみ込むと妖精二人の頭を撫でた。
「ねえ、君たちもコージ……あたしのマスターについてこない?」
勧誘を始めるリヴィア。
妖精も、何か特殊な力を持っているのだろうか。
回復とかしてくれたらありがたいな。
しかし、妖精二人は顔を見合わせてから首を横に振った。
『ごめんなさい、海神さま。さっきの通り、森が不穏な空気に包まれてるから、わたしたちは森を守らないと……』
「そっか。残念」
リヴィアが俺の方を見て肩をすくめる。
「仕方ないよ。それより、二人ともありがとう」
俺もしゃがみこんで頭を下げた。
「街の方でも何か出来ないか話してみるよ」
そう言うと、妖精は花のような笑顔で笑った。
『ありがとう。召喚師のコージ、優しいね』
『コージ、いい人間!』
言いながら俺の周りを飛び回る。きらきらと光の粒が舞い散った。
何だか照れくさくなった俺は、改めて別れの言葉を残してその場を立ち去った。
◆
時刻は昼過ぎ。
ギルドに戻った俺から、ピクシーの話していた内容の報告を受けたアイーシャは、
「ちょ、ちょっと待っていてください!」
と告げて、事務所の奥へと消えていった。
ロビー内はこれからクエストに行くものや、一端依頼を終えて帰還した冒険者たちで混雑している。
やがて、アイーシャを連れた所長が現れ、冒険者の間を縫いながら俺の方へと歩いてきた。
周りの冒険者が、ひそひそと噂話をする気配が聞こえた。
「所長じゃん。どうしたんだ?」
「あいつ誰? 新人?」
「ああ、ミアが試験官だったとかいうレベル1の召喚師だろ?」
「うわ、なにその弱キャラの極み」
などなど、好き勝手言っている。
ってーか聞こえてるからな! ヘコむぞ!
「コージくん、大まかな話は聞いたよ。ここじゃなんだ、ミーティングルームへ行こう。アイーシャくんはここまででいいよ」
所長に促されて、ロビーの奥へと二人で向かう。
そのまま二階の一室へ案内された。
ミーティングルームと呼ばれるそこは、大きなテーブルと二人がけのソファが置いてあるシンプルな談話室だった。
「さっそくだが……、あんな話を誰に聞いたんだね?」
ソファに座った俺に所長が尋ねてくる。
「森の〈ピクシー〉から聞きました」
「確かにあの森にピクシーが出現することは確認されているが、どうやってピクシーと会話を……って、そういえば君は〈魔獣語〉のスキルを持っていたね」
すっかり忘れていた事を思い出したように、所長が『ぺしっ』と額を叩いた。
「しかし、巨大樹の沼の地下に〈古代魔帝国の遺跡〉があるなんて言う話は、今まで聞いたことが無いな……」
「ピクシーたちの話では、確かにあるそうですけど」
「ああ、すまんすまん。もちろん疑って掛かっているわけではないよ。ただ、遺跡がらみの話になると首都テノールのギルド本部の管轄になるからね。我々の一存では動けないんだ」
「なるほど……」
異世界にも色々と組織のしがらみがあるんだな。
確かに所長も中間管理職の哀愁が漂っているふしはある。
「とりあえず、この件は本部に申し送って指示を待とう。報告ありがとう。何か進展があったら、すぐに君にも報告するよ」
所長はそう言うと、俺の肩に手を置いた。
「やはり、君は何か他の冒険者と違うような気がするね。召喚師という冷遇されがちなジョブだが、君なら新たな境地をひらけるかも知れない」
「買いかぶりすぎですよ」
「……そうかね?」
所長が肩をすくめる。
俺と所長は二人して笑った。




