不思議な少女は大体キーパーソン
集落の明かりすら見えない。
どうやら山のようだが、自分が登ってきたのか降りてきたのかすら分からなかった。
「ちょっと待てよ。これマジでやばくないか……?」
遭難。その二文字が、俺の頭をよぎる。
頼みの綱のランスロットも、その気配すらない。
「あ、そうだ! リヴィア……!」
精神を集中して、遠くにいるリヴィアとマナをコネクトさせる。
しかし、いくら集中してもまるで手応えがなく、リヴィアと精神を感応させることは出来なかった。
「……だめか。一体どうなってるんだ……」
諦めて空を見上げる。
すると、近くの草むらが唐突にガサガサと動き始めた。
「……!」
とっさに身構える。
野生動物? いや、あるいは……。
しかし、予想に反して姿を表したのは人間──しかも、小さな女の子だった。
「わぁっ。びっくりしました。こんなところで何してるいらっしゃるのですか?」
少女は俺の姿を目を丸くして見ている。
長い黒髪。村人たちと同じ、深い緑の刺繍が入った服を着ていた。
集落の子だ。これで戻れるぞ!
「何してるっていうか、なんか知らんうちに迷っちゃってさ」
ホッと息をつく。
「君こそ、なんでこんなところに?」
少女は言葉遣いこそ大人びているが、見たところ十歳にも満たなそうで、およそ夜の森にいるような存在では無い。
体格なんか、俺の半分くらいじゃないだろうか。
それにびっくりするくらい可愛い女の子だ。
丁寧な言葉づかいも相まって、ドレスでも着させたら都の王宮にでもいそうなほどだが、今の姿は農村の少女らしい素朴なものだ。
いや、むしろそのギャップがいい。
「〈フォグーンフラワー〉を取りに来ましたの。今日みたいなおぼろ満月の夜にしか咲きませんので。でも、ちょっと遠くまで来すぎてしまいました」
そう言って片手に持った籠を軽く掲げて笑う。
籠にはまんまるな花弁を持った花が何輪も入れられていた。
「村に帰りたいのですよね? 一緒に戻りませんか?」
「あ、ああ。助かるよ!」
俺が安堵の表情を浮かべると、少女はパタパタと俺の横に来て手を繋いできた。
「ふふ……。こちらです」
上目遣いに微笑んで、俺の手を引いて獣道を歩き始めた。
俺は一人っ子だったから妹とかはいなかったけど、小さな兄妹でもいたらこんな感じだったんだろうか?
ま、うちの家系の遺伝子じゃあこんな美少女は産まれないだろうがな!
「お兄様も、騎士さまなのですか?」
「いや、俺は違うよ」
「では、魔法使いさま?」
少女が目をキラキラとさせて俺を見上げる。
俺は後頭部を掻きながら苦笑した。
「まぁ、そんなところだけど……。〈召喚士〉って、分かるかな?」
「しょーかんし……?」
「そう。人間よりも大きな存在……幻獣や神獣を味方にして戦うんだ」
「少し難しいですが……。お兄様は、とても強いんですね」
「いや、強いのは俺じゃないんだけどさ」
「ぜひ見せてください!」
「あ……。それが、その……今はちょっと使えなくてさ」
「そうなのですか?」
少女がきょとんとした顔をする。
「そうなんだ。ごめんな」
「いえ、無理を言って申し訳ありません。でも、しょうかんしなんて初めて聞きました。お兄様は、ガラドニアではない里から来たのですか?」
「俺は、そうだな……。あれだ。君たちからすると、外界人てやつかな」
俺が言うと、少女は立ち止まって俺の顔をまじまじと見上げた。
「外界人……。もっとおっきくて凶暴なカイブツだと教わりました……」
「なんだよそれ」
意外そうな少女の顔に苦笑する。
「きっと……俺たちも君たちも、そんなに変わらないよ」
「……そうなのかもしれません」
少女が前を向き直って再び歩き始める。
俺の手を取り、森の中を右へ左へ。まるで庭のように進んでいった。
「外の世界ってどんなところなのですか? ここと何が違うのでしょう?」
少女が唐突に尋ねてきた。
「うーん……」
歩きながら何と言ったものか考える。
俺が見て、感じてきた、この世界。
レッジェーロやテノンの街並み。
入り交じる雑多な人種や善人、悪人──。
「そうだな。ここに比べると、すごく雑然としてるよ。ここが綺麗な緑色の世界だとすると、あっちは色んな色が混ざり合ってもはや何色かわからないと言うか……」
「……?」
「みんな毎日を必死に生きてるんだよ。悪いヤツもいいヤツも」
ふと、元の東京の生活を思い出した。
毎日が会社と家の往復で、仕事と人間関係に神経をすり減らし、何の味もしないコンビニ弁当を面白くもない深夜テレビを見ながら食っていたあのワンルームの部屋。
自分の魂が硬直していくのを感じる恐怖と、それをどうにかしようとも思わない諦め。
「……似てるよ……」
口の中で呟く。
かつての自分の姿が、今のガラドニアの民たちの姿とダブった。
そこにあるのは、変化への恐怖と諦観だ。
ただ粛々と、滅びの道をゆっくりと辿ろうとしている。
「誰でも……自分の道は自分で切り開かなきゃいけないんだ」
俺は、ミアやリヒャルト……仲間たちの生き方を見ていて、強くそう思う。
彼らは、自分の進むべき未来、未知への挑戦──全てを自分の力で勝ち取ろうともがいている。
「へぇ……」
少女が何やら感心したような顔で俺を見上げた。
「なんか恥ずかしいな……。今行ったことは忘れてくれ」
「ふふ。もう覚えてしまいました」
悪戯っぽく笑って目の前にあった斜面を小走りに駆け登る。
「なんだか、本当のお兄様が出来たみたい」
斜面の一番上で立ち止まると、振り返って微笑んだ。
「おいおい、待ってくれよ。また迷っちゃうだろっ、て……お?」
少女に追いついて見ると、斜面の向こうは緩やかな下りになっていて、遠くには街の灯りが見えていた。
集落の光だ。
「良かった……! これで帰れるぞ!」
だが、どうも様子がおかしい気がして、俺は眼下の集落に目を凝らした。
宴会のために幾つかのかがり火が焚かれている程度の筈だが、妙に光の数が多い。
それに、かがり火だったらあんなに大きな火になるはずが──!?
「燃えてる!? 村が燃えてるぞ……!」
「嘘……」
少女が絶句する。
確かに、見下ろす村は中央の集会所をはじめ、幾つもの民家が炎に包まれているようだった。
「とにかく急ごう!」
もう迷うこともない。俺は少女の手を引いて、山の斜面を駆け下りはじめた。




