〈騎士道〉の極意
アボイドは数の劣勢を見て取ったのか、騎士たちの脇をすり抜けるように逃走を試みていた。
その動きは速い。
しかし──
「〈レファリーゲート〉!」
リュートの声が谷に響く。
同時に、光り輝く一対のエネルギーの壁が谷を封鎖するように降り注ぎ、アボイドたちを閉じ込めた。
「突撃ッ!!」
リュートの号令で、谷に騎士たちの力強い鬨の声と鹿の蹄の音が満ちた。
前後からアボイドに迫っていく。
光の壁〈レファリーゲート〉は、邪悪なるアボイドを通さないが、騎士たちを阻むことはない。
『カァァァァァァァ!』
アボイドたちも勢い剣を抜いた。
「オオオオオォォッ! 〈ディバインレイジ〉!!」
先陣を切るリュートの身体が赤い光の粒子を纏う。
彼から発せられる気迫が数段増し、俺たちから見たら小柄なはずの身体がまるで巨人のように感じられた。
彼に続く騎士たちも同じ技で自身を強化し、あたかも神の尖兵のごとく敵に激突していった。
「あれが〈騎士道〉の技! 初めて見た……!」
アフェットが感嘆の声を漏らす。
「……? 騎士ならテノールにもいるじゃないか」
「ノンノン。テノールの騎士の中に、いわゆる騎士術を使えるほどハイレベルな〈騎士道〉を身に付けているものは恐らくナッシングさ。それほど、〈騎士道〉というのは困難で神聖な道なのだよ」
「はぁ~。そうなのか。すごい連中だな……。そういや、ランスロットも〈騎士道〉は持ってないもんな」
俺が言うと、ランスロットが勝手にバインダーから出てきた。
『なんと……!? あ、主よ! 誤解されては困りますな! 〈騎士道〉など、我が〈聖剣技〉の完全下位互換! 児戯に等しいッ!』
「冗談だよ、冗談。おっと、戦いを見ておかないと」
『むう……』
憤る火の玉をなだめて戦場に目をやる。
アボイドの倍の数の蒼穹の騎士に挟み撃ちにされ、次々と鎧型アボイドが切り捨てられていく。
しかし、アボイドの剛剣も恐るべきものだった。
『ゴァァァァァァァァ!』
漆黒の巨剣を叩き下ろすと、硬い岩盤の地面に大きな亀裂が走る。
破片と土煙が舞った。
「むうっ!?」
『クルォォォォォ!』
アボイドたちは騎士たちが一瞬怯んだ隙に陣形を立て直すと、岩壁を背に陣取った。
やはり、アボイドとは思えないほどに統率されている。
「魔術型を狙え!」
怒号が飛ぶ。
鎧型のアボイドに守られた魔術型が詠唱を開始していた。
魔術型は棒のように細長い手足を持った人間の形で、胸に空いた大きな空洞の中に青く光るエネルギー核を浮かべている。
魔術型の周囲に、見たこともないいびつな魔紋が幾つも浮かび上がっていた。
「術を完成させるなッ!」
騎士たちが立ちふさがるアボイドを切り捨てていくが、鎧型の決死の防衛は堅牢だった。
「ッ……! マズいッ!!」
魔術型の周囲に浮かぶ魔紋が結合して大きな魔術陣となる。
魔術陣に魔力が凝縮されていく気配がした。
「全員、引けぇッ!」
リュートが叫ぶ。
騎士たちがアボイドを牽制しながら後退した。
『カァァァァァァァ!!』
「オオオッ! 〈リペリングカース〉!!」
リュートが雷声とともに盾を高く掲げる。
アボイドの魔術によって空中に浮かぶ魔術陣から黒い炎が吹き上がったのと、リュートの盾が光のエネルギーで拡張され強大な防壁を生み出したのは、同時だった。
二つの力がぶつかり、大地を揺らす。
「うわっ……!?」
思わず顔を逸らす。
〈リペリングカース〉からそれた黒炎が俺たちの辺りまで大気を焦がし、頬をチリチリと焼いた。
「……! ランスロット! 手助けに行こう!」
俺が言うと、ランスロットは冷静な声でそれに答えた。
『いえ……必要なさそうです』
〈リペリングカース〉に防がれた炎が渦を巻いて霧散する直前、
「〈コンセクレートアロー〉!」
女性の声が響いて、隊の後方から、光をまとった矢が空へ向かって放たれた。
黒炎が巻き上げた煙を穿ちながら舞い上がった矢は、放物線を描いて高速で落下し、
『ガッ……!?』
まるで吸い込まれるように、魔術型の胸の核に突き刺さった。
『ギュアァァァァァ……!!』
魔術型が、耳を覆いたくなるような断末魔を上げる。
青く光る核が爆散し、魔術型はそのまま崩れ落ちて事切れた。
「殲滅するッ!!」
「オオオッ!」
リュートが剣を振り下ろして号令をかけると、騎士たちが残された鎧型へと怒涛のように切り込んでいった。
そこから決着までは一瞬だった。
斬り捨てられたアボイドの身体が黒い塵になって消えていく。
「こうして見ると、ほんとに人間みたいね……」
ミアが、崩れていく鎧型の亡骸を見て呟いた。
「アボイドは高レベルな個体になるほど、そのフォルムがヒト型に近づいていくのよ」
長弓を片手に持った女騎士が、脱いだ兜を片手にミアに言った。
切れ長の目をした芯の強そうな女性だ。
〈山神の民〉の女性は男性よりさらに小柄なのだが、彼女はすらりと背が高く、他の騎士と変わらないほどの身長だ。
「あ……」
俺は返す言葉が思い浮かばず、ペコリと会釈をした。
「私は副長のフラウタ。以後、よろしく」
フラウタはにこりともせずに小さく頭を下げると、立ち去っていった。
「副長って、女性だったんだね」
アフェットが驚いたように俺に囁く。
「女と思って舐めてかかると、痛い目を見るぞ」
兜を脱いだリュートが周りの状況を見渡しながら近づいてきた。
アボイドにやられたのか、その腕の鎧の隙間から僅かに血が流れているのにマールが気が付いた。
「リュートさん、傷が……!」
「こんな程度の傷……。〈治療〉を使うAPがもったいない」
「私のマナならもったいなくありませんよね?」
マールがそう言いながら囁くように詠唱して、両手を患部にかざす。
「む……」
「〈ヒールオーラ〉」
暖かい聖なる光がリュートの傷を素早く癒やし、傷を塞いだ。
「痛みは残りますが、これで傷はふさがりましたよ」
「……かたじけない」
リュートは、マールの笑顔に照れた様に顔をそらすと、
「全員、急げ。すぐに発つぞ!」
そう指示して、早々に鹿に乗り込んだ。
「もう? そんな急がなくても……」
俺が言うと、リュートが振り返って首を振った。
「馬鹿を言うな。すでに我々の事はアボイド側に知られている。すぐに増援が来るぞ」
俺はハッと血の気が引く気がした。
そうだ、アボイドは全てクラスターの五感と繋がっているのだ。
蒼穹の騎士たちと交戦したことも、すでに──!
俺たちは慌てて鹿に飛び乗ると、リュートたちと共に谷間を駆け出した。




