諦めの悪い召喚士
山の麓。燃える集落は目の前だ。
赤い炎をバックに、真っ黒な影が無数に蠢いていた。
「そんな……馬鹿な……」
アボイドだ。
鎧型のものや、四つん這いで動く異様に長い手足を持った見たことのないタイプもいる。
草むらに隠れながら、俺は尋常ではない量の汗が背中を伝わっていくのを感じた。
「お母さま……! お父さまは……!?」
「だめだっ!」
たまらず駆け出そうとした少女を抱きとめる。
「なんで……!? 村が──!」
「大丈夫。大丈夫だ。きっとお母さんもお父さんも無事だよ。みんな、どこかに隠れてるはずだ」
少女を抱きしめ、背中を撫でて落ち着かせながら言う。
騎士やミアたちだっていたはずだ。
「中の様子を探らないと……」
俺が腰を浮かしかけた瞬間、遠くでまばゆい光が弾けた。
「あれは〈騎士道〉の……! 行こう! 俺から離れないで」
少女が青ざめた顔でうなずく。
俺は少女の手を取って、腰をかがめたまま燃える集落に忍び込んでいった。
民家の影や死角を渡って、俺と少女は集落の中心部へと進んでいった。
四足歩行の不気味なアボイドが口から炎を吐き出しているのが見える。
まだ燃えていない民家の影から、集会所前の広場を覗き見ると──
「……リュート! ミアたちもいる……!」
広場の中央。燃え盛る集会所を背に、リュートを中心とした騎士たちが全方面に展開する光の壁〈レファリーゲート〉が、群がる何十体ものアボイドの軍勢を防いでいた。
彼らに守られるように数十人の村人が中心でうずくまっている。
ミアやリヒャルト、アフェットも村人を守るように立ち塞がり、マールは怪我人を神聖術で必死に治療していた。
『ギュエェェェェ!』
四足歩行のアボイドが一斉に炎を吐く。
とてつもない熱量が俺たちの辺りの空気までをも焦がした。
〈レファリーゲート〉が炎を防ぐ。しかし、長くは持ちそうに無い。
『グォォォオオォオォ!』
鎧型のアボイドたちも、剣を取り〈レファリーゲート〉に襲いかかる。
重い剣撃に、正面のゲートに亀裂が走った。
「くそっ……!」
思わず飛び出す。
と、それを少女が後ろから引っ張って止めた。
「だめです! お兄様まで死んでしまいます! しょーかんじゅつも使えないのに……!」
「っ……!」
その通りだった。
いまだにランスロットはどこに行ったかわからないし、リヴィアとのマナのコネクトさえ出来ないでいる。
召喚獣の使えない今の俺は、もはやただレベルがちょっと高いだけの普通の人間だ。
HPのおかげで何発かは耐えられるかも知れないが、それだけの話だ。
「お兄様……。二人で逃げましょう」
「……!」
少女が俺の目を見つめながら言う。
緑がかった、吸い込まれそうに綺麗な瞳だ。
俺の脳内に、少女と二人、どこか田舎の村でささやかな生活を送るイメージがふいに流れ込んだ。
それはひどく穏やかで、魅力的な光景だった。
「召喚獣が使えないんですもの。逃げても、誰も責めません」
少女が微笑む。
「私がお兄様の奥さんになってあげます」
「…………」
ああ。それは良いかも知れない。
靄がかったような思考を、そんな考えが支配していく。
すると、その時──
『ギュエェェェェ!』
アボイドの咆哮が轟き、〈レファリーゲート〉が音を立てて砕けた。
鎧型が剣を振り上げて騎士たちに殺到する。
ミアたちの表情に絶望が張り付き────
その瞬間、俺は無意識に飛び出していた。
「うおおぉぉぉぉっ!」
腰に下げた剣を抜き放つ。
ランスロットもリヴィアもいない。
俺に出来ることなど、たかが知れている。
それでも、駆け出さずにいられなかった。
鎧型の一体が俺に気が付き、突進してきた。
「はあああッ───ぐあッ!?」
横薙ぎの一線を剣で受け止める。
剣が一撃で折れ飛び、俺は列車に轢かれたかのような衝撃で吹き飛ばされた。
何度も地面を弾んでようやく止まる。
「……が……はっ……」
地面の冷たい感触が頬に伝わる。
手をついて起き上がろうとしたが、どうしても膝が立たない。
HPが【1,209/3,024】に減少していた。
「…………」
朦朧とした視界の中で、アボイドがゆっくりとこちらに向かってくるのが分かった。
アボイドの持つ黒い大剣が残酷にきらめいていた。
痺れているのか左腕が動かない。
(死ぬのか……)
立つことも出来ないまま、震える右腕で折れた剣を構える。
──すると俺の前に、隠れていたはずの少女がふらりと現れた。
「ばっ……逃げ……」
声が掠れてまともに喋れない俺を、少女は微笑みながら見下ろしていた。
「お兄様。やっぱり、面白い方です。諦めの悪い召喚士。あの方に似ています……」
「……?」
思考が混濁していて、少女が何を言っているのか分からない。
少女の後ろで、アボイドが剣を振り上げた。
「──っ!」
剣が、少女の頭頂部に振り下ろされようとした瞬間──時間が停止した。
「…………!」
少女の向こうに蠢いていた全てのアボイドはおろか、ミアや蒼穹の騎士たちすら動きを止め、民家を焼いていた炎すらも凍りついたように静止していた。
「怖い思いさせてごめんなさい」
少女がうずくまる俺の前にしゃがみこんで顔を近づける。
「きみ……は……?」
かろうじて出すことが出来た声で尋ねる。
「私は、霞の神獣〈カーバンクル〉。よろしくお願いします……お兄様」
少女はそう言うと俺の額に、ちゅっ、と口づけた。
その瞬間、空間全体がガラスのように音を立てて砕け散り、俺は亜空間に落ちていくような感覚の中で意識を失った。




