星降る丘で
月光と静寂に包まれた街は、物音でも立てれば何か恐ろしいものを起こしてしまいそうな雰囲気すらして、俺たちは気がつけば囁くような小声になっていた。
「これは、あたしも人づてに聞いた話だけど……。ランスロットが以前ここに来たのは、二千年以上前……。アボイドとクラスターの猛攻に遭っていた白龍山脈戦線への援護を〈ガラドニア〉に求めるためだった。ルフも、今から数代前のことだね。その時の〈蒼穹の騎士〉団長が、フィドル──リュートのおじいちゃんだったんだ。まさか、その孫があとを継いでるなんてあたしも知らなかったけど……」
リヴィアが遠い記憶を振り返るように言う。
「ガラドニアに、外の人間界の戦いの援護を……」
ミアの呟きにリヴィアが頷く。
「当時、外界とガラドニアの関係は良好とは言えないまでも、交流自体はあったからね。白龍山脈戦線の大将であったランスロットが中心となってガラドニアに訪れ、蒼穹の騎士との交渉にあたった」
喋りながら歩いている内に、大きな四辻に差し掛かった。
ここから西に折れた街の外れには小高い丘陵地帯が広がっている。
俺たちは誰ともなくその西方面に足を向けた。
「それで? 交渉の結果は……?」
ミアが尋ねる。
「交渉は難航したみたい。でも最終的に蒼穹の騎士は、白龍山脈への参戦を約束した。『五日後の夜明け、我々は君たちの隣で剣を抜こう』と。外界側が五日間持ちこたえられるか、正直分からなかった。でも、その五日間が蒼穹の騎士たちを納得させる最低の条件だったんだ」
「でも、結局、援護の約束は出来たわけだろ? じゃあランスロットがあんなに怒ってた理由は何なんだ?」
「……」
リヴィアは、しばし押し黙ったまま足を進めた。
前方には月明かりに照らされた丘陵地帯が見えてきた。
ススキに似た植物が、独特の絹糸のような穂を波のようになびかせている。
「そこから五日間……白龍山脈戦線は地獄だった。増え続けるアボイドと、凶悪なクラスターの昼夜絶え間ない猛攻。ランスロットたちは『五日後の夜明け』を唯一の希望に、戦い続けた」
俺たちは丘に作られた古い石段を登っていった。
振り返れば、いつの間にこんなに歩いたのか、ガラドニアの街が遠く見下ろせる。
リヴィアが重い唇を動かすように話を続けた。
「そして、『五日後の夜明け』…………。蒼穹の騎士は、姿を現さなかった」
「そんな……」
ミアが絶句する。
「六日目の夜明け、そして一週間目の夜明け……。そして、十日目。気がつけば、ランスロットはただ一人、戦場に立っていた。おびただしい数の仲間の死体と敵に囲まれて……」
「…………」
俺もミアも、声も出なかった。
石段が終わる。
最後の一段を登ると、目の前には──宇宙が広がっていた。
「すごい……」
ミアが感嘆の声を漏らす。
空と大地の境も分からない。
月の光も届かない暗闇の中に、きらきらと星のような光が散りばめられている。
「この丘陵一帯には光を吸収する〈常闇草〉と七色に発光する〈明星花〉が群生してるんだよ」
俺たちはしばらく、息をするのも忘れたかのようにその光景に見入っていた。
ふとリヴィアが口を開いた。
「ねぇ、さっきの話……聞いたことは、ランスロットには内緒ね。知られたくない過去だったかも知れないしさ」
「ああ」
「うん。……あれ? ねぇ、あそこ!」
ミアが不意に少し離れた丘の上を指差す。
そこには青色の人魂が、ガラドニアの街を眺めるように浮かんでいた。
「……!」
俺たちは顔を見合わせると、ランスロットの方へ向かって駆け出した。
「ランスロット……!」
『主……!』
「こんなところで、何してるのよ?」
ミアが問いただす。
『いえ……。申し訳ありません。戻らねば、とは思っていたのですが……』
「まぁ、とにかく見つかってよかったよ。さぁ、帰ろう」
『は……』
ランスロットの青い火が、今にも消え入りそうに揺れる。
困ったなぁ……。今回の作戦の肝はランスロットなんだけど、この調子じゃ……。
しかし、リュートと和解させるのも一筋縄にはいかないだろう。
俺は僅かに眉根を寄せつつ、ランスロットを後ろに引き連れ、リヴィアたちと街の方向へ歩き出した。




