二つの目的地へ
◆
翌早朝。
俺たちが身支度をしていると、リビングのドアが乱暴にノックされた。
間髪入れずにリュートが顔を出す。
「出発の時間だ。下に来い」
短く言い残して、ふい、と消えてしまう。
「感じわるー」
ミアが顔を歪めて舌を出した。
「まぁ、そう言うなって。今回の作戦には、彼らの協力が不可欠なんだ」
そう言ってミアをなだめる。
「〈雲の上の高地〉に向かうのに、本当に一人で大丈夫ですか?」
マールが心配そうにリヴィアに尋ねた。
「大丈夫だよ。〈リュイザン〉たちとは顔見知りだし。それに、あたしを誰だと思っているのかな!?」
ふんす、と胸を張るリヴィア。
「ま、それは確かにそうだね」
それを見て、アフェットがくすくすと笑った。
「むしろ、リヴィアくん不在の我々の方が心配ソーマッチだと思わないかね? 霞の神獣が住む〈翠玉迷宮〉……。輝く宝石の迷宮で、一体どんな危険が待ち構えているか……! 想像するほどにインタレスティングッ!!」
立ち上がり、くるんと一回転してから両肩を腕で抱いて武者震いをしてみせるリヒャルト。
「見てて飽きない人だなぁ……」
アフェットが呆れたように呟く。
「心配しなくても、〈カーバンクル〉は悪いやつじゃないから取って喰われたりはしない……と思うよ。多分」
「多分かよ!?」
俺のツッコミに、リヴィアがへらへらと手をふる。
「あっはっは。大丈夫、大丈夫。まぁ、曲者なのは確実だけど」
「せめてもうちょっと情報くれよ! その、どんな見た目か、とか……!」
俺が迫ると、リヴィアは頬に手を当てて天井を見上げた。
「ん~……。前に会った時は、身の丈百メートルはあろうかという四つ首の黒大蛇だったかな」
「いや確実に邪悪だろ!? おい、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「あっはっは! どうだろう!?」
泣きそうな顔で俺にしがみつかまれながら、リヴィアは楽しそうに大爆笑していた。
ひとの気も知らないで!
──その頃、宿舎の一階。
「…………遅い……」
整然と並んだ蒼穹の騎士の先頭で、リュートが杖のように突いた剣の柄を苛ついた様子でトントン、と指で叩いていた。
◆
宿舎の横には団員用の厩舎が併設されており、俺たちもそこに案内された。
騎士たちが専用の乗り物──馬では無く、鞍を付けられた大きな牡鹿を牽いて出てきては次々と乗り込む。
小型の馬ほどもある、たくましい鹿だ。
手綱の先は立派な鹿の角に結び付けられている。
「お前たちはこれに乗れ」
リュートが、特に大きい三頭の鹿を引き連れて俺たちに言った。
「鹿なんか乗ったこと無いぞ……?」
「こいつらなら、外界人の乗る馬とサイズは変わらん。それに、賢く穏やかで強靭だ。すぐに慣れる」
「は、はあ……」
俺たちは戸惑いつつも二人一組で鹿に乗りこんだ。
俺とアフェットとリヒャルトが手綱を握る。
「はっ!」
俺たちの心の準備を待つ様子も無く、リュートの先導で騎士たちが進み出す。
「あ、ちょっと待ってくれよ!」
と慌てたものの、確かに鹿はとても賢く、先行する騎士たちの後ろを俺が特に操る必要もないほどにスムーズに追従していった。
大通りを通ると、市民が通りの中央を空けて恭しく頭を下げてくれる。
映画とかで観たことあるような光景だ。
俺は偉そうに手でも振ってみようかと思ったが、さすがにやめておいた。
蒼穹の騎士たちに案内されるがまま、俺たちは街を抜けて郊外へ出た。
ガラドニアをぐるりと取り巻く河の橋を渡ると草原に差し掛かる。
そこで俺たちは一旦鹿を降り、〈雲の上の高地〉へ向かうリヴィアと別れることになった。
「じゃあ、行ってくるね」
「何かあったら伝えてくれよ」
「うん。コージも、十分気をつけてね。あ、そうだ。……ん」
リヴィアは思いついたように目を瞑って顔を上に向けると、ややつま先立ちになって『何か』をねだるような仕草をした。
「お、おい、こんなとこで──」
「……ん」
きゅっ、と襟を掴まれる。
「ったく、もう。困ったな……」
俺は耳が熱くなるのを感じつつも、俺を見上げるリヴィアの可愛らしい顔についニヤけるのを止められなかった。
俺は腰を僅かにかがめて、リヴィアの唇に──
「ちょいちょいちょーーーーい!! ストーップ! 何やってんのよ!?」
ミアが慌てて俺とリヴィアを引き剥がした。
「むー? 何するのー?」
「『何するのー?』じゃないわよ!? そんなことしてないで、さっさと向かいなさいよ!」
不満げなリヴィアに、ミアが顔を真っ赤にしながら猛抗議する。
「はいはい。わかったわかった」
リヴィアが観念したように肩をすくめて踵を返す。
「わかったならいい──」
「スキあり!」
と見せかけて、俺に飛びつくと唇に『ちゅっ』とキスをした。
「ああぁー!?」
「あっはっは! じゃあ、いってきま~す!」
リヴィアは愉快そうに笑いながら駆け出すと、一瞬で魔力を開放して空へ飛び上がった。
「この色ボケ魔神がー! この! この!!」
ミアが高速で詠唱した雷弾が、リヴィアを追って次々と発射される。
しかし、そのどれもが遠くから響くリヴィアの笑い声とともに、空中で水の膜に包まれてかき消えていった。
「……はっ! ミアさん! ダメですって!」
唖然と見ていたマールが、第二波の詠唱を開始しようとしていたミアを羽交い締めにする。
「リヒャルトさん! アフェットさん! 手伝ってくださいよー!」
マールが助けを求めるが、アフェットは腹を抱えて大爆笑しているし、リヒャルトは、
「あゝ、なんとかぐわしい恋のフレグランス! 良い! ディ・モールトベネッ(とても良い)!!」
狂おしく身体をくねらせて叫んでいた。
それを遠巻きに眺めていた蒼穹の騎士たちは、
「……団長。本当に、彼らを信用して大丈夫なので……?」
「…………俺に聞くな」
リュートは、もはや哀しみすら湛えた表情で目をつむり空を仰いだ。




