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大地の裂け目

   ◆


 ガラドニアから北東に肥沃な草原地帯を丸三日ほど進むと、四日目の朝に深い渓谷の入り口に差し掛かった。

 赤い岩肌が押し迫るように聳え立ち、左右から深い谷間を圧迫している。

 薄暗い渓谷を抜ける砂混じりの風は強く、低い野獣の咆哮のような風音が途切れること無く響いていた。


「ここが……?」

「うむ。〈翠玉迷宮〉へと続く、大地の裂け目だ」


 俺の質問にリュートが頷く。


「ここから数キロのところに敵の拠点がある。全員、気を抜くな。……行くぞ」


 リュートが合図すると、彼を先頭に騎士たちも整然とした隊列で駒を進めていく。

 俺たちも、頷きあってその最後尾に続いた。




「ここから、まだ掛かるんですか?」


 リュートの横に駒を付けて尋ねると、リュートは前を向いたまま答えた。


「一両日中には着く。……無駄骨に終わるだろうがな」

「そんなの、試してみないと分からないじゃない」


 後ろからミアが反論した。


「ふん……。あの〈霞の神獣〉には、我々も再三、使者を送っている。しかし……派遣した使者は、ついに今まで一度もその姿を見ることすら出来ていない」

「気難しい神様というのは本当なんですね」


 手綱を握るリヒャルトの後ろに座っているマールが言った。


「ありゃ気難しいっていうより、偏屈なのさ」


 騎士の一人が振り向いて笑った。


「なによそれ」


 ミアが軽く吹き出す。


「神獣なんて、だいたいそんなもんだろ? 山神……うちの親方みたいなタイプが珍しいのさ。俺ぁ、アンタんとこの大将を見て確信したね」

「あはは。そうかも」


 ミアが笑う。


「リヴィアも、ああ見えて結構常識あるんだけどなぁ。……怒らせなければ」


 俺が苦笑しながら言うと、騎士も笑いながら同意した。


「はっは。違いねぇ。まぁ、あんだけ可愛い神様ならちょっとくらい怖くても──」

「アルベルト。いい加減にしろ」

「おっと」


 リュートが諌めるように名を呼ぶと、その騎士は肩をすくめて前に向き直る。

 騎士の中にも砕けた奴がいるようで、俺は何となくホッとした。


「カーバンクル……強力な神獣なんですよね?」


 ミアの前で手綱を握るアフェットが尋ねると、リュートが頷いた。


「ああ。本当に力を貸してくれるのなら、この戦もあるいは──」


 言いかけたリュートが突然口をつぐみ、手を上げて団員に停止命令を出した。


「…………」


 無言のまま全員岩壁に身を隠すように合図を出す。


「敵の気配……。まだかなり距離は離れていると思いますが……」


 アフェットが呟く。

 俺たちもリュートに従い、手綱を操って岩壁から張り出した岩の影に入った。


「アルベルト」


 リュートが小声で指示を出すと、アルベルトが頷き、単身で斥候に向かった。

 先程のおちゃらけた態度とは打って変わって、歴戦の騎士の雰囲気だ。

 数歩進んだところでアルベルトの姿がふっと消える。


「〈隠密〉か」


 アフェットが呟いた。

 どうやら、アルベルトはこの部隊での斥候役のようだ。

 しばらくすると、再びアルベルトが姿を表した。

 近づいてきた鹿の足音すら聴こえなかった。


「敵は鎧型が9体。魔術型が1体。距離、200ほど。こちらに向かってます。こちらに気付いている様子はありません。どうやら、ここは敵の警戒ルートの中のようですぜ」

「魔術型……? アボイドが魔術を使うって言うのかい?」


 驚いた様子のリヒャルトにリュートが頷いて返した。


「そうだ。邪悪な魔術をな。数は10。距離200……か」


 言いながら考え込む。


「……身を隠して通り過ぎるのを待とう。最悪、発見された場合は我々で迎え撃つ」


 いたって静かに宣言した。


「二隊に分けるぞ。戦闘の際は前後から挟み撃ちにする。副長フラウタ。人選は任せる。急げ」


 リュートの指示で、にわかに慌ただしくなった。

 所在なさげに佇んでいる俺たちに、


「この場所で私側の隊と隠れてもらう。余計なことはするな」


 リュートは冷たく言い放って背を向けると、隊形を整える騎士たちの方へ向かっていった。


「従うしか無いね」


 アフェットが苦笑しながら肩をすくめた。




 赤い岩壁の谷間を、漆黒の一団が通っていく。

 当然、10体それぞれが言葉を交わすことも無い。

 アボイドでありながら、その身体の中枢までクラスター〈ダークマター〉の胞子に侵食され、視覚や聴覚までもクラスターに奪われてしまっているのだ。

 俺たちは、不気味な、ぎこちない操り人形のような動きで歩いていく一団を、岩陰から覗いていた。

 アボイドは、俺たちから離れた場所の岩陰に騎士団のもう一陣が身を隠していることに気付かず通り過ぎていく。


「……よし……」


 リュートがごく小さく呟く。

 しかしその時──、通過した一陣の頭上の岩壁が小さな落石を起こした。


「……!」


 一抱えほどの岩石が次々に落ちてきて、けたたましい音を立てながら地面で砕ける。

 不思議そうな様子で振り向いたアボイドの視線の中に、岩陰に隠れた騎士の一団が捉えられた。


『ケキャァァァァァァ!!』


 アボイドが谷間に響き渡る咆哮を上げる。


「これも神の思し召しか……。全軍ッ! 戦闘準備ッ!!」


 リュートも、負けないくらいの怒声で騎士たちに号令した。

 もはや隠れている意味も無くなった騎士たちが、岩陰から飛び出して剣を抜く。


「あ、あの! 僕たちも……!」

「余計なことはするなと言ったはずだ!」


 言いかけたアフェットがピシャリと言い切られ、後を追う間もなく騎士たちが駆け出していく。


「……アフェット……」


 俺は、悲しげに騎士たちの背中を見つめるアフェットに駒を寄せた。


「アフェット……仕方ないわ。〈山神の加護〉を受けていない私たちが出ていっても、完全にお荷物だもの」

『アフェット殿、気を落とすことはない。ふん……。お手並み拝見といこうじゃありませんか』


 ランスロットが吐き捨てるように言った。


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