Q:遭難ですか? A:はい。
村の人口は百人に満たないほどのものだった。
その全員が俺たちを歓迎する宴会に参加し、俺たちに酒を注いでまわろうとする。
さすがのリュートも困惑に顔をひきつらせながらそれを押し留めた。
「あ、いや、お気持ちはありがたいが、我々は急ぎ、旅の途中ゆえ──」
リュートが一献を辞しようとすると、酒瓶を持った年配の農夫は快活に笑ってそれを遮った。
「はっはっは。カーバンクル様にお会いしにいくんじゃろう? どちらにせよ、今日は無理じゃ! 風が悪い。北から吹く風が止めば、霞の神獣に会うことも出来るじゃろ」
「は……。霞の神獣に会うには、何か特別なタイミングがあるので?」
すると、別の村人が声を上げた。
「闇雲に行っても会えませんぜ、騎士の旦那さま! 俺たちゃ、カーバンクル様のことなら何でもよ~く知っとる」
「…………」
リュートはいまだ警戒の混じった鋭い視線で村人たちを見回したあと、辺りに車座に座る俺や騎士たちと視線を交わした。
「〈観察〉したところ、本当に全員ただの農夫のようだが……」
囁くリュートに、フラウタが肩をすくめて返す。
リュートは観念したようにため息をつくと、盃をぐっと差し出した。
「……では、ありがたくご相伴にあずかろう。カーバンクルについての話も、ぜひ伺いたい」
言うやいなや、村人たちは拍手喝采で喜び、改めて俺たち全員に酒を注いで回り始めた。
次いで、女房や娘連中が奥から沢山の料理を運び込んでくる。
「……なぜ私はこんなことを…………」
「はっはっは! ドントマインドだよ、リュート氏。レット・イット・ビー。なるようになるさ!」
額に手を当てて懊悩するリュートの肩を、リヒャルトが盃を片手に笑いながら抱いた。
「そうっすよ、だんちょー! 悩んでたって、カーバンクルには会えねーってことっすよ!」
「お、アルベルトくん! 君はいける口だね!?」
アルベルトと肩を組み、謎の歌を即興で歌い出す。
「おい、リヒャルト! ……ったく!」
リヒャルトもアルベルトも、この一瞬の間ですでに数杯目の酒を飲み干している。
「あぁ……。もうああなってしまったら止められません……」
マールが困りきった表情で嘆いた。
村人たちは明朗で気がよく、いつしか他の騎士たちも思い思いにくつろいで、酒を飲みながら娘連中などと楽しげに言葉を交わしたりし始めた。
気がつけば日も落ち、いつの間に用意したのか楽器の演奏や民謡の合唱まで始まって、いよいよ宴もたけなわである。
俺がふと立ち上がると、ミアが怪訝そうな顔をした。
「どうしたのよ?」
「トイレだよ。飲みすぎたかな……」
宴の中央ではリヒャルトとアルベルトが、腕をクロスしながらの飲み比べで場を大いに盛り上げている。
マールがおろおろと立ち回り、アフェットは腹を抱えて笑っていると言った模様だ。
俺は宴の片隅でちびちびと盃を傾けるミアを不思議に思って尋ねた。
「珍しいな。いつもは一緒に大暴れしてるじゃないか」
「うん、まぁね。やっぱりこの村……どこか妙な気がしてね」
「妙……?」
「何となくだけどさ。あんたも、一人で外に出るなら気を付けなさいよ」
「……ああ」
俺はランスロットのカードが収まったバインダーの感触を確かめるように表面を撫でてから、宴会場の扉を出た。
「割と冷えるな……」
宴会場となっている村の集会所から近くの草むらに向かいながら、俺はランスロットに声をかけた。
「ランスロット、どう思う?」
『は。見たままですと、怪しいところはありませんが……』
「だよなぁ。ランスロットは、カーバンクルの事は知ってるのか?」
『いえ、私も噂を耳に挟んだ程度です。参考にはなりますまい』
「何かあった時は力を借りるよ」
『我が力は主のもの。確認するまでもありません』
俺は適当な草むらに入っていくと、大自然の中で用を足した。
頭上には薄く霞がかった月が、それでも煌々と大地を照らしている。
──俺は一体、こんなところで何をしているのだろうか。
すでに元の日本での生活は遠い夢のように記憶の片隅に追いやられている。
むしろ、本当に夢だったのでは?
ただの記憶違いで、俺は元からこの世界の住人だった。
そんな気すら、最近はしていた。
「……ふぅ」
俺は用を足し終えると持ってきていた革袋の水で軽く手をすすいだ。
周りの連中には水がもったいないと言われるが、やはりこうしないと落ち着かない。
うん。俺やっぱり日本人だわ。
「さて……あれ?」
集会所に戻ろうと踵を返すが、その先には鬱蒼とした茂みがあるだけで元の道はない。
「……お?」
右側を見る。違う。左側。これも違う。
「……? おかしいな。ランスロット。俺たちが来たのってあっちだよな?」
そう思っていた方角を指差しながら尋ねる。
しかし、しばらく待ってもランスロットの返答は無かった。
「おい、冗談よせよ。ランスロット?」
返事は返ってこない。
それどころか、バインダーからはその魔力すら感じられなかった。
「……? また勝手に出て、どっか行っちまったのか。ったく……」
半ば自分に言い聞かせるように独りごちる。
俺は前方に小さな獣道があるのに気が付いて、そちらに足を進めた。
「あー、こっちか。俺の方向感覚もあてにならんなぁ」
こんな藪を漕ぐような道は絶対に通っていないと脳が冷酷に告げるが、それを無視して先に進むしか無かった。
そして案の定、俺は深い森の中で立ち往生することとなった。
「何なんだ一体……! 迷うわけがないだろ!?」
用を足すのに入った草むらは、ほんの小さな茂みで、振り返ればすぐに集会所の明かりが目に入るような場所のはずだ。
「なんだ? 俺、意外と酔っ払ってるのか……?」
酩酊して、自分でも気付かぬうちに藪の奥へと入り込んでしまったのだろうか。
確かに、そう思ってみると足元と意識がややフワフワとしている気もする。
しかし──
「……参った……」
俺は辺りを見渡すと、頭を抱えて近くの倒木に座り込んだ。




